取り巻きCは猫に襲われる
取り巻きC・エリアル視点/公爵子息テオドア視点
一話目のちょっと前くらいのお話
前もって謝っておきます
すみませんでしたぁぁぁあっ orz
ギャップ萌、と言う言葉がある。
学校一の不良が捨て犬に傘を差し掛けてたとか、俺サマ生徒会長が実はドMだったとか、眼鏡を取ったら超美人とか、普段とのギャップに、きゅん、となる現象のことである。
普段、令嬢たちをたぶらk…けふん、令嬢たちと仲良くなるために、よく利用させて貰っているギャップ萌効果だけれど、まさか、わたしを標的に仕掛けられるとは思っていなかった。
いや、まあ、彼はそんなつもりなかっただろうけれど。
みなさんこんにちは。
いつもニコニコ、あなたの隣に、這い寄る…あ、だめ?
いつもにこやかツェリの周りを取り巻く令嬢、エリアル・サヴァンです。やっぱりだめ?
なんで、そんな自己紹介かと言えば、目の前に猫がいるから。
猫。それも黒猫。親子で。
母+(子×5)の、六対の瞳が、一心に、ベンチに腰掛けたわたしを見つめている。
時間は昼休みで、場所は中等部の外れにあるバラ園だ。
「あげないよ?」
正確には、わたしの手に持つフィッシュ&チップスの袋を。
フィッシュ&チップスと言いつつフライドオニオンが入ってるし、タルタルソースがかかっているのだ。猫には食べさせられない。
ナー
みぃ…
いや、君たちのためを思って言ってるのだって。
命と引き換えのごはんがわたしの作ったフィッシュ&チップスじゃ、なんかちょっとアレだろう?
いろんなひとの視線がうるさいから逃げて来たけど、教室に戻、
「ちょっと」
教室に戻ろうと猫から目を逸らし、腰を浮かせかけた瞬間、親猫がわたしの膝に飛び乗った。子猫たちも続いて、膝に前足を乗せてみたり靴に乗っかってみたり。
目を離した隙に襲いかかるとか、殺し屋か。
「だめだってば」
わたしの胸を支えに立ち上がって袋を狙った親猫から、慌てて袋を遠ざける。
ナー
前足をこいこいと振って、親猫が不満げに鳴く。
みー
根性で肩までよじ登った子猫のいっぴきが、耳許でねだるように鳴いた。
「きみたちの食べものじゃないの!玉ねぎで中毒死とか、困るでしょう?」
片手でフィッシュ&チップスの袋を高く掲げ、片手で襲い来る猫たちに対抗する。
首輪と黒髪のせいで黒猫のあだ名を持つエリアル・サヴァンが、黒猫に襲われてる場面なんて誰かに見られたら、
「あ、」
思って見回した先で、ばっちり目が合った。
王太子殿下の取り巻きAこと、テオドア・アクス公爵子息と。
…南無三。
エリアル・サヴァン子爵令嬢について訊ねると、アーサーは笑って、猫みたいなひとですよと言った。
王太子まで笑いながら頷くから、からかわれているのかと思った。
アーサーの義姉になったと言うツェツィーリア・ミュラーは、猫っぽい目をしていたけれど、絵姿で見たエリアル・サヴァンは、猫と言うより人形のような顔立ちをしていたから。
エリアル・サヴァンの絵姿を見る俺を、ヴィックとアーサーは笑っていたけれど、俺がその笑いの意味を知るのは、エリアル・サヴァンと初対面した時だった。
絵姿、詐欺じゃないか。
エリアル・サヴァンを名乗る男子制服姿の人物を見て、俺は絵姿を描いた画家を罵った。
絵姿のエリアル・サヴァンは長い黒髪に詰め襟のワンピースを着込んだ、人形のような令嬢だったのに、実際のエリアル・サヴァンは肩にかかるかかからないかくらいの長さの黒髪に襟元をくつろげた男子制服を着込み、真っ赤な首輪をはめた猫のような令嬢だった。しかも、俺やヴィックより背が高い。
顔立ちはそっくりに描けていたようだが、ほかが真逆だ。印象が違い過ぎる。
唖然とする俺を横目に見るヴィックは、確実に内心爆笑していた。あの、腹黒王太子め。
「…テオドア・アクスだ。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
挨拶は丁寧だが、媚びる雰囲気は一切ない。
それがむしろ、新鮮だった。
と言うか、そんなところまで、猫っぽい。反則だ。
俺たちから離れたエリアル・サヴァンとツェツィーリア・ミュラーを目で追えば、目撃したのはツェツィーリア・ミュラーにエリアル・サヴァンが向ける、満面の笑顔。
ああ、そうだよな。
気まぐれだけど、気を許した相手には計算なしの愛らしい姿を見せる。
飼い主のことを、我が子のように思ってるんだろ?
堪えきれないように、ヴィックがこっそりと吹き出して爆笑していた。
「ね?猫みたいだったでしょう?」
笑い混じりに問われても、否定の言葉は返せなかった。
エリアル・サヴァンは猫の化身とか言われても、今なら信じられる。
その後もたびたびエリアル・サヴァンを見かけたが、話す機会はなかった。
常にツェツィーリア・ミュラーに張り付いていると言うわけではないようだが、気付けばいなくなり、ツェツィーリア・ミュラーの危機にはどこからか駆け付ける、神出鬼没な令嬢だ。
いつ見ても猫々しくて、ついつい目で追ってしまう。
柔らかそうな黒髪、しなやかな手足、気品高い振る舞いに、赤い首輪。
女子としては低めだが澄んだ声も、猫が鳴いているようにしか聞こえなかった。
そうして目で追っているうちに、彼女がいくつもお気に入りの場所を持っていることに気付いた。
あまりひとが来ない、居心地の良い場所を、こっそり持っていたのだ。
繰り返しになるが、言わせて貰おう。
そんなところまで、猫っぽい。反則だ。
「…本当に、呆れるくらい猫好きだよね」
「猫は正義だ」
ヴィックにからかわれても、気にならなかった。
そんなに猫々しい姿を見せて、エリアル・サヴァンは俺を試しているのだろうか。
お前は俺を、どうしたいんだ。
目の前に広がる光景に、俺は思わず叫びそうになった。
中等部の外れ、あまりひとが訪れない場所にひっそりとあるバラ園。エリアル・サヴァンのお気に入りのひとつで、俺のお気に入りの場所でもある。
彼女と俺では、お気に入りの理由が違うが。
エリアル・サヴァンは気付いていないようだが、黒猫の一家が住み着いているのだ、このバラ園には。
ゆえに俺はたびたび、このバラ園を訪れている。
今日も猫を愛でようとバラ園を訪れれば、そこには先客の姿があった。
彼女は猫と見つめ合っていて(どうやら昼食を狙われているらしい)、猫はエリアル・サヴァンの隙を突いて、彼女の身体にじゃれついた。
そこから始まる、黒猫と黒猫たちのじゃれ合い。
猫が猫と戯れるとか、楽園か!?
エリアル・サヴァン、お前は俺をどうしたいんだ!!
そんな気持ちで見守っていたら、不意に視線を巡らせたエリアル・サヴァンと、ばっちり目が合ってしまった。
「…テオドアさま?」
「大丈夫か?エリアル嬢」
「わたしは大丈夫なのですが…」
エリアル・サヴァンが困惑の表情でじゃれつく猫を見下ろす。
「だからあげないってば」
崩れた口調は猫に向けたものだろう。
黒猫たちは野良なので、初対面では懐かない。俺も、懐かれるまで苦労したのだ。
なのに初対面でここまで遠慮なくじゃれつかれるあたり、やはりエリアル・サヴァンは猫の化身なのではないだろうか。
「この子たちが狙っているのが玉ねぎを使った料理なので、困っているのです。玉ねぎの入ったソースがかかっているので、食べさせるわけには行かなくて」
猫のためを思った拒絶だったらしい。
それなら、と持って来た包みを示す。
「なら、これをやると良い」
「良いのですか?」
あなたのお昼では?と視線で問うエリアル・サヴァンに首を振って答える。
「もともと、この子たちのために持って来たものだ」
猫用に持って来たパンが入った包みを広げてエリアル・サヴァンの横に置けば、猫たちはいっせいに包みの方へ移った。
エリアル・サヴァンがほっと息を吐く。
「ありがとうございます。助かりました」
「いや、エリアル嬢が考えなしに猫へひとの食べものを与えるようなひとでなくて、良かった」
「知識がないと、与えてしまいますからね。申し訳ありません、今のうちに食べてしまっても良いですか?」
「ああ。猫は俺が抑えておこう」
お礼を言ったエリアル・サヴァンは丁寧に手を拭くと、件の昼食を食べ始めた。
白いソースのかかったフライのようだ。
ぴくりと顔を上げた猫が彼女の方へ行かないよう、阻止する。
「それは、侍従の手作りか?」
見覚えのないメニューに訊ねればエリアル・サヴァンは首を振り、頬張ったものを飲み込んでから答えた。
「いえ。わたしは侍従も侍女も連れていないので」
「ひとりも、か?」
「…たいていのことは、ひとりでこなせますから」
もきゅもきゅごくんのあとに答えられた言葉は、間接的な肯定だった。
侍女のひとりも連れない宿舎生など、初めて見た。
「では、それは?」
もきゅもきゅもきゅ、ごくん
「自分で作りました」
…料理が出来る令嬢も、初めて見た。
だが、言われてみればエリアル・サヴァンはツェツィーリア・ミュラーの執事のような行動を取っているわけで、執事に出来ることが出来ても、おかしくはないのかもしれない。
彼女は、料理が得意なのだろうか?
「あげないから」
脳内で思ったことに答えるような言葉にぎょっとしたが、猫に向けたものだったようだ。
子猫がいっぴき、俺の妨害をすり抜けて彼女に突撃していた。
「あなたは食べられないものなんだってば!」
ぱく
「ふぇ?」
猫を避けようと彼女が持ち上げたフォークが、ちょうど口許に来て、思わずフォークの先の料理を口にしていた。…美味いな。
一瞬呆けた顔をした彼女だが、次の瞬間には我に返って立ち上がる。パンを食べ尽くした猫たちが、エリアル・サヴァンの方へと押し寄せたのだ。
食べものをよこせと目を光らせる猫たちにエリアル・サヴァンが顔を引きつらせ、彼女への助け舟と、俺はポケットから猫じゃらしを取り出した。
猫じゃらしを振ってやれば猫たちの興味はそちらへ移り、再び息を吐いたエリアル・サヴァンがベンチに戻る。
邪魔されないようにだろう。少し慌てて食べているようだ。
豪快な食べっぷりは服装もあいまって少年らしい。あるいは、餌を与えられた野良猫か。
「あまり急いで、喉に詰まらせるなよ」
俺の忠告にも頷きだけで答える。
猫じゃらしに群がる猫も可愛いが、一心不乱に食事する猫も愛らしい。
猫は正義だ。
食べる姿を愛でていると居心地が悪そうにされたので、猫たちに目線を戻す。
黒猫は不吉だなどと言われることもあるが、こんなに愛らしい生き物が不吉なわけがない。
可愛いは、正義だ。
「猫がお好きなのですね」
猫を愛でていると声をかけられて、振り向けば食事を終えたエリアル・サヴァンが口許を拭っていた。
「ああ。猫は正義だ」
猫じゃらしをしまって猫をなでようとすると、おもちゃが消えたとたん猫たちはエリアル・サヴァンに突進した。
猫に群がられてびくっとしながらも、少し表情を和ませたエリアル・サヴァンが猫たちを指でくすぐる。くすぐられた猫が、ゴロゴロと満足そうな声を上げる。
エリアル・サヴァンは小さいものに優しいと聞いていたが、事実らしい。
ほのぼのと、猫が猫と戯れる空間。
楽園は、ここにあったのか。
俺は頬を緩めて、至福の光景を脳に焼き付けていた。
…猫は正義だとか言ったよこのひと。
普段はきりっとしたクールな見た目の王太子の取り巻きが、完全にとろけた表情で目を輝かせているのを、わたしは内心動揺しつつ伺っていた。
アクス公爵家、何人もの将軍を輩出した武門トップの家の次男である彼は、常に真面目で堅物そうな雰囲気を漂わせた、冷徹な騎士のような人物だ。
ゲームでもかなり、冷たく頑固な態度を取り、一部、えと、むが付くプレイヤーさんの心をくすぐるキャラだった。
なのに、なんだろう、この脳内REC!みたいな危なげな目つきは。
そんなに猫が好きか?そんなに猫が好きか!
そうだね、猫用にパンと猫じゃらし持って来るくらいだものね!!
なにこのギャップ萌狙いの裏設定。実は猫好きとかベタ過ぎる…。
と言うか、こんなに王道設定持ちなのに悪役サイドだからゲームで発揮されなかったとか、不憫!
いや、わたしはべつに萌えないけれど。
と言うか基本的に、この世界の男を恋愛対象には見ていない。
エリアル・サヴァンの立ち位置的に、まともな結婚は望めないだろうからね。
と言うかこの黒猫ども!ごはんくれて遊んでくれた相手無視でわたしに絡むとか、恩知らずか!もしわたしがテオドアさまに恨まれたらどうしてくれるのだ!
猫のおかげで料理スキルとか、この世界に存在しない料理(タルタルソース)とかに深く突っ込まれなかったから、感謝しているけどね!
さっき、真面目に焦った…。なんで食べたし…。
証拠隠滅でかっこんだから、ちょっと胃もたれしてるじゃないか…。
ジャンクフードとマヨネーズ恋しさに、いえーいフィッシュ&チップスだぜーとか、やったのがいけなかったのか?うう…。
恨まれるより先になにかごまかしをと、猫いっぴきを生け贄に差し出すことにした。
脇に手を差し込んで、彼に差し出す。
さあ、愛想を振りまいて、彼に愛でられて来るのだ。ほら、媚びにこびてにゃーとお鳴き。
ほら、
「にゃあ」
って、しまった、声に出た。
…殺す気か。
猫を掲げたエリアル・サヴァンが、俺を見上げてにゃあと呟いた。
殺人的な破壊力に、理性が吹っ飛びそうになった。
この女、なにからなにまで、反則過ぎる。
本人は声を出すつもりはなかったようで、ふいと顔を背けた。少しふてくされたような表情で、頬が赤い。殺す気か。
手を伸ばして、なでたのはエリアル・サヴァンの頭。
見た目を裏切らない、柔らかく指通りの良い髪だった。
「…わたしは猫ではありませんよ」
「ああ、悪い。つい」
「ついで気安くひとをなでるのはどうかと思いますが」
そんな、心を許していない猫のような態度すら愛らしいのだと、言ったら気持ち悪がられるだろうか。
もう一度謝罪して、彼女が差し出した猫を抱き上げる。
今ではおとなしく俺に抱かれる子猫だが、最初はちっとも気を許さなかった。
ちょうど今の、エリアル・サヴァンのように。
かりこりと指先でなでてやれば、子猫は気持ちよさそうに、みゃあと鳴いた。
エリアル・サヴァン、お前は、懐いたらどんな声で鳴くんだ?
「すまん。猫みたいに鳴いて見せるから、なでて欲しいのかと思った」
「…あれは言葉の綾です」
ああ、明らかに、失敗したって顔してたな。
くすくすと笑えば、顔をしかめて返される。
「あれ、ヴィックやアーサーに教えたら笑うだろうな。お前のこと、猫に似てるって言ってたし」
「にゃ、にをって、噛んだ…」
謀ったみたいな位置で噛んだエリアル・サヴァンが、うつむいて両手で顔を覆った。耳が赤い。
そんな風に、女らしい反応もするのか。
男装のイメージが強かったから、女の子らしい反応が新鮮で面白い。
「…わたしより、ツェツィーリアお嬢さまのほうが猫らしいと思いますよ」
手の間から蕭然と漏らす。
確かにツェツィーリア・ミュラーのつり目は猫らしいが、お前は存在からして猫々しいからな。
ツェツィーリア・ミュラーが猫似だとしたら、お前は猫だ。格が違う。
と言っても認めはしないだろうから、確かにあの目は猫に似ているなと肯定しておいた。
するとエリアル・サヴァンは、目をきらきらさせて嬉しそうにツェツィーリア・ミュラーの話をし始めた。
飼い主が好きで堪らない猫のようで、微笑ましい。
そうかそうか。そんなにツェツィーリア・ミュラーが好きか。
猫は家に付くなんて言われるが、べつにひとに懐かないわけじゃない。
性格にもよるが、可愛がればべったべたに懐く猫もいる。
エリアル・サヴァンは懐く猫の方で、ツェツィーリア・ミュラーに懐いているのだろう。
おとなしく聞いてやって、時間を見計らって口を挟む。
「アル、そろそろ戻らないと授業に遅れるぞ」
「?、ああ、そうですね、申し訳ありません長々と」
一瞬、アレ?と言う顔をしたが、時間がないため流したらしい。
…エリアル嬢なんて、他人行儀だからな。まずは、呼称から近付こう。
「いや、お前は、ツェツィーリア嬢が好きなんだな」
「ええ。お嬢さまは素晴らしい方です」
「ああ。少し話しただけだが、とても聡明で優しそうな方だったな」
社交辞令的な褒め言葉だったが、アルは嬉しそうに微笑んで頷いた。
アル相手には本人より、ツェツィーリア・ミュラーを褒めた方が有効らしい。
猫を懐かせるには、根気が必要だからな。
俺は微笑みを返して、アルと共に歩き出した。
ナーと鳴いて、黒猫たちが俺たちを見送る。
隣を進むアルは、しなやかな身体で滑るように歩く。
さて、この黒猫をどうやって懐かせようか。
猫の相手は得意だが、令嬢の相手は詳しくない。
慎重に、根気良く行かないと。
とりあえず、ツェツィーリア・ミュラーと親しくすれば問題ないか?
この考えのせいで、アルにツェツィーリア・ミュラーの婿候補扱いされるとは、このときの俺は気付いていなかった。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
前話との落差ェ…(--;)
いや、あの、でも、ほら、コメディ乙のタグが付いていますので!!
すみませんでした
こんなキャラじゃなかったはずなのに…(‥;)
続きも読んで頂けると嬉しいです