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取り巻きCと水難の相 そのろく

取り巻きC・エリアル視点


長らく間を空けてしまいまことに申し訳ありません

 

 

 

 ウル先輩効果か薬を渡したからか、理由ははっきりわからないが、とにもかくにも第二王子派の三年生と打ち解けられた。

 ウル先輩がすごいのももちろんあるが、三年生たちの懐の深さもあるだろう。プラスで、ラース・キューバーが理性的なことも。


 不仲さが緩和されれば、こんな組分けも可能になるわけで。


「よろしくお願いします」

「…ああ」


 探索出来る最終日であろう今日、わたしは第二王子派の三年生ふたりにラース・キューバーと言う組に混じることになった。




 散策開始からこんにちは。今日も元気に合宿中な取り巻きC、エリアル・サヴァンでございます。


 合宿六日目の今日は、朝から手分けして残りの採取対象である木の実の探索です。

 昨日は体調を崩していた、オズヴァルト・ヴァッケンローダー子爵子息も復活し、組分けは三つ。それぞれ、ウル先輩、ゴディ先輩、シュヴァイツェル伯爵子息が責任者になっている。


 昨日は全員一緒に探していたのに、今日は三分することになったのは、わたしとゴディ先輩がいるからだそうな。事前学習していたウル先輩とゴディ先輩、それなりに植物に詳しいわたしを除くほかの班員だと、それっぽい木の実を見付けても、正解か否かの判断が付けられないそうだ。


 昨日、出発してかなり歩いてからそのことに気付いて、ウル先輩は頭を抱えたそうだ。

 普通の顔をして指示出ししていたようで、ウル先輩も朝方の騒動に動揺していたらしい。


 今日こそ見付けるぞ!と息巻いて、揚々と基地を出発した。




 目的とする木は、川沿いに生えるもの。そのため今は、川沿いを目指して歩いている。昨日の時点で組分けは決められていて、どの組がどの辺りを探すかも決めてあるそうだ。

 基地近くの川は昨日探したそうなので、今日は少し離れた川。ウル先輩の組が上流を、わたしたちの組が下流を探し、ゴディ先輩の組はべつの小川に行くそうだ。


 探索地点まで先導するのは三年生。組を任されたシュヴァイツェル伯爵子息ではなく、リカルド・ラグスター男爵子息だ。さくさくと迷いなく進むラグスター男爵子息の背を追いながら、ふと気になって問い掛けた。


「ラグスター男爵子息さまは山中で、どのように現在地を割り出しているのですか?」


 三日目、木を求めてふらふらとうろついたあと、最短距離であろう道筋でテントまで導いてくれたのがこの先輩だ。

 道もない山だと言うのに、マッピングと位置把握が完璧に出来ていたのだろう。


 わたしも山中で目的地を目指すことくらいなら出来なくはないけれど、彼のように歩行速度を弛めずには無理だ。たびたび立ち止まっては、方角や周囲を確認することになるだろう。

だから素直に尊敬して訊いたのだが、


「………」

「ええと、訊いてはいけないことでしたか?」


 ぴたりと足を止めたラグスター男爵子息に、食べたアサリに砂が入っていたみたいな顔を向けられた。なぜだ。


 若干引きつったかもしれない愛想笑いで、首を傾げる。


「いや、山歩きに慣れているものだと思っていたんだが、違うのか?」

「ああ。山歩きと言っても、普段は慣れたきこりや猟師の付き添いですから、あとを付いていくだけなのです」


 プロがいるなら、プロに頼りますとも。

 説明すると、まだアサリの砂を噛んだままのラグスター男爵子息が、くいと首を捻った。


「なんでも出来るとか、言いそうだと思っていた」

「なんでも出来る人間なんて、いたら嫌ですよ」


 苦笑して答えれば、ラグスター男爵子息は視線を前に戻して歩き出した。

 こちらは見ないまま言う。


「山なら比較的わかりやすい。高低差があるからな。どちらがどのくらい高いか意識しつつ歩けば、地図上に自分を置いておける」

「………」


 今度はわたしが言葉をなくした。


 いや、だって、ねぇ?なにその無理ゲー。


「空間把握能力に、優れているのですね…」


 わたしには無理だ。まず、斜度を正確に理解するところから躓く。


「まさか方向音痴なのか?」

「いえ。方向音痴と言うほどではないですが、人工物のない場所で地理を把握することは得意でないです」


 地図を覚えるのは得意だが、それを実地で利用するには曲がり角や目印となる建物がないと厳しい。

 ダンジョンマップは読めるけれど、フィールドだと迷子になる、みたいな。


「…領地経営学とか、大丈夫なのか?」

「実地で草地や林野の地図を起こせと言われたら厳しいでしょうね」


 前世チートがあろうとなかろうと、苦手なものは苦手だ。わたしが学力で秀でているのは、幼少期から効率の良いやり方でみっちり詰め込んでいるからに過ぎないのだから。

 確かに基礎的な能力は全体的に高いのだろうけれど、持久力と魔力量以外は秀才レベルなのだ、エリアル・サヴァンは。


「赤点で補習を受けるエリアル・サヴァンとか、見てみたいものだな」

「そのような不名誉な状況は、極力避けたいものですね」


 ため息を吐いて、答える。


 実際、初等部中等部ならばともかく高等部ともなると、授業も高度できつくなる。

 それでもこつこつと積み上げた土台があるので、周囲に遅れを取ってはいないが。


「赤点を取ったって、死んだりしないさ」


 ラグスター男爵子息が肩をすくめて言う。


「学院で受けた学業に関する評価なんて、卒業してしまえば大した価値にはならない。とくに、ご令嬢方は」

「それは…」

「事実だろう?大事なのは学業よりも人脈だ。領地経営に役立つのは古臭い教本よりも歴代当主の日記だし、お茶会の話題は歴史じゃなく流行だ。学院の試験で赤点を取ったやつでも、流行に聡ければサロンの人気者になれる」


 えげつない発言だが、一理も二理もある内容だろう。

 いくら勉強が出来ようと、仕事や会話に活かせないのならば実社会では評価されないのだ。

 社交界ではみんな平等に習熟度を試験してくれるような優しさは、望めないのだから。


 自分はこんなことが出来る、と言うことを、きちんと表に出して見て貰えた者だけが、評価される。勉強なんて出来なくても、なにか誰かに役立つこと、誰かの興味を惹くことが出来れば、それで良いのだ。


「一年に妙なことを教えるな、リック」


 さすがに目に余ったのか、シュヴァイツェル伯爵子息が苦言を呈す。


「でも、学校の勉強より役立つ知識だよ」

「きちんと能力を評価してくれる者もいる」

「そうでない者もいる。定量的でない数値なんて、どうしたって主観が入るよな?そう言う話だ。好ましい者の評価は甘くなるし、嫌う者の評価は厳しくなる。そう言うものだと理解しておくことは、間違っているか?」


 ラグスター男爵子息のもの言いに、少し驚いた。

 相手は伯爵子息だと言うのに、物怖じしない姿は、シュヴァイツェル伯爵子息への信頼を感じさせた。ラグスター男爵子息はわかっているのだろう。シュヴァイツェル伯爵子息が多少刃向かった程度で、自分の評価を下げたりしないことを。


「だからみなさま、シュヴァイツェル伯爵子息を信頼するのですね」


 思わず呟いた言葉で、言い争いになりかけていた先輩たちの会話が止まる。

 同時に向けられた視線を見返して、微笑んだ。


「公平に能力を評価してくれる者ばかりとは限らないから、公平に能力を評価してくれるシュヴァイツェル伯爵子息が信頼され、慕われる。そう言うことでしょう?自分を正しく評価してくれる者、あるいは最も高く評価してくれる者を見極め、その下に付けと。

 その点、すでにシュヴァイツェル伯爵子息の信頼を勝ち得ているラグスター男爵子息は成功者と言える」

「……やっぱ、可愛げないなサヴァン」

「お褒めに預り光栄です」


 興醒めしたように頭を掻き、ラグスター男爵子息が歩き出す。

 その背を、追い掛ける。


「リック?」


 いぶかしげにあとを追って来たシュヴァイツェル伯爵子息を横目で見て、ラグスター男爵子息は肩をすくめた。


「相手の評価のしかただけじゃなく、相手が周囲にどう評価されているかや、地盤はしっかりしているかだって見なきゃ駄目だ。ひとりだけが評価してくれたって、その言葉に価値がなければ自分が嬉しいだけだからな」

「もちろん、わかっています」

「だろうな。お前の手腕は見ててぞっとする」


 はんっと、ラグスター男爵子息は鼻で嗤った。それに笑みを返して、シュヴァイツェル伯爵子息を見やる。


「その上で、言いました。ラグスター男爵子息も、その上で思っているでしょう?」

「ああ、そうだよ」


 くくっと笑って、ラグスター男爵子息がシュヴァイツェル伯爵子息を振り向いた。


「ヨハンなら申し分ない!能力も高いし、評価も公正で正義感も強い。評価は分かれるが、重要なところからのものは高く、地位も磐石。なにより、身分が下の者に対して慈悲深い。ヨハンと知り合えて親しくなれたオレは、運が良いよ」

「なっ、お、リック!?」


 不意打ちで誉め言葉を喰らったシュヴァイツェル伯爵子息が、ぼっと顔を燃やす。


「おまっ、い、いきなり、なにをっ」

「いや、ずっと思ってたよ?大した能力もなくて済まないが、これからも仲良くしてくれると嬉しい」


 おお、さらっと口説いていらっしゃる。

 シュヴァイツェル伯爵子息は絶句して片手で顔を覆い、その手さえ真っ赤に染めていた。


「……男爵家など平民同然と、踏み躙る方もいらっしゃいますからね」

「そうだな。その点、ヨハンと、ラースさまも評価が高いよ」

「でしょうね」


 でなければ、微笑みの貴公子なんて通り名は付かないだろう。わたしを除けば、基本的にラース・キューバーは穏やかな対応だ。マルク・レングナーのように魔法を踏み躙ったり無礼な行いをしたりしなければ、誰に対しても事務的ながら丁寧な受け答えをする。

 誰かが困っていれば貴賤問わず手を貸しているようだし、魔法偏重のレングナー公爵家の人間でありながら、魔法を持たない人間を下に見たりもしない。……これに関しては、自分を除いて、のようだけれど。


 むしろツンデレ気味なシュヴァイツェル伯爵子息よりも、わかりやすく評価は高いだろう。

 まあ、入学当初の騒動とかで、多少不和があったりやっかまれたりもしているようだが。


 自分とわたし以外の評価は、公平なひとだと思う。わたしはなぜか、目の敵にされているけれど。


「「「……」」」


 ごくごく普通に答えたのだが、なぜか三対の瞳を向けられた。


「え?なにか、おかしなことでも言いましたか?」

「……お前とキューバーは、不仲なのかと思っていたが?」


 水飴に歯を絡め取られたような顔で、シュヴァイツェル伯爵子息が言う。

 ああ、そう言う。


「彼を知り、己を知れば、百戦をして危うからず」


 視線を下げて、小さく呟いた。

 これを言ったのも、孫武だったか。


「なんだ?」


 聞き取れなかったらしいシュヴァイツェル伯爵子息の問い掛けに、顔を上げて頬笑む。


「わたしは子爵家の、家も継げない第三子です。首輪付きの、化け物で、罪人の孫」


 突然笑顔で自虐し出したわたしに、三人が眉を寄せる。


「わたしには、力がありません」


 はったりで脅す、なんて、子供騙しを使うにも限度がある。

 わんちゃんのように、多彩な魔法が使えるわけでもない。ただ、壊すだけの存在。

 殿下やテオドアさまたちのように身分を盾に出来るわけでもない。むしろサヴァン家の名は、わたしに枷を着ける。


 この小さな手では、全てを掴み取るなんてとても出来ない。そんなこと、わかっている。

 わかっていて、それでも、取りこぼしたくはないと望む。


 だから。


「ですから、見極めなければならないのです。誰が敵で、誰が味方か。誰がどのような能力を持っていて、なにが出来るのか。敵対する可能性のある相手こそ、過不足なく正しい情報を得なければ、わたしなどすぐに潰されてしまいます」


 べつにただ単に、わたしがラース・キューバーに対して敵意を持つほどに感情を揺らしていないだけだけれどね。そんなこと言ってよけい目の敵にされても面倒なので、今回はオブラートに包んでみた。


 え?包めていない?べつの意味で喧嘩を売っている?

 気のせいだよ。


「己を過信することも、周囲を過大評価することも、その逆も、行動に無駄を作るでしょう。敵と味方を間違えるなど、愚の骨頂です。そのような愚行を、犯す余裕などわたしにはありません。失敗を取り返す余地など、持ちませんから。過ちを犯さないために、わたしは、見誤りたくないのです」

「……なにをそんなに、追い込まれているんだ、お前は」


 シュヴァイツェル伯爵子息の呆れた顔に、笑みを苦笑に転じる。


「周りに思われているほど、万能でもないのです。わたしは。無駄を省いて、出来ないことは避けて、届かないものは諦めて、それでやっと、どうにか、動いている。張りぼてでしかないのです、わたしなんて」

「張りぼてにしちゃ、重たそうだがな」

「そう見えるように装っていますから。でなければ、さばかなければならない相手が増えてしまうでしょう?」


 蜂や毒蛇、毒蛾は、ほかの生きものにとって驚異だ。そして、それらに似た見た目の毒を持たない昆虫は、ほかの生きものから捕食されにくく生存に有利となる。毒なんて持っていなくても、毒があるように見せればそれで危険が減らせるのだ。

 ひとだって獣だ。だから、同じこと。

 力なんて大してなくても、まるで強大な力があるように見えれば、それで狙われる可能性が減らせるのだ。


 たとえば初等部のころ。周囲を脅してツェリを守った。

 中等部のころ。公爵家と言う虎の威を借りた。

 高等部はじめ、張りぼての力でマルク・レングナーを、ほかの生徒たちを、黙らせた。


 ああ、逆もやっているね?

 生まれたときから変わらず、無害な猫の皮を被り続け、国殺しのサヴァン……化け物としての本性を、隠し続けている。

 花や草に擬態して、ひたすらに獲物を待つ、蟷螂カマキリのように。


「……思ったよりせせこましいな」

「所詮は子爵家ですからね」

「ああ。なんと言うか……うっかり親近感を覚えそうになった」


 ラグスター男爵子息の言葉に、おや、と呟く。


「ずる賢いと呆れられるとばかり思っていましたが」

「貴族なんて、ずる賢くなきゃ生き残れない」


 まあ、そうかもしれない。とくにラグスター男爵子息は、それなりに野心もありそうだし。

 のんきに清廉潔白なことを言っていられる貴族なんて、箱入りのお嬢さまお坊っちゃまか、野心のない低位貴族、領地を持たない名誉貴族や、経験の足りない青二才と、ただの馬鹿だけだ。


 綺麗ごとだけで、政治は動かない。施すばかりでは、いつか枯れる。

 領地を守ろうとすればこそ、厳しい統治や巧い立ち回りを、しなければいけないのだ。


 その日を必死に生きる民に代わって、百年、千年先の未来を、あるいは起こるかもしれない災害を見つめて、しかし目の前の民も忘れずに動くのが、統治者の役割なのだから。


 今の民を百、苦しめて、未来の民を千、救う。そんな決断をする必要も、ときにはあるのだから。


「避けられる争いは避ける。やり方はどうあれ、その考え方は正しい」


 だよな?シュヴァイツェル。


 矛先を向けられたシュヴァイツェル伯爵子息が、若干の苦みを含んだ表情を浮かべ、それでもこくりと頷いた。

 ……根は善良であろう彼に、わたしの言葉は受け入れ難かろう。おそらく、ラース・キューバーにとっても。


「無用な争いは、不必要な被害を生むだけだ」


 わかっていながら、なぜ彼らは第二王子派なのだろう。いや、家の方針なのだから、逆らい様はないのだろうけれど。


 だって、能力や人格に問題のない王太子を排そうとするなんて、それこそ、無用な争いではないか。


「……まあ、つまりは、お世辞やおべっかでなく、わたしはあなたがたの評価をしていますし、その評価に好き嫌いや敵味方は関係がないと、そう言う話です」

「それだけ言えば良かったんじゃないか?」

「そうですね。少し、話し過ぎました」


 肩をすくめたわたしに、ラグスター男爵子息がなるほど、と言う。


「確かに、万能ではないようだな」

「そうですよ。ひとがひとである以上、万能など、あり得ません」

「そう、だな」


 ラグスター男爵子息が肩をすくめる。


「だが、それでも万能になりたいと、願ってしまうのが人間だ」


 ラグスター男爵子息の言葉に、言葉を返す者はいなかった。

 しばらく無言で、歩みを進める。歩きながら辺りを観察するが、目標とする木の実はおろか、食用になる植物すら見付からない。


 どの組でも良いから、当たりを引けると良いな。




 少し前から、水音が聞こえていた。


「見えた。あれだ」


 ラグスター男爵子息が、向かう先を指差す。

 日本の森に比べてまばらな木々の向こう。まるで削り取られたかのように一筋、窪んだ空間があった。川と言うより、沢のようだ。


 窪み始めのふちから、窪みの中を見下ろす。ごろごろと尖った岩が転がり、あまり植物は見当たらない。岩に当たって蛇行しながら水が流れる、幅3メートルほどの沢。来た方向から見て、右手が下流、左手が上流で、左手側に20メートルほど進むと崖があるようで、かくんとその先が見えなくなっており、ドド、と滝らしき音が聞こえた。


「外れ、か?」


 同じく窪みを見渡したシュヴァイツェル伯爵子息が言うのに、首を振って一点を指差した。


「当たりかもしれません。あれ、おそらく探していた木です。ただ……小さいですね……」


 木、と言うのは草と違って成熟に時間が掛かる。桃栗三年柿八年の言葉があるように、木の実を付けるようになるまでには、それなりの時間を要するのだ。


 だから、あの、細く弱々しい木では……。


「んん……木としてはこれで合っているのですが、まだ、実は付けていませんね……」


 近付いて確認したが、ほんの小さな実のひとつも見つからなかった。まだ、生えてわずかなのだろう。


「芽吹いてから、一、二年で急激に育って実を付けるはずの木なのですが、これはまだ若いようです。ですが、こうして芽吹いているからには、上流方面に母樹ぼじゅがあってもおかしくありません」

「そうか。では、上流に向かって探すとしよう。リック、それで良いか?」

「ああ、良いよ。なあ、向こう、見えるか?」


 頷いたラグスター男爵子息が、左手側、沢の上流を示す。

 数キロメートルほど遠くに、滝らしきものが見えた。


「あの崖の下から、後ろの崖までが、うちの組の担当だ。あの上は、ウルリエたちの担当になる。後ろの崖の下は、見付からなくて余裕があったら、だ」

「それでしたら、わたしたちが見付けられなくても、ウル先輩たちが見付けてくれるかもしれませんね」


 種が流れて来るとしたら、おそらく上流からだろう。上流を調べてくれるならば、見付かる確立は上がる。微笑んだわたしをしばし眺めてから、ラグスター男爵子息は頷いた。


「……ああ、そうだな」


 それから、沢の両脇を念入りに調べること、1キロメートルほどだろうか。途中昼休憩も挟みつつ、じわじわと進んで、それを見付けたのは、ラース・キューバーだった。


「サヴァン」

「はい」


 呼ばれて振り向けば、ラース・キューバーが沢岸で屈んでいた。なにかを拾い上げて、身体を起こす。

 歩み寄れば、拾ったらしい木の実を見せられた。


「これは、違いますか」

「これです。わ、たくさん落ちていますね。どこに木が……あ」


 見回して、目を見開く。


「どうかしましたか」

「あ、ええと……おそらくそこの枯れ木が、この木の実を付ける木で……ああ、萌芽ほうがに実が着いたのですね」


 見付けた木は沢に下る斜面から斜めに生えていたようなのだが、哀れにも根元近くからばっきりと折れていた。折れて枯れた本体に代わって、萌芽が伸びて実を着けている。折れた分を取り返そうとでもするかのように、たわわに。


「たしか、矢の材料は100本分で及第したよね。となると、この木だけでは……」

「サヴァン、こっちは」

「はい。っと、キューバー公爵子息さま、その実で合っています。見付けてくださり、ありがとうございます」


 ラース・キューバーに声を掛けてから、わたしを呼んだシュヴァイツェル伯爵子息に駆け寄る。沢を渡った、反対岸だ。


「そうですこれです。こちらは、木も立派ですね。木になっているものはわたしが集めるので、シュヴァイツェル伯爵子息は落ちているものを拾い集めて頂けますか?キューバー公爵子息も見付けて下さったので、おそらく課題には十分足ります」


 シュヴァイツェル伯爵子息が見付けたのはやはり沢岸に落ちた木の実で、顔を上げればこちらは斜面を上がってすぐに、くだんの木が生えていた。こちらは折れた箇所もなく、枝振りも美しかった。


 無意識に指示出しのようなものをしてしまったわたしを、シュヴァイツェル伯爵子息が、じとりと睨む。


「……この班の責任者はワタシだが?」

「あっ、も、申し訳ありません」

「ふん。ラース、リック、そちらの木の実を集めてくれ。ワタシとこのばかねこで、こちらの実を集める」

「わかりました」

「了解ー」


 ぷいとわたしから目を逸らしてラース・キューバーたちに指示を出し、シュヴァイツェル伯爵子息が木を見上げる。


「届かない高さではないが面倒だ。お前がやれると言うなら樹上の実は任せる」


 わたしを見ないまま言われた言葉に、頷いて返事する。


「わかりました」


 方法は、前回合宿でレスベルを採ったときと同じだ。木の枝を揺らして実を落とし、袋に集める。問題もなく、即座に回収は終了した。


「……お前は嫌なやつだな」

「……使える力は使った方が得でしょう。落とすことにしか使えませんから、拾うのは手作業です」

「なら、斜面の上を見て来てくれ。……×「斜面の上ですね、」××××」


 確認のために出したわたしの言葉と、ぼそりと付け加えられたシュヴァイツェル伯爵子息の言葉がかぶり、シュヴァイツェル伯爵子息の言葉が掻き消される。


「申し訳ありません、いま、なんとおっしゃいましたか?」

「っ、なんでもない。良いからお前は上に行けこのばかねこ」

「えっ、あ、はい」


 追い立てられるように、斜面を上がり、草の生えた地面に点々と転がる木の実を拾う。


「……あ」


 拾いつつ先程掻き消してしまった言葉はなんだったのだろうと考えていたわたしが、『下は岩が多い』と言われたのだと気付いたのは、少し経ってから。


「?、どうかしたのか」

「いえ。拾った木の実に虫が付いていただけです」


 たぶん認めないだろうシュヴァイツェル伯爵子息に適当な言い訳で返すと、シュヴァイツェル伯爵子息は眉を寄せて訊いて来た。もしや虫嫌いだろうか。


「お前、虫は大丈夫なのか?」

「見るだけでしたら、大丈夫です」


 食べろと言われたら拒否させて貰うが。


「触れないのか?」

「いえ、毒虫でなければたいていのものは触れます」


 ……黒い悪魔とゲジゲジは遠慮したい。


 答えると、眉間のしわをなくしたシュヴァイツェル伯爵子息は、そうかと呟いて作業に戻った。


 んん?


 この問いの意味はなんだろうかと疑問に思うも、わたしも作業に戻る。


 不意に、ぞくりと、嫌な予感がした。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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