取り巻きCと初合宿 裏話 そのに
三人称視点/悪役令嬢・ツェツィーリア視点
裏話そのいち三人称視点の直後のお話と
後日談の前半と後半の間のお話
長くなり過ぎたので次話に続きます<(_ _)>
班長副班長の報告会のあと、ウルリエたちのほかいくつかの班の班長副班長たちも集まって、学内のカフェテリアに向かう。カフェテリアと言ってもそこは高校生向けのもの。女生徒向けの軽食やお菓子類から男子高校生向けの特盛りメニューまで取り揃えた、体育会系にも優しいカフェテリアである。
がっつりメニューを並べる周囲と比較してあまりに少ない食事を自分の前に置いたウルリエ班の副班長、ゴッドフリート・クラウスナーが前に座ったラファエルに目を向ける。
「にしてもラフ、きみってば懲りもせずにまた、蜥蜴料理なんてネタを投下したのかい?よくまあ、ブルーノに怒られなかったな」
「ブルーノが怒る前に、エリアルが存分に騒いでくれたからな。しかもエリアルが責めたのは、私じゃなくほかの面々だった。なぜ、止めてくれなかったのか、と」
「それは…ラフについてよく理解しているね」
遠い目をしたゴッドフリートにラファエルの右に座ったスタークが頷く。
「ラフにはなにも言わず、俺やパスカルを責めていた。それでも捨てたりせずに、料理してくれたが」
「蜥蜴とか、見るのも嫌がるやついるよな」
「それを、騎士科とは言え女の子に調理させたのかい?大きさは?」
「…尻尾も含めて一.五メートル、と言ったところだな」
「…それを、女の子に、調理させたのかい?」
「内臓は、抜いてあった」
ひとくちに飛蜥蜴と言っても、大きさはピンキリだ。劣翼竜一歩手前の大型のものもいれば、指でつまめるような小さなものもいる。
てっきり小動物程度の大きさのものだろうと思っていたゴッドフリートが、思わぬ巨体を告げられて胡乱な目になる。
ぼくだったら絶対に料理したくない、そう言いたげな目で見つめられて、スタークはそっと目を逸らす。さらに見た目がグロテスクな野草やきのこまで調理させたとは、とても言えなかった。
「サヴァン、すごく良い子じゃないかそれ…」
「ああ。その通りだ。と言うか、俺の班には出来た班員しかいなかった…副班長を除いてな」
「なんだそれ!のろけか!自慢か!!」
スタークの前に座ったウルリエが叫ぶ。それに肩をすくめて、スタークが言った。
「正直な感想だ。全員協力的で、真面目だった。…副班長を除いて」
「除くな」
むっとして反論したラファエルを、スタークが睨む。
「夜番中にエリアルの膝枕で眠っていたのは、どこのどいつだ」
「…私だな」
「ちょっと」「おい」
かすかに目を逸らして自白したラファエルを、ゴッドフリートとウルリエが半眼で睨む。周囲で聞いていた生徒たちも、呆れたり睨んだり、ラファエルに非難の眼差しを向けていた。
「あの黒猫の膝枕とか、羨まし過ぎるだろ」
「突っ込むところはそこじゃないよな!?」
思わずと突っ込んだひとりに、ゴッドフリートがすかさず突っ込む。
「夜番中に先輩が寝てどうするんだい!まったくもう、後輩に示しが付かないじゃないか!」
「…安心しろ、そのあときっちり、ブルーノがオハナシした」
「それにしたって、可哀想に、戸惑ってたんじゃないかい?」
エリアルは女の子と言う意識が強いのだろう。ゴッドフリートがエリアルを案じるようすを見せた。
「いや、あとで訊いたら、戸惑ったと言うより起きなくて困った、だそうだ。べつに膝を貸すくらいは構わないが、見張り中なのでなにかあったときに魔法で吹っ飛ばして良いのか迷っていたらしい」
「膝を貸すくらいは構わないって、令嬢が軽々しく言って良い台詞じゃないよな?」
「ミュラーが遠い目で、アルだから、と言ってた」
「…分類:エリアルなのか、ミュラーの中で」
「おそらく殿下、と言うか結構な生徒の中でも、分類:エリアルだと思うが」
「それもそうだな。つか、分類:黒猫だろ、あいつ」
ウルリエの意見に周囲の数人がうんうんと頷いた。大人数での雑談なので好き勝手しゃべってもおかしくないのだが、やはり興味が行くのはスタークの班らしく、みなスタークたちの会話に注目していた。
「にしても、王太子に公爵家ふたりと侯爵家に留学生までいて班長が伯爵家、副班長が子爵家と来りゃ、指示に従わねぇ無法地帯になってもおかしくないところを、問題児はウルだけとか恵まれ過ぎだろ」
「ああ、そうだな。と言っても、ある意味エリアルも問題児だったが…」
「ん?ああ、足手まとい発言だもんな」
それが引っ掛かっていたのだろう。ウルリエがわずかに眉を寄せて言った。
「いや、それではない。俺はその発言を、聞いていないしな」
スタークが首を振り、ウルリエの発言を否定する。
「その発言も本当だったとして、ブルーノが言った通り理由あってのことだと思う。意味もなくひとを否定するようなことを、言うやつじゃない。なんの気負いもなく他人を気遣えるやつだぞ?他人を、ましてミュラーを足手まといだなんて、言うはずがない。これはあくまで俺の推測だが、エリアルにとって他人は、“背負うべき存在”であって、“頼るべき存在”ではないのだろう。始めから頼ろうと思っていない以上、過度な期待もしないし失望もしない。元々気を使うべき相手でしかないのだから、足手まといとも思わない」
「…そいつは、普通に足手まといだと思ってるより悪くねぇか?」
「そうだな。だがそれは、責めるべきことなのか?幼少から大の大人を凌ぐ能力を持ち、化け物と恐れられて来た上でのそれは、エリアルにとっての防御手段とは考えられないか?」
少なくとも俺は、“エリアルだけを”責めるべきとは思えない。
スタークはそう言って首を振ると、少し寂しげに微笑んだ。
細く長く息を吐いて、ふたたび口を開く。
「俺がエリアルを見ていて問題だと思うのは、“出来過ぎていること”に対してだ」
「出来過ぎていること?」
「ああ。さっきも言ったが俺は、エリアルにとっての他人は“背負うべき存在”つまり、奉仕する対象だと思っている。その上で聞いてくれ。報告会やさっきの話はもちろん、今までの訓練でもわかる通り、エリアルは優秀だろう?優秀ゆえに、他人から多くを期待される。そしてエリアルはその期待に、応えられてしまう。他人に奉仕するのが当たり前だから、無理してでも他人の願いは叶えてしまうんだ。しかし周囲から見れば出来ておかしくないと思われる。だから次は、もっと高くを期待する。そしてその期待にも、エリアルは応えてしまう。心身をすり減らしても、エリアルはひとの願いを叶え続けるだろう。エリアルにとってはそれが、当たり前のことだからな。それが問題だ。エリアルは自分が無理をしているなんて自覚もなく、極限まで自分を追い詰めてしまうのではないかと、危惧している」
早起きと十人分の朝食作り。それも、食べ盛りの男子高校生七人を含む十人である。
エリアルは大したことでもないようにやってのけていたが、果たして本当に大したことでないのか。
頑張り過ぎるなと言ったスタークに、エリアルは大丈夫だと答えた。
「…勉強も武術も出来て料理上手で気も利いて人当たりも良い。そんな人間が、当たり前にいるか?俺には、造り上げられた偽物の姿にしか思えない」
「それは」
ゴッドフリートが小さく息を飲み、思い返すような間を開けてから苦笑した。
少し思い返すだけでも、エリアルがひとを手助けする姿や、優れた結果を残す姿はいくつも思い浮かぶ。そしてそれを、エリアル自身は当たり前の顔で行っているのだ。
「確かにそう言うところ、あるかもしれないな。なるほど、出来過ぎている、ねぇ。いつ崩れてしまうのかと、心配になる」
「周りが頼りきりにならねぇかも、心配だな。まあ、今回のお前の班ならば大丈夫だったろうが、下手な班長に預けたら、なにもかもエリアルに任せて怠けるようなことが、あり得るだろ」
「いや、今回も、料理に関して俺はエリアルに指示を一任してしまった。朝食も、作ることを止めなかったし…」
優秀だからと、頼り過ぎていたように思う。
悔いるように呟いたスタークの肩を、周りで話を聞いていたひとりが叩く。
「最初なんだからそれくらい良いだろ。気付いて直せば良いし、それくらいなら本当に苦じゃないのかもしれない。うちの班長みたいに目に余るやつ殴って強制送還にしてないだけ、スタークは良い班長だよ」
「…殴って、強制送還?」
聞き咎めたゴッドフリートが、唖然として問い返す。
自分の班長であろう生徒にちらりと目をやってから、問われた生徒は答えた。
「うちの班、二、三年は良かったんだが一年が酷くてな。ほら、報告の時、一年は論外で済ませただろ?全員が使用人連れて来た上に、文句たらたらで足引っ張りまくり。腹に据えかねた班長が、いちばん酷かったやつの横っ面を一発がつんと殴って、『真面目にやらんのなら今すぐ帰れ』って。肝冷やした一年は全員飛んで帰ったよ。まだ、目的地に着く前にだぜ?」
ああ、と頷いて他の生徒たちが会話に混ざる。
「どうも、王太子や公爵子息目当てのやつらがいたんだよな、騎士科生も普通科生も。うちの班でも、顔合わせるなり帰ったやつがいたよ。ま、こっちとしては足手まといがいなくなって良かったけど」
「あー、オレの班でもいたわ、そう言う馬鹿。んな実力不足で王太子と同じ班になれるわけないのにな」
生徒たちがスタークとラファエルを見て頷く。
「むしろ、殿下のいる班に普通科生が混ざってたことが驚きだったな。まあ、報告聞いて理由に納得したけど」
「すごい戦力ですよね。まあ、その分課題の難度も異常でしたが」
「私たちの班の話だけでもつまらん、お前たちの話も聞かせろ」
ラファエルが言って、そこからはそれぞれの演習合宿についての会話がわいわいと語られる。
無難な班もあれば、とんでもない班もあり、とんでもない生徒は同じ班にならないようにと、笑いながら祈られる。
貴族の子弟たちながら、そのようすは普通の男子高校生とさして変わらなかった。
「結論!やっぱりスーの班はずるい!!」
集まった生徒たち全員が自分たちの班について語り終えたところで、ゴッドフリートが叫び、どっと笑いが起こる。
「と言うかさ、普通科の女生徒がいる班は女子二人以上にする決まりだから三人いたのはまあ良いとして、全員可愛くて良い子ってどう言うこと!?全員当たり前のように野宿を受け入れるってどう言うこと!?ぼくらの班が野宿に、どれだけ、文句言われたと…!」
「エリアルは騎士科だし、ミュラーは経歴が、な。アロンソは、実家の家業上旅慣れていると言っていた」
「やっぱずるい!しかも、三人とも料理出来るんだよな!?なんだよ!うちの班の女子全員、料理にはちらとも協力してくれなかったよ!苦労して狩った獲物見て言った台詞は、気持ち悪いだ!!」
ゴッドフリートの心からの叫びに、数人がわかる、と頷いた。
一般的なご令嬢は、生肉なんて見たことがないのだろう。
「…ミュラーもアロンソも解体に参加したいと言ったな?」
「体力的な問題で手伝わせなかったがな。エリアルは普通に猪の喉を切り裂いて血抜きしていたし、ミュラーも鹿の血抜きを手伝った」
「と言うか、エリアルは自分から鹿の解体に志願しただろう。私は見ていないが、手際はどうだったんだ?」
「俺も見てはいないが、手伝っていたパスカルとブルーノ曰わく、かなり上手いらしいな。ブルーノほど手早くはないが、ためらいもなく手慣れたようすだったと」
「なにそれ、自慢!?」
だんっと机を殴ったゴッドフリートを、ウルリエがまあまあとなだめる。
感心したように、言った。
「そう言や蜥蜴も解体したんだったな?なんか、びっくりするくれぇ多能だなほんと」
「ああ。専門的に学んだ者に比べれば劣るのだろうが、広く知識も技術も持っている。こう言う言い方は良くないだろうが、便利なやつ、だと思う」
「んー、同じ班になるのが、望ましいような、恐いような」
ぽりぽりと頬を掻くウルリエに、わずかながら微笑んだラファエルが言う。
「少なくとも、馬鹿と同じ班になるより千倍良い。役立つし、料理も美味いし、性格も良いからな。可愛いぞ」
「…ずいぶん気に入ってんな、ラフ」
「生卵が、大好きらしい」
「…あー」
なるほど、とウルリエが苦笑する。
「ご令嬢だと、ギーセラさん以来か?生卵が好きだって言った女は」
「そうだな。驚いた」
この世界では卵の生食文化が発達していない。バルキア王国で生卵を食べることは、日本で言えば家畜の脳味噌やカタツムリを食べるようなものだ。食べられるとしても、強い拒否感を覚える人間が多い。
特に花よ蝶よと可愛がられる温室育ちのご令嬢ならば、生卵を食べろなんて言われれば悲鳴を上げてもおかしくないもの。
しかし自領の特産品を、気味悪がられるのは悲しいもので。
欲しいと願いあまつ大好きとまで言って貰えれば、嬉しくないわけがなかった。
「そりゃ、気に入るな。ん。わかった。もしサヴァンと同じ班になっても、先入観なしでほかのやつと同じように接するぜ。又聞きの話で判断しねぇで、おれがちゃんと見て判断する」
「そうしろ。…その方が、きっとスーやブルーノの言葉も理解しやすい」
ウルリエは直情的なところもあるが、素直だ。にっと笑って発された言葉に笑い返して、ラファエルは頷いた。
少なくとも、今回の班員全員が、エリアルを気に入っているのだ。たったひとことで嫌なやつだと判断するのは、勿体ない。
「ブルーノもエリアルを気に入っていたからな。悪いやつじゃない」
そのまま流れでラファエルが口にした言葉で、その場に震撼が走った。
信じられない…と言いたげに、ゴッドフリートが問い掛ける。
「気に入った、って、ブルーノが?女の子を?」
「?、そうだが?」
よく意味を理解していないようすで肯定したラファエルから、スタークへ周囲の視線が移る。
余計なことを…と言いたげに額を押さえたスタークの態度が、なによりの答えだった。
「嘘だろう!?だって、ブルーノだよ!?」
ここに集まっているのは騎士科でもスタークたちと親しい人間ばかり。すなわち、ブルーノの本性を多少なりとも理解している面子。
女嫌いを理解しているからこそ、騎士科とは言え女生徒を気に入ったと言う台詞に、驚きを隠せないのだ。
周囲の驚きの意味も、スタークの苦い顔の意味も理解していないきょとんとした顔で、ラファエルが首を傾げた。
「ブルーノがエリアルを気に入ると、なにかおかしいのか?」
「いや、だって、」
「ブルーノもエリアルも、普通の人間だろう。相性が良かったなら、親しくなってもなにも不思議はない」
ラファエルの言葉に一同、意表を突かれたように黙り込んだ。
ゴッドフリートが、うん、と頷いて決まり悪そうに口を開く。
「そう、だね。うん、ごめん、馬鹿なこと言った」
聖女だなんだと言われていても、ブルーノだって普通の高等科生だ。女の子を気に入ったくらいでごちゃごちゃ言うのは、失礼だろう。
「と言うか、驚くべきはサヴァンの篭絡術じゃないか?何人目だよ、いったい」
「それは、確かに」
ひとりの言葉で話は逸れ、それからも賑やかに明るく、生徒たちの交流は続いた。
ё ё ё ё ё
いったい、なんの用事なのかしら。
首を傾げつつ、案内されるまま城を進む。エリアル伝いで決められた導師からの呼び出し。私には、少しも思い当たる理由がなかった。
十中八九エリアル絡みだとは思うけれど、そのエリアルにとんと会っていないのだ。
エリアルを通して連絡が来たのだから、エリアルに知られても良いことなのでしょうけれど。
腕を組んで、うーんと唸るものの、やはり理由なんて思い当たらない。
まあ、行ってみればわかるわよね。
そう考えて通された部屋で、私は思い掛けぬ相手と顔を見合わせることになる。
こちらに背を向けて座る、鉄紺の頭。
「…メーベルト先輩?」
「ん?ああ、ミュラー嬢かぁ。こんにちはぁ。今日はきみも呼ばれたんだねぇ」
振り向いたメーベルト先輩は、ふわりと花が綻ぶように笑った。
エリアルではないけれど、確かに少し女性らしさを感じさせるひとだと思う。顔立ちは、決して女性的ではないし、動きが女らしいと言うこともないのだけれど、醸し出す雰囲気に、母性のようなものが混じっているのだ。
四人姉弟で上全員女と言う環境が、そうさせたのだろうか。
メーベルト先輩の横の椅子に腰掛けながら、挨拶を返す。
「こんにちは。今日は、と言うことは、メーベルト先輩は別の日にも導師に呼ばれたのかしら?」
「うん。数日前にねぇ。僕がどれくらい使える人間なのか、見極めたかったみたい。今日も呼ばれてきみも一緒ってことは、認められたのかなぁ?」
認められた、それは、たぶん、エリアルのそばにいる者として。
エリアルが望んでそばにいる私と、自分の望みでエリアルのそばにいるヴィックたち、私たちは得られていないであろう筆頭宮廷魔導師からのお墨付きを、彼は得られたと言うのだろうか。
「…どうかしら。導師の考えは、私にはわからないわ。今日呼ばれた理由も、聞いていないし」
「そっかぁ。僕も、なんで呼ばれたのかはわからないなぁ。エリアルに会えると良いなぁとは思っているのだけどねぇ」
「アルに、なにか用事が?」
「うん。演習合宿の提出物が帰って来たからぁ、ギャドを渡したくてぇ」
そう言えばメーベルト先輩は、馬鹿みたいに大きなギャドの結晶をエリアルにと言っていたか。
それにしても、提出物の返却はもっとあとだと思っていたのに、意外と早い。
疑問を口にすると、メーベルト先輩は微笑んで理由を教えてくれた。
「なまものもあるから、出来るだけ返却を急いでくれるんだよぉ。それとぉ、あまり評価に時間を掛け過ぎると、次の演習合宿や学期までの間がなくなって忙しくなるからねぇ。先生たちも馬鹿じゃないから、後処理はさっさと終わらせちゃうんだよぉ」
「それは…合理的と言うか、なんと言うか」
「毎年のことだからねぇ。取り仕切る先生が新任とかでもない限り、手際は良く進むよぉ」
…メーベルト先輩って、どこからこう言う情報を仕入れているのかしら?
「ふふ。先生たちも、僕の患者さんだからねぇ。学院内の情報には、それなりに詳しいよぉ?」
私とは違う情報網を持っている、と言うことだろうか。エリアルもエリアルで個人的な情報網を持っているらしいし、私とエリアルとメーベルト先輩がさんにんで情報を出し合ったら、クルタス内のかなりの情報が仕入れられるのではないだろうか。
さらにヴィックとアーサーの情報まで加えたら、少なくとも中等部と高等部の情報は、網羅出来る気がする。
『良いですか、ツェリ、情報と言うものは、戦いにおいてなにより重要なものなのです』
エリアルの言葉を思い出して、少し目を細める。どんなに肉体を鍛えた猛者が相手でも、情報さえ巧く扱えば倒せると、エリアルは言った。
ときにペンは、剣よりはるかに強くなるのだ、ときに心ひとつで、ひとは死んでしまうのだ、と。
今思えばなんとも、エリアルらしい言葉だと思う。心ひとつでひとを殺す、まさにエリアルの持つ魔法そのものだ。
エリアルはいったいどんな気持ちで、この言葉を口にしたのだろうか。
「ミュラー嬢?どうか、」
私の皮肉げな笑みに気付いたメーベルト先輩が問いを発しきる前に、部屋の扉が開かれた。
「悪ぃな、待たせたか」
くるくると癖毛を奔放に跳ねさせた青年が、ぐしゃぐしゃな頭をさらにぐしゃぐしゃと掻き混ぜながら言う。…どう見ても二十代程度にしか見えない彼が、この国の筆頭宮廷魔導師だと言うのだから、ひとは見掛けで判断出来ない。
「いえ。それほどでもないですよ」
「こんにちは、グローデウロウス筆頭宮廷魔導師さま」
メーベルト先輩が立ち上がって導師に挨拶するのに合わせて、私も立ち上がって頭を下げる。
見た目がどうあれ彼はこの国の重鎮。礼節を失うわけには行かない。
「堅苦しい挨拶は良い。ツェツィーリア、取り敢えずちょっと頭診せろ」
「頭…?」
首を傾げているあいだに導師は私へと歩み寄り、身長の割に大きな手で私の頭を掴んだ。
くるりと一度、頭を掻き混ぜられたような感覚。ざわざわと粟立つような感覚が、頭から胸、手足の先へと広がる。ぐらりと揺れた身体は、導師に支えられた。
「ん。問題ねぇな」
なにをしたのかまったくわからないが、なにやら納得した顔で導師が頷いた。
指先に残る違和感に、ぎゅと両手を握り合わせる。
「エリアルの魔法を受けた後遺症がないか確かめていたんだよぉ。精神攻撃の爪痕は、気付かず放っておくと大問題が発生する危険性があるからねぇ」
説明不足どころか皆無な導師に代わって、メーベルト先輩が小声で説明してくれる。
…さすが普段から医療に携わっているだけあって、気遣いが上手い。
「後遺症がないか確認するために呼んだんですか?」
「エリアルには、そう説明したな」
引っ掛かる答え。それは、つまり、
「実際の理由は異なる、と言うことでしょうか」
私が考えた内容そのままを、メーベルト先輩が口にする。演習合宿中も思ったが、ほんわかしているのは雰囲気だけで、頭の回転はかなり速いひとなのだろう。エリアルは気付いていなそうだが、決して綺麗なだけのひとではない。
メーベルト先輩の問いに、導師は頷かないまま椅子に腰を下ろし、
「…ああ、エリアルがいねぇんだったな。ちょっと座って待て」
腰を下ろしかけて、思い出したようにそう言って壁際に歩み寄った。戸棚からティーセットを取り出して、適当な手付きでポットに茶葉を放り込む。エリアルが見ていたら、物申しそうな雑さだった。お湯は入れずに蓋を閉め、机へと運ぶ。カップを並べてポットを傾ければ、薄い琥珀色のお茶が注ぎ口から流れ出た。
息をするように魔法を使う。私だって水魔法の天才と言われているらしいが、目の前の彼の域にはとても到達出来ていない。
お茶を淹れてくれたのは恐縮だけれど、さっきの言葉、きっとこのところお茶の時間はいつもエリアルに淹れさせていたんでしょうね。私のエリアルのお茶を、毎日。
自分で淹れた紅茶を飲んですこし顔をしかめてから、導師が言う。
「お前ら、エリアルのそばにいるのをやめろ」
かちゃん
思い掛けない言葉に手元が狂い、手を伸ばしかけていた茶器が音を立てる。
幸い、こぼれはしなかったが、そんなことはどうでも良い。
「お断りよ!あなたがなんと言おうと、私はエリアルを離さないわ!!」
格上の相手と言うことも忘れて噛み付く。立ち上がって、机越しに導師の胸ぐらを掴む。
「今すぐエリアルを連れて来なさい。国も権力も関係ないわ!あなたや国の手から、即行エリアルを連れ出してやるわ」
「…はぁ」
私に胸ぐらを掴まれた導師が、やる気なさそうにため息を吐いた。
「なによ」
「お前らはなんでそう、お互い依存してんだよ」
吐き出された言葉に、視界が赤く染まる。
お前に、お前にだけは、言われたくない。
「私にはエリアルしかいないのよ!あなたと違って!」
エリアルだけ。エリアルだけだ。
魔法がなくても、世間すらろくに知らない平民で、大罪人の娘のツェツィーリアでも、私に価値を見出してくれたのは。母のような無償の愛を、私に向けてくれたのは。
私の手を、必要としてくれたのは。
その手を離さないためなら、なんだってやる。たとえそのために、ほかの全てを捨てることになっても。
今持っているのは全部後付けのもので、私が私として手に入れられたのは、エリアルただひとりだけだ。
サヴァンの魔法だとか、高い能力だとか、そんなもの、本当は全部関係ないのだ。エリアルが、私になにもしてくれなかったとしても、構わないのだから。
ただ、惨めでちっぽけなツェツィーリアに、どうか拾って欲しいと、言ってくれただけで。ツェツィーリアに、生きる意味を与えてくれただけで。
エリアルがいなくなったら、きっと私は生きる理由すらわからなくなる。
それを依存と言うのなら、私はそれで構わない。
「エリアルにとってのあなたや私が、私にとってのエリアルなのよ」
小さなエリアルの手を掴んで抱き上げたのがヴァンデルシュナイツ・グローデウロウスで、小さなエリアルと手を繋いで歩き始めたのがツェツィーリア・シュバルツだったように、小さなツェツィーリアに手を繋いで欲しいと願ったのが、エリアル・サヴァンだったのだ。
それはまるで、生まれたばかりの雛が、“親”を認識するように。
この手を離してはいけないと思って、なにがいけないの。
「俺と、同率に置くのか?お前が上、じゃなく?」
「…あなたがいなければ、きっと今のエリアルはいないわ」
幼少期のエリアルの生活を、詳しくは知らない。けれど言葉端や、家族に対する対応から、決して恵まれたものでなかったことはわかる。
幼少期のエリアルを支え、育てたのは、家族ではなくヴァンデルシュナイツ・グローデウロウスなのだろう。
そこは、感謝すべきなのだ。
ふたたびため息を吐いて、導師が私の手を離させる。
「とにかく離れる気はねぇってことだな。ブルーノは」
「…申し訳ありませんが、エリアルから離れるつもりは、ありません」
導師を見返してメーベルト先輩が言った言葉を、少し意外に思う。
彼は家族や領民を、捨てられない人間だと思っていた。
「家族や領民は良いのか?」
「…幸せになれと」
メーベルト先輩は、堂々と微笑んで言った。
「幸せになれと、姉が言うんです。両親や、友、領地の大人も。だから僕は、僕のやりたいことを、家族や領民を理由に諦めたりしません。諦めてしまえば、僕の幸せを願ってくれるひとへの、裏切りになりますから」
私とは、私たちとは、違うひとなのだと思った。
彼は周りから愛されて育ち、その愛を信じられるのだと。
愛を信じられるからこそ、手を離せるのだと。
…なんて眩しいのだろう。羨む気持ちも感じなくはないけれど、そんなもの吹き飛ばすくらいに、感服してしまう。眩しさに、目が眩むのではなく心が溶かされる。まるで、春の日溜まりのようなひと。
「自分の幸せのために、家族や領民を捨てると」
「いいえ?」
にっこりと笑ったメーベルト先輩が、不敵に言う。
「どちらも、諦めません。エリアルを掴まえたまま、家族や領民にも手を伸ばします。僕は、わがままですから」
ああ。
なんて馬鹿なと思う前に、格好良いと思わされてしまった。
姐さん格好良いと、繰り返していたエリアルの気持ちを理解する。
そうね、エリアル。メーベルト先輩は、確かに格好良いわ。
「そうか」
頷いた導師が、三度目のため息を落とした。…少しは幸せを逃がせば良いと思う。この男は。
「まあ、そう言うだろうと予測はしてたが」
呆れたように、肩を竦めて頭を掻く。
「どんなことがあっても離れる気はねぇ。それで良いんだな?」
「当然」「はい」
頷いた私たちに、導師が視線を厳しくする。それは演習合宿のときに、私たちの覚悟を問うたときのような気迫で。
「なら、これから見るものを見たあとも、同じ言葉を吐け。エリアルを、決して恐れるな。それが出来たら、認めてやる」
なんて上から目線。けれど彼は、それが許される立場を持っている。
それにこれはきっと、エリアルのための言葉だ。彼は明らかに、エリアルを、いや、エリアルだけを、大切にしている。
「受けて立ちましょう」
私は導師の目を見据えて、きっぱりとそう言った。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
そして続くのにごめんなさい
次のお話の投稿までにまた時間が空いてしまうと思います
間が空いてしまっても続きをお待ち頂けると嬉しいですm(__)m




