取り巻きCともふもふの日 裏話
取り巻きC・エリアル視点/三人称視点/カメ子・モーナ視点
全力でネタ回ですm(__)m
無駄に長いですが落ちはありません!
ハロウィーン時のわたしの写真を見たスー先輩が呟く。
「猫か」
「猫ではな、いえ、猫ですね、はい」
もはや慣例になりつつある気がする会話を交わそうとして、自分の仮装を思い出す。
猫だ。否定のしようもなく。
ふむ、と写真を見下ろしたスー先輩がツェリの方を向く。
「買おう」
「まいどあり。どれにします?全部でも良いですし、アルの写真なら限定のアルバムもありますよ」
「え?スー先輩?」
「写真は思い出になるからな」
ё ё ё ё ё
「聞きました?」
「なにをですの?」
「ヴィクトリカ殿下、女装なさっているって!」
仮装のまま優雅にお茶を飲む輪に、飛び込んで来た令嬢の言葉に、ああ、と令嬢たちが頷く。
「そうらしいですわね」
「写真が楽しみだわ」
「ちょ、ちょっとちょっと聞きまして!?」
さらに別の令嬢が駆け込んで来て、令嬢たちが苦笑する。
「殿下のお話でしたら、」
「違いましてよ!!」
令嬢が興奮した様子で首を振る。
ぐっと手を握り締め、身を乗り出して語る。
「エリアルさんが黒猫の仮装をしていて、そのエリアルさんと記念撮影が出来るのですって!!」
がたっ
「な、なんですってぇ!?」
「す、すぐに行きませんと!!」
「どこっ!?どこにいらっしゃるの!?」
一斉に令嬢たちが立ち上がり、鬼気迫る表情で情報提供者に目を向けた。
ё ё ё ё ё
「ちょっと、エリアルさんに抱き締められるとか、ずるいわ!」
「あなただって、お姫さま抱っこだったじゃない!」
「そう言うあなたは、腰に抱き付いていたでしょう!」
「すごく、ふかふかだったわ…」
うっとりと呟くひとりの令嬢の言葉に、口喧嘩が止まる。
「そうね、柔らかかった」
「しかも、良い匂い」
「エリアルさんって、香水使っていないわよね?」
「わたくし、香水やめようかしら…」
「でも…」
迷うような令嬢たちの中で、ひとりが提案するように言う。
「この前、エリアルさんに、香水の香りが苦手って話をしたのよ」
「その話、詳しく!」
身を乗り出した令嬢たちに頷きを返し、令嬢が語る。
「エリアルさんって、香水を使っていないでしょう?だから、なにか香水以外に匂いの対策がないか聞いたの。そうしたら、香り付きの石鹸や、ポプリを使ったらどうですか?って」
「ポプリ…それは良いかも」
「あとは、自分に使うのではなく、クローゼットに香りを付けると丁度良く服に香りが付く、とか、ポプリも、昼間身に着けるのじゃなく夜枕の下に入れておくと髪に香りが移って香水なしでも良い香りかも、とか、もし香水の香りが強過ぎて、と言うことなら、枕の下に一滴垂らすとか、整髪油に混ぜて使うと薄くなる、とか」
「クローゼットに、枕、考えたこともなかったわ」
真剣に聞いていた令嬢たちが頷き合った。
「エリアルさん自身は、特別に香水やポプリを使ってはいなくて、ただ、お布団や服を晴れた日に天日干しするようにしているだけ、だそうですけれど」
「ああ、あの甘い香りは、お日さまの匂いなのね」
「お昼寝のせいかと思っていましたけれど、お昼寝以外にも香りを付けていたのね」
「でも、やっぱりさすがに天日干しだけでは」
「不安よね」
顔を見合わせた令嬢たちが、ため息を吐く。
「ポプリを試してみようかしら」
「わたくしは、クローゼットに香水を垂らしてみるわ」
「なにか、良い香りの石鹸、ないかしら」
その後一部の令嬢たちが脱香水に挑戦し、香水臭い女性に辟易していた男子生徒たちから人気を得た。
ё ё ё ё ё
ひとつ、試してみたいことがある。
「売れないだろうよ」
「試しに、試しに置くだけで良いですから!」
毛布で作ったもこもこケープ(耳付き耳なしの2パターン)と、着ぐるみパジャマを抱えて、わたしはゾフィーさんに頼み込んだ。
毛布の活用を、ぜひとも提案したいのだ。
あの黒猫の着ぐるみを実際にパジャマとして利用してみて、確信した。
これは、気持ち良い。
この世界の寝間着は麻や綿、絹製のみで、防寒性は寝具頼りなのだ。
その、微妙な不便さを、この着ぐるみパジャマならばなくせる。
うっかり布団を蹴っちゃってお腹壊すとか、手がはみ出して冷え切るとか、そう言う心配がなくなるのだ。しかも、もふもふで気持ちが良い。
麻や綿の爽やかさも、嫌いなわけじゃない。夏場は断然麻や綿だ。
けれど、冬の寒い日は、起毛のもふもふが恋しくなる。
「寝間着やケープなら、もこもこしていても違和感はないと思うのです」
「いや、そうは言っても、」
「いや、売ろうよ母さん」
渋るゾフィーさんを遮って、ヴィリーくんが言った。
「でも、ヴィリー」
「ただし、条件があるよ」
にこっと笑ったヴィリーくんがそろばんをはじく。
「型紙と製法の提供と、うちでの製造許可。もちろん、発案料は払うよ。そうだな、利益の、二割でどう?」
「ヴィリー…」
「母さん、これは売れるよ」
着ぐるみパジャマを手に取って、ヴィリーくんが言う。
「確かにこのままだと物好きにしか売れないかもしれないけれど、これ、フードとしっぽを外して、普通の寝間着に近い形にしたら?ネグリジェじゃ足元が冷えるけれど、これなら出るのは足先だけだ。綿の寝間着より割高で売っても、そのぶん暖房費用を減らせるなら、買うひとはいると思う。サイズを揃えて、巧く売り出せば…」
パジャマやケープの耳を触って頷く。
「大人用だから奇抜に見えるけど、子ども用なら?赤ん坊サイズで作れば、可愛い我が子に寒い思いをさせたくないお母さんは、買ってくれると思う。小さい子がこれを着ていたら、絶対に可愛い。なんならゼルマやおれが着て、宣伝しても良いし」
あれ、試しに売ってみてと言う話だったはずが、大きくなってる?
「それに、宣伝は、アルくんが学校でしてくれたんだよね?」
いや、まあ、確かに殿下たちに着せたし、着ぐるみ猫は大人気でしたけども。
「とりあえず試しに100着、置いてみよう」
「ひゃく、ちゃく?」
本気ですかヴィリーくん…。
「作ってくれるよね、アルくん?」
「…はい…」
思わぬ展開になりました。
ё ё ё ё ё
「そ、それは、どこで手に入れたんですの…?」
黒い猫耳付きのケープを羽織って教室に入って来た令嬢を見留めて、別の令嬢が問い掛けた。
問い掛けていない令嬢令息たちも素知らぬ顔をしているようで、一心に耳をそばだてている。
「ゾフィーの仕立て屋の、新商品ですわ。ケープの他に、エリアルさんが着ていたような着ぐるみも、寝間着として発売されていました」
「なんですって!ちょっと、ゾフィーの仕立て屋に買いに行ってちょうだい!いますぐによ!!」
ケープの令嬢の答えに、問い掛けた令嬢が後ろに控えていた侍女に言い付ける。
教室のそこかしこで、同じ光景が見られた。
「売り切れる前に、なんとしても手に入れるのよ!」
エリアル発案の毛布製衣料品が、瞬く間に流行する、第一歩であった。
ё ё ё ё ё
「…あれ?」
ゾフィーの仕立て屋に行くと足踏みミシンが増え、その前に見知らぬ女の子が座っていた。
十二歳くらいの女の子と、それより二つ三つ幼いくらいの女の子だ。
「ああ、いらっしゃいアルくん」
女の子たちになにやら教えていたヴィリーくんが、振り向いて微笑んだ。
経理担当のヴィリーくんだが、実は針子として働ける実力は持っている。
ゾフィーさんやニナさんと比べると仕上がりと速さで劣るので手を出さないだけで、本当に忙しいときは手伝っていたりするのだ。
「新しい子、ですか?」
「うん」
頷いたヴィリーくんが、大きい方の女の子が作っていたものをわたしに見せる。
黒い毛布で出来た、猫耳ケープだ。
「ほら、前にさ、孤児院で裁縫を教えたら、って言ってたじゃない?」
「ああ、言いましたね」
孤児院で職業訓練したり、小物を作って収入にしたりすれば自立に役立つのでは、と言ったことがあった。
「それね、実現してたんだよ。街のひとたちで協力して、裁縫とか大工とかパン作りとか、ちょっとずつ教えてたんだ」
「へぇ…」
思わぬ報告に驚く。
軽い気持ちで言った言葉で、実現したらと思いつつも、実現するとは思っていなかった。
ヴィリーくんが微笑む。
「みんなね、孤児を見捨てたいわけじゃないんだよ。金銭援助や引き取ることは出来ないけど、ちょっと手助けするだけならって、協力してくれた」
「そうですか…」
暖かい街だ、と思う。
思えばわたしのことも、多くのひとが拒絶を示さず受け入れてくれていた。
「それでね、この子たちは、特に裁縫が好きで上手な子たちなんだ。筋がとても良くてね、母さんが、引き取ることにしたんだよ」
「ふたりも?」
「ふたりも。アルくんが提案した毛布製品が大人気だから、量産することにしたんだ。この子たちは、その担当」
ヴィリーくんが、ケープをわたしに渡してくれる。
とても綺麗に縫製されていて、目の前の小さな女の子が作ったとは思えない出来だった。
「上手ですね」
「でしょう?アルくんの提案がなかったら、こんなに才能のある子が埋もれるところだった」
ヴィリーくんが、わたしの頭をなでた。
「ありがとう、アルくん。この子たちは、アルくんのお陰で居場所を手に入れられた」
ヴィリーくんの言葉にわたしは目を見開き、作業に集中していた女の子ふたりは、ぱっとこちらを振り向いた。
大きな目が、わたしを捉える。
「ヴィリーお兄ちゃん、このひとが?」
「うん、きみたちの道を切り開いてくれたひとだよ。ユッタ、ローレ、挨拶して」
「わたしは、そんな…」
そんなつもりはなかった。
ぜんぶ、軽い気持ちで提案したことで。
でも、女の子ふたりはきらきらと輝く目でわたしを見上げた。
「ユッタだよ。ありがとう、お姉ちゃん!」
「あたしはね、ローレっていうの。ありがとー、おねーちゃん!!」
わざわざ席を立ってわたしにお礼を言うふたりを、膝を突いて抱き締めた。
「わたしはなにもしていませんよ。動いたのも、あなたたちを救ったのも、ヴィリーくんやゾフィーさんです。ですが、良かったですね。お裁縫、楽しいですか?」
「うん、楽しいよ!」
「あのね、あたしのつくったもの、みんな、うれしそうに、かってくれるの!すごく、うれしい!」
抱き締めたふたりは小さくて、でも、確かな温もりをわたしに与えた。
わたしがエリアル・サヴァンとして生きた、意味があったのだろうか。
「そうですか。辛いこともあるかもしれませんが、頑張って下さいね」
「うん。ありがとーおねーちゃん!」
「がんばるよ!」
頷いて、ふたりは作業に戻る。
立ち上がれないわたしの前に膝を突いて、ヴィリーくんがそっと抱き締めてくれた。
「おれも、同じ立場だったから、わかるんだ。仕事があって、必要とされるって、すごく、嬉しいんだって。この子たちだけじゃなく、才能を認められて引き取られる子が、何人も出てるんだ。アルくんの言葉がなかったら、こうはなってなかったよ」
「わたしは、思い付きを言っただけで」
「それでも。思い付いて提案してくれたから、今があるんだ。このふたりをうちで引き取れたのも、アルくん発案の商品がすごく売れてるからだしね。本当に、ありがとう、アルくん」
「はい…」
こぼれそうな涙をこらえて、ヴィリーくんに抱き付く。
「きみに出会えて良かったよ、アルくん」
「わたしもです、ヴィリーくん」
八年前、ヴィリーくんを助けて良かった。
ゾフィーさんの提案を、断らなくて良かった。
落ち着くまで抱き締めて貰ってから、わたしは気合いを入れて立ち上がった。
「ふたり分の稼ぎが増やせるように、頑張らないといけませんね!」
「うん。これからもばりばり働いてね、アルくん」
微笑みを交わして、わたしたちはお互いの仕事に戻った。
ё ё ё ё ё
量産体制が整ったお陰で、毛布製品はかなりの勢いで広まった。
やはり、片手間でなく、専門で手掛ける人間がいると言うのは大きい。
そうして、使ってみればその使い勝手の良さ、暖かさに驚いてやみつきになる。
クルタス王立学院内でも、初めはエリアル・サヴァンを愛好する生徒たちが買うだけだったのだが、次第に口コミで評判が広まり、エリアルに落ちていない生徒も買うようになって行った。
冷え症の人間にとって、防寒具は命綱なのだ。
「それは…」
偶然擦れ違った専科の生徒たちの肩を見て、エリアルはつい立ち止まって呟いた。
擦れ違った集団の、実に半数が毛布のケープを羽織っていたのだ。
「なにか?」
彼女の反応に専科の生徒たちも足を止め、首を傾げる。
少し、怯えも混じる反応だった。
高位から低位まで、貴族の子女が集まる高等部までとは異なり、専科には魔法を研究する人間が、身分問わず集められる。
ほとんどの貴族の子女は、王城に役職を得たり、嫁いだりと言う理由で高等部で卒業してしまうので、専科まで残る貴族は変わり者か没落家、弱小家のみ。生徒のかなりの割合を、魔法の才能や頭脳を認められた平民が占めるのだ。
すなわち、専科の生徒にとって、王族や公爵家侯爵家の子女と親しいエリアル・サヴァンとは、畏怖の対象。声を掛けられれば、びくつかずにはいられない存在だった。
エリアル・サヴァンもそれは理解しているので、迂闊に声を掛けてしまったことを申し訳なく思いつつ、ケープを示した。
「それは、わたしの知り合いのお店で売っている商品なのです。買って下さったのかと思って、つい、声を掛けてしまいました」
ケープを羽織る生徒が、肩を温めるそれに触れて目を見開いた。
「そうなのですか。評判を耳にして買ってみたのですが、手ごろな値段に反して非常に縫製が優れていますし、普通の毛織物に比べて軽く柔らかくて、とても使い勝手が良いです」
「それに、とても暖かいです」
「私は、同じお店で寝間着も買わせて頂きました」
「私は、故郷の家族にも同じものを送りました。…お恥ずかしながら貧しい家の出なもので、暖房を控えられるのがありがたいです」
機嫌を損ねてはまずい、と言う気持ちもあったのかもしれないが、ケープを羽織る生徒たちは口々に褒め言葉を口にした。
たくさんの口からこぼれる賛辞が小さな職人の居場所を認める言葉に聞こえて、エリアルの頬が自然と弛む。
浮かべられたのは、普段ならば他人には見せないような柔らかくあどけない笑みで。
「気に入って頂けたのでしたら、嬉しいです。ありがとうございます」
その笑顔のままお礼を述べられて、その場にいた全員が目の前の少女に見惚れた。
不敬や畏れへの気遣いなど、なにもかも吹き飛んでいた。
「あ、いえ、そんな…」
しどろもどろになる受け答えにも気分を害したりはせず、エリアルはただ優しく目を細めた。
「どうぞ、これからもご贔屓に。では、呼び留めてしまって申し訳ありませんでした」
貴族の鑑と言えるような美しい一礼を残してエリアル・サヴァンは立ち去ったが、残された専科生たちはしばらく呆けたようにその場で立ち尽くしていた。
「え、なにいまのかわいいいきもの」
誰かがぽつりと漏らした言葉が、その場の全員の気持ちを代弁していた。
その後、専科生以外にもエリアルは似たようなやり取りを交わし、エリアル・サヴァン愛好者増加に拍車を掛けた。
ゾフィーの仕立て屋で毛布製品を買って褒めると、エリアルがそれはそれは愛らしく微笑むと言う噂はエリアル・サヴァン愛好者たちの間で瞬く間に広まり、しばらくはエリアルにとって嬉しい日々が続いた。
その裏で、
「…あんまり、安売りすると、価値がなくなるわよ」
「え?なんの話ですか?ああ、毛布製品でしたら元の原料が安価ですのであれが適正価格、いえ、少し高めくらい、ですかね」
「(わかってないわね…)そう。なら値崩れの心配はないのね」
と言う、とある黒猫とその飼い主の会話が交わされたとか、されなかったとか。
ё ё ё ё ё
この世界、写真は高価な品だ。
魔導具と言うだけでも高価なところを、写真の場合はフィルム作りから撮影・現像・焼き増しに至るまで、すべての工程において魔力が必要になる。
一枚二枚ならばともかく、大量に撮ったり現像したりするには魔法持ちの協力が必要不可欠な、金持ちの娯楽。それが写真。
その点、ワタクシは有利なのだけれどね。
ワタクシ、モーナ・ジュエルウィードは、今日撮った写真を現像しながら苦笑した。
侯爵家令嬢と言う身分により潤沢な資金を持ち、“一応は”魔法持ちのためこうして自力で現像が出来る。
自作の写真機は一般に出回っているものより性能も魔力利用効率も良く、より色鮮やかで写りの良い写真を、より少ない魔力で撮ることが出来る。
現像した写真の中で笑う愛らしいひとの姿を、そっとなでる。
エリアルさんは、今日も素晴らしい萌えをワタクシにくれたわ!
なんなの、あの衣装は!禿萌える!
ああっ、エリアルさんは会ったときから愛らしさ爆発していたけれど、年を追う、いえ、日を追う、いいえ、一瞬が過ぎる毎に、愛らしさが増して行く。
禿萌え。あの可愛さはもう、罪の領域だ!
外見ももちろんだけれど、なにより、内面が、ね。
エリアルさんと出会ったときを思い出して、ワタクシはそっと目を伏せた。
ワタクシは魔法持ちだ。
今となってはそのことを大いに有効活用しているけれど、一時期は自分の能力を嫌っていた。
ワタクシの魔法は魔法持ちと言うのがおこがましい、地味な能力だったからだ。
出来ることと言えば、道具に魔力を込めるだけ。
華々しい放出系の魔法なんて使えないし、魔法で身体強化したり、空を飛べたりもしない。ただ、些細な魔導具を作ったり、既存の魔導具に魔力を貯めるだけしか出来なかった。
ワタクシの魔法開花に一度は舞い上がった一族に使用人たちは、ワタクシの能力がそんな地味なものだと知って落胆した。
ワタクシの魔法開花は七歳。幼心に周囲の落胆に気付いたワタクシは、自分の能力を恥じた。
今ならそんな狭量な大人たちを一笑に付してやるところだけれど、当時はワタクシも幼い子供で、大人は絶対的な存在だったのよね。
そんな頃に出会ったのがエリアル・サヴァン。ワタクシの人生観を変えた存在よ。
当時、ワタクシもエリアル・サヴァンも、社交嫌いで通っていた。
増して国王派、今は王太子派と言うべきかしら、寄りのサヴァン子爵家と、中立派であるジュエルウィード侯爵家では、交流が薄かったこともあり、ワタクシがエリアル・サヴァンと出会う機会はそうそう訪れなかった。
ああ、言っていなかったけれど、ワタクシ、初等部は王都の王立学院に通っていたのよ。と言うか、基本的に王族及び公爵家・侯爵家の子女は王都の王立学院に通うもののはずなのだけれど、番狂わせはエリアルさんとツェリさまかしらね。ワタクシも、エリアルさんがいるから中等部はクルタス王立学院に移ったわけだし。
ともかく、ワタクシとエリアルさんはなかなか出会う機会がなくて、初めて出会ったのは、初等部三年生の時だった。
親に無理矢理社交の場に連れて行かれたワタクシは、社交嫌いの面目躍如とばかりに早々に会場を抜け出し、会場になっていたお屋敷の庭の隅、忘れ去られたような寂しい四阿でひとり、遊んでいたのよ。
ワタクシが手習いに作った、子供騙しの、ちゃちな魔導具。木を削って組み合わせただけの犬の模型に、魔法を込めて動かして、ね。少しだけど声も出せるようにしてあった。
「あいぼ!」
突然声がしたのは、そんなとき。
びくっと顔を上げたわたしの目に飛び込んだのは、動く人形。
に、見えるほどに愛らしい顔立ちの、黒髪黒眼の女の子だった。
双黒。それは、生ける伝説と言っても過言ではない、我が国最凶の魔法持ちの特徴。
「すごい!木製あいぼ!格好良いー!」
「わんわん!」
「鳴いた!可愛い!おいでー」
驚くワタクシを後目に、目の前の女の子は目をきらきらさせてワタクシの木製犬を見つめた。
声に反応して鳴いた木製犬に目を丸め、頬を染めて手を伸ばす。本物の犬を愛でるみたいに、にこにこと小さな手で木製犬をなでさえした。
まだ男装をしていないエリアルさんは、まだ未発達ないたいけな身体を漆黒のワンピースで包んでいてね。双黒に漆黒の服が真っ白な肌を引き立て、さらに、白く華奢な首にはめられた真っ赤な首輪が、それはもう背徳的な魅力を、(以下自重)。
「え、エリアル・サヴァン…」
どうやらエリアルさんは木製犬の方に夢中で、ワタクシには気付いていなかったようだった。
ワタクシの声でぴくっと顔を上げて、しまった、と言いたげに手を引っ込めた。
その手に、木製犬がじゃれつく。
「申し訳ありません。怖がらせるつもりはなくて、えっと、きちんと封じられていますから、危なくないですよ」
安心させるように笑って首輪を示しつつ、ワタクシから離れようとした。じゃれつく相手をなくした木製犬が、くぅんと哀しげに鳴く。
「あ、だ、だいじょうぶだから!」
ワタクシは焦って立ち上がり、後ずさるエリアルさんを引き留めた。
さすがに手を伸ばす度胸はなかったのだけれど、エリアルさんは立ち止まってくれた。
「暇、だったの、時間があるなら、遊んで行って」
「良いのですか?」
びっくりしたように目をまたたいて、エリアルさんはゆっくりと歩み寄って来た。
怖がらせないように、ゆっくり、優しい動きで。
「良いのよ。その子も、あなたのこと、気に入ったみたいだし」
木製犬は嬉しそうにきゃんきゃんと吠え、近付くエリアルさんへ手を伸ばしていた。
どんな基準だかしらないけれど、この魔導具、いっちょまえにひとを選り好みするのだ。基本的には人見知りなのだけれど、なぜだかエリアルさんは、初見でとんでもなく気に入られた様子。
構って構ってと訴える木製犬をなでながら、エリアルさんは微笑んだ。
「可愛いですね。あなたの犬ですか?」
「そうよ。ワタクシが作ったの」
「あなたが?すごいですね」
エリアルさんの純粋な褒め言葉を、卑屈になっていたワタクシは素直に受け取れなかった。
「すごくなんてないわ。こんなの地味だし、下らない。どうせならもっとすごい魔法が使えれば良かったのに」
「?」
エリアルさんが、きょとんとワタクシを見つめる。
木製犬はその間も、彼女の手とじゃれ合うのに必死だった。
「魔導具を作れるのはすごいことでしょう?」
「もっと大きな魔法や、強い魔法が使える方がすごいわ」
「わたしには、魔導具を作れませんよ?」
「でも、強い魔法を使えるんでしょう?」
国を揺るがすような魔法。子供騙しのおもちゃより、そっちの方がずっとすごい。
ワタクシの反論に困った顔をして、エリアルさんは呟いた。
「でも、あいぼなのに…」
さっきから何度か呟かれていた単語だったが、“あいぼ”とはなんだろうか。
今更疑問を持つワタクシの前で、エリアルさんはしょんぼりと木製犬をなでていた。
しばらくしゅんとしたようすで木製犬を愛でてから、エリアルさんは不意に顔を上げてワタクシを見た。
「夜会は、華やかですね」
「え?ええ、そうね」
「みなさま着飾って、身なりを調えて。泥にまみれて地を這って生きる農民たちとは、人種すら違って見えます。貴族や商人は派手で華やかですが、農民や工民は地味で泥臭いです」
向けられた視線に縫い止められて、ワタクシは反論も出来なかった。
エリアルさんは慈愛のこもった目で、ワタクシを見つめている。
「けれど、農民や工民の仕事は、下らないことではありません。農民や工民が、貴族や商人に劣ると言うこともありません。だって、この国の貴族に何人、粉袋いっぱいの小麦を育てられるひとがいるでしょう。この国の商人に何人、布が織れるひとがいるでしょう。派手で目立つことがすべてではありません。この国に貴族と商人しかいなければ、わたしたちは食べるものにも着るものにも困りますよ」
ああ、この子は自分を諭そうとしているのか。
そう思って、無性に腹が立った。
あなたになにがわかるんだと。
「そんなの、あなたがすごい魔法を使えるから言うんじゃない」
「そう言うあなたも、魔導具が作れることが下らないなんて、あなたが魔導具を作れるから言えるのですよ?」
木製犬を両手で持ち上げて、エリアルさんはワタクシにそれを突き付けた。
「わたしには、魔導具が一切作れません。わたしから見れば、こんな魔導具を作れるあなたはすごい。羨ましいです」
双黒の魔法使いエリアル・サヴァンは、九歳でこの国を左右する存在。
それが、ワタクシなんかをすごいと言う?
「ばかに、」
「していません。魔導具を作れるって、すごいことですよ。魔法を持たないひとにも、魔法を使わせてくれるのですから。わたしの魔法はわたしひとりしか使えませんが、あなたは周囲に魔法を分け与えることが出来るのです。それに、わたしの魔法はわたしが死んだらお終いですが、あなたが作った魔導具は、あなたが死んでも受け継がれます」
「…魔法を、分け与える?」
そんな風に、考えたことはなかった。
だって、みんなが使えたら良いと思うのは、見た目に派手な魔法のはず。
「たとえば耳の遠いひとに、周囲の音を拾って届ける魔導具を。目の見えないひとに、代わりに文字を読む魔導具を。動けないひとに、行きたいところへ運んでくれる魔導具を。もし実現できたなら、どれだけのひとの人生が明るくなるでしょう。魔導具は、可能性の塊ですよ。ほら、写真機の発達で、行くことが出来ない場所の景色が、絵や言葉よりも正確に伝わるようになったでしょう?」
「可能性の、かたまり」
「わんっ」
その通り、とでも言いたげに、木製犬が鳴いた。
「この子だって、犬好きなのにアレル…忌避病で犬が触れないひとなら、いくら払っても欲しいと思うかもしれませんよ?」
もともとこの犬は、動物の忌避病に掛かってしまった病弱な弟を励まそうと作ったものだった。
この子の前に作った、もっと粗末で、片手に乗るような小さな木製犬を、弟はとても喜んだ。
ああ、そうか。
「ワタクシだから、できることも、あるのね」
“それでいい”のか。
エリアルさんから渡された木製犬を、ワタクシはそっと抱き締めた。
くんくんと、木製犬がワタクシに擦り寄る。
この子を渡せばきっとまた、弟は喜んでくれるだろう。
派手な魔法が使えないとか、家族に落胆されたとか、そうじゃないのだ。
そんなこと出来なくても、ワタクシの魔法はひとを喜ばせられるのだから。
「ありがとう」
ぽつりと呟けば、彼女はにっこりと笑みを返した。
永遠に留めておきたいと思うほど、素晴らしい笑みだった。
ああそうだ。ろくに外出も出来ない弟のために、いろいろな写真を撮ってあげることも出来るじゃない。ワタクシは、写真機もフィルムも作れて、現像も出来るはずなのだから。
新たな思いを胸に、ワタクシはエリアルさんに微笑み返した。
この後ワタクシは魔導具作成と写真にどっぷりはまり、周囲から変わり者と言われるようになったけれど、弟だけは、ワタクシの見せる魔導具や写真を、いつでもびっくりするくらい喜んでくれた。
とくにお気に入りはエリアルさんの写真と、百体近い試作を経て最近完成させた自動の木製猫だ。真鍮の鈴が付いた赤い首輪をはめていて、お昼寝好きなとても可愛い黒猫。各部に球体関節を採用したほか、瞳には黒い魔石を使い、しっぽには実際の猫のしっぽを参考にした部品を使って猫に近い動きにとことんこだわり、声は試作機と引き換えにアーサーさまの協力を得て(以下自重)。
弟は身体が弱いから今まで学院に通うことも出来なかったけれど、近頃ずいぶん丈夫になって、来年からはクルタス王立学院の高等部に通うのだとはりきっている。
身体が弱くても。魔法が使えなくても。
エリアルさんならば決して見下したりしないとわかっているから、弟を早く実物のエリアルさんに会わせてあげたくて仕方がない。
弟のために写真を撮っていたのかって、あら、第一目的はワタクシの萌えのためよ?当たり前でしょう。
萌えへの熱い熱情と魂を込めて撮るからこそ、良い写真になるのよ。ワタクシが楽しんで、ひとも喜ばせられる。
ワタクシの魔法は、なんて素晴らしいのかしら!
まさにワタクシのために与えられたとしか思えない能力ね。御霊さまに感謝。
エリアルさんの方はワタクシに会ったことを忘れているようだし、ワタクシが敬語を使うのがエリアルさんに感化されてのことだなんて、想像もしていないだろうけれど。
千枚を軽く越える枚数の写真を、自分用被写体への配布用弟用に焼き増せば、さすがに魔力の使い過ぎでふらふらする。
注文時の見本用は、被写体に販売許可を貰ってからにしよう。どこまで許されるかは、わからないし。
とりあえず弟用の写真をアルバムに収め、息を吐いて椅子に身体を沈めたところで、部屋の扉が叩かれた。
「お嬢さま、ツェツィーリア・ミュラー公爵令嬢さまがいらしております」
「今行きます。応接間にお通しして下さい」
中等部時代、秘密裏にエリアルさんの写真を売りさばいて、ツェリさまはじめエリアルさんを溺愛する高位貴族の面々に目を付けられた。
叱責され貶められてもおかしくなかったワタクシを拾い上げたのは、ツェリさまだった。
彼女は、ワタクシに言った。
『遠くからこそこそ撮って闇商売しなくても、合法的に表立って撮影と販売が出来る策を取ってあげるから、今は大人しく従いなさいな』
言いながらツェリさまが見せたのは、至近距離の絶好の位置から撮られた、殿下に膝枕されたエリアルさんの写真だった。
無言で手を伸ばしたワタクシから写真を引き離しながらツェリさまは言う。
『これが欲しければ言うことを聞きなさい。良いこと?現状あなたは犯罪者として、訴えられてもおかしくない立場よ。でも、大人しく私に従うと言うなら、私の名の下に保護して、没収される心配なしにこんな写真が撮れるように取り計らってあげる。寝顔も笑顔も、すぐそばで撮らせてあげる。悪い話じゃ、』
『従います!!』
みなまで言わせず叫んだワタクシを、呆れ顔で見返しつつツェリさまは言葉通り写真をくれた。その後も定期的に垂涎の写真を横流ししてくれて、挙げ句が今日、有言実行とばかり、本当にワタクシに写真を撮らせてくれた。
乗せられている、とわかっても、逆らおうとは思えなかった。
正当な取引だ。身売りして膝枕写真を撮らせてくれる奉仕精神溢れる取引相手なのだから、不満もない。
弟用のアルバムを片手に応接間へ向かうと、ワタクシ以上に部屋の主たる貫禄を放つ少女が優雅にお茶を飲んでいた。
ワタクシの手元にあるアルバムを見て、苦笑する。
「仕事が早いわね」
「これが生き甲斐ですから。弟用のものなので、汚さないで下さいね」
「弟、ケヴィンだったかしら?来年入学なのよね?」
「ええ、良く覚えておいでですね」
エリアルさんもだが、ツェリさまもずいぶんと記憶力が優れている。と、言うか、処世術として必要な知識は叩き込んでいるのだろう。貴族社会において、情報は強力な武器だ。
「アルの味方は、多いに越したことがないもの。あなたもあなたの弟も、アルの力目当てでなく好んでくれているから、頼りにしているのよ。…さすがに、腕が良いわね。これは、たくさん売れそうだわ」
「まずい写真は、」
「このアルバムと同じものを、二冊お願い出来る?宰相さまに、確認を取るわ。ああ、もちろん、お金は払うから」
「かしこまりました。ですが、二冊、ですか?」
「一冊は私の分よ」
なにを当たり前なことをと言いたげに見返されて、ワタクシは苦笑した。
ツェリさまはエリアルさんのことを過保護だ溺愛だなどと言うけれど、この方も大概、エリアルさんを溺愛しているのだ。
「気に入って頂けたのでしたら幸いです。今後とも、ご贔屓に」
「ええ。合法的に幸せを売って、たんまり儲けましょうね」
エリアルさん。あなたがおっしゃる通り、ワタクシの魔法は、ひとを喜ばせられる素晴らしい魔法です。
ですから、ワタクシのために、これからも素敵な被写体でいて下さいね。
その後、ツェリさま経由で王宮から、追加で三冊アルバムの注文があったのは、また別のお話。王宮の重鎮すらメロメロにしているとは、さすがワタクシの萌えの女神ですね!
ё ё ё ё ё
令嬢たちが集まって、きゃいきゃいと騒いでいる。
揃いの制服のため服の彩りこそ統一されているが、若い女の子は集まっているだけで華やかだ。
しかし近付いてみると、少しばかり見た目とは乖離した様相が伺える。
「どうしましょう…」
「迷うまでもありませんわ。アルバム一択です!」
「でもお値段が…」
数人の令嬢が、頭を抱えて唸っているのだ。
令嬢たちが顔を突き合わせて眺めているのは一冊のぶ厚い冊子。
今広げられているのは、その冊子の最終ページだ。
“ハロウィーン時のエリアル・サヴァン子爵令嬢の写真をすべて集めたアルバム、完全受注限定生産にて受け付けております。アルバムの表紙にはエリアル・サヴァン子爵令嬢手作りの黒猫判子を捺印し、また、アルバム購入者限定特典として、非売品の黒猫お昼寝写真集(持ち運びに便利な小型版!)が付属します。”
宣伝文句のあとに付けられた画像は、サンプルの文字に大事な部分が隠されてこそいるが、明らかに着ぐるみのままお昼寝中のエリアル・サヴァンだ。もちろん、普通に販売されている中には入っていない写真である。
アルバムのお値段は、普通にエリアルの写真をすべて買った場合の実に三倍。
写真の褪色を防ぐ加工を施されたアルバム代が含まれるとは言え、非常にあざとい商売である。
「アルバムを買ったら、殿下やテオドアさまのお写真も入るわよ?」
「なんだかんだ言って、完成度の高い仮装をした方は、ほとんどエリアルさんとの写真を撮っているのよね」
「しかも、ほら、良い写真は大判で入ってますって」
「ううー…」
唸った令嬢のひとりに、そっと彼女の侍女が近付く。
「あの、お嬢さま…」
「なあに?」
「奥さまからのご連絡で、『お金に糸目は付けないから、アルバムを購入なさい。わたくしの保存用と閲覧用とあなたの分で、三冊ね』とのことです」
「お母さま…」
令嬢が額をおさえて、ため息を吐く。
「わかりましたと、伝えておいて。それと、お礼も」
どうやら黒猫愛好家は、学院内に留まらないようだ。
ё ё ё ё ё
かたかたと鳴るミシンの音を聞きながら、ふと気になって顔を上げる。
「ヴィリーくん」
「うん?どうかした?」
わたしの呼び掛けに、そろばんを弾いていたヴィリーくんが顔を上げて振り向く。
いまわたしが作っているのは毛布製品の新商品。セパレートタイプのパジャマだ。
腰の部分に紐を通し、ずり落ち防止にしている。
ああ、そうそう。この世界のパジャマはネグリジェタイプやナイトガウンタイプが主流で、日本でパジャマと言われて思い浮かぶアレはあまり流通していない。ゴム紐が普及していないから、ゆったりしたズボンが作りにくいのだ。
だから、セパレートパジャマは駄目かもと思いつつ提案すると、予想に反してヴィリーくんからGOサインが出た。着ぐるみパジャマの影響でパンツルック寝間着に目覚めたひとたちがいて、ツナギタイプの不便さを問題視していたところだったらしい。
ならばといくつか試作を作っている中で、豊富にある毛布に疑問を持ったのだ。
「こんなに大量の毛布を使って、品薄になったり価格高騰したりしないのですか?」
これは毛布市場に打撃を与える行動ではないのかと。
疑問に顔を強ばらせたわたしに対し、ヴィリーくんは少し苦笑混じりの笑みで答えた。
「ああ、その心配なら大丈夫。ちょっと、変わり者がいてね」
「変わり者?」
「そう。毛布狂いのジャンって、街じゃ呼ばれてるんだけど。もともと毛織り商の次男だったのが、ある日、『これから毛布の時代が来る!』とか言い出して、毛布専門の商売を始めた挙げ句自分の工場まで作って、でも毛布なんてそうそう売れないから山のような在庫を抱えてたんだ。で、破産一歩手前にまでなったところで、アルくんの毛布製品が大当たり。ウチが大量の毛布を注文して在庫がどんどん使われて、今じゃ孤児院から子ども引き取って従業員にして、イイ顔で工場回してるよ」
「へぇ…」
奇特なひとも、いるものだ。
「そのこたちね、あたしの、ともだちなの!」
「工場長さん、とっても良いひとだって、言ってた」
休憩時間らしく手を止めたユッタとローレが、会話に混じった。
ゾフィーの仕立て屋は八時五時のフルタイム労働ではあるが、十時と十二時と三時に休憩が入る、ホワイト企業だ。子どもに関しては残業もなしで、三食おやつに風呂トイレ完備の住処付き。許されるならわたしも就職したいくらいだ。
「原料の方も、扱いづらくて買い手が付かないような獣毛を安く大量に仕入れてるらしくて、生産農家からはどんどん買ってくれってせっ付かれてるみたい。毛布に注いだ熱い熱情のお陰で、粗悪な獣毛でも軽く上質な毛布に出来るようになったとか。だから、まあ、しばらくは、毛布の在庫に困らなくて良いと思うよ」
「みたいです、ね」
「と言っても、近ごろ模倣品も出たらしくて、競争になって来るかもだけどね」
「え?」
まさかの模倣品。それくらい毛布が認められたと言うことだからありがたくもあるけれど、値崩れや価格高騰、競合は困る。
「あ、心配しないで。ジャンとは専売契約を交わしたから、模倣犯には安価で上質の毛布を手に入れる手はずはないし、ウチの商品にはほら、専用のタグを付けているでしょう?取引を持ち掛けて発案料を払うって言うならともかく、勝手に模倣して利益を掠め盗ろうとする輩に、負ける気はないよ。この街はもちろん、王都でも、毛布製品の元祖はどこかもう知れ渡ってるから」
「こーじょーちょーさん、おねーちゃんのこと、めがみさまだっていってるってー」
「毎朝、ゾフィーさんから買った、黒猫のぬいぐるみを、拝んでるって」
…それはどうなの。
ぽんぽんとユッタとローレの頭をなでながら、ヴィリーくんが笑う。
「うん。だから、ジャンさんに関しては心配ないんだ。模倣品もまだ質が劣るみたいだよ。そもそも、毛布を綺麗に縫うだけでも技術がいるからねぇ。ニナ姉引き抜こうとした馬鹿がいたよ。馬鹿だよね」
「あー…それは」
ゾフィーの仕立て屋の従業員たちは、全員ゾフィーさんを恩人兼母としてこの上なく慕っている。たとえ好条件だとしても、引き抜きになど応じないだろう。
「ニナ姉はともかくユッタとローレは浚われでもしたらまずいからね。最近は子どもだけで外出させないようにしてる。街のひとにも目を掛けて貰ってるし」
「なにか困ったらわたしに…連絡手段が、ない、ですよね…」
「そうだね」
残念ながら電話もメールも普及していない世界だ。通信石も、おいそれとは手に入らない、と言うかあってもヴィリーくんでは使えないし。
頭をひねって少しでもと、いくつか対策品を取り出す。
「この封筒を使えば、わたしに届くはずなので、なにかあったらとりあえず手紙を送って下さい。それと、全員これを」
取り出したのは小さな香水瓶だ。
と言っても、中味は香水ではないけれど。
「これは?」
「気休めですが、護身用に。中に香辛料を煮出して大量の塩を溶かした液体が入っています。襲われたとき、相手の顔に掛けて下さい」
要は、簡易版の催涙スプレーだ。
もっと直接的に、麻酔薬や痺れ薬もなくはないが、相手に奪われる可能性を考えると非戦闘員に過ぎた装備はかえって害だ。攻撃力の低い催涙スプレー程度が身の丈に合っている。
追加として、首から掛けられる笛も渡す。
「こちらは、笛です。息を吹き込むだけで音が出るので、助けを呼ぶために使って下さい」
言って、自分で吹いて見せる。
「壊れると音が出なくなってしまうので、定期的に鳴るかどうか確かめて下さいね」
「うん。ありがとう」
言いながら、ヴィリーくんが笛と催涙スプレーを見下ろす。
「これって、高いもの?」
迷った挙げ句の言葉は、そんな問い掛けだった。
「香水瓶の方は瓶自体の値段も中味もそれなりですが、笛でしたらそんなに高価なものではありませんよ」
香辛料が高いので、催涙スプレーは高めたが、笛は適当な木材を削って、わたしが作ったものだ。
「そう」
「どうかしましたか?」
「比較的マシとは言え、この街の治安も完璧じゃないからさ。女性や子どもが身を守るのに使えないかな、と思って」
「ああ、なるほど」
頷いて微笑む。
「笛はわたしが作ったものなので、必要なら作りますよ。香水瓶の方は、これは効果と使い易さを高めるために香水瓶や香辛料を使っていますが、適当な入れ物に濃い塩水を入れておいて、襲われたときに相手の顔に掛けるだけでも効果はあるはずですよ。目や鼻を痛め付けて少し無力化させるためのものですから、香水瓶や香辛料が不可欠なわけではありません」
「そうなんだ」
「ええ。笛、作りましょうか?」
「お願いできる?ちゃんと、商品として売るから。きっと売れるよ。ニナ姉やゼル姉みたいに、男勝りな凶暴女ばかりじゃないからね」
ちゃっかり商売に持って行くところはヴィリーくんらしいが、根底にあるのは女性や子どもに対する気遣いだ。
「だ、れ、が、凶暴女だってぇ?」
「おやつ運んできてあげたってのに、いーい根性じゃなーい?」
気遣い、なので、ニナさんゼルマさん、その拳を収めてあげて下さい…。
「ちょ、ま、姉さん、誤解!誤解だからっ!」
「になおねーちゃんたちに、ごしん、いる?」
「しっ、それは言わない方がいいよ」
慌てるヴィリーくんの横で無邪気にローレが呟き、ユッタが小声で諌めた。
ゾフィーの仕立て屋でのヒエラルキーが、垣間見える一幕だ。
「そう言うところが凶暴って言われるのですよー?ほら、綺麗な顔が台無しですから、怒りを収めて下さい。ヴィリーくんは貶すために凶暴女などと言ったわけではなくて、ただ、腕っ節の弱い女性や子どもを心配していただけですから」
「あ、アルくんっ」
地獄に仏の様相で、ヴィリーくんがわたしの背へ逃げ込む。
…年下女子に頼るのはどうなの、ヴィリーくん。まあ、良いけどさ。
「アルくんどいて!そいつ殴れない」
「ですから、暴力に訴えないで下さいって。お客さまの商品を扱う、大切な手なのですから、大事にして下さい、ね?」
握り締められたふたりの手を取って、なだめる。
必死の説得が通じたか、ふたりの顔から怒りが解けた。
「…はあ、わかったわよ」
「アルくんに免じて、許してあげるわ。今日だけは」
「ありがとう…姉さん、アルくん」
ほーっと息を吐いて、ヴィリーくんがわたしの肩にひたいを乗せる。腰に腕を回して、甘えるような体勢だ。
「ほら、ヴィリー、アルくん離して。おやつにするわよ」
「今日は、アルくんの好きなハーブのクッキーにしたから」
そのヴィリーくんの腕から引っ張り出されて、机に連れられる。
そのまま甲斐甲斐しく世話を焼かれて、お茶の時間になった。
「ローレ、ああ言うのを、たらし、って言うのよ。気を付けてね」
「あい!ユッタおねーちゃん!」
え、ちょっと待ってユッタさん!?それは、誤解だから!
わたしの否定も虚しく、その後ローレからの呼称は、たらしのおねーちゃんで定着した。解せぬ。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
A○BO、伏せ字にすべきか迷いましたが
ひらがなはセーフ?アウト?セウト?
カメ子さんの視点書いたら
思った以上に濃くてびっくりしました…旅立ってた…(°-°;)
ヴィリーくん良い子過ぎてもうヴィリーくんエンドで良いんじゃないかとか
一瞬思ったのは内緒です←
なんかこの作品脇役の方がまともなような…アレー?(‥;)
う、うん、メインキャラは個性がないと光らないから仕方ないよね!
どんな形でハッピーエンドになるかは未定ですが
続きも読んで頂けると嬉しいです




