取り巻きCと初合宿 よっかめーそのさん
三人称視点/取り巻きC・エリアル視点
ぶった切りからの間が空いてしまい申し訳ありません
消えたエリアルさんがどうなったのかです
暴力と血が出ていますが前話ほど真っ赤ではないです
が、苦手な方はご注意下さい
日の光の降り注ぐ洞窟内で、黒髪の少女がしゃがみ込む。
「…“桃”」
「くぴー」
思わずと言った体で呟いた少女の言葉に、視線の先にいた桃色の物体が鳴き声を上げた。
ぷるぷると頭を振るって、つぶらな瞳で少女を見上げる。
「あれ、ねぇ、もしかしてこれ、名付けた?名付けちゃった?」
少女と桃色の物体以外生きるもののいない空間で、しかし少女は桃色の物体以外のなにかに向けて問う。
返答を待つような間のあとで、うわぁ…と呟いて頭を抱えた。
「よりにもよって、モモって、モモって…思いっきり日本語じゃないか…」
「くぴー!」
繰り返された言葉に自分を呼ばれたと思ったか、桃色の物体は元気に返事をした。
ё ё ё ё ё
…ここはどこ?わたしはだれ?
あ、えっと、こんにちは、かな?気が付いたら知らない場所に立っていたのだけれどどうしよう状態なエリアル・サヴァンです。
とりあえず、身体に異常は感じないし拘束もされていない。周囲にひとの気配も…ない。
目に入るのは広い洞窟、はるか上に小さな空、周囲にうずたかく積み上がった、あれは亜翼竜の死骸?、目の前には桃色の物体。
状況が理解出来ない。わたしはさっきまで、森の中にいたはずじゃなかったか?
あの死骸はなに?亜翼竜だけじゃない。劣翼竜に飛蜥蜴、そのほか、多種多様な生きものが、大きな外傷もなさそうなのに血を吐いて死んでいる。
なんで。どうして。
到達したくない結論に、それでも思考は向かって行く。
「わたし、暴走した?」
呟いた言葉は思った以上に洞窟内で響き、それがまるで正解と言う肯定のようで、
ちりん
もしも暴走したのなら、そばにいた人間は、無事か?
「い、やだ、」
−覚えてないの?
混乱しかけたわたしをなだめたのは、心の中で響く声だった。
いつもと変わらぬトーンの声に、さざ波立った心が落ち着かされる。
−モモを助けるために、自分の意思で殺したんでしょうに
「モモ?」
「くぴー!」
聞き返す言葉に答えたのは、とりさんではなく目の前の桃色の物体だった。
覚束ない動作でぴょこんっと立ち上がって、くりくりとした瞳でわたしを見上げる。…可愛い。
なんて言ったら良いんだろう。こう、冒険ファンタジーのマスコットキャラにいそうな、ミニドラゴンとかチードラゴンとか呼ばれそうな感じのやつら、アレに近い見た目な生きもの。
大きさは猫くらいで、鱗はない。ごつごつした硬そうな皮膚は桃の花のような淡く可愛らしいピンク色。少しつった大きな瞳は白目がなく、虹彩はドラゴンフルーツを思わせる少し紫がかった赤みの強いピンク色だ。
「この子が、モモって言うの?」
−きみが名付けたんでしょう?
いや、でしょう?って言われても、
「記憶にない」
−かなり強い魔法を使ったからね。記憶が混乱しても仕方ないか
ため息を吐いたような気配。
モモ、とわたしが名付けたらしい生きものの前にしゃがみ込み、訊ねる。この子から感じるこの気配は、
「ねぇ、もしかしてこの子って、竜、だったりする?」
−もしかしてもなにも、って、触ったら、
「え?」
なんとなく伸ばした手が触れたとたん、目の前にいたはずのモモが、しゅるん、と消えた。
急激に身体から力が抜け、くらりとめまいに襲われる。
−ああもう、ばか。エリの身体に刻まれているのは竜を封じるための魔法なんだから、竜に触ったら取り込んじゃうに決まってるでしょう
「それ、はやく、いって…」
魔力低下による、活動休止。
−…武士の情けで結界だけは、張って置いてあげるよ
呆れを全面に押し出したとりさんの声を聞きながら、わたしはすとんと眠りに落ちた。
「エリってさ」
目を開けるなり真っ黒な髪の少年が言う。
「ばかだよね?」
「…混乱していたのだから、仕方ないじゃない」
それでもベッドに寝かす優しさはあったらしい。ふかふかベッドの上で身を起こしながら反論する。
ベッドの横、座り心地の良さそうな椅子に腰掛けているのは、見た目十代前半くらいで性別不詳な少年だ。座っているからわからないけれど、わたしより少し低いくらいの身長。わたしと似た、混じり気のない漆黒の髪に白い肌。深緋の瞳が特徴的で、少し生意気そうだが整った可愛らしい顔立ちだ。
声は低めのボーイソプラノ。いや、性別不詳だし単純にメゾソプラノかな?
なにを隠そう彼こそが、わたしに封印されし邪竜トリシア、通称とりさんである。
本来は大変格好良いレッドアイズブラックドラゴンなのだが、わたしとの交流がしやすいからと言う理由で人型を取っている。そして、楽だからと言う理由でわたしの前世を参考にした服を着ている。たいてい、だぶっとしたカーゴパンツにフード付きパーカー姿だ。
ここまで説明すればお察し頂けると思うけれど、いまわたしたちがいるのは現実ではない。エリアル・サヴァンの精神世界、言わば、夢の中、みたいな場所だ。
ここでなら、とりさんも自由に活動出来る。いや、違うか。ここにいる、現実に力を及ぼせない精神体でしか、とりさんは活動出来ない。とは言え近ごろは、多少ならば現実に影響を及ぼせるようになり始めたらしいけれど。
普段はとりさんとふたりきりになる場所なのだが、今日は新たなお客さんがいる。
とりさんが胸に抱いた、ピンク髪の赤ん坊だ。
髪色ピンクって、すごくファンタジーちっくだよね。
「その子」
「モモだよ。きみのために、生まれたばかりなのに人型を取ってるみたい。健気だね」
「竜、なの?」
「そ。きみのせいで、誤って孵化してしまった、竜の雛だ。その辺も、すっかり忘れてる?」
「みたいです」
素直に答えると、面倒だなぁと言う態度を隠さずに、とりさんが訊いて来る。
「逆に訊くよ。どこまでは覚えてるの」
「えっと、洞窟に行く途中で、鈴が鳴って、そっから飛んで今」
「…叩いたら思い出すかな?」
「そんな古いテレビみたいなやり方じゃ治らないと思うよ!?そもそもとりさん、現実のわたしは叩けないでしょう!」
「気合いで行ける」
「行けるの!?」
「いや…無理かな」
無理ならなんで気合いで行けるなんて言ったの。
「だー」
「近寄らない方が良いよ。ばかが伝染る」
「非道い!」
わたしに向けてちっちゃな手を伸ばしたモモの手を掴んで留めたとりさんに、ブーイングをかます。
「ばかでしょう。迂闊に竜に触って、魔力低下でぶっ倒れるなんてさ。ばか以外の、なにものでもない」
「うー…。ねぇ、結局、なにがあったの?」
いまだによく、状況を理解出来ていない。
「えー、説明、めんどくさい」
「そう言わずに」
「しっかたないなぁ…」
不服そうに言ったとりさんが、だらっと椅子にもたれ掛かりながら、つらつらと話し出す。とりさんのお腹の上では、丸まったモモがうつらうつらしている。身体は人型でも、中身はまだまだ四つ足の動物に近いようだ。
「ことの始まりは、一昨日に遡る。エリ、穴に落ちたでしょう」
「落ちたね」
「その穴が、いまエリの本体がいるとこに繋がってたわけ」
「…じゃあ、いまわたしの本体がいるのは、西の洞窟?」
地図を思い浮かべて、問い掛ける。
「そ。西の洞窟の、最奥」
とりさんの答えで、地図が繋がる。つまり西の洞窟は、入り口からかなり上る構造になっているのだね。
「普通の人間が落ちたならそれで済んだのに、落ちたのはエリだった。そして、落ちた穴の先には、竜の卵があった。竜の卵の孵化条件は、知ってるよね?」
「親兄弟以外の竜の、魔力を浴びること」
「エリの身体に入ってるのは?」
「竜」
「穴に落ちたエリはなにをした?」
「魔法を使って、穴を出た」
「そう言うこと」
「要するに?」
「エリが悪い」
うあぁああぁ…と脱力して前に突っ伏す。
ヒロインにトラブル吸引体質とか言えない、トラブル吸引っぷりだよ。もはや祟り神だよ。
「竜がほかの生き物にとってご馳走だって言うことは教えたよね?生まれたばかりの竜は自衛手段もない。庇護者がいなければ、被食ルートまっしぐらだ」
「それで昨日、いないはずの飛蜥蜴が見つかったのだね」
「そう。移動能力の高い動物は、ここ一帯全域から集まった。生まれたばかりの、竜の雛を食べるためにね」
自然の摂理とは言え、やる瀬ない話だ。でも、モモはいまこうして、生きている。
それは、つまり。
わたしの視線を受けて、とりさんが話を続ける。
「洞窟に向かう途中で竜の孵化に気付いたエリはまず、ほかの人間を洞窟から遠避けた。目的が違うから襲われる危険性は少ないとは言え、近付けば危険だからね。同時にほかの人間から、身の内に竜を抱える自分も遠避けた。巻き添えに、しないために」
「それなら、みんなは」
「無事だろうね。基地に戻って結界を張るように、指示していたし。人間を遠避けたエリは次に、竜の雛を守ろうとした。自分が、囮になることでね」
生まれたばかりの雛より、わーの方がはるかに美味しそうだからね。
口端に皮肉げな笑みを乗せて、とりさんは言った。たぶん、とりさんの力を隠して気配だけばらまいたのだろう。誘蛾灯、みたいに。そして、電撃代わりに、
「エリの通った道は、血の海になってるよ」
息の根を止める、魔法を仕掛けて。
わたしだけ残して班員が逃げるとは思えないし、わんちゃんの蝙蝠も付いて来ていない。なにかしら策を打って、無理やり遠避けたのだろう。
そこ含めて、考えると、
「…とっさの判断でよくもまあ、そんなことを思い付いたね」
「そうだね。エリにしては、よく頭が回ったんじゃない?」
「頭が回った結果が、大量虐殺か」
近隣に住む動物を根こそぎ殺し尽くしたり、してないよ、な?
「心配しなくても魔法の効果範囲は抑えてたし、察しの良いやつはみんな逃げたよ。庇護者がいる竜の雛を襲うなんて、無謀だからね。死んだのは足の遅いやつと運の悪いやつのほかは、救いようのない鈍ちんかおばかちんだけ」
「のわりに、山になっていたけれど」
「少なくとも一族皆殺しとかにはなってないはずだよ。一時的には減ったかもしれないけれど、いずれまた増える。そもそも、竜を食べようなんて思うことが不遜なんだ。自業自得だよ」
確かに、近付かなければ死なずに済んだだろう。でも、殺したのはわたしの勝手だ。
「違う」
わたしの考えを読んで、とりさんははっきり否定した。
「殺す判断はわーのせいだよ。竜は同胞を、この上なく大事にする。特にわーみたいなはぐれはね。元々竜なんて少ないし移動もしたがらないんだ、群れでもなきゃそうそう卵は生まれないし孵らない。単独で動くなら同胞に会える可能性は、低いんだ。エリがずっと覚えてた違和感は、わーの気持ちの高ぶりだよ。だから、殺したことに限れば、エリはわーの気持ちに引きずられただけで、責任はわーにある」
…邪竜とか言われるくせに、なんだかんだわたしには優しいのだよな。
同胞のためならほかの生きものはどれだけ死んでも構わないと言う考え方は、邪竜らしいのだろうけれど。
「…まあ、頑張って集めて干し肉にでもして貯め込もうか」
「いや、そろそろ遅れて来たやつらに食べられてるのも多いんじゃないかな。死肉目当てで来るやつも出始めるだろうし、死体は減り始めてると思うよ。野生はそこまで、繊細じゃない。ま、洞窟内は綺麗にした方が良いだろうけど、外に関しては勝手に掃除されるよ。無駄にされはしない」
…弱肉強食、いや、この場合肉になるのは、運が悪かったもの、か。
わたしの思考が落ちる前に、とりさんが顔を覗き込んで口を開く。
「話を戻すよ。囮になりつつ竜の雛の許へ向かったエリは、雛があわや食べられる、と言うところで間に合った。雛から危険を遠避けた上で改めて雛を見たきみは、その見た目から思わず言ったんだ、“桃”って」
「…まさか」
「それが、名付けと判断された。エリはモモが初めて見た、同胞だからね」
一部の竜は魔力で仲間を判断する。モモはそのタイプの竜だったみたい。だから、わーの魔力を感じさせるエリを、同胞と判断したんだよ。わたしを指差して、とりさんはそう言った。
すこー、と寝息を立て始めたモモを見下ろして、問う。
いまはともかくいずれは、この子も強大な力を得るだろう。その得る力が、もしも世界を荒らす力なら…全力で、封じなければならなくなる。
「モモの、力は」
「変化」
「え?」
「変化だよ、へーんーげっ。自由に姿を変えられるんだ。自分も、周りもね。だから言葉もわからないうちから人型を取れたし、たぶんすぐに言葉も理解し始める。変化の竜なんて死に絶えたと思ってたのに、まさかこんな形で会えるとはね」
要は、変身能力、てこと?メタモ○的な。
口に出さなくても思考を読めるとりさんが、笑って頷く。
「そうそれ、メタ○ン。便利な能力で使い方を誤れば危険だけど、わーやエリと違って制御しやすい魔法だから、ちゃんと教えさえすればなにも問題はない」
「わたし、取り込んじゃったけれど」
「ばかな不注意でね。でも、安全性を考えれば、その方が良かったかもしれない。幸い、ヴァンデルシュナイツにすらモモの存在は知られていない。気配も、わーのそばなら完璧にごまかせるし、エリが無事な限りエリの中はこの上なく安全だ。竜の雛なんて見つかれば、誰になにされるかわからないんだから、誰にも知られず守り抜く方が良い。それに…切り札は、多い方が良いんでしょう?」
にいっと笑う顔は、チェシャ猫みたいだ。
「じゃあ、」
「わーがちゃんと、育ててあげるよ。良い、暇潰しになるし」
「暇潰し、て」
「心配しなくても悪いようにはしないよ。せっかく出会った、大事な同胞だ」
言ってモモをなでる手も、見下ろす目も優しい。
…気に入った相手には優しいみたいだし、大丈夫、かな。
「でも、竜ふたりって、わたしの身体は平気なの?」
「その辺も、巧くやるよ。エリの身体は丈夫だし、問題ないでしょう」
とりさんが肩をすくめる。…竜ふたり取り込んで大丈夫って、わたしのからだ、本当に人間だよね?
「うー」
ふと目覚めたらしいモモが身体を起こして、わたしへ手を伸ばした。
「戻る前に、だっこしてあげたら?」
「戻る前?」
促されるままモモを抱き上げながら、首を傾げる。
抱き上げたモモは温かくて、ふわりと桃の香りがした。
「ん。そろそろ戻らないと、大騒ぎになるよ」
「え゛」
「あー」
ぎょっとするわたしをよそに、モモは嬉しそうに笑った。ぽんぽんと、背中をなでてやる。
「ヴァンデルシュナイツが来てる。倒れたエリを見つけたら、どうなるかな?」
「やばい」
「でしょう」
でもわたしは魔力低下による活動停止中で。
「大丈夫。もうそろそろ安定するから…うん、起きられるよ」
「え、あ、じゃあとりさん、モモのこと、お願いね」
「うぅー」
「あー、ごめんモモ、また来るから」
「はい、きみはこっち。じゃあね、エリ」
わたしから離れまいと手を伸ばしたモモを、とりさんが捕まえる。
なんだかまるで、
「家族、みたいだね?」
「は?」
「いや、ほら、お父さんの見送りをするお母さんと子供みたいな」
「エリが父親でわーが母親って?やめてよ」
わたしから引き離されて不服げなモモをあやしながら、とりさんが顔をしかめる。
「エリと番になんて、なりたくない」
「あはは、だよね。じゃ、またね、モモ、とりさん」
苦笑して手を振ったわたしは、現実へ戻るべく、目を閉じた。
ё ё ё ё ё
ピンク髪の赤ん坊を抱いた黒髪の少年が、少女の消えた場所を見て呟く。
「“エリ”と番になんて、なりたくないよ」
「あー?」
きょとんと少年を見上げる赤ん坊を見下ろして、苦笑する。
「さて、あの子が戻る前に、まずは言葉をマスターしようか?わーたちの一生と違って、ひとの世はめまぐるしいからね。ぼやぼやしている暇はないよ」
「だー」
「ん。良い子。あの子のために、ちゃっちゃか成長して行こうね。きみも、大好きでしょう?“お母さん”の、ことは」
「うー!」
元気良く答えた赤ん坊を、少年は微笑んでなでた。
ё ё ё ё ё
身体がだるい。
思いながら目を開けると、真っ先に目に入ったのは血まみれのツェリだった。
「はぁっ!?」
がっ
「つっ」
「−っうっ」
思わず飛び起きたせいで、おでことおでこが、ごっつんこ。
額を押さえて悶えかけて、そんな場合じゃないと顔を上げる。
「ツェリ、怪我は!?」
額を押さえるツェリの肩を掴んで問えば、無言で思いっきり、殴られた。ぐーで、ほっぺたを。
「ばかっ!!」
怒鳴られて、目を瞬く。
こちらを向いたツェリは、顔を歪めてぼろぼろと泣き出した。
「私がっ、どれだけっ、心配、したとっ…!」
叫んで、飛び付くように抱き付かれた。華奢な身体は、がくがくと震えている。
きっとわたしは騙し討ちで、ツェリを遠避けたのだろうな。
状況を思い出してツェリの言葉に納得するが、血まみれな理由はわらない。
「…ミュラー嬢に、怪我はないよ」
血まみれなツェリを案じるわたしに、ツェリと同じく血まみれなメーベルト先輩が言った。そこで初めて、ここにいるのがツェリとわたしだけでないことに気付く
ここ、洞窟の奥だよね?どうしてツェリとメーベルト先輩が…。
「全部、死んだ獣の血だから」
「えっと…申し訳ありません、いま、どう言う状況ですか?」
震えながらしがみ付くツェリを抱き返しながら、メーベルト先輩に訊ねる。メーベルト先輩の隣には、明らかに怒った顔のわんちゃんもいた。
「エリアルを、探しに来たんだよ。きみがひとりで黙って、いなくなったりするから」
「ぁ…、申し訳、ありません」
モモと班員を同時に救うために必要だったとは言え、自分勝手の過ぎる行動だった。怒られて、当然だ。
「怪我は?」
「ありません」
わたしを見下ろすメーベルト先輩の表情は険しい。
わんちゃんとメーベルト先輩が怒り顔で見下ろしていて、ツェリが泣きながら抱き付いて来ていて、気分は、そう、グレてバイクを乗り回して事故った不良男子高校生。
病院のベッドで目覚めたら姉に怒られて泣かれて、これから父と母にみっちり怒られる、みたいな。
「魔力の使い過ぎで一時的に意識が飛んでいましたが、身体はなんともありません。ご心配を、お掛けしました」
でも、怒られる前に反論させて欲しい。きみたちは、わたしを一方的に怒れはしないはずだと。
「時間的な余裕がなかったために非道な方法を取ったことは謝罪します。ですが、メーベルト先輩とツェツィーリアさまは、ここに来るべきではありませんでした。違いますか、わんちゃん」
「この上、生意気言いやがるつもりか?ぁあ゛?」
わんちゃんに目を向けると、すごくドスの利いた声が帰って来た。
おぉう…激怒だよ。
でも、ここで折れたりはしない。
こちらはあくまで落ち着いた声を心掛けて、問い掛ける。どこから、せめるべきなのか。
「…わんちゃんは、なぜここに?」
「ヴィクトリカから連絡が入って、お前の居場所がわからなくなったって言われたから来たんだよ。お前、通信丸無視しやがっただろうが」
記憶にないんだけどなにしくさってくれてんだそのときのわたしぃーっ!?
「んで、蝙蝠目印に来てみたらお前は蝙蝠撒いて消えやがってて、首輪の場所は隠匿。洞窟とその周囲への転移すら禁止してやがるから、こうしてわざわざ歩いて来てやったんじゃねぇか」
すごい…。徹底してるな。そのわたし、本当にわたしか?
「それは、なぜ?鈴の警告は、」
「ヴィクトリカの連絡前に一度鳴ったきりだな。あ、いや、ここに辿り着く直前にも、一度鳴ったか」
…これだけの獣を殺して、一度も心を揺らさなかったのか。
「でしたら、なぜ?」
「お前の監視は俺の役目だろうが。暴走しねぇように、見張ってる必要が、」
「鈴は鳴っていないのに?」
「…心を揺らすだけが、暴走とは限らねぇだろ」
うん。ここは突けるかもしれない。
「暴走していると、思ったのですか?わたしが?」
「…その危険性を、考えた」
「“国殺しのサヴァン”が暴走している可能性のある場所に、単なる学生を連れて来たと、おっしゃるのですね?」
腕の中のツェリが、視界の端のメーベルト先輩が、肩を揺らしたが、わたしはわんちゃんにだけ視線を向け続けた。
「お前を、止めるには、」
「遠回しに問うのはやめましょうか」
ツェリを、メーベルト先輩を傷付ける言葉とわかっていても、発することを選んだ。
「本当にわたしが暴走していたとするならば、誰が来ようが意味はない。力でねじ伏せる以外に止める方法などありません。止めようと動くならば命懸けです。そんな場所だと予測しながら、なぜ足手まといを連れて来たのかと、訊いているのです」
「…ツェツィーリアに止められても、止まらないと?」
「カミーユを止めようとしたジゼルは、どうなりましたか?」
投げられた疑問に、質問で返す。この質問の意味が通じるのは、ここではたぶんわんちゃんだけ。
顔をしかめたわんちゃんを、さらに追い詰める。
「…あなたはわたしに、ひと殺しをさせたかったのですか?」
わたしは、大人しく監視を受けると言う約束を破った。けれど、約束を破ったのは、わたしだけではない。
「わたしにひと殺しをさせないと約束したあなたが、わたしにひと殺しをさせようとしたのですか?」
わたしが破ったのは国との契約で、わんちゃんが破ったのは個人的な口約束だ。重みが違うと言われればそれまでだけれど、お互いに信頼を裏切ったのは確かだ。
わんちゃんは髪を掻き上げると、ぼそりと言った。
「…悪ぃ。判断を間違えた。お前をひと殺しにする気なんて、なかった」
「そんなつもりはなかったで、済ませられる話ですか?ひとの命が、懸かっていることですよ?」
「…僕とミュラー嬢が、連れて行って欲しいと言ったんだよ」
「それを止めるのが、わんちゃんの取るべき行動だったと、言っているのです」
ツェリが顔を上げ、泣き濡れた顔のままわたしを睨んだ。
「私は、心配して、」
「心配してならば、なにをしても許されるのですか?」
ツェリを、生かしたい。殺したくない。
だからこそ、現実を知らせる必要があった。
「そのせいで、わたしが死んでも?」
「…え?」
「あなたは確かに強い。けれど、それは物理攻撃に対してのみでしょう。精神面を防御出来ないあなたでは、本気を出したわたしの隣には立てません。今日は幸運にも事後だったから無事で済みました。けれどもしあなたが暴走の最中に居合わせたならばわたしはあなたを殺したでしょうし、力を使っている最中に居合わせたならばあなたのために力を抑えたでしょう。そのせいで敵に、殺されることになったとしても」
朝、隣に立てと言ったツェリに、わたしは頷かなかった。
「危険だから、遠避けたのです。大量の獣などではなく、わたし自身が。ツェツィーリアさま、わたしの大事な、お嬢さま、あなたはわたしにとって、とても大きな弱点なのです」
「…私に精神魔法への耐性があったなら、あなたは私を置いて行かなかったの?」
普通に得られる程度の精神魔法耐性では、意味がない。それでも、そう、
「隣に立っても大丈夫だと、思えるほどに強かったなら」
背後に守るのではなく、共に戦う道もあったかもしれない。
ツェリが唇を噛んでうつむいた。代わって、メーベルト先輩が話し出す。
「…僕は一応、精神魔法耐性があるよ。精神治癒魔法の使い手だから。きみが暴走している可能性があったからこそ、ここにいるんだ」
精神治癒…珍しい才能だ。本当に、わたしとは真逆のひとなのか。わたしとマルク・レングナー。精神攻撃系の魔法使いが集まっている中でのその存在は、ありがたいけれど。でも、
「もしもわたしが本当に暴走していたならば、やるべきことは治癒よりも攻撃です。生かしておくにしろ、殺すにしろ、意識があるうちは魔法を止めないでしょうから。前線に治癒魔法使いが来るのは、間違いです」
それならばこそ、メーベルト先輩には、生き残っていて欲しい。
「それでも、」
「言ったでしょう?そう簡単には、死にません。むしろ弱い人間が、」
ぱし、とわたしの口許を大きな手が覆った。
「もう良い。俺の間違いだった。わかったから、もう言うな。お前らも、こいつが言ってることが正しいから、もう反論すんな。サヴァンは、そうなんだ。そうだって、理解してくれ」
わたしの口を押さえたわんちゃんが、早口に言う。
「…お前が危険かもしれないと思って、ガラにもなく焦った。んで、失敗した。でも、もう失敗しない。次は、間違えない。だから、そんな、傷付いた顔してひとを傷付けんな」
「…え?」
傷付いた、顔?
ぺたりと自分で、自分の頬に触れる。手が少し、冷たかった。
ぐいっと後頭部を抱え込まれ、わんちゃんのお腹に顔が埋まった。
嗅ぎ慣れた匂いに、身体が震える。
「お前がなにを怖がってんのか知ってんのに、配慮が足りなかった。悪ぃ。ちゃんと守るから。だから、そんな不安そうにすんな」
「…取り返しの付かないことに、なっていたかもしれないのですよ?次は、誰かが、」
「ああ。もう、こんなことは起こさない。だから、大丈夫だ」
「約束ですよ?絶対、ですからね?」
「ああ。約束する」
右腕でわんちゃんを、左腕でツェリを。大事なものが無事なことを確かめて、わたしはひとつぶ涙を流した。
深く息を吸って、吐いて、顔を上げた。わんちゃんが、一歩下がる。
「では、喧嘩両成敗と言うことで、お咎めな、」
「そこは別問題だ」
デスヨネー。
「今から戻って、」「では合宿後に、」
同時に出した言葉は、明らかに方向性が異なった。
「あ?」「え?」
お互い顔を見合わせたあとで、わたしから口火を切る。
「今、演習合宿の途中で」
「知ってるが」
「「続けるつもりなの?」」
呆れた声は、ツェリとメーベルト先輩から。
え、
「だって、誰も怪我はしていないですよね?それとも誰か、怪我を?」
「いや、怪我人はいないけど」
「危険な生きものは一掃しましたから、続ける上での問題は…あ、洞窟内が」
「それくれぇは掃除してやるがよ」
ぱちんとわんちゃんが指を鳴らすと、うずたかく盛られていた死体が消える。血の匂いも、ツェリやメーベルト先輩に付いていた血も消えた。
たぶん、わんちゃん手持ちの倉庫にでも送ったのだろう。
「ありがとうございます。あとでちゃんと処理しますから」
「ん?ああ。ちゃんと来いよ」
「では、ギャドを探してから基地に」
「だから待てって」
わんちゃんが、ぺんっと軽く頭を叩く。
「なんでお前はこのまま普通に合宿を続けられると思ってんだ」
「ちょっと不測の事態が起きただけで、もう解決したのですから大丈夫でしょう?」
「…導師が出張って来てるのに?あなたはなんでそう、導師の存在をしれっと流せるのよ」
「保護者が心配で来ちゃっただけです!」
「その主張は、無理があると思うなぁ」
だって、せっかく四日間頑張ったのに…。
「駄目、ですか?」
しょぼん、と眉を下げて問う。
「…危険なことはしない、なにかあったらすぐ連絡、帰ったら即俺んとこに出頭」
「約束します」
「はぁ…班員に訊いて、全員が良いって言ったらな。亜翼竜が出たんだぞ?怖がるやつだっているかもしんねぇだろ」
「ありがとうございます、わんちゃん!」
ツェリがいて抱きつけないので、片手を借りてぶんぶん振る。
されるがままに手を振り回されているわんちゃんへ、ツェリとメーベルト先輩ががぶぁっと振り返った。
「甘っ!?」
「え、ちょ、親馬鹿!」
「駄目ですか?」
「いえ、良いけど」「いや、良いよぉ?」
「…てめぇらも断れねぇんじゃねぇか」
よっしゃ、保護者三名の許可ゲット!
そうと決まればさっそく気を変えられる前にと、ツェリを下ろして立ち上がる。
「ギャドを探しましょう!ほらほら!」
「おい、ほかのやつらの判断を…」
「どうせ戻るのですから、探してしまった方が合理的ですよ」
ギャドは、白く濁った緑の石のはずだ。きょろきょろと、辺りを見回す。
「…ちゃっちゃと探せ。基地までは、送ってやるから」
「え、でも、それはずるいのでは」
「結界張って来ちまったから、閉じ込められてんだよ」
「あ、では、急がないとですね。うー…どこかなぁ…」
てててっと壁際に近付くが、緑色は見当たらない。
んー…どこだ。
「…本当に、エリアルには甘いんだねぇ」
「でもって、導師に対してアルは遠慮がないのよ」
もっと手前、なのかな?
「あんま離れんなよ?」
広がった場所を出ようとすると、わんちゃんが声を投げて来る。
「でも、」
ここには、なさそうだし。
「あ」
覗いた細い道で、発見。でも、洞窟の壁に埋まっている。
「見つけたのか?」
「ここ、崩しても大丈夫でしょうか」
「平気じゃねぇ?」
近づいて来たわんちゃんに問うと、あっさりとした答えが帰って来た。
軽いなぁ。まあ、良いか。
手を当てて、石の大きさを…あれ?なんだか、大きいような?んー?ま、いっか。
お芋掘りと同じ要領で、周りの岩を崩して、っと、
「やっぱり大きい」
「でかいな」
「は!?」
ごろんと出て来た石を受け止めてわんちゃんと感想を交わしていると、こちらを向いたメーベルト先輩がぎょっとして声を上げた。
壁から顔を出していた部分は小石大だったのだが、掘り出してびっくり、実際はメロンくらいの大きさがあった。でかい。
「ちょ、えぇ?そんな大きい結晶、見たことないよぉ?」
ぱたぱたと駆けて来たメーベルト先輩がわたしの手元を見て苦笑する。
「もしかして、違う石ですか?」
「いや、ギャドだと思うけど…これだけ立派だと、薬の材料じゃなくて宝石として取り引きされるかも…」
確かに、彫刻とかしたくなるサイズだ。砕いてしまうのは、もったいないかな。
「でもほかには…あ、この石があった奥にも、」
もう少し壁を崩すと、今度は拳大の結晶がばらばらと十個ほど出て来た。
「あれ、どれくらい必要でしたっけ?」
「この、ちっちゃいの一個で十分過ぎるくらいだよぉ。…エリアル、本当に薬売りになれると思う」
草と違って石は残しておいてどうこうならないので全部拾ってしまう。
「じゃ、もう良いな。戻るぞ」
「はーい」
わんちゃんに前からぴとっとくっついて、背中に手を回す。
「え?」「は?」
「おら、早くしねぇと置いてくぞ」
「え、まって、なにその体勢」
え?
「転移のときは、術者に触れていないと…」
「そこまでくっつく必要性はどこにあるのよ!?」
「…ないですね」
「ねぇな」
くっつかない必要性もないから、良いのじゃないかな?
「でも、いつもこうですよね?」
「ああ。そうだな。ほら、お前らも手ぇ掴め」
「…なんでその体勢に疑問を抱かないのよ」
「慣れですね。わんちゃんが嫌ならやめますけど…」
「いや、それくらいの方がはぐれる心配がない。ちゃんと掴まっとけ」
言いながら、わんちゃんがツェリとメーベルト先輩の手を掴んだ。
「導師の転移ではぐれるわけないでしょうに…」
「文句あんなら置いてくぞ」
「いえ。仲が良いなと思っただけです」
ツェリが首を振って、ため息を吐いた。
そんなに変かな…。うーん…。
「仲が良くてなんか悪ぃか。言っとくが、付き合いならお前らより長いからな?」
「わんちゃんと仲良しって言って良いのですか?」
「あ゛?仲良しだろ?」
「わーい」
わんちゃんにはお世話になるばっかりなので、仲良し認定は少し嬉しい。うっすい肩に頬をすり寄せて、ふにゃふにゃと微笑んだ。
「仲良し仲良しーえへへー」
「…なにがそんなに嬉しいんだ?まぁ良い、飛ぶぞ」
わんちゃんが、とんっとかかとを鳴らすと、ふっと身体にGが掛かった。
かかとを鳴らして飛ぶなんて、ドロシーみたいだな。そう思ったときには、すでに到着済み。
「…っ」
つい、ぎゅっと、わんちゃんに縋り付いていた。
口々に呼ばれる、わたしの名前。
安堵からの激怒の見え始めたこの面々に、さてなんて言い訳をしようか…。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
新キャラ登場&トリシアさんの顔出し回でした
続きも読んで頂けると嬉しいです




