取り巻きCと罌粟の花
取り巻きC・エリアル視点
エリアルさんが高一→高二に進級する辺りのお話
すごく短いです
ふと気が付くと、ベンチで眠っていた。
花に埋もれるように置かれた、木製のベンチ。
そよそよと吹く風に揺れるのは、罌粟の、花?
起き上がり、辺りを見回す。こぢんまりと生け垣に囲まれた、隠れ家のような庭園。花壇を埋めるのは、色も形もさまざまな、罌粟の花だった。
こんにちは、取り巻きCことエリアル・サヴァンです。
ちょっと寝起きで状況が掴めていないのだけれど、どうやら知らぬ間に見知らぬ場所でお昼寝していた、みたい…?
少し離れた位置に高等部の校舎が見える。クルタス王立学院の内部は把握しているつもりだったのだけれど、まだ知らない所があったのだね。
時計を見るとちょうどお昼休みの始まる時間だった。午前の授業を、さぼってしまったようだ。
ツェリと昼食を摂る予定を思い出して、いつものサロンに向かうことにする。
校舎に向かう途中で騎士科の三年生たちと擦れ違った。挨拶をすればいつもなら返してくれるし、少し雑談になったりもするひとたちなのに、今日はなぜか他人行儀な挨拶だけで通り過ぎられる。
「?」
少し寂しい気持ちを覚えつつも、ツェリを待たせまいと足を進めた。
心なしか、いつもより廊下が広く感じる。
貴族向けの建築なため天井は高いのだけれど、それにしたってこんなに高かっただろうか。
しかも、お昼休みが始まったばかりだと言うのに、廊下にひとが少ない。と言うか、ひとの気配が薄い。
貴族の息女たちの学校だから、日本の高校と比べれば生徒たちのお行儀はよろしいかもしれないが、それでも、こんなに静かではなかったはず。
これでは、まるで…。
浮かびかけた考えを、ふるふると首を振って吹き飛ばした。
そんなはずはない。そんなはずは、ない。
早くツェリの顔が見たいと、足を早める。
気は急いて急ぎ足で歩いているはずなのに、大きな廊下を歩く速度は阿呆みたいに遅く感じられた。
心の動揺のせいだろうか。なんだか、世界がよそよそしく感じられる。
廊下を歩いていればいつもなら、誰かと挨拶を交わすものなのに、今日に限っては誰からも声を掛けられない。
「あ…」
馴染んだ顔ぶれを見つけて、思わず安堵の声が漏れた。
「殿下、テオドアさま」
廊下の端にいたふたりに、微笑んで声を掛ける。
声に気付いたふたりが顔を上げ、首を傾げた。彼らの浮かべる表情に、違和感を覚える。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
「…こんにちは」
挨拶に挨拶は返してくれたものの、対応は堅い。
あれ?と思っていると、殿下から問い掛けられた。
「それで、なにか私たちに用事かな?」
「昼食は、お摂りにならないのかなと思って」
まだ食べない理由を教えてくれるか、今日はどこで食べると言う話になるか、一緒にサロンに行こうかと誘われるか、どれかだと思っていた。
「それがきみに、なにか関係があるのかい?」
けれど返されたのは、全く違う答えで。
馴れ馴れしい、と言われた気がして、とっさに謝罪する。
「いえ、そうですね、申し訳ありません。出過ぎたことを、申しました」
そんなことはないよと、取りなしてくれる声はない。
「ご歓談のお邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした。失礼いたしますね」
一礼して、その場を辞する。呼び留められることもなく、まるでなかったもののように、流された。
これが、普通の対応だ。
そう、頭ではわかるのに、痛い。
わたしは単なる子爵令嬢で、本来なら王太子や公爵子息と気安く話して良い立場にない。
そんなことも、失念していた。それくらい、殿下やテオドアさまから、優遇されていた。
今までの扱いが、異例なのだ。
けれど、わたしはなにか、まずいことでもしただろうか。
考えるが、思い当たることはない。
異常が通常に戻っただけ、そう言ってしまえば、それだけなのだけれど。
いつの間にか、贅沢になっていたのだろうか。
小さく、ため息を漏らす。
ツェリに会いたくて、堪らなくなった。
早く、サロンへ。
その途中で、目立つ二人組に会う。
菫色の髪と、青銀の髪。ラース・キューバーと、マルク・レングナーだ。
同じ派閥同士交流がないわけではないようだが、学科が違うので校内で一緒にいるところを見ることは少ない。
捕まりたくない。思ったわたしにはちょうど良い組み合わせだ。ラース・キューバーといるときは、マルク・レングナーもあまりちょっかいを掛けて来ない。
足早に通り過ぎようとしたわたしを、マルク・レングナーが見下ろす。
「やー、キミ、可愛いねー。ちょっとボクとお茶しなーい?」
相変わらずの軽薄な態度。けれど、いつもとは違う。
知らず困惑した表情でも取っていたのだろうか。にっこりと優等生の微笑みを浮かべたラース・キューバーが、穏やかな口調で言った。
「彼の言葉は冗談ですから、お気になさらなくて大丈夫ですよ。お急ぎのようすに見えました、どうぞ気にせず、行って下さ、い?どうか、しましたか?」
「い、いえ。お気遣い、ありがとうございます。失礼いたします」
言葉の途中でわたしの驚愕に気付いたらしいラース・キューバーが問い掛けるのに、ぷるぷると首を振って答える。慌てて頭を下げ、逃げるように立ち去った。
おかしい。これはさすがにわかる。絶対に、おかしい。
ラース・キューバーが、わたしに愛想なんて向けるはずがない。思えばマルク・レングナーの対応も、あれば完全なる外面だ。わたしの説得が効いているのか魔法こそ駆使していないものの、あれは明らかに、どーでもいー相手向けの対応だ。試行錯誤してどうにか友達になろうとする対応じゃない。
「あらまあ!可愛らしい方ですね!」
掛けられた聞き覚えのある声に、振り向く。
黄土色の髪をポニーテールにし、眼鏡を掛けたご令嬢。
「モーナさま」
呟いた言葉に、モーナさまは瞬間目を見開いてから、微笑んだ。
「ワタクシの名前をご存知なんて、嬉しいです。あなたのお名前も教えて貰えるかしら?」
今度はわたしが、目を見開く番だった。
だって、これでは、まるで、
彼女がわたしのことを、知らない、みたいではないか。
「…ぁ、えっと」
モーナさまを見上げて、言葉に迷う。
彼女はわたしが、どう、見えているのか。なんと答えるべき、なのか。
「申し訳ありませんが、急いでいますのでまた今度」
結局正解は思い付かず、さっと目を逸らして逃げ去った。
忘れられて、いる?そんな、馬鹿な。
けれど、そうだとすれば、いろいろなことに説明が着く。
もはや駆け出したい気持ちで、サロンへの道を急いだ。早く、早くツェリに、会いたい。
廊下でリリアやピア、レリィやアーサーさままで見たけれど、とても近付いて声を掛ける気にはならなかった。だって、いつもなら声を掛けずとも気付いてくれる方々が、今日はまるで赤の他人のよう。
緊張のせいか、体力が落ちたのか。
どうにかサロンの前に着いたときには、完全に息が上がっていた。疲れきって震える足で扉に歩み寄り、息も整えずノックして開ける。
サロンにいたのは、ツェリだけだった。
紅茶色の髪を揺らしてこちらを向き、くいっと首を傾げる。それは、サロンの中だと言うのに、余所行き顔で。
聞きたくない。
そう、思ったのに、ツェリの投げる言葉はわたしへと突き付けられた。
「…あなた、誰?」
ツェリの背後の窓で、花瓶に入った罌粟の花が揺れていた。
A HAPPY NEW YEAR !!
(以下追記、2016.04.02)
お読み頂きありがとうございます
このお話はエイプリールフール用のドッキリ企画でした
(°□°;)!?となった方申し訳ありません
異常な展開にはなりませんので
安心して次話にお進み下さい<(_ _)>




