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取り巻きCと雨の街

取り巻きC・エリアル視点


エリアル高等部一年の一月ごろのお話


お久しぶりになってしまってごめんなさい( ´・ω・`)

 

 

 

 しとしとと、雨が降っている。


 道行くひとびとが傘を差し、足下のぬかるみを気にしながら歩く中、わたしは傘も差さず、ぱちゃぱちゃと足音を立てながら道を歩いていた。

 雨に濡れる心配はしない。道行くひとが振り返るのに、にこっと愛想良く笑う。


「ああ、アル君か」

「なんだいそれ、新商品かい?」

「そうですよー」


 声を掛けて来た顔馴染みに、微笑んで着ているポンチョをひらりと広げて見せる。


「雨合羽です。お高めですが良い品ですよ。お求めは、ゾフィーの仕立て屋まで」


 くるりと一周回って服を見せびらかして、わたしはまた歩き出しだ。

 

 

 

 雨に濡れながらこんにちは。ただいま販促活動中なゾフィーの仕立て屋のアルくんこと取り巻きC、エリアル・サヴァンです。


 こたびの新商品は、飛蜥蜴の皮を使った変形ポンチョとブーツ。丈夫で比較的軽く、それなりに通気性もあるのに撥水性を持つと言う飛蜥蜴やその進化型たちの皮の性質を利用し、レインコートとレインブーツにしようと考えたのだ。売るほど入手した蜥蜴肉。もちろん皮に関しても、売るほどある。そう、売るほど。


 今回の購買ターゲット層は、平民と軍人だ。

 なぜなら貴族の子女はわざわざ雨の日に出歩いたりしない。


 故に売るべきは雨の中で出歩く必要がある人間に対してだ。しかも今回は皮製品なので、そこまで大売り出しするつもりはない。値段設定もそれなりに高くしたし、個数も抑えて、本当に必要なひとにだけ売る予定。


 まあそもそも、貴族の子女が蜥蜴皮の服を欲しがるとは思わないけどね。と言うか、ほかの製品も平民向けに作ったもので、べつに貴族に買って貰うつもりはなかったのだけれど…。


 いや、うん。それについて考えるのはやめよう。とにもかくにも購買層に、商品を知って貰おうと、こうして雨の日に着歩いて見せびらかして、みなさまの周知を得ているのだ。


 レインコートの利点と言えば、やはり両手が空くことだろう。

 雨天の野外作業時には、やはり傘よりも合羽が便利だ。


 しかしまだビニールなんて存在しないこの世界。雨合羽もあまり、良いものがない。


 重かったり、強度が低かったり、動きにくかったり。しかも雨合羽はマントと同じで豊富に生地を使うので、高い。そんなわけで雨の中の作業は、雨濡れ対策なしでやってびしょ濡れになっていたりする。あるいは晴耕雨読にしたがって、いっそ雨の日は外で作業しない、とかね。


 でも、門兵やら配達夫やら御者やら、雨の中でも働かなくちゃいけないひとってのはいるわけで。

 そんなひとへの救済策として、取り出したるがこの合羽、と言うわけだ。

 

 

 

「ちょっと、お嬢さん」


 雨の日にナンパとは、ガッツあるなぁ。

 他人事のようにそう思いながら、てこてこと足を進、


「ちょ、待って待って、きみだよ、きみ」


 ん?


 肩に手を掛けられそうになって、避けつつくるりと振り返る。


 日に焼けた肌、擦り切れたマント、使い古された靴と鞄。


「旅人さん?わたしになにか?」

「あ、ぅあ…」


 背後にいたのは旅人らしい青年で、わたしの顔を見て呆けたように口を開けた。


「?迷子ですか?目的地は?」

「いや、あの…やべぇこんな可愛い子だと思ってなかった」

「申し訳ありません。もういちどおっしゃって貰えますか?」


 もごもごとした返答は、雨にまぎれて掻き消えてしまう。

 ちゃんと声を聞こうと顔を寄せると、男性はびくっとたじろいだ。


「あ、申し訳ありません。害意はありませんよ」


 はっとして、男性から一歩距離を取る。


 双黒と言う身分証明書を持つ以上、無条件に怖がられるのは当たり前だ。気遣いが、足りなかった。


「あ、待って」


 離れかけたわたしのポンチョを、男性が掴んだ。

 とたん目を見開き、目の色を変えてポンチョに目を落とす。


「見た目より、ずっと軽いな。水を弾いているし、すごく丈夫そうだ。雨避けと、軽い防具に重宝しそうな…長靴ちょうかも同じ素材だよな?初めて見る品だが、この素材で一揃えあったら…」

「あの…?」


 なんとなく声を掛けられた理由を察しつつ、異様に真剣な目に少し引け腰になる。

 興味を持って貰えるのは嬉しいが、ここまで食い付かれるとちょっと怖い。


 声に反応して顔を上げた男性が、かっと顔を赤くして飛びすさる。


「ごっ、ごご、ごめん。いやらしい目的じゃなくてね!」


 ふむ。

 押せ押せタイプではない、のかな?

 初対面にナンパよろしく声を掛けて来たり、服を掴んだり、某キツネ野郎のような人種を警戒したのだが、そうではないらしい。ならば、カモるか。


「本製品に、ご興味がおありですか?」


 営業スマイルを浮かべて、男性に問い掛ける。


「ほん、製品…?」


 案の定食い付いて来た男に、頷いて見せた。


「はい。この靴も合羽も、わたしの勤める仕立て屋の、新商品ですから。今日は宣伝のために、歩き回っているのですよ」

「う、売ってるの!?どこで!?いや、それより、これの原料は」

「売っている場所はお教え致しますが、原料は企業秘密です」


 ちょい、と人差し指を自分の唇に当てて言う。


 飛蜥蜴の皮は、流通量がさほど多くないため、何者かわからない相手にほいほいと教えられない。簡単に濫獲出来る存在でもないけれど、馬鹿をやる人間がいないとは言えないからね。

教えたって蜥蜴皮の在庫は十分持っているし、きっといずれは広まるだろうが、積極的に言い触らそうとは思わなかった。あれだけ殺しておいてだけれど、動物愛護、大事だからね。


「お買い求めになるのでしたら、お店まで案内しますよ」


 にこっと愛想良く笑って、男性に言う。


 ゾフィーの仕立て屋の接客担当はゼルマさんだ。接客歴は十年を越え、その美貌と話術でお客さまをもてなす、接客のプロである。お客さまの情報を聞き出し、購買意欲を掻き立てつつ、決して自分の持つカードは晒さない。

 情報収集目的のこの男を連れて行っても、巧くあしらって商品だけ買わせてくれるだろう。


「え、あ、案内、してくれるの?」

「買って下さるのでしたら。店名を聞いても、場所がわからないでしょう?」


 服装からして旅人だろうし、そもそもわたしを見てゾフィーの仕立て屋に結び付けないなら、この付近の人間ではない。下町はなかなか入り組んでいるから、初見では迷ってしまう。この街はそれなりに治安が良い方だが、それでも危険がないわけじゃない。


 せっかくのカm…お客さまをそんな理由で逃がすわけには行かない。


「そう、だね。えっと、お願いしても良い、の?」

「ええ、喜んで」


 このひとなら、必要で買うのだろうしね。


 ついて来て下さいと微笑んで歩き出す。足元が悪いし女性だったら手くらい握っていたところだが、男性相手なのでそのまま歩く。


「あ、待って待って」


 ぱしゃぱしゃと足音を立てて、男性がついて来る。振り向いて、苦笑した。


「心配なさらなくても、置いて行ったりしませんよ。靴が汚れてしまいますから、ゆっくり歩きましょうか」

「いや、今さら汚れて困る靴でもないから」


 男性が笑って頬を掻く。


「騙し騙し使ってるけど、買い換えたいと思ってたんだよ。丁度良い大きさのものがあるなら、ぜひ買い換えたい」

「もし数日間滞在なさるのでしたら、あなたに合わせたものを作れると思いますよ」


 作業靴にするつもりだから、元々オーダーメイドの予定なのだ。靴底と型紙はかなりのサイズ展開で作ってあるので、よほどイレギュラーな足でなければ対応出来るはず。


「きみが作るの?」

「いいえ?」


 わたしが着ているものは自作だが、お客さまに売る分はユッタかローレが作る。

 わたしが色々提案するせいで、なんだかイロモノ担当にしてしまっていて少し申し訳ない。


「針子じゃないの?」


 と言うかこのひと、もしやわたしに気付いていないのだろうか?


「…わたしは商品をいくつか置かせて貰っているだけなので」


 考案者なので作れはするが、そんな時間があったらべつのものを作る。と言うかたぶん、ヴィリーくんが許してくれない。


「きみが作ったものも置いてあるんだ?」

「ありますが」


 どうしてそれが気になるのだろうか。


「どんなものを作っているの?」

「小物が多いですね。ぬいぐるみとか、装飾品とか」

「へぇ。可愛いね」


 …彼は後ろ姿で、わたしをお嬢さんと呼んだのだったか。


「男装の人間相手に可愛い、ですか?」

「ああ、それ、男装なんだ?」

「女性がこんなに脚の線を出したりしませんよ、この国では」


 やはり旅人かと思いながら、肩をすくめる。


「言われて見れば女性はスカートばかりだったな。きみはどうして男装を?」

「あなたはよくわたしの後ろ姿で女性だと気付きましたね」


 答える気のない質問は、スルーに限る。

 服装による先入観がなかったとしても、初見の後ろ姿で女と気付くのはなかなか難しいはずだ。男装でなくても女子にあるまじき身長だから。


「これでも本業は仕立て屋だからね。ひと目見れば性別くらいわかるよ」

「仕立て屋さんが、どうして旅を?」

「んー?バルキア王国で、珍しい服が流行ってるって聞いてね。現地でしか手に入らないような布もあるし、噂を確かめついでに材料調達、だよ」


 バルキアで流行っている、珍しい服って、まさか。


「珍しい、服って」

「なんでも、毛布や帆布を服にしてるらしいね。きみのその服も変わった材料を使っているし、きっと柔軟な考えのひとが多いんだろうね」


 …発案者、わたしですが。


 触らぬ神に祟りなしと、口を閉ざす。にしても、他国にまで広まっているとは、毛布製品が一世を風靡する日も、近いのかもしれないな。


「その珍しい服は、手に入ったのですか?」

「いや。この街が発祥らしいと聞いて、今日やっと着いたところでね。どうせなら発案したお店で買いたいのだけど、まだ見付けられてないんだ」


 うん、このあとに来る質問、予想が付くな。


 案の定、目を輝かせた男性はわたしへ目を向けた。


「きみ、仕立て屋の関係者なら、なにか知らないかい?」

「これから行く仕立て屋ですよ」


 ため息を胸に押し留めて、微笑んで見せる。


「毛布や帆布の服を始めに売り出したお店は、ゾフィーの仕立て屋。いま向かおうとしている、わたしがお世話になっている仕立て屋です」


 手を掴まれそうになったのを、さりげなく避ける。

 気付かない振りで、話を続けた。


「詳しいお話は、お店で聞いて下さいね」


 仕立て屋のアルくんは、あくまで少し商品を置いて貰っているだけだ。正体も、本当はいろいろな商品の発案者だと言うことも、ぜんぶ秘密。

 このまま彼を仕立て屋に連れて行けば、ゼルマさんなりヴィリーくんなりが、巧いこと煙にまいてくれるだろう。


「ゾフィーの仕立て屋、ね。ゾフィーと言うのは店主の奥さまかな?」

「ゾフィーさんが店主ですよ」

「あれ?女性だよね?」


 きょとん、とした男性に、頷いて答える。仕立て屋に限らず女性の店主は珍しい。男性の疑問は不思議のないものだ。


「ええ。ゾフィーアさんとおっしゃる女性ですよ。腕の良い仕立て屋で、街の方々からの評判も良いのですよ」

「女性がひとりで切り盛りしてるのかい?」

「いいえ、ひとりではありませんよ」


 にっこりと微笑んで、きっぱりと言う。

 男性はその顔を見つめたあとで、小さく苦笑した。


「口が、堅いね」

「なんのことでしょう」

「いや。あ、名前を名乗っていなかったね。俺はフロラン。フロラン・エモニエ。普段はローランタン皇国で、仕立て屋をやってる。仕立て屋百合の木って、ローランタンの首都じゃそれなりに有名な仕立て屋だから、もし近くに来たときはぜひ寄ってよ。と言っても、俺は数いる徒弟のひとり、だけどね」

「ローランタン、とは、また遠くからいらしたのですね」


 ローランタン皇国。西の帝国ラドゥニァの、さらに北西に位置する国だ。サヴァン家の祖国である北の要塞国家レミュドネとは、小国家群をあいだにはさんでの隣に位置する。


 バルキア王国から見れば、かなり離れた国だ。


「あれ、国名、知ってるんだ?」


 意外そうな顔をされて、舌打ちしたくなる。


 いくら毛布製品がすばらしいからと言って、数ヶ月足らずでそんな遠くまで噂が届くはずがない。この世界は、そこまで情報網が発達していない。

 彼が名乗った出身国が真実として、そんな情報を手にしている彼が単なる仕立て屋のはずがない。そして、わたしが単なる平民だったのならば、そんな遠い国の名前など知るはずもない。

 双黒晒して歩いているから隠し立てする意味が薄いとは言え、とんだ失言だ。


「名前を知っているだけですよ。それにしても、バルキア語がご堪能ですね」


 しらばっくれる、を選択して、話を変える。


 隣国である東西の帝国エスパルミナやラドゥニアなどならばともかく、バルキアから離れたローランタン皇国で、バルキア語を覚えるメリットは、思い付かない。商人や外交に携わる貴族ならばまだしも、彼は仕立て屋だと言うのだから。


「語学を学ぶのが趣味なんだ。バルキア語だけじゃなくて、ほかの国の言葉も使えるよ」

「それは」


 うらやましいことだ。言語センスは才能や幼少期で左右されてしまうところがある。いくつか知っていてこのクオリティなら、彼は言語センスの高いひとなのだろう。


「仕立て屋でなくても、役立てる職業がありそうですね」

「そうかな」

「ええ。行商で他国を回るのにも役立ちますし、船乗りも良いのではないですか?あ、海賊船で仕立て屋をやるとか、どうでしょう?海で服を傷めることもあるでしょうし、きっと重宝されますよ」


 外交に携わる人間でも、語学に苦労しているひとはいる。読み書きまで出来るかは知らないが、会話が不自由しないだけでもかなり助かるはずだ。


 そんな、平民が言わなそうなことまで、言わないけれどね。


 にっと茶目っ気を見せて笑うと、男性、フロラン・エモニエは頬を掻いてはにかんだ。


「いや、海賊なんてやる根性はないよ。俺、婦人服の仕立て担当だし」

「婦人服…ドレスですか?」

「うん、そうだよ」


 …ダウト、だな。


 わたしの発案した毛布製品はあくまでルームウェアや防寒具レベルにしか使えないものだし、彼が興味を示した雨具も、ドレスを着るような上流階級には不要なもののはずだ。


 ローランタンの文化は詳しくないが、彼がドレス以外も仕立てると言わない以上、毛布製品にしろ雨具にしろ、わざわざ足を運んで知ろうとする必要性はないだろう。特に彼は店主ではなく、単なる徒弟のひとりだと言うのだから。


「では、ゾフィーの仕立て屋に行っても、得られるものは少ないかもしれませんね」


 残念そうな顔を装って、言う。


「ゾフィーの仕立て屋は平民向けの商品展開で、貴族向けの商品は扱っていませんから」

「そうなのかい?」

「貴族向けのお店ならもっと良い通りですよ。こんな、奥まった下町にはありません」


 肩をすくめて周囲を示した。かろうじて小型馬車が通れる程度の、舗装されていない道。


 わだちのへこみが水溜まりを作り、踏み固められているのでぬかるんでこそいないが、歩けば濁った水が跳ねる。大型馬車が余裕で擦れ違えて、石畳で綺麗に舗装された大通りとは、大違いだ。

 下水が整備されていて、道端に汚物が投げ棄てられていたりしないのが救いだが、それでも貴族が足を運びたい場所ではないだろう。


「…ああ」


今気付いたとでも言いたげに辺りを見回して、エモニエが呟く。わたしを見て、目を逸らし、頬を赤らめた。


「…きみを見るのに夢中で、周りを気にしてなかった」

「死にますよ?」


 本気か冗談か、まあ冗談だろうけれど、わからない言葉に、マジレスを返す。


 なんども言うが、治安は完璧でないのだ。阿呆を狙った犯罪者が、いないわけではない。ぼやぼやしていれば、身ぐるみ剥がれてぽいだ。


「や、きみは大丈夫でしょう」

「…さあ、どうでしょう。親切を装った犯罪者かもしれませんよ」

「犯罪者はそんなこと、言わないでしょう」


 エモニエの問いに、笑みだけで答える。

 エモニエがなにか言おうとして、それより先にべつの声が掛かった。


「ん?変なのがいると思ったら、アルじゃねぇか」

「あ、ナータンさん」


 なーたん(愛称)じゃないよ、ナータン(本名)だよ。


 水も滴る良いおっさんと化している大工の棟梁に、ヒラヒラと手を振って見せる。


「雨の日にお仕事ですか?」

「ああ。つっても、濡れちゃまずいもんが濡れねぇように、いろいろ片付けただけだけどな。まぁ、ついでに、ちぃとばかし、仕事も進めたが」

「まだ寒いのですから風邪をひかないようにして下さいね?」

「くぅー。もっと言ってやって下さいよぉアルくんー!親方ったら、雨ぐらいでへばるなって、ほんと、ひと使い荒いんすからぁ」


 わたしの言葉に我が意を得たりと、濡れ鼠になった大工の若い衆が喚く。


 にこっと笑って、ひら、と雨合羽を広げて見せた。


「そんなあなたにはゾフィーの仕立て屋の雨合羽がお勧めです。水を通さず丈夫で軽量!雨天時の作業にぴったりですよ」

「おっ、良いねぇ。これで雨の日は休みてぇなんて腑抜けを黙らせられる」

「あ、アルくぅんー!」


 わたしのセールストークに、棟梁が笑い、若い衆が泣きべそになった。


 くすくすと笑って、棟梁にタオルを手渡す。


「仕事熱心は良いですが、雨の日は足下も視界も悪くなりますから、無理は危険ですよ?雨より事故の方が工期を遅らせるでしょう?危険は冒さず安全第一がいちばんです」

「あー…アルに言われちゃ、否定出来ねぇなぁ。わかったよ、ほどほどにしとく」

「アルくぅん!!」


 タオルを受け取った棟梁が熊のような手でわたしの頭をなで、若い衆が泣きながらわたしを拝んだ。


 …棟梁は良いけど、きみら、大袈裟だよ。


 棟梁の手からしたたった雨水がわたしの髪をつたい、首筋をくすぐる。


「ま、どうしても雨のなかやらなきゃなんねぇときもあるからな。ゾフィーさんに、こんど行くって言っといてくれるか?」

「かしこまりました」

「こいつもそんとき、洗って持ってくから。いつものやつもな」

「いつもありがとうございます」


 乱れてどうだと言う頭でもないので、大人しく大きな手になでられる。


「おう。んじゃ、またな」

「ええ。失礼します」

「ん。デートの邪魔して悪かったな」

「…デート?」


 にやりと笑った棟梁の言葉に、きょとん、と首を傾げる。棟梁がくはっと噴き出して、わたしの肩を叩く。


「ああ、違ったか。色男連れてるからもしやと思ったんだが、アルぼうには早かったな」

「色男…?」

「ぶっは」


 盛大に噴き出した棟梁が、お腹を抱えて震える。若い衆のひとりが同情に満ち満ちた表情で、ぽん、とエモニエの肩を叩いた。


 ああ、エモニエのことか。

 色男…色男、だろうか?


 顔は整っている方かもしれないが、貴族基準で普通、だと思う。

 うん。周りが美形ばかりって、感覚狂うね。


「ただの道案内ですよ。デートならこんど、ナータンさんがして下さい」

「おお、アル坊のご指名なら受けるしかねぇな」


 棟梁の言葉に、周囲からブーイングが巻き起こる。

 それに負けずに、にっと笑って棟梁を見上げた。


「やった。ほら、最近噂のお店あるじゃないですか、ごはん、おごって下さい」

「財布目当てか!まぁ、良いけどな。楽しみにしとけ」

「わーい。ナータンさん、男前!惚れます!約束ですよ?絶対ですからね?」

「わかったわかった。んじゃな」


 苦笑したナータンさんに手を振って、別れる。


「えっと」

「こんな感じで商品を売り込んでいます。まず知られなければ、売れませんから」


 エモニエにそう言って、なにごともなかったかのように歩く。


 最近下町で噂のお店は、ちょっとガラが悪い地区にあって行きにくかったのだけれど、ナータンさんと一緒なら余裕だ。いくら悪堕ちした人間でも、わざわざ熊を狙ったりしないからね。


 エモニエは首を振って、そうじゃないよと呟いた。


「ごはんなら、俺がおごろうかって、言いたかったんだけど」

「間に合っています」


 エモニエの申し出には、即答で返した。


「行きたいお店、まともなところではありませんから。あなたのような優男を連れてでは行けませんよ」

「こう見えても、それなりに強いんだけどな…」

「絡まれるのが、面倒です。お客さまにおごって頂くわけにも行きませんし」


 ナータンさんもお客さまじゃないのかって?彼はお客さま兼知り合いだから良いの。

 それに、可愛い奥さまとのあいだに、息子さんと娘さんがいるひとだしね。近所でも評判の愛妻家なのだよ?と言うか、強い強くないの話なら、この国で単騎でわたしより強い相手なんてわんちゃんととりさんくらいなものだ。危険だから嫌なんじゃなくて、絡まれて問題になるのが嫌なだけ。これでも、貴族のご令嬢だからね。


「案内のお礼に、駄目かな?」

「お礼でしたら、商品をお買い上げ頂ければそれで。そのために案内をしていますから」


 営業スマイルで答える。


 ぶっちゃけると、エモニエの相手が面倒なだけなのだけれどね。マルク・レングナーほどではないにしろ、やっぱりチャラいわ、このひと。


 早いとこ、ゼルマさんに受け渡してしまいたい。


 それからも、なぜかエモニエはしつこくわたしを誘おうとしたが、のらりくらりと交わして歩みを進めた。


「着きましたよ、そこです」


 ようやくゾフィーの仕立て屋に着いて、ちゃっちゃと扉を開ける。


「いらっしゃ、ああ、ア、」


 名前を呼ぼうとしたヴィリーくんを、視線で止める。

 さといヴィリーくんはそれだけで察してくれて、ほがらかな営業スマイルを浮かべた。


「お客さまを連れて来てくれたんだね。ありがとう。ゾフィーの仕立て屋にようこそ。どんな品をご所望でしょうか」


 珍しく、ゼルマさんではなくヴィリーくんが接客らしい。


「ヴィリーくん、わたしは」

「うん。引き続き、宣伝よろしくね」

「わかりました。彼はローランタン皇国からの旅行者で、あちらでは仕立て屋をしているそうです。この合羽と靴と、毛布製品に興味があるそうです」

「へぇ、ローランタンから」


 布の仕入れなんかも行うため、それなりに地理にも明るいヴィリーくんが、頷いてエモニエを見る。

 …って、そうか、さっき疑われたとき、布の仕入れ先だからって答えれば良かった。


「それはまた、遠路はるばるようこそお越し下さいました。雨具と防寒具ですね?ご自分でお召しになるものですか?ただいま見本をお持ち致します。そちらにお掛けになって、お待ち下さい」

「え、あ、はい」


 立て板に水のごとく、流れるような接客をしたヴィリーくんが奥に消える。


 うん。大丈夫そうだ。


 ナータンさんからの言付けをゾフィーさん宛にメモで残して、顔を上げた。


「では、わたしはこれで失礼しますね」


 面倒臭いことになる前にと、早々に戦線離脱を決行する。


「え?待、」


 呼び留める声には気付かなかった振りで、さっと一礼して扉を抜ける。

 濡れた合羽で長期滞在すると、床がびちゃびちゃになるからね。


 ちょうどヴィリーくんが戻って来てくれたので、捕まることなく逃げ出せた。


 ふぅ、とため息を吐いて、足早に道を歩き始める。


 彼はいったい、なんの目的でバルキア王国へ来たのだろう。


 …わんちゃんに連絡しておこうかな。

 筆頭宮廷魔導師さまを煩わせることとも思えないが、放置してなにか問題が起こることは避けたい。どうせ監視役の蝙蝠くんから伝わるんだし、雑談程度に話すくらいなら、たぶん構わないだろう。


 …こう言う考え方をするから、ツェリやテオドアさまから、筆頭宮廷魔導師をあごで使っているとか言われるのかもしれない。

 でも、正直両親より気安い相手なのだ。これくらい頼るのは、許して欲しい。


「とりあえず、お店でのようすをヴィリーくんに訊いて、かな」


 小声で呟いて、ぱしゃんと水溜まりを蹴った。


 空を見上げれば、雲に被われた空は飽きもせずぱらぱらと滴をこぼしている。雲で遮られてはいるが、まだ夕暮れは遠い。


 もう一回り、行けるな。


 口許に笑みを浮かべて、わたしは雨の街に踊り出した。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


本編五十話に達しましたーヽ(*´∀`)ノ

のわりに内容進んでいないのが本当に申し訳ないのですが

ここまで続けられたのもひとえに

アクセス・ブクマ・評価・感想を下さるみなさまのお陰です

続きを書くくらいしかお礼も出来ませんが

感謝しておりますーm(_ _)m


実力不足な作者の作品ではありますが

これからもよろしくお願いいたします(*´˘`*)

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