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取り巻きCと初合宿 ふつかめ→みっかめ

悪役令嬢ツェツィーリア視点/取り巻きC・エリアル視点/三人称視点


どんぐり組はなにをしていたか→探索組帰還後のお話です

 

 

 

 額に浮かんだ汗を、そっと拭う。

 標高が高いからそんなに気温は高くないけれど、それでも日中に焚き火のそばにいれば暑い。


「そろそろ火から下ろして、昼食にするか」


 私とピアを見て、ビスマルク先輩が言う。

 どんぐりの下処理にはとても手が掛かり、皮を剥いて茹でるだけで半日も費やしてしまった。

 これは灰汁抜きがいらないから楽な方、と言われたけれど、この上灰汁抜きが必要なら、わたしはどんぐりを食べようなんて思わない。


「ええ。お腹空いたわ」


 水くみに行った以外はずっと座って作業をしていただけだけれど、時間を自覚すると空腹感が襲ってくる。


 息を吐いて立ち上がったところで、通信石が呼び声を伝えた。

 エリアルから、レスベルを見つけたと言う連絡。今、エリアルたちはツァボルスト高地の西端から、さらに山を登った先にいるそうだ。

 …昨日の今日でまた山登りなんて、同じ人間とは思えない。


「どうかしたか?」


 ため息を吐いた私に気付いて、ビスマルク先輩が私に問う。


 とんとんと首元のチョーカーを示して、通信だと伝える。


 エリアルたちはこれからお昼を食べるつもりらしい。午後をどうするか、兄貴に訊いて欲しいと頼まれた。


−ちょっと待っていて


 石の向こうのエリアルに言って、ビスマルク先輩を見上げる。

 ビスマルク先輩は背が高過ぎて、見上げていると少し首が痛い。


「レスベル、見つかったそうよ」

「そうか。早いな」

「今、ツァボルスト高地の西端を登った先にいるらしくて、これから昼食にするつもりだけれど午後はどうするか、ですって」


 私とエリアルを経由して話し合いが進み、探索組は食料探しをすることになった。私たちは引き続き、どんぐりとの戦いだ。エリアル作の昼食でお腹を満たしてから、再び作業に戻る。


 それにしても、アル、お昼の量、多過ぎだわ。


 謎の物体三つを平らげるのは苦しくて、最後の一個は半分ビスマルク先輩に食べて貰った。ピアは、丸々一個をビスマルク先輩に渡していた。やすやすと謎の物体九つを胃に収め、さらに私たちのお残しまでぺろりと食べてしまったビスマルク先輩には、脱帽だ。


 少し胃が重たいまま、茹で上がったどんぐりと相対す。

 これからこのどんぐりを、すり潰すのだ。


 …なんでアル、こんなに大量に拾って来たのよ。


 どんぐりとの戦いがかなり進んだところでビスマルク先輩が抜け、べつの料理に取り掛かる。

 どんぐりは小麦粉を足して無発酵の平焼きパンにすることにしたから、下処理さえ済めばビスマルク先輩なしでも作れる、と言う判断だろう。


 大量、と感じたどんぐりはすりつぶしてみると思ったより少なくなった。これを見越して、エリアルやビスマルク先輩はどんぐりを拾ったのだろう。

 でも私はもう、どんぐりを見ても食料なんて思わない。


 ふたりでこねこねと生地をこねながら、見るとはなしにビスマルク先輩を眺める。


 エリアルも女性としては大概背が高い方だが、ビスマルク先輩と並べてしまうと小柄に見える。ピアのような小さい子と並ぶと、大人と子供のよう。それくらい、ビスマルク先輩が大きいのだ。上背ばかりで華奢なエリアルとは違い、上背もあれば、肩幅も広い。手だって大きくてがっちりしているし、そこにいるだけで存在感がある。


 そんな大柄でも相対する人間に恐怖を与えないのは、彼の人柄の賜物だろう。

 真面目で公平で、仁義に厚い人物。高等部に入って三ヶ月以上経ったが、ビスマルク先輩の悪評は、まったく聞くことがなかった。

 私やエリアルに対する不平不満や誹謗中傷は、少し耳を澄ませば聞こえて来るのに、ビスマルク先輩に関しては誰もが一目置いているのだ。


 やっかみの言葉すら受けない、と言うのは、もはや一種の才能と言って良いと思う。

 騎士科の聖女ことメーベルト先輩に対してすら、やっかんで陰口を叩く人間もいるのだから。


 モーナが仕入れた情報によれば、女生徒からの人気も高いみたい、よね。


 ヴィックにテオにラース・キューバーと、今年の新入生が無駄に華やかなせいで目立たないが、ビスマルク先輩だって女性に騒がれる外見をしている。少し厳つくはあるが、凛々しく男らしい顔立ちだ。ヴィックたちよりビスマルク先輩のような顔を好む女性も多いだろう。


 頼り甲斐、と言う点で考えるなら、ビスマルク先輩が抜群だ。


 手際良く材料を切るさまを見て、エリアルの言葉を思い出す。


『大柄だから力押しとか思っていると、痛い目を見ます』


 力・速さ・技巧、共に秀でたひとだ、とエリアルは評していた。背が高いから間合いも広くて、反則的な強さだと。


 なら、そのビスマルク先輩に勝ったあなたはなんなのと、即座に切り返したけれど。


 ビスマルク先輩で反則なら、エリアルなんてもう規則云々超えてべつの競技をやっているようなものなんじゃないかと、私は思う。ふたりが戦っているところを見たことがないから、想像でしかないけれど。


 料理をするようすを見ても、ビスマルク先輩の器用さは垣間見えた。

 エリアルとはまた違った方向性で、料理が得意なのだろう。


 エリアルが丁寧な料理を作る料理人だとしたら、ビスマルク先輩は効率良く料理を作る料理人。エリアルのようなきめ細やかさはないけれど、その分早く、手際が良い。


 アル…。


 無意識に手が止まり、チョーカーに触れていたらしい。


「また、通信ですか?」

「−−−え?ああ、違うわ」


 ピアに問い掛けられて、はたと我に返る。


 無事か、なんて心配するまでもない。これは危険のないただの合宿、なのだから。


「…心配、なのに、送り出した、んですね」

「馬鹿猫の心配なんてしてないわ」

「ボク、クロが、なんて言っていません」


 …言うじゃない。


 苛立ちは、パン生地にぶつけた。せいぜい美味しいパンになりなさい。


「アル…クロが行った方が役立つし、私が行っても足手まといだってわかっていたからよ。あの子、木登りが趣味なんだから」

「…猫か」

「“私の”猫よ」


 口を挟んで来たビスマルク先輩に、きっぱりと答える。エリアルは、私のものだ。


 今は、まだ。


 またチョーカーに伸びそうになった手を押し留め、ぐいぐいとパン生地をこねくり回す。これは耳を付けて猫型に成型して、エリアルに食べさせよう。大丈夫。ちゃんと、帰って来る。


「私の猫で、私のアルよ。心配なんてしてないわ。だって私は、あの子に怪我して良いなんて許していないもの」


 傲慢に、言い放つ。

 そう。絶対に、離れるなんて、許さない。猫みたいにいつの間にかいなくなって死んでいる、なんて、許したりしない。


 ピアが小さく微笑んで頷いた。


「おいしいパン、造りましょうね」

「…微笑ましいな」


 なんでそんな、幼い子供でも見るような目で見られているのかしら。


 私はむすっとしながら、ひらたくしたパンに猫耳を付けた。




 空が赤く染まり出したころ、先んじて帰還したアーベントロート先輩たちに遅れて、背中に大量の食材を背負った猫が帰って来た。左頬を、夕焼けのせいでなく赤く腫らして。


「どうしたの、その頬」

「え?頬、どうにかなっていますか?」


 ぺし


 きょとんとした顔を造って見せたエリアルの頭を、メーベルト先輩が軽く叩いた。


「こら。正直に白状して怒られなさい。ごめんねぇお嬢、これ、僕が叩いちゃったんだぁ」

「姐さんが…?クロ、なにやったのよ」

「…えへへ」


 メーベルト先輩が意味もなくひとをた叩くはずがない。エリアルが、なにかやらかしたのだろう。


 目を逸らすエリアルに訊くより早いだろうと、ヴィックに目を向ける。

 エリアルとメーベルト先輩の間になにかあったとするならば、当事者に訊くより第三者の方が客観的な意見をくれるはずだ。


「…いけないことをしたわけでは、ないんだよ」


 少しエリアルへ気遣いの目を向けてから、ヴィックがあったことを話してくれる。


 穴に落ちかけたテオとシュレーディンガー先輩を助けようとしたエリアルが一歩間違えれば死ぬようなことをして、それに激怒したメーベルト先輩がエリアルに教育的指導をした、と。


「っこの、馬鹿猫っ!!」

「びゃっ」


 ばっしゃん


 とりあえず馬鹿猫を怒鳴り付け、頭から水をぶっ掛ける。

 その勢いのままメーベルト先輩を振り向いて、深く頭を下げた。


「うちの馬鹿猫がお手数をお掛けしました。こんな馬鹿を大切にしてくれてありがとうございます」

「…クロは、僕の大事な後輩でもあるからねぇ、心配するのも叱るのも、当然のことだよぉ」

「それでも、私は感謝したから」


 顔を上げてメーベルト先輩に微笑み掛け、ぽたぽたと水を垂らすびしょ濡れ猫を振り返る。

 私よりも頭一つ高い位置にある目を睨み上げて、いつまで経っても自分の価値が理解出来ない馬鹿猫を叱る。


 エリアルがどれだけ重要な存在か。エリアルが私にとって、どれほど大切な存在か。

 馬鹿な猫が決して忘れたりしないように、こんこんと説く。


「…壮絶な愛の告白だな」

「いや、あー、そうっすね…いちゃついているようにしか見えない」

「このふたりは、常にこんな感じだよ…」

「そうなんだぁ…お疲れさま」


 外野がなにやら言っていたが、まったく耳に入らなかった。

 私がエリアルを叱っているその向こうでは、ビスマルク先輩がテオとシュレーディンガー先輩に事情聴取をしていた。


 エリアルはただ、ふたりを助けようとしただけ。叱るのは理不尽だと思うひともいるかもしれない。


 でも、自分を犠牲にしてまでひとを助けようとする姿勢は、本当に正しいと言えるのだろうか?

 助けたい相手と同じように、相手を助けようとする人間にだって、彼を愛し掛け替えなく思うひとが、必ずいるのに?

 それは自分が助けた相手に、一生の負い目を与える行為ではないだろうか?


 もしもエリアルが誰かを助けて死んだなら、私はエリアルを殺したそいつを、一生恨み憎しみを向け続けるだろう。故意じゃないとか、エリアルが自分から助けたとか、関係ない。私からエリアルを奪った、それだけで、罪を問うには十分だ。


 そのことを、エリアルは理解しなくてはいけない。


 自分をとことん軽く見るこの馬鹿猫は、簡単に我が身を差し出してしまうのだから。


「申し訳ありません。たとえどんなことがあろうと、わたしは必ず、あなたの許へ戻ります」


 死がふたりを分かつともそばに。

 エリアルは過去にそう言った。


 深く息を吸い、いちどすべて吐き出してから、言う。


「訂正しなさい」


 低く感情を押し込めた声が出た。


「たとえどんなことがあろうと、わたしは必ず“生きて”、あなたの許へ戻りますと」


 背後で誰かが、息を飲んだ。


 エリアルはただ穏やかに微笑み、そっとなにかを言おうとして、


「ふにゃ…くちっ」


 くしゃみをした。


 そう言えば、水を掛けて乾かしてあげていなかった。夏場とは言え標高が高いし日はかなり低くなっている。水がしたたるほどに濡れた身体はそうそう乾かないし、時間が経てば冷えもするだろう。


「え、いまの、くしゃみか?」


 エリアルのくしゃみはくしゃみと言うには控えめだ。とても可愛らしい。

 本当にくしゃみかと首を傾げるリスト先輩の気持ちもよくわかる。


 中等部のころは、エリアルのくしゃみを聞くと良いことがあるなんて噂さえ、クラス内で流れていた。


「く、クロ、タオルを、」

「その必要はないわ」

「申し訳ありま、にっ…くしょんっ…ふにゃあ…」


 情けない声を上げるエリアルを乾燥させ、たき火の側へ追い立てる。


「そこで暖まりなさい。もう、寒いなら寒いって言いなさいよ」

「くしっ…りふじん…」

「なにか言った?」

「いえ…くしゅっ」

「大丈夫?」


 いちど出たら止まらなくなったらしいエリアルに毛布を掛けてやりながら、メーベルト先輩がそっと問う。


「大丈、…ぷしっ」

「ああ、うん、大丈夫じゃないねぇ。クララ、お湯沸かしてくれる?」


 くるくると毛布にエリアルを巻き込んで、メーベルト先輩がクララに言う。


「…やり過ぎたわ。ごめんなさい」

「いっ…ぷきゅ」


 首を振りつつもくしゃみを漏らすエリアルに、片腕を回して座った。外気よりも体温の方が高い。多少は身体を温められるだろう。


 わたわたとお湯が沸かされ、メーベルト先輩の手で薬草茶が淹れられる。

 くしゃみを繰り返すエリアルに持たせるのは危険と言う判断か、メーベルト先輩が手ずからエリアルにお茶を飲ませた。


「味は悪いけれど、身体が温まるから我慢してねぇ。風邪予防にもなるし」

「ありが、っ、くちゅっ」

「…夕食、出来ているんだよねぇ?今日はもう夕食にして、クロを早く寝かせよう。クロは今晩の見張りもなし。良いね?」


 最後の問い掛けはビスマルク先輩とエリアル、両方に向けたものだろう。


 エリアルが反論する前にその頭に手を乗せて、ビスマルク先輩が頷いた。


「ああ。それで良い。まだ合宿は三日ある、稼ぎ頭が体調を崩してもまずい」


 エリアルを褒めつつ、反論を殺す言葉だ。エリアルに水を掛けたのは私だけれど、避けなかったのもびしょ濡れで放置したのもエリアル。そのせいでくしゃみをしているのだから、ビスマルク先輩の言い分に逆らえない。


「………わかりま…ぷしゅ」


 私としても、今晩はゆっくり眠るべきだと思う。我ながら、少し悪いことをした。


 そのあと食事中もエリアルはたびたびくしゃみをしており、メーベルト先輩に甲斐甲斐しく面倒を見られていた。

 やっぱり見張りから弾かれるのは嫌だったらしいが、その話し合いにすら参加させられず、テントに追い遣られる。


「ぴくしっ」


 ちゃんと寝ているか確認するように言われて覗いたテントで、エリアルはふてくされた顔でくしゃみしていた。

 就寝してはいなかったが、寝る体勢にはあったので良しとする。


「…私とぴいちゃんが、代わりに見張りをすることになったから」


 エリアルが見張りを出来ない原因となったのは私のため、自分から申し出た。

 確かに従軍魔法使いは基本見張りなどしないだろうが、万が一のときのために経験しておきたいからと言って。私の要望に、それならボクもと、ぴいちゃんが便乗した。


 ビスマルク先輩は少し考えたあと、今日だけ、いちばん始めの時間帯ならばと言う条件付きで許可してくれた。相方には、三年生を付けるそうだ。


 無言でこちらを向いたエリアルの、額をなでる。


「べつに、あなたのためじゃないわよ。今日はそこまで疲れていないし、せっかくだから、見張りも経験しておきたかったの」

「…お気を付けて」

「あなたに言われたくないわ」

「くしゅん」

「…ゆっくり眠りなさい。おやすみ」


 あまり眠る邪魔は出来ないと、額に口付けを落としてテントを出た。

 明日、体調を崩していないと良いのだけれど。


 …生きろと願った答えをはぐらかされたと気付いたのは、ずっとあとになってからだった。




     ё    ё    ё    ё    ё




「…止まった」


 都合良くくしゃみの発作なんて起こした身体に呆れて、小さく呟いた。

 ひとり取り残されたテントの中、先ほどまでは定期的に出ていたくしゃみはぴったりと治まっている。


 生き残れ、と願ったツェリの言葉に、頷けなかった。

 どう答えようかと迷った中で飛び出したのは、くしゃみ。


 くしゃみを繰り返すわたしの対応に追われて、ツェリの問い掛けは流された。


 …死ぬ気は、ない。そう簡単に、ツェリのそばを離れる気は。


 けれどそれは、前世のわたしも同じだったはずだから。


 生きていたいと、どれほど望んでも、ひとの命は永遠ではない。

 ある日突然、簡単に、失われてしまうものだ。


 そしてその確率は、すべての人間に平等なようで、実のところ少しも平等でない。


 この世界で、エリアル・サヴァンとツェツィーリア・ミュラーは、ひどく死にやすい存在だ。それは、細い、綱を渡るような。

 なにか間違えば簡単に、脱落させられてしまう。


 もし、わたしが落ちることでツェリが綱に残れるなら。

 わたしが落ちる以外に、ツェリが綱に残る方法がないのなら。


 わたしは迷いもせずに、自分から綱を飛び降りるだろう。


 だから。

 守れない約束は、口に出来なかった。

 一度死んだわたしだからこそ、死なない、なんて言えなかった。


 たとえ死んでも、そばに。


 それが偽らないわたしの気持ちで、わたしが出来る精一杯の約束だ。


「…−−−」


 目を閉じて、深く、ため息を吐く。


 外に感じるひとの気配。片付けすら許されずにテントへ追い遣られたから、まだほかの面々は働いているのだろう。

 ツェリは誰と、一緒に見張りをするのだろうか。たぶん、三年生が付いてくれるから、心配はない、だろうけれど。


 夏の演習合宿も、ゲームのイベントにあった。

 全員でなく、第二王子かグレゴール・ボルツマン、ラース・キューバーの誰かが攻略対象のときの。


 イベントだけあって、なにもなく合宿が終わりはしない。

 それぞれの攻略対象に応じて、なにかしらハプニングが起きるのだ。


 第二王子のときは豪雨による土砂崩れに巻き込まれ、グレゴール・ボルツマンのときは盗賊と遭遇し、ラース・キューバーのときは…なんだったかな。

 少なくとも、起きて欲しいハプニングでなかったのは確かだ。

 マルク・レングナーやコンスタンティン・レルナ・カロッサ相手だと代わりのイベントがあるのだが、そこでもやっぱりなにがしかのトラブルに巻き込まれる。


 …ヒロイン、トラブル吸引体質でも持っているのか?

 や、うん、そうしないと物語がおもしろくならないし、仕方ないのかもしれないけれどさ。


 ヒロイン以上に激動の人生を生きるツェリが、同じようにトラブル吸引したり…しないよな?しない、よな?


 目を見開き、そっと身を起こした。


 意識を集中させて、森の気配を探る。

 少なくとも、近辺に怪しい人影はない。そもそも、ツァボルスト高地で盗賊騒ぎとか聞いたことないし、そもそもそんなにひと来ないだろうし。


 鼻を鳴らすが、雨の匂いもしない。

 あー、ラース・キューバー相手に起きるハプニングは、なんだったか…。


 この先起きるとしたら、どんなトラブルが考えられるだろう。

 いちばんあり得そうなのは、洞窟の崩落、とかか?

 だとしても防御壁を張れる魔法使いが三人いれば、すぐさま絶体絶命と言うことにはならない、はず。いざとなれば、わたしか殿下が通信石で助けを呼べば良いし。


 この班には、頼れる三年生が三人もいるし、二年生だって優秀なひとが付いている。

 盗賊と遭遇くらいでうろたえるようなひとたちじゃないし、ちょっとしたハプニングくらい鼻歌交じりで対処してくれるだろう。


 大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 わたしもちゃんと気を付けていれば、なにも、心配することなんてない。


 でも、明日からは極力、ツェリから離れないようにしよう。


 言い聞かせ、心に誓って、身体を横たえた。

 誰かがわたしの動きに、気付いた気がする。


 目を閉じて、すうっと意識を溶かす。




     ё    ё    ё    ё    ё




 エリアルが目を閉じた、数十秒後。


「…眠ってるわ」


 スタークに指示されたツェツィーリアがテントを覗くと、そこには安らかに寝息を立てるエリアルがいた。


「…そうか」


 ツェツィーリアの報告を受け、スタークは頷いた。

 最初の見張り番はツェツィーリアにピア、スタークがやることになり、彼らが火の番をしている間にほかの面々が夕食の片付けをしている。


 ちらりとテントを見遣って、スタークが小さく息を吐いた。


「つくづく、優秀な後輩だな」

「…え?」


 寝ようと思ったときに即眠れる、起きようと思ったときにすぐ起きられる。それもまた騎士として役立つ能力である。

 エリアルはおそらくついさっきまで起きていて、ツェツィーリアが覗いたときには確かに、眠っていたのだろう。


「いや」


 言い付けを守ってもう眠ったのなら、わざわざツェツィーリアに告げ口する必要もないだろう。

 スタークは首を振って、ツェツィーリアを見下ろした。


「言われた通りに眠るなんて、素直だな、と思っただけだ」

「…わかりましたって、言ったからね」


 ツェツィーリアが、当然だ、と言いたげに頷いた。


「どう言うことだ?」

「クロって、約束を破るのを嫌っているのよ。だからもし守る気がないなら、はいとかわかりましたとかは、言わないの。答えないか、善処しますとか努力しますとか、やるって断言してない答え方をするのよ。だから一日目に注意されてから、勝手な行動を取らないように意識しているでしょう?」

「言われてみれば、そうだな」


 二日間のエリアルの行動を振り返って、スタークが頷く。


「パパとテディを助けるときは、思いっきり周囲無視で行動してたけどねぇ」

「それは、自分の矜持より、人命を優先したからよ。のん気に指示なんか仰いでいたら、死んでいたでしょう?パパとテディは」


 夕食の片付けを済ませたブルーノを見上げて、ツェツィーリアは肩をすくめた。


 他人のために自分の命すら投げ出すような子が、口約束程度で人助けをためらうはずがない、と。


「ただ、状況を聞いた限りだと、あんな馬鹿やらなくてもクロならふたりを助けられたと思うわ。だから余計腹が立ったのよ。他人の安全のために、自分の安全を捨てたんだもの」

「どういう意味だ、それー?」

「クロ、自力で穴から抜け出たのよね?だったら手なんか伸ばさなくても、魔法でふたりを持ち上げれば良かったのよ。持ち上げられないにしても、穴の底で怪我をしないように受け止めれば良い話じゃないの。万一失敗した場合とか、穴の中に毒でも蔓延している可能性、なにか危険な生物の巣でもあった場合などを警戒して、自分が身代わりになる判断をしたんでしょうけど、救助者の安全を少しも考えていない、最悪のやり方だわ」


 ツェツィーリアの説明に、話を聞いていた面々が、なるほど、と頷いた。

 魔法で自分の背を押せるのだから、他人の背を押せてもおかしくないのだ。


「私だったら手を伸ばさずに、穴の上に水の防御壁を張ったと思うわ。私に出来ることが、クロに出来ないわけがないのよ」

「それは…」

「この件だけでも、あの馬鹿猫がいかに自分の命を軽んじているかわかるでしょう?そのあともよ。私の水なんて簡単に避けられるくせに、私に心配させた罰だからとか考えて、避けずに水をかぶったのよ。その上、私の気が済むように、黙って叱責を受け続けて。寒いなら寒いって、言えば良いのに」

「確かに、僕の平手も黙って受けてたねぇ」

「あれは単純に驚いて除け損なっただけの気も、しなくもないっすけどねー」


 姐さんを泣かせてめっちゃ焦ってたし。


 クラウスが苦笑して、焚き火のそばに腰を下ろした。


「自分じゃそんな危険なことしたつもりなんか、なかったんじゃないすかね。振り向いてこっち見たとき、オレらの顔見て明らかに、なんで?って表情してましたよ?」

「心配を掛けたと気付いて、申し訳なさそうな顔になったな」

「自分が危険だったことより、自分のせいで周りに心労を与えたことを気にしていたよね、たぶん」


 ラファエルとパスカルが、クラウスに続くように焚き火を囲む。

 スタークが呆れ顔で、ちゃっかり焚き火を囲んだ面々に目を向けた。


「…片付けが終わったなら休め」

「ちょっと親睦を深めるくらい、良いじゃないすか。あ、姫とテディは寝たかったら寝ろよー?」

「少しなら、話したいな」

「俺も混ざりま…混ざる」

「それなら、僕も混ざろうかなぁ」


 ブルーノまで乗ったことで劣勢を悟り、スタークは深々とため息を吐いた。


「少し話したらすぐに寝ろ。明日寝不足でも叩き起こすからな。まったく、少しはクロを見習え」

「昨日寝た時間より、まだ早いだろう」

「昨日は食べ始めた時間も遅かったし、肉を焼きながらだった分、時間が掛かったからね」

「言うこと聞いてもう眠ってるクロが、良い子ちゃん過ぎなんすよ」


 口々に反論を返されてスタークが剣呑な顔をする。


 ツェツィーリアがクラウスに視線を投げて、べつに良い子ちゃんなわけじゃないわよ、と言葉を掛ける。


「クロったら、猫のくせに昼行性なんだから。日が沈むと眠くなって、日が昇ると目が覚めるのよ。だから、早寝も早起きも苦じゃないの、クロにとっては」

「…鳥か」

「鳥というより、平民に近いのかしら?もともと、明かりを節約するためだったらしいわ」

「「ああ、わかるわかる」」


 そろったのは、ブルーノとパスカルの声だった。顔を見合わせて、苦笑を交わす。


「夜と冬は出来るだけ一部屋にまとまって」

「うんうん」

「夜に文字なんか読むな寝ろ、暖炉を燃やすより厚着をしろって」

「言われた言われたぁ」

「男爵家なんて半分平民みたいなものだよね」

「農繁期には普通に人手として駆り出されるしねぇ」


 末端貴族トークに入って行けない周囲を後目に、ふたりでうんうんと頷き合う。


「なんかクロって親しみ覚えるなと思ったら、そこか…」

「普通に平民の中に入って行って、受け入れられちゃう子だもんねぇ…」

「なんかクロがふたりに懐くと思ったら、それが原因か!って!」


 ぱんっと手を打って叫んだクラウスをべしんと叩き、スタークが睨む。


「騒ぐな。クロが起きる」

「…いや、クロは結構、寝穢いよ?」

「それは、普段の話だろう?今はかなり気を張っている。話し声はともかく、手を叩いたり足を踏み鳴らしたりはやめろ」

「頭叩くのは良いんすか…」


 ヴィクトリカの言葉に反論したスタークに、クラウスが頭をなでながらぼやく。

 そんなぼやきは全員から黙殺されて、代わりに首を傾げたツェツィーリアが口を開いた。


「昨日は、ぐっすりだったわよ?」

「眠りが深いかどうかと、異変に気付くかどうかは別問題だ。いくらぐっすり眠っていたとしても、例えば剣を抜く音が聞こえたら、今のクロは即座に目覚めて対応する」

「クロが、かい?」


 眠いときや眠ったあとのクロの無防備さを知っているヴィクトリカとしては、にわかには信じがたいことらしい。いぶかしげな問い掛けには、スタークではなくブルーノが答えた。


「ごく薄く、だけれど、周囲にクロの魔力を感じるよ。無意識か意識してかはわからないけれど、寝ていても警戒網を広げているのは確かだと思う」

「それ、私たちを馬鹿にしているわよね、思いっきり」


 見張りをぜんぜん信じていないってことじゃない。ツェツィーリアが呆れ顔で髪を掻き上げる。


「いや、信じているから警戒網だけなんじゃないか?」


 腕を組んだテオドアが反論を投げる。


「ア…クロは見張りなしで眠るとき、防御壁を張っているだろ?」

「見張りなしで眠るって…ああ、外での昼寝、かい?」

「外だけじゃなく、図書館でも、な。猫やら小鳥やらは出入り自由だが、人間は完全に遮断されてた」

「あー、なでたい!でも近付けない!って嘆かれてたあれかぁ」

「「「は?」」」


 のほほんとブルーノが呟いた言葉に、反応した三人ほどは殺気立、


「寝る子を起こす気か愚か者」


 っていたが、スタークの怒りの視線を受けてすぐさま収めた。


「あー…起きた。気にしてる。めっちゃ周囲うかがってる」

「小動物、みたいだねぇ。ぴるぴるしてる」

「昨日はここまで警戒してなかったっすよね?やっぱ飼い主が目の届くところにいないと心細いのか?」

「つねにそばにいるわけじゃないわよ?普段はむしろ離れていることのほうが多いくらい。自分が用事のあるときしか寄って来ないもの」

「猫か」

「猫だ」

「突っ込まないわよ?」


 エリアルが不在なので、猫ではないと否定する声はない。


 その会話には混じらずテントの方を気にしていたスタークが、息を吐く。


「眠った、か。喋るのは許したが他人の休息を妨害するようなら、寝かせるぞ?」


 寝かせる(物理)の気配を感じ取って、全員がスタークから目を逸らした。心なしか抑えた声で、会話を続ける。


「さっきの、どう言うことだ、姐さん」

「え?ああ、いちど、眠っているクロの写真が出回ったことがあったでしょう?あのとき、高等部でもクロが人気になってねぇ、先輩の中にはわざわざ中等部まで覗きに行ったひとたちまでいたんだよ。さっきのは、そうして覗いたひとたちの感想。寝ているところに小鳥が集っていてすごく和んだって」


 数名、ぎりぃっと歯ぎしりの音が聞こえそうな顔をしていたが、寝かせる(物理)と言う脅しが効いているのか、殺気立つ者はいなかった。


「っとに、エリアル嬢は…っ」


 殺気に代わって鋭く息を吐き出し、ヴィクトリカが額に手を当てる。


「変なところで無防備過ぎる。誰が来るかもわからない場所でひとりで昼寝なんて、平民でもそうそうやらないだろうに…!」

「はは。まー、寝ている間に物取りにでも遭ったら困るからなー。女子供の場合は、人攫いに遭う危険性もあるし」

「あの馬鹿猫の無防備さなんて、語り出したらキリがないわよ。暗くても平気でひとりで出歩くし、貰った食べ物を警戒もなく口に入れるし、困ってる人間にはためらいもなく手を差し伸べるし!この前なんて、複数犯でスリをしていた子供を捕まえて、わざわざ信頼出来る孤児院まで連れて行ってたわ!孤児院のひとに当面の生活費にってお布施まで渡して。自分が、スリの標的にされたのによ!?」


 あの子いったい、どんな平和な世界で生きてるのよ!


 憤慨するツェツィーリアを、ブルーノがなだめる。そんなふたりを見つめながら、それまで黙って話を聞いていたピアが小さく言う。


「…ボクが作ったお菓子も、その場ですぐ、食べてくれました」

「呆れる無警戒さでしょう!?」

「食べないで安全を得るより、食べて笑って貰えることの方が大事、って言ってたな」

「うわ、なにそれどこの女誑し…」

「素なのよ!?それで!!」


 ツェツィーリアが拳を握り締めて、エリアルがいかに無防備かつひとを誑し込むかについて力説する。


「…適度なところで、眠れよ?」


 その話題に乗っかって会話に花を咲かせた面々は、交代の時間になってテントへ戻ったスタークにも気付かず、


「…お嬢、きちんと眠らないと肌が荒れますよ?」


 日付が変わった頃にツェツィーリアへ睡眠を促すべくエリアルがテントから出て来るまで、エリアルについての話題で盛り上がっていた。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


連載途中にで申し訳ないのですが

お話のレートを全年齢→R15に変えさせて頂きます


ギリセーフくらいだと思っていたのですが

ガイドラインをよく読んだら

いじめ、自傷、殺傷はR15らしく

メインキャラがいじめられる上に生き生きと鹿を狩るこの作品は

明らかにアウトでした


全年齢だから読んでいたのに!と言う方がいらっしゃったら

本当に申し訳ありません

作者の理解不足でした


そして

もともと鹿を蹴り飛ばしたり暴言吐いたりと

青少年の健全育成に対する配慮があまりない作品だったのですが

レート変更して枷がひとつ取れたので

今まで以上に配慮のない描写を出す可能性があります

後出しで申し訳ないのですが

以降はその点をご理解の上お読み下さい

残酷描写や暴言等がある場合は

しっかり前書きで注意喚起するように心掛けます


未熟なところの多い作者の作品ですが

続きもお読み頂けると嬉しいです

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