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取り巻きCとひとつの終焉

取り巻きC・エリアル視点


エリアルさんが高一の初冬くらいのお話


投稿に間が空いてしまい申し訳ありません

そして

文字数多いです…(-_-;)

 

 

 

「あ…ちが、」

 

 歩み出そうとした身体が、誰かの腕で阻まれる。決して太くはない腕から逃れようとしても、身体はびくともしなかった。

 

 違う。違う。

 こんな結末を、望んでいたわけじゃない。

 

 ちりん

 

 首許で、鈴が鳴った。

 

 わたしの目の前で、愛するひとへ断罪の鉄槌が―、

 

「あ、あああああ、あぁぁぁあぁあ゛っ」

 

 絶叫に喉が涸れるのと、自分の心が焼き切れるの、どちらが先だったかはわからなかった。

 

 

 

「っは」

 

 あ、汗だくでおはようございます。なんだかとんでもなく不吉な夢を見てしまいました、取り巻きCことエリアル・サヴァンでございます…。

 

 なんだったのか、今のは。

 

―とりさん?

 

 返答は、帰って来ない。

 そもそもとりさんが話し掛けて来るのはわたしが寝ているときが主だし、返答は期待していなかったけれど。

 

 そんなわけ、ないか…。

 

 少しとりさんの悪戯を疑ったけれど、ああ見えて根はねじ曲がったりしていないから、悪戯にしても起きる前にちゃんと種明かしをしてくれるはずだ。

 だからさっきのはとりさんと関係なく、わたしが勝手に見た夢なのだろう。

 

 深く息を吐き、額を押さえる。

 

 べつに知らない光景じゃない。前世で何度も画面越しに見た、悪役令嬢の断罪シーンだ。

 

 ただ、立ち位置が、ゲームでは絶対にあり得ない位置だっただけで。

 

 まさか“エリアル・サヴァン”視点での、“ツェツィーリア・ミュラー”断罪シーンを夢に見るとはね…。

 

 夢の中のわたしは髪が長く、クルタス王立学院高等部の女子制服を着ていた。筋力も戦闘力もびっくりするほど脆弱で、高々男ひとりに取り押さえられただけで、簡単に無力化されていた。

 虚偽に飾られた罪で大事な、それこそ自分自身よりも大切なひとが貶められ追い詰められるのを、黙って見ているしかなかった。

 

 たとえばこれがもしも、パラレルワールドで同じ目に遭った“エリアル・サヴァン”からの警告、とかだったら、つまりあそこで助けに走れるくらいの力を付けろと言うことだろうけれど。

 

 今回の、あれは、たぶん…。

 

「はぁ…」

 

 ベッドサイドのテーブルに置かれた手紙を見て、わたしは深々とため息を吐いた。

 

 

 

「あら、珍しいわね」

「おはようございます、お嬢さま」

「おはよう。寝坊でもしたの?」

 

 寮付属の食堂に顔を出したわたしを、ツェリが見つけて声を掛けて来る。夢は夢だとわかっていても、元気な姿に少しほっとした。

 

 ツェリの前に座り、メニューを手に取る。

 

「いえ。ただ、朝食のメニューを確認しておきたくて」

「メニュー?それはまた、どうして?べつに、初等部のと大して変わらないわよ?」

 

 初等部の頃は、ツェリと一緒に食堂に来ることも多かった。食堂での飲食は学生証に記録され、後日保護者へ請求されることになっているから、稼ぎや仕送りの少なかったわたしやツェリは重宝したのだ。

 自分で稼いで食材を買って作るようになってから、わたしはあまり利用しなくなっていたけれど、ツェリは公爵令嬢になった今でも、よく利用しているらしい。自家の料理人を連れて来て作らせることも出来るだろうに、まだまだ庶民的な部分が残るお嬢さまだ。

 

 ん?学生証?

 ああ、クルタス王立学院の学生証は特殊で、個人を認証する魔道具になっているのだよ。そんなに魔力を消費しないように作られた魔道具で、この魔道具作成と魔力補充が、初歩的な魔法の訓練課題にされていたりする。

 王都の王立学院ではそんな制度はないらしいから、魔法重視のクルタスらしい特色だろうね。

 要は魔動式ICカードのようなものだと思ってくれれば、わかりやすいかな?学食はもちろん、図書館の利用や出欠の確認なんかにも使えるようにしてあるから、学院の事務職員としてもいろいろと楽らしい。代わりに紛失したり魔力切れを放置したりするお馬鹿ちんの対応が必要になるのだけれどね。でも、やっぱりメリットの方が多いみたい。

 

「まあ、そうだとはわかっているのですけれど」

 

 あまり利用しないと言うだけで、まったく利用しないわけではない。たまには他人の作った料理が、食べたくなるからね。

 両親の承諾を得てその辺の請求がわたしに来るようにしているから、気兼ねなく好きなものを食べられるし、貴族の子女が通う学院なだけあって、使っている食材も料理人の腕も極上だ。そのぶんお値段お高めだけれど、たまに食べる贅沢としては良い。

 

 だからべつにわざわざリサーチに来なくても、良いと言えば良い、のだけれど。

 

「…ただ、…」

「昨日も思ったけど、あなたここ数日なんだかおかしいわよ?どうかしたの?」

 

 お嬢さま、目ざとい。

 

 わたしが答えようとしたところで給仕さんがやって来たので、Bセットの中盛りを頼む。

 食堂の朝食は日替わりのセットが四種と、固定メニューが数種類ある。日替わりはがっつり系、さっぱり系、しっかり系と、お急ぎの四種類で、さらに特、大、中、小、極小のサイズを選択出来る。

 わたしが頼んだのは、しっかり系の中サイズ。注文と引き換えに給仕さんがツェリの前に置いて行ったのは、さっぱり系の小サイズみたいだ。

 

「…あなたよく、朝からそんなに食べられるわね」

「朝こそしっかり食べないと、元気が出ませんよ」

 

 食堂は男女共用だから、メニューも女子向けと男子向けがある。がっつり系は言うまでもなく男子向けで、女子生徒が食べるのはたいていさっぱり系の極小サイズだ。

 わたしが頼んだしっかり系の中サイズは、どちらかと言うと男子生徒向けの選択。

 

「今日は午前中剣術の稽古ですから、ちゃんと食べて置かないと途中で体力が足らなくなります」

「食べ過ぎると、動きが鈍るんじゃない?」

「食べ過ぎなほどの量ではないですよ」

 

 がちの兵士とかだったらこの倍以上は食べるはずだ。わたしの食事量はあくまで、貴族の令嬢としては多いくらいのもの。騎士科としてなら燃費は良い方だ。

 

 話しているあいだにわたしのあさごはんもやって来て、ふたりで食べ始める。今日のBセットはソフトフランスパンと具たっぷりなポトフ、温野菜を添えた厚切りベーコンとジャーマンポテト、オレンジがふた欠けだ。うん、結構がっつり。

 

 ちなみに今日のがっつり系は、朝からステーキ、みたいだ。うわぁ…。対するさっぱり系はトマトのリゾットと温野菜に果物。お急ぎ向けはソフトフランスに具を詰め込んだサンドだ。お急ぎメニューは遅刻寸前で駆け込んで来た生徒のために、作り置きで包んであるのですぐ出て来る。お寝坊さんにも優しいメニューだ。

 

 食べ終えて食後のお茶が出て来たところで、ツェリが改めて問う。

 

「それで?あなたはなにを気に病んでいるの?」

「気に病んでいると言うほどではありませんが…」

 

 前置きして、言いよどむ。

 やましいことはない。ただ、気が進まないだけ。

 

 細く長く息を吐いてから、言った。

 

「…今日の放課後にアリスが、見学をしに来ると」

「アリス、って、アリスティア・サヴァン?あなたの妹の?なんでまた、見学なんて?」

「高等部からは、クルタスに通うそうです。今までは学校には行かず家庭教師に見て貰っていたので、学院の雰囲気を知りたいらしく、連れて行くから案内してやって欲しいと次兄から連絡が来ました。ここしばらく、次兄の許に滞在しているらしいです」

 

 次兄、イェレミアス兄さまに会うならまだしも、妹、アリスに会うとなると気乗りがしない。

 彼女がわたしを毛嫌いしている、と言うのもあるが、それ以外にも。

 

 クルタスに来ると言うことは、確定なのだろうな。

 

 ツェリの手前、表情は取り繕ったが、内心では深々とため息を吐いていた。

 

 

 

 アリス、アリスティア・サヴァン子爵令嬢は、わたしのひとつ年下の妹だ。顔立ちは、色さえ気にしなければエリアル・サヴァンと瓜二つと言えるだろう。ゲームでは、2Pカラーかと思うくらい似ていた。そう、ゲームでは。

 

 アリスティア・サヴァンはゲームに名付きで登場するキャラクターなのだ。テオドアさまやアーサーさまですら名無しなのに、アリスティア・サヴァンは名付き。ヒロインや攻略対象から、名前を呼ばれることすらある。

 

 なぜか。

 

 それはアリスティア・サヴァンが、ヒロインサイドのキャラクターだからだ。

 

 アリスティア・サヴァンは乙女ゲームでしばしば登場するサポートキャラなのだ。ゲームの導き役だったり、説明役だったり、アイテムや情報源だったりとゲームによって役割りはさまざまだが、彼女の場合は主に説明役や、ヒロインが一部の攻略対象と関わるきっかけをこなしている。

 

 庶民出身で右も左もわからないヒロインに最初に声を掛けたのが座学で学年一位の成績を誇る優等生のアリスティア・サヴァンで、なにも知らないヒロインは彼女と親しくなる。

 彼女はヒロインに学院の生活で必要なもろもろを教えてくれる、優しくて面倒見の良いキャラクターとして描かれている。

 

 が、なぜか孤立気味のアリスティア・サヴァンと共にいるせいで、ただでさえ転入生として目立つヒロインがますます目立つことになり、ヒロインが攻略対象たちに興味を持たれるきっかけとなるのだ。

 アリスティア・サヴァンと一緒にいるせいでヒロインに声を掛ける攻略対象は、第二王子とグレゴール・ボルツマン、ラースキューバー、マルク・レングナーの四人。コンスタンティン・レルナ・カロッサを覗く正規の攻略対象全員なので、アリスティア・サヴァンはある意味、ヒロインの運命を大きく変えるキャラクターと言えると思う。

 

 …なかなか重要なキャラクターであるアリスティア・サヴァン。彼女が与える情報の中でふたつ、プレイヤー大注目のものがある。

 

 ひとつはヒロインに悪役令嬢ツェツィーリア・ミュラーの取り巻きCの危険性を警告するもの。もうひとつは、取り巻きCの名前を出して近付くなと伝えるものだ。

 

 ヒロインが周囲からのヘイトを溜め過ぎると攻略失敗になることは言ったよね?前述のアリスティア・サヴァンの行動ふたつはマスクデータであるヘイト値に関する情報で、前者はヘイト50%、後者はヘイト95%を伝える警告なのだ。後者の場合はあとひとつ選択肢をミスると、エリアル・サヴァン登場のバッドエンドになる。

 攻略サイトや攻略本をあまり利用しないでプレイするプレイヤーには、非常に貴重かつ恐ろしい情報なのだ。

 

 アリスティア・サヴァンはエリアル・サヴァンを心底嫌っていて、それゆえに警告を発するし、エリアル・サヴァンが嫌いだから彼女のいる派閥には付かなかった。結果として悪役サイドが追い落とされるエンディングでも、アリスティア・サヴァンはヒロインを支える友人として登場するのだけれど。

 

 うん…。

 

 名前的にも顔的にも、エリアルとアリスティアの血縁関係に、薄々気付いてはいたよ?そもそもサヴァンはバルキア王国の性じゃないから、サヴァンと言う名前のバルキア王国民ならば自動的にサヴァン子爵家ってわかるしね。

 しかもアリスはわたしを嫌っている。それはもう、年齢一桁の頃からね。…片手で数えられるような年齢のときはここまでじゃなかったと思うのだけれど、なにが悪かったのだろう…。

 

 それでも、一縷の望みに懸けていたのだよ!だって前世では姉と弟しかいなくて、妹とかちょっと憧れていたから!可愛い可愛い妹と対立するなんて、思いたくなかったさ!!

 

 初等部中等部とアリスがクルタス王立学院に入学しなくて、少し期待したのだ。わたしの妹のアリスとゲームでエリアル・サヴァンを憎むアリスティア・サヴァンは別物だって。

 けれど、アリスがクルタスへ来ると言うのならは、腹を括って認めるしかないのだろう。血の繋がった妹と、敵対する可能性を。

 

 

 

 その話はそれきりで登校し、剣術の授業であさごはんをきっかり消費したあと、久しぶりにカフェテリアで摂るおひるごはんの席でツェリが言った。

 

「放課後、私も一緒にいて良いわよね」

「放課後って、アリスの案内ですか?」

 

 サヴァンの兄弟が長兄除いて全員集まる空間だぞ?普通近寄りたくない、と思う。いや、サヴァンの家系はまあまあの美形揃いだから、鑑賞用としては良いかもしれないけれど。

 

 目を見開ききょとんとするわたしに、ツェリが言う。

 

「学校の雰囲気を知りたいなら、生徒と関わるのがいちばんじゃない。リリアもあなたの妹に会ってみたいと言っていたし、オーリィやあなたの教え子に来て貰いなさいよ。同じ学年になる子と、顔見知りになって置けば心強いでしょう?」

 

 確かに。

 

 目から鱗の意見に、わたしはまじまじとツェリを見つめた。

 

「…お嬢さま、素晴らしい心遣いですね 」

 

 わたしと、ゲームの“エリアル・サヴァン”は違う。アリスとゲームの“アリスティア・サヴァン”も違ってくれれば、未来は変わるかも知れない。

 わたしはツェリが不幸になる未来を変えたいのだ。出来ることは、なんでもやらないと。

 

「ですが、身内のためにそこまでして貰うのは…」

「ちょうど中等部と合同の授業だったから訊いてみたら、エリアル先輩が良いと言うならぜひお会いしたいですって」

 

 あ、なんだろうこの外堀を埋められた感。こっそり外堀を埋めに行くのは、わたしの専売特許のはずなのに。

 うぬぅ、さすが我らがお嬢さま。抜かりない。

 

「…わたしとアリスは、あまり仲が良くないのですけれど」

「だからよ。仲良くない人間に案内されるより、見ず知らずの他人に案内された方が、あなたの妹も気が楽かもしれないでしょう」

 

 それは、正直、すごく思う。

 

 わたしの教え子、つまりアルバイトで刺繍を教えた子たちはとても良い子たちなので、サヴァンだからなんて理由でアリスを避けたりしないだろう。彼女たちとアリスに交流を持たせて置くことで、アリスが孤立せずに済むならそれに越したことはない。

 いずれヒロインと仲良くなるとは言え、ヒロインは二年次編入なのだ、大事な妹が一年間ぼっちなんて、出来れば避けてあげたい。

 

「そう、ですね。お言葉に甘えましょうか」

「そうしなさいな。オーリィたちには、わたしから伝えて置くから。どうせならゆっくり話が出来るように、どこか広めのサロンを押さえて置きましょうか。妹さんに時間はあるのでしょう?」

「はい。なんだかいろいろと気を遣わせてしまって、申し訳ありません。ありがとうございます」

 

 さすがは中等部で二年間会計を務め上げただけあって、段取りが上手い。

 

 眉を下げたわたしに、ツェリは微笑みを向けた。

 

「あなたのためだもの。これくらいなら、大したことじゃないわ。だからあなたはもっと、私に頼りなさい」

 

 やだお嬢さまったら格好良い。

 

「ありがとうございます」

 

 憂鬱だった放課後に、ツェリのお陰で光が射して、わたしはそっと微笑みを浮かべた。

 

 

 

 校門に向けて歩いて来る人影に、大きく深呼吸して笑顔を造った。

 

「兄さま、アリス、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりエリアル。元気そうだね。後ろにいるのは、ミュラー公爵令嬢かな?」

「ええ。ツェツィーリアさまがせっかくだから同じ学年になる子たちと交流してはどうかと提案してくれて、わたしと親しくしてくれている中等部三年生を呼んであるのです。アリス、嫌でなければ彼女たちと学内を見て回っては、」

「…そうですね。あなたと一緒にいるよりずっと良いです」

 

 冷たく返された言葉に、笑みで返す。

 

「それなら良かったです。これが来客用の身分証明書ですから首から掛けて下さい。彼女たちはアリスのために時間を割いてくれているのですから、きちんとお礼を言って下さいね。みなさま、妹のアリスです。今日はよろしくお願いします」

『はい』

「彼女たちにはわたくしが同伴致しますから、安心してお任せ下さいませ。では、アリスさん、で良いでしょうか。わたくしはエリアルの友人のリリアンヌ・ヴルンヌと申しますわ。学年はエリアルと同じなのでひとつ上になりますが、仲良くして下さいね。よろしければ、どうぞリリアとお呼びくださいませ。わたくしたちがご案内しますから、なにか気になることがございましたら、遠慮なく訊いて下さいね。あなたたちも、気になることがあればわたくしに訊いてくれればお答えしますわ」

 

 イェレミアス兄さまたちが到着するまでの話し合いで、アリスの案内にリリアとレリィも付き添ってくれることになっていた。中等部生だけでは心細いしわからないことも多いだろうと言うリリアの気遣いだ。

 悪役令嬢とその取り巻きA、Bは、悪役だなんて言うのが馬鹿らしいくらいに優しくて思い遣りのあるひとたちだ。わたしのことは嫌いでも良いから、わたしを理由に彼女たちまで嫌うのはやめて欲しい。

 

 アリスとわたしの教え子たちが自己紹介し合っているのを横目に、兄さまに話し掛ける。

 

「兄さまはどうしますか?アリスについて行っても良いですし、休むのでしたら、部屋を用意してありますよ」

「うん、久しぶりに会ったから、エリアルの話が聞きたいな。時間は空けてくれているのだろう?」

「はい」

 

 頷くと、微笑んだ兄さまがアリスへ目を向ける。

 

「僕はエリアルと行こうと思うけれど、アリスはそれで大丈夫か?」

「大丈夫」

「そう。なにか困ったら呼ぶと良い。いってらっしゃい。彼女たちと仲良くするのだよ」

「ええ。いってきます」

 

 アリスが笑って、兄さまに手を振った。わたしには見向きもせずに、先導役のリリアへ目を向ける。

 

「いってらっしゃいませ、みなさま」

「いってきまーす」

「またあとで」

 

 その背とリリアたちに掛けた声には、レリィとリリアが答えてくれる。ほかの後輩たちも会釈してくれた。

 

 そんな一団を見送ったあとで、ツェリがぼそりと言う。

 

「思ったより、ちゃんと妹も姉もしているのね、あなた」

「わたしをなんだと思っているのですか」

 

 それは、確かに少しばかり、いや、かなり、家族と疎遠な自覚はあるけれども。

 

 そんなツェリに、少し屈んだ兄さまが声を掛ける。

 

「改めまして、こんにちは、初めまして、ミュラー公爵令嬢さま。エリアルの兄で、きみのご父君ふくんの部下の、イェレミアス・サヴァンです。妹と一緒にいてくれて、本当にありがたく思っています」

「初めまして。ツェツィーリア・ミュラーよ。こちらこそ、義父ちちが世話になっているわ。私のことは、どうぞツェリと。敬語も、必要ないわ」

 

 ツェリと兄さまが、微笑みと握手を交わす。イェレミアス兄さまは兄弟でいちばん背が高いので、ツェリと並ぶとけっこうな身長差になる。屈んで視線を合わせた兄さまを見て少し眉を寄せたツェリが、ため息混じりに呟いた。

 

「早く移動しましょう。あなたたちの相手をするには、座らないとお互い辛いわ」

 

 兄妹ふたりそろって苦笑し頷くと、わたしたちも校門をあとにした。

 

 ツェリが押さえたサロンはいつも利用しているところよりも広い部屋で、着いたときには既に茶器がセットされていた上に、

 

「初めまして、噂通りよく似た顔立ちをしているのですね。ワタクシ、エリアルさんと仲良くさせて頂いているモーナ・ジュエルウィードと申します」

「モーナさま、こんにちは」

「あなたどこから聞き付けたのよ…」

 

 なぜかモーナさまが待ち構えていた。

 

 呆れるツェリに首を傾げてから、兄さまが愛想良く挨拶を返す。

 

「初めまして。エリアルの兄のイェレミアス・サヴァンです。妹が世話になっています」

「いえいえ、ワタクシこそ、エリアルさんにはいつも萌っ…こほん、素敵な笑顔を頂いております。どうぞ敬語など使わず、気軽に話し掛けて下さい」

 

 今、萌えって言いかけ…いや、気のせいだろう。うん。

 

 モーナさまは拳を握って勢い込むと、兄さまに言う。

 

「ワタクシ、写真が趣味なんです。せっかくですから、エリアルさんとおふたりで記念写真を撮りませんか!?」

「記念写真か、」

「あ、兄さま待っ、」「良いね」

 

 止めようとした言葉も空しく、兄さまが頷いてしまう。モーナさまの目が、きらりと輝いた。

 

「ありがとうございます!ではまず、おふたりで並んで頂けますか?はい。そうですそうです。良いですね!あ、もう少し近付いて。エリアルさん、お兄さまと腕を組んで頂けますか?はい、もう少し近付いて。次はエリアルさんが椅子に座って、お兄さまがその背もたれに手を…素敵です!ではお兄さま、エリアルさんの隣にどうぞ!」

 

 頭は良いのだがひとも良い兄さまが、モーナさまの勢いに飲まれる。ぱちぱちとすごい量のシャッターが切られるのを、ツェリが後ろから呆れ顔で見ていたのだが、

 

「次、ツェツィーリアさまも入って下さい」

「は!?ちょ、」

「ほらほら、早く。あー、最高です!ツェツィーリアさま、両手に華ですね!おふたりとも、ツェツィーリアさまの肩に手を回して下さい。ええ、完璧です!ではではエリアルさん、ツェツィーリアさまをお姫さま抱っこして下さい。お兄さまは髪をひと房持って口付けを…はい!ありがとうございます!」

 

 なんでこんなことになっているのだろう…。

 わたしが遠い目になったところで、ツェリがモーナさまに待ったを掛ける。

 

「好い加減にしなさいな、モーナ。妹に会わせずに追い出すわよ」

「そ、そんな非道な!?」

「嫌なら、わかっているわね?」

 

 ツェリに睨まれて、モーナさまが無言でこくこくと頷いた。

 やっと解放されて、ほっと息を吐く。

 

「ふふ。なかなか個性的な友人だな」

 

 モーナさまを個性的の一言で笑って済ませられる兄さまは、なかなかの大物だと思う。

 

 兄さまが笑って、わたしの頭を、なで…、

 

「あ…」

 

 モーナさまの勢いに飲まれて自然に触れ合っていたことに気付いて、目を見開いた。

 わたしの反応で気付いただろうに、兄さまはわたしから手を離さない。

 

「楽しい学院生活を送れているようで、安心したよ。なにか困ったら僕に言いなさい。僕はお前の兄さまなのだからね」

「ありがとうございます」

 

 答えたわたしの肩に手を落とし、兄さまがわたしを抱き締めた。テオドアさまより高いくらいの身長だろうか。文官らしくあまり鍛えられていない肩が、額に触れた。

 

「細いな。アリスの方が背が低いのに肉付きが良いよ?」

「それ、アリスの前で言わないで下さいね?」

 

 恨まれたくないです、と呟けば、兄さまは笑ってわたしから離れた。

 そのままツェリとモーナさまを振り向き、ふたりへ笑顔を向ける。

 

「ありがとう」

 

 そのまま、なにを、とは言わず、一言言う。

 

 ああ、愛されているな。そう思った。

 恐れこそしているけれど、イェレミアス兄さまは、確かにわたしを妹として可愛がってくれているのだ。

 

 兄に頼ろうと思えない自分が、少し申し訳なくなった。

 

 ツェリが静かに兄さまを見つめて、穏やかに言った。

 

「アルに、ちゃんと家族がいて良かったわ」

 

 きっとわたしの態度から、家族仲が良いとは言えないことを察していたのだろう。ツェリの言葉に兄さまは少し痛そうに笑って、そんな兄さまへツェリは椅子を勧めた。

 

「さあ、いつまでも立っていたらなんのために移動したかわからないわ。座りましょう。アル、お茶を淹れてちょうだい」

「かしこまりました」

 

 ツェリに頷きを返し、茶器を手にした。温めた茶器に茶葉とお湯を入れ、蒸らす間に持って来てあったカステラを取り出す。みんなで食べられるようにと、前に作って備蓄してあったお菓子を蔵出ししたのだ。ちなみに、本邦ほんぽう初公開のお菓子である。水飴と和三盆とザラメが手に入ったときに、テンションが上がって大量に作ってしまったものだ。

 

「これ、エリアルが作ったのか?」

「そうですよ」

「そうか。ふふ。エリアルの手作りは、久しぶりだな」

 

 家族の中でイェレミアス兄さまにだけは、数度手料理や手作りのお菓子を食べさせたことがある。兄さまの口利きのお陰で、わたしが家の厨房に出入りすることが許されたからだ。

 片手で数えられる年齢の幼女に包丁やコンロを使うことを許すなんて、なかなかぶっ飛んだひとだと、今なら思う。

 

 兄さまの言う通り、わたしが家と疎遠になったことで、そんな機会もなくなっていったのだけれど。

 

 お茶を四人分並べたところで、部屋の扉がノックされた。

 

「?、もう戻ったのでしょうか?早いですね」

 

 いや、突発撮影会があったし、けっこう時間は経っているのか?

 

 思って時計を確認したが、そこまで時間が過ぎているわけではない。首を傾げながら扉を開けに行けば、

 

「殿下…テオドアさまとアーサーさまも。なにかご用事でしょうか」

「いや、用事と言うわけではないのだけれど、エリアル嬢の兄妹が来ていると訊いて、気になってね」

 

 ああ、なるほど。

 ヴィクトリカ殿下の思惑に思い当たって、扉を大きく開けて招く。

 

 誇張でもひいき目でもなく、サヴァン家は子爵家ながらバルキア王国にとって重要な家だ。次期国王としてサヴァン家の次代と交流して置くのは、悪いことじゃない。

 わたしはもちろんイェレミアス兄さまもアリスも社交界を好まないので、こうして仕事抜きで会う機会は貴重なのだろう。

 

 …それにしても、モーナさまと言いヴィクトリカ殿下と言い、耳が早過ぎやしないだろうか。兄さまたちが来ることを伝えたのは、ツェリだけで今日の朝なのに。

 

 ありがとう、とわたしに笑みを向けたあとで、殿下が部屋に歩み入る。

 

「突然押し掛けてしまって、すまないね。こんにちは、ツェツィーリア嬢、ジュエルウィード嬢。そして、個人的には、初めまして、イェレミアス・サヴァン子爵子息」

「…こんにちは、王太子殿下。私などの名前を覚えていて下さって、身に余る光栄です」

 

 少し驚いたように目を見開くも、兄さまは柔らかく微笑んで立ち上がると礼を取った。まだまだ新米と言えどもさすがは王宮勤めの官吏か、洗練された所作だった。

 

 そんな兄さまにかしこまらないで欲しいと声を掛け、殿下が机に歩み寄る。

 

国王ちちや宰相が、あなたのことをとても優秀だと褒めていたよ。次世代を担う優秀な官吏がいてくれるのは、私としてもありがたい」

「そんな。私など、まだまだです。お褒め頂けるような優秀な官吏ではありませんよ」

 

 官吏としての兄さまを見るのは初めてで、少し新鮮な気持ちになる。プライベートで話すときは優しい兄さまだが、仕事中はかっちりしているようだ。

 

 乱入者にむっとしたツェリが、椅子から立たないまま言う。

 

「せっかく和やかに交流しようと思っていたのに、邪魔しないで欲しいわ」

「ああ、ごめんよ。邪魔したいわけじゃなかったのだけれど。イェレミアス、と呼んでも良いかな?どうかそんなに固くならないで、今だけで良いから私のことは、単なるエリアル嬢の友人として扱って欲しい」

「エリアルの、友人、ですか?」

 

 ご新規三名さまのお茶を用意していたわたしに、兄さまが目を向ける。兄さまを見返して、頷いた。

 

「殿下には友人として、親しくさせて頂いています。テオドアさまや、アーサーさまとも」

「そうか。妹が世話になっているみたい、ですね。お言葉に甘えて、今日だけは無礼を許して頂いても?」

「ああ。出来るなら、敬語もなくて良いよ。若い官吏と砕けて話す機会なんて、なかなか持てないからね。かしこまらないで貰った方が、私としては嬉しい」

 

 言った殿下が兄さまに握手を求め、続いてテオドアさまとアーサーさまもイェレミアス兄さまと挨拶を交わす。

 王太子殿下と公爵子息たちを前にして、がちがちにならない辺り、やっぱり兄さまは大物だと思うのは、身内の欲目だろうか。

 

「どうぞ」

 

 さんにんにお茶を出して、ツェリの横に、

 

「おいで。エリアルの話が聞きたい」

 

 行こうとしたら、兄さまに手招かれた。断る理由もないので従うが、殿下たちと交流しなくて良いのだろうか。

 

「…そうして並ぶと、よく似ているね」

「そうですね。アルねぇさまは中性的な方だと思っていましたが、イェレミアスさまと並ぶとやっぱり女性らしく見えます」

 

 そうして並んだわたしたちを見て、殿下とアーサーさまが感想をもらす。

 

 んー、イェレミアス兄さまは父の血が強く出たのか、背が高いからなぁ…。ちなみにわたしも父譲りか背が高い。対して、長兄ヘクトルと妹アリスティアは母の血が出たのか、そこまで高くはない。

 顔立ちは兄弟全員サヴァンの血が出て、色白で父親似だと言われるのだけれどね。線が細いのもたぶん、父の血筋だ。わたしに関しては双黒もサヴァン家の血由来だろうから、母と並んでも血縁関係には見えなかったりする。ほかの兄弟は髪色なり瞳なり、母譲りの部分があるのに。

 

 兄さまと顔を見合わせて、同時に首を傾げる。

 

 正直そこまで、似ていると言う自覚はない。

 

「似て、いますかね?」

「少なくとも遠目からでは、あまり似ていないと思うよ。髪色が全然違うだろう?」

「ですよね」

 

 イェレミアス兄さまの髪は、薄い茶色だ。例えが悪いけれど、段ボールを想像して貰えるとわかりやすい。そんな色だ。可愛く言えば、ミルクティーブラウン、とかか?

 最初からミルクティーブラウンって言えって?だって初見で思ったのが、段ボールの色だな、だったから。良いじゃないか、段ボールブラウン。来春の新色で流行るかもしれないよ?

 

 ちなみにアリスも兄さまと同じ色で、アリスの場合は瞳も段ボールブラウンだ。兄さまの瞳は伽羅蕗きゃらぶきの色だ。

 

「…似ているわよ。少なくとも、並べば血縁だと思う程度には」

「そうかな?」「そうですか?」

 

 くるりと首を回して、ツェリへと問い返したのが同時。

 

「エリアルの方が可愛い顔をしているだろう?兄弟でいちばん美人だから」

「…アリスとほぼ同じ顔ですよ?」

「アリスも可愛いと思うけれど、エリアルの方が可愛い顔だよ」

「…まあ、兄さまよりは可愛いかもしれませんね。兄さまは可愛いと言うより、凛々しい顔立ちですから」

「いや、凛々しいと言うならエリアルも凛々しいよ?ただ、やっぱり可愛いなと思ってしまうだけで」

「そこ、兄妹でいちゃつかないでくれない?」

 

 いや、いちゃついているつもりはないですよ?

 反論しようとしたわたしよりも、兄さまの方が口を開くのが早かった。艶然と微笑んで、てらいなくのたまう。

 

「僕は事実を言っているだけだよ?可愛いだろう?エリアルは。エリアルほど可愛い人間なんて、見たことがないよ」

 

 兄さま、そんなキャラでしたっけ?

 

 じゃなくて。

 兄さまのキャラ崩壊なんて目じゃないくらい聞き捨てならない言葉が、耳に入ったぞ、いま。

 

「いいえ兄さま。わたしよりツェツィーリアお嬢さまの方が可愛いです。よく見て下さい。そこに世界一愛らしいお顔があります」

「お前は本当にぶれないな」

「いちばんはお嬢さま。異論は認めません」

 

 テオドアさまの呆れ顔に、胸を張って答える。

 ツェリが、疲れたように額を押さえた。

 

「これも…これもサヴァンの血のせいなの…?」

「いや、そう言う話は、聞かないけれど…」

 

 呻くツェリに苦笑いの殿下が答える。え?わたしなにか変なことしましたか?

 

「…顔が多少整っているのは、血のせいらしいですが」

 

 元は公爵家だけあって、美形のDNAを受け継いでいるのだ。と言っても現バルキア王国的美形ではなく、今は亡きレミュドネ皇国的美形なので、時代と国に合ったとは言えないと思うのだが。

 

 父そっくりと言われる、少し下がった眉をなでる。要塞なんて語られる国の美人の基準が、少し弱そうに見える顔、と言うのは、なんだかおもしろく感じる。どこか泣いているようなあどけない顔が、レミュドネ皇国ではもてたらしい。

 なので、レミュドネ皇国基準で行けば、たしかにツェリよりわたしがもてはやされるかもしれない。そうだとしてもわたしのNo.1はツェリだけれど。

 

「身内への愛情が強いのも、サヴァン家の特質だよ。この場合の身内って言うのは、家族じゃなくて仲間あるいは庇護対象と認めた相手、と言うことだけれどね」

 

 兄さまが補足するように言う。

 全員の目線がわたしに向かい、ツェリを見て、もう一度わたしに向いて、あーうん、と頷かれた。なに、なんなの?

 

「つまり、エリアル嬢にとってツェツィーリア嬢は仲間、ってことだね」

「わたしの命より大切な方、ですから」

 

 条件反射のように、そう答えた。ツェリが最重要。考えるまでもない、呼吸をすることと同レベルの条件反射だ。

 

「…これが、サヴァン家の当たり前、なのね?」

「ああ。守るべきもののためならば、命さえ惜しくない。そう考えるのが、サヴァン家の人間だ」

 

 兄さまの答えを受けたツェリが、小さくため息を落とす。

 

「少しは自分も、かえりみなさいよ」

「そんなことより、お嬢さま、このお菓子自信作ですから、ぜひ感想を下さい。お嬢さまの分は、甘さ控えめにしてありますから」

 

 わたしが話を逸らしたことに気付いたツェリがぎろりと睨むが、ツェリが口を開くより早く兄さまが微笑んで言う。

 

「そうだね。頂きます」

 

 ためらいもなくカステラにフォークを突き刺し、兄さまがカステラを食べる。口に入れたとたん、ふわりと雰囲気が綻んだ。

 

「甘いね。すごく美味しいよ」

 

 兄さまは舌が砂糖で出来ているのではと思うレベルの甘党だ。水飴とザラメをこれでもかと使ったカステラを、幸せそうに口に運んでいる。

 

 兄さまの行動で怒りを封じられ、ツェリは八つ当たりのようにカステラをフォークでぶっ指す。ぱくりと口に入れ、不機嫌ながら感想を口にする。

 

「…悪くないわ。わたしとしてはザラメがない方が良いけれど」

「かなりしっとりした生地だね。初めて食べる食感だ」

「…甘いな」

「美味しいです、アルねぇさま」

「エリアルさんの手作りお菓子…ふふふ」

 

 口々に感想を言ってくれるのは良いけれど、モーナさまの感想は聞かなかったことにしようと思います。恐いから。

 

「喜んで頂けたなら嬉しいです」

 

 にこっと微笑んで自分もカステラを食べる。パウンドケーキもそうだけれど、カステラも少し時間を置いてからの方が食べごろだ。うむ、美味美味。

 

 それからみんなでカステラに舌鼓を打ちつつ、兄さまに訊かれるまま学院での生活について語る。

 

 一時間弱ほど話しただろうか。わたしがお茶のおかわりを淹れようと立ち上がったところで部屋の扉がノックされた。

 

「わたしが出ますね」


 今度こそリリアたちだろう。扉に歩み寄って開けば、リリアとレリィが目に入る。

 

「お帰りなさいませ」

「ただいま帰りました。あら、良い香りがしますわね」

「あっ、ずるい、なにか食べてるー!」

 

 部屋を覗いたレリィが、ぶーっと唇を尖らせる。

 

「て言うかなんでアーサーたちがいるの?呼んでないわよね?」

「えっ!?」

 

 驚きの声を上げたのは、レリィたちに続いて部屋に足を踏み入れた後輩たちだ。部屋の中の殿下たちを見留めて、固まっている。

 

 同じ学年で慣れつつあるわたしたちや、幼馴染みのレリィはともかく、慣れていない彼女らが突然王太子殿下や公爵子息にエンカウントしたら、驚くよね…。刺繍が補習になるだけあって、爵位の低い家の子が多いし。

 

「ああ、すまないね。イェレミアスと話してみたかっただけなんだよ。私たちのことは、あまり気にしないで貰えるかな?」

「…気になるわよ」

「みなさまの分もお菓子がありますから、どうぞ食べて行って下さいね。今、お茶も淹れますから」

 

 後込しりごみする少女たちに笑みを向け、椅子を勧める。えっでもと躊躇う彼女らの背を、レリィが押した。イェレミアス兄さまも立ち上がって、少女たちに頬笑みを向ける。

 

「やったー。アルねぇさまの淹れたお茶、とても美味しいのよ?飲まなきゃ損だわ!」

「妹が世話になったんだ。大したもてなしも出来ないけれど、お茶を飲んで行ってくれ。…僕もなにか、お菓子を持って来れば良かったな」

 

 アーサーさまとテオドアさまもさりげなく立ち上がって少女たちを椅子に先導した。

 

「…ねぇ、リリア?レリィ?」

「なんでしょう?」「なぁに?」

「公爵子息であるテオやアーサーにより、イェレミアスさんに顔を赤らめている子が多い気がするのは…」

「気のせいではないでしょうね」

「アルねぇさまとよく似ているからね」

 

 ツェリたちがなにやら固まって話していたが、離れてお茶を用意していたので内容はわからなかった。

 

「エリアル、手伝いますわ」

「いえ、大丈夫ですよ」

「そんなこと言わないで下さいな。この数ですから運ぶのも大変でしょう?」

「れりぃも手伝うー」

「…では、お言葉に甘えさせて頂きましょうか。ありがとうございます」

 

 ツェリの許からこちらへやって来たリリアとレリィが、手伝いを申し出てくれる。一度は断ったものの、確かに数が数なので、親切に甘えることにした。

 

 お湯が沸くのを待つ間にわたしが用意したカステラを、ふたりが運んでくれる。

 

「まあ!ほ、むぐ」

「アリスティア、だったわね?アリスと呼んでも?」

「はい」

「ありがとう。私はツェツィーリア・ミュラーよ。良ければ、ツェリと呼んでちょうだい。学院見学は、楽しめたかしら?」

「はい。えっと、ツェリ、さま?が、いろいろと気を遣って下さったと聞きました。ありがとうございます」

 

 テンション高くアリスに話し掛けようとしたモーナさまの口にカステラを突っ込み、お嬢さま風スマイルを浮かべたツェリがアリスと会話し始める。

 対応するアリスは少し固いが、わたしに対するような塩対応ではない。まだ、坊主憎けりゃ袈裟まで~の心境にはないらしい。少し、ほっとした。

 

 ツェリが笑みを深めて、ちらりとわたしを見た。

 

「良いのよそれくらい。私は声を掛けたりこの部屋を手配しただけで、本当に案内をしてくれたのはリリアたちだもの。感謝するならリリアたちと、アル、あなたのお姉さまにね」

 

 ツェリの言葉に、アリスの頬がぴくりと揺れる。

 

「どう言うことですか」

 

 固いだけだった声に、わずかながら不快感が含められた。

 目を細めたツェリが、態度も声色も変えずに答える。

 

「私が動いたのも、彼女たちが集まってくれたのも、あなたがアルの妹だからだもの。確かに私は声を掛けたけれど、強要したりしていないわよ?みんな、アルのためになるならって、自分から協力してくれたの。そうよね?」

「え、あ、はい。エリアル先輩の妹さんに、お会いしてみたくて…」

 

 ツェリに目を向けられたひとりが、頷く。

 

「わたくしも、エリアル先輩の妹さんとお友だちになれたらなって」

「あっ、でも、やましい気持ちじゃないですわよ?新しく学友となって下さる方を、純粋に歓迎する気持ちもありました!少し、エリアル先輩が喜んでくれるかなとは、思いましたけれど…」

 

 きみたち可愛過ぎかね。

 

 わたしなんかを慕ってくれるのが申し訳なくなるほどの良い子たちに、感動しつつ微笑みを向ける。

 

「ありがとうございます。とても助かりました。来年から、仲良くしてあげて下さ、」

「っ、余計なこと、しないで下さいっ」

 

 声を上げたアリスが、わたしを睨む。

 …本当に、なんでこんなに嫌われてしまったのかな。いや、長兄もこんなだし両親もよそよそしいし、むしろイェレミアス兄さまの対応が異常なのかもしれないけれど。

 

 エリアル・サヴァンがいるせいで、サヴァン家は化け物扱いなのだ。嫌われても、当然、と思うべきか。

 

「余計でしたら、申し訳ありません。ですが、突然知人のいないところに来ることになるあなたが、心配だったのですよ。あなたはあまり、貴族の知り合いがいないでしょう?」

「誰のせいだと…っ」

「「アリス」」

 

 叱責の色がにじんだ声でアリスを呼んだのは、兄さまと、ツェリ。

 

 兄さまはアリスに厳しい目を向け、ツェリは立ち上がってわたしに歩み寄った。

 

「アリス、エリアルはお前のためにと動いてくれたのだから、そう言う言い方は良くないよ」

「たとえアルの妹であろうと、私のエリアルを貶すなら、許さないわよ」

 

 ツェリがわたしとアリスの間に立ちふさがって、アリスを睨む。

 

 その小さな身体に手を伸ばして、抱き寄せた。

 

「ありがとうございます、お嬢さま。ですが、大丈夫ですから」

 

 ツェリの耳許でそっと囁いて、兄さまに目を向ける。

 

「いいえ、兄さま。わたしがお節介を焼いたことが悪いですから。みなさまも、驚かせて申し訳ありません。アリス、わたしが悪かったですから、今は怒りを収めてください」

 

 笑みを浮かべて見回せば、身体を強張らせていた少女たちがほっと息を吐く。

 …こうなる可能性は理解していたのに、申し訳ないことをしてしまった。

 

 ツェリから離れ、アリスに向き直る。

 

 誰のせい、とアリスは言った。考えるまでもない。わたしのせいだ。身内に化け物なんているせいで、アリスが肩身の狭い思いをしてしまっているのだ。

 

 社交嫌いも、今まで学校に通っていなかったのも、きっとわたしがいるせいだろう。

 

 なんだ。嫌われて当然じゃないか。

 

「…わたしのせいで、苦しめてしまっていたのですね。ごめんなさい」

 

 アリスの目を見据えてから、深く頭を下げた。

 

 誰かがなにか言う前に顔を上げ、にこっと頬笑む。

 

「ですが、わたしのせいでわたし以外を嫌うのは、やめてくださいね。みなさまお優しいだけで、わたしの手下とかではありませんから。本当に善意で、あなたに接してくれているのですよ」

「…それくらい、わかります。突然大きい声を出したりして、ごめんなさい」

 

 アリスが少し決まり悪そうに、謝罪を口にする。

 

 うん。わたしや悪意を向けて来る相手に対して以外は素直で良い子なのだって、お姉ちゃんちゃんと理解しているからね!

 

「では、お茶にしましょう」

 

 宣言して、仕切り直す。ちょうど沸いたお湯を、用意したポットに注いで行く。少し待ってカップに注いだお茶を、リリアとレリィが運んでくれた。

 

 お茶が全員に行き渡ったところで、立ち上がった兄さまがわたしを手招く。

 

「おいで、エリアル」

 

 …お怒りのごようすで。

 

「えっと、兄さま…?」

「良いからおいで。ああ、きみたちは気にせず、お茶を楽しんで。エリアルの淹れたお茶も、そのお菓子も、身内のひいき目を抜きにしてもとても美味しいから」

 

 イヤダナーコワイナーと思っている間に腕を掴まれ、部屋の隅に連行される。気遣いの目線を送って来たツェリに、視線で大丈夫と伝えた。

 

 わたしを壁際に追い込んだ兄さまが、無言でこちらを見下ろす。

 

「…兄さま?」

「…アリスはあとで僕から叱っておくから」

「え?いえ、アリスは悪くな、」

「さっきのはアリスが悪い。エリアルもね」

 

 ふーっとため息を吐いて、兄さまが首を振る。

 

「いくら妹が可愛いからって、悪いことは悪いと言わないと駄目だよ。まあ、さっきのは場を収めるためにも仕方なかったのかもしれないけれど。それにしたって、悪くないことを悪いと言って謝罪するのは間違いだ」

「いえ、余計なことをしたわたしが、」

「エリアルに案内を頼んだのは僕だよ?責められるなら僕だ。違うかい?」

 

 兄さまに顔を覗き込まれて、目を揺らす。

 

「ですが、余計な気を回したのは、」

「余計じゃないだろう。客観的に見て、学院に入るのを不安に思う妹のことを気遣う、良いお姉さまだと思うよ?あそこで余計なことをしないでと怒るアリスがおかしい。あの態度は、周囲の印象を悪くしたと思うよ」

 

 …悪意より善意の方がタチが悪いと思うのはこう言う時だ。要らぬ善意を断れば、断った方が悪だとそしられかねない。

 

 少し寄ったわたしの眉間を、兄さまが指でなでる。

 

「アリスに貴族の知り合いがいないのだって、エリアルの責任なんかじゃない。社交に出ないアリスとアリスが社交に出ないことを許す父上と母上の責任だよ。貴族の知り合いが欲しいなら、アリスも初等部から王立学院に通えば良かったのだしね」

「それは、わたしのせいでアリスまで悪意を向けられるからでしょう。悪意しかない視線の中になんて、入りたくないと思うのが当然です。わたしだって、社交は逃げていましたし、わたしがクルタス王立学院に通っているのは、国の決定です」

 

 むっとした兄さまが、もちっとわたしの両頬をつまむ。

 

「…良く伸びる」

「兄しゃま?」

 

 ほ、ほっぺた引っ張られたらちゃんと話せないから。と言うか兄さま、今日はなんだかスキンシップ過多ではないでしょうか。

 兄さまだってわたしを、恐れていたはずなのに。

 

「きっかけはどうあれ、今通い続けているのはエリアル自身の望みだろう?」

 

 言葉の意味を量りかねて、伽羅蕗色の双眸を見つめる。

 

 兄さまの言う通り、今わたしがここにいるのはわたしの意思だ。わたしが望み、勝ち取った場所。

 さもなければわたしは、とうの昔に檻の中だったはずだから。

 

 けれどそのことは、兄さまはもちろんのこと、ツェリにすら話していない。と言っても、ツェリは気付いていそうだけれど。

 

 兄さまは、知っているのだろうか?

 わたしがどんなことをして、今ここに立つ権利を得ているのか。

 

「お前は悪意に打ち勝って、あんなにたくさんの友人を得たのだろう?お前に出来て、アリスに出来ないと言うのは甘えだよ。アリスがお前に八つ当たりするのは、アリスからのお前への甘えだ。身内だけの場所ならそれも許されるけれど、外でやっては顰蹙を買ってしまう」

 

 真面目な話の途中申し訳ありませんが、兄さま?真面目な話ならわたしのほっぺをもちもちするのやめてくれませんかね?

 

「ここにいる子たちは、みんなエリアルの味方だろう?そんな中でエリアルに楯突くなんて、愚行を通り越して、奇行だよ。正気の沙汰じゃない。現にツェリ嬢は対立を宣言していたし、王太子殿下たちも、かすかだが敵意が見えた。一時間一緒にいたお前の後輩たちですら、少し不快そうな顔をしていたしね」

 

 …アリスを叱責しながら、そこまで見ていたのか。さすがは宰相補佐室所属の官吏、

 

「貴族の中で生きようって言うなら、それくらいの頭は持たないとね。無謀に敵対してその相手に庇って貰うなんて、我が妹ながら愚かしい」

 

 あ、いえ、わたしのお兄さまでしたね。発言が黒い。黒いよ兄さま。麗しいお顔に真っ黒な笑みでその発言は、腹黒キャラにのみ許されたなにかだよ…!

 

 でもって兄さま、そんな腹黒スマイル浮かべて真っ黒発言しながら、ソフトタッチでわたしのほっぺをもちり続けているのはなんなの。表情筋鍛えているから適度な弾力で触り心地は良いかもしれないけれど、TPO的にどうなの。それともアレですか?ほっぺもちもちの刑と言う名のお仕置きですか!?

 

「兄しゃま、頬を離して下しゃい」

「ああ、ごめんよ」

 

 あ、お仕置きではなかったのですね。

 

「アリスの行動については、のちほどわたしからみなさまに謝罪しておきます。良くない行動であったことはアリス自身理解しているでしょうし、本人が反省、むぎゅ」

 

 なんなの兄さまわたしのほっぺをいじめるのがマイブームなの。

 

 わたしの両頬を手で圧迫して発言を止めた(物理)兄さまが、厳しい目でわたしを見据えた。

 

「いきなり大声を出すのも確かに問題だけれど、それよりもいけないのは発言の内容だよ。アリスはエリアルを貶した。それが、なにより駄目なのだよ」

「え?いえ、わたしは気にしていませ、」

「傷付いた顔をしただろう」

 

 兄さまに言われて目を見開く。

 

 確かに少し悲しくは思ったけれど、顔に出したつもりは、なかった。

 

 驚くわたしをどこか寂しげに見て、兄さまが言う。

 

「普通なら気付かない程度だし、すぐに消えたけれどね。でも、ツェリ嬢も殿下たちもおそらくお前の後輩たちも、お前が一瞬、わずかながら傷付いた顔をしたのに気付いていたよ。だからこそ余計、アリスに怒った。大事なひとを傷付けられれば、誰だって許しがたいからね」

 

 自分すら意図しないわずかな表情の変化。それに、気付いたと言うのか。

 

 頬から手を離し、兄さまがわたしの頭をなでる。

 

「エリアル、お前は人形でも怪物でもない。泣きも笑いもする、ただの人間だ。それを忘れてはいけないし、それを無視して勝手な発言をしたアリスは、咎められるべきだよ」

 

 ただの、人間?

 でも、わたしは、“国殺しのサヴァン”で、心ひとつで国を滅ぼせる、化け物、で。

 

 わたしの頭を引き寄せて抱き締めた兄さまが、そっとわたしの背をなでる。

 兄さまの肩に顔が埋められて、表情が見えない。

 

「…父上も母上も兄上もアリスも、それを忘れている。お前がただの人間だって、家族のひとりなのだって、そんな簡単なことを、忘れて。すまない、エリアル。だからお前は、まるで傷付かない人形のように振る舞って…」

 

 それは違う。

 確かにサヴァン家の両親や兄妹がわたしを扱う態度は化け物に対するそれだけれど、そのせいで人形みたいに振る舞っていたわけじゃない。

 

 サヴァン家にいたころはまだ、感情を巧くコントロール出来なくて、だからただ凍らせることで、感情の揺れを抑えていたのだ。

 ただただ微笑み続けることで、負の方向に感情が行かないように歯止めを掛けていたのだ。

 

 誰かに強制されたからではなく、自発的に、わたしは感情を殺していたのだ。

 

 兄さまの肩を押して、身体を離した。

 男女差はあれど鍛えているか否かのの差もあるので、兄さまの拘束くらいは解ける。

 

「違います」

 

 兄さまの顔を見上げて、首を振る。

 

「家族は関係ありません。わたしはわたしのために、行動していただけです」

「…もう、僕には頼ろうと思えない?いまさら、関係は修復出来ない?」

 

 悲しげな顔をした兄さまの問い掛けで、なぜ今日こんなにも、兄さまがわたしに触れるのかに気付く。

 

 兄として、接しようとしていたのだ。

 

 でも、なぜ?

 

 単純に兄妹愛と考えない自分を、内心で嘲笑った。

 結局のところいちばん悪いのは、わたし自身なのだ。わたしが最初から、サヴァンの家族を家族と思えていないのが、いけない。

 

 父さま母さま兄さまと、表面上は呼んで見せても、心の中では前世の父母姉弟こそを、本当の家族だと思っている。

 

 なんて、なんて冷淡な人間だろう。

 

 わたしは微笑みを浮かべて、兄さまを見上げた。

 

「いいえ兄さま、兄さまだけは、いつもわたしを思ってくれていたでしょう?家族の中で、兄さまだけがわたしを支えてくれていました」

 

 けれど兄さま。わたしが手を必要としていたときに、手を差し伸べてくれたのはあなたではなかった。

 

 いまさら刷り込みは変えられない。けれど、態度は変えられる。

 

「修復なんて必要ありません。兄さまはいつだって、わたしの兄さまなのですから」

 

 自分から手を伸ばして、兄さまの首元に顔を埋める。

 

 兄さまがなぜ、いまさらわたしに近付こうとしているのかはわからない。王太子や筆頭宮廷魔導師と親しいことを知り、利用しようとしているのかもしれないし、宰相閣下からなにか言われているのかもしれない。あるいは単純に、家族としての愛情なのかも。

 

 けれどどちらにしろ、中央深く切り込んでいる優秀なこの兄が、味方してくれるのならありがたい。

 

 ああ、なんて冷酷な人間だろう。

 

 自分自身を罵りながら、兄に甘える妹を演じる。

 

「誕生日を祝ってくれるのも、手紙を書いてくれるのも、兄さまだけ。兄さまはずっとわたしの味方だと、思って良いのですよね?兄さまはわたしを、化け物扱いしたり、しませんよね?」

「しないよ。僕は、お前を化け物だと思ったことなんて、一度もない」

 

 でもきっと、鈴が鳴ったら手を離すのですよね。

 

 心の中で呟いて。苦笑した。

 

 良いのだ。それで。それが正しい。

 むしろ、たとえ鈴が鳴っても、わたしが泣いていたら手を伸ばしそうなツェリたちの方が、危ない。

 

 いっそ明らかにわたしを避ける、アリスの方が賢いのではないだろうか。

 だって、サヴァンの父さま母さまは、そう教えているのだから。

 

 疑いも計算も全て隠して、笑顔を作った。兄さまから離れて、笑みを見せる。

 

「ありがとうございます。嬉しいです」

 

 そう言って、兄さまの手を取る。

 

「さあ、戻りましょう?新しいお茶を淹れますから」

「…そうだね。学校でのお前が知れて良かったよ」

 

 兄さまが頷いて、皆の輪に戻る。

 リリアか誰かが、上手く取り成してくれていたのだろう。アリスも含めて全員が、和やかに談笑していた。

 

 アリスから離れた位置にいたツェリが、こっちに来なさい、と言う視線を投げて来た。近くには男性陣と、モーナさまが陣取っている。

 

「大丈夫?」

 

 隣に座るなり小声で問い掛けられて、ついついツェリの手に手を伸ばしてしまう。

 わたしの手だ。今は。

 

「大丈夫です。ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありません」

 

 いちどツェリの手を握って、離す。約束通り、イェレミアス兄さまにお茶を淹れないと。

 

「…アリスさんとエリアルさんは、仲があまりよろしくないのですか?」

 

 モーナさまが、こちらも小声で問うて来た。

 

 苦笑して、頷く。

 

「ええ。わたしのせいでアリスには、辛い思いをさせてしまっていますから。ですのでモーナさま、アリスとわたしが並んだ写真は、諦めて下さいね」

「…っ、せっかく、こんな、良い被写体が揃っているのに…っ」

 

 うん。ぶれないね。写真家だけに。

 でも、モーナさま?壁際にいたわたしと兄さまの写真を撮っていたこと、気付いていますからね?アーサーさまの協力を得てシャッター音を隠していましたけれど、ばれていますからね?

 

「びっくりするくらい瓜二つよね。身長やら髪色やらに目をつむれば、だけど」

「そうですね。実際、わたしの肖像画はアリスが代理で描かれたみたいですし」

「え?」

 

 声を上げたのは、テオドアさまだ。

 

「肖像画って、あれだよな、貴族名鑑の。それ、犯罪じゃ…」

「ああ、宰相閣下に許可は取ってありますよ?と言うか、宰相閣下の指示です。情報の撹乱になるだから、良いだろうって。顔の造りはほぼ同じですし」

 

 貴族名鑑とは貴族限定の住民票のようなもので、爵位持ちの家の人間の個人情報が記されたデータベースだ。成り代わりや揉め事を防ぐために、家系図をはっきりさせておこう、と言うもの。

 たとえ確かに血の繋がった子供だとしても、貴族名鑑に載っていない人間が血筋を主張することは出来ないのだ。

 爵位持ちの家はこの貴族名鑑のために、数年に一度家族全員の肖像画を提出する必要がある。…これ、いずれは写真になったりするのだろうか。

 

 貴族名鑑の肖像画には専門の画家がいるし、もちろん偽造などしてはいけないのだが、わたしの場合は特例で、アリスの肖像画を提出することが許されている。

 これはテオドアさまに説明した通り、宰相閣下の指示である。

 

 実はわたしの男装は、クルタス周辺や王宮の上層部のあいだでは周知だが、一般の貴族や民衆にだとそこまで有名になっていない。男装を始めてからは、一切社交界に顔を出していないからだ。


 宰相閣下は、この現状を良しとした。

 よからぬ考えを持つ輩もいるため、普通の令嬢だと油断させておいた方が良い。そのため、わたしの肖像画はアリスの色違いにされているのだ。ゆえに、クルタスでのわたしの実態を知らないひとびとからわたしは、双黒の人形のような令嬢、と思われている。

 

 そのせいでエリアル・サヴァンが甘く見られ過ぎたため、一部相手にはイメージ刷新活動も行われていたりするのだが、民衆向けにはまだまだお人形さんで行くそうだ。

 

 新しく用意したお茶を出しながら、続ける。

 

「べつにわたしがカツラを被って女装しても良かったのですが、そもそも家にほとんど帰っていないので、ずっと家にいるアリスを描かせた方が楽だと」

 

 それではアリスが危険なのでは、と思ったが、エリアル・サヴァンの最大の特徴は双黒だ。それに、

 

「わたしとアリスでは十センチ近く身長が違いますから、顔が同じでも身長で見分けが付きますし」

 

 貴族名鑑には身体的特徴として身長も記載される。飛び抜けた長身は目に付くので、顔より双黒と身長で見分けるだろうと判断したのだ。

 貴族名鑑を確認するくらいの人間ならば、そこをぬかりはしないだろうと。

 

「いやでも、貴族名鑑って婚約者探しにも使われるだろ…?」

「わたしの婚姻が家同士で決定されることなどまずあり得ませんから」

 

 両親がとち狂いでもしない限り、国の指示で婚姻を結ぶことになるはずだ。

 ならば、顔など関係ない。

 

 わたしの渡したお茶に礼を言い、ツェリと自分でサンドの位置にわたしを座らせながら、兄さまが言った。

 

「心配しなくてもエリアルへの求婚は、僕が全部握り潰…丁重にお断りしているから大丈夫だよ。まだ十五歳なのだから、結婚なんて早い」

「…イェレミアス兄さまには、そろそろ落ち着いて頂きたいのですがね?」

「ははっ。わたしだってまだ十九だからね、もう少し自由を謳歌するつもりだよ」

 

 妹として、遠慮なく釘を刺させて貰ったが、笑顔でかわされる。

 

 そんなことで一生独身だったら、どうするのだ。なんて、すでに結婚出来ない未来を受け入れつつあるわたしが、言えたことではないのだけれど。

 

 …いや、結婚したいとは思うよ?でも、実現可能性を考えると、無謀かもな、とかね。もし、結婚して子供を授かったとして、その子がサヴァンの魔法を受け継いでいたら、わたしはその子と夫にどう償えば良いのか、とか。

 

 いっそ、こんな血絶えてしまった方がとも、思わなくないのだ。祖父と大叔母が血反吐吐いて守り抜いた血だから、守るべきなのだろうけれど。

 

「美しい兄妹愛…!ああでも、ワタクシはエリアルさんとアリスさんが…っ」

 

 モーナさまの嘆きに、小さく呟く。

 

「ふたり並んで写真を撮る方法が、ないと言うわけでもないのですがね…」

「ぜひお願いいたします!!」

「っと」

 

 隣に座るツェリやイェレミアス兄さまにすら聞こえないような声で漏らしたその言葉を、どんな地獄耳か拾い上げたモーナさまが身を乗り出す。

 

「え、いや、あまり気乗りする方法じゃ…」

「お礼はいかようにもしますから!!」

 

 ぐっと手を握って懇願され、思わず腰が引ける。すさまじい気迫だ。

 

 少し考えて、モーナさまの耳に唇を寄せる。

 

「では、―――――、―――――、それと、―――――」

「それくらい、お安いご用です!」

「そうですか。わかりました」

 

 モーナさまとの商談を成立させ、立ち上がる。

 

 おもむろにアリスに歩み寄り、微笑み掛けた。

 

「アリス、あちらの、モーナ・ジュエルウィード侯爵令嬢が、わたしとあなたが並んだ写真を撮りたいそうなので、付き合って頂けますか?」

「は?どうしてあなたと」

「良いでしょう。今日の記念です。それに、」

 

 アリスに顔を近付けて、彼女だけに聞こえるように言う。魔法を使ったので、本当に聞こえるのはアリスだけだ。

 

「ジュエルウィード家は中立派の上位五指に入る有力家です。心象を下げて良いことなどひとつもありませんよ」

「そう言う、計算を、」

「出来ないのでしたら、クルタス王立学院に入学することなどやめなさい。ここは、国を守る騎士と魔法使い、そして、社交界で戦う紳士淑女のための学舎ですよ」

 

 案の定反論して来たアリスの言葉をぴしゃりと遮り、少し強い口調で返す。比較的爵位による差別の薄いクルタス王立学院と言えど、貴族制の国の貴族向けの学院なのだ。身分制度と言うしがらみは、隠すべくもなく存在している。

 

「権力は、貴族社会において無視出来ない力です。貴族社会で自分の望みを叶えたいなら、権力を手に入れるしかない。自分が持たずとも良いのです。権力を持つものの、後ろ楯を得れば良い」

「…あなた、まさか」

 

 この台詞で、アリスのわたしに対する認識が透ける。

 自分の欲望のままひとの心を弄ぶ人間だと、思われているのだろう。…さすがに、お姉ちゃん怒るよ?

 

「魔法など使わずとも、あなたよりは巧く立ち回れますよ。ここにいて下さる方々は、魔法を使わず得た人脈です。あなたに、それが出来ますか?」

 

 アリスの立場が悪かったのは、アリスのせいではない。生まれと、わたしの責任だ。

 けれどイェレミアス兄さまの言う通り、それを恨んでいるだけでは、どうにもならない。わたしを恨んで憎んで状況が改善するなら、いくらでも憎悪をぶつければ良いと思うが、実際はそんなことない。

 アリス自身が動かなければ、現状は改善されないのだ。

 

「相手を見極めなさい、アリス。相手の思惑まで理解した上で、それを手玉に取りなさい。恐怖?嫌悪?上等じゃないですか。そんなものに、屈するなど馬鹿馬鹿しい」

 

 アリスの腕を掴んで立ち上がらせ、無理矢理輪から引きずり出した。こちらは日夜腕力を鍛えている騎士科生だ。ひ弱な引き籠もり令嬢など、敵ではない。

 

 お茶会の輪を抜け出した先では、モーナさまが手薬煉てぐすね引いて待ち構えていた。

 

 逆光にならないよう壁を背にして、アリスの腰を抱く。

 びくりと身を固めたアリスへ、敢えて挑発的な笑みを向けた。

 

「怖いのですか?わたしが?」

「っ、こ、わくなんて」

「でしたら、顔を上げて、笑いなさい、アリス」

 

 お手本のごとく、カメラに向かって満面の笑みを向ける。

 

 え、ちょっと待ってなんでギャラリーが湧いてるの。歓声とか上げちゃってるの!?

 

 ぎょっとしたために起きた手の動きは、アリスにばれただろう。けれどその荒れ狂う内心を、笑みで覆い隠した。

 

 わたしの笑みを、アリスが見上げる。

 

「…へらへらして、みっともない」

「笑顔がわたしの武器ですから」

 

 笑っていれば、両親がパニックになることがなかった。

 兄たちを怖がらせることも、使用人が顔を強張らせることも。

 

「写真を撮られるときは笑っておくものですよ。さあ、あなたも笑って下さい」

 

 と言っても、どうやらわたしの笑顔だけで満足らしいモーナさまは、すでにシャッターを切りまくっているのだが。

 音を遮断してしまっているので、シャッター音もモーナさまの興奮した声も女生徒たちの歓声も、アリスの耳には届かない。

 

「むすっとしているよりも笑っていた方が、得ですよ?あなたが不機嫌なのは、わたしの前でだけかもしれませんが」

「わかっているなら、関わらないで下さい」

「嫌です」

「は?」

「嫌です」

 

 大事なことなので、二回言いました。

 

 にこっと微笑んだまま、アリスへ目を向ける。

 

「あなたがわたしを嫌いでも、わたしはあなたが好きですから。必要とあらば関わりますよ。あなたがどんなに否定したくても、わたしがあなたの姉である事実も変わりませんしね」

 

 モーナさまへのサービスとして、体勢を腰抱きからバックハグに変える。

 

「ほら、笑わないと終わりませんよ?家庭教師は笑顔の作り方も教えてくれませんでしたか?クルタス王立学院では、初等部の始めに習うことですよ?」

 

 …これが事実なところが、貴族の学校のすごいところだと思う。クルタスには礼儀作法の授業があり、そこでまず教えるのが微笑み方なのだ。

 貴族社会では笑い方すら、マナーのひとつなのである。

 

 そりゃ、そんな初歩すら押さえていないゲームヒロインが目立つよ、って話だ。

 十年間笑顔を鍛え続けた令嬢たちの笑みは、鉄壁である。それを画一的で嫌だと思う気持ちもわからないでもないが、彼女らが努力の果てに手に入れたものなのだから、男なら褒める度量を持てよ!とわたしは言いたい。

 …それを逆手に取って、わたしはわざとマナー違反の表情を駆使していたりするのだけれどね。だって、男装で淑女の笑みとか、似合わないし。

 

「っ、笑うくらい出来ます」

 

 まんまと挑発に乗ったアリスが、顔に笑みを浮かべる。

 

 さすがはサヴァン家に着く家庭教師の教えか、人形のように完璧な笑みだった。

 

 モーナさまが天元突破なテンションで、シャッターを連打している。

 

 この状況を良いことに、少しばかり普段のフラストレーションを解消させて貰うことにする。

 

「少し固いですね。もっと、自然に」

「ちょっと」

 

 しっかりとアリスの肩に両腕を回して、頭に頬を寄せる。

 

「女は愛嬌ですよ。もっと、柔らかく笑いなさい」

「…あなたみたいな男女おとこおんなに言われたくないのですけれど」

「あら、わたしの笑顔、よく売れるのですよ?」

 

 …寝顔の方が売れるそうだが。

 

「は?売れるって…」

「さて、どうやらもう撮れたみたいですね。ご協力ありがとうございました。写真、欲しければモーナさまから貰っておきますが?」

「あなたとの写真なんて要りません。じゃなくて、」

「それでしたら、彼女たちと記念写真を撮って貰ってはいかがですか?」

 

 アリスから離れて、やって来た後輩たちに向けてアリスを押し出す。レリィがアリスの腕を掴んで、引っ張って行った。

 すでに、根回しは完了済みだ。

 

 並んだ中等部生たちを、モーナさまが写真に収める。

 

 近付いて来たツェリが、わたしに問い掛けた。

 

「…モーナに、なにを頼んだの?」

「サヴァン家の人間がふたり以上写った写真の販売禁止と、アリスとみなさまで記念写真を撮ってあげて欲しいと言うことを」

「お願い、みっつじゃなかったかしら?」

「気のせいですよ」

 

 微笑んで、はぐらかす。

 

 記念撮影を終えたところで、切りよく解散になった。

 全員揃って校門に向かい、和やかな雰囲気でイェレミアス兄さまとアリスを送り出す。

 

「今日はありがとうございました。途中少し、不穏な空気にしてしまって申し訳ありません」

「いいえ、素敵なひとときでしたわ。ありがとうございました」

 

 わざわざ時間を作ってくれた後輩たちに感謝と謝罪を伝えると、柔らかな笑顔で答えられる。うん。中等部三年生の貫禄があるね。

 

 もう一度お礼を言って、彼女たちも見送る。

 

「アリスさんに渡す写真は、エリアルさんへ渡せば良いですか?」

「はい。ありがとうございます。きちんとお代は払いますから」

「いいえ!お金なんて要りません。撮らせて貰えただけで、ワタクシは…っ。では、現像したいので失礼します!!」

 

 …本当に、ぶれないね。

 

 足早に去るモーナさまを見送り、残ったのはいつもの面子だ。

 自然とお馴染みのサロンへ足を運びながら、会話を交わす。

 

「部屋の片付けは、ミュラー家の使用人がやってくれるから」

「ありがとうございます。今日は本当に、お世話になりました」

 

 なにからなにまで手配してくれたツェリにも、お礼を言う。

 

「繰り返すけど、あなたの人望で集まったのよ?忘れるんじゃないわ。あなたは、いろいろな人間に、大切に思われているの」

「…はい」

「あなたには悪いけど、たとえあなたの妹だったとしてもあなたを害するなら、私は容赦しないわよ。さっきの言葉も、許したわけじゃないわ」

 

 きっぱりと言われて、苦笑するしかない。

 

「わたくしが案内していたときは、普通だったのですが…」

「うん。れりぃやほかのたちとも、普通に話してたわ!」

「はい。わたしを嫌っているだけ、なのですよね」

 

 頬を掻いて、目を泳がせる。

 

「家庭教師の受けも良いらしいですし、頭の良い、優しい子なのですよ、普通は。わたし相手にだけ、少し風当たりが強いだけで」

「そこが大問題だと思うけどな」

 

 テオドアさまが顔をしかめて、指摘する。

 

「アルがあまり自覚しないからはっきり言わせて貰うと、お前、高等部の半数以上掌握してるからな?妹が入学後もあの態度を続けるなら、学院の半数が敵になるぞ?」

「そこは、アリスも馬鹿ではないでしょうし、わたしも巧く動きますよ。わたしから少し叱りましたし、兄さまも叱ると言っていましたから」

「ちゃんと、理解しろよ?少なくとも王太子派の騎士科はお前のために実力行使を躊躇わない…と言うか、王太子がお前のためなら動くからな?」

 

 テオドアさまの言葉に、ん?と振り向いたヴィクトリカ殿下が、にこり、と頬笑む。

 

「困ったことがあったら、すぐ私に言うと良いよ」

「いえ、殿下のお手を煩わせるつもりはありませんよ」

「うん。エリアル嬢ならそう言うだろうから、勝手に動くよ」

 

 やばい目が本気だ。

 笑っているのに笑っていない気がするヴィクトリカ殿下に、じわりと背中が湿る。

 

「いや、あの、わたしでしたら、大丈夫ですよ?」

「あと、俺とミュラー家は動くぞ?」

「私も動くわよ。使えるものは総動員してね」

「もちろん、わたくしも動きますわ」

「れりぃもね!」

「僕も、動きます」

 

 冷や汗を浮かべるわたしへ追い討ちを掛けるように、口々に協力が宣言されて行く。

 

 ええっと…、

 

「本当に、困ったときは、頼らせて頂きますから」

 

 とにかく暴走は困る!と、苦し紛れに言う。

 勝手に動かれては駄目なのだ。弾劾される隙を、与えては。

 

 きっと優しい彼らは、わたしのために無理もしてしまうから。

 

「手を伸ばしたときは、助けて下さい、ね?」

 

 どうか、余計なことはしないで欲しいと、気持ちを込めて懇願した。出来るなら、目の届く範囲で動いて欲しいのだ。わたしが、手を伸ばせる範囲で。

 

「ですからどうか、手の届くところにいて下さいね?わたしを置いて、どこかに行ってしまわない、で…」

 

 言葉の途中に、とんでもなく甘えた台詞だと気付いて口許を覆う。

 

 血の繋がった兄にすら頼らないくせに、なにを言っている。

 

「も、申し訳ありません。出過ぎた台詞を、」

『え?』

 

 聞き返す言葉は、全員同時だった。なぜか嬉しそうな面々のなかで、ツェリだけが少し呆れ顔をしている。

 

「もちろん、きみが望むなら、離れたりしないよ、エリアル嬢」

 

 にこやかに微笑んだ殿下が、身体ごと振り向いて言った。

 

「ま、同じ学年で騎士科だからな。あと二年は一緒だろ」

 

 テオドアさまが、肩をすくめる。

 

「大事なお友だちですもの、離れたりはしませんわ」

「れりぃも、ここにいるよ」

 

 ふわりと笑ったリリアがわたしの右手と手を繋ぎ、レリィがわたしの左手を握って、ぱあっと微笑んだ。

 

鐘楼カリヨンで会いましょう、いつでも」

 

 アーサーさまが、頷いて目を細める。

 

 そんな周囲を見回して、ツェリがわたしを睨んだ。

 

「私がいつ、あなたが離れることを許したの?」

 

 ああ、なんて優しいひとたちだろうか。

 

 でも、だからこそ、恐怖も覚えた。

 

 彼らは、イェレミアス兄さまとは違う。きっと、鈴が鳴っても彼らは、手を離したりしない。

 

 だからこそ手を伸ばしたくなるけれど、だからこそ危険だ。

 だから、覚悟をする。

 

 いざと言うときに、無理矢理にでも彼らを突き放す覚悟を。

 

 こころのなかで暗い決意を固めながら、にっこりと、笑って見せた。

 笑顔は武器だ。どんなときも、わたしのこころを隠してくれる。

 

「ありがとう、ございます」

 

 握られた手を握り返して微笑んだわたしへ、ろくにん分の笑顔が返された。

 

 

 

 次の日渡された、約束の写真。

 

 笑顔のわたしに後ろから抱き付かれたアリスが、かすかながら微笑んでいる。

 

 まるで、仲の良い姉妹を写したかのような写真。いや、わたしは男装だし、兄妹かな?

 劣化防止が施されたそれを、写真立てに入れて飾る。

 その隣には、ハロウィーンのときの写真が飾ってあった。仮装したツェリたちとの集合写真に、黒猫のきぐるみなわたしが白服のアーサーさまとレリィに挟まれた写真。どの写真でもみんな、笑っている。

 

 これが決意で、目標だ。

 

 誰も、欠けさせたくないし、泣かせたくない。

 

 ツェリも、リリアたちも、アリスも、笑って過ごせる、未来を。

 

 夢で見たような終焉には、絶対にしない。みんなが、笑える、結末を。

 

 …たとえそのとき、隣にわたしがいられなくなっていたとしても。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


前話の更新からひと月経過していると言う恐怖…((((;゜Д゜)))


また投稿に間が空いてしまう可能性が高いのですが

続きもお読み頂けると嬉しいです

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