取り巻きCと水難の相 そのさん
取り巻きC・エリアル視点
演習合宿三日目
「まず、伐り倒す方向を決めます。周囲の状況をよく確認して、危険や障害なく木を倒せる方向を見極めるのが大切ですね」
言いながら辺りを見渡し、あちらに倒しますと予告する。
「倒す方向を決めたら、まず倒す方向の幹の、伐り倒したい高さより少し下に楔形に切れ込みを入れます。このとき、楔の下辺は地面と平行に、上辺は下辺からの角度が四十五度くらいになるようにします。また、楔の深さは幹の直径の三分の一ほどにします」
自前の鋸で実際に切れ込みを入れながら説明する。幹に切れ目を入れて、楔形に切り取った部分を抜き出す。
「このような切れ込み、ですね。切れ込みが出来たら今度は、切れ込みと逆の方向から木を切って行きます。切る位置は先程の切れ込みの上部に掛かる位置です。下辺から、およそ三分の二ほどが良いですね。切り口は出来るだけ地面と平行になるように」
ごりごりと木に鋸を当てながら言う。
この世界の鋸は前世よりも厚くて重くて脆い。無理に切ろうとしないことと、こまめなメンテナンスが大切だ。
「このとき最も気を付けるべきことは、伐倒…木を伐り倒す予定の方向にひとや持ちものがないようにすることですね。自分の身長や体重の何倍もあるものが倒れるわけですから、とても危険です。また、補佐のひとがいる場合は倒す方向に木を押して貰うと少し作業が楽になります」
少し手を止めて、見学中の先輩方を見た。
「お願い、出来ますか?」
「おう」
「良いよ」
「任せろー」
「ん」
中立組の先輩たちがやって来て、ぐっと木の幹を押してくれる。
鋸を入れるのが、楽になった。
これ、押して貰わないと木の重さで鋸が動かなくなるからね。実は鋸より押すひとの方が大事なのではないかと言う気がしてくる。
がりごりと鋸を動かすことしばし。手元から、みし、と言う音がして、ばりばりと鳴りながらゆるりと木が傾いた。
「ばっとーーーう!」
いちど傾けばあとは早い。速度を増して倒れる木を眺めながら、声を張る。爽快な瞬間だ。
「先ほども言いましたが、倒れる木はたいへん危険なので、今のように声掛けをするようにして下さい。近くにいるひとは声掛けを受けたら、木が自分の方へ倒れたりしないか確認し、危険そうであれば避けて下さい」
どすんと倒れた木に近付き、切れ目の部分を指差した。
「上手く切れ込みを入れられると、このように木の一部が裂けて蝶番のようになります。この部分のお陰で比較的ゆっくり木が倒れ、始めの切れ込みで倒れる方向も操作出来るので、斧などに比べ安全かつ簡単に木を伐り倒すことが可能です。太くて材として重要な根本付近をあまり欠損させずに伐り倒せるのも利点ですね」
わたしの講釈を聞いたウルリエ・プロイス先輩が、感心したように頷く。
「本当に、ちゃんと木が伐れたんだな」
「ちょ、嘘だと思っていたのですか?」
むう、と唇を尖らせれば、ははっと笑ったウル先輩に髪をくしゃっとなでられる。
「悪ぃ悪ぃ。伐れないとは思ってなかったが、見習い程度って言ってたろ?もうちょっと手際が悪いんじゃないか、ってな」
思った以上に手際が良くて驚いたんだよと言われれば、拗ねてもいられない。
「…切り方は説明しましたが、道具も不足しますしコツも要りますから、今回はわたしが全て伐って良いですか?小さい鋸ならばいくつかありますので、手が空いているかたには枝を落とす作業を…」
提案すればウル先輩は、にぱっと顔を崩して頷いてくれた。
森林伐採講習会からこんにちは。ただいま合宿演習三日目。敵陣真っ只中なエリアル・サヴァンでございます。
初日の砦ご飯でウル先輩がとんでもない吹っ掛けをしたりもしたものの、概ね問題なく馬車移動は終わり、それから日没近くまで掛けて山登りして、持ち寄った食糧で夕食。
翌日は食料採集兼、鏃用の木の実と弦用の植物探しをした。
三班に分かれての行動で、わたしは中立組二年生ズであるアクセル・オクレール先輩とヘルマン・ブレンダー先輩に、副班長であるゴッドフリート・クラウスナー先輩を加えた四人。
おそらく互いに友好的なひとが選ばれたのであろう人選のお陰でいさかいもなく、無事目的の弦用植物を見付けられた。木の実は見つけられなかったのだけれど、ね。
その後、試しに動物寄せをして見せてと頼まれて、野獣ホイホイでお肉もゲットし、その晩は串焼き祭りになった。
本当に吸引するんだなと、ゴディ先輩に呆れ顔をされたことは絶対に忘れてあげない。先輩が、やってって、言ったのに!!
班長の指示により初日夜から料理担当がわたしになって、第二王子派人員から若干の反発はあったのに、いざわたしが作ったものを食べたらなにも言わなくなった。
不味いとか下品とか、嫌味や文句くらい出ると思ったのに、そこは謎だ。
初日二日目と夜営の相手もゴディ先輩にアクセル先輩だったし、なんと言うか、すごく気を遣われている感満載だけれど、ありがたくはあるあるわけで。
ちょいちょいマルク・レングナーに絡まれたり、第二王子派の先輩たちに悪口叩かれたりはあったけれど、大きな衝突はなく早くも三日目。
木の実より先に木を伐ってしまおうと言うことで、弓と矢に使うための木材調達をしているところだ。
今伐ったのは弓用の丈夫でよくしなる木、のうち、一種。魔道具に使うのはどうも複合弓らしく、このほかにもう二種の木を伐る必要がある。
さらに、矢のための木も、二種、必要らしく……。
「…木材なんて素人の学生に、木を五本伐って来いって、鬼畜ですよね、演習合宿」
お手本として先ほど伐り倒した木の枝をいくつか払って見せながら、ついついぼやく。
本当にみんな毎年、こんなことをやらされているのだろうか。
興味深げにわたしの手元を見ていたゴディ先輩が、目をまたたいて首を振る。
「いやいや、木を伐って来るなんて課題、ぼくは初めて聞いたからな?」
「そうですよねー。今回ちょっと、難易度高過ぎ?」
これが普通だと思うなよー?と、アクセル先輩が苦笑。
隣でヘルマン先輩も、小さく頷いている。
「エリアルは前回も難易度がおかしい課題の班だったからな。疑問に思うのも仕方ねぇか」
「ん?そうなんですかー?」
「おう。同じく採集の課題だったが、春の演習合宿かそれ以上の難度だった。どうも優秀なやつらの鼻っ柱を折ることが目的だったらしいぜ?」
…なんですと。
聞捨てならない言葉を聞いて、思わずウル先輩を振り返る。
「ほかの班なら一種採集で済ますところを、六種採集だもんなぁ。通達なしとは言え、四種採集成功で及第にするつもりだったっつってもなぁ…初回だぜ?無茶苦茶だろうがよ」
ぽりぽりと頭を掻きながらの台詞に唖然とする。
確かにスー先輩たちも難易度が高いとは言っていたが、まさかそれほどだったのか。と言うか鼻っ柱を折るもなにも、あの班の先輩たちは優秀さに天狗になるようなひとたちではないだろうに。
「よく案が通ったな」
ヘルマン先輩がぼそりと呟く。
ゴディ先輩が頷いて、補足する。
「前回のあの班は班構成からして異常だったからな。スーとラフとブルーノってだけでも過剰戦力なのに、さらに二年がパスカルとクララで、一年五人は全員魔法持ちだってさ。ほかの班との実力差を埋めるためにやったのが、課題の難度上げなんだろうな」
「魔法持ちが五人?」
「エリアル、ヴィクトリカ殿下、テオドアに、普通科のツェツィーリア・ミュラーと留学生のピア・アロンソ」
…どうしてゴディ先輩はそんなに詳しく知っているのだろう?
ふと疑問を持ったわたしの肩に腕を回して、アクセル先輩が言った。
「班長副班長は演習合宿後に報告会があるんだよ。そこで、課題の内容や班員の行動なんかの情報共有してんの。ゴディ先輩は聖女さま信者だから、詳しく覚えてておかしくない」
聖女さま…るーちゃんことブルーノ・メーベルト先輩のことか。
るーちゃんの聖女みはやばいから、信者がいると聞いてもなんら不思議さはない。
なるほどと頷けば、こちらを向いたゴディ先輩に訂正される。
「いや、ぼくだけでなくほかの班からも、スーの班は大注目だったからな?班員がおかしい上に異常難易度の課題を完璧にこなしたとか、注目されないわけがないだろう?」
「え、六種集めて帰ったんですか…?」
「聞いた限りではね。間違いないかい、エリアル?」
「はい。六種持ち帰りました」
知られているなら隠すことでもないのだろうと頷けば、会話に入っていなかった二、三年生にまで視線を向けられた。そのなかのひとりが呟く。
「……簡単に採集出来るもの六つとかじゃないのか?」
「そうですね、そこまで難しいものは」
「難しくなかったとか、馬鹿なこと言うんじゃねぇぞ?」
絶望的に採取出来ないものはなかっただろうと考えての答えだったのだが、ウル先輩から駄目出しが入った。
ウル先輩がため息を吐いて、不出来な弟でも見るような目を問い掛けの主に向ける。
「相手考えて発言しろよな…。難易度言及は担当教員によるものだ。春期演習合宿相当、他班なら一種採集、スターク班でも四種で及第。ここまで言わせて、楽な採集対象なわけがねぇだろうが。お前も、エリアルも、ちゃんと相手の程度をかんがみて話せ」
「申し訳ありません」
じとっと睨まれて、反射的に謝罪する。
「確かに、るーちゃん…ブルーノ先輩なしには難しい課題でした。たくさん助言を頂いて置きながら難しくなかったなどと言っては、ブルーノ先輩に失礼ですね」
…良い子に反省したのに、どうして幽霊でも見るような目を向けられているのだろう。
年収が低過ぎることに気付いたお姉さんのような顔でわたしを見つめていたゴディ先輩が、震える声で恐る恐る問うて来た。
「ねぇ、エリアル…?いま、ブルーノの、こと…るーちゃん、って、呼んだかい…?」
「あっ、いえあの、ええと…」
叱られる!と咄嗟に思って慌てる。
「せ、先輩相手に無礼な呼び方とは思うのですが、ブルーノ先輩ご自身からこの呼び方で呼ぶようにと、お願いされた、と言うか、あの、と、とにかく、ご本人の、きょ、許可は頂いて…っ」
「あー、うん。ごめんよ、不快に思ったとかじゃないから。そうかい。ブルーノ本人が、許可を……。ちなみにそれ、ミュラー嬢やテオドアなんかにもかい?」
「え?いえ、ツェツィーリアさまは確かメーベルト先輩と呼んでいたはずですよ?テオドアさまも、ブルーノ先輩と呼んでいらしたかと」
「だよな。ああ、そうだよな。知ってた」
えーと?ゴディ先輩?どうしてそのように、疲れた顔をなさっているのでしょう?
周りもなんだかようすがおかしいし、ねぇ、この状況、どうすれば良いの?
「あの、わたし、次の木を伐りに行きますね?」
そうだ。逃げよう。
「これ、お貸ししますのでみなさまは枝を払っておいて下さい。あそこの、あの木を伐って来ますから。鋸を使うときは、手を切らないように注意して下さいね?ざっくり行くと広い上に切り口の汚い傷になるので、傷が治りにくく痕も残りやすいですから」
逃げるが勝ちの結論に至ったわたしは、小型の鋸をまとめてゴディ先輩に押し付けると、すたこらと逃げ、
「おれもいくから。あと、あー、キューバーとウェラーとツヴァイツェル、手伝え」
わたしの逃げに便乗一名。
「ゴディ、残りのやつらと協力して枝落として上の方も切り落として、終わったら袋に詰めといてくれ」
早口に指示出ししたウル先輩が、わたしの後頭部を叩いて行くぞ、と急かす。
このうぇーぶに、乗らない手はない…!
白黒二匹で、すたこらとその場から逃げ出した。ウル先輩から指示を与えられたほかの三人、ラース・キューバーと第二王子派の二年生二人も、ぱたぱたと追い駆けて来る。
目標の木にたどり着いて、ふぅと吐いた息は、ウル先輩と被っていた。
「ああ見えて、っつーか、あからさまに、っつーか、ゴディはブルーノを神聖視してるとこあるから、あんま、その、な?」
「はい。申し訳ありません。迂闊でした」
わんちゃんもそうだけれど、すごいひとは周りから尊敬されるのだ。その想いを踏みにじるようなことは、すべきでない。
配慮の不足を謝ってから、作業に取り掛かる。今度は説明要らずなので、ちゃきちゃきやってしまおう。
「向こうに倒すので、避けておいて下さいね」
ゴディ先輩たちとは逆方向に倒すことにして、向こう、と指差した。ざしゅざしゅと切れ込みを作り、すこんっと楔を抜き取る。
「倒します。押して頂けますか」
「おー」
ウル先輩が朗らかに答え、残りの三人も黙って手を貸してくれる。…理性的なひとは、こう言うときありがたい。
ざりさりと鋸を滑らせ、めしり、と言う音で止める。ばきばきっと破砕音を立てて傾いだ木は、どうと地面に倒れた。
ふぃーと一息吐いてから、材にならないような梢部分を切り落としてしまう。小枝を大きな鋸で落とすのはちょっと怖かったりするのだが、枝落としも続けてやってしまった。
わたしと、向こうで作業しているゴディ先輩たちを見比べたウル先輩が、微妙に遠い目になりながら言う。
「エリアルひとりでやった方が早い、か?」
「始めの木の方が枝が多かったですよ」
あと、鋸使いにもやっぱり慣れはある。コツを掴めば早いのだが、それまでは刃を入れるにも苦労したりする。
「そう言うことにしとくか。んじゃ、袋に詰めっから、エリアルはこれ、口開けて持っとけ。おら、四人でこっちから持ち上げっぞ。せぇのっ」
よっ、と持ち上げられた丸太に、手渡された輸送袋を被せる。
そのままウル先輩とふたりで輸送袋の口を引き上げて行けば、大きな丸太はサンタの荷物くらいの袋に飲み込まれてしまった。わーお、いりゅーじょん。
「結構、重くなりますね」
「だな。はぁ…これ担いで下りんのかよ…」
「五本ですし、交代で頑張りましょうよ」
「矢の方の木は多少軽いのが救いか…」
愚痴りつつも膨らんだ輸送袋を担ぎ上げるウル先輩。
「わたし持ちますよ?」
「お前はあと三本伐るんだから休んでろ」
確かに。
理に適った断り台詞を受けて、伸ばした手をすごすごと下ろす。
サンタのように袋を担いだ先輩が、片手でくしゃりとわたしの頭をなでた。
「おれが見た感じだと近くに獲物はねぇと思うんだが、なんか見っけてるか?」
「見回した限りだとないですね」
こう見えて学年上位の秀才らしいウル先輩は、きちんと獲物の予習をして来ていた。この班には残念ながら、植物博士がいない。わたしのほかは、予習組であるウル先輩とゴディ先輩が頼りだ。
「そっか。ゴディも見つけてないなら、移動…いや、その前にメシ食うか」
タイミング良く、ウル先輩のお腹が切なげに鳴く。木を探してそれなりに歩いたので、時刻はもう昼近くなっていた。
先に伐った方の木も輸送袋に詰め、開けた場所を見付けてお昼休憩になった。今日のお昼ごはんは、小麦粉のトルティーヤでお肉やチーズ、野菜などを包んだブリトーだ。今朝作って油紙で包んで持ち運べるようにした。
前回はホームだったのでかなり開き直った食事内容にしたが、今回は余りはっちゃけずに行こうと思う。と言うわけで、和食とカレーは封印中だ。
この国にも平焼きパンはあるのでトルティーヤならセーフ……セーフだよね!?トルティーヤも駄目とか言われたらわたし、お弁当箱なしでお弁当なんて作れないよ?
「……演習合宿でこんなまともなお昼が食べられるなんて」
ブリトーをかじりながら、ゴディ先輩が感動した面持ちで呟いている。どうも、前回合宿の食事事情が悲惨だったらしい。
「ほんと、サヴァンがうちの班で良かったよな」
前回も同じ班だったらしいウル先輩がひどく実感のこもった声音で頷いていた。
第二王子派とそれ以外と言う大きな溝はありつつも、和やかに終わった食事のあと、再び木を探す旅に出た。
「それ、違います」
「え?」「ん?」
見つけた!と喜ぶ先輩ふたりに、少し申し訳ない気持ちで助言。
ウル先輩もゴディ先輩も、結構子供っぽく素直に感情を出すので好感が持てるのだが、そのぶんがっかりさせるのが心苦しい。
手を伸ばして、前世だとカヤと呼ばれる木に良く似た木の、葉の繁った枝を握った。
「見た目は良く似ていますが葉が柔らかいです。探している木はこうして握ると痛いほど、葉が硬い木です」
「「……」」
ふたりそろって、無言で枝を握る。
「痛くねぇな」
「だな」
ああっ、やっぱりがっかりしてるよ!やめてそんな悲しそうにしないで!!
「この木も弓に向いた木なのですよ?むしろ、どうしてこちらの木を指定されなかったのか不思議に思ったくらいで。とても丈夫で、耐久性に優れた材になる木なのです」
落ち込まないでーと言葉を重ねれば、苦笑したゴディ先輩がわたしの肩を叩いた。
「いや。ごめん。エリアルは悪くないよ。ぼくとウルだけだったら間違えるところだった。ありがとう」
「助かったぜ。褒めてつかわす」
ウル先輩にもわさわさと頭を掻き混ぜられて、少し照れた。
やっぱり、三年生には敵わない。
その後、矢に使う木二本が先に見つかり、伐り倒した。
減量させてあるとは言え、木四本を担いでの探険はなかなかハードで、疲れの見え始めた班員たちに、ウル先輩がもう帰るか、と呟いたとき、
ボスッ
「あたっ」
わたしのこめかみにインセクトアタックがクリーンヒットした。
「大丈夫かい?」
「痛くはないです。びっくりしただけで…」
あととても恥ずかしい。
どっかぶつけると痛くなくても痛いって、つい言っちゃうよね?ね?
見回して、ぶぶぶと飛んで行く虫を見つける。
「普段、虫にぶつかられたりしないのですが」
虫の方が、わたしを避けるからね。なにせ飛行する生きものの最上位の威を借りている。
だから、ぶつかるとしたらよほどのお馬鹿さんか世間知らずなのだけれど。
大きい虫だ。蝉に似ているが軟式のテニスボールくらいの大きさがある。
あんなに慌てて、どこに行くのか。
なにげなく飛び去る虫を目で追って、
「あ」
その先に木を見つけた。探していた木だ。
指差して、先輩たちを振り向いた。
「ありました」
ウル先輩とゴディ先輩が、なにも言わずに木に歩み寄った。
「痛ぇ」
「硬い」
黙って枝を握り、呟く。
ぱっとこちらに振り向いたふたつの顔は、クワガタを見つけた小学生のようだった。
向日葵のような満面の笑みで、ウル先輩が両手を広げる。
「でかしたエリアル!!」
がばっと抱き締められ、片手で髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜられた。ゴディ先輩も横から、ばしばしと肩を叩いている。
「三日で六つ、三日で六つだ!これは全種制覇行けるな、ウル!」
「ああ。残りは魚と木の実だけだぜ!」
嬉しそうに言葉を交わすふたりを見て、彼らが課題達成を危ぶんでいたのだと気付く。
思い返せば、るーちゃんもククルク発見は無理かもと思っていたと言っていたし、実際採集対象を全ては集められない班もいるのだろう。
「ゴディ先輩、あんま叩くと痛いですよー。ウル先輩も、浮気は怒られませんかー?」
「あ、ごめんな?」
「浮気じゃねぇ!人聞きの悪いこと言うなよなぁ!」
アクセル先輩の突っ込みにより解放される。ヘルマン先輩がひっそりと近寄って、壮絶に荒らされた髪を指ですいてくれた。
「大丈夫ですゴディ先輩。ヘルマン先輩、ありがとうございます」
「ん」
先輩たちの間を抜け出して、自分でも枝を握ってみる。痛い。
よし。
周りを見渡して、伐り倒す方向を決めた。
「こちらに倒しますから、避けておいて下さいね」
差し示してから鋸を取り出し、幹に刃を立てる。さすがに五本目ともなると周りも手慣れて、てきぱきと伐倒を補佐し横枝を切り落としてくれた。
輸送袋に木を収め、全員でひと息吐く。
「戻るか」
しばし休憩してから、帰路についた。
時折荷物持ちを変えながら、山の中を歩く。夏の日は長く、まだまだ太陽は空を照らしている。
「日暮れ前に戻れそうだな」
時期外れのサンタと化したウル先輩が、空を見上げて言った。
ウル先輩は出発からずっと木を背負っていて、先ほどから交代を申し出ているのに聞き入れてくれない。
仕方なくゴディ先輩から荷物を引き受けようとしたら、それも断られ…、
「、」
「まだ大丈夫だ」
「ヘルマンのは俺が代わるからなー」
ヘルマン先輩に至っては、言葉を発することすら許してくれなかった。
ならば、
「……」
くんっと、服を引かれて無言で振り返る。
「離して下さい」
わたしはあそこの三年生から荷物を受け取るのだ。
ウル先輩の指示により先導役は第二王子派の三年生で、第二王子派の班員たちは前に固まっている。
そちらの保持する木を受け取ろうと、狙いを定めたのだが。
「お前の位置は、ここ」
ウル先輩は、それも許可しなかった。
ぐぬぬぬぬぬ。
「わたしも、荷物くらい、運べます」
「お前は、いざってときの戦闘用員だよ。おれより強ぇだろうが」
うっ。まさかの一理ある反論…っ。
「荷物があっても戦えます」
「そりゃすげぇな。偉い偉い」
聞く耳持たない…!
言語で駄目なら態度でと、ウル先輩をじぃ……と見つめる。
見つめる。
見つめ、
「……薪拾ってろ。日数分足りてねぇから」
頭をなでられ論破されました、まる。
反論の余地がないので、しょんもりしつつも黙って従う。
「足癖悪ぃ!行儀!!」
いちいちしゃがむと遅くなるので足で蹴り上げて拾うと、渾身の突っ込みが飛来した。
「この方が早いです」
「行儀!!」
…思ったより躾に厳しかった。
鉄拳指導は嫌なので、足から棒に切り替える。
棒で木の枝を跳ね上げて、袋にシュート。
本当はトングがあるのが理想なのだけれど。
妥協の上での行為はしかし、とある人物の興味を買った。
「おっま、なんだそれ、曲芸か!」
目を真ん丸にして、ウル先輩が言う。
「屈むと時間が掛かるじゃないですか」
「省力にどんだけ熱注いだらそうなるんだよ!?」
それは、省エネと小型化に心血を注ぐ国民性ですから?
「人生、楽しんだもの勝ちですよ」
「方向性!」
やばいちょっと楽しくなって来た。
しかもこれ、チャンスかもしれない。
「結構簡単に出来ますよ?こうして、こうです。先輩も、試してみませんか?」
どうぞ、と薪拾い用の袋といい感じの棒を差し出す。
少年の心を忘れないウル先輩は、まんまと誘導に乗り、
「そちらの荷物は、わたしが持っておきますから」
木の運搬権をわたしへ譲渡してくれた。しめしめ。
「……ウル…」
「いや、これ、無理だろ。まず枝を浮かせらんねぇ!」
ゴディ先輩の低い声での提言に、枝拾いに真剣なウル先輩は気付かない。ゴディ先輩が、ため息と共に額を押さえた。
そんな先輩ににんまりと笑みを見せてから、ウル先輩へ声を掛ける。
「コツがあるのですよ。要領さえ掴めればあとは簡単です」
立ち止まってしまったウル先輩の腕を、ゴディ先輩が掴む。
ゴディ先輩がウル先輩にお小言を述べている隙に、わたしはさっさか進んでしまう。行軍に従っているのだ。間違った行動ではないはず。
確かに木は重いのだが、かなり重量軽減がなされているらしく、この前背負った鷹山羊鹿の牡と比べて軽いくらいの感覚だった。
近いイメージとしては、成人女性ひとりを背負っているくらい、かな。米俵よりは、たぶん軽いと思う。
「エリアル」
お小言が終わったのか追い付いて来たウル先輩が、わたしの名前を呼ぶ。
「荷物返、」
「ウル先輩、ちょっと袋の口を開けておいて貰えますか?」
「あん?」
「薪用の袋の口です」
「?まあ、良いけどよ」
不審そうにしつつも開けてくれたので、そばに落ちていた枯れ枝を蹴り上げてシュートする。
「おおっ!」
さすが少年。
それを見たウル先輩は、きらきらと目を輝かせた。
もう一度、枯れ枝を蹴り上げて袋に入れる。もちろんお互い、歩きながらだ。
「すっげえ!なんだそれ!」
「コツを掴めばこんなことも出来るのです。お望みでしたら、あとで暇な時間にお教えしますよ」
「まじか!頼む!」
「喜んでー」
にこやかに答えながら、足蹴でどんどん薪拾いをして行く。
もしも平安貴族男性に生まれていたら、蹴鞠チャンプになれていたかもしれない。
エリアル・サヴァンの身体は、本当に優秀だ。
たまに自分でも、自分の身体が人間のものなのか疑わしくなる。
「…完全に手玉に取られてる……」
「そこも、ウル先輩の良いところですよー」
「奇しくも、荷物を持っていても戦える証明に…」
ゴディ先輩たちが背後でぼそぼそ言っているが、気にしてはいけない。ウル先輩も気にしては駄目ですよ?
「…って、違ぇ!」
しばらく薪拾いに夢中になってから、はっとウル先輩が我に返った。
「エリアル、お前ちゃっかり荷物奪いやがって!返せ!」
「荷運びは交代制ですー」
荷物に伸ばされた手を避けて、反論する。
「問題なく持てているでしょう?わたしは、荷物も持てないお嬢ちゃんではありません」
「あー、それはわかったから、もうこっちよこせ、な?」
「…あと十分」
「寝起きのゴディか、お前は!」
ゴディ先輩寝起き悪いのですね。
わいわいしながら帰路を行き、第二王子派の班員たちに白い目を向けられながらも、その日も無事に過ぎて行った。
「明日は、湖に行くからな!」
夕食時に、ウル先輩が宣言する。
泳げる人数少ねぇけど、全員協力し合って頑張ろうぜ!
そう言って笑うウル先輩の顔は、もう沈んでしまった太陽が戻って来たみたいに明るかった。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
作中木の伐り方講座がございますが
素人知識ですのでもし読者さまが木を伐り倒される際には
専門家の正しい指導の下で行って下さいね
初回の反省でさくさく進めようとしております
ここなにがあったの!?と言う箇所をすっ飛ばしていたら申し訳ありません
要望が出て書ける箇所でしたら裏話や番外編で補完しますm(__)m
とりあえずはさくっと合宿の主筋を終わらせることを目標にしていますので
もし、この間なにがあったか詳しく!と言うご要望がおありでしたら
感想欄にお寄せ下さいませ
取り巻きCに降り掛かる水難とはなんなのか―!?
続きも読んで頂けると嬉しいです




