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取り巻きCと初合宿 いちにちめ−そのさん

取り巻きC・エリアル視点


前々回から続いています

まだいちにちめと言う恐怖…!


生き物を害する描写(出血あり)がございます

苦手な方はご注意下さいませ

 

 

 

「美味しいものが見つかると良いですね」


 山中をてくてくと歩きつつ、共に歩く兄貴ことスターク・ビスマルク先輩に話し掛ける。


「全員日数分の携帯食糧は持っているはずだから、最悪はそれでなんとかなるが」

「鹿は狩りましょうよ」

「見つかればな」


 ふと足元に視線を引かれる。


 木の根本に、山の幸がいた。


「兄貴、食用きのこです」

「見分けられるのか?」

「ややこしいものでなければ、ですけれど」

「…本当に多能だな、お前は」


 兄貴がわたしの頭をぽんとなでて、きのこを拾う。


「俺もこれは可食だと思うが、あとでクララに確認を取ろう。初日に食中毒は、笑えないからな」

「そうですね」


 用心するに越したことはない。


 兄貴の言葉に頷いて、またふたり並んで歩き出す。




 こんにちは。兄貴とトレッキング中のクロこと、エリアル・サヴァンです。

 引き続き演習合宿初日。トレッキングの目的は、食料探しです。


 手分けして作業を提案した兄貴の組み分け。食料探し担当はまさかのふたりきりでした。これは、ほかの班員も驚いていたね。

 ちなみに、残りの班員を二手に分けて、野営基地作り担当と水汲み薪集め担当にしている。


 基地作り担当がラファエル・ア(あん)ーベントロート 先輩(ちゃん)クラウス・リスト先輩(クララ)ツェリ(おじょう)殿下(ひめ)ピア(ぴいちゃん)で、水汲み薪集め担当がブルーノ・(あね) メーベルト先輩 (さん)パスカル・シュレ()ーディンガー 先輩 ()テオドアさま(テディ)だ。


 おそらくだけれど、体力と腕力を鑑みた分担なのだと思う。体力的に不安な一年生を基地作りに配置し、あんちゃんとクララを戦力として配置。体力と腕力が大丈夫そうなテディを脚力腕力が必要な水汲み薪集めに配置し、薬師としての知識で水の安全性を評価出来るであろう姐さんに、樹木に詳しいパパを補佐として。

 で、残りがわたしと兄貴だ。


 いや、うん。体力と戦力としては認めるが、腕力は劣るから、だろうね。かつ、あんちゃんと組ませるのは不安、と。


 その組み分けは大丈夫なのと問うた姐さんに、兄貴とお嬢が言った台詞がひどかった。


「…問題児の扱いには、慣れているだろう」

「お互いに、ね」

「どうしてわたしを見るのですか」

「なぜ私を見る」


 あんちゃんと同時に反論したら、無言で呆れた視線を向けられた。ひどい。


 ぶにーっと膨れて見せれば、兄貴からなだめるようになでられた。


「クロは能力が高い。基地作りも水汲みも薪集めも十分に出来るだろうが、応用力の必要な採集の方が能力を発揮するのではないかと判断した。不測の事態も、クロと俺がいればある程度なんとかなるだろうしな」


 …褒め殺し、とな?


「ほかのふた組に関しても、実力は十二分だと考えている。騎士科なら普段の訓練を見ているし、お嬢やぴいちゃんも、今日の頑張りを見ていたからな」


 にっと笑みを向けられて、お嬢とぴいちゃんが目を見開いた。


 お嬢が顔を背け片手で口元を覆って、ぼそりと呟いた。


「…なるほど、兄貴、ね」


 そうでしょう。そうでしょう。さすがはおれたちの兄貴、留まるところを知らない格好良さでしょう?


「なんであなたが誇らしげなのよ」


 お嬢ひどい!八つ当たり!


 …そんな感じで、なんとなく巧いこと兄貴に丸め込まれた感半端ないけれど、三組に分かれての活動が開始されたわけだ。


 わたしと兄貴は早速獲物を探して旅立ったわけだけれど。




 きのこや食用植物をいくつかゲットしたあとで、兄貴を見上げて言う。


「…なにを狙うか決めて掛かった方が好いですかね」

「なにを狙うか?」

「動物が食べたいです。ですから、飛ぶものか走るものか泳ぐものか」


 植物なら歩き回って探していれば良いが、鳥なら見晴らしが良い場所を、魚なら水場を探さないといけない。なにを狩るかあるいは採集するかで、動き方も変わって来るだろう。


「クロはなにを食べたいんだ?」

「わたしですか?」


 んー…と考え込むと、兄貴からなでられる。


「?」

「お前は優秀だな。闇雲に歩いても駄目だと、疲れ切る前に気付く」


 …これも、評価対象でしたか。気が抜けないな。


 ちょっとしたことでも細かく見ている兄貴に舌を巻きつつ、苦笑して口を開いた。


「魚は傷みやすいし、鳥は狩るのが面倒なので、四つ足の動物が良いですね。一緒に、鹿も探せますから」

「肉か」

「お肉です!」

「猫だもんな」

「猫ではないです!」


 なんでちょいちょい猫扱いしてくるかな兄貴はもう。

 それに、猫ならお肉よりお魚推しだ。お魚くわえて逃げ出さないといけない。


「野生動物を狙うなら、気配を殺せないと無理だぞ?」

「頑張ります」


 兄貴の言葉に頷いて、動き方を変える。

 今までは安全重視であえて存在を周囲に知らしめていたが、それを真逆のベクトルにシフトする。


 兄貴は目を細めてわたしの頭をなでると、先導して歩き出した。


 黙って、たまに見つける食用植物を採集しつつ歩き回る途中、灰汁抜きなしで食べられるどんぐりを見つけた。兄貴とふたりでどんぐり拾いを始め、良い感じに集められたなと思ったそのとき、わたしの耳が、音を拾う。


 そばでどんぐりを拾っていた兄貴の袖を引っ張り、唇の動きで音を伝えた。

 その間にも、聞こえた音は近付いて来て、兄貴と共に音の方を向く。


 目に入ったのは、ポニーほどの体高にどっしりとした肉付きを持った猪で、


「襲って来るの!?」


 気配殺した意味!


 わたしたちを見留めた途端、猛然と突進して来た。

 しかもなぜか、思いっきりわたしをロックオンで。


「避けろ!」

「はいっ」


 兄貴の言葉に従って、近場の高木こうぼくへ飛び上がった。

 猪は減速もせず、どしんとわたしの登った木へ体当たりする。


 倒れるのじゃないかと思うほどに木が揺れるのを、幹に縋り付いて堪える。


「クロ!」

「無事です」


 同じく木に登って逃げていた兄貴に、安否を告げて下を見下ろす。

 凶悪な目をした猪と、アイコンタクトが取れた。お前を喰ってやろうぞと言う、強い意思を感じた。


 …この世界の猪も、雑食ながら主食は植物のはずなんだけどな。

 そんなに黒猫は美味しそうですか。


「どうにかして、追い払うか」


 ふたたび幹に猪がぶつかって、木が揺れた。そのうち、本当に倒れるかもしれない。


 明らかに凶暴そうな猪を見て、兄貴が妥協を口にする。

 それに首を振り、兄貴からはわたしが見えないと気付いて口を開いた。


「いいえ。仕留めましょう。行けます」


 上を取っているのは、こちらだ。


「おい、無茶は、」

「大丈夫です。怪我ひとつなく、戦闘不能に出来ますから」


 会話をしている間も、猪は体当たりを続けている。…わたしはクワガタか。

 わたしの言葉を受けた兄貴はしばし黙り、低い声で確認した。


「…絶対だな?」

「愛するお嬢さまに誓って」


 笑って言うと、兄貴が諦めを含んだ声を投げた。


「わかった。なにか手助けは」

「絶対に、木を降りないで下さい」

「無理だと思ったら、呼べ」

「はい」


 頷いて、猪を見下ろす。体当たりの瞬間、わたしから視線が外れる。

 気配を、殺して、薄めて。


「ーっ」


 体当たりのタイミングに合わせて、跳んだ。

 猪の背後の木に飛び移る。


 体当たりから立ち直った猪が、獲物の不在に気付く。

 まるでなにかが木から落ちたかのように、猪の死角になる枝を揺らす。


 猪の意識が、その方向に集中した。


 揺れた枝の方へ向かう猪に、上から襲い掛かる。

 鋭い嗅覚のお陰か猪は聡く反応したが、もう遅い。


 振り向いた猪の頭へ手を伸ばし、


 −−ィン


「ぎぃっ」


 どさっ


「…やっぱり、気持ち良いものじゃないな」


 微かに耳をかすめた不快な音に顔をしかめ、泡を吹いて倒れた猪を見遣る。

 近くで見ると、目測した以上に大きく感じる。


「兄貴、もう降りて大丈夫です」


 声を掛けると、兄貴が木から降りて来る。


「なにをしたんだ?」

「音で脳を揺らして、気絶させました」


 平たく言えば脳震盪だ。音魔法の応用。


「…そんなことも出来るのか」

「危険なので、対人ではまず使いませんけれど」


 下手すれば死ぬからね。


「巧くすれば一発で意識を刈り取れるので、殺しても良い相手には便利です。どんなに強靭な肉体でも、音は伝えますから」

「音魔法をそんな使い方する奴は、初めて見た」

「基本的に戦闘向きとは考えられていない魔法ですからね。ここで血抜きしてしまいますか?」


 お嬢なら、一瞬で血抜きも可能だ。基地に戻ると言う手もある。


「危険物を持ち運ぶ必要もないだろう。ここで殺そう」

「わかりました」


 わたしが穴を掘る間に、兄貴が猪を木に吊す。

 数秒黙祷を捧げたのち、頭を下にして吊された猪の首を、ナイフで切り裂いた。ぼたぼたと、頸動脈から血が溢れ出す。


「ためらいがないな」

「…ためらってきちんと切れない方が、残酷ですから。お肉も不味くなりますし」


 速やかに血が抜けた方が、苦しむ時間が少なくて済むし、お肉の味も良くなる。可哀想だと言うなら殺さなきゃ良いだけで、殺して食べるならひと思いに殺ってあげるのが礼儀だろう。


「男でも、出来ない奴は出来ないぞ?」

「痛みや血液への耐性は、女性の方が高いそうですよ?」


 月いちで、お腹から出血するしね。


「っと」


 木に吊された猪が、激しく暴れた。

 木が折れるかと思ったが、そこはさすがの兄貴か、縄も木も無事だった。


 数秒のたうった猪が、だらりと弛緩する。


「…いちど基地に戻って、川の場所を訊きましょうか。それとも、ここで解体までしますか?」


 失血死は筋肉が酸欠状態になるため、最期の瞬間にひどい痙攣を起こす。

 暴れてから弛緩したなら、血は抜けたと判断して良いだろう。


 命をひとつ奪ったにも関わらず平然と冷静な発言をかますわたしに、兄貴は少し複雑そうな顔をしたが、苦言を呈すこともなく首を振った。


「この大きさの生き物を解体する機会なんて簡単に得られるものではないからな。基地に戻って立ち合いの意思を確認する」

「わかりました。では、ここ、埋めて、」

「クロ?」


 言葉の途中で不意に辺りを見回したわたしに、兄貴が首を傾げかけ、


「っ」


 目を見開いて同じように辺りに視線を走らせた。


 目が、合った。

 逃げるか、と言う予想に反して、相手はこちらへ向かって来る。


 どいつもこいつも好戦的だなぁっ!


「応戦して良いですか?」

「…オスは任せる」

「はいっ」


 兄貴が普段使っているものよりいくぶんか短い剣を抜き、わたしも相手を見据える。


「運が良いのか、悪いのか」

「探す手間が、省けたな」


 つがいでこちらに駆けて来るのは、鷹山羊鹿タカヤギシカ、アストリットの眠り薬の解毒薬の、材料だ。


「本で見たより、大きい気がするのですけれど」

「確かに」


 で、なんできみたちはそう、わたしばっかり狙うかなぁ。


「お前はこっちだ」


 兄貴が回し蹴りで、メスの軌道をずらす。…やり方がワイルド過ぎるよ兄貴。


「猪に鹿二頭って、五日で食べ尽くせますか」

「男七人だぞ?舐めない方が良い」


 お互い鹿とやり合いながら、会話を交わす。


 確かに、体育会系男子高校生七人なら、それくらい五日で行けるのかもしれない。


「ああ見えて、姐さんは大食いだからな」

「え、衝撃の事実」


 奇襲で隙を突いた猪戦と違って、鹿との真っ向勝負はなかなか難しい。

 身体こそ小さいが、つのが立派でとても邪魔なのだ。


 そして、姐さんあの小さめな身体で大食漢なのか。

 まあ、治癒魔法はかなりエネルギーが要るから、燃費が悪くても仕方ないのだろうけれど。


 わたしの音や、お嬢の水、テディの肉体強化とかと違って、姐さんの治癒魔法や、姫の時間って、わけがわからないからね。本当に、魔法!って感じで、原理が全く理解出来ない。


「うわ、つのこわ


 襲い来る角を間一髪で避け、恐ろしい凶器を掴む。

 引き負けそうな強烈な力に耐え、暴れる牡鹿の頭に手を伸ばした。


 −−ィ…ィン


「ふにゃっ…危な…」


 どうっ


 倒れる鹿の巻き添えになりかけて、慌てて手を離し飛び退く。


 ざっ

 どっ


 時を同じくして、兄貴も決着が着いたようだ。

 綺麗に頭を落とされた牝鹿が、首から血をあふれさせながら倒れる。


「どうしてこんなに動物が寄って…あ」


 理由に思い当たって、抑え込んでいた気配を戻す。


「ん?どうかしたか?」

「…わたしの魔力って動物が惹き付けられやすいらしくて」


 剣の血を拭う兄貴に、苦笑を向けて言う。


「いつものように魔力を見せていれば懐かれるか逃げられるだけなのですが、さっきまで獲物に逃げられないように魔力を抑えていたので、倒せると思われたのだろうなと」


 正確に言うと、問題になるのはとりさんの気配なのだけれど。そこはごまかす。

 とりさん曰わく、竜の気配は言わば、美味しそうな匂いみたいなものらしい。とりさんは強力だから襲われないけれど、弱い竜なら野生動物が捕食しようとするそうだ。

 普段、大して隠さずにいるとたいてい、ひと慣れした動物は寄って来て、ひと慣れしていない動物は警戒して逃げる。


 体の良い獣避けと放っておいたものを、狩猟のために抑えたから、獲物認定されたのだろう。


 ここの生き物が好戦的なんじゃなく、わたしが美味しそうだったのだね、ごめん。


「…そういうこともあるのか」

「はい。聞いた話だと、カロッサの八男も同じ体質らしいですよ」

「ほお」


 頷きながら、冷静に鹿の血抜きを進める辺り、兄貴もわたしのことをとやかく言えないと思うんだ。かく言うわたしも、鹿を縛り上げて、猪の血が溜まった穴を埋めているのだけれどね。


 必要なのは牡鹿の血だ。早く基地に戻ってお嬢に血を抜いて貰わないと。


「…兄貴、猪持てますか?」

「ん?ああ、運べると思うが、クロが鹿二頭運ぶのか?」

「猪より軽いかなと」


 通信石でお嬢に連絡しても良いのだが、居場所を正しく伝えられる自信がない。

 基地から目印を付けて歩いて来てはいるのだが、兄貴目線で見つけやすい位置に付けてあるのだ。班員全員兄貴より最低でも拳ひとつ目線が低いので、うっかりすると目印を見失って迷子になる。


 兄貴は、わたしと猪と鹿とを見比べて、言った。


「牡鹿と途中で採集した荷物は任せる」

「え?」


 わたしに反論する間を与えず、兄貴は猪と牝鹿を担ぎ上げた。


「い、いや、兄貴、それは重いですよ」


 いくら兄貴が大柄とは言え明らかに過重そうな見た目に戸惑ってわたわたすると、兄貴はふっと微笑んで見せた。


「だから、ほかの荷物は頼んだだろう?問題ない。これくらい持てるから、お前は残りを持て」

「…はい」


 譲らなそうな雰囲気を感じて、わたしが折れた。

 ここで言い争っても、兄貴が長く荷物を持つだけだ。


「疲れたら、休んで下さいね」

「ああ」


 しっかりした足取りで歩き出す兄貴の背を追いながら、わたしは唇を尖らせた。


 兄貴は、格好良過ぎて困るよ、もう。




 基地に戻ると立派なテントが建っていた。

 女子への気遣いなのか、大きいのと小さいのがひとつずつ。


「あらお帰、…どうしたのそれ」

「見て下さいお嬢!鷹山羊鹿ですよ!」

「へぇ、これが。じゃなくて、なんでそんなに大猟なのよ」


 わたしたちに気付いて振り向いたお嬢が、猪と鹿を担ぐなんて山賊の親分みたいな状態の兄貴と、子分よろしく鹿とぱんぱんの荷物を担いで付き従うわたしを見比べて、首を振った。


「…偶然です」

「クロが引き寄せた」


 目を逸らしつつ答えたわたしの言葉と、猪と鹿を降ろしつつ答えた兄貴の言葉が重なった。


「クロ…」

「ひどいですお嬢、六つのときから十年間、誠心誠意お仕えして来たわたしよりも、出会ったばかりの兄貴を信じるとおっしゃるのですね…っ」


 担いでいた鹿を横抱きに変えつつ、よよ、っと地面へ膝を突く。


「もう、わたしはあなたにしか頼れません…」


 うっ、と声を濡らして鹿のお腹に顔をうずめた。うん、野性味溢れる香り。


「誤解しないで欲しいわ」


 そんなわたしの肩へ、お嬢が片手を置く。

 落とされる声は、ひどく優しげだった。


「十年間、共にいたからこそわかるのよ。あなたが、隠しごとをしているって。ねぇ、クロ?いまさらなにがあろうと、私はあなたを見捨てたりしないわ。だから私にだけは、ありのままをぜんぶ話してちょうだい。隠したりなんて、しなくて良いの」

「っ…お嬢!」


 ぱっと顔を上げて、わたしはお嬢の手を掴む。

 それでもなにかを堪えるように、顔を歪めてうつむける。


「ですがっ、ですが、わたしは…」

「どんなあなただって、私は受け止めるわ。話して、クロ」


 お嬢が鹿ごと、わたしの身体を抱き締めた。


「お嬢、お嬢…っ」

「辛かったわね、クロ」


 むせび泣くように震えるわたしを、お嬢はしっかりとその豊満な胸で抱き締めた。

 …小柄なのに巨乳って、反則だよね。いや、悪役令嬢らしいけれど。


 わたしをしっかり抱き締めるお嬢の声質が、突然がらっと変わる。


「で?茶番でごまかそうとするほどの、なにをしたのよ今度は」

「そこは、おとなしく騙されて下さいよ」


 お互いにしれっと離れ、冷めた会話を交わす。


「そんな馬鹿らしいことはしないわ」

「茶番は馬鹿らしくないのかよ」


 傲慢に腕を組んで言い放ったお嬢へ、ちょうど居合わせたらしいテディが突っ込みを入れる。


「相変わらず、いつでもどこでも劇を始めて。好い加減にしろよな」

「誰にも迷惑掛けてないじゃない」

「いや、周りの唖然とした顔をしっかり見ろよ」


 勢揃いしていた班員の視線が、こちらに集中していた。

 平然としているのは、慣れっこの姫だけだ。


「私は、楽しくて好きだな」

「あら、混ざる?」

「混ぜてくれるのかい?」

「割り込む度胸があるなら、良いわよ」


 淡く微笑んだ姫が、お嬢と会話を交わす。

 うん。この流れに乗って、ごまかしてしまおう。


「お嬢、鹿の血抜きをお願い出来ますか?課題に血が必要なので、まだ殺していないのです」


 脳震盪後に振動を気にせず運んだから、死にかけかもしれないけれど、呼吸と脈拍はまだある…自発かは、想像にお任せしよう。


「わかったわ。保存方法に決まりとか、あるのかしら」

「えっ、あっ、えと、そのための入れ物があるから、そこに入れてくれるかな?いま、出すねぇ」


 唐突に話しかけられた姐さんが、びくうっとしつつも皮袋ふたつを取り出した。

 …品質保存用魔道具、防水タイプ、だ。


 姐さんがお金持ちなのか、お金持ちのパトロンでも付いているのか…。おそらく後者かな、姐さんって国内のみならず国外からもマークされている、将来有望な治癒魔法使いだから。


「空気に触れると品質が落ちるから、出来るだけ空気に触れさせないように」

「お安いご用よ」


 にこっと笑ったお嬢が、わたしに目を向けた。

 頷いて、ナイフを取り出す。


「行くわよ?いち、にい、」

「「さんっ」」


 わたしが鹿の首にナイフを突き立て切り裂いたと同時に、水の膜に包まれた真っ赤な塊がふたつ出来上がる。のたうつ鹿の、胴を抱えて支えた。頷いて、お嬢が水の膜ごと皮袋に入れ、水の膜だけ抜き出して袋を、


「閉めて」

「かしこまりました」


 閉めるようにとわたしにわたした。…なに不器用発揮しちゃってるのですか可愛いなぁもう。

 比較的万能なお嬢だけれど、なぜか紐を結ぶのだけは苦手だったりするのだ。玉止めと玉結びは出来るのにね。


「これはどこに、」


 ふたりでひとつずつ袋とわたしは鹿も抱えて、どこに置くかと訊く、前に兄貴とあんちゃんに袋と鹿を奪われ、わたしとお嬢は喜色満面の姐さんに捕まった。

 ム○ゴロウさんタイム、再び。


 最初は、!?、??、と言う顔をしていたお嬢だったが、褒められて悪い気はしないのか、驚きが抜けると大人しくなでられている。目を細める姿は、喉を鳴らす猫のようだ。


 …テディが、ギリィっと言う顔をしているのは、見なかったことにしよう。

 羨んでいるのが、聖女に可愛がられるわたしたちか、猫二匹手玉に取る姐さんかはさだかでないが、きみに夢見る令嬢たちが見たら、がっかりするぞその顔。


 しばらく姐さんの好きにさせた後で、兄貴とあんちゃんが干渉する。


「そのくらいに」

「しておけ」


 ひょいっと助け出される猫二匹。

 いやいや、だから救助の仕方がおかしいからね!?


「あ、ごめん」

「いや。もう慣れた」

「それより、肉の解体をするがお前も付き合うか?」


 どうやら姐さんがトリップしてしまうのは、今に始まった話ではないようだ。


 正気に戻った姐さんが、鷹山羊鹿を見て迷うように目を泳がせる。


「もちろん付き合うよ。…えっと、あの、鷹山羊鹿は、」

「オスの血以外にも薬効がある部分がたくさんあるのですよね。えーっと、確か、つのに骨、脳に肝臓に心臓に、卵巣と精巣と、香嚢こうのうと爪、で合っていますか?」


 解体図が載った図鑑を思い出しながら言うと、姐さんが目を見開いた後で頷いた。


「うん。合っているよ」

「貴重な素材でしたね。折角ですから、分けて持ち帰りましょうね」

「…うん。ありがとう、クロ」


 貧乏根性発揮しただけなのに、姐さんは微笑んでお礼を口にした。

 きょとんと首を傾げるわたしの頭を左右それぞれから、兄貴とあんちゃんがなでる。


 え?なんで?


「とりあえず、解体に参加する者は川に向かう。ほかは引き続き、基地作りだ。焚き火の用意をしておいてくれ。…貴重な経験とは言え耐性のない者には辛い作業だからな、無理に解体に付き合う必要はない。今までの疲れも、あるだろうしな」

「基地にはあんちゃんが残るから、残る場合も行く場合も安心してねぇ」

「おい」

「今回、きみには絶対に料理を任せません」


 不服を訴えたあんちゃんに、姐さんがきっぱりと言い放った。

 え、解体って、料理かな…?


「解体するのは、知識がある人間に、」

「「はい」」


 説明中の兄貴の声に、わたしと姐さんの声が被る。ふたりとも、ぴしっと右手を挙げている。


「「鹿(さば)きます」」


 宣言も、同時だった。


「…鹿はクロと姐さんが捌くそうだ。猪は、やりたい者がいれば俺が教えるが、いるか?」

「はい、俺やりたいです」

「わかった。猪は俺とテディで捌く。この四人以外に、付いて来たい者はいるか?」

「はい、兄貴」


 ちょいと首を傾げて、挙手する。


「ん?どうしたクロ」

「川に行くと言うことは、内蔵を抜いてから血抜きですよね?」

「ああ、そうだ」

「初めて解体を見るのでしたら、中抜きが終わってからでも良いのでは?」


 内臓のあるなしって、大きいと思う。


 魚でも鳥でも四つ足でも、なにかを丸のままから捌いた経験のあるひとならわかってくれるかな?生きてたままの形から捌いていると、生きものが食べものに変わる瞬間があるんだ。

 なんて言うか、えーっと、屠殺場に連れて行かれる牛は可哀想だけれど、枝肉として吊り下げられている牛はそうでもなくて、切り分けられた塊肉かたまりにくはもう美味しそうにしか見えないし、焼かれてお皿に盛られてたら可哀想だから食べるなとか言われた方があり得ないと思う、みたいな。


 頭があって毛皮を着ていてお腹に内臓が入っていたら生きものだけど、頭がなくて毛皮を剥がれて内臓を抜かれた枝肉はもう食料、って話。


 初めて解体を見るなら、頭を落とすとこからでなくても…って、いや、さっき思いっきりみんなの前で鹿を失血死させたけれどね。


 兄貴はわたしを見下ろして、


「それもそうだな。どうしても見たいのでもなければ、テディとクロ以外の一年三人は基地であんちゃんを手伝っていてくれ」


 わたしの提案を受け入れた。


「オレは行くんで!」

「おれも。その大きさだと、補佐がいるからね」


 クララとパパが随行を申し出、パパはそのままわたしが所有権を主張するように前脚を握っていた牡鹿を持ち上げた。雄山羊の親玉くらいの大きさはあるのに、気負いなくひょいっと。

 …こう言うとき、男女間の筋肉量の差が恨めしくなる。パパはわたしより頭三分の二くらい大きいから、その分の筋力差もあるだろうけれど。


 視界の端で、クララも首なしの牝鹿を抱えていた。姐さんは頭だ。

 …ちゃんと頭を持ち帰っている辺り、兄貴は鷹山羊鹿について詳しく調べたんだろうね。


 鷹山羊鹿でいちばん高値が付くのは香嚢だけれど、その次は脳みそだったはずだ。


 …淑女レディの前で頭かち割って脳みそ取り出すのは、さすがのわたしでも躊躇うよ。


「お嬢、良い子でお留守番お願いしますね。ぴいちゃんと姫も」

「あなたに言われたくないけれど。ええ、いってらっしゃい」


 お嬢たちに見送られて、わたしたちは川へ洗濯に…ではなく、川へ獣の中抜きに向かった。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


猪一頭担いで運ぶとか、無理じゃね?と言う突っ込みは

ファンタジーだから!と言うことでお許し頂けるとありがたしですm(__)m

きっとトロールみたいに力持ちなんだよ兄貴!


終わらないいちにちめが続いておりますが

続きも読んで頂けると嬉しいです

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