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取り巻きCと初合宿 ふつかめ−そのいち

取り巻きC・エリアル視点


投稿に間が開いてしまってすみません

引き続き、演習合宿のお話です


途中凄まじい暴言が出て来ます

もし不快になられる方がいらっしゃったら申し訳ありません<(_ _)>


(2016.03.30、眼鏡に関する記述を訂正しました)

 

 

 

 薄明かりに揺られるように、目を覚ました。

 隣ではまだ、お嬢ことツェリとぴいちゃんことピアが、静かな寝息を立てている。


 昨日の登山で疲れているであろうふたりを起こさないよう、細心の注意を払って身を起こした。

 木の上でのお昼寝が趣味なわたしと異なり、お嬢もぴいちゃんも昨夜はなかなか寝付けなかったようだ。ほかの方々が起きるまで、一時間か二時間か、ゆっくり寝かしてあげたい。


 気配を殺し、音を消して、そっとテントを抜け出す。音が伝わらないように、テントに防音の壁を張った。

 ほの明るい、夜明けの森。少し冷えた朝の空気の中で、目覚め始めた生き物たちの気配がした。


「おはようございます」


 見張り番をしていたあんちゃんことラファエル・アーベントロート先輩と、パパことパスカル・シュレーディンガー先輩を、びっくりさせないようにと声を掛けた。


「…早いな」

「おはよう、クロ」


 焚き火の側に腰を下ろしていたふたりは、少し驚いた顔でわたしへ振り向く。


「日の出で、目が覚めるのです。休息は、十二分に取りましたよ」


 返された言葉に苦笑で答え、単独行動の許可を得るべく副班長であるあんちゃんへと近付いた。




 日の出とともにおはようございます。演習合宿二日目、リポーターは、クロことエリアル・サヴァンでお届けしています。なんて。

 昨夜の見張り番を終えてから、ぐっすり眠って爽やかに起床!です。常に眠たい首輪の更新後を除けば、早起きしてもちゃきちゃき動けるクロですよ。


 嘘吐けって、本当だから。べつにいつでも寝穢いわけじゃ…いや、お昼寝は好きだけれどね!

 ごほん、今はその話はなし!うん。


 昨日は、と言っても時間的には今日だったけれど、見張りのあと姐さんことブルーノ・メーベルト先輩におやすみのキスなんてして貰って、ちょっとくすぐったい気持ちで就寝した。ツェリとわんちゃん以外とおやすみのキスなんて、初めてだと思う。次兄にして貰ったことが、あったかどうか…。

 あー、わんちゃんはね、わたしが眠いの我慢してると、大人しく寝ろってキスして来るのだよ。まぶたとか額にキスして、強制的に目を閉じさせるの。ぐずる子を寝かす体です、完全に。それで大人しく寝かしつけられちゃう、わたしもわたしだけれどね。

 わんちゃんのせいでと言うかお陰でと言うか、おやすみとキスされると、すごく安眠出来る体質になっていて、姐さんのキスも良い安眠剤になった。そうでなくてもぐっすりだけれど。なんだか、幸せな夢を見た気がする。


 快適な睡眠は快適な一日を作る、と言うことで、今日も一日頑張って行こう!




 あんちゃんに許可を貰えたので、活動開始。

 あさごはんとおべんとうの準備をしようと思います。


「昨日クロが食べていたのが食べたい」

「あ、おれもそれ気になる」


 なにを作ろうかなーと考えていたところで、おふた方からのリクエスト。

 おにぎりをご所望か!


 うーんと唸りつつも、実は持って来ていたりします、お米。

 やめてそんな目で見ないで!だって、食べたいんだもん。食べたいんだもん!


「…珍しい食べものなので、他言無用にして下さいね」


 異世界への気遣いとお米食べたさを天秤に掛けて、お米が勝ちました。

 一応の釘を刺し、クロは川へ米とぎに。


「あれ、クロ早いねぇ」

「姐さんも早いですよ」


 お米をといだりその他の下拵えをしたりを済ませて基地へ戻ると、姐さんが起きていた。

 早起きして素振りをするのが、日課だそうだ。健康的だね。


「手伝いは要る?」

「いえいえ、日課を優先で良いですよ」


 取り出していた剣をしまいかけた姐さんをとめて、ひとりで大丈夫と笑ってみせる。


「そっか、ありがとう。じゃあ、終わってから手伝うねぇ」

「ありがとうございます。いってらっしゃい」

「ふふ。いってきます」


 まだ寝ているひとを起こさないため少し離れると言う姐さんを見送り、作業を再開。

 寝起きだからか薄着の姐さんの身体は思った以上に筋骨隆々で、ちょっと、いや、だいぶ、羨ましかった。身長なら、わたしの方が高いのに、きっと筋肉量は姐さんが圧勝だ。思えば、昨日握った手もとても大きかった。これからまだ伸びるひとなのかもしれない。


 むーっと唸りつつ、お鍋を掻き混ぜる。山菜たっぷりの中に猪肉を加え、味噌ベースで薄く味付けた出汁で煮込んでから水で練った小麦を落とす。仕上げにさらにお味噌を加えるつもりだけれど、早過ぎると風味が飛んでしまうのでこれはここまで。作っているものはわかるかな?すいとん入りの豚汁でございます。いったん火から下ろして、水に浸けておいたお米と場所チェンジ。


 お米はおひるごはん用だから、あさごはんの主食はどうしようか。お嬢とぴいちゃんなら豚汁だけで足りるだろうけど、ほかの男性陣は、なあ…。

 美味しいと褒めてたくさん食べてくれるであろう先輩方に、物足りない思いはさせたくない。


「あさごはんって、どのくらい食べたいですか?」


 困ったときは訊くべし。

 興味深そうに料理するわたしを観察していたあんちゃんとパパへ目を向け、訊く。


 あ、協力は申し出られたのだけれど、あんちゃんの手伝いを拒否するためにふたりともを断った。あんちゃんが、手伝うかと言ったときのパパの顔が、すごかったから。


 そんなにやばいのか、あんちゃんの手料理…。


「どのくらい作ろうとしているんだ?」

「これだけにするか、もう一品作るかで迷っています」


 豚汁のお鍋を見たあとで、あんちゃんとパパが顔を見合わせ、


「もう一品は欲しいな」

「それだけだと、少ないかな」


 デスヨネー、な回答をくれました。


 でも、もう一品となるとな…。


「朝からお肉でも平気ですか?」

「ああ」

「大丈夫」


 あ、大丈夫なんですね了解しました。男子高校生ってすごい。


 どうしようかと考えつつ、まだまだ豊富なお肉へ目を向ける。

 この勢いで食べて行くと、三日くらいで食べ尽くすと思う。


 昨日串に刺したよりも大きな塊のままのお肉を、残っていた竹串にぶっ刺して、鹿肉のローストを作ることにした。じっくり焼いて脂を落とせば、朝食にしても許せる…はず。


 炊けたご飯を火から下ろして、お肉を焼くのはもう少ししてからで良いかなー、と、


「お帰りなさい」

「ただいま、なになら手伝えるかな?」


 帰ってきた姐さんが、わたしの手元を覗き込む。お米は蒸らし中で、いま作っていたのはおにぎりに入れるための、肉味噌炒め(しそ入り)と、辛子高菜だ。残念ながら梅干しは持って来ていないので、腐りにくそうな具材を工夫した。高地で低気温だし、塩分+しそ・辛子で、頑張って欲しい。


 ちょうど作り終えたので火からお鍋を下ろし、考える。


「ええっと、そうですね」


 おにぎりはコツが要るし、お肉を焼くのはおにぎりが終わってから。となると、


「これからお米を握るので、これで周りをくるんで貰えますか?包んだら、竹の皮で、うーん、三つずつかな、三つずつ、包んでおいて下さい」


 お嬢とぴいちゃんがおにぎり三つ食べられるかは怪しいが、おかずもなしだし三つ行けるだろうと判断。


 わたしから海苔を受け取った姐さんが、きょとん、と首を傾げた。


「お米を、握る?」


 ああそこから通じないよなだよな。


「えっと、あの、食べやすいように、丸める感じで…あー、実演しますね」


 握ると言う概念を上手く表現出来ず、苦笑してお米入りのお鍋を開ける。

 ふわんと立ち昇るのは、美味しい香りの湯気。


 木べらで混ぜて、手をよくゆすいで、と。

 作るのは、丸いおにぎりだ。三角でも俵でも球体でもなく、ぶ厚い円盤型。母が作るのは、いつもこの形だった。


 具をお米で包み込み、塩をまぶした手で握る。


「こうやって、具を中に閉じ込めるのです。お米の粒を潰さないように、でも、食べている間に崩れないように、ぎゅっと。それから、海苔で包んで、完成です」

「ああ、これ、昨日クロが食べていたやつ」

「そうですそうです。今日のおべんとうにしようと思って」


 納得してくれた姐さんへ頷いて見せて、おにぎり作りを開始する。


「こうやって作ってたんだねぇ」

「昨日と中身は違いますが、作り方は同じですね」

「これ、みんなの分作るの?」

「そのつもりです」


 握ったおにぎりを渡せば初めての海苔のはずなのに、姐さんは綺麗に巻いてくれる。その顔は、楽しそうだ。


「そかそか。楽しみだなぁ」

「そう言って貰えると、嬉しいです」


 相方が楽しいと、わたしまで楽しくなる。

 喜んで貰えるなら、作り甲斐もあるしね。


「いっぱい、作りますね」

「うん。ありがとう」

「…新婚夫婦がいる」

「いや、あー、駄目だ、否定出来ない」


 仲良くおにぎりを作るわたしたちの横で、あんちゃんとパパがなにやらぼやいていた気がするけれど、声が小さくて聞こえなかった。


「なにか、言いました?」

「いや。私にもたくさん頼む」

「おれも」

「かしこまりましたー」


 昨日の食事量をチェックして、お米はたくさん炊いたのだ。

 どうぞいっぱい食べて下さい。




「うー!良い匂いで目が覚めたー!!」

「朝食を、用意してくれたのか」


 おにぎりを作り終えてお肉を焼き始めると、音のせいか匂いのせいか、朝から元気なクララことクラウス・リスト先輩と、兄貴ことスー先輩が目を覚ます。


「申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」

「いや、俺は起きようと思った時間だし、クララは寝穢いからちょうど良い」

「…元気だな、アル…じゃない、クロか」

「おはよう、クロ」

「おはようございます」


 先輩方に続いて、テディことテオドアさまと姫ことヴィクトリカ殿下も起き出したので、兄貴の言葉は嘘じゃないみたいだ。

 お嬢たちも、起こした方が良い…、


「相変わらず早いわね、クロ」

「おはよう…ございます…」

「おはようございます、お嬢、ピア」


 起こそうかと思ったところで起きてきた、お嬢とピアにごあいさつ。

 ピアは少し寝不足らしく、寝ぼけまなこをこすっている。

 そんなピアの跳ねた髪をなでているお嬢は、面倒見の良い姉みたいだ。


「すぐ、ごはんになりますからね」

「ん」


 お嬢に一声掛けて、調理に戻る。

 豚汁を火に掛けて温め、仕上げのお味噌を投入。姐さんが面倒を見てくれているお肉も、良い感じに焼けて来た。


「…あまり、頑張り過ぎるなよ?」

「ごめんなさい、目が覚めてしまって。でも、これくらいなら、大丈夫ですから」


 兄貴からの忠告に謝罪を返し、焼けたお肉をカットする。外はカリッと中はジューシーで、結構な焼き加減です。

 きゅるぅーっと、お腹が鳴いた。


「…っ」

『−っ』


 顔を俯けたわたしの頭上で、笑いを堪える気配がする。

 せっ、生理現象なのだから、仕方ないじゃないか!


「すぐ、ごはんにしようねぇ」

「はい…」


 笑いを欠片もにじませなかった姐さんに頭をなでられて、ようやく顔が上げられた。

 ちょっと、テディ、露骨に顔逸らしたね、いま。


「朝から頑張ったもん、お腹も空くよねぇ」

「姐さん…」

「私もお腹鳴りそうだわ。早く食べましょう」

「お嬢…」


 よしよしとなでられ、肩をすくめてなぐさめられて、姐さんとお嬢の優しさが胸に染みる。

 さすが聖女に天使、どっかの猫マニアとは大違いです。


「ちょ、悪かったって」

「ふんっ」

「…馬鹿ね、テディ」


 慌てたように謝るテディは無視だ、無視。

 姐さんとお嬢に挟まれて、あさごはん。


「おい、早速負けてるぞ?大丈夫か?」

「…ほっといて下さい」


 テディはクララになにか言われていたようだが、わたしは癒やし空間を楽しんでいたので、会話の内容はわからなかった。あさごはんのあいだくらいは、口をきかないでいてやる。


 お腹ぺこぺこでのあさごはんは、たいへんおいしゅうございました。




「今日は、レスベルを狙おうと思う」

「洞窟には、入らないと言うことか?」

「そこは、レスベルが見つかった時間次第だな」


 朝食後、後片付けを済ませた面々を見回して兄貴が言った。


「早く見つかるようなら洞窟入りも考えるが、時間が掛かるようなら洞窟には入らず、残りの日数の食料を探す」

「まあ、それが順当か」

「僕もそれで良いと思うよ」


 兄貴が提案して三年生ふたりが納得したなら、後輩たちに否やはない。

 頷いた兄貴が、お嬢とぴいちゃんへ目を向ける。


「…お嬢とぴいちゃんは基地に残れ」

「な、」

「脚が、痛いのだろう」


 反論しかけたお嬢の言葉は、兄貴により封じられる。

 座る動きすら辛そうなお嬢とぴいちゃんの様子には、わたしも気付いていた。


 おそらく昨日の登山による、筋肉痛だろう。結局ふたりとも、最後まで自分の足で歩ききったから。


 ぐっと言葉に詰まるお嬢をなだめるように、兄貴が頭をなでた。


「今日は休んで、明日に備えてくれ。明日は、ふたりに働いて貰う」

「…わかったわ」

「基地の守りにはクロを残すから、」


 は?


「まっ、なっ、どうして、わたしが基地に、」


 思わぬ宣告にぎょっとして、兄貴に待ったを掛ける。

 驚き過ぎて、上手く喋れもしない。


 どうしてわたしが、基地に残されるのだ。


「わたしは、歩けますよ」

「それはわかっている」


 働けると訴るわたしの頭へ、兄貴が手を置いた。大きくてがっしりした手が、落ち着かせるようにぽんぽんと頭を軽く叩く。


 確かにお嬢やぴいちゃんを守る手は、必要だと思うけれど、でも、


「クロがいれば基地の戦力は十分だろう。基地に残る間に、昨日拾ったどんぐりを処理して貰いたい。知識は、あるだろう」

「ですが、」


 散策に混じりたいと言うのは、わがまま、だろうか。

 きっと、わがままだ。良い後輩なら、黙って大人しく従うべき。


 でも、昨日は、散策向きだって、言ってくれたのに。


「クロを残すのは、反対よ」


 もだもだとうろたえるわたしに代わって、お嬢が声を上げた。

 こつこつと、首元のチョーカーを示す。


「私とクロは、通信石で連絡が取り合えるもの。二手に分かれるなら、同じ組に置くべきじゃないわ」

「通信石、だったのか、それ」

「え?」

「あ?」


 お嬢と兄貴が、きょとん、と見つめ合う。

 お嬢は無言でわたしに目を移すと、口を開いた。


「クロ、言ってなかったの?」

「…言われてみると」

「ばか」


 お嬢が額を押さえて、ため息を吐く。


「うちの馬鹿猫が、馬鹿をやったわ。猫は馬鹿だけれど通信石は一級品だから、その馬鹿連れて行ってちょうだい。そんな馬鹿猫でも人語を理解出来るから、多少は役に立つはずよ。馬鹿猫だけど」


 大事なことだから、七回も言われました…。通信石については姫とテディに知られているから、勝手に伝えた気になっていた。


「確かに通信手段があるなら、クロは連れて行くべきか。となると…」


 難しい顔で悩む兄貴に、申し訳ない気持ちになる。馬鹿猫でごめんなさい…。


「兄貴が、残ったら?」


 悩む兄貴に姐さんが、投げた助言は意外なもの。


「戦闘力と判断力、料理の腕と知識で決めたんでしょう?なら、入れ替え相手は兄貴が妥当だと思うけど?」

「だが、」

「僕とあんちゃんがいれば、探索の監督役は十分だよねぇ?そっちにあんちゃんをやるより、ずっと良いと思うけど?非戦闘員ふたりに付ける戦闘員に、僕ひとりじゃ不足だし、この班でいちばんレスベルの知識があるのは僕だよね。兄貴でもあんちゃんでも僕でもないなら、パパとクララを残す?」

「二日連続基地は嫌っすよ!」


 姐さんがべつに出した代替案は、クララが即反対した。

 くすっと笑って、姐さんは兄貴を見上げる。


「ね?きみが残りなよ。昨日はクロとふたりで狩りなんて、美味しいところ持って行ったんだから」

「…わかった。姐さん、あんちゃん、捜索は頼む」

「任せろ」

「安心して待ってて」


 兄貴とあんちゃんが納得したと言うことは、妥当な意見なのだろうけれど、わたしの代理が兄貴って、それはわたしを過剰評価し過ぎでは、


「大丈夫。通信兵は重要だからねぇ。兄貴の判断に従おう?」


 不安を感じ取ったらしい姐さんが、とんとんと背中を叩いて励ましてくれた。

 すうっと、気持ちが軽くなる。


「はい。頑張って、レスベル見つけましょうね」

「うん。じゃあ兄貴、お嬢、ぴいちゃん、行って来るねぇ。見つからなくても、夕方には戻るから、美味しい晩ごはん、お願いねぇ」


 姐さんに手を引かれ、お嬢たちに見送られて、わたしは二日目の散策に出発した。




「目星とか、付いてるんすか?」


 先頭を歩く姐さんに、クララが声を掛ける。


 出発から十分ほど。すでに、基地は見えなくなっている。

 進む陣形はゆるめの二列縦隊。姐さんとわたし、クララと姫、パパとテディの順で、しんがりがあんちゃんだ。


 クララを少し振り向いて、姐さんは頷いた。


「うん。レスベルの生育条件的に、高地の中でも、乾燥した尾根に生えることが多いんだよ」

「となると、西の洞窟の上あたり、か?」

「と、僕は踏んでる。当てが外れても洞窟の位置確認になるし、とにかく行ってみようと思ってるんだけど、駄目かなぁ?」


 レスベルは乾燥に強い陽樹で、高気温を嫌う。姐さんの予想は、この性質をもとにしてのものだろう。


「おれもその予想には賛成だな。この近辺の植生はレスベルの好まない条件下で生える植物ばかりだし、あるとしたらもっと別なところだと思う。闇雲に探すよりも、当たりを付けた方が良い」

「姐さんとパパがそう言うんなら、従うぜー、オレは、植物に詳しくないし。あんちゃんも、それで良いっすよね?クロは、なんか意見あるか?」


 お鉢を回されて、首を傾げる。


「昨日歩いた範囲では、見かけませんでしたから、基地を離れた方が見つかる確率が高いと思います。食料の探索では基地の東側に行ったので、西側に向かうのに賛成です」

「ん。クロもレスベル見たらわかるんだなー。よしよーし。テディと姫は?」

「俺も植物詳しくないんで、姐さんに従いま…従う」

「私も、詳しいひとの意見に乗るよ」


 クララやテディたちの言葉で、全員が植物を見分けられるわけではないことを思い出す。この中だと、姐さん、パパ、わたし、だろうか、植物に詳しいのは。予習のあるあんちゃんも、わかるのかな。


「うん。レスベルの発見は主に僕とパパ、クロに任せて、あとのみんなは薪拾いとか、食料探しに重点を置いて貰おうかなぁ。上じゃなくて、下を見る感じで。姫は、クララからどんな枝が燃えやすいか聞いてねぇ。あんちゃんは、後方の警戒をお願い」


 植物に詳しくない面子が自分に役立たずのレッテルを貼らないように、姐さんがすかさずフォローする。


 ところで、あんちゃんに警戒を頼むのは、三年生だからですよね?まさか、食料採集すらやらせないため、とか、言いませんよね?


「あんちゃんは、食料とか気にしなくて良いからね!」


 あ、うん。そんなにやばいのか、あんちゃんの手料理。




 行き先を決めてしまえば早いもので、それから二時間ほどで洞窟の入り口にたどり着いた。尾根、と言った姐さんの言葉通り、洞窟の入り口はツァボルスト高地よりさらに高くそびえる山の中腹にぱかっと口を開け、そこからさらに登った先には、尾根筋の続く連峰が見えた。

 完全に、登山再び、だ。兄貴がお嬢とぴいちゃんを基地に残した意味が、よく理解出来る。筋肉痛で登山なんて、林間学校だけで十分だ。


 まばらに木の生えた山肌へ目を凝らして、そのてっぺんを指差す。


「あ、あの辺、レスベルっぽいですね」

「え、見えるの?」

「ん?どこどこ、ああ、確かに」


 姐さんとパパがわたしの示す先に目をやり、片や首を傾げ、片や頷く。


「あの樹型は、レスベルやその仲間の特徴が出てるね」

「あと、向こうも」

「ほんとだ」

「…木にしか見えねー」

「と言うか、クロもパパもどんな視力してるんだ」

「あ、いや、おれはおぼろけにしか見えてないよ?言われてみれば確かにそうだってだけで」


 え、ちょっと、なんでそんな人外を見る目を向けて来るのかな。


 不意打ちの人外扱いに目をまたたいたわたしの肩に、大きな手がふたつ乗った。


「クロは目が良いんだねぇ」

「クロ、またお手柄だな。どっちに行く?」


 三年生ふたりに褒められて、目を細める。

 レスベルらしき木が生えた場所。ふたつのあいだの距離は、少し離れている。どちらに生えるのも似た木だが、わずかな違いを感じる。


 違いは感じるけれど、ここからでは、細部までわからない。


「レスベルと同じ属の木だとは思うのですが、ここからだとレスベルと断言は…」

「そうか。なら、とりあえず近い方目指すぞ」


 自信なさげに眉尻を下げれば、笑って背中を叩かれた。姐さんがまた、手を引いてくれる。


「ほら、進め、行くぞ。早く見つけて、兄貴を驚かせよう」


 あんちゃんに急かされて、ほかの面々も歩き出した。


「視力が良いのは、羨ましいなぁ。僕、生まれつきあまり目が良くなくて」


 そんな後続を後目に、姐さんがのんびりと言う。


「治癒魔法に目覚めたとき、視力がどうにかならないかなっていろいろ試してみたんだけど、生まれつきのものはどうにもならなくって。生まれつきの能力と老化は、治癒魔法でも治しようがない」

「あー…らしいですね」


 姐さんの言葉で哀しい記憶が呼び覚まされて、ついつい遠い目になる。


「ん?クロ、どうかした?」

「いえ、あの…」


 この繊細な話題を、男だらけの空間で出して良いものか…。


「薄毛と肌の老化は、わんちゃん…ヴァンデルシュナイツ導師にも、いかんともしがたいらしくて…」


 たまに、どうか毛を…!!と言う切実なお客さまが来るのだが、無理だと一蹴されていた。筆頭宮廷魔導師さまでも、薄毛のお悩みは解決出来ないようだ。

 いや、うん。わんちゃんの場合、面倒臭がってやってないだけの可能性も、大いにあるけれどね。


 あ、やっぱり駄目だったか。

 流れてしまった微妙な空気に、挽回の話題を探す。


「あ、でも、視力と聴力は、補助用の魔道具が開発されているらしいですね。治すことは出来なくても、眼鏡を使うより視力が上げられる日も、近いかもしれませんよ」


 …現在、この国の眼鏡は高い上に性能が良くはない。眼鏡を使っているひともいるが、費用対効果があまり良くない道具なのが現状だ。魔法があるからなのか、眼鏡よりもカメラが発達している、不思議な世界なのだ。


「そうだと良いなぁ。僕はまだ、遠くがあまり見えないくらいだから良いけど、ひとによっては、目の前のひとの顔もわからなかったりするでしょう?もっと悪いと、明るさくらいしか見分けられないこともあるみたいだし、色がわからないひともいるし、そう言うひとは眼鏡じゃどうにもならないからねぇ」


 治癒特化だけあって、姐さんの医学知識は高いみたいだ。

 この世界にも色盲が存在するとか、わたしは知らなかった。


「見えないと、辛いでしょうね」

「うん。たいていの病気や怪我は、治してあげられるんだけどね、どんなに頑張っても、治せないものはあるんだ」


 わたしは治癒魔法適性がないので、治癒魔法については書物やわんちゃんの受け売りになるが、治癒魔法と言うのは基本的に、“物体を在るべき姿に戻す”能力だそうだ。治癒魔法の強さは、埋められる“現状”と“在るべき姿”との乖離のレベルや、乖離を埋めるのにかかる時間などで計られるらしい。

 強い治癒魔法使いならば、例えば四肢や臓器の欠損を治癒したり、虫歯を削らず健康な歯に戻したり出来る、とか。前世の医学と比べれば、夢のような能力だと思う。欠損を埋めるのは自分の身体で、痛みや拒絶反応の心配もないのだ。


 だが逆を突けば“在るべき姿”にしか治せないわけで、例えばすでに死んだ生きもの、“生きていないのが自然な存在”を、生き返らせることは出来ない。先天性の疾患や障害、あるいは老化といった、“もともとそう在るべき”ものを、変えることも出来ないみたいだ。また、怪我も、長年そのままの状態にあった古傷などは、治せないことが多いらしい。


 夢のような能力も、万能ではない、と言うことだろう。


「それでも、治癒魔法はありがたいです」


 サヴァンの魔法と違って、純粋にひとの役に立つ魔法だ。

 国殺しのサヴァンとは真逆の、愛されるために生まれてきたような、


「わたしも、治癒魔法、使えたら良かったのに」

「ええー、良いんだよぅ、クロは治癒魔法を使えなくって」


 思わず漏れてしまった暗い言葉を笑い飛ばして、姐さんは、ぺん、とわたしの額を弾いた。


「だって、クロが治癒魔法を使えたら、僕がクロを治してあげられないでしょう?」


 にこっと、柔らかく微笑んで、姐さんがわたしの額をなでる。

 痛みが消え、心さえも軽くなった気がした。


「クロが傷付いたら、僕が癒してあげる。クロの大事なひとたちも、僕がみんな癒してあげるよ。だから、クロは治癒魔法を使えなくっていーの」


 まるで、小春日和の太陽のようだった。

 ふわりと包むような温もりが、冷えた心を溶かす。


 ほっとため息を吐いて、笑みを返した。


「ふふ。やっぱり、格好良いですね、姐さん」

「そうかなぁ?」

「格好良いです」


 演習合宿に来て、姐さんと同じ班になれて良かった。

 昨日も何度か思ったことを、また、思った。




 それからまた、一時間くらいかな。

 わたしが示した最初のポイントに生えていたのは残念ながら、探しているレスベルではなかった。

 ようやくそばに見えて来た木の細部の違いに、近付く途中で気付き、小さく、ため息を吐く。無駄足を、踏ませてしまったみたいだ。


「申し訳ありません…」

「いやいやいやいや、クロ、あれ、レスベルではないけどその仲間の植物だよ。薬効はないけど実が食べられて栽培化もされている木でねぇ、この実をレスベルの実だって偽って儲けようとする詐欺師がいるくらい、レスベルに似ているんだよ」

「…おれ、ぱっと見でレスベルかと思ったよ。なんでクロと姐さんは、初見で見分けられたの」


 わたしがこぼした謝罪の意味に即座に気付いたのは姐さんだけで、姐さんの言葉で理解したパパが木を見上げた。

 その視線の先を指差して、言う。


「葉っぱが」

「あ、ほんとだ。うーん、近付いてちゃんと見ればわかるんだけど…」

「葉っぱだけじゃなくて木の実の色がねぇ、少し違うんだよ。レスベルの実は、もう少し赤みが強いから、悪いひとに騙されないように、見分けられるようにしておくと良いよぉ」


 木に近付きわたしに示された葉っぱを見て、パパが頷いた。レスベルの木は葉っぱの付け根の部分がスペードマークみたいに少しへこんでいるのだけれど、この木ではそれがなく、葉の形が卵形だ。あ、へこんでいると言ってもスペードほどはっきりじゃなくて、基部がちょろっとくぼんでいるだけだよ。


「実も違うのですか?」

「赤みの違い?いや、おれにはわからない…」


 実の見分け方については初めて知った…と言うか、そんなにレスベルに似た木があることを知らなかった。まだまだ、勉強不足だな。

 パパも初耳だったらしく、木を見上げて首をひねっている。


「この木の実、僕好きなんだよねぇ。せっかく見つけたから、取って行かない?実の違いも、実際ふたつ並べたらわかるよ」

「美味しいのですか?」

「うん。水気が少なくて硬いけど、甘味が強くて、食べると元気が出るよ。レスベルの果肉も食べられるけれど、僕はこっちの木の実の方が好き」

「では、持って帰りましょうか。きっと、お嬢やピアが喜びます」


 昨日採集したのは主に山菜やきのこなので、果物が手に入るのは嬉しい。

 持っていた荷物から袋を取り出し、木を見上げる。


「少し、離れて貰えますか?」


 本当は登るなりはしごを使うなりしてひとつずつもぐのが正攻法だろうが、ここはひとつ、ずるいやり方を取らせて貰おう。


 ざあっと、音で木を揺らせば、熟して落ちやすくなった実だけが枝を離れる。

 そうして落ちて来た実の落下軌道に手を加え、袋の中に受け止めた。

 周囲から見ればまるで、木の実がわたしの持つ袋めがけて飛び込んだように見えただろう。


 誰かが言葉を発するのに先んじて、姐さんが微笑んで手を差し出した。ちょーだい、と言うように、手のひらを上にして。


「いっこ、食べていーい?」

「どうぞどうぞ」


 思ったよりも落ちた木の実が多くて、ちょっと焦ったところだった。減らしてくれるのなら、ありがたい。


 ぽん、とひとつ、袋から取り出した木の実を姐さんへ手渡す。


 ふふっと微笑んだ姐さんが、ほかの面々を振り向く。


「少し、休憩しよっかぁ。この木の実を、おやつにして」

「さんせーっす!クロ、オレにもくれ!」

「はい」


 動物園の飼育員さんにでもなった気分で、みんなに木の実を配る。形や大きさは梅の実や杏に似ているけれど、色はワインレッドで、手触りは硬い。


「クロもおいでぇ。座って休もう。あんまり休憩取らなかったから、疲れたよねぇ」

「結構長く歩きましたからね」


 かりっ、と木の実をかじる姐さんにならって、わたしもひとつ木の実を手に取ってかじる。

 水気が少なくて硬いと言った姐さんの言葉通り、果物と言うより生の硬いニンジンでもかじったような食感。かりこりと、しっかりした歯ごたえがある。味は、桃とパイナップルを合わせて、甘味を強くしたような感じだ。実の中心にひとつ大きな種があるが、杏みたいにぽろりと簡単に取れるので、食べる邪魔にはならない。


 ちょっと考えがあって、種も取っておくことにする。


「んー!美味しいですね、これ」

「でしょう。薬の原料にはならないんだけど、食べるとなぜか元気になるんだよねぇ」


 言いながら、姐さんがわたしの膝上の袋へと手を伸ばす。

 …もしや木の実狙いで、わたしを隣に座らせましたか?

 と言うか、食べるの早!わたしはまだ、半分も食べていないのに。


「で、クロ、さっきはなにをしたんだ?」


 さり気なく袋から木の実を取って、あんちゃんが訊いて来た。


「音魔法の応用です。音を操って、枝を揺らして実を落としたのです」

「音魔法でそんなことが出来るんだ。知らなかった」


 ふんふんと頷きながら、パパが袋に手を伸ばす。その横でクララが、オレにも取ってと頼んでいた。パパが木の実を四つ取って、クララと姫、テディに手渡す。

 みんな、多過ぎる実を減らしてくれるのはありがたいけれど、おやつ食べ過ぎると、おひるごはんが入らなくなるよ?


 ひとくちかじった実を飲み込んでから、口を開く。

 ただでさえ食べるスピードで劣るようなのに、話していると余計遅くなりそうだ。


「音魔法は一般的に、補助魔法扱いですからね」


 音魔法は音を操る魔法だ。普通の音だけではなくて、力を込めた音を生み出すことも出来て、まあ、平たく言うと音楽療法のパワーアップ版、みたいな能力だ。基本的に、安眠とか精神性疾患の改善とか、音を聞かせてどう、と言う方向で利用される魔法。

 それをわたしは大胆不敵にも、完璧な物理魔法として利用しているわけだ。音は空気中を伝わる波なんだから、結局物理現象だろうってね。

 結構、魔法の常識を打ち破る行為だったらしい。わんちゃんに、呆れられた。


「音魔法を物理攻撃に利用するなんて出来るのは、バルキア国内でもわたしだけだろう、と言う話ですが、そもそも、音魔法を持っている方が珍しいですからね」


 わたしとアーサーさまを除くと、音魔法を使える人間はバルキア国内に片手で数えられる人数しかいないそうだ。もともと魔法を使える人間が少ないから、それが割合的に多いのか少ないのかは判断に迷うところだけれど。


 そして、音魔法を持つ人間は音楽家になることが多い。音魔法を使えると言うだけで、演奏家として引っ張りだこになるからだ。たしか宮廷魔術師団のなかにも、音魔法持ちの演奏家がいたと思う。宮廷お抱えの、演奏家だ。


「わたしも持っているのが音魔法だけなら、なにか楽器を手にして演奏家を目指していたでしょうしね」

「…クロは鐘楼カリヨンの主だって、アーサーが言っていたけど?」

「うーん」


 姫の指摘への反応に迷って、唸る。姫はわたしが鐘楼カリヨンを演奏するところを、見たことがなかったのだったか。


「たしかにクルタスの鐘楼カリヨンはほぼわたしが独占していますが、あれを演奏と言ったら、鐘楼カリヨン奏者に殺されます」


 鍵盤には見向きもせずに椅子の上へ転がって、半寝やながら作業でがらがら鐘を鳴らしているだけだ。誰もいないときはついつい無意識に、前世で親しんだ曲を鳴らしてしまうし。


「そうなのかい?アーサーは、クロの演奏は本当に素晴らしいって、褒めちぎっていたけどな」

「…アーサーさまは演奏を聞いているあいだ、ほぼ確実に寝ていますよ?」


 聞き始めて二曲くらいはちゃんと聴いているのだが、だんだんうとうとし始めて、五曲過ぎるとまず眠っている。


「眠くなるくらい、心地良い演奏だってことじゃない?」

「それは、どうでしょうね。少なくともわたしとしては、単なる趣味でやっていることですから。客観的な意見でしたら、お嬢に訊けばわかります」


 お嬢もわたしがいるときは、鐘楼カリヨンに来ることがあるから。

 よく、もっとまじめに弾きなさいよと怒られる。


「どうせなら今度、聴きに行ってみようかな」

「姫は立ち入り許可をお持ちですから問題ないと思いますが、わざわざ聴きに来るほどのものではないですよ」

「んー、でも、卒業したら私は聴けなくなるだろうし、ね」

「聴きに来るのは構いませんが、かなりの轟音を覚悟して下さいね」


 外には音を漏らさないようにしているので、聴くなら建物内でになる。わたしは慣れてしまったけれど、初めてだと圧倒される爆音だ。


鐘楼カリヨンって、クロが巣にしてるって噂のところだよねぇ?」


 え?


「なんですかその噂」


 思い掛けない台詞に思わず半眼で姐さんを見返す。

 姐さんはのほほんと首を傾げて言った。


「え?初等部の鐘楼カリヨンには黒猫が住み着いていて、迂闊に立ち入ると引っ掻かれるって、春ごろ噂になってたけど?」


 …春?


 眉を寄せるわたしを後目に、クララが、ああ!と頷いた。


「レングナー商会の坊ちゃんが、引っ掻かれたーって騒いでたやつ!」

「いや引っ掻いていないですよ?」


 たしかにマルク・レングナーを攻撃はしたけれども、怪我をさせた記憶は…初対面でひっぱたいたときだけだ。うん。鐘楼カリヨンでどうこうじゃない。


 と言うか、なんてあほな噂を立ち上げているんだ、あのストーカーギツネ。


「んー?でも、手や腕に引っ掻き傷みたいなのこさえてたって」

「あれはあの馬鹿ギツn…マルク・レングナー伯爵子息さまが勝手にすっ転んで生け垣に突っ込んだだけです。自滅です。あのひとが運動神経悪いだけですよ。もしも勝手にわたしの悪評を立てているのでしたら、良い迷惑ですね」


 ちょっと、爆音で三半規管を狂わせてから鐘楼カリヨンを追い出しただけだ。勝手に転んだのは、マルク・レングナー。

 ワタシ、ワルクナーイ。


 真顔で吐き捨てたわたしを、テディが苦笑いで見た。


「…お前まだ、嫌ってんだな」

「いえいえそんな」


 にこ。と笑って首を振る。


「嫌っているなんて。ええ、そんなことありませんよ。あの淫乱ギツネ好い加減うざったいんだよもげろ、なんて、ちらとも思っていませんとも」


 もともとマイナス評価だったのが、現在進行形でさらに下落したところだ。


 貴族令嬢が口にするには不適切過ぎる暴言に、たっぷり、十秒間、その場が凍り付いた。


 周囲の空気なんて丸無視して、木の実の最後のひとかけを口に入れて立ち上がる。


 かりこりかり…ごくん。ふう。美味しいけれど、ちょっと顎が疲れるね。


「さて、雑談はこのくらいにして、そろそろ出発しませんか?あ、種はちょっと実験したいので、棄てずにわたしに下さいね」

「いや待てお前しれっと流すな!!」


 なにごともなかったかの如く動こうとしたわたしへ、テディがビシィッと突っ込みを入れる。


 クールそうな見た目に反してと言うか、見た目通りと言うか、テディは案外考え方が保守的だ。


「アルお前一応は女なんだから、そう言う発言はするなよ」


 こんな感じで、ね。

 兄貴も礼儀や規則に厳しいし、硬派な育てられ方をしているのかもしれない。


 でもな、テディ、残念ながらクロさんは、硬派に育てられていないのだよ。


 はて、と首を傾げてから、ああ、と頷いて先輩方へと目を向ける。


「申し訳ありません、先輩方。一年のくせにでしゃばって、出発しませんかなどと生意気なことを言ったりして」

「…ん?いや、意見を言うのは良いことだ。気にするな」

「そうじゃないだろ!?」

「そうじゃないよね!?」


 テディと違って、あまり女だの男だの細かいことは気にしないタチらしいあんちゃんがふつーに返答し、テディとパパのダブル突っ込みが炸裂した。

 この中では、テディに近い考え方なのがパパ、あんちゃんに近い考え方なのがクララ、そう言う発言に耐性がないのが姫みたいだな。あ、姐さんは、なににツボったのかくすくすと笑っている。余裕だね。さすがです姐さん。


「クロ、女の子が淫乱とかもげろとか言っちゃ駄目でしょう?テディが正しいよ。出した言葉がきみの評価に繋がるんだから、発言には気を付けないと」


 わたしの両肩へ手を置いたパパが、真剣な顔で諭す。文句なしのおとん感だ。


 しらばっくれるかきちんと返答するか迷って、どちらでもない第三の選択肢を選ぶ。


 真摯な表情を顔に浮かべて、パパの目をしっかりと見返す。


「パパ…」


 深刻そうな声を、装った。

 ゆったり一呼吸の間を取って、パパと視線を交わらせる。


 この先の発言に、ちらとでも納得したらパパの負けだ。


「わたしに最も近しい大人は、街のお針子さんとわんちゃ…ヴァンデルシュナイツ導師です」

「ああ…」


 よし、勝った。


 遠い目になったパパを見て勝利を確信し、内心でガッツポーズを作った。


 ん?どう言う意味かって?

 労働階級の女性の口の強さと、我らが宮廷魔導師さまの口の悪さは、周知の事実ってことだよ。

 そんな大人を見て育てば、口の悪い令嬢になっても仕方がない、と言う意味。


 なにも言えなくなったパパに苦笑を見せて、取りなすように続けた。


「出る所に出たらきちんと装いますから、大丈夫ですよ。猫被りに関しては、自信があるのです」

「猫だけにか」

「猫ではないです」


 はっ、まさか、兄貴ではなくあんちゃんとこの会話を交わすことになろうとは…!


 こほん、と咳払いをして、にこっと愛想良く笑って見せる。


「わたしの令嬢方からの評判は、ご存知でしょう?」

「…完璧な紳士、だったか?」

「理想の貴公子、ってのもあったなー」


 あんちゃんとクララの言葉に、頷いて見せる。

 それが男装を始めてからわたしが造り上げた、エリアル・サヴァン像だ。


 過去に大人たちから呼ばれた、“サヴァン家の人形”や“呪い人形”なんて不名誉かつ不本意な通り名を、払拭するもの。

 不吉なだけの“お人形さん”ではないのだと、示すもの。


「わたしの猫被りは、子爵家令嬢でありながら王太子殿下や公爵家子息を差し置いて、理想の貴公子なんて呼ばれるほどのものですよ。どっかのキツネから逃げ回っても、公爵家子息を足蹴にしても、お昼寝写真が出回っても、幻滅されない高評価です」


 えへん、と胸を張って見せれば、パパが深々とため息を吐いた。その後ろでは、テディが額を押さえている。


「言われてみると、クロは結構はちゃめちゃなことしてても受け入れられてるねぇ」

「首輪に男装、短髪で騎士科所属の時点で、令嬢としては終わっていますからね」

「僕は短い髪も好きだけどなぁ。ぴいちゃんもクロも、似合っているし可愛いよねぇ。動き回るなら、男装の方が向いているのは明らかだし」


 ぽすぽす、と姐さんがわたしの頭をなでる。

 短髪も男装も許容するとは、姐さんもかなり革新的な考え方の持ち主みたいだな。


「で、結局クロは鐘楼カリヨンを巣にはしていないんだね?」

「そこに戻るんですね」


 マイペースだなぁ…。

 ぐるっと回って戻って来た話題に苦笑して肩をすくめる。


「よく利用はしていますが、独占しているつもりはありませんよ。趣味とは言え好きな楽器ですから不純な動機で訪れるならお断りですが、許可を得た上で正当な理由で訪れるのでしたら追い出したりしません」

「そうなんだ。うーん、でも、僕だと許可が出るかどうか…」


 姐さんが腕を組んで唸る。


 ?

 なにか鐘楼カリヨンに用事でもあるのだろうか。


 わたしの疑問に気付いたか、姐さんが微笑んで言った。


「治癒魔法と音魔法を複合出来ないかなって、考えているんだよ。ほら、現状だと術者不足で治癒魔法を受けられるひとが限られているでしょう?だから、ひとりの術者が同時に大人数を治癒出来たらって。カリヨンベルに治癒魔法を乗せられないかなぁ。個別の治癒ほどの効果は出ないとしても、例えば週に一度、微弱な治癒でも受けられたら、救われるひともいると思うんだ」


 音魔法に、治癒魔法を乗せる。

 現状バルキア国内に音と治癒をどちらも使える術者はいない。つまり、姐さんが言っているのは、


「複数人での複合魔法、ですか?魔道具や、同指向性の魔法ならばともかく、治癒と音となると前例がないですよね?」

「うん。異指向性の魔法でも単独術者の成功例はあるけど、別々の人間でとなると、聞いたことがないよ」


 やっぱり、無理かなぁと、姐さんがしょんぼり呟く。


 魔法の研究は基本的に国家レベルで行われる大プロジェクトだ。前例のないこと=国家の粋を尽くしても実現していないこと、だ。


 でも、


「おもしろそうですね。ね、姫?」

「え?」

「そうだね。うん。大丈夫。許可は出せるよ」

「ええ?」


 笑って目を向ければ、察しの良い姫が頷いてくれる。

 状況について来れなかったらしい姐さんが、きょろきょろとわたしたちを見比べた。


 ふふっと笑って、説明する。


「確かに鐘楼カリヨンの入館許可が出るのは基本的に、教職員と公爵家以上の生徒及び、鐘楼カリヨンを用いて魔法の訓練を行える生徒に限られているのですが、例外、と言うものもあるのですよ」

「そうでないと、マルク・レングナーが入れたのがおかしいからね。大々的に知られてはいないけれど、王族や公爵家からの要請があれば、入館許可は下りるんだよ」

「へぇ…」


 平たく言えば、王族権限万歳!と言う話である。


 姐さんは反応を返したけれど、ぼんやりしているこの感じだとまだ理解が追い付いていないかな?


「マルク・レングナーは不純な動機で許可を取ったけれど、姐さんの理由なら正当だと言えるからね。私から、入館許可を要請しておくよ」


 姫に却下されても、第二第三の交渉先はあったから諦めるつもりはなかったけれど、一発OKが出てなによりです。


 まあ、


「現状クルタスには治癒魔法も音魔法も天才がいるからね。国の益になることをしてくれようと言うのを反対する手はない」


 わたしの思考をなぞるように、姫が意見を口にした。

 姫の言う通り、今クルタスには姐さんとアーサーさまがいる。

 使わない手は、ないはずだ。わたしも、協力するつもりだし。


「…ありがとう」

「いや。私の力が民の役に立つなら、それに勝ることはないよ。ただ、良いのかな?」

「なぁに?」

「迂闊に魔法の研究なんて手を出すと、また宮廷魔術師からの勧誘が激化するんじゃないかい?」


 ああ、それは、確かに。


 うんうん、とわたしが頷くと、姐さんはにっこり。と微笑んだ。


「それは大丈夫。断れば、良い話だから、ねぇ」


 !?

 いま、一瞬、姐さんのほんわかオーラが真っ黒に染まったような…。


 いや、うん、気のせいだ。気のせいに違いない。


 ぶぶぶと首を振ってから見直せば、姐さんはいつも通りほんわかと微笑んでいた。お花が飛ぶ幻影まで見えるほどの、堂に入ったほんわか振り。


 ほっ。やっぱり気のせいだったみたいだ。


 そんなほんわか空気のまま、姐さんが周囲を見渡した。


「まあ、研究を始めるにしても合宿後だよねぇ。そろそろ、休憩は終わりにしようか」

「…ああ、そうだな」

「じゃあ、出発しよう。みんな、用意してねぇ。次の休憩は、お昼かなぁ」


 なぜか少しもの言いたげなあんちゃんは華麗にスルーして、姐さんは出発を宣言した。


 次はちゃんと、レスベルが見つかると良いな。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


次話、ついにエリアルさんが落ちる…!?

と言う冗談(マテ)は置いておいて


お話を書いている間にタブレットの電源が勝手に落ちて書いていた文章が飛ぶ

と言う惨劇が数回繰り返されたために

書き上げるのに時間が掛かってしまいました

こまめな保存が大事ですね…orz

荒んだ心が作中の暴言に反映された気がしなくもないですごめんなさい(‥;)

暴言に不快感を感じた方及び

待っていて首とか伸びてしまった方がもしいらっしゃったら

本当に申し訳ないです(ノД`)


いつ、と明言出来なくてたいへん心苦しいのですが

極力早く次話を上げられるように努力いたしますので

続きもお読み頂けると嬉しいです

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