取り巻きCと初合宿 後日談
取り巻きC・エリアル視点
合宿後のお話です
裏話そのにより先に後日談を
違いは主観がエリアルさんか否かです
グロ&メシテロにご注意下さい
「おっにく、おっにくぅー♪」
ふんふんと歌いながら、巨大な爬虫類たちを解体する。
どうやったら効率的に作業出来るか、複数個体を並行して行える作業はないか。大きな肉切り包丁を振るいながら、思考を巡らせる。
効率良く作業が進むようになると、今度は調理法に思考が飛ぶ。
基本的に、鶏肉の類似品と考えるとして。
「かっらあげ、てんぷら、たっつたあげー♪やっきとり、つっくね、くりーむしちゅー♪ちきんかれーがーたっべたいなー♪」
そうだ、カレーを作ろう。
スパイスの調合に関してなら近い味までは表現出来ているのだから、道はそう遠くないはず…!
チキンカレー食べたさに、わたしはカレールウの作成を決意した。
爬虫類との戦いからこんにちは。ただいま謹慎期間中につき愛しのお嬢さまに逢う時間さえ取れず取り巻き失格気味なエリアル・サヴァンです。
合宿後にわんちゃんのところへ向かったわたしは、盛大な雷を落とされたあとで夏期休暇中の軟禁を言い渡された。必死の交渉の末演習合宿への参加許可だけは勝ち取ったが、それ以外は行動制限を科せられる。
と言ってもまあ、やれと言われたことをこなせば、あとの行動は外出と外部との交流以外自由なのだけれど。必要なものはわんちゃんが手配してくれるし、城にある貴重な文献をばんばん読ませて貰えるし、実はそこまで悲観する状況じゃない。
外出と外部との交流に関しては完全に制限されて、わんちゃんから半径五百メートル以内から出られないし、手紙も一切送れないのだけれどね。ツェリと繋がる方の通信石も没収されたので、わんちゃんの許可がないとツェリとのおしゃべりも出来ない。わんちゃんの生息地はお城とそこに付属する官僚宿舎なので、基本的に城内から出られず、室内犬にでもなった気分だ。
室内犬じゃなくて、室内猫だろうって?わたしは猫ではないから!
せめて、あれだよ、お座敷虎的な。猫じゃなくて、黒豹とか、狼とかさ。がおー。
やめてそんな残念なものを見る目で見ないで。
…こほん。外出出来ないことやツェリに連絡出来ないことを嘆いていてもなんにもならないので、全力で有意義に過ごさせて貰っている。筆頭宮廷魔導師さまの待遇は素晴らしいので、そのおこぼれに与れる環境は決して悪いものではないのだ。具体的にメリットを上げると、なんと言っても卵と乳製品が比較的自由に得られることだね!
また食べものかよって、いやいや、数百円でいつでも卵と牛乳が手に入る前世の便利さで感覚が麻痺しているからこの感動がわからないのだよ!家畜の繁殖や生理に対する技術が前世に比べて未発達なこの世界では、繁殖が不可欠な卵やミルクの生産が安定しておらず、その上、冷蔵は氷室、輸送は馬車だからね。卵は高級品、ミルクは季節ものなのだよ!
…保存に関してはお金に糸目を付けなければ、魔道具と言う前世よりも便利なものを使えるけれどね。高いから!高いから!!
でも、わんちゃんならそのたっかい魔道具も使える。高級品も、あっさり手に入れられる。
わんちゃんお手製の魔動冷蔵保存庫には、いつもわたしのために卵と牛乳がストックされていて、自由に使って良いことになっているのだ!ありがとうわんちゃん!!
って、ごめん、話がずれたな。
日によって、と言うか、時間によって、勉強したり鍛錬したりお裁縫したりお料理したりと自由に過ごし、悠々自適なペット生活を送っている。たまにわんちゃんからお役目を与えられて予定が狂うこともあるが、狂って困る予定でもない。
不満がないわけではないけれど、耐えられないものではない、って感じかな。若干ツェリシックだけれど。
契約を破った罰なのだから、仕方がない話だ、とも言う。要は、自業自得ですね。
無茶した理由に関しても、声高の声がした、で納得して貰えた。
ただし、問題発生の時点で連絡しろこのクソガキと怒られはした。
わたしも焦っていたのです!と主張したら、虚を突かれたような顔をされたのは、どうしてだったのだろう…。しかも以来、わんちゃんがなんだかちょっと優しい。いや、わんちゃんは元々口が悪いだけで優しいのだけれど、いつにも増して優しいと言うか、スキンシップが多いと言うか。
わんちゃんのおっきな手に触れられるのは好きだから、それはそれで良いのだけれどね。理由が気になるよ、理由が。
まあとにかく、そんな感じでモモについてはばれることなく事態は進んでいる。
モモについてもっとちゃんと訊きたいのだけれど、リスク回避のひとことで、とりさんがモモと一緒に引き籠もってしまい、合宿以来まともに話せていない。
ぶっ倒れたのは取り込んじゃったときだけだし、身体に異常も見られないから、とりあえずは大丈夫なのだろうが、この点は不満かな。きっと、わんちゃんがそばにいる限り、とりさんはモモをわたしの意識表層に連れて来ないだろう。ああ見えて、と言うと失礼かもしれないけれど、とりさんは結構用心深いのだ。
となると、またモモに会えるのは早くても第二回演習合宿。遅ければ夏期休暇が終わるまでお預けになるだろう。それまでにもう少し竜について知っておこうとこっそり文献を調べようとしているが、あんまり露骨に調べると怪しまれかねないのでなかなか難しい。竜に関する文献はあまり民間へ出回っていないから、お城にいるうちに出来るだけ調べてしまいたいのだけれど。
その、カモフラージュとして思い付いたのが、大量虐殺した翼持ちの爬虫類たちだ。あの洞窟の本当に近辺ならばともかく、隣の山とかまでなると駆け付けられるのは翼を持つ獣たちばかり。そして、その中でも取り分け強力なのが堅い鱗に爪や牙を持つ爬虫類たちなので、洞窟内にいたのは主に翼持ちの爬虫類だった。
飛蜥蜴に劣翼竜、亜翼竜と大きさもさまざまな蜥蜴たちが、見本市が開けそうなほど多種多様。
殺してしまった以上せめて無駄にせず利用しようと考えても、蜥蜴に詳しくないわたしは良い利用方法がわからない。ゆえに翼持ちの爬虫類について、詳しく調べたい。
この言い訳を根拠に、蜥蜴のついでにちゃっかり竜まで調べることにしたのだ。
曲がりなりにも竜と付いている生きものなのだから、調べている途中に竜が気になってもね、おかしくないと思うの。
そうして調べた知識を元に、ただいま蜥蜴たちを解体しているわけです。
毒のある種もいるけれど、飛蜥蜴も劣翼竜も亜翼竜も、お肉に関しては害も益もなく普通に食べられるそうな。丈夫な皮は鞄や靴、防具の材料として有用で、爪や牙、骨も丈夫なので細工物や装飾品として利用出来るそうだ。
亜翼竜や劣翼竜となると相手が大きいので解体も重労働なのだが、そこは剣と魔法の世界。魔法をばんばん利用して、ちゃきちゃき捌いて行こうと思います。
…もっと生きものに敬意を払えよって思うかな?だかしかし、一体一体大事に扱うには、あまりにも数が大過ぎるのだよ。我が所業ながらよくこれほど殺したなと。もう、焼き払え!って言いたくなる数。さすがに焼き払いはしないけれどね。
死後に会えたらいくらでも謝罪も贖罪もするので、今は食材として扱わせて欲しい。
あ、そうそう、多いのは圧倒的に蜥蜴なのだけれどね、爬虫類に比べて割合は少なくても哺乳類や鳥類もいなくはない。気になっていた高山生息の美味しい鳥も、数羽混じっていました!
蜥蜴を調べているあいだに哺乳類や鳥類は処理し尽くしたので、その鳥は真っ先に食べたよ。美味しかった。美味しかった…!
捌いた生きものはわたしとわんちゃんの食料にするほか、干し肉にすれば軍部で兵糧として安くだが買い取ってくれるそうだ。将軍であるアクス公爵−テオドアさまのお父さまだ−直々に言い渡されて、蜥蜴ですけれど良いのですか?と訊いたら、蜥蜴だろうがなんだろうが肉は肉だろう?と返された。さすが体育会系と言うべきか、公爵位とは思えない豪気なお方だ。
干し肉化に関しては、ツェリに手伝って貰おうかなーなんて考えている。と言うか、いっそフリーズドライに挑戦しようかと…。実際に前世でやられていた方法は無理だけれど、ツェリならば瞬間冷凍も瞬間脱水も可能だ。ワンチャンあると思います。
訓練すればツェリでなくても水魔法使いなら出来るようになると思うし、新しい魔法の可能性としてありかと。干し肉より保存性も輸送性も上がるしね。提案してみる価値はきっとある。
まずちょっと作ってわんちゃんに試食して貰って、行けそうならアクス将軍に提案してみよう。そのためには、ツェリに会う許可を貰ってツェリにご足労願わないと…。
でもまあとにかく、今はひたすら蜥蜴解体師だ。切って切って切りまくるぜ!
どれくらい、蜥蜴と戦い続けただろう。
「エリアル」
「にっ」
耳許で名前を呼ばれて、びくっと肩を揺らす。
言い忘れていたけれど、今いるのは王城は外宮の一室。わんちゃんに与えられたスペースのひとつで、どんな魔法か本来の数倍の面積に空間が広げられ、中に入れられたものの時を止める効果まで付加された保存用倉庫だ。時が止まると言っても例外はあり、わたしはわんちゃんから借りた腕輪のお陰で中でも普通に動ける。浦島太郎にはなりません。
「お前、相変わらず集中すると反応しなくなんのな」
ぽん、とわたしの頭を叩いたわんちゃんが苦笑する。
そんなに時間が経っていたかと時計を確認…したかったけれど手が脂で汚れている。わんちゃんに振り向いて、首を傾げた。
「申し訳ありません。もう帰る時間ですか?」
帰る時間で呼びに来たのかと思って問い掛けると、首を振って答えられた。
「いや、まだ三時だ。帰る時間じゃなく、お前に用があって来たんだよ」
「わたしに用事、ですか?」
なんだろう。
思いながらタオルを探そうと、
「あ、ありがとうございます」
探そうと視線を巡らせたと同時にわんちゃんが浄化を掛けてくれた。脂ギッシュだった手はもちろん、肉片やら体液やらいろいろ付着して形容しがたい見た目になっていた服も、綺麗になる。
「それで、用事と言うのは?」
ひとと会うのか、魔道具の魔力補填か、オシゴトか。あり得そうな用件を思い浮かべたわたしの予想に反して、わんちゃんは、
「ツェツィーリアに用事がある。連絡取ってくれ」
そう言って黒い通信石を取り出した。ツェリとわたしを繋ぐ、黒い石。
「わんちゃんが、ツェリに用事ですか?」
まさかツェリまでこの待遇になったりは…、
「ちょっとようすを確認するだけだ」
わたしの不安を汲み取ったわんちゃんが、そうじゃないと首を振る。
「直接でないにしろ、お前の魔法の残滓に触れさせちまったからな。なにか影響が出ていないか、確かめて置きたい」
「−、」
「大丈夫だ」
顔色を変えてわんちゃんの服を掴んだわたしの、震える手を握って、わんちゃんがきっぱりと言う。
「同伴してたブルーノが、やばくなる前に精神治癒を掛けてたからな。あくまで万一のための確認をするだけで、実際は大して心配いらねぇよ」
握った手を引き、わんちゃんがわたしを抱き締めた。
「だから、んな顔すんな。焦って判断を間違った俺を、ぶん殴りたくなるから」
目を閉じ薄い肩に顔を埋めて、深く息を吐く。
残滓でひとに影響が出るような。
どれだけ暴力的な魔法を使えば、そんなことになるのだろう。
背後にうずたかく詰まれた死体を思い浮かべる。洞窟内の方が外より死体が多かったと聞いた。外で死んだ個体数は洞窟内の半数より、少ないだろうか。どっちにしろ、大差はないか。もし、洞窟の外で一個体も死んでいなかったとしても、洞窟内の個体だけでめまいがするような数なのだ。
化け物が。
自分で、自嘲の笑みを浮かべる。
周囲の大人でも、学生でも、攻略対象でも、ゲームヒロインでもない。
ツェリにとっていちばん危険なのは、疑いようもなく、この、わたしだ。
ほんとうはきっと、わたしなんていない方が、ツェリにとっては…。
「…わたしは、わがままですね」
「ぁん?」
「いえ、独り言です。ツェリの予定を確認してお城へ呼べば良いのですよね?通信石を貸して下さい。わんちゃんの都合はありますか?」
顔を上げ、わんちゃんから離れて問うた。
今連絡しても大丈夫だろうかと考えながら、受け取った通信石を耳に刺す。
ツェリがすぐに応答してくれたことに、ほっとしながら用件を伝える。
時折わんちゃんも交えながら、話すべきことだけを手短に伝えた。
−では、また
「…」
通信を切り、目を閉じる。
身体に異常は、ありませんか。
そのひと言が、どうしても言えなかった。社交辞令的に元気かと問う言葉すら、出すことが出来なかった。素っ気ない会話。ツェリは、違和感を覚えたかもしれない。
「−、」
「五日後、ですって。お昼過ぎにいらっしゃると」
わんちゃんになにか言われる前に、目を開けて微笑む。
いまは、なにも、聞きたくない。
「…ああ。助かった」
わんちゃんは目をすがめつつも、見逃してくれた。
「ツェツィーリアからなにか連絡が入るかもしれねぇし、通信石は持ってて良い。ただし、お前から通信をしたら取り上げる」
「わかりました」
わたしが頷くのを確認してから、わんちゃんは倉庫を見回した。
「かなり、解体が進んだんだな」
「と言っても、まだ全体の四分の一にも届いていませんが」
一体何体、殺したのだろうか。
「いや、頑張ったな。でけぇし、大変だろ?」
「殺した責任がありますから」
答えてから、そうだ、と先ほど考えていたことを伝える。干し肉作りにツェリの手伝いが欲しいと聞いたわんちゃんが、片眉を上げる。
「ツェツィーリアに?まあ、ここでやる分には構わねぇが、乾かすくらいなら俺がやってやるぞ?」
「ありがとうございます、ですが、ツェリだけでは手に余るようでしたら頼むことにさせて下さい。ツェリの訓練にもなりますし、少し、試したいこともありますから」
ツェリは脱水技術なら、すでに持っている。しかし、干し肉の場合、闇雲に乾かせば良いと言うわけでもないだろう。その辺の微調整や試行錯誤も、勉強になるのではないかと思う。楽しそうだし。
そして、フリーズドライですよ。ロマンがあるよね、フリーズドライ。宇宙食や登山食にも使えるし、カップラーメンは美味しいし。インスタントコーヒーやスープも、便利だし美味しい。干物と違ってビタミンを壊さないところも魅力だ。完全に、とまでは行かないけれど、水で戻せば元に近い質感に戻るものもあるし。
ふふふ、と笑ったわたしを、わんちゃんがなでる。
「少し、時間があるんだ。休んで茶でも飲まねぇか?」
「?」
くい、と首を傾げてから、頷く。
少し、疲れた。
「はい。お相手がわたしでよろしければ」
「お前が良い」
わんちゃんがわたしの手を引いて、歩き出す。
生ぬるく澱んだ空気の中でふわりと香った香が、心地良かった。
五日後にツェリが来てくれたが、わたしは会うことが出来なかった。
その日は一日ハードスケジュールを命じられて、会う時間が取れなかったのだ。
代わりにわんちゃんが別の日に約束を取り付けてくれて、ようやくツェリと顔を合わせる。わんちゃんから問題なかったと聞いていたので、心配せずツェリと対面することが出来た。
わんちゃんがわたしに与えてくれている待機部屋でひとり、ツェリを出迎える。
「ご足労頂いてしまい、申し訳な、っと」
挨拶の言葉も待たず、ツェリがわたしに飛び付く。
ぎゅうぎゅうと締められて、面喰らった。
「ツェリ?」
「…っ心配、したのよっ!」
涙混じりの声。かすかに震える身体。
心配…?そうか、全然連絡、出来なかったから。
「申し訳ありません。ですが、わたしは元気に過ごしておりました。ツェリも、お変わりありませんか?」
わんちゃんのお墨付きを得ても、その問いは少し恐ろしかった。それでもツェリを抱き返し、その華奢な背をなでながら問い掛ける。
ツェリは顔を上げ、わたしの顔をじっと見据えてから言った。
「筋肉痛であり得ないくらい苦しんだ以外は元気よ。オーリィたちも、変わりなかったわ。あなたは筋肉痛とか、なかったの?」
「筋肉痛ですか?」
なんだかもう遠いことのような気がする演習合宿直後を思い出して、首を振る。
「特には、なかったですね。ああでも、魔力の使い過ぎで二、三日は眠かったです」
「眠いだけ?それも、二、三日?」
「った、なんですか?」
むぎ、と二の腕をつねられて、顔をしかめた。
「…この細い腕のどこに、そんな体力が入ってるのよ…!」
「いや、ツェリよりは太いですよ?」
「身長差のせいじゃない、それくらい」
いやでも筋肉量的に…うん、この話はやめておこう。脂肪と筋肉の比率がとか言い出したら、殺されかねない。
筋肉も付きにくいが贅肉も付きにくいのだ、エリアル・サヴァンの身体は。ぼん、きゅ、ばーん!なわがままボディなツェリとでは、肉の付き方が違う。
「これでも騎士科で鍛えていますから」
「…納得行かないわ…!」
納得して下さい。
しばらく八つ当たり気味にもにもにとわたしの腕肉をいじめていたツェリは、小さくため息を吐いて首を振った。
「まあ良いわ。それより、メーベルト先輩があなたに会いたがっていたわよ」
「るーちゃんがですか?」
意外なひとことにぱしぱしと目を瞬く。
るーちゃんことブルーノ・メーベルト先輩の用事も、るーちゃんとツェリの接点も、思い当たらない。
疑問に答えるように、ツェリが言った。
「ほら、五日前に、呼ばれたでしょう、導師に」
「そうですね」
「そのときに、メーベルト先輩も来ていたのよ。私と同じ理由で」
「ああ」
納得して頷く。
精神攻撃に耐性があるとは言え、るーちゃんもわたしの魔法を受けたことに違いはない。わんちゃんが経過観察してくれたなら、安心だ。
「メーベルト先輩自体は、呼ばれたのは二回目らしいけれどね。その数日前にも、別件で呼ばれていたらしいわ」
「別件?」
「治癒魔法の適性検査、ですって」
「今更ですか?」
「まあ、正直に言えば今更よね。でも、あなたと近づく以上は必要だから、と言うことらしいわ」
ぱた、ぱた、と、ゆっくり二回、まばたきした。
身を潜めていても感じ取れる、身体の中の異物。
…迂闊に治癒魔法を掛けられたら、堪らないよな。
苦笑して、小さくため息を吐いた。
「そんなことのためにお時間を頂くのは、申し訳ないですね」
「そうでもないんじゃないかしら?」
ツェリが肩をすくめて笑う。
「あなたは感覚が麻痺しているからわからないかもしれないけれど、魔法を使えるものにとって魔導師って憧れの存在なのよ?理由はどうあれ魔導師に顔を覚えて貰えるなら、悪い話じゃないわよ」
「るーちゃんなら実力で、」
「導師って、ひとの顔と名前を全然覚えないらしいわよ?毎日顔を合わせているはずの宮廷魔術師すら、部署と役職を名乗らないと認識して貰えないとか。名乗らなくてもすぐわかって貰えるのは、国王陛下と宰相さまとあなたくらい、だそうよ」
そんな馬鹿な。
「わんちゃんはそこまでボケては…」
「ボケてるとかボケてないとかじゃなく、興味がないの、人間に。上に立っている国王陛下と義父上さまは辛うじて覚えても、ほかの人間は覚える気なんてないのよ。あなたが、あなただけが、特別なの」
「わたしは、特別などでは、」
「あるわ」
きっぱりと、ツェリは宣言した。わたしを見上げる強い眼差しが、否定は受け入れないと物語っている。
「王族を除けば、あなたと、あなたの関係者。導師が興味を示す個人は、それだけだそうよ。これは、義父上さまの言葉だから、あなたの個人的な見解より、よほど説得力があるでしょう?」
「ミュラー公爵閣下が…」
「そう。あなたよりずっと長く、導師と関わっているひとが、よ」
いやでもそんな、まさか。
わたしの価値なんて、特異な魔法くらいなものだ。ああそうか、魔法、と言う価値になら、格別の興味を抱かれてもおかしくはない。わたしの魔力は、ここ数代サヴァンで生まれた魔力持ちの中でも、取り分け高いのだから。
そうでなくてもわたしは、世界で唯一現存する凶悪な魔法を伝える血筋の子。
「…わたし個人にと言うより、国殺しのサヴァンに対する興味では?」
「だとしても、貴重であることに変わりはないわ。あなたの関係者と判断されれば、導師に顔を覚えて貰える可能性が上がるんだもの」
そんなところに自分の価値があったなんて、知りませんでした。
でも、そうか。わんちゃんって本来なら雲の上のひと、なのだったな。
「あなたはもっと、自分の価値を知りなさいよ。あなたと導師がいなくなったら、すぐにでもラドゥニア帝国はバルキア王国を攻めに掛かるわ」
それはかつて、リリアにも言われた言葉だった。
ラドゥニア帝国がバルキア王国へ攻めて来ないのはわたしがいるからだと。
かつてサヴァンの名を持つ祖父がたったひとりの暴走で亡ぼしたのは、ラドゥニアと関わりの深い国だった。
北の要塞国家レミュドネ皇国。もう、存在しない国だ。古くは、ラドゥニアに匹敵するとも言われた強国だったそうだが、今は国がないどころか、獣一匹生きられぬ死の土地となっていると聞く。ようよう毒のごとき魔法が薄まり、木々が生え出したと。
祖父の暴走から、八十余年だ。八十年も続く感情とは、いったいどれほどのものだったのだろうか。それは、怒りか、悲しみか、そのどちらもか、それとも全く別の、なにかなのか。
残念ながら当時のことは、離れたバルキア王国まではあまり伝わっていない。サヴァン家の生き残り、祖父は多くを語らず、大叔母は多くを理解していなかった。友好国であったラドゥニア帝国ならば、詳しい話もわかるのだろうか。バルキアより近い国ながら大叔母が避けたのは、恐らく当事国だったから。
「…許されるなら、一度行ってみたいのですがね」
「…捕まるわよ?」
つい漏らした言葉に、正気を疑うような顔をされた。
いや、うん。行けるとは、思っていませんけれども。
「勧誘はされるかもしれませんが、捕まえられはしないと思いますよ?バルキアよりもラドゥニアの方が、サヴァンの危険性は理解しているでしょう」
上層部はともかくとして、平民はもちろんかなり高位の貴族でも、バルキア王国でサヴァン家についてしっかり危険性を理解しているものはいないと思う。
建国以来ずっと共に歩み、理解していたはずのレミュドネ皇国上層部ですら過ちを犯したのだ。無知の代償は大きいのに、情報は少ない。だがその情報を、友を亡くしたラドゥニア帝国ならば、持っている可能性が高い。でなければ強大国ラドゥニアともあろう国が、高々一歳の嬰児を恐れるはずがない。
慎重に動くはずだ。過ちを犯した友の行く末を、かの国は見届けていたのだから。あるいは失われた国に、滞在していた国民もいたかもしれない。
「…サヴァンって、なんなの?」
ふと問われた言葉に、目を見開く。
きょとんと、首を傾げて答えた。
「子爵家ですよ、バルキア王国の」
「そうじゃなくて」
「…少し、特殊な家系なのです。ですが、ツェリがそこまで気にするようなことではありませんよ。ただ、危険な能力を持つ子どもが生まれ得る家系なのだとご理解頂ければそれで」
カロッサや王家ならばともかく、ほかの家がサヴァンについて、危険性以外を理解する必要はない。危険性は、重々理解して欲しいだけ。
サヴァンの危険性を理解すれば、幽閉、と言う道は危険だと気付く。それと同じくらい、幽閉しないことも危険なことも。敵でも味方でも危険、それがサヴァンだ。
「とにかく危険なのだと、それだけ知っていて下さい。ほんとうは、離れた方が安ぜ、」
ぺちり
ツェリの小さな手、出会ったときと違い、荒れの目立たなくなった白く細い手が両頬をはさんだ。
「あなたを捨てる気はないわよ。放してなんか、あげない」
睨み付け、噛んで含めるように言う。
「私から離れるなんて、許さないわ」
離れた方が安全なのだと、わかっているのに。
離れるなと言うその言葉に、ひどく安堵した。
「…離れません」
わたしからは、決して。その必要に、追い込まれない限りは。
「申し訳ありません。少し、弱音を吐きました」
あんまりにもたくさん殺してしまったから、不安になった。
たったひとりで、短時間で、これほどまでの殺戮を行えるこの力を、いつかひとに向けて振るってしまうのではないかと。
苦笑して、首を振る。
「こんな話のためにツェリを呼んだわけではないのですよ。お願いがあって…。ですがその前に、お昼にしましょうね」
「肉ばっかり食べてるって、聞いたわよ」
…それはミュラー公爵情報ですね?
定期的にようすを見に来るミュラー公爵は、わたしとわんちゃんがお肉ばかり食べていると気付いて以来、来るたび野菜を食べなさいと叱るようになった。大量の野菜を差し入れてくれるからありがたいけれど、若干おかんっぽい。
「…野菜も食べていますよ」
「義父上さまが差し入れるからでしょう」
「だってあり余っているのですよ、お肉が」
あるものを食べる。当然の行動じゃないか。
「見かねて軍で買い取ってくれることになったのでしょう?」
「まだ生肉なので売れません。干し肉にしないと」
「…まさか」
「手伝って頂けますよね?」
額に手を当てたツェリが、深々とため息を吐いた。
「…手伝わないとあなたに会えないんでしょう?」
「?、なんですか?」
小さく呟かれた言葉は不明瞭なまま口の中で消えてしまい、聞き取れなかった。
問い返すが、首を振ってはぐらかされる。
「いいえ。良いわ手伝うから。夏期休暇の課題も終わらせたし、時間はあるもの」
「さすがツェリ。優秀ですね」
「あなたが音信不通だったからよ。あなたの出す課題に比べたら、どの教科の課題も楽なものだったわ」
わあ、なんて恨みがましい視線。
さっと視線を逸らして、話題を転換する。
「干し肉の話は食べてからにしましょう!お肉とミュラー公爵閣下に頂いたお野菜で、新しいお料理を作ったのです。まだわんちゃんにもミュラー公爵閣下にもお出ししていませんから、ツェリが初めてのお客さまですよ」
「…蜥蜴肉料理?」
「嫌ですか?」
「いえ。もう慣れたわ。干し肉も、蜥蜴肉で作るのでしょう?」
「そうですね」
哺乳類と鳥類はそこまで多くなかったしバリュエーションも豊富なので、取って置いて大事に食べる予定。対する爬虫類はとにかく一個体が大きい上に大量だったので、ある程度残してあとは売り払いたいのだ。
ツェリに連絡を入れてから十日間。一日六〜八時間を解体に費やして、大量の蜥蜴たちの解体を終えました。…しばらく蜥蜴は見たくない。
その間こつこつと香辛料研究も進め、ついに、完成させた、試作カレー第一号!今回は食卓でお馴染みのカレーライスを目指しました。残念ながらまだまだ惜しい感じだけれど、方向性は間違っていない味になった。
その、記念すべき試作カレーの試食ひとりめを、ツェリにお願いしようとしていますよ。理由は、カレー風スパイスをお披露目済みだから。
カレーって、味も見た目も初見だと、結構奇抜だと思うの。だから最初は、茶色い謎の香辛料を食べたことがあるツェリにお願いしてみたい。
あと、フリーズドライミートの使い先で、キーマカレーを考えているからと言うのもあったりする。乾燥させるとやっぱりどうしても、食感は変わっちゃうから、ね。
幸いにしてバルキア王国は自国に香辛料の産地を持ち、一大産地であるエスパルミナ帝国も隣国だから、香辛料が比較的安く手に入る。…高いものもあるけれど。
いろいろな食材を美味しく摂れるカレーは、軍用メニューとして使えるのではないだろうか。ほら、前世でも海軍カレーとか、あったし。
干し蜥蜴肉についてはなんてことないこととして流してしまいたかったのに、ツェリは思案げにため息を吐いて見せた。
「こうして知らず、蜥蜴を食べさせられるひとが生まれるのね…」
「蜥蜴だろうがお肉はお肉、と言うのが軍部の首脳の考えですから」
ツェリがしばし無言でわたしを見つめたあと、疲れたように目を細めて言った。
「引き取られたのが、文門の家で良かったわ…」
「あはは」
いくら図太いツェリでも、その豪気さはご遠慮願いたいらしい。
「とりあえず、食べてみて下さい。お話はそれからです」
手を引いて厨房に案内しようとしたところで、ツェリがふと不機嫌そうな顔になる。
「…軍部の首脳って、アクス公爵のことよね?」
「はい」
「あなたテオに、私に求婚するようお願いしたそうじゃない」
ああ!
「テオドアさまから求婚されましたか!?ミュラー公爵閣下もアクス公爵閣下も乗り気なので、あとは本人同士の意思確認だけ、」
「テオはわたしに求婚する気はないそうよ!私も、受ける気はないわ!!」
「えー…」
かぶり付きで訊いたわたしへのすげない返答に、しょぼーんとブーイングを投げる。
「えー、じゃないわ!あなたはそうやって外堀から埋めようとして!!」
「年も身分も近く将来性もある方ですよ?性格も…多少難ありとは言え良い方ですし、かなり優良物件だと思うのですが」
「性格難ありって認めていたのね…!」
いやうん、あの猫狂い加減はちょっと、うん…。よくひとこと多かったりするし。
「テオドアさまはマシな方だと思いますよ?やばい方はもっとやばいです」
「あなたはなにを知っているの…!?」
遠い目で呟けば、おののかれる。
やー、うん、暇を持て余した金持ちの道楽はね…。
「…世の中には、知らない方が良いこともありますよ。大丈夫です、やばい相手との縁談は潰しますから」
「………そうね」
「そうです、よ?」
厨房に向かう途中、行く先の異変に気付いて首を傾げる。
「どうかしたの?」
「厨房にひとが…わんちゃんの個人用の調理場なのですが」
「導師じゃない?」
「いえ、人数が」
三人、いや、四人、か?ひとりはわんちゃんとしても、ほかの三人はなんだろう。
嫌な予感を覚えつつ、そっと扉を叩く。
「…エリアルです。入ります」
扉を開くと途端にあふれる食欲をそそる香り。そして目に入る、わんちゃんと三人のおっs…こほん、おじさま方。
その場で膝を折らなかったわたしを、全力で褒め讃えたい。
「…なにをしていらっしゃるのですか」
わたしの後ろから同じ光景を目にしたツェリが、冷ややかな目をおっ…おじさま方に向ける。
「いやあ、エリアルがなにか変わったものを作っていると聞いて、いても立ってもいられなくてね」
照れたように微笑む、ミュラー公爵。
「兵糧として買い取る以上、食べ方を知らねばならないからな」
もっともらしい言い訳を口にした、アクス公爵。
「お前の料理は美味だと、ヴィクトリカが言うから、余も食べてみたくなった」
こぢんまりとした部屋に似合わない堂々たる態度で、国王陛下。
なんてことしてくれてるんですか、ヴィクトリカ殿下ぁ!!
味の微調整のために大鍋で作った。六人分なら、優にある。優にあるが、
「このようなそうそうたる方々にお出し出来るものはございません。どうぞお引き取り下さい」
毒殺とか心配しろよ!ロイヤルストレート一歩手前面子が!!
我ながら発展途上と感じている料理を、国のトップに出せるわけないだろうが!!
湧き起こる殺気を腹の底に押し隠し、穏やかな笑みを造る。
さあ去れ今すぐ去れと、扉を開けて示す。
こんなことならあらかじめ待機部屋に持って行っておくんだった。ツェリに温かいものを出そうとした思い遣りが、完全に仇になった。
「べつに宮廷料理を出せとは言っていないよ?エリアルが作った珍しい料理が食べたいんだ」
「戦場では野営の料理も口にする。体裁は気にせん」
「余が食べたいと言っておるのだ。どんなものが出ようとも文句は付けん」
…出奔しようかな。
真剣に考えかけたわたしの肩を、ツェリが叩いた。
おもむろにわたしの前に出て腕を組み、部屋の中の男四人を見回す。
「非常識だわ。嘆かわしい。これがこの国の頂点に立つ方々だと言うの?」
普段ツェリは、義父であるミュラー公爵に対してすら敬語を使っている。公爵と、公爵令嬢、ふたつの間の地位の差を理解しているからだ。そのツェリが国王すらいる中に敬語を取っ払って吐き捨てた叱咤。
ふわりと広がる紅茶色の髪が、主の怒りを示すように揺れた。
「聞けば勝手なわがままばかり。料理人に断りもなく押し掛けて事情も鑑みず料理を出せですって?作り手を尊重出来もしない人間に、私のエリアルの作る料理を食べる権利なんかないわ!今すぐ出て行ってちょうだい!!」
高飛車に言い放ち、びしりと出口を指差す姿はまさに学院の女王。堂々たる悪役令嬢っぷりだった。あっけに取られた表情で、国の中枢たちがツェリを見つめる。
はた、と我に返ってアクス公爵が、輝く視線でツェリを見た。
「…素晴らしいな。気に入った。ツェツィーリア嬢、真剣にうちの嫁にならないか?テオドアで不満なら、ルドルフでも良いぞ?」
「お断りよ!さっさっと出て行って!!」
ぴしゃり!と音が聞こえそうなほどの拒絶だった。
今までひとことも口にしていなかったわんちゃんが、苛立ち混じりのため息を吐いてだから言っただろう、とこぼす。
「お前らに食わせる食事はねぇ。ツェツィーリアにいちばんに食べさせるんだって、俺にも食わせなかったんだぞ?そんな無礼なやり方でありつけるわけがねぇ」
そう言うとわんちゃんは犬でも追い払うように、しっしと手を振った。
ぞんざいな扱いにもかかわらず、国いちばんの権力者のはずの国王ですら、ぐっと反論を押し込める。
力関係が、露呈する瞬間だ。…ほんと、何歳なのだろう、わんちゃんは。
「俺もいなくなるから、ゆっくり使え。ったっく、良い歳して子どもじゃあるめぇに」
−…アル
−はい
そっと繋がれたツェリからの通信に、通信だけで頷いてわんちゃんに声を掛ける。
−追い払ったあとで、来て下さい。ツェリが、わんちゃんなら一緒でも良いと
わたしの意思を尊重したことを、認めたのだろう。
ツェリの意向を伝えると、わんちゃんはほんのわずかに目を見開き、視線のみで了解を示した。
「おら、お前ら仕事途中だろ?ガキみてぇに周りに迷惑掛けてんじゃねぇよ」
もはや蹴り出す勢いで、わんちゃんが国王たちを追い出す。
ぱたんと扉が閉まるのを確認してから、ツェリを振り向いた。
「用意するので、座って待っていて下さいね」
さほど大きくはない部屋だが、木製のテーブルセットが置いてある。なので厨房と言うよりはダイニングキッチン。いつもはわんちゃんとふたりか、ひとりで食事を摂る部屋なので、ツェリがいると少し新鮮だ。
カレーの入ったお鍋を火に掛け、冷蔵庫から作っておいたサラダと福神漬けもどきとラッシーもどきを、温蔵庫から炊いておいた麦ご飯を取り出す。
わんちゃんの持ち部屋はすべて魔法フル活用なので、文明度合いが数世紀違う。わんちゃん自身はほぼ料理しないのに無駄に充実したキッチン。意味がわからないよ。や、ありがたく使わせて貰っているけれど。
ちなみに、釜は三口でオーブンもある。調理器具もわたしの部屋よりよほど充実しているし、わたしが定期的に料理しに来るようになってからは、食材も充実している。
あとはオーブンレンジと炊飯器があれば…いや、電動ミキサーとハンドミキサーも欲しいな。フードプロセッサーもあると便利だし…。あ、いや、うん、この世界で家電に期待なんてしていないのだけどね。まだ、電球すら存在していないし。
たまにカレーを掻き混ぜつつ、テーブルにほかの料理を並べる。
本当なら先のツェリの態度を諌めるべきなのだけれど、お小言を言う気にはならなかった。
先にまずいことを考えたのはわたしだ。ツェリはわたしが国に逆らうことを、止めただけ。
「この国には、あなたを守りたいって思ってる人間がいるわ」
カレーを掻き混ぜるわたしの背に、ツェリが声を掛ける。
「きっと彼らは、あなたのためなら無茶もする。だから、あなたはもっと自分を大切にして。まさか王太子が、国王に反旗を翻すことなんて狙っていないでしょう?」
当然だ。国王と王太子の対立は第二王子派に付け入る隙を与えるだけ。バルキア王国の平穏を願うなら、百害あって一利なしの状況なのだから。
「…あなたにとっては、国を出た方が幸せなのかもしれない。けれど、あなたは自分を大事にしないから、あなたにはあなたを大切に思うひとがたくさんいる場所にいて欲しいのよ。だからバルキアを出る決断は、極力して欲しくない」
わがままだって、気付いてるわ。
くつくつと温まったカレーの火を止め、ツェリを振り向いた。
目を向けた少女は、親に捨てられた子供のような、心細げな表情をしていた。それでも意志の通った目で、言葉を続ける。
「バルキアにいて欲しいと思うことは私のわがままで、私は私のわがままなんかよりあなたが大切だから、バルキアにいることであなたが苦しむのならば、国を出るなと留めはしな、」
人差し指を、そっとツェリの唇に当てた。
心配ないと伝えるために、微笑みを浮かべる。
「わたしの幸せは、ツェリが幸せであることですよ」
それこそいついかなるときも、変わらないわたしの根底。わたしを動かす、主軸の願い。
ツェリを幸せにするためならば、なんだってやって見せる。…ばれるような犯罪はしないけれどね。そんなことをすれば、ツェリの経歴に傷が付くから。
「あなたが幸せでいてくれさえすれば、わたしはほかになにも要りません」
「…お米も?」
「え゛!?いや、あの、お米は」
目に見えてうろたえたわたしに、ぷ、とツェリが噴き出した。
ころころと笑いながら、明るい表情でわたしを見上げる。
「そうよね。私が幸せでご飯が美味しければ、あなたはそれで幸せなのよね」
「そうです。ですから、ぜひツェリにはテオドアさまとの婚姻を…」
「そこに話を持って来ないでちょうだい!!」
「…王太子妃を狙いに行きますか?」
「あなただと実現しそうで怖いわ…!」
いやあ、さすがに王太子妃を指名する権限はないですよ?ただ、狙いに行くなら協力は惜しまないと言うだけ。
でも、王族に限っては一夫多妻だからな…醜い権力争いに巻き込まれそうなので、お勧めはしたくない。
「それがツェリの望みでしたら、叶える努力は致します。ところでツェリ、辛いものは平気でしたよね?」
「?、ああ、それ、辛いのね。程度にもよるけれど苦手じゃないわ」
「それでしたら良かったです」
うん、と頷いて三人分のカレーライスをよそる。甘口に出来るように専用ソースも作ってあったけれど、このメンバーなら要らないだろう。あとで味変に使おう。
「ブラウンシチュー、ではないのよね?」
「似たようなものではありますが、味付けの方向性が違いますね」
ことん、とツェリの前にカレーライスを置いた。
シチューは存在するので、日本人より見た目への忌避感は少ない、だろうか。
カレーライスを初めて出された日本人って確か、なんか汚いものって印象持ってひたすらライス部分だけ食べてたと言う逸話があったはず。美味しいのに、偏見って良くないよな。
わんちゃんと、自分の分も置いたところで、タイミング良く扉が開いた。
「おかえりなさい。準備、出来たところですよ」
「おう。…邪魔して悪ぃな、ツェツィーリア」
「いいえ。ここ最近のあなたの食事はアルが作っていると聞きましたから、邪魔したのは、私の方でしょう」
「そのようなことはないですよ」「そんなことねぇよ」
同時に椅子を引いて座りながら、同時に否定の言葉を口にした。思わず顔を見合わせて、笑う。
「言ったでしょう?ツェリにいちばんに食べて欲しかったのです。わんちゃんにはちゃんと前もって伝えてありましたから、大丈夫です。ですよね?」
「ああ、だから今日は外にでも出て食おうと思ってたんだがな、あの馬鹿どもにはち合わせちまった。追い返そうとしたんだが聞かなくてな。ツェツィーリアががつんと言ってやってくれて、良かったぜ。あの面子にはエリアルもあんま、強く出ねぇからな」
「…わたしだって命は惜しいですから」
「はっ、よく言う」
わんちゃんは鼻で嗤って一蹴したあとで、ツェリへ目を向ける。
「肉乾かすくれぇ俺がやっても良かったんだがな、こいつたっての希望だから、付き合ってやってくれ。交通費は、つぅか、大丈夫なら泊まっても良いんだがな。とにかくその辺の費用は俺が出すし、食事なら、こいつが作るから」
あらやだわんちゃんったらマジ保護者。おとんって呼んで良いですか?
ツェリがわんちゃんを見返して、くいと首を傾げる。
「お許し頂けるなら泊まりたいですね。どうせアルは、倒れるまでやらせる気でしょうから。家に確認して許可を取れたらですが、明日から宿泊させて頂いても?」
「ああ。部屋用意しておく」
この、部屋用意しておく、が、部屋用意しておく(物理)だと、ツェリは気付いていないのだろうな。
明日にはきっと、宿舎のわんちゃん用スペースに新しい客間が出来ているはずだ。この、空間系魔法、わんちゃん以外に出来るひと見たことないのだけれど、どう考えても便利だ。羨まし過ぎる。
「ありがとうございます」
「雑談はそのくらいで、冷めないうちにどうぞ」
言いつつまずは、わたしが食べて見せる。うん…惜しい。
…なにが足りないのだろうなー。もう少し、もう少しだと思うのだけれど…。
あ、いや、まずくはないよ?まずくはないのだけれど、こう、惜しい!と感じてしまうのだ。カレーとしては良いのだけれど、前世で食べたお家のカレーと比べると、なにか、ひと味、足りない、ような。はっ、もしや林檎と蜂蜜か!?
あーでも、味見はしていたけれどご飯と一緒は初。なんか惜しいとは言え念願のカレーライスですよ!
この、スパイスたちとお肉と野菜のハーモニー、それを引き立てる白米と麦!
「…んぅー、おいしぃ…」
思わず笑みもこぼれようと言うもの。よし、試作カレー第二号はポークにしよう。やっぱりカレーと言ったら豚!好みにもよるだろうけれど、我が家は圧倒的豚バラ薄切り率でしたよ!
ふに、と頬を緩めたまま、さあ食べて!とツェリへ目を向ける。
ツェリはなぜか小さなため息を落としたあとで、控えめにカレーライスをすくって口に運ぶ。
緊張の瞬間。カレーを口に入れたツェリは少し目を見開いたあとで、咀嚼し、飲み込んでから、口を開いた。
「これ、演習合宿のときの」
「お肉に付けた香辛料を元に改良を加えたものです」
「辛いけど、美味しいわ」
「ありがとうございます」
お食事中は喋らないのがマナーなのに、わたしの期待の目に答えて感想をくれるツェリ、マジ天使。
ツェリに続いて食べたわんちゃんは、頷いて無言で食べ進める。
…こう見えてマナーには厳しいのだよ、わんちゃん。
それでも食べてくれる=まずくないなので、安心して自分の食事に戻る。
辛いから、と思って作ったラッシーもどきと福神漬けもどきも、問題なく口に運んでくれているもよう。さすがは、わたしの料理食べ慣れツートップ。
わたしのいちばん大事なものふたつが、すぐそばにいる。
そのことが嬉しくて、ふにふにと弛んだ顔のまま食事を進めた。なんだか、家族みたいで楽しい。
さっきの会話も打ち解けるまでは行かないまでも、お互いを認めている雰囲気は伝わって来て、実はこっそり嬉しかった。
そんなわたしがひっそり二方向から観察されていたなんてことは気付かなかったけれど、わんちゃんがカレーを食べ終えたのには気付いた。
「おかわりありますよ」
「ん、頼む」
差し出されたお皿を受け取って、お鍋に向かう。
「辛過ぎたり、しませんでしたか?」
「もっと辛くても良いくらいだな」
まだサラダを食べているから本当はマナー違反だけれど、辛過ぎるのなら甘く出来るので問い掛ける。あら、わんちゃんは辛いもの好きでしたか。
わんちゃんに今度作るときは、もう少し辛くしようかな。
少し温め直したカレーをご飯に掛けながら、そんなことを考える。
ポークカレーも作りたいけれど、キーマカレーも作ってみないとなぁ。あと、挽き肉を使う料理ってなにがあったかな。さすがにフリーズドライミートでハンバーグは作れないだろうから、挽き肉入りのミートソースとかかな。
「どうぞ」
「おう、ありがとう」
もぐもぐと食べながら、挽き肉メニューを検索する。麻婆豆腐は豆腐がないから、出来るとしたら麻婆茄子だな。あとは、ラザニアとかミートドリアとかミートパイとか?でもその辺は、野営じゃ作りにくいか。甘じょっぱく味付けた蜥蜴そぼろにして、そのまま白いご飯に乗せてそぼろ丼とかでも、わたしなら良いのだけどな。
「なにを考えているの?」
「!」
不意に問われて意識を戻すと、ツェリが食べ終えていた。
「おかわり要りますか?」
「いえ、要らな、」
「お出しした飲みものも、まだ出せますよ」
「貰うわ」
「わんちゃんは、」
「貰う」
空のグラスを受け取り、それは流しに出してしまう。新しいグラスをみっつ出して、マンゴーが見つからなかったのが惜しいラッシーもどきを入れる前に、冷蔵庫から取り出したソースを加える。レスベルの前に見つけた木の実、合宿中に食べきらずに残っていたあれで作った、甘酸っぱいソースだ。ラッシーもどき用に作ったわけではないけれど、きっと合うはず。
目の前に置かれたグラスに、ツェリが首を傾げる。
「さっきと、違うわよね?」
「下にソースを足しました。掻き混ぜて飲んでみて下さい」
自分の分をくるくると掻き混ぜて、飲んで見せる。うん、やっぱりラッシーはプレーンよりなにか足した方が好きだな。
「…こっちの方が好きだわ」
ツェリの同意も得られて、にこっと笑みで答える。
おかわりしたはずのわんちゃんまで食べ終えそうなのに気付いて、ちょっと慌てて食事に戻った。ツェリよりわたしの方が多くよそってあるから、ツェリが先に食べ終えるのはおかしくないのだけれど、わんちゃん食べるの早いよ!
「急がなくて良いから」
「もぐ…んく…はい」
わたしの焦りに目ざとく気付いたわんちゃんが、なだめるように言ってくれる。まあふたりで食べているといつだって、お食事を終えるのはわんちゃんが先だからね。
ラッシーもどき片手にわたしを眺めるふたりの前で、黙ってもぐもぐと食べ続ける。…ねぇ、どうしてそんなに見ているの…?
「…ごちそうさまでした」
「ああ、ごちそぉさん」
「ごちそうさま。美味しかったわ」
それでも言われた通り落ち着いて食べ終えたわたしに合わせて、わんちゃんとツェリがごちそうさま。
「お茶を淹れますね」
食器を重ねて運びながら言う。食器はひとまず水に浸けて、お湯を沸かす。ポットやカップを用意しながら、背後のふたりに問い掛けた。
「まだ試作段階なので、なにか助言があれば教えて欲しいのですが」
「あなたが試作なんて、珍しいわね」
「んー…、どうしても、なにか足りない気がしてしまって。だからあまりたくさんの方には食べて頂きたくなかったのですよ」
わたしの言葉を聞いて、ツェリがそっと首を傾げる。
「未完成、なの?美味しかったわよ?」
「いえ、はい、わたしもまずいとは思っていないですよ?まずいものをツェリやわんちゃんに出したりはしませんから。ただ、どうしても納得が行かなくて」
とりさんなら良い助言をくれたかもしれないが、あいにくと今は会えない。
「…今回の料理には、極東の調味料は使ってねぇんだな」
「!」
もしやそれか!?
はっとして、わんちゃんを振り返る。
「…確かに、使っていないです」
カレー=洋食と言う固定観念の下、和風の食材や調味料を部外視して味付けを考えていた。けれど、足りなかったのは醤油や胡麻、出汁の風味ではと言われれば、確かに可能性として考えられる。
日本のカレールウは日本人が開発したもの。和食材を使っていても、おかしくはないのだ。
「ありがとうございます。やってみます」
言われてみれば、そう。お家のカレーじゃなく、なんだかおしゃれなカレー屋さんのカレーっぽい味だと感じていたのだ。それが市販のカレールウによるものだとしたら、和食材が原因と言うことは十分あり得る。本格派を目指したお店のカレーと、馴染みやすさを求めた市販のルウの違いなら、そこに出るかもしれない。
「おう。頑張れ。まぁ、俺としてはこのままでも十分美味いと思うが」
沸いたお湯でお茶を淹れ、わんちゃんとツェリに出す。
「お褒めに与り光栄です。極東の食材を使うと言う視点はなかったので、ありがたい助言でした」
「…蜥蜴肉のせい、もあるかもしれないわよ?」
「あー…それは、確かに」
鶏肉に近く、臭みもさほどないとは言え、やはり蜥蜴肉は蜥蜴肉なのだ。やっぱりメインのお肉と言うのは、カレーの味に影響するもので…市販のカレーなら、複数のお肉のエキスを混ぜていても、おかしくないな。
今回は蜥蜴ブイヨンを利用した、お肉については蜥蜴100%のカレーだ。油は植物油を使ったし、そこを牛脂やラードに変えるだけでも、変わるかもしれない。
「やはり、ひとりで考えると視点が偏りますね。ツェリとわんちゃんに助言をお願いして、良かったです」
「いえ、役に立てたなら良かったわ」
「また作ったら食わせろよ」
ふたりの言葉に頷き、お礼を言ってから、自分は食器洗いを始めた。
そのあいだに食後のティータイムを済ませたわんちゃんが、立ち上がってわたしに言う。
「んじゃ、俺は仕事に戻るから、ごちそぉさん。なんか、困ったことでもあったら連絡しろ」
「はい。いってらっしゃいませ」
「ん。行って来る」
泡々の手なので顔だけ振り返って、わんちゃんを見送る。
そんなわたしを見たツェリが、わんちゃんが完全に去ったあとでぼそりと呟く。
「…なんだか、夫婦みたいね」
「歳の差、いくつですか。合宿中も言ったと思いますが、わんちゃんはどちらかと言えば保護者枠ですから。むしろ実の家族よりも、家族らしい付き合いですよ」
その台詞はわたしとしては、自分の家族との疎遠さ具合を自嘲したものだったのだけれど、
「やっぱりあなた、導師と仲良しなんじゃない。友人すらいなそうな導師を、家族扱いとか、宮殿魔術師が聞いたら卒倒するわよ?」
仲良しアピールとして受け取ったらしいツェリは、呆れたようにそう言った。
「いえ、単に幼い頃からお世話になっているだけですよ」
「あの、子どもとか心底面倒臭く思っていそうな導師が、幼いときから面倒を、ねぇ」
なんでそんなに含みがある言い方をするの。
食器に付いた洗剤を流し、乾燥棚に並べて振り向く。
「…ああ見えて優しい方ですよ、わんちゃんは」
優しいから、哀れな子どもに同情してくれただけだ。きっと、他意はない。
「それよりも、さあ、お茶が済んだらさっそく始めましょう!やることは、山ほどありますよ」
そりゃもう、山のような、蜥蜴肉が。
手早くティーカップを片付け、ちょっとうんざりした顔のツェリを引きずって倉庫と言う名の作業場へ向かう。作業をするから、と言うことで、ツェリの分も時を留める効果を防ぐ腕輪を借りているよ。
「…うわぁ」
山と積まれた蜥蜴肉に、ツェリがげんなりした顔をする。
「肉ばっかり食べて、とか言って、悪かったわ。これだけあって、よくまあ、肉を食べる気になるわね」
「…殺した責任がありますから。さあ、ツェリ、ばんばん乾燥させて行きましょう。あ、それと実は、試してみたいことがあって」
それから四日かけて、蜥蜴肉の約五分の二を干し肉にした。途中の息抜き代わりにフリーズドライミート作製にも着手し、見事成功。わんちゃんとアクス公爵に確認を取り、残りの蜥蜴肉をフリーズドライにすることが決まる。さらに六日かけて蜥蜴肉の五分の二をフリーズドライミートにして、やっと作業終了。
「お手伝い、ありがとうございました」
「…もう、しばらく蜥蜴肉は見たくも食べたくもないわ…」
げっそりしたツェリを見送り、わたしはひと息吐いた。
もう、二回目の演習合宿が目前だ。
「終わったか」
「はい。将軍閣下に買い取りを」
儲けはツェリとわんちゃんと山分けかな、なんて考えながら、ようすを見に来たわんちゃんに言う。
「…乾燥させても、やっぱすげぇ量だな」
倉庫を見回したわんちゃんが呟き、わたしの頭をなでる。
「お疲れさん。頑張ったな」
前世のわたしが、支えにしていた声と、言葉。
目を閉じて享受してから、顔を上げ、微笑む。
「これはこれで、楽しかったですよ?まあ、しばらくはご遠慮したいですが」
同じ作業を延々繰り返すのは、やはりどうしてもうんざりして来る。
わたしに関しては自業自得とは言え、またすぐ同じことを、とは言われたくない。
「なら、二度目の演習合宿は平穏に過ごすことだな」
「はい。あ、約束のレシピなのですが…」
フリーズドライミートを提案したときに、アクス公爵ととある裏取引をした。
干し肉やフリーズドライミートを美味しく簡単に食べるメニューを考案する代わりに、代金に色を付けて貰うと言うもの。
アクス公爵からの申し出で、結構真剣に頼まれたので、やっぱりアクス公爵でも戦場で美味しいものが食べたいのだろう。ごはんがまずいと、志気にも関わるだろうしね。
と言うわけでフリーズドライミート作りと並行して、メニュー考案も行っていたのだけれど、ツェリの協力を得て禁断の扉に手を掛けてしまった。
禁断の扉…そう、固形コンソメと固形ルウと言う前世知識に!!
きっかけはフリーズドライが出来るなら固形コンソメも出来るんじゃないか?と言う考え。試しにコンソメスープを作って乾燥させたら、出来てしまった。
そこから発展させ、バリエーションを増やし、カレーにブラウンとホワイトのシチュー、トマトスープを、固形化することに成功した。
そうそう、あれから助言を元に試作カレー第二号を作ったところ、納得の行く味に出来ました!ツェリとわんちゃんの協力に感謝だよ!!
…こんな余所ごとをやっていたから、フリーズドライミートを作り終えるのに六日もかかったのだよ。
しかし、努力の甲斐あってかなり良い出来で、魔法の便利さにちょっと泣きたくなった。
だって新製品開発とか、前世では年単位の計画だよね…?技術開発から製品完成まで数日とか、非常識過ぎるわ。
いや、うん、ツェリの協力あってのものだから、工業生産は無理だけれどね。
でも、この禁断製品。あえて世に出そうと思います。
理由は、ツェリの価値を高めるため。
現在フリーズドライ技術が使えるのはツェリだけだ。水魔法の使い手なら学べば出来るにしても、ツェリの助言を得ずにはまず無理だ。つまり、固形コンソメやルウが欲しければツェリの協力が不可欠と言うこと。
便利だよ?固形コンソメ。大量の食材と手間暇が必要なブイヨン作りを、省略出来るのだから。しかも、コンソメぽとんで味付け終了だから、どんな料理音痴でもそれなりのスープが作れる。固形ルウも、しかりだ。
もちろん普通に戦場で作れる料理も考案したが、渡すレシピのいくつかは固形コンソメやルウありきのものにしてある。だって、それがなにより簡便で、戦場に合った料理だから。
カレーがキャンプや飯盒炊飯の定番にされるのは、簡単で誰にでも出来て美味しいからでしょう?フリーズドライミートは性質上煮込み料理向きだと思うので、カレーやシチュー、スープは外せないのだ。でも、小麦粉、炒めるか?野外で?
わたしの話を聞いたわんちゃんは、取り出して見せた固形製品たちを見て、舌打ちでもしそうな顔になった。
「っの、ずる賢いクソガキが」
「…最善を尽くしただけですよ。これを使わないやり方も、お教え出来ます」
シチューもカレーもブイヨンを省いて小麦粉から作ることが出来る。それだと味が劣るだけで。スープだって出汁なしでも作れるし、そもそもこの世界のひとびとは固形製品なんて使わずに生きているのだから。
わたしは、簡便で美味しいやり方を、提案しただけだ。
「とりあえず将軍に話は通しておく。たぶん、作って見せろと言われるから、承知しとけ」
「作って見せるくらいなら構いませんが、料理指導はしませんよ。レシピを渡すだけでずいぶんなことだと、ご理解頂けますよね?」
もしもわたしがプロの料理人で出世を目指すなら、レシピを教えるなんて自分の首を締めるようなものなのだ。美味しいものは自分にだけ作れるに越したことがないのだから。
もちろん、固形ルウの配合まで教える気はないけれどね。固形ルウを使わないやり方にしても、味に関してはカレー粉で済ませるつもり。
うふふ。ヤ○ルトがL.カゼイシ○タ株を外部放出しないように、わたしだって苦労して作ったオリジナルカレーの配合を放出して自分の価値を低くするようなことは、しませんとも。食べることは許すから、作りたいなら自分で辿り着け。
「ああ。つか、レシピ出せの時点で将軍は料理人から壮絶な非難を受けてたからな。これ以上馬鹿なことは言わねぇだろうよ」
あー…、この世界でもやっぱり、料理人強し、なのだね。騎士たちに尊敬され畏れられる将軍閣下が、料理人相手にたじたじならちょっとおもしろい。
「それでしたら良いです。あ、お肉とこちらの固形製品は、別料金ですからね」
「…守銭奴」
「いや、こう見えてすごい量の食材と労力を使っているのですよ?原価と手間賃は貰わないと」
むうっと言い返したわたしの頭を苦笑してなでると、わんちゃんはわかったと言って出て行った。さっそく、アクス公爵に話に行ってくれるのかもしれない。
その後、フリーズドライミートと固形製品は受け入れられ、軍用の食糧として利用されることになった。軽くて便利かつ干し肉より肉々しいフリーズドライミートは軍部で喜ばれ、簡単に美味しい料理を作れる固形製品と共に人気を博す。
わたしとツェリの許へ、また作って欲しいと言う要請が届き、フリーズドライミートについてはわんちゃんに作り方を教え、固形製品に関しては…、
「…守銭奴」
「お金はあっても困りませんから」
ツェリの協力を得て、わたしの新たな収入源になりました。めでたしめでたし。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
文字数…orz
一話が二万字超えってどうしたのほんとうに…
作中いろいろお料理を出していますが
作者の料理スキルは林檎の皮剥きレベルですので
知識の正確性についてはあまり信用しないで下さい(^^;)
投稿に間が空いてしまい申し訳ありません
ちょっと、いろいろ、忙しくなって来てしまって…(°°;)
長く投稿出来ないときは活動報告で生存をお知らせするようにしますので
最近投稿ないな…生きてる?と思ったときは
活動報告ないかチェックして頂けると生存確認は出来ます
十日~半月投稿出来なかったら極力活動報告…と言う名の生存報告を書くようにします
亀々しい投稿速度でもエリアルさんの幸せを目指して
更新は続けて行きますので
見捨てず行く末を見届けて頂けると嬉しいですm(__)m




