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取り巻きCと初合宿 みっかめ−そのいち

取り巻きC・エリアル視点


引き続き合宿です

好い加減さくさく進めたい


軽くですが暴力シーンがございますので苦手な方はご注意下さい

流血はありません

 

 

 

「んうー…」


 テントから這い出して、思いっきり伸びをする。


 ほの明るい朝の空気は少しひんやりと澄んでいて、見上げた空は清々しい快晴だった。


「良い天気ー」


 ふんふんと鼻歌でも歌いたい気持ちで、焚き火の方へ向かう。

 昨日はたっぷり眠らせて貰ったので、気合い十分、気分も爽快だ。


「おはようございます」


 焚き火のそばに座るクララことクラウス・リスト先輩と、姫ことヴィクトリカ殿下にごあいさつ。


「おう…クロ、おはようさん…」

「今日も…早いね…」


 振り向いたクララと姫は、なぜかげっそりした顔をしていた。




 おはようございます。二日酔いにはしじみ汁。みんな大好きツェツィーリアさまの取り巻きC、クロことエリアル・サヴァンですよ。


 合宿も折り返しな三日目。どうやらみなさま寝不足のごようすで…。


 昨日はクロを除け者にしてお楽しみでしたものね。クロには早寝を言い付けたのに、みんなして夜更かしなんて、神聖な(?)演習合宿をなんと心得ているのでしょう!


 ぷんすこしながら、それでも疲れや眠気に効くメニューを考えますよ。

 クロったら、なんて良い子!




「おはよう、クロ、体調は大丈夫?」


 大量のお肉やきのこを眺めて考え込んでいると、後ろから声を掛けられた。

 振り向けば、眠気なんて欠片もうかがわせないふんわりオーラを従えて、姐さんことブルーノ・メーベルト先輩が立っていた。


「おはようございます、大丈夫です。姐さんは、寝不足ではないのですか?」

「僕は今日も二番目の見張りだったから、見張りのあとで十分眠ったよ。今回は人数が多いから四交代に出来てるけど、夜の見張りは二交代のことも、一晩まるまるのことも、あるからねぇ」


 抜かりなかったようです。

 そして、自分が大丈夫だから注意しなかった…いや、違うか。


「…はしゃぎ過ぎて寝不足もまた、経験ですよね」

「うん。クロは朝ご飯の準備かな?手伝いいる?」

「いえ、朝の鍛錬に行って頂いて大丈夫…あ」


 薬関連なら、きっと姐さんの方が詳しい。


「寝不足に効く野草とかって、ありますか?」

「レスベルの実が効くから丸ごと食べさせたらどうかなぁ?」

「「ちょ、」」


 にっこり笑顔でのドSな発言に、クララと姫から待ったが掛かる。

 特に姫は、かなり必死な表情だ。…苦手ですものね、酸っぱい食べもの。


 ふたりの反応を見て笑ったあとで、姐さんは昨日取ったきのこを指差した。


「冗談だってぇ。そうだね、あのきのこは滋養に良いから、寝不足にも効くんじゃないかなぁ。あと、あの野草は眠気を覚ます効果があるよ」

「ふむふむ。ありがとうございます。なにか食べたいものはありますか?」

「昨日の朝のスープが、美味しかったなぁ」


 豚汁は美味しいですよね。うーん、味噌味が好きってことかな。


「今日、行くとしたら洞窟ですよね?」

「そうだねぇ」

「それならお昼は、携帯食料が無難、ですかね?」

「うん。クロのお弁当がないのは残念だけれど、携帯食料と、昨日取った木の実とか持って行くのが無難かなぁ」


 昨日はおにぎりを作ったけれど、男子高校生が満腹になる量のおにぎりって言うと結構な量でして。山登りよりも険しい道のりも予想される洞窟に、そんなものを持ち込むのは適さないだろう。

 じめっとした洞窟でお弁当を広げても楽しくないし、そもそも座って食事する余裕があるとも限らない。


「では、今日はあさごはんだけ作りますね。助言助かりました、鍛錬して来て下さい」

「ありがとう。楽しみにしてるねぇ。素振りが終わったら、ぼくも手伝うから」

「はい。いってらっしゃい」

「いってきます」


 笑って姐さんを姐さんを見送り、再度朝食のメニューを考える。

 寝不足だと、胃に優しいものが良いかな。お米がもう少しあるし、山菜入りのお粥と、肉団子入りのきのこ汁にしようか。汁々した内容だけれど、朝だしきっと許される…だろう。


 お米を研いで水に晒している間に、猪肉のミンチを作る。ナイフでお肉を叩いて叩いて叩いて…。


「ちょ、クロ?なにやってんだー?」

「え?ああ、挽き肉を作ろうと」

「ああ、なんだ…鬱憤でも溜まってんのかと思った…」


 さっきから見られていると思ったら、そう言うことか。


 嫌だなー、ストレスをぶつけているなんて、そんな、


「あはは」

「否定しない!?」


 クララにぎょっとされながら作ったミンチ肉で肉団子のタネを作る。


「んー、おはよ、クロ」

「パパ、おはようございます。早いですね」

「おれは十分寝たからね。ちゃんと起きないと、兄貴に怒られちゃうし」

「ちぇー。ちゃっかりしてるよなぁ、パパも姐さんもさー」

「クララの詰めが甘いんだよ」


 余裕の回答を見た感じでは、おそらくパパことパスカル・シュレーディンガー先輩と姐さんが二番目の見張りだったのだろう。なるほど、ちゃっかりしていそうなふたりだ。


「昨日は手伝えなかったし、なにか出来ることがあれば手伝うよ?」


 申し出はありがたいのだが、実はひとりでこと足りている。


「ただいまぁ。あ、おはよう、パパ」

「おはよう、姐さん」


 どうしようかと考えているあいだに姐さんも戻って来て、


「あ、薪…」


 薪が心もとないことに気付いた。

 わたしの視線を追って、パパと姐さんが頷く。


「言われてみると、少なくなって来てるねぇ。料理がクロひとりで平気なら、拾って来ようか」

「そうだね。クロ、ここはひとりで大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「ん。それじゃあ、行って来るねぇ。もし戻る前に兄貴が起きたら、伝えておいてくれる?」

「わかりました。いってらっしゃい」


 とんぼ返りのようにまた出掛ける姐さんと、姐さんに連れられたパパを見送る。


「…クロもパパも姐さんも、働き者だよなー…」

「そうですか?これくらい大したことないでしょう」


 世のお母さんたちが、誰でもやっていることだ。あ、いや、貴族のご夫人はやらないけれどね。


 首を傾げるわたしを見上げ、クララが首を振る。


「いやいや。クロは偉いよ。ひどいやつはほんとひどいぜ?演習合宿だっつーのに、従者や侍女を連れて来る馬鹿までいるからな」

「それは…貴族でしたら、仕方のないことでは?」


 むしろ王太子なのに護衛のひとりも付けていない姫や、公爵家侯爵家の人間にもかかわらず従者のひとりも連れていないクララたちが、特殊と言えると思う。とくにクララは、嫡男だ。


「お守りが必要な騎士が、国なんか守れるかよ」

「演習合宿を受講する全員が、騎士になるとは限りませんから」


 ラース・キュバーのような文門家系のご子息たちも、騎士科にはたくさんいる。

 初回の演習合宿ならご令嬢方だって参加する方はいるだろうし、全員が全員、騎士としての心得を理解しているわけじゃない。


「それでも、ひどいやつは想像を絶する」


 そう言ったのはクララではなく、兄貴ことスターク・ビスマルク先輩…って、


「え、どう言う状況ですか?」


 テントから出て来た兄貴は、なぜかあんちゃんことラファエル・アーベントロート先輩を担いでいた。


「ん?ああ、ちょっと、叩き起こす」


 そう言うなり、兄貴はあんちゃんをひと思いにぶん投げた。

 多少兄貴よりは背が低いとは言え、長身で筋肉質なあんちゃんを、だ。


「え?え?」

「…姫、テディ叩き起こして来い。あれの二の舞にされっぞ」


 混乱するわたしを後目に、クララが姫に命じた。

 姫も戸惑った表情だったが、


「………はい」


 自分で投げたあんちゃんに駆け寄って蹴りを放つ兄貴を見て、なにも問い返さずに従った。


 投げられたあんちゃんは木にぶつかりつつもしっかり受け身を取り、蹴りも避けてカウンターまで放ったので、そのまま素手対素手の戦いが始まった。足元が悪いのに、よくもまあ、と言う動きだ。


「幸いにも俺はまだ当たったことがないが、演習合宿中に連れて来た使用人たちにお茶やら食事やら用意させるやつがいたらしい。椅子と机にテーブルクロスや銀食器まで用意させて、な」


 打ち合いをしながら兄貴が言う。


 その猛者もすさまじいと思うけれど、兄貴の寝起きドッキリも怖いよ!?あんちゃんは寝ぼけているのか動きがいつもより鈍いみたいだけれど、それにしたって、なんでそんな余裕なの兄貴は!


「俺が実際に同じ班になった中でも、従者に課題をこなさせようとしたやつならいた。むろん、そんなふざけたことは先輩方の手で阻止されたが」


 べしんっ


 上手くあんちゃんを翻弄した兄貴が、隙を突いてあんちゃんの頭を平手でぶっ叩く。


「好い加減起きろ、ラフ」

「ん?…ああ、朝か」


 叩かれたあんちゃんは動きを止めると、眠そうに首を傾げたあとでそう言った。

 寝起きが壮絶過ぎる…!


「ふあ…眠いな」

「俺は、早く寝ろと言ったはずだ」

「言っていたな…顔を洗って来る」


 なんで外にいるとか叩かれたとか、気にしたようすもなく、あんちゃんがわしわしと頭を掻いて歩き出す。


「寝不足のあんちゃんはあれくらいしないと起きねーから」

「そうなの、ですね…」

「ま、あんちゃんでなくても、兄貴が叩き起こすっつった場合はああなるけどな。オレも、何回恐怖を味わったか…」

「朝の見張り当番で、良かったですね」


 クララに肩をすくめて見せてから、兄貴に姐さんとパパの行方を伝える。

 そうしてわたしが時間稼ぎをしている間に、無事姫はテディことテオドアさまを起こせたようだ。


 眠そうに額を押さえるテディがテントから這い出して来るのと時を同じくして、薪集めに行っていたパパと姐さんが戻って来る。


「あ、兄貴起きたんだぁ。おはよう」

「おはよう」

「おはよう、姐さん、パパ。朝から悪いな。助かる」

「気付いたのはクロだから」

「ああ。クロ、ありがとう。身体は、問題ないか?」

「大丈夫です。ご心配お掛けしました」

「いや。大事ないなら構わん」


 頷いた兄貴が、ぽんぽんとわたしの頭をなでる。ひとも集まったしごはんも出来たから、そろそろお嬢ことツェリとぴいちゃんことピアを、起こそうかな。


 その後、寝不足のお嬢がぐずったりぴいちゃんが半寝でごはん食べていたり、いつまでも寝ぼけているとレスベルを口に突っ込むよと姐さんが寝ぼけまなこのメンバーを脅したりしたが、無事にあさごはんは終わり、ようやくちゃんと目覚めた面々に、今日は東の洞窟に向かうことが告げられた。




 朝食後出発してから数時間。わたしたちは、無事東の洞窟の前に立っていた。


 今日は全員揃って光水草採集だ。ひとがいなくなる基地には、わたしとお嬢と姫が、三重で防御壁を施した。防御壁を張れる魔法使いは前線に出つつ本営防護なんて離れ業を求められることもあるから、これも立派な訓練になる。


「ぴいちゃん、光を頼めるか?」


 言いながらも、兄貴は松明に火を付ける。

 炎は酸素の存在を示す指標にもなるので、そのためだろう。


「はいっ」


 ぴいちゃんは気合い十分に頷くと、手の中に光を生み出した。生み出された光はぴいちゃんの手から飛び立ち、その頭上に浮かぶ。


「足許が見えれば十分だから、無理のない程度にな。松明やランタンも用意してあるから、限界になる前に言ってくれ」

「わかりました」


 こくこくと頷くぴいちゃんへ励ますように頷きを返し、松明を持った兄貴が洞窟へと足を踏み出す。


 洞窟の中は三、四人が並んで歩ける程度の幅があり、高さも兄貴が万歳して余るほどだった。壁面は青っぽい鼠色の岩石で、ごつごつとしている。

 そう簡単に崩れ落ちはしないだろうけれど、警戒はすべきだろう。


 お嬢と並んで歩きながら、周囲をうかがった。


 集団は兄貴を先頭に、テディ・パパ、姐さん・姫、ぴいちゃん・クララ、わたし・お嬢の順で二列になり、あんちゃんが殿をつとめている。


「明るいなー、それ。なー、触っても平気?」

「あ、だ、大丈夫、です」


 緊張した面持ちのぴいちゃんに、にかっと笑ってクララが話し掛ける。


「よっしゃ、触らせて触らせてー。おー、あったかいわけじゃないんかー」

「温かくも出来る、けど、魔力を消費する、ので」

「へー。便利だなー」


 底抜けに明るく軽いクララの態度に、ぴいちゃんが少し表情を和らげた。


 クララは粗雑に見えてもれっきとした侯爵子息なので、そのへんの気遣いに抜かりがない。明るい人柄も相まって打ち解けやすいので、そのあたりも見越しての位置取りなのだろう。これがもし、テディやあんちゃんだったら、こうは行かなかったはずだ。


「疲れたら言えよー?オレがおぶってやるからなー」

「おぶっ…?い、いえ、大丈夫、ですっ」

「遠慮すんなって。ぴいちゃんくらい、軽いからさー。ま、オレじゃなくても、お嬢以外なら好きなやつ指名しろよ。女ひとり背負えない軟弱なやつは、いないからな。お嬢も、歩けないってなったらテディに背負わせるから遠慮なく言えよー」


 お嬢を振り向いて、クララが笑う。朝は眠そうで死にかけていたのに、いまはずいぶんと元気だ。


「なんでテディなのよ」

「え?クロが婚約者に推薦してたから?」

「クロ…!」


 ぎっと睨まれたので、しれっと微笑んで答える。


「お似合いですよ?家格も釣り合いますし」

「勝手にひとの嫁ぎ先を決めるんじゃないわよ!」

「ミュラー公爵さまも乗り気でしたよ?」

「なんですって…!?」

「ちょっと待てクロ、いま聞き捨てならない台詞が聞こえたんだが!?」


 姫とぴいちゃんをはさんだ先を歩いているテディが、振り向いてわたしを睨む。

 表情が、お嬢そっくりだ。


「一人娘をやる相手に申し分ないと、ミュラー公爵さまが」

「…それ、本当?」

「言っていましたよ?アクス公爵さまも、検討すると」

「親父…っ」


 ふたりして頭を抱えたあとで、同時に顔を上げた。


「「あとで、みっちり問い質す…!!」」


 言葉を発したのも同時で、一言一句そろっていた。


「やっぱり、お似合いだと思、」

「「黙れ、馬鹿猫」」


 …やっぱり、お似合いだと思いますよ。




 洞窟内は途中まで草木がない分山道よりも歩きやすくすいすい進めたが、奥に進むにつれて岩肌が湿り気を帯び道も険しくなった。濡れた足元は滑りやすく、慎重に歩いても足を取られる。

 お嬢やぴいちゃんが転び掛けたりもしたが、隣や後ろを歩く誰かが危機一髪で支えて転倒を回避したのでことなきを得た。


 苦戦しつつも着実に進み、なんとか昼食前に無事東の洞窟の最奥へと辿り着いた。

 後ろを歩いていたあんちゃんいわく、西の洞窟の方が入り組んで深いそうなので、明日はもっと時間が掛かるかもしれない。


「ふわ…綺麗、ですね」


 目の前に広がる地底湖に、目を奪われる。思った以上に大きな地底湖は湖底に生えているのであろう光水草の光を受けて、きらきらと輝いていた。葉緑体は持たないのか、その光の色は赤橙色だ。


 水面からの光が湿った洞窟の壁に反射して、壁まできらきらと赤く輝いて見える。


「本当。綺麗ね…」


 隣で神秘的な光景を見つめるお嬢も、光を浴びていて、髪や瞳を照らす光で、まるで炎の妖精のようだった。


「この光景も綺麗ですが、湖を見つめるお嬢はそれ以上に綺麗ですよ」


 思ったままを、ぽろりと口にする。


「素直に自然の美しさを褒めなさいよ」

「素直に思ったままを言っただけですよ」


 呆れ顔のお嬢に微笑みを向け、幻想的な様相を呈する湖へと近付く。

 前世であったら、間違いなくテレビクルーが来ただろうななんて、馬鹿なことを思いながら、湖の縁にしゃがむ。


「この水って、触っても大丈夫ですか?」

「触るどころか、飲んでも大丈夫な水だよ」


 隣にやって来た姐さんのお墨付きを得て、そっと水に手を浸す。


「冷たく、ない…?」

「地熱で温められているみたい。太陽光の届かないこんな場所で水草が育つのも、地熱のお陰なんだよ」


 …まさか、噴火とか、ないよな?


 昨日に続いて浮かんでしまった縁起の悪い想像を、頭を振って追い払う。


 試しに手ですくって飲んでみた。温かい水。かすかな甘みと、硬度の高い水のような風味を感じる。


「本当に飲んじゃうんだぁ」

「甘いです」

「この水自体も、身体に良いらしいからねぇ」


 成分が気になるし、ちょっと持って帰ろうかなぁ。


 水面を眺めて考え込む姐さんを後目に、ぱちゃぱちゃと水を踊らせる。姐さんの言う通り無害な水のようだ。触れても飲んでも、異常は感じない。


 水温も、ぬるま湯くらいだし、


「これなら、泳げそうですね」

「クロ、泳げるの?」

「?泳げますよ?」


 パパに問われて振り向く。泳げるか、なんて、そんな改めて問うようなことだろうか。


 日本だと水泳は必須科目だ。今世でも、サヴァン家の領地はどいな…自然豊かな土地で、池も川もあったし。


 当然と答えたわたしに、お嬢が胡乱げな視線を向けてきた。


「どこで習ったのよ、泳ぎなんて」

「え…?」


 言われてみれば、クルタスの授業に水泳は…ないな。


「えっと…独学、で?」


 わたしを恐れた家庭教師は放任と言う方法を取ったので、自由な時間はたっぷりあった。あ、いや、マナー講師の老婦人だけは、底知れない笑みでマナーを叩き込んでくれたけれど。貴婦人って、ああ言うひとのことをいうんだろうなって、思った。彼女はいまでも、尊敬している。…めっちゃ厳しかったけれど。


「泳げるって、潜れるのか?」

「潜れますよ…?」


 もしかして、普通は泳げないもの?

 浮かぶ冷や汗を感じつつ、クララの問いに答えた。バタフライは出来ないけれど、クロールと平泳ぎならばっちりだ。背泳ぎは、水を飲みそうになるから苦手。


 しゃがんだまま振り返り、かたくなに湖に近づかない面々に問い掛ける。


「あの…もしかして、みなさま、泳げない…とか」

「あ…ボクは、泳げます。でも、潜るのは…」


 ぴいちゃんがおずおずと挙手。


「…ごめん」

「いやー、あー、うん…悪い…」


 パパとクララは気まずそうに首を横に。


「「………」」


 姫とテディは目すら合わせない。


「沈めはするが、二度と上がって来れんぞ」

「泳げないわよ」


 あんちゃんとお嬢はきっぱりと。


「バルキアは、内陸だからな…」


 兄貴が困ったように頭を掻き、


「悪いが、俺もあの底の草を取れるほどは泳げん。川での人命救助くらいなら、出来るんだがな…」


 すまなそうに顔をしかめた。いや、うん、もう、泳げるってだけで許すよ兄貴。


「じゃあ、行くとしたら僕かクロかぁ」


 わたしの隣でちゃっかり水をくんでいた姐さんが笑う。


「よっし、じゃあ、僕が行くねぇ」

「あ、いえ、わたしも…」


 言葉が途切れたのは、姐さんが立ち上がり、服を脱ぎ始めたからだ。

 …素晴らしい腹筋と上腕ですね。


 武器も外し、靴まで脱いだ姐さんに、慌ててわたしも服に手を、


「待て待て待て」

「お前は脱ぐな」


 掛けたら止められました。


「いや、さすがに姐さんほどは脱ぎませんよ?」


 姐さんは上裸でズボンだけの格好になっているけれど、そこまで脱ぐ気はさらさらない。真っ赤な肌が、見えてしまうし。


 荷物や剣を外し、靴を脱ぐくらいだ。ついでに髪もしばる。短過ぎてしばってもだいぶこぼれるけれど。


「せっかくですから、生えているところを近くで見てみたいな、と。摘んでしまうと、光らなくなってしまうでしょう?」

「でも、濡れちゃうよ?」

「濡れませんよ」「濡れないわ」


 わたしと同時に答えた、お嬢が肩をすくめる。


「クロなら水くらい遮断できるわよ。お手て繋いでいれば姐さんも濡れないで済むわ」

「いえ、そばにいれば手は繋がなくても大丈夫ですよ?」

「リード代わりよ」


 犬か。


 わたしとお嬢を見比べたあとで、姐さんが兄貴に目を向ける。


「クロが構わないなら僕はそれで良いけど」

「いざという時ふたりの方が良いだろう」


 兄貴からGOサインが出たので、ふたりで行くことが決定。


「花が開く前のものを採取するんだ。ちゃんと見れば、見分けは付くよ。採取するときは、根を残すように。そうすれば、切ったあとそこからまた生えるから」


 姐さんに事前レクチャーを受け、異常時のボディーランゲージも決めてから、ふたりで湖へダイブ。飛び込み前に警戒網をこっそり張ったので、残して行くお嬢も安心だ。飛び込む寸前、お嬢の指示でしっかりお手てを繋がされました。


 温水プールよりも、さらに温かいくらいの水温。

 姐さんに手を引かれるまま、水底へ向かう。底に近付くほど、水温は上がっているようだ。底の方は、ぬるめのお風呂くらいの温度。


 水底は、外から見た以上に幻想的だった。


 きらきらと輝く水草は穏やかな水流にゆらゆらと揺れ、まるで淡く燃える花が揺れているようだ。一面夕焼け色の光景に、目的も忘れて見とれてしまう。


 姐さんは苦笑すると、そっとわたしから手を離す。

 そこでやっと目的を思い出して、水草に近付く姐さんを追う。


 姐さんはジェスチャーでふたつの株を示すと、片側を選んで切り取った。

 開花と未開花の違いを、教えてくれたらしい。


 開花したものとそうでないものでは、光り方に若干の違いがあるようだ。


 アドバイスに従い未開花の株を探して指さすと、微笑んで頷いて貰えた。


 切り方にコツがあるそうで、抱き抱えるように姐さんが、後ろから手を添え教えてくれる。


 さく、さく、と言う手応えと共に、水草は切り取れた。切り取ったとたん、萎むように光が消えてしまう。


 必要なこととは言え、悲しくなる光景だ。


 その後もうふた株採取して、湖面を目指した。


「ぷは」


 水面に顔を出し、思いっきり息を吸い込む。


「肺活量、すごいねぇ」


 隣に顔を出した姐さんも少し息が荒く、水に温められたかすこし頬が上気していた。


「ちょっと、夢中になり過ぎました」

「うん。ずっといたくなるよねぇ。ずっとは、息が保たないけど」


 採取量は十分だからと言う姐さんに促されて、名残惜しいが陸を目指す。

 水面を泳ぐだけでも、光る湖はやっぱり綺麗だった。


 ざぱ、と縁に水溜まりを作りながら、お嬢の待つ陸に上がる。


「いちど、立って下さい」


 泳いで疲れた身体に鞭打って、立ち上がった。ついでに髪も解いてしまう。

 ぱしゃんと、体表を水が滑り、足元に落ちる。


「わぁ、本当に濡れてない…」


 ぺたぺたと自分の身体に触れた姐さんが、感動したようすで呟いた。


「びしょ濡れにして私が乾かしても、良かったのよ?」

「濡れると、余計に体力が奪われますから」


 ちゃんと濡らさず帰って来れて良かった。


 姐さんが脱いだ服はパパが拾ってくれたらしい。パパから服を受け取って着ながら、姐さんが苦笑する。


「濡れないなら、服は脱がなくても良かったかなぁ。女の子もいるのに、ごめんねぇ」

「いえ、触ってみたいくらい素敵な腹筋で、眼福です」

「あはは。なんなら触る?」

「良いのですか、たっ」

「ばか」


 手を伸ばしたら、お嬢に叩かれた。構わず着て下さいと言うお嬢の言葉に従ってしまわれて行く腹筋を、名残惜しく見つめ…ていたらまた叩かれた。


 だって、シックスパック…!シックスパックだから…!!

 素晴らしい筋肉を持つひとは、惜しげもなくさらして自由に触らせる義務があると思うわけですよ…!あ、いや、嫌がるひとに見せたり触らせたりは駄目だけれどね。


 姐さんったら見た目小柄なのに、脱いだらすごかったですよ!?なにあの立派な腹筋!胸筋!上腕二頭筋!着痩せするタイプか!わたしと逆か!カッチカチやで!!


 あ、いや、と言っても筋肉太りしているわけじゃなく、がちっと引き締まった感じだけれど。


「クロ、筋肉好きなの…?」

「…だって、わたしにはそんなに付かないから」


 しょんぼりと自分のお腹をなでこ。割れてはいるけれど、あくまで細マッチョレベルなのだ。体脂肪率が低いから割れて見えると言う、アレ。


 ここにいる騎士科メンズと比べると、見た目いちばん細い姐さんよりもなお細い。ガチなマッチョである兄貴やあんちゃんとは比較するのもおこがましく、兄貴やあんちゃんよりは筋肉量で劣るクララやテディと比べても、哀れに感じるレベルである。

 身長なら、そこまで哀れな差ではないにもかかわらず、だ。と言ってもテディと比べて10センチくらいわたしが低いのだけれどね。


 ちなみに、身長順を作ると上から、兄貴>パパ≧あんちゃん>テディ≧クララ>姫>わたし>姐さん>お嬢>ぴいちゃんになる。クララが上の下、姫が中の上くらいの身長だ。姐さんは男性としてはかなり小柄で、わたしより拳ひとつほど背が低い。女性陣はお嬢が平均的な女性より小さいくらいの身長で、ぴいちゃんは小柄なお嬢よりさらにちっちゃくて可愛い。


「僕より兄貴やあんちゃんの方がすごいよぉ?」

「兄貴やあんちゃんがガチムチなのは見ればわかるのです!一見そうは見えない姐さんが脱いだらはっきり筋肉が見えると言う、ギャップ萌えがですね…!」

「がち、むち…?」

「ぎゃっぷ…?」

「もえ…?」


 あ、いっけね。


 ついつい拳を握り締めて、前世の言葉モロ出しで力説してしまった。


 ぱっと口許を片手で隠し、微笑んで誤魔化す。


「あらやだわたしったらはしたない」


 インパクトはさらなるディープインパクトで吹き飛ばす所存です。


 きゃるんっと星でも飛ばす勢いでかわいこぶって見せる。

 たとえごまかされてくれなかったとしても、はしたない言葉=下町表現とでも思ってくれれば、それで十分だ。

 下町スラングは日々生まれ消えゆくので、調べて見つからなくても局地的流行り廃りでごり押せる。


 昨日わたしの口の悪さを発揮してあったことが、きっと良い方に作用してくれるはずだ…!


「え、もしかして、悪口だったのぉ?」

「まさか!」


 内心、よっしゃ!とガッツポーズしつつ、ぶんぶんと首を振る。


「悪口ではなくてですね、ただ…えーっと、あの…察して下さい…」


 目を逸らし、頬を染めて、語尾はもはや消え入るような声で答える。


「つい、仕立て屋のお嬢さま方と話すようなことを、言ってしまって…」


 ガールズトークなんだよ!と、全力で主張する。下町娘のガールズトーク=口が悪く下世話の構図を悪用。ニナさんゼルマさん、まじごめん。


 思惑ははまって、全員、あ…うん…と、気まずげに引き下がってくれた。やったね!

 え?凄まじい誤解とかされたんじゃないかって?


 ふふ…痴女と気違いどっちがマシか、って話ですね。エリアル・サヴァンは男装のせいで一部貴族からすでに痴女扱いなのでいまさらだよ!!流行の最先端は、いつだって理解されないものさ!


 強がり?酸っぱいブドウ?黙らっしゃい。


「んー…よくわからないけど、つまり、兄貴やあんちゃんの筋肉より、僕の筋肉の方がクロから見ると好みだった、ってことぉ?」

「平たく言うとそうですね!」


 勢い込んで話を進める。無理くりにでも流してしまえば、こっちのものだ。


 実際、多少なりとも目を奪われたのはたしかだしね。

 テディの猫好きには萌えなかったのに、姐さんの腹筋には不覚にもときめいてしまったよ。たおやかで繊細そうなひとがふと垣間見せる雄々しさ、卑怯だぜ!


「え、なにそれ、オレはオレはー?」

「…見るからに筋肉質で体格に恵まれた方は」


 わたしより身長が高く肩幅も格段に広いクララを見上げて、にこっと微笑んだ。


「燃やしたくなります」

「燃やっ…!?」

「えっ!?」


 さらっと宣言すれば、クララとパパに唖然とした顔で見返される。


 大きな手やたっぷりと筋肉の付いた身体は、うらやましい。ないものねだりとはわかっていても、憧れるし、ずるいと思ってしまうのだ。

 前世でも今世でも、わたしの手は小さく、身体は細かったから。それでも唯一身長だけは、前世よりもはるかに高くなって嬉しかった。


「冗談ですよ」

「あ、ああ、だよね」

「本気じゃねーよな。焦った…」

「ええ。なんだその筋肉自慢かよ、爆ぜろ!とか、思ッテイマセンヨ。ハイ」

「すっげー棒読み…!」

「爆ぜろって…」


 ちなみに、ゲームに登場する筋肉ガチムチ勢はグレゴール・ボルツマンだけだったりする。次点で名前の出ない王太子の取り巻きAことテディ。第二王子もそれなりにガタイは良いけれど、柔道部やアメフト部的なガチムチではなく、バスケ部やバレー部くらいのマッチョレベル。その先、悪役王子たる姫やその取り巻きBたるアーサーさま、ラース・キューバーまで行くとフィギュアスケーター的なマッチョと言うか引き締まった感じになるし、さらに先のマルク・レングナーやコンスタンティン・レルナ・カロッサに至っては、文化部ですね、な身体付きだ。極めつけは隠しキャラたるわんちゃんで、あれは、もう、骨と言って良いと思う。

 なんと言うか、うん、世のお嬢さま方がゴリマッチョより細マッチョを好みやすいと言うことが、露骨に現れていますね…。


「騎士科にいたら、周りにいる半数は筋肉の塊でしょうに…」

「兄貴とかにも、爆ぜろって思うのかい?」

「兄貴とあんちゃんには思いませんね。格好良いなーと思います。兄に欲しいです。テディやクララは爆ぜれば良いのにと…あ、いえ、思ッテマセン」

「は!?俺!?」

「兄貴の方が明らかに筋肉付いてるじゃねーか!なんだその感想の違い!!」


 思わぬ流れ弾を喰らったテディと、びしいっと兄貴を指差したクララが叫ぶ。

 ひとを指さすのは良くないぞ。あと、洞窟だから叫ぶと反響してうるさい。


 黙って兄貴とあんちゃん、クララ、テディへ目を向けてから、こてん、と頭を倒す。


「…人徳?」

「ひ で え ! !」


 でも否定の言葉がない…とクララが地に伏せた。


 イヤダナー、オモッテナイッテ、イッタジャナイデスカー。


「まあそれは半分冗談として」

「半分本気なのか!?」

「筋肉なんて所詮は飾りですよ。大事なのは中身です。己の肉体を、いかに最大限利用するかです」


 そこ、負け惜しみ言わない!ちゃんと証明できるから!


「わたし、腕相撲強いですよ?」


 にこおっと笑って、クララを見上げる。


「クララとテディには、絶対に負けません」


 腕相撲。力比べをするときに取られることの多い、簡単な競技だ。それは前世でも今世でも同じこと。


 挑発的に言えば、


「言うじゃねーか」


 クララはまんまと乗って来た。


「やんのか?おい」

「いえ、やりません」

「やんないのかよ!」

「だって」


 全力突っ込みに肩をすくめて答える。


「お腹空きました。泳いで体力も使いましたし」


 おひるごはんを所望します。


 堂々と主張したわたしを見て、兄貴がふっと噴き出してから頷いた。


「そうだな。昼にしよう。腕相撲大会は帰ってから夜にでもやれ」


 兄貴の号令でおのおの携帯食料を取り出し、


「よっし、じゃあ今晩腕相撲大会っすね。全員参加で!」


 今晩腕相撲大会が行われることが決定した。


 …演習合宿は今日も平和です。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


前回の後書きで書こうと思って忘れていたのですが

2/2・3・13の割烹に

番外小話を載せています

思い付きをしゃしゃっと書いた低クオリティなものですが

気が向いたらお読み下さいませ(*´`*)


続きも読んで頂けると嬉しいです

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