取り巻きCと初合宿 よっかめ→いつかめ
取り巻きC・エリアル視点
ついに合宿最終日です!長かった…(ノ-T)
「やー…」
無事、課題を提出してぐーんと伸びをする。
「終わってみると、早かったですね、演習合宿」
「…いや、私は途中死ぬかと思ったよ」
「ああ。四日目だけで、数年分に感じた」
非難の目線を方々から浴びて、わたしはさっと目を逸らした。
どーもこんにちは。クロからエリアル・サヴァンに戻ろうとしている取り巻きCですよ。
昨日は激怒のみなさまに囲まれて危機一髪でしたが、なんと、わんちゃんが、助けてくれました!
お嬢ことツェリと、姐さんことブルーノ・メーベルト先輩から手を離し、わたしの頭をなでながらひとこと。
「…いろいろと言いたいこともあるだろうが、こいつにも事情があるんだ。あまり問い詰めたり、責めたりすんな」
天下の筆頭宮廷魔導師さまのお言葉に、一同ぐっと詰まる。その間にわんちゃんがわたしを離れさせ、とんと肩を叩く。
「おら、お前も、悪いことしたのは理解してんだろ?謝れ」
「はい。勝手な行動を取り、ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
言われるままに謝罪し、深々と頭を下げる。
…責められる前に謝っとけ戦法ですね。こいつこんだけ反省してんだから、許してやれよ的なアレですね!
「…怪我はないのか?」
兄貴ことスターク・ビスマルク先輩に問われて、顔を上げる。
「ありません」
「なぜ、単独行動を取った?」
「それが最も、安全なやり方だったからです。…時間がなかったためとは言え、みなさまを騙す行為を行い、申し訳ありません」
もう一度下げようとした頭は、兄貴に止められた。
「…本当に怪我はないんだな?身体に異常は?」
「ありません。無事です」
「そうか」
わしゃわしゃと、片手で頭を掻き混ぜられる。
「心配した」
「申し訳ありません」
「無事で、良かった」
「−、」
謝ろうとして、言葉を変える。
「…ありがとう、ございます」
兄貴を見上げて、微笑んだ。兄貴がほっとしたように、笑う。
「お前はもう少し、ひとに頼ることを、覚えろ。ひとりで抱え込むな」
「…兄貴に頼って、良いのですか?」
「ああ。頼れ。俺だけじゃない。お前に手を貸してくれる人間が、ここに大勢いる」
「ありがとうございます」
兄貴、まじ兄貴。兄貴に頼れと言われて、落ちない舎弟は居まい。
兄貴が許した空気にしたことで、ほかの面々も溜飲を下げざるを得なくなったのだろう。その空気を読んで、わんちゃんが口を開く。
「んで、演習合宿だが」
瞬間言葉を止めて、集まっている面々の顔を見回す。
「危険はもうないようだから、続けても構わない。やめるか続けるか、話し合って決めろ。やめるなら、学院まで送ってやる」
「続けても、大丈夫なのですか?」
驚いた顔で、兄貴がわんちゃんに問い掛ける。
「エリアルが続けたがってるし、ま、あと二日くらい良いだろ。こんなことになった原因を調べるにしても、どうせ下らねぇ手続きやらなにやらで現地で調査を始めるまでに数日掛かるんだ、そのあいだお前らがちょろちょろしてたって、問題ねぇ」
「安全面は?」
「エリアルから離れねぇ限り襲われたりしねぇよ。だから、続けるならエリアルから離れねぇこったな」
…わんちゃん、さり気なくわたしを見張れと言いやがった!わんちゃんならもうそばに危険な生きものがいないことくらい、わかってるだろうに!!
すっと軽く手を挙げて、姐さんが言う。
「…ちなみに、ギャドはもう採集したからねぇ」
「オレたちが心配で胃を痛めてるあいだに、そんなことを!?」
「だってクロがそうしたいって言うからぁ。あ、僕とお嬢、それにクロは、合宿継続派だからよろしくねぇ」
ふわんと微笑んだ姐さんから、だよねぇ?と問われて、お嬢が頷く。
「私も合宿継続で良い」
さらっと意見を主張した姐さんに倣って、あんちゃんことラファエル・アーベントロート先輩が言う。
「まだ、肉が余っているからな」
「そこ!?いや、うん、クロの飯美味いんだよなー…。うん、オレも合宿継続したいっす」
「クララもそこで決めるんじゃん…。あー、おれは…」
クララことクラウス・リスト先輩に突っ込みを入れてから、迷う素振りを見せたパパことパスカル・シュレーディンガー先輩に、視線で訴える。
目が合った。よし、押せ!押すのだわたし!某チワワのように!!うるうる。
「………継続派で」
勝った!勝ちましたよ!!これで、過半数!
「…誰かひとりでも嫌がったら続けるなよ?」
おうふ、わんちゃんから釘を刺された…。
仕方がないので、駄目?駄目なの?と言う視線を振りまいておく。
「…ボクも、続けたい、です」
「私も、継続で良いよ」
「おい、そんな、あっさり………いや、俺も継続で」
これは、行けるかもしれない。
期待を込めて、兄貴を見上げた。
「せっかく今まで、頑張ったからな」
小さくため息を吐いて、兄貴が苦笑する。
「続けます。それで、大丈夫ですか?」
「ああ。ただし、あまり動き回らずおとなしく過ごせよ?」
「わかりました。ご配慮、ありがとうございます」
「いや。なら俺は戻るが、なにかあったらエリアルなりヴィクトリカなりがすぐに連絡寄越せ。じゃあな」
-合宿を終えたら、ちゃんと来いよ
通信石でわたしに念を押しつつ、わんちゃんがかかとを鳴らす。魔力の渦が、わんちゃんを連れ去った。
「…昼食にするか」
それを見送ってから、兄貴が呟く。
「あ、お詫びに、腕を振るいますよ!」
びしっと挙手して、わたしは宣言した。
その後、お昼と夜、次の日の朝とお弁当で、集めた食材はきっちり使い切って。
あ、そうそう。飛蜥蜴は、天ぷらにするとすごく美味しいことがわかりました。姫ことヴィクトリカ殿下は、やっぱり食べられなかったけど。
おとなしく過ごせと言うわんちゃんの忠告に従い、午後は基地を離れず、先輩方によるサバイバル術のレクチャーになった。玉石混淆気味な内容だったが、楽しかった。
夜の見張りはクララとになって、少しだけ怒られた。騎士科はともかくお嬢には、あんま心配掛けんなよって。わたしがいなくなったときのお嬢の動揺っぷりが、ひどかったらしい。
わんちゃんがフォローしてくれたからか、気になってはいたようだがそれ以上なにか訊かれたりはせず、クララの演習合宿の思い出話を聞かせて貰えた。…あんちゃんの手料理の話が、思った以上に壮絶だった。
帰り道も問題なく進み、学院に帰還。
「ククルクの完品!?クマル草も、こんなに綺麗なものを…。は!?なにこの、ギャドの大きさ!鷹山羊鹿の血も、こんなに品質の高いものを、素人が!?メーベルトがいたから…いいえ、それにしたってこれは…」
「…僕がと言うより、クロ…エリアルと、ミュラー嬢のお陰ですよ」
「なんですって!?ちょっと、そこのところ、詳しく!」
課題の提出でひと悶着あったりなかったりしたが、期限に間に合い課題をクリアした上に、品質も良かったと言うことで、かなり高得点が付きそうだ。
興奮した薬学の先生からようやく解放され、校舎の廊下を歩きながら、ぐーんと伸びをする。
「やー…終わってみると、早かったですね、演習合宿」
のんびりと言ったわたしへ、姫とテディ、いや、もう、ヴィクトリカ殿下とテオドアさまかな、が、白い目になって言う。
「…いや、私は途中死ぬかと思ったよ」
「ああ。四日目だけで、数年分に感じた」
ふたりだけでなく周り中から、非難の視線が寄せられる。
うう…。でも実際、未だにそのときの記憶は戻ってないのだよな…。
「そもそも、なんで倒そうとしたんだ?」
素朴な疑問的に、クララが、いや、リスト先輩、か、が呟く。わんちゃんの言葉で問うのを耐えていたようだが、ついに我慢の限界になったらしい。
「なんで集まったかわからないからアレだけど、べつに人里には向かってなかっただろー?」
「…それは、」
とりさんからの伝聞でしかない理由は、モモのため、だけれど、言えっこないし…。
どうしようかと思った瞬間ぼそりと助言が与えられる。
-エリ狙いの可能性があったことにしなよ。残したでしょう、魔法
ああ、なるほど。
-ありがとう、とりさん
「申し訳ありません…」
すっと視線を下げて、まず謝罪。
「わたしを目当てに、動物が集まった可能性があったのです」
「は?」
「二日目に、音魔法を設置したでしょう?あれは発動時以外はほとんど魔力を感じさせないもので、たいていの獣でしたら存在に気付かないものでした。けれど魔力に極めて敏感な獣が効果範囲に立ち入った場合、そんな微量な魔力でも感じ取ってしまう場合があって」
これは、本当のこと。奇跡的な偶然でもない限りあり得ないようなことではあるが、さらに奇跡的な偶然で竜が孵ったくらいなのだ。主張しても、許されるだろう。
それに、モモをわたしが連れ去り、とりさんの気配でその痕跡を掻き消した以上、きっと今回のことの原因は判明しない。
それでも理由を求めた場合にこの案は、十分有力となるはずだ。
わたしに科せられる縛りは、きつくなるかもしれないけれど。
「そんな獣の一種に、声高と呼ばれる吸血虫がいます。この虫は魔力の高い生きものの血を好んで食すのですが、極上の餌になりそうな気配を見つけると、ひとには聞こえないような音域を広範に流して仲間を集め、群れ全体で獲物を探すのです。しかし、声高にとって極上の餌は滅多になく、かつ、ほかの獣にとっても極上であるため、声高が極上の餌を伝える声はそれを聞き付けられる獣さえ引き寄せてしまいます。わたしの魔力が、獣を引き寄せやすいことはお伝えしましたよね?幼いころですが、声高のせいで惨事を起こしかけたことがありました。ゆえに声高にわたし自身が見つかる前に、どうにかしなければと思ったのです」
嘘と真が入り混じった説明だった。
声高の習性や声がほかの獣を引き寄せること、幼いころに声高が原因でひどい目に遭いかけたことは本当。だが、今のわたしが獣を引き寄せ易いのは、とりさんの気配のせいだ。声高の介入があればべつだが、わたしの魔力自体は獣の誘引剤になるものではない。そもそもたいていの獣は、よほど近付かない限り魔力なんて感じ取ったりしない。
だが、声高にとってはわたしの魔力が極上の餌なことは確からしく声高には鳴かれるので、わんちゃんにもこの案は通用する。多少の嘘は、追求を避けるためと判断されるだろう。
「…わたし、耳が良いらしくて」
ぎゅ、と片耳を引っ張りながら言う。
「本来ひとだと拾えないはずの声高の声を、感じ取れることがあるのです。それで、嫌な感じを覚えていたみたいで。けれど感じ取れると言っても本当にかすかになので、嫌な感じはするのに原因がわからなくて、あそこまで近付いてやっとわかったのです。声高の捜索範囲は日を追うと広くなるのであの位置でもいつ見つかるかわからないと判断し、下手に逃げて被害を広げるよりは撃退をと、判断しました」
「…あの数の、亜翼竜をか?」
…どこまでなら、話して良いだろうか。どこまでが、一般的な知識だろうか。
「物理攻撃ではないので、精密ささえ求めなければ数や大きさは関係がないのです。そうすると広範囲の完全な無差別殺戮になってしまうのですが」
「あの数を…いや、良い。つまり、クロなりに理由があっての行動だった、と言うことだな」
「はい。それから、認識阻害は掛けましたが、意思はいじっていません。こんなことを言っても疑わしいかもしれませんが、どうかそれだけは、信じて下さい。みなさまの意思を踏みにじる気は、ありませんでした」
するりと出た言葉は、わたし自身思っても見ない言葉だったが、恐らく忘れている部分のわたしが気にしていたことだったのだろう。わたしがひとの心を弄ぶようなことをしていなくて、わたし自身もほっとする。
わたしを見下ろした兄貴…スー先輩は、少しだけ眉を下げて苦笑した。…呼び名を戻すのが少し、寂しいな。
「ああ。わかった。だが、次があったらそのときは、嫌な予感の時点で相談しろ。お前が気付かない理由に、べつの人間が気付く可能性だってある。たとえそれが杞憂に終わったとしても、責めたりはしない」
「…ありがとうございます、スー先輩」
にこっと微笑んだわたしに、はた、とスー先輩が目をまたたく。
「…ああ、そうか。合宿中は、と言う話だったな」
呼び名が戻ったことに、驚いたらしい。そんなスー先輩に、姐さん…メーベルト先輩がにこっと笑って言う。
「まぁ、クララは合宿後もクララだけどねぇ」
「確定なんすか!?」
「あれ?クララって名前クララじゃなかった?」
「パスカル、お前…!」
「うむ、ブルーノの意向は班長と副班長の報告会で、しっかりと伝えておく」
「あんちゃ、違う、ラフ先輩!!」
パパ改めシュレーディンガー先輩と、あんちゃん改めアーベントロート先輩が、全力でリスト先輩をからかいに掛かる。
くすくすと笑って、リスト先輩を見上げた。
「でも、良いと思いますよ、クララって、リスト先輩にお似合いです」
騒いでいたリスト先輩がぴたりと言葉も動きも止め、じっとわたしを見下ろす。
あれ?なにかやったか…?
「リスト先輩…?」
首を傾げたわたしを見下ろしながら、リスト先輩が顔をしかめる。
「わかりました。クララで良いっすよ」
不本意そうな顔で、そう呟くのは、わたしに対しての言葉じゃないよね?と、思った直後肩を掴まれる。
「ふぇ?」
「クララで良いから、サヴァン、いや、アル。お前も、リスト先輩はやめろ。なんか寂しいから!クララって呼べ。クララって」
「え、あ、はい…クララ先輩」
「よし!」
頷いてにかっと笑ったクララ先輩が、わたしから手を離す。
「あ、じゃあおれも。シュレーディンガーじゃなくて、パスカル、ね?」
「はい。パスカル先輩」
頷いてパスカル先輩を呼ぶと、ぐっと手を引かれる。わたしの手を掴んだのは、
「ラフ先輩、で、良いですか?」
「ああ」
騎士科であだ名呼びをする相手はスー先輩だけだったので、なんだか新鮮だ。
「なら、俺も、」
「るーちゃん!」
なにか言おうとしたテオドアさまの声を遮り、鈴を転がすような声が響いた。
長い鉄紺の髪がなびいて、ふわりとメーベルト先輩の胸に飛び込む。メーベルト先輩が、驚いた顔で腕の中の人影に目を落とした。
「え?ぎーちゃん?」
「無事?無事なのお!?」
「無事だけど、突然どうしたの?」
「だって、るーちゃんが行った先に、亜翼竜が出たってえ!!」
どうやらすでにわんちゃんから、情報は回っているみたいだ。王太子も行っていた場所なのだから、当然か。
…改めて考えるとよくもまあ、合宿の続行を許して貰えたな。いや、モモは保護したしわたしもいたし、安全は確実だったけれど。
「ああ、心配しなくても、春みたいなことにはなってないから。怪我人もなしで、無事解決したよ」
「なら、良いけどお、るーちゃんになにかあったらってえ、すごくう、心配、してえ…」
「うん。ごめんね、ぎーちゃん」
「…ギーセラ、さん」
お?珍しく、ラフ先輩がたじろいでいらっしゃる。
メーベルト先輩の腕の中の人物-小柄な女性だ-が、ぱっとラフ先輩を振り向く。
「もお!またラフくんはあ!るーちゃんが無茶するからあんまりお馬鹿なことしないでってえ、言ったでしょお!?」
「え、あ、いや、」
女性はツェリとピアの間くらいの身長で、ラフ先輩と比べれば30センチ近い身長差なのだが、臆するようすもなく喰って掛かった。勢いに飲まれたのか、単純に苦手なのか、あのラフ先輩がたじたじになっている。
「ギーセラ」
見かねたスー先輩が助け船を出す。
「今回馬鹿をやったのはラフじゃない。エリアル…そこの、黒いのだ」
スー先輩、黒いのって…。や、確かにわたしは黒いですけれどね?
「黒いのお…?」
どうやらギーセラさんと言うらしい女性が、初めて辺りを見回し、目を見開いた。
「あらあらあらあらあ!まあまあ!なんてことお!」
声を高くして、叫ぶ。
ツェツィーリア・ミュラーにエリアル・サヴァンだ。怖がられても、
「るーちゃん、見てみてえ!美少女が三人もいるわあ!!」
「…うん、言われてみれば、そうだったねぇ」
え。
ばんばんとメーベルト先輩の肩を叩きながらのギーセラさんのひとことに、思わずぽかーんで、ツェリと顔を見合わせる。
いえね、初見でツェリに見惚れるのは、まだわかるのですよ?わたしのお嬢さまは、マジ天使な美少女ですから。でも、エリアル・サヴァンとセットでいて、単なる美少女に会った対応が出来るって……猛者だよ、うん。
「あー、そっか、美少女だったな、ミュラーもアルもアロンソも」
「なんか、うん。五日も一緒にいると、そう言うの関係なくなるよね」
「つか、あー、なんか美少女っつーより、良い後輩、なんだよな、特にアル」
「うんうん。わかるわかる」
「でもって、相変わらず強ーな、ギーセラさん」
「………そこは、黙秘で」
わたしたちの横で、クララ先輩とパスカル先輩が小声で言い合う。
えっと?
「ほら、ぎーちゃん、ちゃんと挨拶して」
「ああ!そうねえ!ごめんなさい。るーちゃん…ブルーノの姉のお、ギーセラ・メーベルトです。初めまして。あなたたちは、クルタス学院高等部の子たちかしら?私、専科に所属しているのよお。治癒魔法の魔道具を研究しているから、興味があったらぜひ遊びに来てねえ」
なんと、姐さん'sお姉さまでしたか。確かに鉄紺の髪に銀の瞳でメーベルト先輩と同じ色彩だし、面立ちも似ている。そして、治癒魔法の魔道具はちょっと、いや、かなり気になりますよ。
ギーセラさんの言葉を補足するように、メーベルト先輩が言う。
「ギーセラは上の姉で、五つ年上なんだけど、治癒魔法が少し使えるんだよ。それで、クルタスの専科に入ったんだぁ。強い魔法が使えたりはしないんだけど、魔道具の研究が性に合ってるみたいで。弟としては、研究よりも結婚をして欲しいんだけどねぇ…」
「ちょっとお、るーちゃんたらあ!歳の話と結婚の話はやめてってえ、いつも言っているでしょお!」
メーベルト先輩の五つ年上と言うと、二十二、三歳か。うん、この国の貴族女性としては確かにそろそろ、結婚しないとまずい年かな。たいていのご令嬢は高等部卒業後三年以内には、みんな結婚してしまうから。
ギーセラさん、可愛らしい顔立ちなのにな…。ぱわふるな言動があかんのだろうか。
苦笑したメーベルト先輩が、お姉ちゃんに反論する。
「でも、おんなじ学院だからって、僕が父さんや母さんからせっつかれてるんだよぉ?早くギーセラを嫁がせろって、この前エマにまで、早くギーセラお嬢さまのお子が見たいですねぇって、さり気なく言われたし…」
「エマにまで!?」
「エマにまで。ほらぁ、れーちゃんが早くに結婚したから、余計ぎーちゃんが遅く感じるんだよぉ?」
「ううううぅ。い、今はそんなことより美少女よ!美少女お!お名前、訊いても良いかしらあ!?」
歳と結婚の話はしたくないらしいギーセラさんが、強引に話題を変えに掛かる。
矛先を向けられたツェリとピアが、少し面喰らいながら答える。
「ツェツィーリア・ミュラーよ。良ければ、ツェリ、と」
「ピア・アロンソ、です…」
「ツェリちゃんにピアちゃんね!あなたは!?」
ばっと目を向けられて、びくっとする。
「わ、わたしですか?」
「そう!あなた!!」
…この国で双黒の女は、ひとりだけ、なのだけれどな。
「エリアル・サヴァンです」
「エリアル!良い名前ね!」
とっさで気付いていないのかと思った予測に反し、ギーセラさんはわたしの名前を聞いても態度を変えなかった。それどころか、手を掴み、きゅっと握る。
「可愛い。本当に可愛い。しかも頑張りやさんなのねえ。ねえ、るーちゃん!私、こんな妹が欲しいわあ!」
「…エリアル、お兄さんいたよね?」
「え、あ、はい、ふたり…」
「確か、五つ上と三つ上だったっけぇ?もし、婚約者とかいなかったら、」
「結婚の話はやめてえ!?」
ギーセラさん、結婚にトラウマでもあるのですか。
と言うか、え、もしかして、まだわたしが“国殺しのサヴァン”だって気付いていないの?
「るーちゃんがあ、えっちゃんと結婚して欲しいなあってえ、言ってるのお!精神治癒と精神攻撃ならあ、相性も良さそうじゃない!」
っ、気付いて、言ってたのか…。と言うか、
「えっちゃんって…」
「あ、嫌?可愛いかなあってえ、思ったのだけどお」
「え、あ、いえ、大丈夫です」
なんか、親近感が湧くなあと思っただけで。
「ほんとお?ありがとお!ねえねえ、うちのるーちゃん、今ならお買い得よお?買わない?ねえ、買わない?」
お買い得て。
苦笑して、首を振る。
「買った!と、言いたいところなのですが、申し訳ありません。わたしの婚姻は、わたしの自由にはならないので」
「あらあ。残念だわあ。じゃあ、るーちゃんが頑張るしかないのねえ!るーちゃん、頑張ってえ!!」
そこで諦めないポジティブさ。やっぱり猛者だよ、ギーセラさん。
メーベルト先輩が額を押さえて首を振った。
「だから妹にしたいなら、ぎーちゃんがエリアルのお兄さんと結婚すれば、」
「私が結婚しても、えっちゃんがお嫁に行っちゃったら会えなくなるじゃないのお!でも、えっちゃんがお嫁に来てくれたらあ、里帰りするたび会えるでしょお!!」
「さり気なく、黒いな」
「ラフくん、なにか言ったあ?」
「いいえ!なにも」
なかなかに黒い考えを持って主張していたらしいギーセラさんに、メーベルト先輩がため息を吐く。
「とにかく、僕の結婚よりぎーちゃんは自分の結婚考えてぇ。で、ぎーちゃんの用事は僕の安否確認だったんでしょう?なら、もう済んだよねぇ?合宿終わりでみんな疲れてるからぁ、今日はもう解放して?」
「あっ、そうよねえ!ごめんね、私ったらあ」
ぱっとわたしから手を離し、ギーセラさんが両手で自分の頬を挟む。
「戻るわねえ。邪魔してごめんなさい。じゃあ、えっちゃん、また会いましょおねえ!」
「あ、ギーセラさん」
「なあに?」
「魔道具の研究に興味があるので、今度お話を聞きに行っても良いですか?」
「あらあら!大歓迎よお!るーちゃんと一緒にいらっしゃいなあ」
ギーセラさんはにこにこ笑って頷いてから、それと、と言った。
「良かったらギーセラさんなんて堅苦しく呼ばないでえ、ぎーちゃんって呼んで欲しいわあ」
「えっと、良いのですか?」
「良いの良いのお。ツェリちゃんとピアちゃんもお、ね?」
「わかりました。ぎーちゃん、また今度」
「ええ。またねえ」
ひらひらと手を振って、ぎーちゃんが走り去る。なんと言うか、うん、
「嵐みたいなひとね…」
わたしの心の声のままを、ツェリが呟いた。デスヨネー。
「ごめ、」
「でも、良いひとだわ」
謝罪しかけたメーベルト先輩を遮ってツェリが続ける。うん。それにも、賛成だ。
「見た目や評判でなく、アルを評価していたわ」
「ん?」
その言葉には、きょとんとする。可愛いって言ってたし、見た目じゃないの?
首を傾げるわたしの手を掴んで、ツェリが言った。
「あなたの手を握って、頑張り屋さんだと言ったわ。手の固さから判断したんじゃないかしら。服装や剣から、あなたが騎士科なことは気付いたでしょうし」
「…見た目や言動に騙されがちだが、すごく頭の回転が早くて観察眼が鋭いし、怒らせるとまずいひとだ。甘く見ると、痛い目に遭うぞ」
…ラフ先輩はぎーちゃんと、いったいなにがあったの。
「ああ、心配しなくても、ギーセラが厳しいのは男に対してだけだからぁ。女の子、特に美少女には、すごく優しいよぉ?」
「美少女に優しいって…モーナと話が合いそうね」
「モーナって、ジュエルウィード嬢のこと?それなら…」
ツェリとメーベルト先輩の会話を横目に、スー先輩に話し掛ける。
「スー先輩はぎーちゃんのこと、呼び捨てなのですね」
「ああ…」
スー先輩は少し視線を泳がせ逡巡したあとで、言葉を続けた。
「ブルーノには上から、ギーセラ、レジーナ、リーゼルと、三人姉がいてな、そのうち真ん中のレジーナと、俺のいちばん上の兄が結婚している」
「…武門の伯爵家継嗣と、文門の男爵令嬢がですか?」
「恋愛結婚だったんだ」
思わず驚いて問い返した言葉に答えるスー先輩が少し、顔を険しくしているように見えるのは、気のせいだろうか。
片手を首に当てて、スー先輩が語る。
「長兄とは十、歳が離れていてな。レジーナが俺やブルーノとは四つ差だから、兄との歳の差は六つだな…。そのレジーナが十四のとき、まだまだ下っ端の騎士だった兄に助けられたことがあって、そこでお互い一目惚れしたらしい。いろいろあったが、レジーナの高等部卒業と同時に結婚した。三年前だな。結婚前から家同士親しくなっていたから、ギーセラには弟のように可愛がって貰っていたが、さすがにこの歳でぎーちゃんは恥ずかしくてな…」
なるほど。昔ぎーちゃんと呼んでいたけれどいまは恥ずかしい、からの、呼び捨てなのですね。あれだ、お姉ちゃんをねぇねって呼んでた男の子が、思春期くらいから呼び捨てで呼び始めるみたいな。そう考えると、いまだにぎーちゃん呼びを続けるメーベルト先輩は猛者?と言うか、
「メーベルト先輩とスー先輩は義兄弟、と言うことですか…?」
「そうなるな」
なんと言うことでしょう。それは、つまり、あれか?
「ぎーちゃんとうちの兄が結婚すれば、スー先輩がわたしの義兄さまに!?ちょ、メーベルト先輩、メーベルト先輩!うちの兄とぎーちゃんの結婚を、画策しませんかっ?」
兄もサヴァンだからそこそこ結婚にしがらみがあるが、わたしほど雁字搦めではないはずだ。わんちゃんや宰相さまに、それとなくお願いして…。
「ギーセラさん並みに黒いな、アル」
どうすれば行けるか考え出したわたしに、ラフ先輩が突っ込みを入れる。
いや、だって、兄貴がリアル兄貴になる可能性があるのだよ!?
「下の兄のお嫁さん探しが難航しているのです。条件が厳しくてなかなか見つからないのですが、ぎーちゃんなら兄の条件に合うと思うので行けるのではないかと」
下の兄、三つ年上のイェレミアス兄さまは、身内のひいき目ながら整った顔立ちだし、高等部卒業と同時に宰相さま直々に文官として引き抜かれた将来有望な若手で、わたしにも優しくしてくれる出来たひとだ。
文官への引き抜きはサヴァンの囲い込みの可能性があるけれど、初っ発目っから任官先が宰相さまの補佐室らしいので、半分は囲い込みだったとしても半分はガチに有用人材としての登用なんじゃないかと思う。妹から見ても頭の良いひとだと思うし、単なる囲い込みならもっと重要でないポジションに付けるだろう。宰相補佐室とか、国の最重要案件を扱う部屋だよ?単なるクズだったら入れられないって。
そんなまあまあの好物件な兄さまだが、なにぶんサヴァンだし、その上本人の理想が難しい。いや、うん、外見にこだわるとか性格にこだわるとかではなくて、求める要件はひとつきりで、それさえ満たせばあとはなんでも良いと言っているのだけれど…。
求める絶対条件が、サヴァンの力を必要以上に怖れず、利用しようともしないこと、なのだ。サヴァンの能力を持つのは現状わたしだけなので、つまりわたしを怖れたり利用しようとしたりするな、と言うことになる。
兄さま、無茶言う。
きっとわたしと、生まれて来るかもしれないサヴァンの魔法を持った子どものため、そしてなにより結婚相手のために付けた条件で、優しい兄さまらしいとは思うのだけれど。
利用目的以外でサヴァンに嫁ごうと思うひとなんて、まずいないだろう。
まして親でさえ恐れるエリアル・サヴァンの、能力を見て怖れるな、なんて。
でもわたしを見てためらいもなく手を掴めるぎーちゃんなら、もしかすると大丈夫かもしれない。なにせあの惨状を見ても変わらずわたしと会話してくれる、メーベルト先輩のお姉さまだ。
メーベルト先輩が振り向いて、すっとわたしに近付いた。
「ぎーちゃんの貰い手になってくれるなら嬉しいけど、ぎーちゃんもぎーちゃんでなかなか難しい子だからなぁ」
「あ…華奢な男は許せないとかだと、無理ですね。それと、年下でも良いと言って下さるか…」
「いや、でもまぁ、考えておくよぉ。それより、エリアルぅ?」
ぺたりとわたしの頬に触れて、メーベルト先輩が目を見据えて来た。
心なしか、不服げな表情に見える。
「ぎーちゃんはあだ名で僕はメーベルト先輩って、おかしくない?」
それは、まあ、
「確かに?」
会って間もないぎーちゃんと五日間をともに過ごしたメーベルト先輩。ぎーちゃんをより親しげに呼ぶのは、不公平な気もする。ほかの先輩方は、あだ名や名前呼びになったし。
それなら、ブルーノ先輩と、
「でしょう?僕もあだ名で呼んでよ」
あだ名、ですか?
「…姐さん?」
「いやいや、それはやめてぇ」
「では、るーちゃん先輩、ですか?」
「長いから、先輩は付けなくて良いかなぁ」
「るーちゃん?」
本当に良いのかなぁと思いつつ呟けば、ふわんと満足げに微笑まれた。
それは、花が咲いたような、笑顔で。
「うん。これからもよろしくねぇ、エリアル」
わたしのことはあだ名じゃないのだななんて思ったりもしたが、まあ、るーちゃんが満足なら良いか。
「はい、るーちゃん」
あくしゅ、と差し出されたるーちゃんの手を握って、わたしは微笑みを返した。
ひと段落の気配を受けて、スー先輩が、ぱん、と手を叩く。
「さて、今日はみな疲れているだろうから、このくらいで解散にする。ゆっくり休め。それと、課題で集めたものに関してだが、恐らく後日返却か換金か訊かれることになると思う。またあとで、集まってどうするか決めよう」
「…?」
るーちゃんと握手のままスー先輩を見上げて、首を傾げた。
「ぜんぶるーちゃんに渡せば良いのでは?…お金が欲しい方がいるなら別ですが」
「この中でいちばんお金にがめついあなたがそれを言うのね。まあ、あなたがそれで良いなら私もそれで良いけど。お金なら足りているし、薬の材料なんて貰っても使い道がないもの」
いや、そこまでがめつくないですよ?
「ちょ、エリアル」
焦ったような声とともに、手を引かれた。
慌てた表情のるーちゃんが、わたしを見上げる。
「あれ全部換金したら、かなり高額になるよぉ?とくにククルクと鷹山羊鹿の血、ギャドは最高品質なんだからぁ」
「いやまあ、お金はあるに越したことはないのですが」
「それなら、」
「お金でしたらいくらでも稼ぐ方法がありますが、珍しい品はお金があっても手に入るとは限らないでしょう?」
お金で買えない価値がある。買えるものは、マスター○ードで、だ。
「売って一時的に得るお金よりも、るーちゃんが薬の材料を持っていた方が、きっとずっと役に立ちますよ。それが誰かを、救うかもしれないのですから」
「…私もエリアル嬢に賛成、かな」
「俺も、です」
「ボクもそれで、大丈夫です」
「ふはっ、今年の一年は、欲がねーな!」
次々とわたしへの賛同を示す一年組に、からからとクララ先輩が笑う。そのままのノリで、ぱっと両手を広げた。
「オレもそれで良いんで、治癒魔法、一回まけて下さいね」
「あ、それ良いね。じゃあブルーノ先輩、おれも治癒魔法一回で」
そんなクララ先輩の肩に手を置いたパスカル先輩が、にっと笑う。
ラフ先輩とスー先輩が目配せし合って、頷いた。全員の正直な意見を聞くために、あえて黙っていたのだろう。
「私も賛成だ」
「わかった。採集した薬の材料は全てブルーノに。代わりにブルーノはひとりにつき治療を一回割引き価格で引き受ける。ブルーノも賛成なら、それで決定だな」
「待って、待ってぇ…本当にぃ、そんな軽く手放して内容じゃ…」
「その価値がわかるのは、この中でお前だけだろう?なら、お前が持つのが良い」
口端で笑ったラフ先輩は、るーちゃんを見下ろしてそれに、と続けた。
「採集における最大の功労者が、それで良いって言ってるんだ。その意思を尊重すべきだろう?」
言ったラフ先輩が視線を向けたのは、わたし。
?と首を傾けたわたしを、るーちゃんまで見つめて。
「本当に、良いのぉ?」
諦めたように苦笑して、班員を見回した。
「ああ。それで良い」
「わかった。ありがとう。ただし、いちばん大きいギャドの結晶だけは受け取れない。あれは、エリアルが持つべきだよ」
「え、でも、薬の材料は…」
「ギャドは守り石ともされているから。薬に使うだけが使用法じゃないんだよぉ。装飾品や、工芸品、絵の具の原理なんかにも使われるんだぁ」
だから、お守りに持っていて。
ずっと握りっぱなしになっていたわたしの手を、両手で包んで持ち上げ、るーちゃんは言った。
「…お守り、ですか」
ギャドは白の混じった緑の軟玉。薬に使われたりするから、明確には違うものなのだろうけれど、前世の翡翠に、似ている。
諸説ある中のひとつだけれど、翡翠はわたしの誕生石だった。不老不死や、幸運と言った意味を持つ石。
メロン大の石を貰っても、使い道は思い付かないけれど。
「みなさまが良いとおっしゃるのでしたら、貰います」
「そもそもギャドは、あなたがいなかったらまず手に入っていなかったじゃない」
ツェリが言って、肩をすくめる。
「ほかの材料だってほとんどがあなたが取ったものだもの、利益を受け取る権利があるわ。そうでしょう?」
「ああ。そうだな」
兄貴が頷いて、わたしがギャドの大きな結晶を貰うことが決まった。
「改めて集まる必要がなくなったな」
「でも、せっかくですから打ち上げとかやりたいですね」
これっきりは少し、寂しい。
そう思って口にした言葉に、一様にきょとんとした表情を返される。
「打ち上げ…?」
「あ、えっと、あの、」
しまった庶民用語だったか。いや、元は歌舞伎用語だった気がするから、もしかすると存在しない概念かもしれない。
「反省会?と言うか、えっと、うーん…なにかを成し遂げたあとに、よく頑張ったねってお互いを讃え合う、軽めのパーティー、ですかね。美味しいものを食べて、楽しくお喋りしましょう、って」
「へー。面白そうじゃん。やろーぜ。アル主催な!声掛けろよ」
「はい。あー、ただ、わたししばらく自由に動けないかも、ですけど」
わんちゃんに、呼び出されているのだった…。
「んー、じゃあさ、夏期休暇が終わったころにしようぜー。休暇中は、遠出してるかもしんねーし」
「そうですね。それくらいでしたら」
「いっそ、二回目でそれぞれが同じ班になったやつとかも集めるかー?ほら、人数多い方が楽しいだろー?」
でも、それだとエリアル・サヴァンに耐性のないひとがいるかも、いや、怖がるひとには近付かなければ良い話か。
「良いですね、」
「パーティーは賛成だが、今日はそのくらいにしておけ。解散だ」
クララ先輩と盛り上がりかけたところで、スー先輩に止められる。
「あ、はい。えーっと、みなさま、五日間ありがとうございました」
「うん。ありがとう。楽しかったよぉ」
「初めてだし、ついて行けるか心配だったけど、楽しかったわ」
「ありがとう、ございました」
「ん。オレも楽しかったっす。良い面子だったな」
「うん。もう一回くらい、この顔ぶれで合宿したいくらい」
「ありがとう、私も、この班で良かったと思う」
「やらかしたりやらかされたりもしたけど、楽しかったです。ありがとうございました」
「飛蜥蜴が美味かった」
解散の言葉で、それぞれが感想やお礼を口にする。
うん。いろいろあったけど、楽しかったし、素敵な先輩方と仲良くなれた。参加して、本当に良かったと思う。
スー先輩がひとりひとりの顔を見てから、締めの言葉を口にする。
「班長として合宿に参加するのは初めてだったから、至らない点もあったと思う。しかし、良い班員に巡り会えたおかげで無事合宿を終えられた。感謝する。今日はゆっくり休んで、明日から、この合宿で学んだことを活かしてくれ。以上、解散」
『ありがとうございましたっ』
返事は、みんなそろった。
笑顔で手を振り、それぞれ寮や家に戻る。
女子寮へ足を向けたわたしへ、ツェリが声を掛けた。
「…あなたは、このまま寮?」
「そうですね。いちど寮に戻って汚れを落としてから…わんちゃんの、ところへ…」
自業自得とは言え…うう。
そう。と頷いたあとで、ツェリが肩をすくめた。
「もし夏期休暇中に自由時間が取れそうだったら、教えてちょうだい。義母上さまがあなたに会いたがっているの」
「…自由時間が、取れたら、連絡します…」
取れる気がしない。
下手すると、夏期の第二回演習合宿にも、参加出来るかどうか…。
遠い目をしたわたしの肩を叩き、連絡待ってるわと言ってツェリはミュラーの家へ帰った。長期休暇は大半の生徒が実家へ戻る。戻らないのは旅費もないような貧しいの生徒と、なにか事情のある生徒だ。例えばわたしのように、家族との折り合いが悪い、とか。
常に寮にいるわたしとは対照的に、ツェリは長期休暇のみならず、普段の休暇でも月に一、二度家に帰る。ツェリが養家と上手く行っていて、嬉しい。
「わたしもどうにか、すべき、なのだけどな…」
完全にひとりになってから、小さく呟く。たぶん、蝙蝠くんは拾わなかっただろう。
本当は、家族ともっと仲良くすべきなのだ。特に、ひとつ年下の妹のアリス…アリスティア・サヴァンとは。
薄茶の髪と目の少女が自分に向ける視線を思い出して、ため息を吐く。
「とにかく今は、合宿の後始末、しよう」
ごまかすように口に出して、浮かんだ顔を振り払う。
「怒られるかな。怒られるよな。やだなー」
苦笑してぼやき、わんちゃんへ通信を送った。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
このあとたぶん後日談も書きますが
初合宿編はこれでひとまず終了です
長らくのお付き合いありがとうございました
二ヶ月超だよ…
エリアルさんが聞いていなかったツェリとブルーノ先輩の会話では
モーナさんとギーセラさんが知り合いだと言うことが判明しています
合宿が終わったから言える…!
2/22の活動報告で番外小話を上げています
ネタに突っ走ったお話ですが
よろしければそちらもお読み下さいませ<(_ _)>
続きも読んで頂けると嬉しいです




