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取り巻きCと水難の相 そのいち

取り巻きC・エリアル視点


高等部一年第二回演習合宿のお話


投稿に間が空きまくりでごめんなさい

そして再びの続きもの

見切り発車かつ亀更新です

あらかじめご了承下さいm(__)m

 

 

 

「チェンジ!」


 思わず叫んだわたしを、誰が責められようか。


「サ、サヴァン?」

「か、帰ります!わたし!!」

「いや、待て待て待て」


 涙目で帰ると訴え扉を閉めようとしたわたしを留めるため、班長のウルリエ・プロイス先輩が、訪問販売のセールスマンよろしく、がしっと扉を掴んだ。




 ご乱心からこんにちは。ただいま第二回騎士科演習合宿の初日顔合わせなう!なエリアル・サヴァンですよ。


 今回の合宿では前回と違い、学院の教室が集合場所。全員共通でゴールもスタートも学院になるみたいだ。どうやら班ごとに異なる教室を集合場所として指定されているようで、わたしの向かったのは初等部一年生の教室。

 事前の情報交換で我らがお嬢さまことツェツィーリアさまとは別の班なことはわかっていたのでメンバーに期待してはいなかった。いなかったのだ、けれど…。


 わんちゃんのお家から直接来たせいで集合時間ぎりぎりに滑り込んだ教室。扉を開けた途端目に飛び込んだ面子に、わたしの心は瞬時に折れた。


 もうやだ。帰る。




「嫌です!帰ります!!」

「落ち着け!よく見ろ!お前は明らかに、この班の主力だろうが!勝手に帰るな!!」

「そうだよサヴァン!きみがいなくなったら、いったい誰がこれから七日間食事を作るって言うんだい?」

「わたしは飯炊めしたき女ではありません!帰ります!」


 扉を挟んだわたしとプロイス先輩の攻防に、ゴッドフリート・クラウスナー先輩が加わる。


 プロイス先輩よりも籠絡ろうらくしやすそうなクラウスナー先輩に目を向け、


「良いか?参加を表明したからには、班長の言葉に従え。緊急時を除いて、おれの許可なく離脱することは許さねぇ」


 ようとしたが、プロイス先輩に顔を掴まれて阻止された。


 透き通った赤紫色の瞳が、わたしの真っ黒な目を見据える。

 まるで宝石のような綺麗な目だ。こんな綺麗な瞳で眺めたら、わたしのこの黒い目よりも世界が鮮やかに見えていたりしないのだろうか。


 プロイス先輩が、わたしを睨んで言う。


「返事は」

「はい!」


 先輩の言うことはー、ゼッターイ!


 条件反射で良い子のお返事を返したわたしに、プロイス先輩が目を細めた。


「よし。良い子だ」


 武骨だが均整の取れた大きな手で、わしゃわしゃとなでられる。

 うん。スー先輩ことスターク・ビスマルク先輩とはまた違った方向性で、兄属性なひとだ。


「んじゃ、入れ。お前で最後だから」


 そのままとんと肩を叩かれ、教室内に誘導された。

 さて、逃げ道はなくなったぞ。


「不満があると言うなら、帰らせれば良いだろ」

「やる気のないやつがいても、迷惑だ」


 先に教室にいたほかの三年生たちが、わたしとプロイス先輩を睨んで言う。


 うわぁ…と思いつつも、自分の態度が悪かったことは理解しているので、わたしはなにも言い返さなかったのだけれど。


「ああ、そうだな」


 目を細めたプロイス先輩が、そのふたりを見て頷いた。


「おれはサヴァンを手離す気はねぇから、その方針に不満があるやつは帰って良い」

「へ…?」


 発された言葉に驚いたのは、わたしだ。


 いや、だって、ええ?


「あ、それ班長副班長の総意だからな」


 なんてことないみたいな口調でクラウスナー先輩が言う。

 三年生だけじゃなく、そのそばにいた、一、二年生たちも顔をしかめた。


「…えこひいきか?班長が?」

「いや、課題と各自の実力を鑑みた上でのまっとうな判断のつもりだぜ?担当にも確認したが、今回の課題のうちひとつは、泳げねぇと達成不可能だ。んで、この班で泳げんのは、おれとゴディとサヴァンだけだ。なら、ただでさえ少ねぇ人材を、みすみす減らせねぇだろうがよ。それとも、お前らが泳ぐか?」

「…ぼくも、多少は泳げますよ」


 ぐっと詰まった集団に代わって、傍観に徹していたラース・キューバーが口を挟む。そう。ラース・キューバーだ。


 そちらを振り向いたプロイス先輩が、苦笑して頭を掻いた。


「そりゃあ、すっげぇ助かるぜ。ったっくよぉ、パッシェン先生、水泳必須の課題出すなら割り振り考えて欲しいよなぁ。十五人も班員いんのに泳げる人間四人しかいねぇとか、無茶振りも良いとこだろ」

「サヴァンだし、って言う謎の理由で、女子がひとりの班を作るのもぶっ飛んでるよな」


 クラウスナー先輩がため息混じりに呟く。


 …言われて見回してみれば、確かに女子がいない。まじか。


「やっぱり、嫌かい?先生の暴挙を止められなくてすまないね」


 絶句したわたしを見てなにを思ったか、クラウスナー先輩が眉を下げた。


「あ、いえ」


 そこは懸念事項ではないのだと、首を振って伝える。


「普段と大して変わりませんから大丈夫です」

「いやでも」

「おそらく冬春の合宿でも同じ状況になるでしょうし、そもそも命を懸けてまでわたしに手出ししたい人間がいるとは思えませんから」


 我男装ぞ?化け物ぞ?


 誰が襲うと言うのだと、笑って肩をすくめる。

 クラウスナー先輩が微妙な顔になって、はぁ、と息を吐いた。


「まあ、合宿中問題が起きないようには、ぼくやウルも気を配るから」

「ありがとうございます」


 微笑んだわたしに顔を寄せ、クラウスナー先輩が囁く。


「とりあえず、レングナーとふたりきりにはしないようにするから、安心して」


 それは…うん……。


「助かります…」


 気遣いの出来る先輩に多謝です。


 あー…、うん。好い加減現実を見るね。


 さっきまでの会話でおわかりの通り、この班の班員はわたしを含めて十五名。


 班長はウルリエ・プロイス伯爵子息。学年始めの剣術模擬試合決勝でわたしが叩きのめ…こほん、手合わせした、王太子寄りの中立派な三年生だ。白銀の髪に赤紫―葡萄えび色が近いかな―の瞳をした、長身かつ筋肉質だが細身と言う、外見だけ見るとおとぎ話の王子さまさえやれそうな優男なのだが、話してみると前述の通り。ラフ先輩と別ジャンルで、外見詐欺なひとだと思う。


 彼を支える副班長が、ゴッドフリート・クラウスナー子爵子息。わたしと並ぶくらいの身長の、真面目で優しげな三年生だ。日に透けると金にも見える薄い黄土色の髪と、青みがかった茶色の瞳をしている。彼もプロイス先輩と同じく、王太子寄りの中立派。


 このふたりに関しては、なにも問題は感じない。中立派とは言え王太子寄りだし、なにより、彼らはスー先輩たちと親しいのだ。その事実だけで盲信する気はないけれど、それでもやっぱりスー先輩やるーちゃんの友人になれる人間が、おかしなひとなはずがないと思う。


 で、うん。ほかの班員、なのだけれどね。


 いまなおわたしを睨み付けていらっしゃる八人、二、三年各三人に一年二人の集団は、なにを隠そう、純然たる第二王子派閥のご令息たちだ。二、三年では数少ない第二王子派閥だと言うのに、まさかの六人だよ。辛うじて救いがあるとすれば、いちばん高くても伯爵位で、プロイス先輩に家格で互角かそれ以下ってところかな。プロイス先輩のご実家は、伯爵家のなかでは比較的力のある家だから。


 で、あと、わたしが王太子派で、ほかに中立派の二年生がふたり。そして、


「同じ班だー。ねーこれー、運命じゃなーい?」

「あなたの運命の相手は十四人もいるのですね。ではなく、なぜあなたが演習合宿にいるのですか。あなたは普通科でしょう」


 マルク・レングナーと、


「マルク、厄介ごとはやめて下さいね」


 ラース・キューバーだ。

 困ったような微笑みで釘を指すラース・キューバーへ、はいはーいと適当に返事したマルク・レングナーが、わたしにへらりと笑い掛けて言う。


「ボクも魔法持ちだからねー。戦場に行く機会もあるだろう、ってさー」

「ああ」


 なるほど、と頷いたわたしを、マルク・レングナーが意外そうに見返す。


「あれー?納得するんだー?」

「歴戦の兵士に剣を手放させる恐ろしい病も、戦場にはありますから」


 PTSDがどれだけこの世界で理解されているかは知らないが、治療が必要だと思われる程度の認知はされていると言うことだろう。


「ボクもセンセに聞いて初めて知ったのに、ほんと、エリアルの知識って狂ってるよねー」

「それはどうも」

「褒めてないよー?」

「わかっています」


 うっとうしいので逃げ出して、クラウスナー先輩の隣に座らせて貰う。九年前なんの不自由もなく座っていたはずの椅子は、今座るととても小さく窮屈に思えた。


「…どうしてわたし、この班に入れられたのでしょうか」


 深いため息と共に呟けば、同情の籠った目で見返された。


「一週間とは言え先生の目が外れるわけだし、普通は派閥も考えられるはずなのだけど、本当に、パッシェン先生はなにを考えているんだか」


 眉を寄せるクラウスナー先輩の言葉を聞く限り、やはりこの班分けは異常らしい。

 なにか考えがあるのか、単なる嫌がらせか、なにがしかの圧力か。


 なんにせよ、現状では可能性を憶測するしか出来ない。首を振って、頭を切り替えた。


「どのような環境であれ、やるからには真面目に取り組みます。失礼な態度を取って申し訳ありませんでした。もう、班員に対する不満は言いません」


 やる気のないやつがいても迷惑だと言う意見には、正直わたしも賛同する。不真面目な人間は周りのやる気に水を差すし、下手をすれば致命的な妨害になりかねない。

 真面目にやっての失敗ならば諦めも着こうものだけれど、投げ遣りにやられた挙げ句の失敗なんて、納得出来るはずがない。


 だから、やるからには真剣に取り組む。


 マルク・レングナーのせいで心が折れたが、ほかの面々ならば初等部時代や中等部の始めの状況と思えば慣れたことなのだ。生まれたときからアウェイ人生をひた走っているエリアル・サヴァンとしては、いまさらいじけるような待遇ではない。

 まして今のわたしは誰から見ても王太子派の人間で、周囲は王太子派ではないのだ。わたしの一挙手一投足が、王太子派の評価を下げかねないとなれば、迂闊な行動も…さっき思いっきりやったけれど…出来ない。


 さっきのは、うん。ヴィクトリカ殿下もツェリも、理解してくれると思うから!うん、セーフ!セーフだって!!


「ああ。そうしてくれると助かるな」


 クラウスナー先輩が淡く微笑んで頷いた。

 前から伸びて来た手が、わたしの髪を掻き混ぜる。


「それで良い。騎士になれば、苦手な人間の護衛や汚れ仕事もあるからな。誰と、どんな仕事でも真面目に取り組む覚悟は、必要だ」


 わたしの髪をぐしゃぐしゃにしてから、プロイス先輩がほかの生徒に目を向けた。


「んで?サヴァンはこう言ってるが、お前らはどうすんだ?あー、言っておくが、厳しいぜ?今回の課題。生半可な気持ちなら、帰った方が良い。そのために、集合場所が学院なんだからな。とくに一年。初回と同じ気持ちで参加すっと、後悔するぜ」


 ああ、集合場所にはそんな意味もあったのか。


 ひっそり納得しつつ、プロイス先輩の視線を追う。


「と言うか、二、三年も、覚悟しておかないと駄目じゃないかい?去年や一昨年の第二回演習合宿に比べて、かなり課題が苛酷だ」


 課題について書かれているのであろう紙をひらひらと振って、クラウスナー先輩がプロイス先輩を見上げる。


「ああ、そうだな…」

「どのような課題なのですか?」

「ざっくり言うと採集だな」

「ざっくりし過ぎです」


 適当か。


 ひと言で簡潔に返された答えに、思わず突っ込みを返す。


 採集、なんて、前回だってした。と言うか、課題なんて大分してしまえば、採集かお使いか討伐だろうに。


「行き先と、採集対象を教えて下さい」

「行き先は山で、魔道具の材料採集だそうだ」


 ほら、と言ってプロイス先輩がわたしに紙を寄越す。…見せて良いの?


 書かれた内容を見て、少し眉を寄せる。行き先はロジアンナ山。課題は、


「…木を伐って来なさい、と」

「まあ、メインはそれかな?弓矢の材料だって」


 伝達のための弓矢―鏑矢かぶらやを想像してくれれば近いだろう―の魔道具の材料採集だ。特殊な木や弦、やじりに矢羽を用いて作る、なにかを傷付けることではなく大音量を遠くまで響かせることを目的とした弓矢の、材料。弓を作るための材木に、弦を作るための植物、矢の材料である、木材と矢羽に、鏃に使うのは木の実だそうだ。


「魚の鱗や鰭を矢羽に、なんて、珍しいですね」

「魔道具の実物を見たことがあるけれど、綺麗だよ」


 クラウスナー先輩が淡く微笑んで言ったあとで、顔をしかめる。


「でも、材料を集めるとなると、な」

「さすがに丸太は持ち運びが辛いだろうって専用の輸送袋を貸与して貰ったけどよ、輸送袋使ったって、重さが皆無になるわけじゃねぇからなぁ」

「だいいち木を伐り倒さなきゃいけないことに、変わりはない」

「魚も、でっけぇの捕まえねぇとなんねぇしよ」

 

 ため息と共に課題が鬼畜だとぼやくプロイス先輩とクラウスナー先輩。なんだなんだと寄って来た中立派の二年生ふたりも、紙を覗き込んでうわー、と呟いている。


 輸送袋、と言うのは、るーちゃんが持っていた保存袋のバージョン違いみたいな魔道具で、大きく重い荷物を、実物よりも軽く小さくして運べる便利グッズだ。とても便利だが便利さに比例するが如くお値段が高い。大きさや効果にもよるが、良いものであれば前世で新車の大型トラックを買うような値段、と言えば想像しやすいだろうか。


 それを、ぽいっと貸与してくれてしまう辺り、さすがは王立学院、だろうか。まあ、輸送袋なり荷馬車なりをなしで丸太を伐って来いと言われたら、反乱を起こしていたところだが。


「丸太で良いなら、まだ楽な方でしょう」


 苦笑して、肩をすくめた。丸太なら扱いも楽だし、入手も比較的楽だ。


「丸太より大変なものがあるのかい?」

「クリスマス用の樅の木でしたら、苦労は丸太の比ではないですよ」


 それも、伐って来れば良いならまだましで、ひとによっては根ごと寄越せと言うからさあ大変。大木の根を掘り返し、枯らさないように運んで植え替える。重機なしで、だ。

 はっきりと言おう、苦行であると。たいていの貴族邸宅には元々立派な樅の木が植えられていて、注文が少ないのがせめてもの救い、だろうか。


「サヴァンが伐ったのかい?」

「え…と、はい、まあ、手伝い程度ですが」


 坊主も走る年末年始は、どこに行っても手が足りていない。帰省もせずに暇な身としては、絶好の稼ぎ時なのである。


「…一度じっくり、お前がどんなことの経験があるのか聞いてみてぇな」

「それほど面白い経験はないですよ」

「お前は面白くなくても、こっちにとっちゃ興味深(おもしろ)いぜ?」

「…確かに、この学院の貴族の生徒から見れば興味深いかもしれませんね」


 冬場に汗水たらしてお金のために木を掘り起こし、運んで、植える、なんて、この学院に通うような貴族の息女は経験しない、どころか、想像も出来ないだろう。言い方は悪いが、住む世界が違うのだ。


「、「わたしを貶すのは構いませんが、もし平民を貶そうと言うのでしたら全力で相手になりますからね」」


 蔑んだ目でなにか言おうとしたやからを振り向いて告げる。統治者がいなければ国は守れないが、平民がいなければ国は成り立たない。どちらが偉い、と言うことはないし、どの仕事が偉い、と言うこともない。


 前世ではある程度市民権を獲ていたその主張が、この国ではなんとも無力なことだろう。この世界で基本的人権、なんてものが叫ばれるようになるのは、きっとずっと先の話。


 それでも街のみんなは誇りを持って生きているし、それを否定させる気はない。誰かが動かなければ、なにも変わらないのだから。


 険悪な雰囲気になりかけたとき、思わぬ声が空気を割った。


「…クリスマスのたびに樅の木を伐らせるとは、悪趣味な家もあったものですね」


 呆れ混じりに興味を示す声。

 ラース・キューバーに話し掛けられたことに驚きつつ、ため息を吐いた彼に目を向ける。


「かなりの金額を貰えますからやるひとはいますけれど、正直なところあまりやりたい仕事ではありませんね。危険ですし。やめて貰えるのでしたら、わたしはその方が嬉しいです」


 小さくても良いのなら、近くの森で良い。苗木なら育てているひとがいる。しかし、巨木を求められれば雪深い山に分け入る必要があるのだ。

 雪山で、重く巨大な荷物を引いて。運が悪ければ簡単にひとが死ぬような馬鹿げた仕事だ。それでもやり遂げればクリスマスにご馳走にありつけるし、貴族の怒りを買うこともない。逆に断れば不興を買って、最悪の場合は家単位、いや、ギルド単位で命を失いかねない。


 わたしがその仕事を手伝い始めたのは、ニナさんに相談されたからだ。大雪の年に、ニナさんが姉と慕うひとの恋人が、雪山へ巨木を伐りに行くことになって。散々ためらったあとで、ニナさんはわたしに相談した。魔法で、安全に伐って来ることは出来ないかと。


 雪崩を防ぐくらいなら出来る。獣を避けることも。高い枝から落ちる雪を防ぐことも。けれど、わたしに出来るのはそれだけだった。


 その年は、さんにん、怪我や凍傷で身体の一部を喪った。恋人さんは無事だったが、身体欠損まで行かないが怪我や凍傷を負ったひとはほかにもたくさんだ。


 ごめんなさい、と謝るわたしにたくさんのひとがお礼を言った。この雪で、この程度の被害ならば奇跡だと。そのときは大した手伝いも出来なかったのに、わたしがいちばんの大金を貰った。それだけ、命が危険な仕事だったと言うことだ。


 以来、雪深いところへ木を伐りに行かなければならないときは呼ぶようにお願いしている。


 わたしが手助け出来るなんて手を伸ばせるほんの一部だけだけれど、それでも、見てしまったから、見捨てなくて済むならばと、手を伸ばしてしまった。


「せめて小さい木の植え替え程度にして欲しいですね。それも、秋のうちに」


 と言うか、毎年趣向を変えたいと言うのならば木なんて使わなければ良いのだ。布で作ってみたり、糸を張ってみたり、巨木を使わずとも巨大であっと言わせるようなツリーを造るくらい出来るだろうに。

 それで命の危機が防げるなら、わたしがいくらでも知恵を絞るのに。


「時期で変わるものですか?」

「大違いですよ」


 ラース・キューバーがわたしに話し掛けて来ていると言う事実に戸惑いを覚えながらも、大人しく答える。腐っても公爵家子息である。発言力は高いから、彼がクリスマスツリー狩りに反対してくれると言うならば協力は惜しまない。


「冬場は雪と寒さが危険ですし、初春と晩秋は獣が凶暴です。冬とは逆に夏場は、暑さでひとが死にます。それは、騎士も同じでは?」


 言葉の最後は、プロイス先輩を見上げて訊ねる。わたしを見下ろしたプロイス先輩が、そうだなと頷いた。


「夏場の訓練中に倒れる兵は多い。鍛え上げた若い騎士ですらそうなんだ、夏の暑さが危険だっつーのは間違いじゃねぇ」

「騎士の場合は服装も問題だと思いますけれどね」

「ああ、確かにな」


 とは言え森に分け入る場合も、重装備になってしまうのは同じだ。毒蛇に毒虫、蛭に、肌を切る草や棘のある枝。深い森のなかで肌を出すのは、自殺行為である。


「獣が凶暴、と言うのは?」

「冬眠のせいです。晩秋は冬眠に向けてなにがなんでも栄養を蓄えようとしていますし、初春は冬眠明けでお腹を空かせています。にもかかわらず晩秋や初春は餌になるものが少ないですから、迂闊に鉢合せればひとであろうと襲って来ることがあります」


 普段ならこちらが縄張りを荒らしたり攻撃したりしなければ、不干渉なのですが。付け足したわたしの言葉に、へぇー、そうなんだーと大袈裟に反応したマルク・レングナーが絡もうとしたのを避ける。

 視界の端でラース・キューバーが、はっとしたように口許を押さえていた。興味が先走って会話していたが、相手はエリアル・サヴァンであると気付いたようだ。心持ちばつが悪そうに、視線が逸らされる。


「と言うわけですので、あなたは帰った方が良いですよ?」


 こちらに伸びて来る手を払って、忠告。

 へらへらと笑ったマルク・レングナーが、首を傾げる。


「ごっめーん、なんでかわかんなーい」


 だからだよ、で済ませたかったが、理解して貰えないのは困るので口を開く。


「あなたの格好は山に行ける装備ではありません。園遊会ではないのですから、そのような格好で山に入っては危険です。最低限の予備知識を得てから来る程度のやる気もない人間がいては、」


 周りも危険になる、と言おうとして、言葉を留める。間違った言葉ではないが、わたしが言うべき言葉ではない。


 プロイス先輩に目を向ければ、ぽん、と頭をなでられる。


「…申し訳ありません。出過ぎた発言でした」

「いや、悪ぃな。おれが言うべき言葉を代弁して貰っちまった」


 なでなで、と猫をあやすような、けれど少し不器用な手付きでなでられる。


 さりげなくマルク・レングナーの手を払って、プロイス先輩が班員たちを見回す。


「言いてぇことはサヴァンが大体言ってくれたが、その通りだ。行く先は山で、やることもなかなか難易度が高けぇ。ちゃんと装備を調えねぇと怪我するし、ひとりが馬鹿なことやれば周りまで危険な目に遭わせかねねぇんだよ。少しでも不安や怠慢があるなら、悪ぃが、帰ってくれねぇかな。頼む」


 わたしから手を話したプロイス先輩が、すっと一度頭を下げてから、上げる。


「もちろん、やる気があんのなら出来る限り補佐するぜ。必要な装備も教えるし、足りねぇもんがあんなら貸してやるよ。でも、おれやゴディを信じて注意や指示を聞けねぇやつや、危険性を理解出来ねぇやつのことまでは、面倒見きれねぇ。文句はあとでいくらでも聞くから、帰ってくれ」


 …こういうひとだから、班長を任せられるのだろうな。


 プロイス先輩の新たな一面を目撃して、納得する。ただの残念なイケメンではなかったと言うことか。そう言えばラブラブの婚約者がいると言う噂だし、模擬試合では準優勝だし、雷の魔法も使えてしまうし、フランクな言動をしても中身は優秀なひとなのだろう。

 ラフ先輩と一緒に亜翼竜に突撃して行くようなひとだが、ただの猪突猛進だと侮ってはいけないね。実際亜翼竜だって、倒してしまったと言う話だし。


 結果、第二王子派の一年生二人と、三年生が一人席を立った。残念なことに、抜けた一年生はマルク・レングナーではない。

 残ったのは、班長のウルリエ・プロイス先輩、副班長のゴットフリート・クラウスナー先輩に三年生が二人、二年生が五人、一年生がわたしとラース・キューバー、マルク・レングナーで、計十二名だ。うち、中立派が班長副班長+二年生二人の四人、第二王子派が三年生二人二年生三人+ラース・キューバーにマルク・レングナーの七人、王太子派がわたしひとり、と。

 うふふ、多少減っても変わらぬ不均衡ですよ…。


 十二人になった班員。それぞれ軽く自己紹介をしたあとで、プロイス先輩が課題の詳細を説明した。


「つーわけだ。なんか質問のあるやつはいるか?」


 説明を終えたプロイス先輩と問い掛けに、ぴょい、と手を挙げる。


「おう、サヴァンか、なんだ?」

「木を伐るための道具を持って行きたいので、いちど寮の部屋に戻っても良いですか?」

「おう、道具があるなら助かる。良いぜ。むしろ頼みてぇ。ほかのやつも、話聞いて装備を足したり減らしたりしてぇなら行って良いかんな。そだな、ほかに質問がねぇならここでいちど解散にして、一時間後に高等部裏門集合にするか」


 その後いくつか質問が出て、その場は解散になった。


「エリアルー」


 教室を出ようと立ち上がったところに、チャラい声が掛かる。


「ボク、山に入るのに必要な装備とかわかんないからー、教えて欲しいなー」

「…わからないなら、帰るべきだと思いますよ」

「うわー、冷たーい」

「どこがですか?」


 首を傾げて、座ったままのマルク・レングナーを見下ろす。


「今、まさに、あなたはわたしの足を引っ張っています。事前の相談ならまだしも、この時点でのその台詞。失礼ですが、やる気がないとしか思えません。プロイス先輩と違ってわたしは、準備不足な人間のお世話をしてあげるほど優しくありませんし、あなたの手助けをする気はありません」


 クリスマスツリー調達のことなんて思い出したからだろう。マルク・レングナーの軽薄な態度が、無性に気に障った。その一本を獲ってくるのにどれだけの苦労があったのかも知らず、ただ枝振りが気に入らないと言う理由で突っ返した馬k…頭の中身が藁かもしれないなにかがいたのだ。


 その藁頭と、目の前のマルク・レングナーがダブって見えた。

 見下ろしたまま、自分でも冷たいと感じる声を出す。


「これは騎士科の演習です。騎士とは、国の盾であり剣。その身でもって国を守り、支えることこそ使命。手助けされて当然と、そう思う人間が、どうして騎士になれますか?愚かな挑戦をしようと言う人間を止めることは、間違いですか?

 山では、簡単に、ひとが死ぬのです。わたしがあなたに出来る助言はただひとつ、あなたは帰るべき、それだけです。わたしの実力では、あなたの命など背負えません」


 普通科も参加可能な演習とは言え、メインは騎士科生だし、お試し回である第一回演習合宿はもう終わったのだ。生半なまなかな気持ちなら、帰って欲しい。もしものことがあった場合、責任を問われるのは馬鹿をやった生徒でなく、班長や世話人の教員なのだから。


 わたしの放った険悪な空気を察して、クラウスナー先輩が口を挟もうとする。それを片手で制して、空気を和らげた。表面上は友好的な表情と態度を取り繕って、困ったように眉尻を下げて見せる。


「そもそもわたしはこれでも女子寮の住人で男子寮には入れませんから、準備の手伝いでしたら男子生徒に頼んで下さい。では、自分の準備を進めたいので失礼します」


 返事を待たずに会釈して、教室を出る。そんなわたしのあとを、クラウスナー先輩が追って来た。


「サヴァン」

「…申し訳ありません、空気を悪くしてしまって」

「いや、それは、」


 振り向かずに歩きながら低く謝罪して、細く長く息を吐く。なにか言いかけたクラウスナー先輩を遮って、言葉を継ぐ。


「騎士科の演習合宿に普通科生が参加出来るのは、騎士科生に一般人や魔法使いとの活動を練習させるため」


 片手を握って額に当て、呟いた。


「理解は、していたのですが。申し訳ありません、耐えられませんでした」


 わたしこそ騎士見習いとして失格ですね。苦笑してクラウスナー先輩を振り向くと、魚の骨が喉につっかえたような顔をされた。


「あー…えっと」


 言葉を探すように目を泳がせてから、わたしを見て首を傾げる。


「エリアル、って呼んでも良いかい?」


 文脈をぶった斬った発言に、今度はわたしが魚の骨を喉につっかえさせる。


「は、ええと、良い、ですよ?」

「ありがとう。ぼくのことはゴディで良いよ。ラフやスーのことも、あだ名で呼んでいるんだろう?」

「はい。わかりました、ゴディ先輩」


 呼び名のために追った、わけではない、よね?


 少し混乱しつつ横目でうかがえば、ゴディ先輩は優しげに微笑んでいた。


「見習いなんだから、全部完璧になんて出来なくて良いんだ」


 微笑ましい、そんな気持ちが透けて見える口調と表情だった。


「心配しなくてもぼくが見る限り、エリアルはほかの一年生より優秀な騎士科生だよ。失格だなんて、思わなくて良い。と言うか、だ。さっきのアレ、エリアルが言い返してなかったら間違いなくウルが殴ってたから。と言うか、今まさに殴ってるかもしれないな。エリアルは、怒って良かったんだよ、あそこで」


 ぽん、と軽く背中を叩かれる。体育会系だからか、騎士科の先輩方はこう言うスキンシップが多い。肩を叩いたり、頭をなでたり、拳を突き合わせたりね。


 そして、殴ってたって…。体育会系だけあって(?)、肉体言語も飛び交うわけですか。

 プロイス先輩ならやりかねないな、うん。


「まあ、あれが護衛対象なら問題だけど、今回は生徒同士だしレングナーは舐めすぎだからむしろ良くやった。厳しい言葉も確かにあったけど、実力を過信せず判断するのは正しいことだし。そのうえで、ちゃんと取りなしてもいただろう?さらに反省して謝罪とか、良い子過ぎてびっくりした」


 まさかのお褒めの言葉に、わたしもびっくりです、先輩。


「困ったことあったら助けるし、失敗だってよほどでなければ呆れたりしないさ。課題が出来なくてもなにか罰があるわけじゃないしな。肩の力を抜いて、気楽に行こう。七日間、よろしくな、エリアル」


 状況はまだ、アウェイ感が強いけれど。


「はい。よろしくお願いします、ゴディ先輩」


 このひとと一緒なら、頑張れるかな。


 頑張るぞ、と言う決意も新たに、わたしはゴディ先輩に笑顔で応えた。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


自分で設定…したのですが

エリアルさん+ラースさん+マルク・レングナーって

ものごっつい動かしにくい…Σ(´□`;)

エリアルさんったらどうしてそんなにマルク・レングナーを毛嫌いしているの

マルク・レングナーはどうしてわざわざエリアルさんの神経を逆撫でしに行くの

喧嘩ばっかでお話が進まないとかどうしてくれるのさ!?


…第一回と違ってギスギス感のある合宿になってしまっていますが

続きもお読み頂けると嬉しいです

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