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取り巻きCは過去を思う

取り巻きC・エリアル視点/王太子ヴィクトリカ視点


一話目から一年ちょっと後のお話

 

 

 

 過去の自分、なんてもの、本当は覚えていない方が良いのだ。


 ひとの魂、あるいは、心?そんなものが、巡り巡って再利用されるのだとしても。

 生まれ変わるときは、まっさらで、なんにも持たず、リセットされた状態で生まれるべきだ。

 過去に捕らわれて今を見ないなんて、せっかくの今に、すごく失礼なことだから。


「きみ、どこを見ているの?」


 目の前の少年に問われて、そう、思った。




 こんにちは、もしくは、はじめまして。


 わたしは、エリアル・サヴァン子爵令嬢。のちに悪役令嬢としてこの学園に君臨する予定の我らがお嬢さま、ツェツィーリア・ミュラー公爵令嬢の取り巻きCとして、執事兼友人の立場を担っている。侍女でなく、執事なのは、わたしが男装で生活しているからだ。


 男装とか、この首の赤い鈴付きの首輪とか、いろいろ突っ込みどころはあると思うけど、それは別の機会にでも。

 今はゲーム開始時から、三年強前。わたしたちは、中等部二年として、この学舎に通っている。


 ゲームや悪役令嬢と言うワードから、詳しいひとはお気付きかもしれないが、いわゆる、乙ゲー転生と言うやつだ。しかも、ヒロインや悪役令嬢への転生ではなく、悪役令嬢の取り巻きCへ。


 こう言う設定の話でありがちな、何かきっかけがあってとか、ゲーム時空が始まってとかでなく、母のお腹の中の時点で、わたしは記憶を持っていた。だから、悪役令嬢ツェツィーリアと関わらない人生も、望めたのかもしれない。


 けれどわたしは、ツェツィーリアの手を取ることに決めた。さすが悪役令嬢だけあって誰もがうらやむ美貌と、悪役令嬢らしからぬ真面目で努力家な気性を持ち、ゲームヒロインが霞むほどに辛い生い立ちを持つ少女を、見捨てられなかったから。


 わたしは立場から逃げずに、ツェツィーリアが幸せな人生を送れるよう微力を尽くす覚悟を決めたのだ。


 少し、自分と重ねていたところもあると思う。今は割愛するけれど、わたしも彼女も、なかなか過酷な幼少期を過ごしている。恐らくお互いが理解し合える数少ない相手同士で、わたしにとっても、ツェツィーリアにとっても、お互いはかけがえのない存在だった。


 そんな、紆余曲折あって唯一無二の友となったわたしとツェツィーリアだったが、ツェツィーリアの人生は本当に、波乱万丈で。その荒波加減は、ツェツィーリアの身分が伯爵令嬢→囚人→平民→公爵令嬢と二転三転していることからも、理解して頂けると思う。


 ああ、一度囚人として投獄されているし、ギロチンにすらかけられてはいるけれど、ツェツィーリア自身は何も犯罪を犯していない。彼女が乳飲み子だったころに両親がクーデターに荷担したせいで、連座で投獄されたのだ。


 ツェツィーリアは、本当に底辺も底辺から、己の才覚と血のにじむような努力で、公爵令嬢まで這い上がった人間だ。百年に一度と言われるほどの類い希なる魔法の才能を持っていた、と言う幸運も、大きく影響したとは言え、やはり彼女の努力なしには成し得なかった偉業だと思う。わたしのお嬢さまは、素晴らしい方だ。


 けれどやはり、罪人の娘で、一度は投獄され処刑されかけたと言う過去は、彼女の足を引っ張り続けている。

 小中と、彼女は口さがない者たちの冷たい待遇にさらされ、国王に才能を認められて公爵家の養女となった今でさえ、彼女へ悪意の視線を向ける者は多かった。


 彼女を守るためにわたしはいろいろと画さk…こほん、いろいろと、手を尽くしたり、暗やk…けふん、脚にものを言わせて協力を要請したりして、彼女の地位向上に努めて来た。

 いや、犯罪はしていないよ?何かな、その疑いの目は。


 結果、努力は実り、中等部二年後半にしてわたしは彼女を学園の女王として君臨させることに成功した。

 え?だから犯罪はしていないって。彼女の立場を危うくする行動はしないから。それに、ばれなければ犯罪なんて存在しないし、ね。


 この結果を得るまでには、わたしやツェツィーリアだけじゃない、多くのひとの協力があった。

 ツェツィーリアの義父となったミュラー公爵や国王のご威光はもちろん、取り巻きABである侯爵令嬢リリアンヌさま、オーレリアさまのご尽力、ツェツィーリアと対を成す男性版悪役であるヴィクトリカ王太子殿下とその取り巻きABである、公爵子息テオドアさま、アーサーさまのご協力には、感謝してもしきれない。


 これで少なくとも、中等部の間、一年と少し平穏が約束された。

 あとは高等部に上がってからのごたつきと、ゲーム期間をどうにか乗り越え、良い具合に素敵な旦那さまとツェツィーリアをゴールインさせられれば、わたしの野望は達成される。


 だから、ねぇ、テオドア・アクス公爵子息さま?

 あなたちょっと、ツェツィーリアと婚約とか、してくれませんかね?




 春、わたしたちが中等部最終学年に上がるまで、あと少し。


 わたしは、目の前に広がる花吹雪に、絶句していた。


 場所は、高等部裏門に続く、人通りの少ない並木道。高等部と中等部は離れているため、初めて訪れる場所だった。けれど、それは見覚えのある光景で。


「…桜じゃ、なかったんだ」


 呆然と、花吹雪を散らす木々を見上げて呟く。


 それは、ゲームのオープニングの一部。“彼女”は入寮手続きのために、入学前に学園を訪れ、道に迷う。そのときに、一面の桜並木を発見するのだ。

 でも、この国には日本にあるような桜なんて存在しなくて、だから、その光景は見られないのだと思っていた。


 桜に良く似た、けれど、似て非なるそれは、アーモンドの並木。

 思えばヒロインが学園を訪れるのは、桜の時期より早い時期だった。

 三月に満開に咲き誇るあれは、桜ではなくアーモンドの花だったのだ。


 ゲームを彷彿とさせる光景に、けれどわたしの頭に浮かんだのは、画面越しではなく実際に見た桜並木の記憶で。


 あの病院前の並木は、今も変わらず咲いているのだろうか。

 もう二度と手に入らない景色に気を取られて、わたしは周囲も忘れて立ち尽くしていた。


 前を歩いていたツェツィーリアやテオドアさまに遅れを取ったことにも、横を歩いていたヴィクトリカ殿下が一歩前で立ち止まったことにも、気付いていなかった。


「エリアル嬢?」


 かけられた声も、耳に入らない。

 頭の中で、囁くような歌声が響く。


「エリアル嬢、泣いているの?」


 胸が痛んで、張り裂けそうだった。


 どうして、わたしは、ここにいる?


「エリアル嬢」

「っ!」


 割り込んで来た金髪が、桜並木からわたしを隔離し、肩に置かれた手が、わたしを現実に引き戻した。


「で、んか…」


 ちりん、と響いた鈴の音が、ぼやけた意識を取り戻させる。


 まばたきに合わせて、目からしずくがこぼれ落ちた。

 知らぬ間に、泣いていたらしい。


「すみません、少し、ぼうっとしていて…」


 笑顔を取り繕って、ハンカチで顔を隠す。


 心を乱すな。自分を、見失うな。


「目に、ごみが入ったみたいです。風、強いですね。花びらが、吹雪のようです」


 涙を拭って取りなすように微笑んだわたしから、ヴィクトリカ殿下は視線を外さなかった。


「エリアル嬢、きみ、どこを見ているの?」

「花を、見ていました」


 記憶の中の、花吹雪を。


 わたしは確かにエリアル・サヴァンとしてここにいるのに、エリアル・サヴァンではない、別な人間としての生を、懐古して見ていた。


 そんなはずないのに、殿下の視線がわたしの浅ましさを見透かして責めているような気がして、ごまかすように殿下の手を取って視線を逸らす。

 今度はちゃんと、目の前で舞い落ちる花弁へと。


「見て下さい。ほら、一面、花びらで、吸い込まれそうですよ」


 少し離れた所で、ツェツィーリアたちが立ち止まってこちらを振り向いていた。

 追い付こうと、殿下の手を引いて駆け出す。


 過去を思っていたむ胸の傷には、蓋をして目を逸らした。

 わたしはエリアル・サヴァンで、今、ここで生きているのだから。




 目を離したら、消えてしまいそうな子。


 私がエリアル・サヴァンに対して抱いたのは、そんな印象だった。


 派手派手しさはないけれど、目立たないわけでもない。

 珍しい漆黒の髪と瞳は、群衆に紛れたとしても目を引くし、顔立ちは整っていて、化粧せずとも人形のように美しい。派手な美貌のツェツィーリア嬢の隣に立つと、まるで一幅の絵画のようだ。

 お目付役を命じられたリリアンヌ嬢が、あのふたりの横に立つのは勇気が要ると溜め息を吐いたのも理解出来る、優麗な主従だ。


 主従、なのだろうか。少なくとも外面的には、エリアル嬢がツェツィーリア嬢に付き従う態度を見せているが。


 ツェツィーリア嬢はもとの身分のせいか、公爵令嬢の地位を得ても華美を好まないようだった。最低限以上の装飾品は付けず、化粧もしていない。香水は、かすかながら付けているようだけど、本当にほのかに、不快感は覚えさせない程度だ。鼻が曲がるほどの香水お化けに辟易している身としては、ありがたい限りである。


 そして、彼女の横に立つエリアル嬢に至っては、男装。化粧はおろか装飾品のひとつも付けておらず、髪すら令嬢としてあり得ないような長さに切ってしまっている。近付いて香るのは、香水ではなく日溜まりと石鹸の香り。


 その方が好感を覚えると言ったら、私に付きまとう令嬢たちの香水臭さや化粧臭さも、少しは改善されるのだろうか。


 私が本来通うべき王都の王立学院ではなく、ここクルタス王立学院に通っているのは、ツェツィーリア嬢とエリアル嬢の存在が大きい。

 ふたりとも、政治的価値を持つ存在だからだ。恐ろしさすら覚えるふたりの価値は、よくよく言い聞かされて理解している。


 ふたりの価値を理解したからと言って、か弱い女の子に首輪をはめると言う暴挙に納得は行かないけれどね。


 初めてエリアル嬢を見たとき、彼女は首輪を見せつけるように襟を寛げた格好で、凛と胸を張っていた。

 彼女は、女性としてあり得ない仕打ちを受けたあとも、うつむかず、光に満ち溢れた瞳で前を見据えていた。


 強い、と思った。


 私がもし、お前は罪人だと、そう主張するような首輪をはめられたら、どうだろう?彼女と同じようには、きっと振る舞えない。


 首輪を隠し、背を丸め、目立たないように日陰で生きようとするだろう。


 しかし彼女は、逃げなかった。

 自分に恥ずべきものなどないと胸を張り、心ない声にも視線にも、うつむかず前を見続けた。

 その結果があの仕打ちでは、あまりにもむご過ぎるが。


 だから、彼女は、目を離せば消えてしまうような、儚い存在ではない。


 けれど、私は、彼女がふと消えてしまいそうに感じて、不安を抱く。


 ツェツィーリア嬢にそう漏らしたときは、アルは猫みたいな子だからと苦笑されたけれど、そうではないのだ。


 彼女は、ふとした瞬間に、遠くを見つめる。

 まるで、ここではないどこか別の場所に、思いを馳せるように。

 そんなとき、彼女の存在はとても稀薄になって、空気に解けて消えてしまいそうに感じる。


 慈しむような、悼むような、私には遠く届かないどこかを見つめるその目が、私は嫌いだった。

 私も、彼女も、ここにいるのに。


 だから私は、手を伸ばす。

 彼女の視線の先から、彼女を奪い返すために。彼女の視線が向かう場所に、彼女を奪われないために。


 ねぇ、エリアル嬢?そんな遠くじゃなくて、私を見てくれないかな。


 声に出さない気持ちを、視線に込める。


 きみがよそに視線を向ける暇がないくらい、私に夢中になればいいのに。


 きっとそれは、恋情ゆえの執着心。


 本来、自由な恋愛など許されていない立場だけれど。


 ねぇ、エリアル嬢。きみを繋ぎ留めると言う名目なら、私はきみを妻に望むことも許されるんだよ。


 その場合、王太子の座は明け渡すことになるだろうけど。


 きみを手に入れるためだったら、それも悪くないかななんて、思うよ。




 その光景は、確かに美しかった。

 中等部と高等部の生徒会で、交流会をした帰り道、花盛りだからと先輩方に言われて、私たちは裏門へ続く並木道を通って帰ることにした。


 立ち並ぶ木々にはごく薄いピンクの花がこれでもかとばかりに咲き誇っていて、風に揺られて絶え間なく花弁が降り注いでいた。葉と花の時期が異なるらしく、当たりが一面のピンク色に染まっている。


 隣を歩くエリアル嬢が立ち止まったのに気付いて、足を止め振り向く。


 エリアル嬢は宙を見上げ、魂を奪われたみたいに立ち尽くしていた。


「……じゃ、……た…だ」


 小さなつぶやきは不明瞭で聞き取れなかった。


「エリアル嬢?」


 呼びかけても、気付く様子はない。


 あの、目だ。肩に手をかけようとして、びくりと固まる。


 大きな黒い瞳に、水の膜が張っていた。初めて見るエリアル嬢の涙に、動揺する。


「エリアル嬢、泣いているの?」


 問いかけに答えはない。彼女の瞳は、私を映さない。


 代わりのように首の鈴が、ちりん、と鳴いた。


 瞳からしずくがこぼれ落ちるまでが、限界だった。


「エリアル嬢」


 彼女の視界に無理矢理侵入し、肩を掴む。


 黒い瞳に、私が写し出された。


「で、んか…」


 曖昧な焦点のまま、彼女が私を呼ぶ。


 鈴が再び、ちりん、と泣いて、彼女を現実に引き戻した。


 頬を滑る涙に気付いたのか、ハンカチを取り出しながら微笑む。


「すみません、少し、ぼうっとしていて…」


 取り繕うような笑みは、すぐにハンカチで隠された。


「目に、ごみが入ったみたいです。風、強いですね。花びらが、吹雪のようです」


 吹雪、たしかに、風に舞う花は風に舞う雪と似ているのかもしれない。

 彼女は時にこうして、独特な感性でものを表現する。


 その感性は、いったいどこで培われたものなのか。


 涙を拭って微笑んで見せたエリアル嬢を、見下ろして問う。


 初めて出会ったころは、はるかにエリアル嬢の方が高かった身長も、中等部に入ってから逆転した。エリアル嬢は女性としては長身だが、大の大人と比べればさほど長身でもないし、ひどく華奢だ。

 きみは、私の身長がきみを越えたことに、気付いていた?そんなことには、興味がないかい?


「エリアル嬢、きみ、どこを見ているの?」


 ここにいる、私を無視して。


「花を、見ていました」


 視線に込めた非難の色に、気付いたのだろうか。エリアル嬢は私の手を掴むと、ごまかすように視線を逸らした。

 不敬とは思わない。先に彼女に触れたのは私だし、在学中は他の生徒と同じ扱いをするように通告してある。


 私の片手を引いた彼女が、開いた手で木々を示す。


「見て下さい。ほら、一面、花びらで、吸い込まれそうですよ」


 ああ。本当に。

 花弁がきみを取り巻いて、消してしまいそうだ。


 逃すまいと、繋がれた手を強く握り返す。


 きみから掴んだのだから、良いよね?


 彼女が少し先で待つ、テオドアたちの方へ駆け出す。


 温かい手は、確かにエリアル嬢の存在を証明していた。


 言い寄る令嬢たちに触られるのは全力で回避したいが、これは、悪くない。


 ツェツィーリア嬢とテオドアからの凄まじい嫉妬の視線と殺気にも、さり気なく手を離そうとするエリアル嬢の動きにも、全てに気付かない振りをして、私は中等部へ帰り着くまでエリアル嬢の手を握っていた。


 引き留める手は、多い方が良い。


 でも、いちばん近くできみを捕まえるのは、私の役目にして欲しいな。ねぇ、黒猫さん?






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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