表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/103

取り巻きCと初合宿 いちにちめ→ふつかめ

少し遅いですが新年のご挨拶を申し上げます

今年も黒猫さんたちをよろしくお願いいたします<(_ _)>


続いているお話なのに間が開いてしまって申し訳ありません

そしてお正月なのに作品内の季節は夏と言う…


エリアル/ツェツィーリア/テオドア/ヴィクトリカ視点


引き続き演習合宿の様子をお送りいたします

 

 

 

「ふにゃ…」

「ん?クロ眠い?」

「んんー…少し」


 欠伸を漏らしたわたしに、姐さんが穏やかな笑みで問う。

 小さいながらも燃える焚き火が、姐さんの顔を赤く照らしていた。


 闇に飲まれた森からは、夜に動く生きものたちの気配が感じられた。


「いろいろあったもんねぇ、疲れたかな?」

「そうですね。でも、楽しかったです」

「そっか。楽しめたなら良かった。ねぇ、疲れたなら、寄り掛かっても良いよ?」


 姐さんがぽんぽんと、自分の肩を叩いて促す。

 温かい肩の誘惑に、抗えなかった。


「ありがとう…ございます」

「ふふ。可愛い。ごめんね、可哀想だけど見張りの間だけは、寝るの我慢してねぇ」

「はい…んぅー」


 姐さんの肩にこてんともたれて、わたしはぐしぐしと目をこすった。




 深夜帯からこんばんは。黒猫とか言われるけれど夜行性じゃないよ!なクロことエリアル・サヴァンです。


 夕食を終えて就寝準備を調え、眠って目覚めたのは深夜。くじ引きで決まった、夜の見張り当番だ。普通科ふたりを抜いた騎士科八人四組に振り分けられた当番で、わたしが当たったのは二番目の区切り。ちょうど、日付が変わる時間帯の番で、相方は姐さんだ。あ、くじ引きだけど今晩に限り、一年生は上級生と組めるように設定されていた。初日から一年生ふたりで見張りさせるような無茶振りは、さすがにされなかったよ。


 少し眠って目覚めて番をしているけれど、正直とても眠い。

 少し気を抜いたら、スヤァっと違う世界に行ってしまいそうだ。




「そう言えばクロ、お嬢の浄化断っていたね」


 わたしの眠気覚ましなのだろう。姐さんが抑えた口調で、話し掛けて来る。

 頭を寄せてから言われたその台詞に、びくっと身を起こした。


「も、もしかして、臭い、ですか?」


 お嬢とピアはお嬢の魔法で身を清めたが、わたしは断っていた。

 昼間はずいぶん動き回ったし、汗臭いかもしれない。


 姐さんから離れてふんふんと自分に鼻を利かせるわたしを、姐さんは首を振って引き寄せた。


「ごめんごめん、大丈夫。臭くないよ。お日さまの匂いがする」


 こてんと元通り、わたしをもたれさせて姐さんは笑う。


 そう言う姐さんからは、薬草の匂いがした。


「でも、臭いが気になるなら、どうして浄化を断ったの?」


 もっともな疑問に、正直に答えるか瞬間迷い、結局大人しく口を開いた。


「これが、騎士科の演習合宿だから、です」

「うん?」


 視線で促されて、言葉を続けた。


「実際に戦場に出た場合、五日間野営くらい当たり前にあることでしょう?その間、湯浴みが出来ないことも。戦場で水が十分に使えないなんて、常識と言ってもおかしくないはず」

「そうだね」

「この合宿は、そう言う部分を学ぶ場でもあると考えたのです。実際の戦場で、浄化の魔法なんてそうそう使えない。だから、騎士科のわたしは浄化して貰うべきではないと考えました。…ほかのみなさまも、お嬢に浄化を頼んだりしませんでしたし」


 先輩方やテディはもちろん、姫すら、浄化をして欲しいとは頼まなかった。

 テントはともかくそれ以外で、女として特別扱いされるつもりはない。特別扱いされたくて、騎士科に入ったわけではないのだから。


 こん、と姐さんの頭がわたしの頭に触れた。


「クロは、まじめだねぇ。ほんとに、良い子」

「…素敵な先輩方を、見習っているだけですよ」


 わたしの気持ちを酌んでくれているのか、先輩方もわたしを特別扱いはしないでくれていると思う。

 その期待を、気持ちを、裏切りたくないのだ。


「見張り、しなくていいよって言われなくて、嬉しかったです。騎士団においでって言って貰えたことも、すごく、嬉しかったのです」


 寄せられた頭に、頭をすり寄せる。


「だから、まじめだからとかそう言うことではなくて、思い付いたことはなんでも、やりたいのです」

「うん」


 夏でも、高地の夜は気温が低い。

 寄せた身体はとても、暖かかった。


「この班の騎士科生は、みんな認めてるよ。クロはちゃんと、騎士科の生徒だ。とても良く、頑張ってる」


 なでなでと、姐さんが頭をなでてくれる。


「ありがとうございます」

「うん」


 ふたり身を寄せ合って、微笑み合った。


「クロ、体温高いねぇ、あったかい」

「よく言われます。猫体温だって」


 なぜそこで子供体温でなく、猫体温なのかは問い質したいけれど。


「手が、特に温かいらしいです」


 手を伸ばして、姐さんの手を掴んだ。

 大きくて、堅い手だ。戦うひとの手。すこし、ひんやりしている。


「ほんとだ、あったかい手」


 姐さんが、わたしの手を両手で包む。


「あったかいけど、小さい手だねぇ」


 ぺたん、と合わせて比べられた手は、関節ひとつぶんの差があった。


「身長は高いのに、子供みたい」


 きゅっとわたしの手を握った姐さんが笑う。


「もう少し、大きい手になりたいです」

「でも、これくらいでも良いよ。可愛い。この大きさでも、クロの使っている剣なら問題なく振れるでしょう?」

「そうですけれど」


 もう少し大きい手が良い、と思うのは、欲張りだろうか。

 憧れなのだ、大きくてがっしりした手が。


「演奏家にでもなりたいのなら、もう少し大きい大きい手の方が有利かもしれないけど、騎士になるならこの手で大丈夫だよ。僕の尊敬する騎士がいるんだけど、クロくらいの大きさの手だから」

「本当ですか?」


 男性でこの大きさの手ならば、かなり小さい方だと思うけれど。


「本当。だから、心配しなくても大丈夫。この手は、大切なものを守れるよ」

「…それなら、嬉しいです」


 前世の手は今以上に小さくて、たくさんのものを、取りこぼしてしまったから。


 心の中を見透かしたような言葉に驚いたけれど、微笑んで答えられた。

 姐さんの大きな手が、ふたたびわたしの手を包む。


「あったかくて、安心する手だなぁ。ねぇ、しばらく、握っていても良い?」

「良いですよ」

「ありがとう」


 きゅーっとおてて繋いで、寄り添う。


「明日も晴れると、良いですね」

「そうだねぇ」


 見上げた空には、まばゆいほどに満天の星が輝いていた。


「見て下さい、星、すごいですよ。降って来そう」


 姐さんと繋いでいない方の手を、空に伸ばす。


 もともとこの世界の星空は前世よりも星が多いけれど、高地だからか深夜だからか季節の違いか、今日の星空はいつも以上に星が多く見えた。


 明かりが、小さな焚き火だけだからかもしれない。


「掴めそうだねぇ…」


 姐さんも、わたしと同じように手を伸ばす。


 伸ばしたふたりの指先で、ちかりと二条、星が流れた。

 それは、まるで手の中に星が飛び込んだようで。


 無言でお互い、顔を見合わせた。


 まんまるの目で見つめ合ったあと、どちらからともなくふっと笑う。


「ほんとうに、降りましたね」

「ほんとうに、掴めたね」


 くすくすと笑い合って、また空を見上げた。

 合宿一日目の夜は、穏やかに過ぎて行った。




     ё    ё    ё    ё    ё




 見張り番としてエリアルが出て行くのを待って、私はそっと目を開いた。

 外に聞こえないように潜めた声で、呟く。


「起きているの?ぴいちゃん」


 と言ってもどうやら、エリアルは気付いていたみたいだけれど。エリアルだけじゃない。ビスマルク先輩はもちろん、恐らくほかの先輩方も、気付いているのだろう。


 狭く固い寝床なんて、当たり前だったはずなのに。

 いつの間に私は、清潔で寝心地の良い寝台に慣れていたのだろう。


 私の声を受けて、横に寝ているピアの肩が跳ねた。


「眠れない?」


 出来るだけ、優しい声を心掛けて問う。


「えっと、あの、」

「私もよ」


 ピアは確かに可愛いけれど、私とはあまり合わないと思う。もう少し、はきはき喋れば良いのにと思ってしまうから。

 問題なく会話して見せるエリアルやリリアを、少し尊敬する。


 演習合宿で一日過ごして、騎士科と普通科の違いを思い知った。

 まさかここまで、徹底して守られるとは思っていなかった。でも、それで仕方ないのだと、理解する。


 まず、騎士科と普通科では基礎的な体力からして違う。そして、求められる役割も、全く異なるのだ。


 見張り番をしなくて良いと言われたときのピアの顔を思い出して、口を開く。


「特別扱いは、心苦しい?」


 私の問い掛けに、はっと息を飲み、逡巡したあとでピアは頷いた。


「あの、す、少しだけ…」

「そう」


 私も始め、扱いを変え過ぎじゃないかと思った。男装とは言え同じ女のエリアルは、特別扱いされていなかったから。

 でも、だんだんと、気付かされた。


「…でも、仕方ないのよ。役割が違うのだから」


 気付いた。女だから、特別扱いされたのではなく、騎士と魔法使い、と言う分け方をされているのだと。


「騎士科生は、騎士なのよ。泥臭く動き回ることが仕事なの。でも、私たちは騎士ではなく、魔法使い、でしょう?求められているのは、騎士たちと並ぶ体力じゃなく、必要なときに発揮出来る魔力なのよ」


 だから足を引っ張っても許され、体力の温存を求められるのだ。


「見張りは、魔法がなくても出来るでしょう?だから、それは騎士科の仕事。私たちの仕事は、騎士科が確保してくれた休息時間で、十分な休養を取ること。気に病んで余計な体力を使う必要は、ないの。あくまでこれは、騎士科のための訓練だしね」


 そう言うこと、なんだと思う。だから、水を出せる私がいるのにわざわざ川で水汲みをして、火が出せるシュレーディンガー先輩がいるのにわざわざエリアルが火起こしをしたのだ。戦場で、水使いや火使いが、いるとは限らないから。

 きっとよほどの重傷でない限り、騎士科へはメーベルト先輩の治癒魔法も使われないのだろう。


「夜になっても誰も、あなたに光を頼まなかったでしょう?あなたと私には浄化を使ったけれど、アルは断ったし、ほかの誰も浄化を頼んで来なかった」

「はい」

「それが訓練だし、魔法使いに無駄打ちさせないための気遣いなのよ。必要なときはためらわないし、シュレーディンガー先輩やアルみたいな、武術が十分使えて魔力を鍛えている途中の騎士科生なら、ちょっとしたことで魔力を使っても怒られないけれど、武術の使えない魔法使いには極力魔力も体力も温存させる」


 それも、訓練だからだ。

 エリアルの例でわかる通り、魔法は工夫と訓練次第でいくらでも応用が利く。そして、半ば無尽蔵に近いエリアルやグローデウロウス導師が異例で、たいていの魔法使いにおいて魔力は非常に限られたものだから。


「温存、ですか?」

「そう。私たちは、魔力や体力の温存を求められているのよ。だから、休んで良いと言われたら気負わず存分に休むべきだし、気を使われてもお荷物だなんて、自分を責める必要はないわ。そうして迷惑をかけた分は、魔法で貢献して返せば良いの」


 エリアルはなにも言わなかった。

 ゆっくり安めとも、気に病むなとも。


 自分で気付け、と言うことだったのだろう。エリアル自身、気付いたからこそ、高評価を受けているから。


 そしてきっとそれが、エリアルが私に向ける信頼の形。

 私なら、気付くと思ってくれたのだ。


「騎士科生の授業についてわたしはよく知らないけれど、たぶん、こう言う場で睡眠を取る訓練や、短期間の休憩で体力を回復する訓練なんかもしているのだと思うわ。負担を請け負ってくれると言うなら、任せておけば良いのよ」


 隣のテントからは安らかな寝息が聞こえているのだ。ぐっすり、である。

 昼間も、登山中の休憩効果が明らかにピアや自分と違った。そもそも疲労度合いからして違ったけれど。


 体力ごとは、体力馬鹿にやらせておけば良いのだ。


「…お嬢は、前向きですね」

「前向きにならなきゃ、やってられないわ」


 ピアの呟きを鼻で笑って一蹴する。


 私の後ろに控えるのはエリアルで、周囲にいるのは王族に最高位の貴族たち。周りと比べていちいち落ち込んでいたら、身が持たない。

 私は私で、出来ることを出来る限り頑張ればそれで良い。それで良いと、エリアルが言った。


 だったら、周りなんか気にせず前を向いて突っ走るべきなのだ。


「あなたの光も、私の水も、今回きちんと役立つ能力よ。ちゃんと役立って、見せてやるわ。だから私は胸を張って、アルの側にいて良いの」


 側にいてくれると言うエリアルの横が、相応しい人間でいる。


「誰にも、アルの隣は譲らないわ。導師にも、先輩方にも、姫たちにも、あなたにも、よ」

「ボクは…、ボクだって、負けません、から」

「アルの守りは、堅いわよ。せいぜい足掻きなさい」


 気弱げながら強い意志のにじんだ言葉に笑みを漏らして、私は答えた。

 エスパルミナが、わざわざクルタスに、送り込んだ留学生。


 合わないって認識、変えてあげるわ。


「なら、とっとと寝ちゃいましょ。私たちが今やるべきは、しっかり休むことよ」


 横になるなり即熟睡し、きっかり見張りの時間に目覚めた、黒猫なんかに負けないようにね。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 数時間前にいちど交わした挨拶をもういちど交わして、私は静かに目を閉じた。




     ё    ё    ё    ё    ё




 就寝準備を調えてテントに向かう班員を見送って、俺は焚き火の横に腰掛けた。

 くじ引きで決まった見張り順は最初。ペアの相手は、クララことクラウス・リスト先輩だ。


「んー、眠いな」

「そうですね…っと、じゃなくて、そうだな」


 三年生はもちろん、二年生も、この班の先輩方は尊敬するひとたちばかりだから、敬語を抜けと言われると少し戸惑う。

 爵位とか関係なく、敬いたい相手なんだ。


「ははっ、まだ慣れないか?敬語抜き」

「そう言うクララだって、三年生には少し敬語混じりだろう」


 普段は声量の大きいクララが、今はかなり抑えた声で喋っている。

 いつも軽い調子で喋るから誤解されがちだが、このひとは歴とした侯爵令息で、それに合わせた行動も十分出来るのだ。


「いや、まあ、そうだなー、うーん。だって、スー先輩にラフ先輩にブルーノ先輩だぜ?敬うなとか、無理だって」

「発案者のくせに」

「悪い悪い。でも、良い案だったろ?」


 肩をすくめて、クララが笑う。


「二、三年と一年でさ、ちょっと溝が出来かねなかったじゃん。交友関係的にさ。そこを、あだ名でぶっ壊せて、良かったと思わねぇ?」

「それは、まあ」


 呼び名は壁にもなるから、無理矢理にでも気安い呼び方をさせることは、良いと思うが。


 ヴィックも、ずいぶん楽しそうだったし。


「でも、クララは馴れ馴れし過ぎだろ。なんだよ、嫁って」

「いや、まあ、あれは思わず。でも、あながち現実味のない話でもないよな」

「だから、怒ったんだろ」

「あ、やっぱり?」


 クララに嫁になれと言われて、アルはその可能性を否定しなかった。

 十二分に、あり得る話だったからだ。


 アルの立ち位置は、危うい。

 この国に大したしがらみがなく、ひとりで生きる能力もあるからだ。

 アルは家族との縁も薄く、守るべき領民も持たない。

 あいつは今すぐにでも、この国を捨てることが出来るのだ。


 この国としては、それを防ぎたい。

 婚姻は、そのための有効な手立てだ。


 そしてその相手として、リスト家嫡男のクララは、適任。

 侯爵家嫡男と言う容易に国を捨てられない人間で、かつ、アルとの年も近い。子爵家から正妻を取ることへの風当たりが強いかもしれないけれど、子爵家令嬢の相手として公爵家や王族が名乗り出るより、よほど垣根は低い。元々リスト家は軍門気質で実力主義な、爵位への拘りが薄い家でもあるから、外野はうるさくても親族は普通に受け入れるだろうし、考えれば考えるほど、リスト家がアルをかっさらいそうだ。


 アルを化け物扱いしない、と言う、国の上層部が最優先にしている事項も、クララは難なく及第している。


「…俺もヴィックも、難しさは理解してるからな」


 子爵家の娘が公爵家に嫁ぐなんて、そうそうある話じゃない。ましてサヴァン家は、バルキア王国では新興なのだ。

 ミュラー公爵家は親戚の理解も得て、かなり真剣にアルとアーサーとの婚姻を考えているらしいが、それでも難しいだろうと言うのが現状。増して親戚の協力が得られていないアクス公爵家や、自家だけで決められない王家がアルを嫁にするのは、引き離そうと思えないくらいの恋愛でもしない限り、無理だろう。


 そして、その場合いちばんの障壁となるのが、哀しいかな、アル本人なのだ。


 アルは完全に、自分の恋愛を考えていない。婚姻は政略だと、はっきり決めて掛かっているのだ。だから、クララとの婚姻は真面目に考えて、俺やヴィック、アーサーとの恋愛は、これっぽっちも考えていない。


 アルが成り上がりを夢見るような令嬢ならば楽だったのだが、相手はむしろ平民が良いと言う、貴族位に拘らないやつだ。


「中等部から親しいお前らより、ぽっと出のブルーノ先輩に落ちそうだもんな」

「…死にたいんですか?」

「おい、ガチな殺気はやめろ。先輩たちが起きるだろ」


 少し慌てた様子で先輩たちが眠るテントへ目を向けて、クララが俺の肩を叩いた。


 止め方が、騎士科らしいがその理由はどうなんだ。

 そりゃ、今の俺じゃクララに敵わないだろうけど。


 テントの中で誰かが起きた様子がないのにほっと息を吐き、俺へと視線を戻したクララが、軽く笑う。


「ああ見えて、ブルーノ先輩って下位の貴族令嬢に人気なんだぜ?」

「へぇ」

「ああ。子爵家や男爵家の中で、ちょっと上を狙う令嬢にはスー先輩が人気で、同等か下でも良いって令嬢には、ブルーノ先輩やラフ先輩、パスカルなんかが人気なんだ。実力がある若手で、顔もまあ、お前や殿下ほどじゃないにしろ整ってるだろ?ブルーノ先輩やパスカルは、さり気ない気遣いも上手いしな」


 現実が見えている令嬢からすれば、持って来いの結婚相手、だろう。侯爵家以上を狙うより、よっぽど望みがある。


「…アルが、喜んで妻になるって言うひとですもんね」


 結構本気で、アルはブルーノ先輩との結婚を考えていたように思う。

 俺もヴィックも、ツェリですら、それを否定する気にはなれなかった。


 ブルーノ先輩なら確実に、アルを幸せに出来ると思ってしまったからだ。

 あのひとは、アルが遠慮なく懐くような心の広さを持ちながら、グローデ導師ですら認める実力を持つ魔法の使い手だから。


 でも、それでも。


「でも、諦める気は、ありませんから」


 そう簡単に、諦めてなるものか。


 きっぱり言った俺を見て、クララはにかっと微笑んだ。


「言うねぇ。ま、頑張れよ」


 余裕の表情で背中を叩かれて、敵わない、と思った。




     ё    ё    ё    ё    ё




 恋人のように寄り添い、手を繋ぐブルーノ先輩とエリアル嬢を見て、なにも思わなかったわけじゃない。


「兄貴、姫、おやすみなさい」

「あとは、よろしくねぇ」


 それでも私は、振り向いて微笑んだふたりに、笑みを向けた。


「見張り番、お疲れさま。おやすみ」


 見送る私の前で、テントに向かうブルーノ先輩が、おやすみと呟いてエリアル嬢の頬に口付けを落とした。エリアル嬢が当たり前のように、同じ挨拶を返す。

 とても、仲が良くて気安げに見えた。


「…ブルーノは誰とでも打ち解けやすい」

「うん。わかっているよ」


 取りなすようなスターク先輩の言葉に、苦笑を浮かべて答える。

 ブルーノ先輩の打ち解けやすさは、才能だ。彼は天性の、治癒魔法使いにして治癒師だから。


「わかっては、いるんだ」


 わかってはいてもああ簡単に受け入れられては、おもしろくないだけで。

 エリアル嬢はずいぶんと、先輩方に懐いている。


「大丈夫。私情でひとを動かすほど、馬鹿ではないつもりだよ」

「そこは全く心配していない」


 なんの気負いもなく返された言葉に、敵わないなと思う。

 エリアル嬢が格好良いと心酔するのも、よくわかる。


「…ありがとう」


 少し面映ゆい気持ちで、小さく言う。

 このひとに、仕えたいと思って貰える王族でいたい。


「いや。…殿下の暴挙は少しも心配していないが、ブルーノが少し心配でな」

「ブルーノ先輩が?」


 思わぬ言葉に、目をまたたく。

 感情が高ぶると飛んだ行動を取ることはあっても、それ以外はごくごくまともなひとだと思っていたのだが、違うのだろうか。


 スターク先輩は困ったような顔をすると、言いにくそうに口を開いた。


「ブルーノは、気安い人間と思われているが案外と、壁が厚い。他人に近い人間にも気安く接する代わりに、本当に気を許して懐に入れる人間は、とても少ない」

「そう、なんですか?」

「ああ。みな見掛けの気安さに騙されるが、あれは完全な外面そとづらだ。と言っても、騎士科でまともに努力している王太子派の家の子息、この班の班員のような者には心を開いているが、女にはまず腹を割らん」


 あいつもいろいろと、苦労して来ているからな。


 スターク先輩の呟きにブルーノ・メーベルト男爵子息の生い立ちを思い出して、目を伏せた。

 エリアル嬢や、ツェツィーリア嬢だけじゃない。ブルーノ先輩も、この国、いや、この世界の歪みに落とされた人間なのだ。


 彼もまた、エリアル嬢やツェツィーリア嬢ほどではないにしろ、“天才的な”魔法能力保持者なのだから。


 バルキア王国であろうと他国であろうと、強力な魔力を持つ者は重要視される。

 重用、従属化、飼い殺しと方法はさまざまながら、どこでも能力者は囲い込もうとする。国同士の取り合いに留まらず、同じ国内ですら、貴族間での取り合いが行われる。

 戦争の基本は数の戦いだが、強力な魔法使いがいれば、数万の兵力差を覆してしまうことすらあり得るからだ。


 我が国バルキアでは、立場の弱い低位貴族や平民出身の魔法持ちを、クルタス王立学院に集めて国が後見となること、国が後見となった魔力持ちの婚姻を国による許可制にすることで、最低限、魔力持ちの権利を保証し守ろうとしている。

 しかし、立場の弱い魔力持ちの人権なんて無視して兵器扱いする国や、魔力持ちを攫って売り払ったり手駒にする組織も多数存在するし、バルキア王国内でも、クルタス外の魔法持ちの保護は出来ていないのが現状だ。


 ブルーノ・メーベルト男爵子息の場合は十歳で魔法開花し、そこからクルタスに入学するまで、二年のブランクがある。

 爵位持ちとしては最下層の男爵家では、だいじな末子の長男でも、完全には守りきれなかった。


 ブルーノ先輩は二年と言う短い期間にもかかわらず、繰り返し繰り返し、身柄や貞操を狙われたと言う話だ。

 本人だけではなく、彼の姉たちや友人すら、狙われたそうだ。


「…もっときちんと、国が守れていれば」

「いや。ブルーノ本人も家族も、バルキアで良かったと言っていた。クルタスに入りさえすれば、身体も未来も守られるからと。十年ほど前に施行された、国の後見を受けた魔法持ちの婚姻を規制する法律、あれが、なによりもありがたいとな」

「その、法律は、」

「ああ。ブルーノも理解している」


 国の権力で魔法持ちの婚姻を管理する法律は、エリアル・サヴァンを囲い込むために作られた法律だ。

 サヴァン家の能力は遺伝性のある珍しい魔法能力で、国内外問わず、多くの家が彼女の血を欲しているからだ。彼女の兄や妹も血としては狙われているが、強力な能力を持ちながら支障を来さず生活している彼女は、サヴァンの寵児扱い。本人の価値もその血の価値も、兄妹とは比べものにならないほど高く評価されている。


 その、エリアル・サヴァンとその血を奪わせないために、国は彼女に枷をはめ、彼女の血が勝手に奪われないようにした。


 ほかの能力者は、エリアル・サヴァンのついでで救われたに過ぎない。


「だが、理由はどうあれその法律に救われたことは確かだ。ブルーノはこの国と、この国の騎士に、感謝している」

「国の、騎士に?」

「危ないところを何度も、救われているらしい。ブルーノの叔父が一般騎士の中隊長でな、隊全体でなにかと気に掛けて貰っているそうだ。ブルーノが騎士志望なのは、叔父の影響らしいぞ?まあ、宮廷魔術師だと嫌でも貴族女と関わらなければならないことも、騎士志望の理由らしいが」


 一般騎士が基本は地方に駐在するのに対し、宮廷魔術師はその名の通り基本的に王宮で働いている。

 どちらが貴族女性との関わりがあるかと言えば、確実に宮廷魔術師だし、宮廷魔術師の場合は少ないが女性も存在する。女性との関わりを絶ちたいのならば、一般騎士になって地方勤務を希望するのが賢い選択だろう。


 賢い選択、だけれどね。


「そこまで、女嫌い、なのかい?」


 ブルーノ先輩が女嫌いと言う噂は聞かないし、女生徒との交流は普通だったように思うのだけれど。


「化粧と香水の匂いを嗅ぐと反吐が出る、だそうだ」

「そんな素振りは、」

「鉄壁の外面だからな」


 穏和げな顔の下でそんなことを考えていたとは、とても信じられないのだけどな。


「言っておくが、アレが嫌いなのは貴族女だけではないぞ?威張り散らす権力者も、力尽くで欲望を満たそうとする人間も、ひとをひととも思わない犯罪者も、毛嫌いしている。鋼の理性で穏和な皮を被って見せているだけだ」

「…明日、普通に会話出来るかな」


 出来れば、知らないでいたかった。

 王太子なんて、権力者の親玉じゃないか。


「心配しなくても、この班の人間は嫌っていない。騎士科の人間は訓練中の態度を見ているし、アロンソにしろミュラーにしろ、努力や人柄を認めている。みな、よく頑張っているからな」


 このひとの、恥ずかしげもなくひとを褒められる素直さが、ときどき眩しい。


「言われてみれば、ツェツィーリア嬢にもかなり気安く接していたね」

「いや、あれは、珍しい薬にはしゃいでいただけだな」

「…そうなんだ」


 ラファエル先輩を御せる常識人と思いきや、彼も彼でアクの強いひとだったらしい。


 私の複雑な表情には気付かなかったらしいスターク先輩が、難しい顔で続ける。


「薬にはしゃいでべたべたするならわかるし、アロンソやミュラーへの態度は、普通に嫌いじゃない他人への態度だ。エリアルへの態度も、最初は騎士科生扱いかと思っていたのだが」

「違うのかい?」

「…ブルーノは女性との接触と婚姻に忌避感を持っている。抱き締めるなでるならまだわかるが、必要に迫られない限り自分から女に口付けたりしないし、女相手に結婚を匂わせることを言うなど、あり得ない。押し掛け婚約者に、さんざん苦労させられて来ているからな」


 言われて思い返してみれば、ブルーノ先輩はエリアル嬢を何度も可愛いと褒めていたし、手を繋いだり口付けたりは、騎士科同士でするようなことじゃない。ブルーノ先輩は明らかに、エリアル嬢を“女の子”と認識した扱いをしていた。

 …それでいて、エリアル嬢が特別扱いに感じないよう、必要なところでは騎士科生扱いしているところは、さすがブルーノ先輩と言ったところだろうか。


 和やかにもしもの話をする姿は、とても結婚を嫌がっているひとには見えなかった。


「エリアル嬢との婚姻は、乗り気なように見えたよ」

「乗り気どころか、本気でもおかしくない、と感じた」


 首を振るスターク先輩の言葉が、嫌に重く聞こえた。


「本気、とは?」

「少なくとも、エリアルは完全にブルーノの懐に入ったと思う。ブルーノはなかなか他人を懐に入れないが、懐に入れた人間には真っ向から深く付き合う。ラフとウルの話が良い例だろう。ブルーノが怪我をしたふたりの許に駆けつけたのは、完全に安全が確認される前だ。亜翼竜が出たと聞いた途端、身の安全もかえりみず治療に向かった。ラフやウルに比べれば、戦闘力で劣るブルーノが、だ。内に入れた人間は、命を賭しても助けようとする人間なんだよ、ブルーノは」

「それ、は、」


 よく似た人間を、知っている。

 守ると決めた相手を、我が身を犠牲にしてでも守りそうな、危うい女の子を。


「エリアルに、似ているだろう?魔法の才能があり過ぎて、苦労したところも同じだ」

「似ているだけじゃないと、思っているの、だろう?」


 私が訊けば、スターク先輩はため息と共に頷いた。


「エリアルはあまり権力に固執しないだろう。平民の店を手伝っている話も、下級生の面倒を見ている話も、よく知られている。化粧も香水もせず、騎士の仕事を理解し、料理も上手い上にブルーノの大食いに眉をひそめることもない。戦いに関しては劣るブルーノを、馬鹿にするどころか格好良いと褒めて見せた。ブルーノが気に入る要素が、山ほどある。なにより、」

「なにより?」

「エリアルならば、共に戦えるだろう?」


 言葉をなくした私に苦笑を向け、スターク先輩は言った。


「ブルーノは、自分の実力を理解している。国が敵となった場合、自分を守るだけで精一杯だとな。その上、ブルーノは自分の実力不足で姉を守れなかった経験がある。故にだろう。大切なものが自分より弱いと不安を覚えるようだ。また、自分のせいで傷付くのではないか、と。その点、エリアルは戦闘力の面では十分過ぎるほどに強い。ブルーノが安心して、隣に立っていられる」


 ああ、これ以上ない、理想の伴侶だね。


「…しかも、少し心が弱いだろう?」


 少しためらってから付け足された言葉に、なにも答えられなかった。

 エリアル嬢は、危うい。それに気付くほどエリアル嬢を見ている人間が、増えて欲しいとは思わない。なぜなら、


「守ってやりたくなるだろうな、ブルーノなら」


 その危うさすら、エリアル嬢の魅力となり得るからだ。

 強い彼女の弱さを、自分こそが支えたいと。


「ブルーノがどの程度エリアルを気に入っているかはわからないが、もし本気で心酔したならブルーノがなにをするか、俺にも予測出来ない。だから、心配なんだ」

「…それを、私に言った理由は」

「下手なことをすれば、治癒魔法の天才と国防の要を失いかねないと、覚悟して貰うため、と言うのがいちばん近いか。ブルーノは、強いぞ」


 つまりは私への、警告、だろうか。


 見返す私に淡い微笑みを向けて、スターク先輩は私の頭をなでた。


「俺としては、友にも後輩にも幸せになって欲しいところだが、こればかりはな。ブルーノが本気なら、出来ることはすべてやるはずだ。だから殿下、いや、ヴィクトリカも、悔いの残らないよう、出来ることはやっておくと良い」


 王太子の頭をなでる人間なんて、そういない。記憶にある中では、両親に叔父と乳母、侍従長と、エリアル嬢だけだと思う。


 伯爵家の息子風情がと、上の弟ならば怒っただろうか。


 嬉しい、と感じてしまう私は、上に立つには向かない人間だろうか。


 夜の冴えた空気を胸に吸い込み、しっかりとスターク先輩を見て言葉を吐いた。


「肝に銘じておきます」

「ああ。基本的にはエリアルとブルーノの味方をするが、手を貸さないわけじゃないから困ったら言え」

「平等じゃないのかい、兄貴」

「俺も、人間だからな」


 笑って肩をすくめたスターク先輩は、思わず笑ってしまうくらい格好良かった。


 頼り甲斐を感じさせる姿に、隠していた弱みが漏れる。


「…それならひとつ、お願いしても?」

「なんでも、とは言えないが、なんだ?」


 スターク先輩を見上げて、今日のエリアル嬢を思い浮かべる。


「エリアル嬢を、甘やかしてあげて欲しい」

「エリアルを、甘やかす?」


 唐突な言葉だったのだろう。スターク先輩は首を傾げて呟いた。

 力強い目をはっきりと見返して、言う。


「エリアル嬢は、私たちには甘えない。彼女にとって私たちは、守る対象だから。彼女が甘えるのは、グローデウロウス導師くらいなものだ。でも、先輩方には甘えているように見えた」

「…親には、甘えないのか?」

「学費と寮の費用は払って貰っているものの、そのほかの費用は中等部から自分で稼いで払い、長期休暇でも家に帰らないエリアル嬢が、親に甘えると思えるかい?最近は、自力で授業料全額免除を勝ち取ったらしいよ」


 私の暴露に、スターク先輩は驚いたようだった。

 無理もない。私だって、ツェツィーリア嬢から初めてその話を聞いたときには心底驚いた。

 私は今まで一銭たりとも稼いだことなどないのに、エリアル嬢は八つのころからあれこれと稼ぎを得ていると言うのだから。…令嬢がすることじゃない。


「辛うじて、下の兄君とは多少交流があるらしいけどね。そのほかの家族とは、あまり仲が良くないみたいだ」

「もしや、グローデウロウス導師が親代わりに近い、のか?」

「たぶん、ね」

「…あのひとは、ひとの親になんてなれたのか」

「エリアル嬢が、特別なんだよ。ふたり揃ったところを見ると、よくわかる」


 まるで、雛を守る親鳥のようだ。

 出来るならば、親のままでいて欲しい。


 竜のように育ての親が、最初の伴侶になったりしないで。


 竜は変わった生き物で、生みの親は子育てをしない。

 別の個体が親代わりで世話をし、初めて子を得るまでの面倒を見るのだ。その先別れるか生涯の伴侶となるかは個体によってらしいが、初めての相手は育ての親と言うことだけは、絶対だと言う話らしい。


「それほどならば、グローデウロウス導師に甘えれば良い、とはならないのか?」

「…こんなことは、言いたくないのだけれどね」


 スターク先輩の疑問はもっともで、スターク先輩は真っ直ぐなひとで、だから、この醜い心を、出すべきかためらった。


「私はエリアル嬢を、手放したくないんだ。私個人としても…バルキアの名を持つ人間としても、ね」


 私が持つ、エリアル嬢への執着。そして、国の利を考える、為政者としての計算。

 その上でエリアル嬢をまるで、物のように扱う言葉を、出す。


 きたな過ぎてエリアル嬢にはとても伝えられない、けれど手放せもしない、心の奥で燃える感情。


 私を見つめるスターク先輩が言葉を発する前に、わたしは苦い口を動かした。


「グローデウロウス導師は、彼女を国に繋ぎ留める楔にはならない。彼自身が、簡単にバルキアを捨てられる存在だからね。ツェツィーリア嬢だって、同じだ。彼女はいざとなれば、国や家族よりもエリアル嬢を取れる。でも、スターク先輩やブルーノ先輩はじめ、騎士科の先輩方は、この国や家族を、簡単に捨てようとは思わないだろう?」


 奥歯に砂利でも、含まされた気分だった。

 言いようのない不快さとざわつく胸の気持ち悪さに耐えながら、鉛に変わったかのような喉を、震わせる。


「エリアル嬢を騎士団に入れること、私は賛成だよ。仲間に入れて、甘やかして依存させて、雁字がんじがらめにエリアル嬢へ鎖を掛けて欲しい。ブルーノ先輩がエリアル嬢を捕まえられると言うのなら、それも良いよ。誰が、どんな方法を使ったって良い。エリアル嬢が笑って、私の側を、この国を、離れないでいてくれるように出来るならね」


 スターク先輩は、黙って私の言葉を聞いていた。

 言葉を途切れさせた私と視線を合わせ、小さくため息を吐く。


 大きな重い手が、徐に私の頭へ伸びた。


 思わず目を閉じた私に与えられたのは、頭が揺れるほどの乱暴な愛撫だった。ぐしゃぐしゃと、髪の毛が掻き混ぜられ乱される。


「ちょ、な、」

「お前は、もっとわがままを言って良いと思うぞ」


 大きな手に頭を下げさせられたせいで見えない先で、スターク先輩が優しい声を出した。

 意味がわからず、声が漏れる。


「え…?」

「エリアルに、“笑って”いて欲しいんだろう?無意識だか知らんが、言っていた。笑って側に、いて欲しいと」


 投げられた指摘は、全く意識していないことだった。

 顔に熱が昇り、片手で口元を押さえる。


 スターク先輩が手を離しても、顔は上げられなかった。

 そんな私に、笑みを含んだ声が落とされる。


「王太子なら物理的に、エリアルを鎖に繋ぐことも出来るだろう。無理矢理にも側にいさせる方法が、ないわけじゃないはずだ。だがお前は自分の気持ちを殺しても、エリアルに幸せでいて欲しいと、願うのだろう?立派なやつだよ。お前は。良い為政者になるだろう」


 くくっと、喉で笑う気配がした。


「本当に、エリアルが愛しいんだな」

「そっ…、っ、ああもうっ」


 おそらく真っ赤であろう顔を上げれば、愉快そうに頬を弛めたスターク先輩が目に入った。


「素直に伝えれば良い。側にいて欲しいのだと。そのくらいのわがままは、お前にだって許されるはずだろう。それに、」


 細められた瞳は、驚くほど優しかった。


「お前の好きになった女は、それぐらいで幻滅するような女じゃないだろう?」


 ああもう、本当に、敵わない。

 スターク先輩にも、エリアル嬢にも、だ。


「ブルーノ先輩を応援するんじゃないのかい?」

「俺はエリアルが幸せになれるならそれで良い。お前もそうなんじゃないか?ブルーノにしろ殿下にしろ、だいいちに考えるのはエリアルの幸せだろうし、ブルーノは、恋に破れたくらいで折れたりしないからな」


 悔し紛れの叛逆すら軽く流されて、私はぷいっと顔を逸らした。

 耳に届く押し殺した笑い声が、羞恥を煽る。


「エリアルが騎士団に欲しいのは確かだからな。騎士団に入りたいと思わせる努力はする。大事な後輩が幸せになれるよう、協力もするさ」

「…ありがとう」


 小さくこぼした言葉は、スターク先輩に届いたか、否か。


 なにも言わずに大きな手が、私の頭を優しくなでた。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


珍しくとても恋愛ジャンルらしいお話をお届けしました(マテ

合宿って青春っぽくて良いですよね!


亀更新ですが地道に進めて行きますので

本年も読んで頂けると嬉しいです('-'*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 兄貴がマジ兄貴すぎて兄貴かっくいいー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ