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取り巻きCと初合宿 みっかめ→よっかめ

取り巻きC・エリアル視点


第一回腕相撲王者決定戦


ちょっと痛い描写がありますので苦手な方はご注意下さい


現代知識で俺TUEEEEE!しています

そう言った話が嫌いな方はこの回を飛ばして読んでも問題ない…はず!

 

 

 

「てい」

「っ」


 握った手を、ぱたん、と倒す。


 びー


「手加減しなさいよ」

「手加減してこれですよ」


 あっさりわたしに敗北を喫したお嬢が、ジト目でわたしを睨んだ。




 こんばんは。たとえ大好きなお嬢さま相手でも、譲れない戦いはある!

 腕相撲王者決定戦中の、クロことエリアル・サヴァンです。


 わたし対お嬢ことツェリの試合をラストに、ただいま一回戦が終了したところです。さくっと結果をお伝えしますね。


 第一試合、兄貴ことスー先輩対あんちゃんことラファエル・アーベントロート先輩。熱戦ののちあんちゃんの勝利。ちょっとびっくり。

 第二試合、姐さんことブルーノ・メーベルト先輩対パパことパスカル・シュレーディンガー先輩。姐さんがけっこうあっさり勝利。これもびっくり。

 第三試合、クララことクラウス・リスト先輩対姫ことヴィクトリカ殿下と、第四試合、テディことテオドアさま対ぴいちゃんことピアは、順当にクララとテディが勝利を納めた。


 一回戦を見た感想を言うなら、姐さんが強敵かもしれないってことかな。はっきり言って筋力としては、パパの方があると思うから。


 腕力差をひっくり返して勝てる。これは、脅威だ。ちょっと姐さんの試合は、注視しないと駄目だな。




 そんな考えの下、わたしのすぐあとに行われる兄貴対姐さんの試合を真剣に見る。


 結果は、


「…まじかよ…」


 クララのコメントでご察し頂きたい。


 腕の太さが倍ほども違う兄貴相手に、姐さんは瞬速で勝利を決めた。もう、確定である。最大の敵は、姐さん。


「やったぁ」


 唖然とする視線を受けて、姐さんがほわんと喜びの声を上げる。兄貴は地味に、落ち込んだようだ。…二連敗、だしね。


「…姐さんは、フリージンガー団長の弟子だからな」


 肩をすくめたあんちゃんと、パパの対決は順当にあんちゃんが勝利。そのあとのクララ対テディも先輩が貫禄を見せ、続いた姫対お嬢とわたし対ぴいちゃんも騎士科が難なく勝利した。


 続く三回戦。兄貴対パパ、あんちゃん対クララ、姐さん対姫はさすがの年長者かストレートで三年生が勝利。そして次なる試合は、


「お手柔らかにお願いしますね」

「いや、手加減はしないからな?」


 わたし対テディだ。

 腕まくりして望むテディと相対そうとして、


「あなたもせめて、腕まくりくらいしたら?」


 審判役のお嬢に突っ込まれた。


「え?いや、まあ、はい、そうですね…」


 不正を疑われても嫌なので、大人しく指示に従、


「うわ、細!?」

「白いねぇ…」

「え、まじでその腕で剣握ってんのか!?」


 従って腕まくりしたとたんに寄せられる、驚きの声。

 だからまくってなかったのですけれどね…!


「お嬢やぴいちゃんと比べれば、十二分に太いですよ」

「私よりも、白いけれどね」


 お嬢ちょっと黙ろうか。


「剣を握るのに必要な筋肉はあります。締まっているだけで、筋肉がなくて細いのではありません」


 台に腕を乗せ、早く手を出せと視線でテディを促す。


「…折れない、よな?」

「蹴りますよ」


 細いのは事実なので認めるが、そこまで言われる謂われはない。失礼極まりない言葉である。


「そう言う台詞は、剣術の手合わせでいちどでも勝ってから言って下さい。一年生相手にはまだ無敗ですよ、わたしは」


 二年生と三年生には負けることもあるが、一年生には負けていない。剣を握れるかどうかの証明なんて、それで十分なはず。手合わせでわたしに勝っている兄貴やあんちゃん、クララやパパならばともかく、テディにそこまで貶される筋合いはない。…姐さんとは手合わせしたことがないな。今度、お願いしてみようか。


「…そうだな。失言だった」

「わかれば良いです。ほら、あともあるのですから早く」


 手を握るところから、勝負は始まっているのだ。


「肘を突いて。良いわね?用意、始めっ」

「ぅにっ」


 びー


 勝敗は、一瞬で着いた。


「細いからと言って、甘く見ないことですね!」


 ぱっと手を離して、テディを見上げる。


「油断するから負けるのです」


 これは、次の勝負への布石だ。テディが手を抜いたから、わたしが勝ったのだと思わせるために。はったりが通じるのはあと二戦くらいだろうが、勝率を上げる行動は取って置くに越したことはない。


「…まじかー」

「なにそれ、怖い」


 クララとパパがぼそりと呟き、


「…テディ、涙拭きなさいよ」

「泣いてないから!」

「そう言うこともあるよ」

「そう言うヴィックが次クロとだからな!?」


 ぽんとテディの肩を叩いたお嬢が腕まくりして台に向かう。相対するはぴいちゃん。この試合が事実上の、最下位決定戦になるだろう。


「お嬢ーぴいちゃーん頑張って下さーい」

「気の抜ける声援はやめてちょうだい」

「あ、が、頑張ります!」


 お嬢はもう少し、クロに優しくしても良いと思うの。


 しょぼんとしながら眺めた試合は、


「っ、ふっ」

「ん、んんん」

「んーっ、あーっ」

「やあっ」


 びー


 接戦ののちにお嬢が勝利を納めた。ふたりとも必死だったね。


「おめでとうございます、お嬢。ぴいちゃん、惜しかったですね」

「…なんだか苛っとするわね」

「ありがとう、ございます」


 ねえ、お嬢はもっとクロに優しくて良いと思うの。


 まだまだ続くよ第四回戦。兄貴対クララ、あんちゃん対姐さん、パパ対ぴいちゃん、姫対クロ、テディ対お嬢。


 先の三試合は番狂わせなく、兄貴、姐さん、パパの勝利。いや、あんちゃんに姐さんが勝ったのは驚くべき、なのかな。もうなんか、姐さん勝つだろうなーと言う気持ちで見ていたけれど。


 そして、第四試合。


「負けたくないな」

「お手柔らかにお願いしますね」


 姫と顔を見合わせて手を組む。


「姫負けないかな…」

「クロ負けないかしら…」

「ちょっとそこの夫婦!審判は私情を挟まないで下さいよ」

「誰が夫婦よ!」「誰が夫婦だ!」

「本当に、お嬢とテディは仲良しだねぇ。息ぴったり」

「「姐さんやめて!?」」


 そろった声に、当事者ふたり以外が思わず笑う。


「〜〜〜っ、もう!始めるわよ!準備しなさいっ!!」

「ふふっ、はーい」


 顔を真っ赤にしたお嬢に睨まれて、表情を引き締める。気を抜いていたら、負けるからね。


「肘しっかり突いた?行くわよ、始めっ」

「っふ」


 びー


 ふーっとため息を吐いてから、手を離す。


「ありがとうございました」

「…うん。完敗だよ」

「いえいえ。姫が本気を出したらクロなんてイチコロですよ」


 ひらひらと手を振って謙遜。と言うか、事実だね。単純に腕力勝負になったら、姫に敵うはずがないのだ。


「…魔法は、使っていないのよね?」

「…あなたに疑われては、無実を証明する方法がありませんが」

「いや、大丈夫だよぉ。クロが魔法を使っていないのは、僕が証明するからねぇ」


 わたしを除けばこの中で最もわたしの魔力を熟知しているであろうお嬢に疑われて苦笑すると、姐さんが肩を叩いて無実を保証してくれた。


「と言うか、そんなつまらんことはしないだろう。クロなら」

「ありがとうございます、姐さん、あんちゃん」


 騎士科の三年生は、男気があって格好良いです。

 思い返せば、兄貴とのファーストコンタクトも、不正を疑われたクロを庇ったことでしたね。


「…確かにそうね。馬鹿なことを言ったわ」

「いえ。魔法みたいに勝っていると言う、褒め言葉と受け取って置きますよ。夫婦対決、頑張って下さいね」


 いとにこやかに応援すれば、無言で肩パンされた。照れ隠し、可愛いです。

 照れ隠しじゃない?知ってる。でもほら、言ってたら知らぬ間に事実になっていないかなぁって。


 テディ対お嬢は波乱もなくテディの勝利で終了し、その後の第五回戦第一試合、兄貴対姫も兄貴の勝利であっさり終わった。姫が少し悔しそうな顔をしたのが、印象に残った。


 波乱が起きたのは…と言うか、起こした、かな?わたしが波乱を起こしたのは、第二試合。あんちゃん対テディの試合。


「クロ、ちょっと」

「なんですか?」


 試合直前でお嬢に呼び寄せられ、耳打ちされる。


「いや、そんなことは、」

「良いからやりなさい」

「…良いのかなぁ」


 首を傾げつつも、お嬢のわがままを聞き入れる。マイエンジェル相手には弱いクロです。


 試合が始まりテディが負けそうになったところで、声を上げる。


「テオー、頑張って下さーい」

「っ!!」


 びー


 うわ。


「…まさかの」


 これが、火事場の馬鹿力と言うやつでしょうか。あわや敗北、と言うところで目を見開いたテディが、逆転勝利を納めました。


 言葉を失うわたしを、がばっと振り向いたテディが見つめる。


「いま、」


 顔が怖いよテディ。


 そうだ、しらばっくれよう。


「気のせいです」

「いや、」

「気のせいです」

「気のせいよ」

「気のせいじゃないかなぁ」


 頑なに気のせいと主張するわたしに、お嬢と姐さんが加勢してくれる。


「そんなこ、」

「気のせいだよ」

「ああ、気のせいだ」

「勝ててよかったなー、テディ!」


 なぜかパパに兄貴にクララまで味方に付いてくれたので、クロの勝ちは決まったようなものだ。悲しいかな、世の中はマジョリティが強いものなのである。


 そのまま流して第三第四試合、姐さん対ぴいちゃんとパパ対お嬢は安定の騎士科勝利で終了し、第五試合、クララ対クロ。


「ここらで、男の意地を見せないとな!」

「女にだって、意地はありますよ」


 ノリで、ぱんっとお互いの手を合わせてから位置に着く。


「肘を突け。用意は良いな?始めっ」

「だあっ!」


 びー


 女の意地を見せました!クララから手を離し、ガッツポーズで勝利を喜ぶ。


「っしゃあ!わたしの勝ちですよ!」

「え、いま、なんだかわからないうちに負けたんだけど!?」

「そう言う日もあります」

「どう言う日だよ!?」


 クララの突っ込みはスルー。


 これくらいで、説明して置こうかな?

 どうしてわたしが勝てているのか。


 理由は簡単だ。わたしだけ、腕相撲ではなくアームレスリングをやっているから。腕力ではなく、スピードとテクニックで戦っているのだ。


 力で勝てないなら、力を出させなきゃ良いじゃない、と言う話。まず手の握り方から相手が出来るだけやりにくくなるように工夫し、開始と同時、相手が力を出し切る前に勝負を決める。


 そのスピード勝負に、さらにアームレスリングのテクニックを持ち込んで、有利に試合を進められるようにしているのだ。細かいところはすっ飛ばして結論だけ言うと、相手の指先の力と、わたしの全体重での戦いになるように巧いこと誘導している。さすがに、指と全身で戦ったら負けないよね?


 せこい?ずるい?褒め言葉だね!わたしは巧く身体を使っているだけで、ルール違反はしていないからね!


 折り返して六回戦行くよー。兄貴対テディ、あんちゃん対姫、姐さん対お嬢、クララ対ぴいちゃん、パパ対クロ。順当に進んだので結果だけ伝えるよ。兄貴、あんちゃん、姐さん、クララ、クロの勝利。


「にゃっ」

「細いよね?幻覚じゃないよね?この細い腕に負けたのかー!」


 試合後パパに腕を掴まれる。ちょ、ふにふにしないで。お肉揉まないで。


「あー、でも硬い。すごく硬い。クロ、頑張って筋力鍛えてるんだね。偉いね」

「ありがとうございますぅ…」


 褒めて貰えるのは嬉しいけと、お肉揉まないで。くすぐったいから。


「ちょっとパパ、お触り禁止よ。あんちゃんも手を伸ばさない」

「ちっ」

「あー、ごめん、つい」

「いえ、だいじょぶですー」


 ひーん、くすぐったいよぅ…となっていたら、お嬢が止めてくれた。でも、ねぇ、舌打ちってなんですかあんちゃん?あんちゃんまでクロの腕肉を狙っていたのですか!?美味しくないよ!?


 繰り返すけれど、クロは腕力で戦っていない。使っているのは全身の力とテクニックです。そのために、台とかも工夫されてるからね。と言うわけで、腕筋も必要だけれど腕筋が少ない=弱いじゃない。


 え?台の工夫とかせこい?せこくないさ。だって、これで良いか訊いたからね。反対意見は、出なかった!


 なにかな、そのジト目は。


 …。


 よ、よぉし!さてさて!緊張の七回戦ですよ!!話を逸らした?なんの話かなぁ!?

 なんで緊張かって?そうそう、その質問を待ってた!接戦になりそうなカードが並んでいるからですよ。とくにクロ的どきどきポイントは、ついにやって来た姐さんとの直接対決かな!


 まずは消化試合な兄貴対ぴいちゃんとあんちゃん対お嬢。ここはもう、結果が見えているね。赤子の手を捻るような試合展開で、兄貴とあんちゃんが勝ちました。


 そして来てしまった、緊張の一瞬。


「お手柔らかに、お願いしますね?」

「んー、クロには負けそうだなぁ」


 謙遜やめて!お願い、慢心して!その隙を全力で突きに行くから!


 手ににじんだ汗を拭き、姐さんの手を握る。わたしとは対照的な、大きくてひんやりした手だ。


 これまでの試合を見た限り、姐さんとわたしでは使っている技が違うと思う。そもそも今までのわたしはほぼスピード勝負で勝っているので、実はそこまで手の内を見せていない。


 勝機があるとすれば、そこなのだけれど。深く呼吸して、心を落ち着ける。


「肘を突け。用意、始めっ」

「んっ」


 よし、掛かった。たぶん。


「んん、ああぁぁあっ!」


 びー


「はっ、はあ、はあ…」

「あー、負けちゃったぁ」


 へろん、と手を離したわたしへはにかんだ笑顔を見せて、姐さんがのほほんと呟く。負けても消えない癒やしオーラですよ。


 でも、オーラに反して戦い方えげつなかったよ!


 き、厳しい戦いだった。どうにか技を決められたから良かったけれど、姐さんもスピード系な戦い方なだけあって、ほんとに、気が抜けない勝負だった。どっちが技掛けるか、先手を取るか、って言う戦いになって、しかも腕力的にどっちの技も決まった場合わたしが負けると言う…。


「あ、ありがとう、ございましたー」


 それでも辛くも勝利しましたけれど。あー、疲れた…。

 このあとあんちゃんと兄貴も待ってると思うと…辛いね!でも優勝を目指すよ!我らがお嬢さまに、勝利を献上するためにね!


 さっき思いっきり黒星付けてた?それは、あれだよ、うん、大局的な勝利をね、渡すためにね。戦略的なあれですよ。ストラテジーですよ。


 あ、ほら、次の試合始まるから!パパ対クララの二年生対決だから!どっちが勝つかな。気になるね!


「すっげー叫んでたな、クロ」

「声出すと、力も出るらしいからね」

「へー。じゃ、声出して行くかなー。負けねーぞ!」

「それはどうかな?」


 ぱんと手を合わせてから、パパとクララが手を組む。お互いに、好戦的な笑みだ。

 良いね。好敵手、って感じで。


 あと、さっきの試合でのクロの必死さには目をつむって下さい。


「準備は良いかな?では、用意、始め」


 姫の掛け声で試合開、


「ぅらあっ!」


 びー


 開始と同時に、パパが勝ちをかっ攫った。


「…は?」

「技は、盗むものだよ、クララ」


 やだパパったら格好良い…。


 と言うかパパ、どうやら姐さんの技術を見て盗んだもよう。見ただけで、技修得、とかね、怖い。


「わぁ…パパに早めに当たってて良かったぁ」

「です、ね…」


 テクニック組は苦笑ですとも。だって、パパに筋力じゃ勝てないから。と言うか、さっきの試合、スピードで勝ってなかったらクロがパパに負けてたね、きっと…。危なかった…。


 うん。気を取り直して、さぁさぁお立ち会い、二年生対決に続くは一年生対決ですよ。テディ対姫。勝つのはどっちだ!?


 ここでまたもや、お嬢の耳打ち発動。


「いや、ですから、」

「良いからやってみて」


 もー、変なところでわがままなのだから…。


 対戦者同士腕を組んだところで、声を掛ける。


「ヴィックー、頑張って下さーい」

「!…うん、任せて」


 目を見開いたあと、にこっと笑った姫は、


「っ」


 びー


 パパと同じく瞬速で、テディに勝って見せた。…パパも姫もチート過ぎやしませんかね?この技修得に、クロは前世でどれだけ苦労したと…。や、パパと姫がやったのは、わたしじゃなくて姐さんの技なのだけれどね。


「…クロ」

「気のせいです」

「うん、気のせいだね。でも、応援ありがとう。お嬢も、ありがとう」

「えこひいきはしないたちなのよ」


 試合終了後、良い笑顔の姫にお礼を言われました。


「たっ」


 そしてテディからは無言の肩パンを。…お嬢とテディ、やっぱり相性良いと思うのだけれどどうでしょう。


 残り試合数も少なくなって来た第八回戦。第一試合は兄貴対お嬢。言うまでもなく兄貴の勝利です。第二試合は、


「お手柔らかにお願いします…」

「手を抜いたら負けるだろうが」


 あんちゃんとわたしの対戦でございます。

 手のサイズからして、全然違う。それだけでも、クロが不利よ?


「こう、後輩に勝ちを譲る、大人げとか…」

「越えるべき高い壁になるのが、先達のつとめだと教わった」


 手加減する気はないと。


 腹括るか。


 息を吐いて、意識を集中させる。


「用意は良いかなぁ?行くよ、始めっ」

「だぁあああっ!」


 びー


「っしゃあっ!」


 勝った。勝ったよ!腕の太さ三倍近いあんちゃん相手にして、腕相撲で勝ちましたよ!!


「ありがとうございましたぁっ」

「…クロ、じゃーんけーん、」

「「ぽん」」


 わたしがぐー。あんちゃんがぱー。


「負けたぁ…」

「よしよし」


 あんちゃんが少し笑って、わたしの頭をなでる。…もしかして、悔しかった?腕相撲の借りをじゃんけんで返したのですかあんちゃん!?


 まんまと負けちゃうわたしェ…。


 落ち込むわたしの前で繰り広げられた、姐さん対クララ、パパ対テディの戦いはテクニック組の姐さんとパパが勝利。姫対ぴいちゃんも普通に姫が勝った。


 そして始まる最終戦。第九回戦は第一試合に兄貴対クロの試合が、


「待った!」


 止められた。


「現時点で、優勝は姐さんかクロに決まったすよね?どうせなら、姐さんとクロの試合を後に回しません?」

「…それもそうだな。良いか?」

「私は構わん」

「僕もそれで良いよ」


 クララの提案が受け入れられ、姐さん対テディの試合が第四試合に、兄貴対クロの試合が第五試合に回される。前倒されたのは、クララ対お嬢、あんちゃん対ぴいちゃん、パパ対姫の試合だ。


 それぞれ、クララ、あんちゃん、パパが勝って、最下位ふたりが確定した。次の試合でも、


「…敵わない。なんで」

「うーん、訓練次第だと思うよぉ?」


 姐さんがテディに勝利を納めた。これで、下位順位は確定したことになる。五位から順に、パパ、クララ、同率七位で姫とテディ、飛んで九位がお嬢、最下位がぴいちゃんだ。


 上位四位は次の結果次第で、わたしが勝てば上から、わたし、姐さん、同率で兄貴とあんちゃん。兄貴が勝てば、わたしと姐さんが同率一位で、三位に兄貴、四位にあんちゃんになる。


 つまりすでに、わたしの一位は確定している。確定している、が。


 だから負けても良いと思うかと言えば、そんなことは一切ないわけでして。


「よろしくお願いします」

「ああ。頼む」


 わたしと兄貴の身長差は、20センチ超。当然腕の長さも変わるし、手の大きさも筋肉量も差は歴然だ。誰が見ても、兄貴が勝つ、と思うだろう。


 それでも、勝ちはないとは考えない。勝てないとは、思わない。


 気合い十分に手を出せば、口許に笑みを乗せた兄貴がその手を掴む。


 審判は、姐さんとあんちゃんがやってくれるようだ。


 深く呼吸をして、意識を研ぎ澄ます。自分の力を、最大限に−。


「肘を付けて、準備は良いかなぁ?行くよ、始めっ」

「ぅるぁあっ!!」


 だんっ

 びー


「うっ、」

「いっ!?」


 あー…。


「クロ…?」

「いや、あの、はい…申し訳ありません…」


 机に思いっきり打ち付けた右の指先を左手で握り締めながら、お嬢の非難の視線を受け止める。対面では兄貴が、右手の甲をさすっていた。


 机の端付近には、強力なゴム線を模した水の糸が渡してあり、これに触れると音が鳴って勝利判定がなされる。と同時にゴムの反発力で力を受け止め、机に手を打ち当てて怪我をしないようにする仕組みでもある。


 ゆえに激戦を繰り広げても、誰も痛い思いはしていなかったのだが、


「…こうやって、剣技秤けんぎしょうは両断されたんだなー」

「この瞬発力、真似出来る気がしない」

「兄貴もクロも、大丈夫ぅ?傷めてない?」


 気合いの入れ過ぎで馬鹿力を発揮したクロは、勢い余って兄貴の手を渾身の力で机に叩き付けました。ゴムで殺しきれなかったダメージが、兄貴の手の甲とクロの指先にダイレクトアタックです。


「私は大丈夫です。あの、本当に、申し訳ありません、兄貴…」

「いや、俺は間に糸があったから大丈夫だ。クロの方が、直に当たったから痛かっただろう」

「わたしは…自業自得、ですから」

「とりあえずふたりとも見せてぇ」


 姐さんがわたしと兄貴の右手を掴む。じっくりと見分してから、頷いた。


「うん。骨と関節は、大丈夫、みたいだねぇ。痣は出来るかもしれないけど、それくらいならいつものことだしねぇ」

「申し訳ありません」

「んー?でも、そもそも兄貴が抵抗していれば、そこまで勢いは付かなかったはずだよねぇ?クロだけの責任じゃないと思うなぁ」

「姐さんの言う通りだ。俺の力不足で痛い思いさせて悪かったな。クロ」


 ああもう、兄貴はなんでそう格好良いの!!そんなこと言われたら、もう謝れないじゃないか!


「…ありがとうございました」

「ああ。ありがとう。それと、一位、おめでとう」


 差し出した右手を握り返す力は、傷めていないことを証明するかのように強く、わたしはそっと息を吐き出した。


「始まったとき、誰がこの結末を予想しただろうか…」

「…一年女子に完敗って、ちょっと、うん、情けないね」

「あ、や、姫にも言いましたけれど、単純に腕力を比べたらどう考えてもわたしが負けますからね?わたしは技術で勝っただけですので、そう気に病むべき話では…わたしが技巧特化の戦い方なことは、先輩方でしたらご存じですよね?」


 剣術や体術においても、ほかの騎士科生相手に筋力やリーチで勝負しても無理なのは理解しているので、わたしは基本的に技と速度で勝負している。


「一見腕力の戦いに見える腕相撲でも、身体の使い方次第で力の差を覆せるのだと言うことを伝えたかっただけなのです。これで負けたからと言って、先輩方の筋力が否定されるわけではありません」

「そうは言ってもなー」

「…この腕を見ればおわかりのように、わたしには力がありません。騎士科の誰より早く、力では勝てないと理解した人間なのです。そこから力の勝負にさせない方法を鍛え続けて来たのですから、そう言った戦い方に強いのは、当然なのですよ」


 避ける、いなす、利用する。そんな方法を前世から鍛え続けているのだ。そう簡単には、負けない。


「そんなことより、順位、どうしましょうか?」


 重くする気はないので、ちゃっちゃと話題を変えに行く。


「順位?」

「勝ち数だけで考えると、三位と七位がふたりずつになるでしょう?同率ありにするのか、なにか決める方法を考えるのか」

「…じゃんけんだな」


 あんちゃんじゃんけん好きだな!


 有無を言わさずあんちゃんが、握った拳を前に突き出す。


「行くぞ。じゃーんけーん」

『ぽん』


 言われるまま出した内容は、兄貴がぐー、あんちゃんがぱー、テディがぐーで、姫がぱー。


「決まったな」

「それで良いのですか…?まあ良いか…。では、順位は上から、クロ、姐さん、あんちゃん、兄貴、パパ、クララ、姫、テディ、お嬢、ぴいちゃんに決まりました。一位二位三位と九位の方は、お願いを考えて置いて下さいね。これにて腕相撲大会を終了します」

「表彰とか、しないのかー?」

「え?いや、考えていないですけれど」


 お遊びだし、さらっと終わらせて良いと思った。


「一位のクロを讃えて拍手!」

「ひゅーひゅー!」

「おめでとうクロ」

「おめでとう」

「強かったねぇ」

「え?え?」


 突然讃えられて、戸惑いを禁じ得ない。


「優勝したクロさん、今の気持ちをどうぞー」

「ええっ!?あ、えっと、この勝利を、愛するツェツィーリアさまに捧げたいです!」

「おおっ!では、捧げられたツェツィーリアさん、なにか一言!」

「私から?そうね、まあ、クロにしては良くやったわね」

「続いて準優勝の姐さん、惜しかったっすねー」

「そうだねぇ。少し悔しいけど、クロを讃えるよ。おめでとう、クロ」

「え、どう言うことなのこれ」


 ふざけ出したクララにパパが突っ込み、噴き出したひとりにつられて全員が笑い出した。わやわやと騒いだあとで、兄貴が声を掛ける。


「そろそろ終わりだ。明日もあるから、今日はしっかり寝ろ」


 兄貴の指示に従い、手早く片付けや就寝準備を終わらせる。見張り当番を決めて、早々に解散した。と言ってもクロは、最初の見張りになったのですけれどね。


「思ったよりも盛り上がりましたね」

「…ぁあ、そうだな」


 相方になったあんちゃんと、焚き火の前に並んで座る。

 腕相撲大会中も地味にみんなで面倒を見ていたので、焚き火の炎は無事だった。でないと、真っ暗になっちゃうからね。


 泳いだりはしゃいだりで疲れて、実は結構眠い。

 話していないと、眠りそうだ。


 なにか話題を、と考えて、気になっていたことを思い出す。


「そう言えば、あんなに大きい飛蜥蜴トビトカゲを二匹も、よく見つけましたね」

「…ん?ああ、偶然見つけた。おそらくだが、付近の高山から下りて来た個体だろう。稀にだが、そう言うこともあるらしい」

「二匹、ですか?」


 二匹も、と言うべきか、二匹だけが、と言うべきか迷って、曖昧な言葉になった。


 それでも意図を理解してくれたらしく、あんちゃんが答える。


「…つがいで移動することもあれば、単体や群れで移動することもある。飛蜥蜴の生態はわかっていないことが多くて、移動の原因や目的も不明だそうだ。詳しい生息地も、わからないものが多い」


 あんちゃんも眠いのかな?普段より少し、とろとろした喋りになっている。


「生態がわからないって、食べても大丈夫なのですよね?」

「…毒は持たない種だ。しっかり火を通せば、問題ない」

「飛蜥蜴って、飛びますよね?よく捕まえられましたね」

「…翼はあるが、たいていの飛蜥蜴は飛行が上手くない。飛び立つまでに時間が掛かるから、その間に捕まえられる」


 アホウドリみたいだなと思いかけて、話し相手があんちゃんだったことに気付く。このひとは、亜翼竜アヨクリュウを数体捌けるひとだ。


「飛び立つまでって、どれくらい掛かるのですか?」

「…ん?あー、危険を察知してから脚と翼に力を溜め、地面を蹴って飛び立つまで、ゆっくり三拍くらいだな。駆け寄って剣を振るなりその場でナイフを投げるなり、攻撃するには十分な時間だろう」


 飛蜥蜴の危険察知能力がどの程度かにもよるけれど、たぶん普通の人は無理だと思うよ。

 …あんちゃんの評価は、鵜呑みにしちゃ駄目だな。


 きっと止める間もなく襲いに行ったのだろうと想像し、数時間前の自分を反省する。

 ごめん、兄貴、パパ、姫。あんちゃんを止めろだなんて、無茶を言ったよ…。


「あんちゃんは、」


 話しかけようとして、ふと肩に掛かった重みに首を向ける。


 こつん、と頭に衝撃。


「あん、ちゃん…?」


 あんちゃんが、寄り掛かって来ていた。重い。


「え?あんちゃん?どうかしましたか?」

「すー…」


 帰って来たのは、健やかな、寝息。


 寝 と る !


「ちょ、あんちゃん、寝ちゃ駄目…あんちゃーん」


 手を伸ばして身体を揺するが、起きやしない。むしろ、


「…ガチ寝だよ」


 揺らしたせいで傾いだ身体が、ぼすんっとわたしの膝に乗った。膝枕、である。


「あんちゃーん、起きて下さーい」


 テント内を気にすると大声も出せず、小声で呼び掛けながらぺちぺちと頬を叩いた手は、うるさそうに握って退けられた。片手拘束。おーい…。


「…なにかあったら、魔法で吹っ飛ばしますからね?」


 とりあえず前もって警告。聞いてないけれど。


 それからもあんちゃんは起きなくて困っていたら、


「…っの、お馬鹿」

「ラフ、起きろ」


 見張り交代のために起きて来た姐さんと兄貴が、救出してくれた。


 無言で放り投げて、ふたり掛かりで叩き起こす。


「先輩が、寝るって、どう言うことぉ?」

「…すまん。クロの声が、心地良くてな。野営の割に寝心地が良いと思ったら、膝を借りていたのか…悪い」


 謝ってはくれたけれどあんまり反省してないよね、あんちゃん。


 深ぁーく息を吐いた姐さんが、兄貴を振り向く。


「ごめん、スー、ちょっと見張り任せても良いかなぁ」

「構わんが、」

「うん。このお馬鹿を締めて…じゃない、このお馬鹿と、ちょっとオハナシして来るから」


 もしかして:お話(物理)


 いや、うん、わたしはなにも見なかった。聞かなかった。


「ああ。ランタンを持って行け。あまり遠くには行くなよ?」

「ありがとぉ。じゃあ、クロ、見張りご苦労さまぁ、おやすみぃ」


 おやすみのキスをした姐さんはいつも通り優しかったから、クロはその姐さんを信じるよ!


「おやすみなさい、姐さん、兄貴、あんちゃん」

「おやすみ。ゆっくり休め」

「…おやすみ」


 姐さん不在の間の見張りを申し出たりもせず、おとなしくテントへ向かう。おやすみ=もう寝なさいだ。逆らってはいけない。


 横になって目を閉じれば、すぐに意識は眠りに落ちた。だからあんちゃんがどうなったのかは知らない。知らないから!


 姐さんは怒らせてはいけない。これは、肝に銘じて置こう。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


ラファエル先輩眠ってしまっておりますが

本当に危険なことがあればちゃんと察知して起きるので(野生の勘)

見張りを放棄しているわけではないです

スターク先輩やブルーノ先輩もそこを理解しているので

怒ったのは主に後輩に迷惑を掛けたこととエリアルの膝枕とかうらやまけしからんと言うことに対して


続きも読んで頂けると嬉しいです

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