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取り巻きCと水難の相 そのご

取り巻きC・エリアル視点


第二回夏期演習合宿五日目


前回から長々と間を開けてしまい申し訳ありません


(前書き追記2016.12.01)

メシテロ描写と負傷描写があります

痛いです


注意書きを入れ忘れてしまい申し訳ありませんでした(>_<)

 

 

 

「なぁなぁ」


 先輩たちが夕食の支度をしているなか、ぼんやりと周囲の見張りをしていると、ウルリエ・プロイス伯爵子息、ウル先輩に声を掛けられた。


「なんですか?」


 振り向かないまま、声だけで問い掛ける。

 周囲にわたしたち以外大きな動物がいないことは気配でわかっているが、目視確認もやるに越したことはない。


「お前のメシって変わったもんが多いって聞いたんだけどよ、今回作ってるもんはみんな、そこまで変わってねぇよな?」


 …誰だ情報をリークした奴は。他言無用と伝えたはずだぞ。

 わずかに眉を寄せ、わたしは前回合宿のメンバーを思い浮かべた。




 こんばんは。自分を釣り餌に釣りをして怒られた取り巻きC、エリアル・サヴァンですよ。


 ただいま演習合宿四日目、湖から帰還しての、夕食準備中、なのだけれど。


 怪我人は手を出すなと、見張りを命じられた。

 そんなに、ひどい怪我じゃないのだけれどな…。


 几帳面に包帯を巻いてくれたのは、第二王子派の三年生たち。

 弛くなく、かと言ってきつくもない絶妙な力加減で巻かれた包帯は、巻き跡も綺麗でまるで絵に描いたようだ。性格と、器用さが現れているのだと思う。あと、手当て慣れ。


 そう言えばあの先輩の家は薬品関連に強い家だったなと思い出して、どこか納得した。わたしに優しくなったのも、怪我人だからなのかもしれない。


 理由はどうあれ、大丈夫だと言うわたしの主張は受け入れられず、なすすべなく従って見張りをしていたところ、ウル先輩に話し掛けられた、と言うわけだ。




「……使っていた調味料や食材が珍しかっただけですよ。材料と調味料を普通のものに変えれば、ごく普通の料理が、」

「いや、」


 ウル先輩がわたしの言い訳を止める。


「味付けと食材が、料理の八割だろ」


 八割は言い過ぎじゃないかな。

 調理法も盛り付けも大事だよ?お刺身なんて、切り方ひとつで全然違う味になってしまうのだから。

 ついでに言うと、名前も結構大事だと思う。いちごみるくといちご牛乳といちごオレといちごラテは、たとえ中身がまったく同じだったとしても、べつの飲み物だ。銭湯からあがってぐいっと行きたいのは、いちごみるくでもいちごオレでもいちごラテでもなく、いちご牛乳なのだと、えらいひとには、そこがわかっとらんのですよ。


 っと、話がずれた。


 いやでも、だから、材料と調味料で料理の八割が決まってしまうと言うのは、納得行かないわけで。

 だって、同じ材料と調味料でも、つぶあんぱんとこしあんぱんは全くもって別物でしょう?

 別物でなかったら、あんぱん戦争なんて起きないでしょう!?


 ちらし寿司と握り寿司と手巻き寿司もそれぞれ別物だし、おにぎりと海苔弁も別物だ。

 異論は、認めません。


 もちろん、材料と調味料も大事だけれどね。


「味付けと食材が八割でしたら、今回の合宿で作っていた料理も充分珍しいと思いますが」


 味付けはともかく、材料は採取したものをメインに使っていた。お肉は猪、野菜は山菜だ。どちらも貴族の食卓に並ぶ食材ではない。

 と、主張したのだが。


「野営食は合宿のたびに食うから、そう珍しい気もしねぇよ」


 確かにそうですね。


 んんーと唸って、とりあえず回答を先送りにする。


「そもそも、誰がわたしの料理を珍しいなんて言ったのですか?」

「ん?ラフだが?」


 ラフ先輩ェ……。


「具体的にはどう珍しいと?」

「具体的には聞いてねぇな。ただ、今まで食べたことのねぇようなめちゃくちゃうめぇメシだったって、すっげぇ自慢されただけだぜ。野郎、おれらの班のメシが悲惨だったって知ってるくせに自慢しやがってよぉ…そのくせ、実際どんなだったかは言わねぇし、すっげぇ悔しかったんだぜ!?

 だから、おれの班にお前が来るってわかって、よっしゃ!と思ったんだよ。けど、この合宿でお前が作ってるもんは、すっげぇうめぇがそこまで変わっちゃいねぇだろ?でもラフは無駄に大袈裟なこと言うヤツじゃねぇから、今回と前回で作ってるもんが違うのかと思って訊いたんだ」


 なるほど。

 ラフ先輩は、約束を破ったわけではないのか。


 納得し、ウル先輩の主張のあいだに組み立てた答えを口にする。


「ウル先輩は、信頼出来ない相手が作った食べ付けない料理に、不安を覚えませんか?」


 遠回しな言い方だったがウル先輩は頭の回転の速さを見せ付け、そのひと言で言外の意図まで理解してくれたらしい。


「殺してお前になんの特があんだよ」


 呆れたように言われて、苦笑を返す。


「もちろんわたしは誰かを殺す気などありませんが、せっかくの食事ですから不安なく楽しみたいでしょう?ただでさえ、慣れない野外活動や野営で疲労しているのに、食事まで緊張を強いられては、バテてしまいます」

「それで、味付けも単純なもんが多かったのか」


 得心したような口調に、気付いていたのかと少し驚く。


「料理に材料やら調味料やら入れるときは絶対に誰かの目があるときだったし、極力誰かの手を借りてたよな。それも、気遣いかよ」


 うん。


 ……うん。


 ウル先輩は、油断ならない。


 確定した認識に少しばかり臓腑が冷えるような畏れを覚えつつ、表情は苦笑いで固定した。


「よくお気付きで」

「おれの見たもんが評価に繋がるんだから、当たり前だろ」


 どれだけ優秀なのだろう、このひとは。


 敵でなくて、良かった。

 敵に回しては、いけない。


 初日にマルク・レングナーの洗脳を防げたことを、我が手柄ながら本気で讃えたい。洗脳状態でどこまで実力が発揮出来るかは未知数にしろ、ウル先輩が敵に回ったら恐ろしいことになるだろう。


 内心の冷え込みを苦笑で覆い隠し、友好的な態度を心懸ける。


「……前回合宿には、わたしが自分の命に替えても生かしたい方が居ましたから」

「ツェツィーリア・ミュラーか?」

「ええ。彼女が口にする可能性が一厘でもあろうものならば、わたしは決して毒など用いません」


 苦笑を晴れやかな微笑みに転じて、きっぱりと宣言した。


 ツェリの食事に毒など入れない。

 ツェリも、おそらくヴィクトリカ殿下やテオドアさまもそれを理解しているから、毒見などせずともわたしの作った料理を口にする。


 その信頼があればこその、変わった料理だし、騙し討ち蜥蜴肉だ。

 信頼のない相手ならば、材料から調味料まで、ひとつ残らずなにをどう使ったか説明しなければ料理など食べさせられないだろう。なにせ、わたしは国殺しのサヴァン。殺戮者の直系子孫であり、自身も殺戮者だ。


 真っ赤に染まった手を持つ、破壊の化身。


「つまり、今回の合宿で変わった料理を作る気はねぇと」

「ええまあ、そうなりますね」


 ご理解頂けてなによりです。


 ツェリがいないことだけでなく、前回はっちゃけ過ぎた反省もあるけれどね。

 初めての合宿だしツェリと一緒だし先輩方は素敵だしで、わたしも大いにはしゃいでいたのだろう。


 ですので、そんな顔をしても変わったものは作りませんよ?


 おもちゃを買ってと訴える幼児のような顔をしたウル先輩から、露骨に視線をずらす。


「おれ、気付いてっかんな?」


 あーへいわだなー。

 夕立の気配もないし、獣が襲って来るようすもない。

 第二王子派の三年生の態度も軟化したし、なんて平和な合宿なのだろー。


「お前が、こっそりなんか変なもん採取して隠し持ったの、見てたかんな?」


 これで、マルク・レングナーさえ居なかったら、最高ではないにしろそれなりに良い空間だったのになー。


「おい、無視すんな」


 そろそろご飯も出来るかなー。


「エリアルぅ…?」

「あれー?おかしいですねー。なんだか急に耳の聞こえが悪くなった気がしますー」


 だから、うん。

 聞こえないよ。ウル先輩の追及なんて、ね。


「泳いだりしましたし、疲れたのですかね。申し訳ありませんウル先輩、お話相手は出来そうにありませ、」

「しれっと嘘吐くんじゃねぇこの法螺吹き猫がぁ!」

「にぎゃあぁあぁぁぁぁあっ」


 がしっと首に回った腕に絶叫を上げる。

 そのままこめかみに当てられた拳骨をぐりっと、


「おい、怪我人に無体をするな」


 される前に、救われた。

 わたしを痛め付けんとしていたウル先輩の腕を、第二王子派の三年生のひとりが掴んで引いた。


「食事の準備が出来たから、来い」


 別の三年生から横柄な口調で告げられ、これ幸いとウル先輩の腕から抜け出す。


「あ、おい」

「あとにしろ。食事が冷める」

「と言うか、班長がさぼるな。邪魔するな」


 逃げるわたしを捕まえようとしたウル先輩が、左右からの小言を受けて手を引っ込めた。


「お前は、なにかに集中するとそれだけに邁進する。それが悪いとは言わないが、やり過ぎるな。お前に興味を持たれたものの苦労も理解しろ」


 腕組みをした第二王子派の三年生……毎回これで呼ぶのも面倒か。ヨハン・シュヴァイツェル伯爵子息が、ウル先輩に苦言を告げる。

 シュヴァイツェル伯爵家は、薬の産地を領内に持つ薬学に強い家だ。わたしの手当てをしてくれた先輩で、派閥は違うもののこうして苦言を述べる程度にはウル先輩とも親しいらしい。


 ついつい視線を向けていれば、じろり、と睨み返された。


「お前も早く行け。疲れたと言うのならば、栄養と休養がいちばんの薬だ」

「は、はい。ありがとう、ございます」

「…それと」


 従おうと踵を返しかけたところで声を飛ばされて、再度振り向く。


「おおばかねこに毒殺されるほど、ワタシは馬鹿でない」

「通訳すると、エリアルが毒を盛らないことくらいわかっているから余計な気を遣うなってことですよねー」

「っ、黙れ、オクレール」


 アクセル・オクレール先輩の茶々に顔を赤らめたシュヴァイツェル伯爵子息が噛み付くように言う。

 その勢いで視線を向けられて、思わずびくっとなった。


「お前が、ミュラーの養女の評判を貶めるようなことはしないことくらい理解している。たとえ、キノコや山菜による食中毒を装える状況だったとしても、自分の料理で死者など出さないだろう。確証のない疑惑であろうと、不名誉は不名誉だ」

「……っ!」


 思わぬ相手からの思わぬ評価に、目を見開く。


「あり、がとう、ございます……」

「ふん。要らぬ気遣いが邪魔なだけだ。そもそも薬学知識で、おおばかねこ程度に劣る気なぞないからな。たとえ毒を盛られようと、問題ない」


 早口に捲し立てられて、余計な気遣いで馬鹿にしたようになってしまったかと反省する。

 確かに薬のプロフェッショナル相手に毒殺はない。危険過ぎる。


「申し訳ありません、愚弄するつもりはなかったのですが」

「せんぱーい、照れ隠しが誤解を生んでますよー?」

「煩い。ほら、食事だと言っただろう。席に着けのろまどもが」

「はっ、はいっ」


 追い立てられるまま用意された食事を受け取って座る。焼いて塩胡椒を振った肉と塩味のスープだ。素朴な味付けだが、決して不味くはない。


 ああ、そうそう。

 合宿中の驚きとしては、ラース・キューバーが料理出来たこと、だね。

 まさか公爵子息が料理出来るとは……。


 え?テオドアさまも料理出来ただろうって?

 いやいや、武門貴族であるテオドアさまが野営料理出来るのと、文門貴族であるラース・キューバーが料理出来るのでは、意味が違うよ。なんて言ったら良いかな。


 えーと、そうだね。

 同じ著名人セレブのご子息でも、アルプスもアフリカのサバンナも俺の庭!な冒険家おとんを持った子と、レッドカーペット常連!美貌磨きに余念はありませんなママンを持った子と、研究一筋うん十年!研究室が住拠すみかですな学者父を持った子では、お子さんの知識にも差がありそうでしょう?

 そう言う話です。そう言う話。


 幼少から騎士として貴賤なく協力する前提で育てられたであろうテオドアさまと、貴族かつ魔法使いとしてひとにかしづかれる前提で育てられたであろうラース・キューバーとでは、持っている知識に違いがあるだろう、ってね。


 実際のところ、ラース・キューバーは危なげなく調理器具を使えて、むしろ料理が出来ないのはマルク・レングナーの方だった。あと、第二王子派の二年生三人。

 出来ないと言っても、第二王子派の二年生三人は危なげながら皮剥きくらいは出来た。問題はマルク・レングナーで、皮剥き以前にナイフをまともに扱うことすら出来ない。今まで全て、使用人任せだったのだろう。


 ……。


 いや、うん。

 貴族のご令息ならば、それで普通なのこともわかるのだけれどね。

 着替えがひとりで出来るだけで、十分と言うべき、なのだ。


 でも、それならばなぜ、供のひとりも付けずに演習合宿に参加したのかと。


 思わなくも、ないわけでして。


 面倒見の良い先輩方は、それでも見捨てずゴッドフリート・クラウスナー先輩、ゴディ先輩を教官代わりにマルク・レングナーにナイフの使い方を教えることにしたから、学ぶ機会にはなった。マルク・レングナーに学び取る気があれば、だけれども。


 器用不器用あるから一概には言えないけれど、四日目夕方の今日の時点で、未だゴディ先輩は食事の準備時間中ずっとマルク・レングナーに付きっきりでナイフを教えていたことから見るに……。

 学ぶ気あるのか、あの狐。


 山登りで死にそうな顔していたし、なにかを覚える体力すらない可能性もある。が、それにしたってゴディ先輩の根気強さに脱帽だ。わたしやウル先輩だったらきっと、ぶん殴って投げ出していると思う。うん。


 夕食はいつになく和やかに進み、わたしは夕食後、シュヴァイツェル伯爵子息に罵倒されながら包帯を変えてもらった。


「……治りが早いな」

「薬が、良いものなので」

「ああ、ワタシも初めて見る魔法薬だ。メーベルトのものか?」

「いえ。少しツテで」


 魔法薬は、魔力が込められた薬のこと。準魔道具の一種だ。そして、この薬を作ったのは天下の宮廷魔導師さま。効かない、わけがない。

 が、そんなことをぺらぺら喋って騒ぎを起こしたくはない。全力で、はぐらかさせて貰います。


 治療後に交わしたそんな会話で、少しひやっとしたりもしたが、これと言って問題なく、演習合宿四日目は過ぎて行った。




 そうして迎えた、第二回夏期演習合宿五日目。


 顔色を見てつい伸ばした手は、勢い良く振り払われた。


「……っ、触るな」

「申し訳ありません。ですが、顔色が……熱があるのでは?」

「問題ない」


 すげなく吐き捨てたのは、第二王子派の二年生のひとり。オズヴァルト・ヴァッケンローダー、階級はわたしと同じ子爵。


 本人は問題ないと言うが、寝起きで片付けられないレベルで具合が悪そうに見え、


「っ、危ないっ」


 がっ、どさっ、がらん


「うあっ……つぅ……」


 ふらりとよろけたヴァッケンローダー子爵子息は焚き火に掛けられた鍋へと倒れかけ、それを防ごうと鍋と彼の間に滑り込んだわたしもろとも鍋を押し倒した。

 どうにか焚き火に突っ込むことは防げたし、魔法で衝撃も防いだ、のだが。


「あっ……つい!!あなたも、早く!!」


 とっさのことで頭が回らず、地面に広がった汁まで防ぎ忘れた。ほどよく煮えたスープが肌を焼く。

 反射的に魔法で濡れた服を引き離すも、一度触れた熱さは確実に肌を痛めた。背中だけならば良かったのに、腕と脚もやられた。


 取るものもとりあえず、ヴァッケンローダー子爵子息の腕を引く。


「おい、大丈だいじょ、」

「火傷しました!川行きます!!」

「うお!?お、おお……わかった……ヨハンとゴディを起こして行かせるから」


 離れて見張りをしていたウル先輩に半ば怒鳴って伝え、ヴァッケンローダー子爵子息を引っ立てて川に向かうと、


「うっわ、おい、なにを」

「とにかく流水で冷やして下さい!!」


 もろともに川へと飛び込んだ。

 夏でもそれなりに冷たい流水が、ヒリヒリと異常を訴える身体をなでる。


「申し訳ありません。スープが掛かることまで避けられなくて……どこが痛みますか?」

「右腕と左脚」


 ……え?


 きょとーんとしたわたしを睨むように見て、ヴァッケンローダー子爵子息が繰り返した。


「右腕と左脚だけだ。お前が、下敷きになっただろうが」

「あ……」


 良く考えれば、その通り。彼はわたしを下敷きに倒れてわたしの上に乗っていたのだから、地面に広がった汁にひたったのは、わたしからはみ出して地面に触れていた部分だけだ。


 火傷させてしまった、と言う焦りが先立って、そんなことも考えられなかった。


 脚と腕なら全身浸かる必要はない。濡れ損、である。


「も、申し訳、ありま、」

「なぜ、謝る」


 わたしの言葉を遮って投げられた問いに、目を瞬く。


「はい……?」

「よろけて、倒したのは、私だろう。お前は私が焚き火に突っ込むのを防いで怪我をした。謝るどころか、責める権利すらあるだろう」

「え、いや、」

「浅い切り傷とはわけが違う。火傷などすれば、痕になりかねん。婚姻前の令嬢に怪我をさせて、」

「別に身体を売りに婚姻を結ぶつもりはありませんから、怪我は問題ないですよ?」


 早口に自身を追い詰めるヴァッケンローダー子爵子息の言葉をとりあえず留める。


「わたしが婚姻を結ぶとすれば、それは国の決定です。そうでなくともこの程度の怪我であれば、痕も残らず治りますから、どうぞ気に病まずに」


 そもそもこの真っ赤な身体で今さら火傷が増えて気にするなど、滑稽の極みだ。まあ、それを彼に伝えはしないけれど。国家機密だし。


「割って入ったのはわたしの判断ですし、スープを浴びたのはわたしの落ち度です。ヴァッケンローダー子爵令息の責任では」

「馬鹿を言うな。……自分の体調すら満足に管理できなかった、私の落ち度だ」

「いえ、体調を崩すくらい誰だってしますし、よろけて転ぶことも誰にでもあることですよ。そう、自分を責めるような失態ではありません」


 自責をやめさせるための言葉だったと言うのに、ヴァッケンローダー子爵子息はますます顔を歪めた。


「なぜ、庇う」

「転んだひとに手を伸ばすのは、」

「違う」


 助けたことかと返した言葉は否定された。低い声で、唸るように問われる。


「なぜ、私を慰めようとなどする。私は合宿の間、一度たりともお前に友好的な態度など取っていないだろう。むしろ、敵対していたはずだ」

「敵に塩を送ることがそれほどおかしいですか?」

「は?」


 ああ、敵に塩を送る、は、前世のことわざだったか。

 この世界、では、


「盗賊に薬をやるのは、おかしいですか?」


 病に倒れた盗賊に、彼らに困らされていた村の薬師が薬を与えたと言う故事がある。どんな患者でも平等に扱え、と言う医師や薬師向けの教えであると同時に、敵にすら与えられるものこそ真実の慈悲であると言う教えともされる。


 ……敵への慈悲が、本当に正しい行為かと訊かれれば、断言は出来ないけれどね。切羽詰まったときにひと助け出来る者こそ本当に優しい人間だ、と言うのも、いや、切羽詰まっていたら自分をまずどうにかしろよと思わないでもないから。


 でも、なんと言うか、そうだね。


「崖から飛び降りようとするひとを見付けたら、わたしはそれが誰かと言う疑問より先に、止めなければと身体が動くのです。おかしいですか?」

「緊急時ならばそれでもおかしくはない。だが、」

「たとえ盗賊であろうと、狼の棲む森に警告もなく送り込めば寝覚めが悪いのです。べつに、あなたのために発言したわけではありません。わたしの自己満足です」


 あんたのためじゃないんだからね!と言うやつですよ。ちょっと原義とはずれるけれど、情けはひとのためならず、と言うことだね。回り回らなくても、そもそも善いと言われる行いをしただけで気分が良いよね!と。

 要は偽善だ。偽善。

 自分が後味の悪い思いをしたくないがために、やりたい行動を取っている、と。


 それで不利益をこうむったら、ただの馬鹿じゃないのと、ツェリからは怒られるのだけれどね。


「……」


 黙り込んでしまったヴァッケンローダー子爵子息を、川から引き上げる。

 急いでいたとは言え、お互いに腕と脚しか火傷していないならば川に飛び込まなければ良かった。びしょ濡れだ。


「熱があるときに水に飛び込ませてしまい申し訳ありません。早く戻って、服を乾かしましょう。薬も、塗らな、」

「エリアル!」

「オズヴァルト」


 十分冷やしたと判断し野営基地に戻ろうと呼び掛けたところで、名を呼ばれ顔を巡らせる。


「ゴディ先輩」

「……びしょ濡れじゃないか。大丈夫かい?」


 ツェリと違い、わたしでは服から完璧に脱水は出来ない。

 それでもしないよりはマシと服を揺らして水を弾き飛ばしながら、治療道具を手にやって来たゴディ先輩とシュヴァイツェル伯爵子息に答える。


「わたしが慌てて水に飛び込んだだけで、ふたりとも火傷したのは腕と脚だけです」

「いや、お前は」

「背中は大丈夫でした」


 背中も汁を浴びただろうと指摘しようとしたヴァッケンローダー子爵子息に、首を振って伝える。実際のところ背中も火傷したのだが、背中に関してはすでに治癒が済み、元通りの真っ赤な肌を晒している。


「水に飛び込んだと言うことは、十分冷やしたのか?」

「はい。ここまで来る時間もありましたので、即座に、とは行きませんでしたが、熱源は即遠ざけて、すぐここに来て今まで冷やしていました」

「わかった。なら、治療よりそのびしょ濡れをどうにかすべきだな。お前、着替えは?」

「靴以外は一式あります」


 予備として、一式だけは用意してあった。一週間の行軍で着替えが一式だけ。ご令嬢の発言じゃないね。


「オズヴァルトは?」

「あります」

「なら、とりあえずテントに戻って着替えろ。下着を替えたら治療を……」


 治療をする、と言いかけたシュヴァイツェル伯爵子息が、言葉を留めてわたしを見る。あまり大柄でないシュヴァイツェル伯爵子息は、わたしとさして変わらない身長だ。ゴディ先輩と三人で、どんぐりの背比べな感じ。


「わたしの手当ては、自力でします。薬も持っていますから」

「脚は自分でしろ。腕はワタシが診る。本当に、脚と腕以外は問題ないのか?」

「ええ。お見せ出来ないのが残念なほどまっさらです。見ますか?」

「見ない!ばかなことを言うなこのおおばかねこ!!」

「冗談です」


 まっさらなんて大嘘なのだから、見せるわけがない。

 けれど、冗談を吐ける程度に軽い怪我だと言う主張は伝わったらしい。


「……」


 黙り込んでわたしを見たシュヴァイツェル伯爵子息が厳しい声で問う。


「服が皮膚に焼き付いていたりは」

「しません」

「そうか」


 頷くなり、有無を言わせず、しかし細心の注意が払われた手付きで、腕を取られて袖がめくられた。じんわりと赤く染まった肌が、日の下に晒される。


「……軽度熱傷けいどねっしょう、だな。しばらくは痕が残るだろうが、そのうち消えるだろう。気になるなら、後日メーベルトにでも治癒を頼めば良い」

「治癒魔法を掛けるほどではないでしょう」

「いや、お前は、……はぁ」


 眉を寄せてなにやら言いかけたあとで、シュヴァイツェル伯爵子息は深々と溜め息を吐いた。


「もう良い。お前を女扱いするのが馬鹿馬鹿しくなって来た。さっさと戻るぞ。ウルが心配している」

「……自分も心配だったくせに」

「黙れゴッドフリート」


 ぽそりと呟いたゴディ先輩をひと睨みしてから、シュヴァイツェル伯爵子息は歩き出した。わたしの腕を、掴んだままで。


「片付けのために残ったけど、アクセルやヘルマンも心配してる。僕も、心配したよ?」

「申し訳ありま、」

「私の責任です」


 わたしの謝罪は遮られ、唇を引き結んだヴァッケンローダー子爵子息が頭を下げる。


「後輩に怪我をさせて、申し訳な、」

「頭を上げろ、オズヴァルト」


 その謝罪すら遮り、立ち止まったシュヴァイツェル伯爵子息が命じる。肩を掴んで、顔を上げさせた。


「熱がある、か」


 そっと額に手を当てて、苦い顔をする。


「……高いな。いつから体調が悪かった?今朝いきなりのことではないだろう?」

「い……あ、の、」

「あくまで私見ですが、昨日の朝の時点で少し体温が高いかもしれないとは思っていました」


 口籠るヴァッケンローダー子爵子息に代わって、呟く。昨朝偶然手が触れたとき、自分より温かいと思った。平均より体温が高いと言われるわたしの手より、だ。

 本当に体調が悪ければ言うだろうし、水仕事のあとで自分の手が冷たくなっていた可能性も考えて誰かに伝えはしなかったが、失敗だったようだ。


「お前ら……」


 唸るように押し出したあとで、鋭い叱責が落とされる。


「異常があるなら飲み込まず言え!二年でも三年でも良いから、ひとりで抱えず誰かに吐き出せこのおおばかども!!」

「ひっ、も、申し訳ありませんっ」

「済みませんでしたっ」


 どかんと一喝し謝罪を受け留めたあとで、シュヴァイツェル伯爵子息は眉を下げてヴァッケンローダー子爵子息の頭をぐいとなでた。


「後輩の不調に気付かないのは先輩の落ち度だ。体調不良に気付いてやれなくて、済まなかった」

「ですが」

「高地は平地に比べて気温も低い。慣れない野外活動で体調を崩しても恥ではない。ワタシも二年のとき、夏期演習合宿で暑気中しょきあたりを起こして先輩に迷惑を掛けたことがある。すぐに医者も呼べない場所だ。取り返しの付かない状態になる前に申し出ることこそ周りと自分のためになるのだと理解しておけ」


 ぐいぐいと押さえ付けるようになでながら、シュヴァイツェル伯爵子息が早口に言う。


「とは言え体調を崩したなどと言い出しにくいのはわかる。ワタシだって、動けなくなるまで言い出せなかったからな。だからこそワタシやほかの三年が、気を配るべきだった」


 そこから、躊躇するように言葉を留めたシュヴァイツェル伯爵子息は、少し上擦った声で、それまで以上に早口に捲し立てた。


「ワタシはお前の優秀さをきちんと理解している。少し体調を崩したくらいで評価を落としたりしないから、困ったときは頼れ!無理して余計な心配を掛けられるくらいなら、迷惑を掛けられる方が良い!だいたい、困ったときに頼れない先輩の烙印を捺されるなど、恥だろうが!お前のためじゃない。ワタシのためにワタシに頼れ!良いな!?」

「……っ、はいっ」

「わかったら、早く戻るぞ!濡れたまま居たら悪化する!」


 片手でわたしの腕を、もう片手でヴァッケンローダー子爵子息の腕を掴んだシュヴァイツェル伯爵子息が、足早に歩き出す。その顔は、耳や首まで真っ赤に染まっていた。


 くすっと笑ったゴディ先輩が、こそりとわたしに耳打ちする。


「良い先輩だろう、ヨハンは」

「そうですね」


 素直ではないが、後輩思いの先輩だ。わたしまで心配してくれたらしい辺り、人格者でもあるのだろうし。


「もたもたするな、うすのろが!」

「はい、申し訳ありませんっ」


 照れ隠しか投げられた叱責に元気良く答えながら、わたしはゴディ先輩と笑みを見交わした。


 その後、わたしとヴァッケンローダー子爵子息が着替えてシュヴァイツェル伯爵子息の治療を受けているあいだに、ほかの班員で片付けと朝食準備が行われ、少し遅くなった朝食後に、今日は残りの採取対象である木の実の探索を行うことと、わたしとヴァッケンローダー子爵子息プラス監督者兼看病役としてシュヴァイツェル伯爵子息とゴディ先輩が、お留守番にされることが伝えられた。


「、」

「エリアルに関しては昨日今日無茶やった罰も含む。ヴァッケンローダーに関しても、黙っていた罰だ。それぞれ、ゴディとヨハンに叱られろ」


 わたしには看病不要だからゴディ先輩は探索に、と提案しようとしたわたしの発言は、先んじて留められる。


「それと、エリアルはうまくて珍しい晩メシ、期待してるかんな!」

「おぅふ」


 付け足された言葉にがっくりと項垂れているあいだに、探索組はとっとと出発して言ってしまった。


「オズヴァルトは寝ていろ」

「……はい」


 ヴァッケンローダー子爵子息が少し落ち込んだ顔のままテントに向かう。


「片付けと昼食準備は僕とエリアルでやるから、ヨハンはヴァッケンローダーに付いてて貰えるかい?」

「ああ。……サヴァン、お前、なにか体調不良に訊く薬は」

「滋養強壮の薬でもよろしければあります」


 わんちゃんがくれる和食材になぜか混じっていた漢方薬っぽいものならある。ちょうど合宿と合宿のあいだに届いたので、持って来てみたのだ。

 効能はわんちゃんのお墨付きを貰い、わんちゃんから離れてやっと会話に応じてくれたとりさんからも大丈夫と言われたので、滋養強壮剤として飲ませても大丈夫…なはず。


「……見てから考える」

「わかりました。少し待っていて下さい」


 わたし専用に建てられた小さなテントに戻り、陶器の瓶を取り出す。中身は丸薬だ。ちょうど、正露○糖衣Aみたいな見た目。…取り巻きCを名乗っていると親近感が湧くね、糖衣A。


「これです」

「…………これ、誰が作った薬だ?」


 ひと粒持って検分したシュヴァイツェル伯爵子息が、ぎゅっと眉を寄せて言う。


「ええと……」


 わんちゃん曰く、和食材を斡旋してくれている神、もとい、わんちゃんのお知り合いの作だろうとのことだったけれど……。


「ただの砂糖菓子にしか見えない。本当に効き目があるのか?」

「ああ、それは」


 シュヴァイツェル伯爵子息が手に持つ粒を受け取り、魔法で割る。断面から見えるのは、二層構造だ。粉薬が、砂糖の衣で薄くコーティングされているのだ。

 この世界にも、糖衣なるものは存在したらしい。


「中の薬が苦いので、砂糖で包んであるのです」

「薬を?砂糖で?」


 この国だと、存在しない手法みたいだけれどね。


 すごく奇異なものを見る目を向けられて、目を伏せる。


「ええとですね、知り合いの、知り合いが、極東の魔法使いでして、その方から頂いたもの、なのです」


 わーお、割れながら胡っ散臭い。

 知り合いは魔導師で、その知り合いも魔導師らしいから、そこまで明かせばとたんにお墨付き極みな高額取引商品に早変りするのだけれど。


 ツェリ辺りが聞けば、その知り合いって導師でしょうと突っ込んでくれるのだろうが、哀しきかな、ここにツェリはいない。


「その説明でワタシが納得すると?」

「思いません」

「自分の納得しない薬を、大事な後輩に飲ませると?」

「効き目は、確かです」


 魔導師と竜のお墨付きだ。


「……」

「……」


 無言で見つめ合うふたりに、甘い空気はない。


「……サヴァンの使ってた塗り薬って、その知り合いの知り合いの作かい?」


 助け船は、ゴディ先輩から送られた。

 渡りに船と、飛び乗る。


「違います。その塗り薬を作ったのはわたしの知り合いの方で、塗り薬の作り手の知り合いがこの薬の作り手です。ですが、塗り薬の作り手からこの薬の効能と安全性は保証して頂いてあります」

「……だってさ」

「だが……」


 効く薬なら飲ませたい。しかし、出所不明な薬など飲ませられない。

 そんな苦悩のにじむしかめ面に、折れた。


「ヴァンデルシュナイツ導師です」

「……あ゛?」

「ヴァンデルシュナイツ導師、です。この薬を、保証したのは」


 空気が、固まった。

 いたたまれず、視線を逸らす。


「……そう言えば、その首の、着けたのはグローデウロウス導師と言う話だったか。交流が、あるのかい?」

「定期的に綻びがないか、確認する必要があるので」


 気の抜けたようなゴディ先輩に問われて、最低限の情報を伝える。

 ゴディ先輩は頷いて、深々と、それはもう、深々と、息を吐いた。


「まあ、王太子のご学友にして将軍子息と宰相令嬢のご友人だしね。筆頭宮廷魔導師にツテがあっても……おかしいよ!?子爵ってなんだっけ!?公爵の上の階級っ!?」


 タイムラグありでデータがダウンロードされたらしいゴディ先輩が、全力の突っ込みを投げ付ける。


「いえあの、えっと……特殊な血筋なもので……」

「だからって、」

「ゴッドフリート、病人が寝てる」

「あ、ごめんよ」


 シュヴァイツェル伯爵子息の低い指摘に、ゴディ先輩が、ぱしっと手で口を塞ぐ。

 シュヴァイツェル伯爵子息は険しい目でわたしを見た。


「筆頭宮廷魔導師のお墨付き。嘘は、ないのだな?」

「ありません」

「それだけわかれば良い。悪いが、その薬を分けて貰えるか?」

「はい。一回二錠、一日三回です。噛まずに水で飲み込んで下さい。空腹時に飲んでも問題はありません」


 用法を伝えつつ瓶ごと手渡す。


「……助かる。ありがとう」

「!、い、いえ、どういたしまして。昼食には、消化しやすいものを用意します」

「ああ。頼む」


 シンプルに伝えられた謝意に、動揺する。

 そんなわたしに小さく頭を下げ、シュヴァイツェル伯爵子息はヴァッケンローダー子爵子息のいるテントに向かった。


「普段からあれくらい素直だと良いんだけど……よほど、ヴァッケンローダーが心配なんだろうな」

「とても、良い先輩ですね」

「ああ。あの言動だから悪く言うやつもいるけれど、本質さえ知ればヨハンを好むやつは多いよ。ウルもすごく気に入っているしな。口調のきつさから班長副班長には向かないとされたみたいだけれど、同じ派閥の後輩の中にはかなり慕っている生徒もいる」


 うん。一度本性に気付いて落ちたひとは沼にはまり込むタイプの性格だよね。


「家への愛着が強いからほかの派閥の人間への当たりはより強いんだけどな。でも、嫌いな相手や敵対者相手でもやって嫌味程度だから、可愛いものだよ」

「嫌味が可愛いかはやり方にもよりますが、この合宿でわたしが言われた程度でしたら、まあ、そうですね」


 言葉だけ、と言っても言葉の暴力とも表されるくらい力のあるものだから、手を上げていないことを免罪符にしてはいけないと思う。けれど、身体と心を同時に痛め付けるようなやり方や、陰惨に追い詰めて社会的な死を味わわせるようなやり方に比べれば、面と向かっての嫌味のどれほど清々しいことか、と言う気持ちは確かにわかる。


 集団でねちねちと、ではなく、がっつりタイマンで言いに来ていたしね、シュヴァイツェル伯爵子息は。たぶん、気に入らなければたとえほかに味方がいなくとも、気に入らない!と主張してしまえるひとなのだろう。


 …これで女性ならば悪役令嬢の素質があると思う。似合う。絶対似合う。むしろツェリより似合うと思う。それも、ざまあされるタイプではなく、ルートによってはヒロインの友人になっちゃう、どこか憎めないタイプの悪役。言わばライバルタイプの悪役令嬢だ。


 わたしの評価を笑って受け留めたゴディ先輩が、さて、と呟いて身体を伸ばす。


「朝食の片付けをやってしまおう。僕らの昼食と“珍しい料理”の、準備もしないといけないしな」

「うぐぅ」


 予想外の攻撃に、がっくりと頭を落とす。

 前回合宿ではしゃぎ過ぎた。本当に、はしゃぎ過ぎた。


 反省しましたから、これに懲りて和食を作るのはおひとりご飯かわんちゃんとのご飯限定にしたいのですよ…!


「……とりあえず、片付けましょう」


 そしてそのまま忘れてくれと動き出したわたしを、同じく片付けを開始したゴディ先輩が追撃する。


「僕も気付いていたからな、エリアルがなにか採取して隠し持ったの」

「あれは……っ」

「あれは?」


 前回お好み焼きもどきに使った山羊芋ヤギイモを見付け、こっそり採取して自前の保存用輸送袋に突っ込んだ。お出汁と生卵とお醤油で、とろろご飯にするのだ……!

 とろろご飯は、とろろご飯は譲れないっ!


 ゴディ先輩の追及に、気不味げに目を逸らす振りをしつつ返答した。


「あれは、薬の材料です」


 るーちゃんことブルーノ・メーベルト先輩の説明を忘れなかったわたし、ナイス!

 採取目的が食用だろうと、本来の用途が薬の材料であることに違いないのだから、嘘を吐いてはいない。


「薬の材料?」

「はい。山羊芋ヤギイモと呼ばれるヤムイモの仲間の植物で、乾燥させて薬の材料に使われます」


 するんと飛び出す受け売り知識。ありがとうるーちゃん。

 ちゃんとキャベツも使ったお好み焼きもやりたいし、山羊芋は、なんとしても渡すわけには行かないのだ。


 え?演習合宿中になにをやっているんだって?

 いや、うん。とろろご飯キタ!と思ったら、手が動いていたのだ。ラフ先輩から生卵も貰えると来たら、やるしかないでしょう?麦とろご飯。たっぷり掛けて、かかっと掻き込むのだ。ああ、考えただけでも美味しい……。


 しかし前回のみなさんの反応を見た限り、この国の貴族にとろろは受け入れられない。しかもここでは材料も揃わない。

 と言うわけで、合宿中に山羊芋を調理する気はないのだ。申し訳ないがわたしのなかで、ウル先輩の興味<自身の食への情熱、である。


「薬の材料を採取して、どうするんだい?」

「……採って来るようにと、言われているので」

「誰に?」

「知り合いに」

「……知り合い、な」


 ご察しの通りですよゴディ先輩。

 ご察しの通りなので、気付かなかった振りをして下さいな。


 そう。わたしが山羊芋を見付けて採取し、隠し持っているのには理由がある。

 わんちゃんが、お好み焼きに、興味を示したのだ。

 出発前に、積極的にではないが、それとなく山羊芋を見付けたら採って来て欲しそうな発言をされた。高額な保存用輸送袋を借りた手前、無下には出来ない。それ意外にも山ほど恩はあるしね。


 だから、わんちゃんのために、わたしから山羊芋を奪わないで下さい。


 はい?とろろご飯のためじゃないのかって?

 それは、アレですよ。本音と建前ってやつです。


 ゴディ先輩が溜め息を吐いて、わかった、と小さく言う。


「でもそれなら、ウルの要求にはどう答えるんだい?」

「…………答えないと、駄目ですか?」


 多少怒られても、出来ませんでしたで済ませてしまいたい気持ちが九割九分九厘なのだが。


「駄目、ではないけれど、がっかりはするだろうな」


 肩をすくめたゴディ先輩が、洗い物はするからとわたしから食器を奪う。


「僕としては美味しい食事にありつければそれで十分だけど、ウルは珍しい料理をかなり楽しみにしていたみたいだからね」


 ならば水汲みをと桶を持ち、並んで川へと向かいながら言われた言葉に小さく溜め息を漏らす。


「難しいかい?」

「材料がないのもありますが、基本的に、あまり野外料理には向かないのですよ」


 野外和食の定番と言えば芋煮や焼き芋、今の形になる前のすき焼き、などだろうか。

 つぼ焼きや焼き鮎なんかもそうかもしれない。屋台料理の定番、焼そばや焼き鳥も、ある意味野外和食だろうか。

 しかしそれらは、良い材料や調味料があってこそのもの。


 特殊な調味料を使わない条件でわたしに出来る変わった料理と言えば、天ぷらやとんかつと言った揚げ物や、海苔抜きの塩握り、オムライスなどで、野外では向かなかったり材料がなかったりだ。

 生食文化のあまり発展していないこの国では、お刺し身もお寿司も冷やし中華もなめろうも塩辛も受け入れられにくいだろうし、そもそも野外採取のお肉や魚をろくに火も通さず食べる度胸はわたしにもない。食中毒、寄生虫、コワイ。


 ……みなさんももし遭難しても、生食は駄目だよ?とくに川魚。魚でも哺乳類でも鳥類でも、内臓を取り除いた骨格筋、赤身肉部分をよく焼いて食べてね。内臓のなかでも、レバーは絶対に取り除いてね!


 だから出来るとすれば……出来ると、すれば……なんだろう……。

 醤油も味噌も持って来ていないし、お米もあるにはあるけれど少量で主食にはならない。使えるとすれば小麦粉、か?


 出来て洋風の焼うどん、もしくは洋風のすいとん、かな。


 ……果たしてそれは、珍しいと言う評価を貰えるのであろうか。

 こうなると、調味料と材料が八割と言ったウル先輩の言葉に少し、賛成しないといけない気がして来た。


「無理なら、僕から取りなそうか?」


 困り顔で唸っていたら、見かねたのかゴディ先輩がそう言ってくれる。

 しかしそれはつまり、取りなさねばならないほどにウル先輩はわたしの料理を楽しみにしていた、と言うことで。


「……どうしても思い付かなかったら、お願いします」


 そこまで期待されて答えないのは、忍びないと思ってしまった。

 結果、わたしは作業2、思考8くらいの意識で午前中を過ごし。


「これは、珍しいって言わないのかい?」

「……え?あ゛……」


 無意識に作り上げた看病食の定番:野菜たっぷりの雑炊、に突っ込まれて我に返った。


「珍しい、です、か?ただのスープですけれど」


 我ながら苦しいと思いつつ、問い返してみる。


「お米をメインにしたスープなんて、初めて見たけど?」

「お米は、栄養価が高いので……」


 上質なでんぷんの塊であるお米は、消化吸収しやすい栄養源なのだ。小麦と違って粉にせずとも食べられるし、水田の場合は輪作障害も存在しない。育てるのに手間は掛かれど手間を掛けただけの収量を返してくれる、素晴らしい穀物なのである。大量の水と適度な温度を必要とするため育てられる地域が限られるのが難点だが、条件に合った土地であればお米を育てない食べないなど愚かの極みであるとわたしは、っと……こほん、愛が溢れた。


「お米を主食に、ねえ」

「……この国では流通が少ないことは理解しています」


 残念ながらこの国は水稲栽培が出来る気候ではないらしい。夏場にあまりに降水がなく、主たる農産業は牧畜。主食は小麦。生活様式も含め、欧州に近い気候と文化なのだろう。

 稲は一部地域で野菜として、陸稲が栽培されるのみ。そのため収量は少ないし、味も前世に比べて格段に劣る。


 が、人気がないため価格に関しては平民向けの小麦より少し高い程度なので、わたしは大量に購入、していた。過去形。


 ……うふふ。

 今はなんと、極東のお米を横流しして頂いております。育種の違いか育て方か、コシヒカリに匹敵!とは行かないけれど、この国の陸稲に比べれば天と地ほども質が異なる、良食味米りょうしょくみまいですとも。ああ、ありがとう、わんちゃんとそのお知り合いさま。


「わたしも少量しか持って来ていませんでしたので、この鍋の中身を全員分は作れません」


 だから振る舞えないのよーと、主張。実際残ったお米すべてを費やしても、もう一度この量を作るのが精々だ。たとえ主食にしないとしても、十二人分には足りないだろう。


 ゴディ先輩は首を傾げて、そうかいと呟いたあと、にっと悪戯っぽく嗤って見せた。


「それなら、これを食べたことはウルに気付かれないようにしないとな」

「そうですね」

 

 茶目っ気もあるゴディ先輩に微笑みを返して頷き、雑炊を火から下ろす。病人食ならともかく男子高校生にはこれだけでは足りないので、追加で肉野菜炒めを作ろう。


「ヴァッケンローダー子爵子息が食事出来そうか、訊いて来て頂けますか?」

「わかった。すぐ出来るかい?」

「はい」


 わたしが男性陣のテントへ顔を突っ込むわけには行かないので、伝言はゴディ先輩にお願いした。

 野菜炒めの味付けには、香辛料も使わせて貰うことにする。出汁を取った残りの削り節もあったので、もったいない精神で投入。


 ……ん?


 なにかが引っ掛かった気がしたが、なにか考える前に先輩たちがテントから出て来てそれに気を取られる。


「これ、よそって平気かい?」

「はい。お願いします」


 ゴディ先輩の盛った雑炊を見たシュヴァイツェル伯爵子息とヴァッケンローダー子爵子息は、なんとも言えない表情を見せた。


「これは」

「スープです。お米の」


 訊かれる前に答える。べつに、変な材料や調味料は入れていない……はず。上の空だったから、記憶が曖昧だけれど。


 少人数だから良いやとちゃちゃっと作ってしまった野菜炒めもすぐ完成し、盛り付けてヴァッケンローダー子爵子息以外に配る。

 頂きますと小声で呟き、真っ先に口を付けた。わたしがしても実は意味がないのだが、毒見だ。


 うん。ごくごく普通の、雑炊だ。味付けはシンプルに塩だけ。それでも野菜の旨味が溶け込んで美味しい。しかし醤油が欲しい。


 わたしが問題なく飲み込んだのを見てから、先輩たちもスプーンを口に運んだ。

 ひと口食べ、味わうような間のあと、シュヴァイツェル伯爵子息が眉を寄せる。


 口に合わなかったかな。

 不安になって味を確めるが、なんの変鉄もない雑炊である。苦手な野菜でもない限り、好き嫌いの分かれるようなものでもないと思うのだけれど。


「魚……か?」

「魚?」


 シュヴァイツェル伯爵子息が低く呟いた言葉に首を傾げる。


「野菜以外の味がする。なにか、入れただろう」

「いえ、野菜とお米と塩だけ……」


 ふと、野菜炒めに目を向ける。野菜とお肉に混じる、削り節の出涸らし。雑炊が食べ慣れた味なのは、出汁の旨味があるから。

 ……なにをやっているのだろうわたしは……。上の空過ぎるだろう……。


「申し訳ありません、魚を入れました……」

「そうか」

「はい。味付けだけなので、身は取り除きましたが……」

「いや。まあ、味は……悪くない」


 なにやっとんのじゃワレと落ち込むわたしに気を遣ったのか、シュヴァイツェル伯爵子息がそれ以上の突っ込みをすることはなく、以降はみな大人しく食事を終えた。


 結論。上の空、よくない。


 和食材はお米以外持って来ていないと思っていたのだが、わたし、どこに削り節を隠し持っていたのだろう……。


 少し動いた方が気分が晴れると片付けを手伝ってから、シュヴァイツェル伯爵子息たちはまたテントへ戻る。そんなシュヴァイツェル伯爵子息たちを見送りながら、額を押さえた。


「大丈夫かい?」

「ええ、はい。少し、自分の馬鹿さ加減に呆れました」

「……そういう日もあるさ」

「ソウデスネ」


 上の空になると前世を持ち出すくせを、好い加減直すべきだ。あと半年で十六にもなろうと言うのに、いつまで前世を引きずるつもりなのか。十六年。十六年だ。わたしの前世の歳には届かないだろうけれど、それでも過去を薄めるには十分な長さでないのか。


「夕食、どうしましょうね」

「ほかになにか変わった材料は持っていないのかい?」

「ないと思います。ゴディ先輩、なにか持っていませんか?」


 気を取り直そうと意識を夕食に切り換える。お米は無理。削り節はあるにしろそれだけでは勝負しづらい。

 駄目元で尋ねると、んー……と考え込んだゴディ先輩がちょっと待っていてとテントへ向かう。


「珍しいものはないけれど、食材はいくつか持って来てあるよ」


 袋を抱えて戻って来たゴディ先輩が言う。袋の中身はいくつかの小袋。さらにその中を覗くと、小麦粉に、ひよこ豆、青えんどう豆と、上白糖に、食塩とレモンが三つ、粉末のハーブがいくつか。


「これ、砂糖と塩とレモンはもしかして」

「うん。ブルーノの助言。前に僕のいた班でも、暑気中りになったやつがいて、その場合は塩を入れたレモン水を飲ませると良いって」


 熱中症の対処法は、浸透しているのか。


 感心しつつ材料を見回し、うどんは作れるなと考える。あとはひよこ豆と青えんどう豆か。

 ひよこ豆、ひよこ豆、ねぇ……、


「んにゃっ!」

「わっ!なに?」

「あ、いえ……なんでもないです。申し訳ありません」


 天啓のように舞い降りた代用豆腐レシピに、思わず声を上げてしまった。ひよこ豆で作る、にがり不要の豆腐レシピがあった。

 合宿中には作らないが、合宿後に作る料理として、厳重に記憶しておく。


 と、同時に、べつの代用レシピも芋づる式で思い出した。

 ひよこ豆と青えんどう豆。砂糖も大量に。青えんどう豆なんて、王道の材料だったじゃないか。


 ふっと、思わず笑みが浮かんだ。


「小麦粉とひよこ豆と青えんどう豆、それと、お砂糖を頂いても良いですか?」

「ん?ああ、元々合宿用に用意したものだから、好きに使ってくれて構わない。でも、砂糖かい?」

「お嫌いですか?甘いもの」

「僕は食べられるよ。ウルも、好きだったはず」


 甘いものが好きなひとでも、好き嫌いが分かれるメニュー、なのだよな……。

 少し迷ったがほかに案もないので、押し進める方向で決めた。主食にはしないので、許して貰おう。


「え゛?えええっ!?エリアル、なにやっているんだい!?」

「おい、ゴッドフリート、うるさ、お前、なにをやっている!」

「料理ですよ」


 約二名を阿鼻叫喚に陥れつつも、構わず調理遂行。

 コレがこの国ではあり得ない行為であることくらい、百も承知である。


「それ、いったいなにを作って……」

「食べものです。食べられるものしか入れていないでしょう?」

「そうだけど!そうだけど、なぁっ」


 ゴディ先輩の突っ込みは黙殺、


「文句でしたら、珍しいものをと言ったウル先輩にどうぞ」

「もしかして、怒っているかい?」

「怒ってはいませんよ」


 するのもさすがに失礼なので少しは対応。

 すごく微妙そうな顔で、黙られてしまった。


「まだ加工するのかい?」

「単体で食べても良いですが、甘いので」


 レリィ辺りなら単体でも食べそうだけれどね。


「今度は、なに!?」

「食べものです」

「それは、わかってるけどっ」


 ううん。ゴディ先輩は突っ込み体質だな。


「……なんだろう。よくわからないものなのに、もはやそれでも安心する」

「甘いもの、やっぱり嫌いでしたか?」

「そうじゃないよ……」


 わたしの苦労とゴディ先輩の徒労を引き換えに、完成したお夕飯。


「パン、か?それと、麺?」


 ヴァッケンローダー子爵子息になにか飲みものをとテントから出て来たシュヴァイツェル伯爵子息が、わたしの作ったものたちを見て言う。


「あの、怪しいものはどこに消した?」

「怪しいって……パンの具にしました」

「パンの、具?」


 正確には、パンじゃなくおやきだけれどね。


「あれだけ、砂糖を入れた、ものをか?」

「甘いものは、お嫌いですか?」

「いや、多少なら食べるが……」

 

 まさかここまで拒否反応を示されるとは……。


「量、作り過ぎましたかね」


 焚き火で炙っていたものを見下ろして呟く。おやきの具はしょっぱいものも作ったが、こちらは甘いものだけだ。ひとり二本計算。みなさま食べてくれるだろうか。


「いや、食べるよ?食べるつもりだけどな?」


 葛藤を滲ませつつ、ゴディ先輩が答える。


「……口に合わなかったら、ゴディ先輩とウル先輩とわたしの責任と言うことで」

「ああ。そうだな」


 そんな会話を交わしているあいだにシュヴァイツェル伯爵子息はヴァッケンローダー子爵子息用の飲みものを用意し終え、わたしたちを見下ろした。


「出されたものは、食べる。それが料理人と農民に対する礼儀だからな」


 それだけ伝えて、ふいと向けられた背中。

 黙って見送って、小さく漏らす。


「ほんとうに、善良な方ですね」

「だろう?」


 そうこうしている内に、疲れた顔の班員を連れたウル先輩が帰って来る。

 ウル先輩の顔を見たゴディ先輩が、苦笑して、


「まだ一日ある、だろうっ」


 ウル先輩のお腹にぐーぱんを入れた。あ、軽くだよ。軽く。

 採集対象を見付けられなかったのだろうと、わたしでもわかるようすだったウル先輩への、おそらく激励。


 ゴディ先輩を見下ろしたウル先輩が、一拍置いて、へへっと笑う。


「ああ!」


 その顔は、いつもの明るい笑みだった。

 さすがだな、と思いながら、茹でてから水でしめておいた麺を手に取る。


「お、なんだなんだ」

「麺ですよ。すぐ、夕食で大丈夫ですよね?」

「おう!頼む」


 返答を聞いてからさっと湯通しして温めたのは、真っ白な太麺。手打ちの、うどんだ。別鍋でつゆも温め、器によそった麺にぶっかける。つゆはオーソドックスなめんつゆさまではなく、鰹出汁ベースの塩味だ。お肉と山菜もたっぷり入れてある。


「おおー」


 うどんを受け取ったウル先輩が、顔を輝かせた。全員にうどんを配ってから、おやきと、もうひとつ作ったものも取り出す。


「そっちは、パン、と、なんだ?」

「甘味です。パンも、こちらの器のものは甘いので、甘いものが苦手な方はお気を付けて」

「へー」


 感心したように頷いたウル先輩が、食事開始の言葉を告げてうどんを口に運ぶ。


「うめぇ!しかも、初めて食った味だ!」


 飲み込んでからそう言って、にかっと満面の笑み。それからためらいも見せずに、いちばん見た目的に怪しいであろうブツに手を伸ばした。

 ぱくり、と躊躇せず口に入れる。


「甘い!が、これ、もしかして、豆、か……?」

「ええ。青えんどう豆を砂糖と煮たものを摺り潰して濾したものを乗せています。クリーム色の方は、ひよこ豆です。土台にしてあるのは、お米を煮て潰したものを丸めて串に刺し、軽く火で炙ったものです」


 つまり、あんこと五平餅である。と言っても五平餅の味付けは醤油ベースが基本だろうから、五平餅(偽)だけれども。材料であるお米が少なかったから、大きさも控えめだしね。


「豆に、砂糖……!?」


 アクセル先輩が、ぎょっとした顔でわたしを見る。ほかの面子も、事前に知っていたゴディ先輩とシュヴァイツェル伯爵子息以外、どん引いた顔である。


「珍しいものをとの、ご要望を頂いたので」


 その視線を、微笑みで打ち落とす。御託は良いから食べてみろよと、言外に煽りながら。


 意外なことに二番手で手を伸ばしたのは、シュヴァイツェル伯爵子息だった。

 ひよこ豆餡の五平餅を掴み、ひと口かじる。


 咀嚼し、咽下し、もうひと口口に入れた。それも飲み込んで、顔を上げる。


「食べられる味だ。まずは食べてみてから文句を言え。さきに無茶を言ったのは、あそこの白頭はくとうばかだ」


 そんな白頭鷲ハクトウワシみたいなノリで、ナチュラルに貶さなくても。あ、いや、でも、わたしに関しては庇ってくれた、のだよね?

 そんな悪態も意に介さず、ウル先輩はおやきに手を伸ばしている。


「こっちが甘いんだったか?」

「はい」

「お、中身はこれも豆か」

「ええ。同じものを入れています」


 うぐいす餡おやきと、白餡おやきだ。粒餡はハードルが高いかと、今回はすべて漉餡にしている。

 ちなみにしょっぱい方のおやきは、甘辛い味付けの山菜を入れたものと、焼いたお肉を入れたものである。


 シュヴァイツェル伯爵子息もおやきに手を伸ばし、


「……こちらの方が美味いな」


 ぼそりと呟いた。え、いま、美味しいって言いました?美味しいって、言いました?お口に合いましたか!?


 心のなかでうざい反応をしつつも、自分でもひよこ豆餡五平餅に手を伸ばす。うん。これはこれで美味しいけれど、もち米が欲しいね!おはぎ食べたいわ……。


 そんなわたしたちを見て、ゴディ先輩が、こちらは恐る恐る、うぐいす餡五平餅に手を伸ばす。控えめに口を開いて、かじる。


「ん…………。ちょっと違和感はあるけど、不味くはない、な。美味しい」

「まじですかー?……んぐ…………あ、ほんとだ、意外に行ける……」

「…………甘い」


 ゴディ先輩に続いてアクセル先輩とヘルマン先輩が続く。

 と言うかみなさま、ご飯と甘味同時並行を許せるひとなのね。いや、同時に出したわたしが言えたことではないのだけれど。


「豆に砂糖、ねー。ふーん」

「食べもので遊ぶのは、感心しませんが」

「べつに遊んではいませんよ。地域によっては、普通に行われる調理法です」


 マルク・レングナーの発言に続いて発された、眉を寄せたラース・キューバーの言葉に、カチンと来て反論する。食べもしないで、文句を言わないで欲しい。青えんどう豆はれっきとした和菓子の材料だし、ひよこ豆餡は小豆の手に入りにくい海外でどうにかあんこを食べようと苦心した日本人の努力の結晶だ。


「へぇ、そうなのか?」

「えっ、あっ、はい。そうですよ?この調理法に適する豆と適さない豆があって、青えんどう豆とひよこ豆は適するものらしいです」


 同じお豆さんでも、大豆だと不適だったはずだ。なんだったかな、でんぷんの含有率?が、理由だったはず。だから同じ大豆でも、若くてでんぷんを多く含む枝豆の状態ならあんこに出来る。


「なるほどな。つまり、ラフの言ってた珍しい料理ってのは、外国料理、っつーことか?」

「そう、ですね。サヴァン家は元々バルキア王国の貴族ではなかったからか、家の書架に国外の資料も多く置かれていまして、幼い頃よく読みました」


 これは事実。読んだ本が料理本だとは言っていないから、嘘ではない。

 ミスリード狙い?黙らっしゃい。


 あの資料が回り回ってとりさんを知るきっかけになったので、サヴァン家の書架には感謝している。


「なるほどな。まぁ、美味けりゃなんでも良いか。ありがとな」


 輝く笑顔のウル先輩が、手を伸ばしてわたしの頭をくしゃりとなでる。それからも、美味い美味いと言いながら、嬉しそうに料理をたいらげ、


「あー、美味かった!ごちそぉさん!」


 満足そうにあふれんばかりの笑みを浮かべた。


「……どういたしまして」


 うん。

 うん。


 悪い気持ちは、しなかった、かな。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


坊主も走る年末で立て込んでおりまして

次話の投稿にも間が空いてしまうと思います

お待たせしてしまい申し訳ないのですが

のんびりお待ち頂けるとありがたいですm(_ _)m

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