取り巻きCと初合宿 いちにちめ−そのよん
取り巻きC・エリアル視点
絶賛続き中です
信じられるか?まだいちにちめが終わってないんだぜ(´-`;)
動物解体からの飯テロ行きます
グロ及び空腹にご注意下さいませ
前世のわたしは比較的、わがまま放題に育てられていた、と思う。
興味を示してやりたいと言ったことは、問題のない範囲ならなんでも叶えて貰えた。
そのお陰で今世、何度も助けられて来た。
裁縫然り、勉強然り、武術然り、そのほかにも、さまざまな場面で。
俺SUGEEEE!出来るほどじゃないにしろ、浅いが広い前世知識は、生きるのに役立っている。
惜しげなくたくさんの経験をさせて貰ったから、今世でほぼ放任されていても、自力で学び動くことが出来た。
これも、そんな前世の経験のひとつ。
ナイフを握って鹿を見下ろしながら、苦笑した。
罠猟を経験したいと言ったわたしはもちろん、良いよやろうかと請け負った彼も、なかなかに変わった人間だろう。
日本人の哺乳動物解体経験者は、いったいどれほどの割合だろうか。
一握り、だろうな、きっと。
でも、わたしや彼が変わり者だったから、いま、助かっている。
前世の記憶なんて忘れてしまうべきと思いながら、わたしはいつも前世の記憶に救われているのだ。
前世の経験に加え今世の経験と図鑑の知識を思い起こして作業順序を脳内で組み立てると、わたしは鹿の胸へとナイフを突き立てた。
どうも、まだ辛うじてこんにちはのお時間かな。現在この手で仕留めた鷹山羊鹿のオスを解体中のクロことエリアル・サヴァンです。
わたしに付いて解体を手伝ってくれているのは、パパことパスカル・シュレーディンガー先輩。
「相変わらず、解体早!しかも綺麗」
「鷹山羊鹿だよ?薬になる部分に傷でも付けたら、僕が僕を許せないから」
少し離れた位置では姐さんことブルーノ・メーベルト先輩が、クララことクラウス・リスト先輩の補佐を受け、華麗な手付きでメスの鷹山羊鹿を捌いている。
「焦らなくて良い。自分の手や獲物の内臓を傷付けないように、慎重にな」
「はい」
わたしと姐さんのちょうど中間地点では、兄貴ことスターク・ビスマルク先輩による猪解体教室が行われている。真剣に聞いている生徒は、テディことテオドアさまだ。
テディが解体初心者と言うことで、パパやクララがいつでも手助け出来るこの位置取りになった。
鹿と猪、解体難度が高いのは、サイズから言えば猪だろうか。今回の場合は、薬の原料になる部分を切り分けるから、鹿の方が専門知識が要るけれど。
「クロは、解体詳しいの?」
わたしの動き合わせて邪魔にならないよう的確に手助けしてくれながら、パパが言った。
抜き出した内臓を要るものと要らないものに分けながら答える。
「詳しい、と言えるほどかはわかりませんが、経験はありますね」
「…どこで?」
「まあ、いろいろと」
前世知識に加えて、小遣い稼ぎとか、食料入手とかだ。
「そっか。こっち、洗っちゃって良い?」
「あ、お願いします。助かります」
内臓を抜かれた鹿本体を、パパが川に浸して洗ってくれる。
わたしが濁したがったのに気付いたのか、詮索はして来なかった。気遣いの出来る常識人だ、パパは。
「普通、ご令嬢って獣の解体とか出来ないよね?」
「普通は、そうでしょうね」
「だよね…」
…非常識な令嬢で申し訳ない。
動物の解体が出来ると、重宝される。狩猟目的の別荘の使用人とか、肉屋のおっちゃんとか、猟師さんとかからね!わたしがやったのはあくまでお手伝いで、密猟はやっていないよ。密猟はやっていないよ!
初等部のころ、クリスマスシーズンに大量の鳥注文でてんてこ舞いしていた肉屋さんを、鳥の丸抜き出来ますよーと申し出て手伝い、その縁でいろいろツテが出来たのだ。いまもときどき、お声が掛かって手伝いに行く。おこぼれで中落ちとか貰えるから、美味しい稼ぎなのだよ、懐にも胃袋にもね。
じゃぶじゃぶと鹿のお腹を洗いながら、パパが笑った。
「でも、出来ちゃうところがクロらしいかな。手際良いし」
「ありがとうございます」
「おれも解体は出来るけど、鷹山羊鹿の薬用部位が…とか言われると無理だからさ。クロが同じ班で良かった」
そんな、爽やかな笑顔で言われるとときめいちゃうよ!パパ!
分けた必要部分は、姐さんから渡された保存袋に部位ごとにイン。…姐さん、いったいいくつ袋持って来ているのだろう。香嚢はこれにね!と言われた袋へ、大事に香嚢をしまって苦笑した。
香嚢は鷹山羊鹿のオスにのみ存在する器官で、ざっくり言っちゃえばメスを惹き付けるための匂いを分泌するところだ。麝香鹿とか、知ってるひとならわかりやすいかな。あれの麝香腺みたいなもの。
薬のほかに、高いお香や香水にも使われたり、媚薬なんかに利用されたりもするから、かなり高値で取り引きされるらしい。
「残りの内臓は、おれが処理しておくから」
洗い終えた鹿を元通りにセットしたパパが言う。
…補佐が完璧過ぎるよパパ。
「わたしも、パパと同じ班で良かったです」
見習いたい補佐技能だ。普段は解体お手伝いなのでパパのように補佐をすることも多々あるのだけれど、パパほどやりやすい補佐が出来ていた気はしない。
「え?」
穴を掘って内臓を埋め、拾いきれない細かい部分や体液はカム着火ファイヤー!って、処理がワイルド過ぎるよパパ!
っじゃなくて、うん、方法はどうあれ内臓を処理してくれたパパが、ぽかんとわたしを見る。
「補佐が的確で、とても助かります。解体でしたら経験さえあれば誰でも出来ますけれど、その補佐を上手く、となると、誰にでも出来ることではありませんから」
今だってほら、わたしが皮剥の準備をした鹿を、なにも言わずに吊してくれている。
「…ありがとう」
「こちらこそ」
なんとなく、ふたりではにかみ合う。ちょっと甘酸っぱい青春みたいな空気だ。
間にいるのは、開腹済みの鹿だけどな!
「傷がないので、皮も高く売れそうですよね!」
「そうだね」
どことなく照れた空気を吹き飛ばすように、元気に言って皮剥を開始する。
向こうで姐さんたちはもう、皮剥を終えて枝肉と化した鹿を流水にさらしている。
これから頭を割って脳を取り出すのだろう。
兄貴とテディは、ようやくお腹が開けたところみたいだ。
「終わったら、兄貴たちのお手伝いですね」
「ん?ああ、そうなりそうだね」
皮を剥いで首を落としたら、しばらく川にさらすことになる。
その間、兄貴たちが終わらないなら援軍になる必要があるだろう。
「まだ、角と頭が残っているので、気が早いかもしれないですけれど」
「そう言えば、角が切り取れるような道具、持っているの?」
「いえ、持っていないので、頭蓋ごと外せば良いかなと」
ふたり掛かりでぐいぐいと皮を剥ぎながら、和やかに和やかでない会話を交わす。
剣で切れないこともないのだが、下手なことをして割ってしまうのも嫌だ。ここは、プロに任せるべきだろう。
「鹿の角付き頭蓋骨を被って下山するんだね」
「え?あ、それもおもしろそうですね。未開の民族現る!みたいで」
まさかの被る発言に、驚くも笑って頷く。
「それなら、鹿の毛皮も羽織らないとかな」
「良いですね。本格的で」
ちょうど剥げた鹿の毛皮を、二つ折りにして肩に掛けて見せる。
「どうですか、似合いますか?」
「うん。可愛い」
「えー、そこは格好良いが良かったです」
「あ、そっか、ごめんね。うん。格好良いよ」
わたしが皮を羽織っている間に、鹿を降ろしながらパパが褒め言葉をくれる。
我ながら、親子会話っぽくなった。さすがパパ。
「少し離れて下さいね」
みたびセットされた鹿に向けて剣を構え、パパに離れてとお願いする。
「ていっ」
すぱんっと居合い切りで鹿の頭を落とした。
「うん。お見事」
綺麗な断面を見たパパが微笑んで、鹿を川に運んでくれる。その間にわたしは、鹿の頭とにらめっこだ。
どう解体すべきか…。
とりあえず皮剥ぎを始めながら、どうしようかと考える。タンと頬肉はゲットするとして、問題は骨と角と脳だ。
「出来そう?」
顔の肉を削ぎつつ考え込むわたしに声を掛けて来たのは、パパ、ではなく、姐さんで、
「もう終わったのですか」
「うん。クロの手伝いは僕が代わるから、パパはテディの方、行って貰える?」
「はーい。じゃ、クロに姐さん、あとはよろしく」
あとはよろしくとは言っても、パパが本体をしっかり処理してくれたので、残るは頭だけだ。
「はい。補佐、本当に助かりました。ありがとうございます」
「良いところで横入りしてごめんねぇ。でも、向こう結構手こずってるから」
「大丈夫大丈夫。行って来まーす」
ひらひらと手を振るパパを見送って、ふたり、頬と舌の肉を失った鹿を見た。
「立派な角だねぇ」
「ええ。なかなかの凶器でした」
「そっか、クロが倒したんだっけ。傷ひとつなく、半殺しで」
会話しつつも姐さんが、ここを切ってと指示してくれる。
やっぱり、わたしが困るのを見越して来てくれたみたいだ。姐さん優しい。
「血が必要でしたからね。兄貴も即、わたしにオスを倒すよう指示なさいましたし」
「兄貴だと、傷付けずに倒すのは難しいからねぇ。殴る蹴るで気絶させるにしても、内出血はしてしまうし。雌鹿の方は、数ヶ所内出血があったよ」
言われてみれば、蹴っていたね、思いっきり。
「脇腹の内出血でしたら、わたしのために蹴って下さったものですよ」
「そうなの?」
「はい。鹿二頭ともがわたしを襲おうとしたところを、兄貴が一頭請け負って下さったのです」
姐さんが振り向いて、わたしの顔を覗く。
「クロ、怪我はない?」
「大丈夫です」
「なら良かった。小さい傷でも、怪我したら言ってねぇ。お腹が痛いとかでも、相談してくれて良いから。治療道具は、一式ちゃんと持って来てあるからねぇ」
「ありがとうございます」
そこで、治癒魔法を掛けてあげるからと言わないところが、嬉しかった。
ちゃんとわたしも、騎士科の一員と認められているみたいで。
にこにこと姐さんと笑みを交わし合い、ほのぼのとした空気が流れる中も、頭の解体は着々と進んでいて。
「よし。綺麗だねぇ。上手いよクロ」
無事脳みそを取り出せたわたしを、姐さんがのほほんと褒めてくれた。
姐さんが差し出す保存袋に脳みそを詰め、分解した頭蓋骨を拾い集める。
「骨は、洗って大丈夫でしたよね?」
「うん。手伝うよ」
「え、ですが、」
テディの方の手伝いは、と思って見れば、あちらもだいぶ作業が進んでいた。
「あっちは、パパとクララがいれば大丈夫。パパの補佐、すごく良いでしょう?」
「はい、とても。こう、やって欲しいことだけ過不足なく手を貸して下さって」
「そうなんだよねぇ。あれも、才能だと思うなぁ。パパってね、解体に限らずなにを手伝って貰っても、補佐を受けた相手が助かるように手助けしてくれるんだよねぇ。ああ言う子が補佐官になってくれたら、上司は幸せだろうなぁ」
川岸にふたり並んでちゃぷちゃぷと骨を洗いながら、パパについて話す。
姐さんはパパをベタ褒めするけれど、でも、
「それを言うなら、姐さんを上司に持った部下も、幸せだと思いますよ」
こんなに思い遣りがあって、ひとをちゃんと叱りも褒めも出来る上司がいたら、部下は幸せだろう。
まあ、たまに鉄拳制裁があるっぽいのは恐いかもしれないけれど、でも、普段はこんなに癒やしオーラを漂わせてくれるわけで。
しかも、姐さんは姐さんで、的確にわたしのフォローをしてくれたからね。
「パパにもさっき言いましたけれど、パパや姐さんと同じ班になれて、良かったです。わたしみたいな問題児でも、優しくしてくれて、騎士科の一員として、扱ってくれて」
ふにゃっと頬を弛めると、姐さんは瞠目したあとで、ふっと微笑んだ。
ちゅっ
柔らかいものが、頬に触れる。
「にゃ…?」
「ああごめん、可愛くて、つい。ほら、手がふさがっているから」
どうやら、頭をなでる代わりだったようだ。朗らかに笑みを浮かべた姐さんが、温かい目でわたしを見る。
「クロみたいな可愛い後輩がいる僕やパパも、幸せだよ。ふふ。クロが、騎士団に入ってくれたら嬉しいなぁ」
「女性初の騎士団入りですか?それも良いですね」
女性騎士の採用は確か、現在検討中だったはずだ。採択されるなら、わたしが高等部を卒業するくらいから入団が可能になるだろう。
お嬢…ツェリがこの国で幸せを手に入れられたなら、その先にわたしの自由があるのなら、この国を守る騎士になるのも悪くない。国殺しのサヴァンが明確に国防に付けば、戦争の抑止力としてかなり効果を発揮出来るだろう。
「きっと似合うよ。考えておいて」
姐さんが、こつん、とわたしへ頭を寄せて、すり、っとすり寄せた。
褒め方もそうだけれど、姐さんはスキンシップが好きなひとみたいだね。
良い旦那さんにもお父さんにもなりそう。奥さんとか娘さんとかすごく可愛がりそうだ。
…姐さんなら、いや、やめよう。駄目だ。
考えを振り払い、答えの代わりに頭をすり寄せ返した。
「ちょっと、なにいちゃいちゃしてんすか」
「ふにゃ?」
「うん?」
姐さんと猫のようにじゃれ合っているところへ、誰かが声を掛けて来る。
見れば、四人掛かりで猪を川に付ける集団から、クララがじとっとした目でこちらを見ていた。
「いや、いちゃいちゃは、まあ、クロが可愛いから仕方ないよね」
「うっわなんすかその開き直り!さっきからちゅーしたり頭こつんしたり、なんすか付き合いたての恋人っすか!パパもなんか甘酸っぱい空気発してたし!兄貴だってふたりで狩り行くし!ずるいオレもクロと仲良くしたいっす!」
川岸に骨を置いた姐さんが、これ見よがしにわたしを抱き寄せて言えば、クララがぶんぶんと拳を振り回してブーイングした。
恋愛的な意味じゃなくて、お気に入りの後輩が取られておもしろくない!みたいな訴え。
「ふふっ」
嬉しくて、笑ってしまう。
この班には、わたしやお嬢を化け物扱いするひとがいない。ひととして、どころか、仲間として、可愛がってくれる。
ほんとうに、この班になれて良かった。
思わず漏れた笑みのまま、こちらを向いた十の目を見返す。
「まだ四日もありますから、いっぱい仲良くして下さいね、クララも、みなさまも」
「おう!任せとけ!」
わたしの言葉に、クララはにかっと笑って返してくれた。
「うん、おれも喜んで」
「ほんとに、クロは可愛いなぁ」
「班員との親睦も、演習合宿の目的だからな」
先輩方も、微笑んで頷いてくれた。
嬉しくて、笑みが抑えられない。
「ありがとうございます」
気持ちのままに、お礼を口にした。
こんなひとたちとなかまになれるのならば、本当に騎士を目指しても良いかもしれない。彼らと共に、大切なものを守る剣に。
それまでわたしが、自由でいられたなら。
「また誑し込みやがった…」
「?テディ、なにか言いましたか?」
「いや。なんでもない」
うつむいたテディがぼそりと言った言葉を聞き逃して、聞き返すが首を振ってごまかされる。
「基地のやつらで解体みたいやつがいたら、呼んで来るんだよな?俺、行って来ます」
「ああ、俺も行こう、パパも、付いて来てくれ。姐さん、ここは頼めるか?」
「はいはーい。あ、ついでにいくつか、荷物運んでねぇ」
河原で待機はわたしと姐さんとクララらしい。
荷物を担いで遠ざかる三人を、手を振って見送る。
川に転がる三体の枝肉。
取り出された内臓などはすでに処理され、しばらくはやることもない。
「見張りつつ、休憩かな?」
「あっこにちょうど良い倒木あるから、座りましょうよ!」
クララがわたしの手を引いて、大きな倒木へと引っ張る。
クララと姐さんにサンドされ、三人並びで腰掛けるが、全員向いている方向が違う。わたしが川を向き、クララがわたしの右手側120度くらい、姐さんがわたしの左手側120度くらいを見ている。
「今日のばんごはんはなににしましょうか。焼き肉も良いですが、煮込みも捨てがたいですよねー」
「まずは焼こうぜ!」
「串焼きしますか。なにか適当な枝とか…」
見回して、まさかの竹(仮)を発見する。タイムリーだな!
「ん?クロ?」
立ち上がると、どうしたのかと姐さんが首を傾げる。
「あ、あそこのあれ、毒もないし串焼きに使えるなーと。一本、切ってきますね」
「切れるの…?あ、いや、怪我しないようにねぇ?」
「はい」
計ったように繁った竹林を見て、小さく首を傾げる。
前世では、アジア・アフリカ地域に分布する植物だったように思うけれど、ここでも生えているんだな。
「とうっ、やっ、たっ、せいっ」
かんっかんっかんっかんっと、手頃な竹を一本切り倒し、適度な長さに分断する。
小枝を払って…ついでに竹皮も貰っておこうか。
竹皮を二十枚ほどと、枝を払った竹筒を抱えて姐さんたちの許へ戻る。
「葉っぱも取って来たの?」
「この葉っぱ、と言うより皮らしいのですが、殺菌効果があるのです」
「へえ」
昔話でおにぎりを竹や笹の皮に包んでいるのは、それが理由だったはずだ。
拾って来た竹皮を差し出して言うと、姐さんが興味深そうに受け取って見下ろした。
「なにか、薬用に使えたりするかなぁ…?」
「うーん?どうでしょうね。薬に使うのなら、葉っぱとかの方が良いかもしれません。効果は、わかりませんが」
姐さんに答えながら、竹筒を縦割りにして行く。
こんっこんっとリズミカルに行う作業は、ちょっと楽しい。
「へぇ、綺麗に割れるんだな。しかも、中は空洞なのか」
「ええ。便利でしょう」
「オレもやって良い?」
「どうぞ」
わたしの手元を覗いたクララが、興味深そうに言う。
あまり、知られていない植物、なのかな?
「おおー、ほんとだ、綺麗に割れる」
こんっと竹にナイフを当てたクララが、楽しげな声を上げた。
だよね、竹割り楽しいよね。
「これくらいの太さまで割って、こうして上手く削ったら、」
「串焼きにちょうど良いねぇ」
「でしょう?」
竹の皮に気を取られていた姐さんが、感心したように頷いた。
微笑んで、わたしが割った竹を削ってくれる。
「みなさま、どのくらい食べるのですか?」
「姐さんはめっちゃ食うぞ」
「…否定はしないけど。クロは普段どのくらい食べているの?今日のおひるくらい?」
今日のおひるはおにぎりみっつでした。サイズはコンビニおにぎりより、ちょっと大きめくらい?え、食べ過ぎ?
でも、おかずなしだったし。それに、とりさんのせいで常時魔力消費しているから、お腹が空くのだよ。
「んー、だいたいは、そのくらいですね」
「じゃあ、その四倍か五倍、くらいかな?」
絶句。
大食漢とは聞いていたけれど、これは…。
「…五日分、お肉足りますかね?」
本気で猪と鹿二頭食べ尽くしそうだ…。
「足りなかったら、また狩るか携帯食だねぇ」
そこは足りるって言って欲しかったよ姐さん。
と言うか、その小柄な身体のどこに、おにぎり十五個も入るの。
「串の材料、もう一本切って来ますね…」
竹皮も追加しよう。
「あ、うん。なんか、ごめんねぇ…」
「いえ。いっぱい食べるひとは好きですよ」
わんちゃんの食事量を目安に、体育会系男子高校生を考えたのがいけなかったのだよね。うん。
わんちゃんはわたしより食べるけれど、倍まで行かないくらいだ。
正確な年齢は知らないけれど成長期は過ぎただろう文科系のわんちゃんと、育ち盛りの体育会系では、燃費が全く異なるのだろう。
「そう行って貰えると、嬉しいかなぁ…」
姐さんが、苦笑して、頬を掻く。
「ふふ。美味しいもの、作りましょうね」
「うん。絶対に、あんちゃんには手出しさせないようにしようね…!」
…拳握って気合い入れなきゃいけないほどなのですか、あんちゃんの料理音痴。
うん。聞かなかったことにしよう。
それから、基地に向かった面々が戻って来るまで、わたしたちは雑談しながら竹串を作り続けた。
先の六人から、増えたのは姫ことヴィクトリカ殿下だけだった。
お嬢ことツェリと、ぴいちゃんことピアも参加したがったそうだけれど、体力的な問題で兄貴が却下したそうな。
川まで歩くのは無理だ、休んでいろと。
まあ、ここまで来るのでかなり限界っぽかったから、正しい判断だと思う。
そこからは特になにごともなく解体を終え、今はばんごはんの準備だ。
解体で蚊帳の外にされたからか、お嬢とピアが張り切っている。
「誰が火起こししますか?」
火打ち石と種火用の枯れ草を持って、首を傾げる。
「とりあえず、今日は出来るひとが見本、かなぁ?」
「ああ、はい」
頷いて、組まれた薪の前に膝を突く。
火打ち石を打って、枯れ草に火の粉を飛ばして、薪に火を引火させて。
十分な火種が起きたら、上から思いっきり扇ぐ!
「…早!?」
「火力凄!」
背後でクララとパパが叫んでいる。
「て言うか、オレより火起こし上手い!面目ねぇ!!」
「手際良過ぎて、見本と言うか、むしろ魔法並のような…」
「え…?」
仕立て屋の看板娘、ゼルマさん直伝の火起こし術だったのだけれど、なにか問題があったのだろうか…。
いかにマッチを無駄にせずかつ素早く火力を上げるかに重点を置かれた、合理的な家事担当の知恵だったのだけれど。
「わたし、まずいことをしましたか…?」
「いや。…クロは本当に多能だな」
眉尻を下げて問い掛けると、兄貴に苦笑で返された。
「今日は串焼きなのだろう?準備するぞ。クロ、指揮を頼む」
「はい」
河原で串に刺すところまで準備済みの肉を振って言う兄貴に、頷いて答える。
今日は初日と言うことで、手軽に串焼きパーティーだ。
さすがにそれだけだと栄養が偏るので、山菜ときのこのスープも作るつもりだけれどね。
「四分の一は塩胡椒を振って、四分の一にはこっちの調味料を振って下さい。残りの半分はわたしが下拵えします。えっと、そうですね、一年生男子とクララと姐さん、お肉に調味料お願いします。一年生女子とパパと兄貴は、スープを作るので、具材を小さく切って貰えますか?あんちゃんはこのお鍋にお水をお願いします。お鍋にお水を汲み終えたら、今度はこのやかんにお水入れて、火に掛けて、火力を見ていて下さい。えっと、みなさまそれで大丈夫ですか?」
…指示されたから普通に従っちゃったけど、なんでわたしが仕切っているのだろう。
内心首を捻りつつも、指示してばんごはんの準備を開始する。
おひるごはんからずいぶんと時間が経って、もうお腹はぺこぺこだ。うっかりすると、切ない音が鳴りそうなくらい。
姐さんに塩胡椒と、秘伝のスパイスを渡し、自分は持参の調味料をあれこれ混ぜ合わせる。やっぱり、バーベキューにはタレ付き肉も欲しいよね!
二種類作った合わせ調味料にお肉を漬け込み、周囲の様子を確認。
うん。あんちゃんが水汲みと火番なら問題なく出来るレベルのひとで良かった。
念のため、鍋の水を確認するが、普通の水だ。
ほっとして、持参のパスタや豆類、お手製の固形出汁を鍋に入れて火に掛ける。煮立ったらほかの具を入れて、調味料を加えて、と。
やかんのお湯には茶葉を入れ、疲労に効果のあるお茶を煮出した。
そろそろお肉も良いかな?
ちなみにこのお肉。姫の魔法で熟成済みです!
やっぱり最高の状態で食べたいよね!
「終わったよ」
「ありがとうございます」
姐さんからお肉を受け取って、串刺し肉を焚き火の周りにセットする。
肉待ちの間に、スープとお茶を配った。
「焼けるまで時間が掛かりますから、お先にこちらをどうぞ」
「ああ」
夏に熱々のスープとお茶はどうかと言われるかもしれないが、幸いなことにここは高地で夏でも夜は涼しい。あったかいスープでも美味しい気温だ。
「では、食べよう」
兄貴の号令で、みんなスープに口を付ける。
「いただきます」
わたしもスープを口にしながら、みんなの様子をうかがった。
ほっと息を吐いた姐さんが呟く。
「おいし…」
ほかの面々も、満足げな表情がうかがえた。どうやら、口に合わない、と言うことはなかったようだ。
塩胡椒ベースだけれど和風出汁だったから、心配だったのだけれど、良かった。
安堵に頬を弛めたわたしの隣に、姐さんがやって来る。
「ごめん、クロ、おかわり貰って良い?」
ほんとに大食いなんですね姐さん…!
「もちろんです。美味しかったですか?」
「うん。ちょっと変わった味付けだけど、すっごく美味しかった。いっぱい食べても、良い?」
「良いですよ。美味しく食べて頂けるのでしたら、なによりですから」
姐さんのカップにスープを注いで、微笑む。
「ありがとう」
「こちらこそ」
「クロ、オレにもおかわりー!」
「はい、ただいま」
はにかみ合ったところでクララに呼ばれ、笑って答える。
「これ、肉とか入ってないよな?」
「入れていませんよ」
「だよな。うーん。オレ、野菜スープ苦手なのに、これはめっちゃ美味い」
むーんと首を傾げるクララに、笑って答える。
「隠し味が利いていますから」
「え、なになに?」
「えっと、」
出汁、と言っても通じない、よな。
「愛情です。…なんて」
『ごっほ』
あちこちから、むせる音が聞こえた。
…むせるほどサムイ台詞だったかな。申し訳ない。
「わーお、破壊力抜群」
「申し訳ありません、軽い冗談だったのですが」
「いや。良んじゃね?隠し味に愛情」
ぽんぽんとわたしの頭を叩いて、クララが笑う。
クララも驚いてはいたが、スープを口にしていなかったので無事だったのだ。
「…東の国の調味料を使っているのです」
「へえ?東って、エスパルミナか?」
自分の祖国の名に、ぴいちゃんがぴくりと反応する。
それを横目に、首を振った。
「いいえ。エスパルミナよりもさらに東、海を越えた先の、極東の国ですよ」
「極東…そんなとこの調味料が、簡単に手には入るもんなのか?」
「ちょっとしたツテで、ですね。普通ならバルキア王国ではまず、手に入らないみたいです」
お肉の様子を確認しながらの返答。
うん。片面はおけ。
「エスパルミナでも、極東のものはほとんど手には入らない、です」
「ああ、やっぱり、そうなのですね」
会話に混ざったぴいちゃんに、微笑みを向ける。前世ほど技術発展がないこの世界。魔法があるとは言え、海を越えるのは骨だ。自然、遠い海の向こうのものは、渡来しにくくなる。
ほんとうに、わんちゃんとそのお知り合いに感謝だな。
「わたしの場合は、知り合いの知り合いが極東に住んでいらっしゃるみたいで」
こら、三方向。その呆れ混じりの視線はなんなの。
「…クロに関して深く考えたら負けだから」
「そう言う生きものだと、諦めて納得した方が良いわ。精神衛生上」
「酷い言い種ですね!」
一歩間違えれば、と言うか、間違えなくても、中傷だよねそれ!
「間違っていないでしょう?あなたの場合、知り合いとか、軽く流してる相手が筆頭宮廷魔導師なんだから」
「ちょ、せっかく濁したところを掘り返さないで下さいお嬢」
「どうせなら言い触らしておきなさいよ。自分は筆頭宮廷魔導師さまのお気に入りなんだって!」
ちょおぉぉい!お嬢、さっきからなんつー爆弾発言を。
「お世話になっているだけで、別にお気に入りとかではないですから!」
「一緒に観劇に行く仲のくせに!」
「それを今言う意味!しかも、それは凄まじい偶然の結果じゃないですか!」
「それ以外も!導師がキスやハグを許す相手なんてあなた以外に聞いたことないし、あなただって暇があれば導師のところへ手料理食べさせに行って!」
「そっ、」
それは諸々の理由があって!
言い訳の言葉に詰まって、周囲を見回せば、驚いて絶句する顔と呆れて苦笑する顔に分かれていた。呆れているのはもちろん、テディと姫の悪役サイドだ。
助け舟くらい、出して下さいふたりとも。
ああもう。
「わたしが誰と仲良くしていても、それはわたしの自由でしょう?お嬢さまが第一であることに。変わりはないのですから」
やけっぱちで宣言して、お肉に手を伸ばした。
フォークで刺して出て来る肉汁に赤みはない。
「お肉、焼けましたよ。どうぞ」
刺したものとは別のお肉を取ってぴいちゃんとお嬢に差し出す。
「まずは塩味をどうぞ。火傷にお気をつけて」
レディーファーストで女性陣を優先させ、次いでは年功序列。
驚きから立ち直る前の隙を突いたので、驚くほどスムーズに話題を流せた。
流せたって信じてる。
新しいお肉をセットしてから、塊の鹿肉にかぶり付く。
口の中に、どこか甘みのある肉汁が広がった。
「うにゃーあ…美味しーい」
思わず声を上げ、はふはふと夢中でかじる。
夏場だからか脂身の少ない、さっぱりとした、けれど野性味のある複雑な味。塩胡椒だけのシンプルな味付けが、肉本来の旨味を引き立てている。
「さすがです姐さん!味付けばっちり!」
味付け主任の姐さんに、目を輝かせて報告する。
感動を覚えるくらいの、絶妙な塩加減だ。
「はは。あ、でもほんとだ。美味しいねぇ」
「はい。美味しいです!」
お肉をかじって微笑む姐さんに、こくこくと頷きを返、
「姐さん食べるの早いです!お口おっきい!」
そうと姐さんを見て、その一口の大きさにびっくり。
「んぐんぐ。そう言うクロは、ゆっくりだねぇ。ふふ。ちっちゃいお口。猫みたい」
う、わ、笑われると恥ずかしい。
「あ、ほっぺに汁飛んでるよ。可愛い」
姐さんが指の背でわたしの左頬をなで、指に付いた肉汁をぺろりと舐めた。
「にゃ、あ、ありがとうございます…」
姐さんの方を見ていられなくて、お肉の焼き加減チェックをする。
次のお肉が焼ける前に、姐さんは食べきってしまいそうだな。
「姐さん、スープもっと食べますか?」
「うん。ありがとう」
食べる量だけではなく、早さの違いも気にしないとだなと、周囲をうかがう。
うん。やっぱり、男子の方が女子より食べるの早いね。
「クロ、おれにもスープ貰える?」
「俺も頼む」
姐さんにスープを注いだあとで、パパと兄貴が器を差し出して来た。
「はーい。あ、あんちゃんとテディも要りますか?」
「貰おう」
「ああ、ありがとう」
食べるの早い組に、スープを注ぎ足し、女性陣と姫にはお茶を追加する。
食べるの早い組の分のお肉も追加でセット。
まだ半分以上串に残るお肉をかじって、
「焼けました!今度は、クロ秘伝の香辛料味です」
「なんだそれ」
「いろいろ香辛料を混ぜ合わせた、特製調味料なのです」
今度はまだ食べ終えていない女性陣ではなく、すでにひと串目を完食した方々を優先して渡し、空いた箇所には新しいお肉をセット。
「お嬢、ぴいちゃん、よっつ味がありますから、多いようなら残して下さいね。残りは、わたしが貰いますから」
「ん」
頷いたお嬢が、四分の一ほどお肉が残った串を渡して来る。
変わりに新しいお肉を手渡し、食べかけを受け取る。
「あ、えっ、う、」
「大丈夫、ゆっくり食べて良いですよ。なくなりませんから」
困ったように目を泳がせるぴいちゃんの串は、まだ半分も食べられていない。
かじるのが、大変なのかな?
「ぴいちゃん、ちょっと、串を貸して貰えますか?」
「あ、はい」
ぴいちゃんから串を受け取り、串刺し肉を串から外してお皿に盛ってあげる。味違いの焼けたお肉も、追加した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう…」
「いえいえ。お嬢の分も、お皿に移しましょうか?」
「お願い。…四分の三で良いわ」
お嬢からも串を受け取り、少し減らしてお皿に盛る。
「はい、姐さん。済みません、同じ味ですけれど良いですか?」
そんなことをしていたので自分のお肉が食べ終えられず、焼き上がった自分の分は姐さんへ回す。
「え、でも」
「わたしは、食べたかったら勝手に焼きますから」
「ありがとう」
姐さんに串を渡して、自分もまだ食べきっていない一本目…ではなくお嬢の残りの秘伝スパイスの方の串をかじる。
美味しい(自画自賛)。
「クロ秘伝の香辛料、美味しいねぇ」
「そう言って頂けると嬉しいです」
秘伝の香辛料と言う名のカレー風味は、無事受け入れられたようだ。
頑張って、カレー粉風スパイスを調合した甲斐があります。
よしよし、みなさま驚きつつもがっつり食べてくれていますね。
カレー粉偉大!
お肉の焼き加減を気にしつつ、自分の食事を進める。
うん。この、噛んだ瞬間広がるスパイスのハーモニー。あー、カレー食べたい。
真剣に、自作するかなぁ、カレールウ…。
たまに焼き上がったお肉を食べ終えたひとに渡しつつも、次の味が焼きあがる前に、なんとか手持ちの串を消費出来た。
「次は、少し辛口のソースです。辛過ぎて駄目でしたら、残して下さいね」
醤油ベースの焼き肉風(辛口)だ。わんちゃんに出して好評だったので、受け付けないと言うことはないはず、多分。
「美味い。なんだこの味」
「まじだ、美味っ!えっ、なにこれなにこれ!」
「それも、極東の調味料ですよ」
お嬢とぴいちゃんのお皿にお肉を乗せつつ答える。
ふふふ。こちらのお味も好評のようで…。
「美味ーい!やばい、クロ、お前、嫁に来い!」
「あはは。クララ。良い冗談だね」
「え、ちょ、姫、怖い怖い。いや、お嬢とテディも、なんでそんな良い笑顔で殺気立ってんの…」
…飼い主としては、飼い猫を勝手に貰われるのは許せん、って話だと思いますよ。
クララのリスト家は侯爵家で、力があるのも大きいかな。扱いの難しいエリアル・サヴァンを囲えるくらいの、地力は持っている家だ。
と言うか、エリアル・サヴァンを国内に囲い込むなら、リスト家くらいの侯爵家がちょうど良いだろうから、あながち冗談にもならない、かな。
国殺しの血をあまり上位の家には混ぜられないが、下位過ぎる家に混ぜて悪用されても困る。その点、リスト家は適度な高位かつ国への忠誠も厚いから、わたしの嫁ぎ先候補には、
って、
「ど、どうしてわたしまで睨まれているのでしょうか」
「なに、真剣に、クララとの結婚を検討しているのよ!クララと結婚するくらいなら、うちの義兄かアーサーになさい!」
「いや、わたし、子爵家ですから」
煩わしい因縁とかないなら、嫁ぎ先は子爵家か男爵家でお願いしたいところだ。
と言うか、出来れば平民がベストくらいの心持ち。
…ヴィリーくんとか、貰ってくれないかな、無理だけど。
姐さんやパパでも良いなぁ、無理だけど。
「元々、サヴァンは公爵家じゃない」
「何十年前の話ですか」
バルキア王国の傘下になる前の話を持ち出されて、笑ってしまう。
「亡国の爵位なんて、言うだけ無駄ですよ。わたしは生まれながらの、子爵令嬢です」
祖父の代に、サヴァンはバルキア王国の子爵家になったのだ。その前がどうであろうと、関係ない。
自分用に手に取った串刺し肉をかじ…
「うにゃー!我ながら美味しい!」
ついつい叫ぶ美味しさ。
芳ばしい醤油ベースの甘じょっぱい味付けに、ぴりりとした辛みが絶妙にアクセントを添え、さっぱりした肉の旨味と相乗効果で天上のお味を仕上げている。
「これ、ほんとうにお嫁に行ける気がします!と言うか、お店出せますよね!わんちゃんに協力依頼してお店開こうかなぁ…」
極東と本格的に商業取り引きして、まずは串焼き屋台とかから行こう。味付けを濃いめにして、商工民の昼食や旅人さんたちの夕食、酒の肴なんかとして売り出したら…行ける。行ける気がする。
そうだよ結婚なんてしなくても、クロは独立して飲食店オーナーに…、
「そこで簡単に協力者としてグローデ導師挙げるお前が怖いよ俺は!」
「だって極東の調味料はわんちゃん経由で貰っているから…!」
ふあっ、なにこの四方八方から寄せられる、お前怖い、みたいな視線…!
わたしなにも変なこと言ってないはず…、
「あ、次のお肉焼けましたよ。次はちょっと甘めの、猪肉です!」
だけど空気が怖いから、全力で話を逸らしに行くね!
味噌ベースのタレの猪肉だよ!
「逸らさせるものですか!ちょっとアル!あなた本気でそのうち、導師と結婚する!とか言い出さないでしょうね!?」
「いや、わんちゃんにも選ぶ権利がありますし、お互い姪と伯父くらいの心持ちですから…」
「伯父と姪なら結婚出来るじゃない!!」
出来ますけれども!!
大きくなったらお父さんのお嫁さんになる!とか言うような歳じゃないよ、もう。
ちなみに、前世では法律で禁止されていた叔姪婚だが、バルキア王国では認められている。やむを得ない理由で、必要とされることもあるからだ。ただし許されるのは叔姪婚までで、親子婚や兄弟婚は認められていない。つまり、日本では三親等まで駄目だった婚姻のタブーが、バルキア王国では二親等までに狭められていると言うことだね。
ただ、行われることもある、と言うだけで、実際やられることは少ない。
あるとすれば、直系男児が死にまくって、跡継ぎが女児しかいないとき、とかだ。傍系から当主を引っ張るために、婚姻と言う手を使う。
「出来てもする気はないですから!筆頭宮廷魔導師の妻とか無理ですよ!結婚するなら身の丈に合った相手が嬉しいです!男爵家とか、子爵家とか!」
え、なんでそこ、シーンとするの!?
「えー、じゃあ、オレは却下かー!!振られたな、テディ、姫!」
はい?なに言ってるのクララ、テディや姫がわたしと結婚なんて望んでいるはずないじゃないですかーヤダー。
「俺に振らないで貰えます?」
「私に振らないで貰えるかな」
ほらほら、嫌がってますよー。すごい殺気。
「子爵家か男爵家ってことは、僕は候補内かなぁ?」
「へっ?あ、べつに男漁り目的で騎士科にいるわけではないですよ?」
「うん。それはわかってるけど、ちょっと気になっただけ。仮定の話だよ」
「仮定ですか」
「うん。仮定。あ、こっちの味も美味しいねぇ。猪に合ってる」
わかってくれますか姐さん!
豚と言ったら豚汁!豚汁と言ったら味噌ベースですよね!!
「ねぇねぇ、例えば僕と結婚することになったら、クロは嫌?」
「まさか!姐さんが旦那さまだなんて、大歓迎ですよ!嬉しいです」
こんな素敵なひとの奥さんなんて、幸せ以外のなのものでもないだろう。
さっきから、食の好みも合ってるみたいだし。
「そっかぁ。ふふ。仮定でも、ちょっと照れるねぇ」
「そうですねぇ」
「あ、でも、僕もクロが奥さんになってくれたら嬉しいなぁ。料理、美味しいし。頑張りやさんで可愛いし。僕がいっぱい食べても嫌な顔しないし」
「えへへ」
「ふふっ」
褒め言葉に照れてはにかむと、はにかみで返してくれた。ああ、ほんとうに姐さんは癒しだなぁ…。
「伯爵家は、除外か」
「上は望みません。むしろ平民でも良いです」
兄貴の言葉に答え、でも、と続ける。
「兄貴の奥さんも、幸せそうですよね」
「…そうか」
「近衛ならともかく、遠征も多い一般騎士はあまり家族に喜ばれないがな」
「そうですか?」
あんちゃんへ顔を向け、首を傾げる。
「盾となり剣となり国民を守ってくれる一般騎士は、格好良いと思いますよ」
「クロは、近衛騎士より一般騎士派なの?」
「いえ、名称がどうと言うより、人柄と実力重視、ですね。あくまで仮定、ですが、もしも共にいたいと思った方がいて、相手もわたしと共にいることを望んでくれたなら、家柄や、身分、役職や国籍どころか、性別や種族さえ気にせずに、わたしの全力でもって、側にいられるよう努力すると思います」
お嬢を見つめて、にっこりと微笑む。
ああ、うん、と言う空気が流れた。
「…だって。良かったなお嬢」
「結局、お嬢命に繋がるんだよね、クロは」
「あ、でも、その前に言ったことも本当ですよ?姐さんの奥さんでしたら、喜んでなります!まあ、わたしの婚姻はわたしの自由にならないでしょうから、仮定でしかないのですけれど」
でも、実際、姐さんくらいの実力者なら…、ううん、いや、やめよう。
夢を見ても、仕方がない。
「…出世狙ってみようかなぁ?」
「おいやめろ。お前が言うとしゃれにならん」
冗談混じりの姐さんの呟きに、兄貴が胡乱な目で返す。
「お前が本気で上を狙うなら、就職先は宮廷魔術師だろう?優秀な仲間を、宮廷魔術師にやりたくない」
「そうっすよ姐さん!姐さんがいなかったら、誰があんちゃんとウル先輩止めるんすか!!」
「そこ!?」
突っ込んだ姐さんが、くすくすと笑い出す。姐さんの笑いに釣られるように、先輩方も笑い出した。
兄貴が笑いながら、わたしに声を掛ける。
「クロ、嫁になれとは言わないから、騎士団入りは考えておいてくれ。お前の能力や人柄も、騎士団員として欲しい」
「あ、それ良いっすね兄貴!そしたらクロの飯食えるもんな!クロお前、騎士団に来いよ!」
兄貴とクララ、将来騎士団上部に行くであろうひとびとの勧誘を受けて、嬉しくないはずがない。なにより、尊敬する兄貴のお誘いである。
三年後、ゲーム時空が終わった未来の話。
「クロならきっと、良い騎士になるね」
「実力も人柄も良いからな」
「僕も賛成。青田買いしておこうよ」
パパにあんちゃんに姐さんが、口々に賛成の言葉をくれる。
ああ、このひとたちは、本当にわたしを仲間だと認めてくれるんだ。
「ふふ。ありがとうございます。考えておきますね」
それでも未来の約束は出来なくて、でも、喜びは伝えたくて。
わたしは満面の笑みを浮かべて、先輩方の勧誘に答えた。
お肉を串から取ってあげるエリアルへの感想
「こう言うさり気ない気遣いって、女の子に喜ばれるよねぇ」
「特に心掛けていないのに出来るのがすごいな」
「理想の貴公子、か」
悪役サイドの感想
「気遣いも出来て、料理も上手くて、騎士の仕事に理解もある、ね」
「騎士の理想の嫁を体現してるよな。ったく、また誑し込みやがって」
「…ここまで来ると無自覚なのが、タチ悪いわね」
結婚相手について
「男爵家か子爵家、だってさ」
「振られたね、クララ」
「守備範囲に入った奴のこの余裕…!」
一家に一匹黒猫が欲しいね
と言うお話
鹿肉食べたい…(ノω・`)メシテロ
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
続きも読んで頂けると嬉しいです




