取り巻きCともふもふの日 後編
取り巻きC・エリアル視点
前話からの続きです
はっぴーはろうぃーん!
「アルねぇさ…なにその格好!」
もふんっ
扉を開けた瞬間叫んだレリィが、そのままわたしの腕に飛び込んだ。
近くで、写真機の音が響く。…何枚撮るの、真面目に。
「うわー、ふかふかー」
ぎゅうーっと抱き締められて、着ぐるみ師さんの気持ちを味わう。
可愛い着ぐるみは、見ると抱き付きたくなるよね。
「…ヴィック、すごい格好ですね」
レリィの後ろからついて来ていたアーサーさまが、ヴィクトリカ殿下の格好を見て呟く。
「似合っているだろう?」
「ええまあ、皆さんお似合いですよ」
開き直ったらしい殿下が苦笑して答え、部屋を見回したアーサーさまが無難な感想を返す。
「いちばんお似合いなのは、アルねぇさまですけどね!」
にこっと笑って腕を伸ばされたので、片腕を空けてレリィの隣に受け止める。
白スモックの天使ふたり、ゲットだぜ!
天使をキープしたまま、扉の近くで入室をためらっている下級生たちに、笑みを向ける。
「こんばんは。どうぞ、お入り下さいませ」
天使ゲットでこんばんは。男装令嬢から着ぐるみ令嬢にジョブチェンジ中の取り巻きC、エリアル・サヴァンです。
ハロウィーンイベント開始後、だいいちのお客さまは、レリィたちでした。
慣れない高等部校舎の上に、普段は王太子殿下と彼に許された人間しか立ち入れないサロンと来れば小中学生には敷居が高いだろうから、遠慮なく特攻を掛けてくれるふたりの存在はありがたい。前もってひとが入っていたら、入りやすくなるからね。
わらわらとやって来た子どもたちに対応しながら、気付く。
わたし、ツェリ、リリア、ピア、殿下、テオドアさまで、計六人。
対する子ども役の手持ちクッキーは、五枚。
…これ、気まずくないか?
どう頑張っても、ひとりだけは確実に捨てないといけないのだ。
化け物令嬢のお菓子なんて要らないのに、怖いから仕方なく別の誰かを諦める…なんて子がいたら可哀想だ。
うん、ばらけた方が良いな。
お菓子を詰めた黒猫型バスケットとクッキー投入用の斜め掛け鞄を持って、扉へ向かう。
そんな小道具あったのって、ほら、某宅配会社のイメージキャラクターは、親子猫だったからね。
「?どこか行くの?」
「約束している子たちがいるので」
わたしの動きに気付いたツェリを振り向き、笑って説明する。
サロンに大勢で押し掛けられないと相談されて、教室で待ち合わせを提案したのだ。
「…私も行って良い?」
「良いですよ。すみませんリリア、少し空けますが、荷物をお願いしても大丈夫ですか?」
「ええ。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい」
リリアとピアに見送られ、慌てたようにクッキーを渡してくる子たちに対応しながら、サロンを後にする。さりげなく、カメ子さんがついて来た。
メガネを掛けたインテリ系のご令嬢だが、仮装はしていない。
えーと、さっきからカメ子さんと呼んでいたけれど、名前はなんだったか。
そうそう、モーナ・ジュエルウィード侯爵令嬢だ。今の高等部一年生の中では、公爵令嬢であるツェリに次ぐ高位のご令嬢。
文門貴族の長女で、父であるジュエルウィード侯爵は王太子派でも第二王子派でもない、中庸に属する方だったはず。
中立派のご令嬢と親好を深めるとは、さすがお嬢さま。
「ジュエルウィード侯爵令嬢さまは、仮装をなさらないのですか?」
首を傾げて問い掛けると、ぱしん、と言う写真機の音のあとで頷かれた。
「モーナで良いです。自分の仮装で時間を取られるよりも、写真を撮りたいので」
「お好きなのですね、写真」
「写真と言うより、萌…いえ、可愛いものが好きで、一瞬の可愛さを永遠にするために、写真を使っています」
いま、萌えって言わなかったか…?
…いや、気のせいだと思おう。うん。
「わたしたちについて来てしまって良かったのですか?」
「王太子殿下たちは十分撮りましたから。外を出歩いていた方が、可愛い方が見つかるでしょうし、なによりワタクシの萌っ、こほん、ワタクシが学校一愛らしいと思っている方を追い掛けたいので」
やっぱり萌えって言っ…、いや、まさか、だって、こんなデキル女っぽいひとがそんな…。
ツェリが学校一愛らしいと言うのには、全力で同意しますけれどね!
「お嬢さまは愛らしいですからね。お気持ちはわかります」
リリアもピアも可愛いけれど、やっぱりいちばんは我らがお嬢さまだ。
「え?あ、ええ、ツェリさまはお美しいですね」
「あらっ!エリアルさん!?」
会話の途中で掛けられた声に振り向くと、数人の仮装したご令嬢たちがいた。
わたしを見上げて、まんまるに目を見開いている。
「こんばんは。みなさま、とても可愛らしいですね」
「エリアルさんも、とても、ええ、とっっっても、愛らしいですわ!」
目をきらきらさせたご令嬢たちに囲まれる。
口々に褒められると、社交辞令でも嬉しいものだ。
わたしを囲むご令嬢たちを見回して、ツェリが言う。
「せっかくだから、撮って貰ったら?」
「撮って…?」
「モーナが、写真担当なのよ。後で売るから、エリアルと記念写真を撮ったら?」
あれ?被写体は無料焼き増しのはずじゃ…。
疑問を口にする前に、ご令嬢たちがかぶり付きで頷いた。
「良いんですの!?ぜひ、お願いしますわ!」
「ふ、ふたりで撮って頂いても!?」
「わ、わたくしもお願いしますわ!」
「ええ、良いですよ」
モーナさまとツェリに目を向けられて、廊下の端に寄る。
「では、順番に撮りましょう。どんな体勢で撮りますか?」
「え、ええと、お任せしても?」
「お任せですか。そうですね、では」
「え?きゃっ」
ひとりめのご令嬢を前に立たせて、後ろからバグする。
化け猫に襲われた吸血鬼の出来上がりだ。
ご令嬢が小さく悲鳴を上げて、顔を赤らめる。よほど驚いたのか、どきどきと心臓を走らせている。
真っ赤な顔にフード越しの頬を寄せ、モーナさまを示した。
「さあ、笑って下さい、愛らしい吸血鬼さま」
「はっ、はい…」
写真を撮ったあと離れたご令嬢が少しふらふらしていたけれど、驚かせ過ぎただろうか。
次を、と視線を向けて、瞬間絶句する。
…人数、増えていないか?
見やった先にはいつの間にか、長い列が作られていた。
うん、あれだ、某テーマパークのキャラクターグリーティングの写真待ち、みたいな列。
「アル」
「はい…」
「私が待ち合わせ場所まで行って約束の子たちを連れて来るから、あなたはここで写真を撮られていなさいな。あなたが刺繍を教えた子たちでしょう」
「はい。お願いします…」
その後ツェリが戻って来ても列は途切れることなく、と言うか、ツェリが呼んで来た子たちも列に混ざり、ハロウィーンイベントの時間いっぱい、わたしはそこで拘束されることになった。
たまにツェリも、と言われることもあったけれど、ツェリだけを所望する子はいなくて、長蛇の列に並んだ全員が、わたしとの写真を所望した。
…そんなに、着ぐるみが珍しかったのかな。前世と違って遊園地とかはないし、販促なんかで街角に立っていたりもしない。着ぐるみを見る機会なんて、きっと旅芸人や劇場くらいだ。
ルールとは言えフルフェイスじゃなくて、申し訳なかったかな。
撤収の放送が流れて、ようやく写真撮影会から解放された。
初等部生も混じったイベントなので、終了時刻は早めだ。
そのため高等部生の中には、イベント後に別途でなにかやったりするひともいる。
親しいひとて集まってお菓子パーティーとか、百物語とかね。
わたしたちも、いつものサロンでお菓子パーティーをしようと誘われていた。…レリィに。
本来下級生は撤収を命じられる高等部校舎に、レリィとアーサーさまは居残る気まんまんのようだ。
「アルねぇさま、ツェリ、お帰りなさーい」
「大人気だったらしいね」
部屋に戻ったわたしとツェリに、レリィと殿下が声を掛けて来る。
モーナさまとは途中で別れた。一緒に来ないかと誘ったけれど、早く現像したいからと振られてしまった。…ぶれないひとだ。
そして、相変わらず耳が早いですね、殿下。
「着ぐるみが珍しかったみたいですね。多めに用意したつもりだったのですが、もうすっからかんです」
黒猫のバスケットにパイはゼロだ。
モーナさまへ労いを込めて渡した一個がラストだった。もっと余ると思っていたのに、飛んだ計算違いだ。
途中で足りなくならなくて、良かった。
「着ぐるみじゃなく、着ぐるみを着たお前が…いや、いいか。そんなにクッキー貰って、食べきれるのか?」
「クッキーならしばらくは保ちますから。ちゃんと、責任を持って食べますよ」
ハロウィーンのクッキーは、貰った本人が食べるのが決まりだ。
ずしりと重たくなった斜め掛け鞄だけれど、受け取ったからにはきちんと食べる。
「…当分は主食がクッキーになるでしょうけれど」
「どんだけ貰ったんだよ」
どんだけ貰ったんだろう…。
作ったパイの個数は、確か…、
「214枚、ですね」
6×6個乗せたテンパンを、六回オーブンに入れたはずだ。ひとつは味見として食べてひとつはモーナさまに渡したので、残りを配ったと考えるとそうなる。
そうなるが…。
「200ってお前…」
「全部配る気は更々なかったですよ」
山ほど余らせてお菓子パーティーに回す気まんまんだったのだ。
決して、ナルシストなわけではないと主張したい。
結果として、すべて配ってしまったわけだけれど。
「余らせてこちらに回すつもりで…あ」
「どうした?」
「ほかに余分を作っていないので、お菓子パーティー用のお菓子があり…ました」
「どっちだよ」
黒猫バスケットからわさわさとお菓子を取り出す。
色とりどりの包装に包まれた、種類もさまざまなお菓子だ。
「わたしたちがお菓子パーティーをするつもりだと広まっていたようで、たくさんのご令嬢からみなさまに、とお菓子をたくさん貰えたのでした。わたしの用意したお菓子でないので申し訳ありませんが」
「「「えー」」」
レリィとアーサーさまからブーイングが…って、え?
「…殿下にまでがっかりされるとは思っていませんでした」
さりげなくブーイングに声を混ぜていた殿下に、驚いて目を向ける。
それと、レリィとアーサーさまには一個渡したよね?同じものだよ?
「エリアル嬢の手料理を食べられる機会たから、楽しみにしていたんだよ」
「それは、申し訳ありません。ですがきっと、わたしが作ったものよりもご令嬢方から頂いたお菓子の方が、美味しいですよ」
わんちゃんから配給されている小豆はともかく、小麦もバターも一級品でない、どころか庶民が使うような安価なものを使っている。
まずく作ったつもりはないが、一流のシェフが一流の食材で作ったお菓子に比べたら、明らかに劣るだろう。
「美味しいとか、美味しくないとか関係なく、エリアル嬢が作ったお菓子が、食べたかったんだ」
さみしげに苦笑されると、悪いことをした気持ちになるが、ないものはないのだから仕方がない。
別途で作って置かなかったわたしの落ち度だけれど、ないものは出せないのだ。
今日は非常食袋も持って来ていないし。
うーんと唸ったところで、貰ったお菓子の中にマシュマロとクラッカーがあるのが目に留まった。
…。
子供騙しだけれど、ないよりは良いだろうか。
モコモコの猫ハンドを捲りながら言う。足と違って取れはしないが、手首にボタンを付けて手が出せるようにしてあった。
「では、今からお作りしますね」
「え…?」
ろうそくを一本拝借し、フォークにぶっ刺したマシュマロをあぶる。
ぷくっと膨らみ、とろけたマシュマロをクラッカーに挟んで、差し出した。
「はい、どうぞ」
「…そう言うこと」
合点して笑った殿下がわたしの手首を掴み、わたしに持たせたままのマシュマロクラッカーをかじった。
「あ、熱いかもしれないので気を付けて下さいね」
「ん…大丈夫。ありがとうエリアル嬢、とても美味しいよ」
言ってふたくちめを口にした殿下の唇が、わたしの指に触れた。
指の間から、クラッカーが引き抜かれる。
「マシュマロを焼いて食べるなんて、初めてだな」
「そうですか?わたしはそのまま食べるより好きなのですが。マシュマロは、温かいココアに入れても美味しいですよ」
マシュマロココアのふわとろ感は、幸せの魔法と言って良いと思う。
マシュマロにしろチーズにしろおもちにしろ、あの、熱してとろっとしたときのなんとも言えない幸福感が素敵だ。同じ食品のはずなのに、とろけている方が美味しそうに見える不思議。
「へぇ…今度、作ってくれる?」
「機会があればお作りしますね」
「アルねぇさま、れりぃにもマシュマロ焼いて!」
「はい」
レリィにせがまれて、マシュマロを焼く。
「…開始前にお菓子食べさせてどうするのよ」
「あー、申し訳ありません、つい」
「別に構わないけどね。ぐだぐだだけど全員揃っているし、始めちゃいましょ。アルはちゃんと、全員分マシュマロ焼きなさいよ」
…全員ですか。マシュマロ焼いて挟んだだけなのですけれど、全員食べたいですか。
見渡すと、期待のこもった目で見返された。
ああ、うん、
「かしこまりました」
みんなお上品だから、マシュマロ焼いて食べたりしないのだね。美味しいのに。
とりあえず先着順と、レリィにマシュマロクラッカーを差し出、
「はい、離しますよ?」
そうとしたら口を開けられたので、口の中に差し込む。
クラッカーをお口で受け取ったレリィは、さく、とクラッカーをかじってにっこり笑った。
「美味しーい!」
「アルねぇさま、僕も欲しいです」
「はい…よいしょ、どうぞ」
次々にやって来て口を開かれると、ペンギンの飼育員さんにでもなった気分だ。
可愛いよね、ペンギン。来年はペンギンの着ぐるみにしようかな…。あれ、でも、この世界にペンギンっているのか?調べてみよう。
「どうぞ、ピア」
子ども優先のあとはお客さまと、ピアに、
「あ、ありがとうございます、はむ」
ノリで口許に差し出せば、照れながらも応じてくれた。うん、さすが小動物。
両手で持ってさくさくと食べる姿も、子リスみたいで可愛らしい。うさぎじゃなくて、リスにすれば良かったかな。
リリア、ツェリとお口に渡して、
「テオド、」
「はい、テオ」
テオドアさまにも渡そうとしたところでツェリに奪われ、ツェリからテオドアさまにマシュマロクラッカーが渡った。口にじゃなく、手渡しで。
振り向いたツェリが、少し厳しい顔を作ってわたしを見上げた。
「アル、あなたはもっと危機感を持ちなさいな。子猫が無防備に狼に近付いたりしたら、食べられちゃうわよ?」
「え?あ、はい」
仮装から着想を得た、ロールプレイだろうか?
「殿下とテオドアさまに近付かなければ良いのですね」
「…理解してないわね。まあ、良いわ。そうよ、狼には細心の注意を払いなさい。やつらは柔らかい子猫の肉が大好物なのよ。それと、アーサーにも気を付けなさい。人間は餌をくれる振りをして、私たちを捕まえるのだから」
猫を捕まえてすることと言えば、
「…三味線にされてしまいますものね」
「え…?」
「ああ、いえ、捕まらないように、気を付けます」
三味線の皮は未通の雌猫が良いと聞いた記憶がある。力強さを求めるなら、犬の皮らしいけれど。どちらにしろ、動物愛護団体が騒ぎそうな話だ。
口の中で小さく呟いた言葉を聞き返されて、首を振る。三味線なんて、この世界では見たことも聞いたこともない。
「ええ。良い子ね」
もふもふとわたしの頭をなでたツェリが、わたしの手からフォークを取り、膨れたマシュマロをクラッカーに挟んだ。
「はい、あーん」
「はむ」
そのまま口許に運ばれたので、口を開けてかじる。うん、良い焼き加減。
「エリアル、これもどうぞ」
「むぐ」
飲み込んだところでリリアが別のお菓子を差し出して来て、食べさせて貰う。
ふかふかのマドレーヌだ。美味しい。
「ヴルンヌ家自慢の料理人が作ったマドレーヌです。お口に合いましたか?」
「んぐんぐ…美味しいです」
「紅茶もどうぞ」
「ありがとうございます」
…え、ツェリもリリアもなんでさりげなくわたしの食べかけを食べているの。
それはわたしに与えて、新しいのを食べようよ。
「エリアル、あの、良かったら、これも」
「頂きます、ん…」
おお、ピアまで、あーんしてくれたよ。
くれたのはトゥロン。美味しいけれどカロリーが馬鹿高い悪魔のお菓子だ。
長い棒状のトゥロンの端を噛みちぎると、やっぱり残りはピアの口に運ばれた。
なんなの、そう言う遊びなの?
「アルねぇさま、あーん」
「もぐ」
お皿を持って近付いて来たレリィから、フォークを差し出されて口に入れる。
たっぷりとクリームが付けられたスコーンだ。
…レリィも人間だけれど、餌を与えられて良いのだろうか。
「レリィは良いのよ。よく見なさい、耳があるでしょ?」
ツェリがレリィのツインテールを指差す。
たしかに、うさぎが犬の耳に見えなくもない。
…それで良いのか?
首を傾げつつもお菓子攻撃が止まったので、ご令嬢からのお菓子に目を向ける。貴族のお嬢さまからのプレゼントだけあって、高級そうなお菓子ばかりだ。
…その高級お菓子を、マシュマロクラッカーと言うチープな食べものの材料に使ったのだけれど。
「あ」
お菓子の中に黒猫のロリポップを見つけて思わず声が漏れる。
手を伸ばして取り上げて見れば、かなり精巧に作られた飴細工だった。首には鈴付きの、赤い首輪をはめている。
…これ、食べたら共食いになるのかな。思いつつも、包装を剥いてちろりと舐めた。
「!」
こ、これは…。
鼻を抜ける刺激臭と塩気。舌を抉るような甘苦さと、身体が受け入れを拒否する独特の風味。けれど、それにめげずに食べ続ければいつの間にかそれなしではいられなくなる中毒性を持つ味の、
「さるみ…」
黒とか何で色付けたんだろうと思ったら、カーボンブラックでしたか。
まさかこの世界でまできみに出会えるとは思っていなかったよ、サルミアッキ…!
と言うか誰だよ、お菓子に劇物混ぜたのは。
久しぶりの再会に感慨深くなりながら、猫の耳をかじる。
相手がサルミならば舐めるなんて生温い対応では駄目だ。
己の歯でもって、徹底抗戦の意志を示さなくては。
いやはや、手に取ったのがわたしで良かった。駄目なひとはとことん受け付けないお菓子だからな…サルミうめぇ。
しばし、もこもこと食べものと言って良いのか少し迷う物体と格闘していると、ふと視線を感じた。
「?」
顔を上げると、なんと部屋中の視線がこちらを向いていた。
え、いつから見られていたの。
「…共食いは、駄目でした?」
でも、これを受け入れられるひとは少ないと思うのだけれど。
それとも文化の違いで、みんなサルミを受け入れられ…ないか。この国にリコリス菓子の文化はないはずだから。食べ慣れてないと無理な味だ、これは。
首を傾げれば、綺麗に全員からぱっと顔を逸らされた。
肩が震えている。笑っているな。
まあ良いかと猫との格闘を再開する。
普通に、お祭りの屋台で実演販売しているようなサイズなのだけれど、舐めるのではなくかじるとなるとこう、どう食べるかに迷う。
とか言って、頭をかじり取っていたりするのだけれど。
芸術品のような出来だが、飴は飴だ。食べてこそのもの。
いや、サルミだと知ったら食べない選択をするひともいるかもしれないけれど。
「容赦ないわね」
「これ、かなり柔らかい飴なので」
飴と言うかグミと言うか。舐めていても溶けないのだ。
「美味しい?」
「いえ、美味しくないです」
「え?」
「なんと言うか、決して美味しいものではない、のですけど、癖になる、と言うか」
口に入れると、不味い、駄目だ、無理!と思うのだが、飲み込んでしまうともうひとくち、と思うのだ。そうして食べ続けていると、いつの間にか身体がサルミを拒否しなくなっている。…麻薬でも入っているのではないだろうか。
ふと、思い出すと食べたい気がしてくる物体なのだ。でなければ伝統菓子にならないだろうしな。
「食べない方が良いですよ。吐きます」
言いながら、自分は首なしになった猫をかじる。サルミうめぇ。
「吐くほど不味いなら、どうしてあなたはそう、幸せそうに食べているの?」
「幸せそうですか?」
「ええ」
幸せそうなのか…。
「まあ、慣れているからでしょうね。食べ慣れるとこの刺激の利いた味がやみつきになるのです」
刺激の利いた味と言うか、まんま刺激臭だけれど。
「ひとくち、」
「後悔しますよ」
ひと舐めくらいなら止めはしない(ひとかじりは全力で止める)が、お勧めはまったくもってしない。
好奇心は、猫をも殺すのだ。
「いいじゃない、ひとくちくらい」
「別にやめろとは言いませんが…」
手を伸ばされて、上半分なくなった猫飴を渡す。
「かじらない方が良いですよ。舐めるだけにして下さい。わたしはきちんと、忠告しましたからね」
言いながら、用意されていたジュースをコップに注ぐ。
「なによ、大袈裟ね…。−−−!?」
唇を尖らせつつも忠告に従って舐めるに留めたツェリが、猫に舌を触れさせた瞬間目を見開いた。
口許を抑えて、ごほごほと咳き込む。
ツェリが取り落とし掛けた飴を取って、咳き込むツェリの背をなでる。
「っごほ、けほけほっ、なっ、けほっ、なに、これっ、ごほごほっ」
「飴ですよ。はい、口直しどうぞ」
肩をすくめて答えて、注いでおいたジュースを渡す。
一気に煽ってひと息吐いたツェリが、信じられない目でわたしを見上げる。
「なん、で、平気な、顔で、食べら、れるの」
「慣れです」
上半身を失った猫飴から、尻尾を噛みちぎりつつ答える。
「…美味しそうに食べる顔に騙されたわ」
「美味しくないとお伝えしたでしょう」
納豆が食べられるか食べられないかみたいな話だ。受け入れられるひとには美味しくても、受け入れられないひとにはとことん無理。
「そんなに、不味いのかい?」
「食べものじゃないわ」
食べてるひとの前でそう言うか。
殿下がお菓子の中から、もう一匹二匹と黒猫飴を捕まえる。
「まだ、あるみたいだけど?」
「わたしが貰って帰ります」
ほかのひとに害が行かないように、猫飴はわたしがすべて捕獲した。黒猫以外もいたけれど、怪しいので殿下たちには食べさせられない。
一網打尽にして、クッキー入りの鞄に突っ込む。わーいサルミサルミー。
「独り占めか」
「配慮ですよ。わたしの食べさしでよろしければ味見しても構いませんが」
あの苦しげなツェリを見ても、食べたいと思うのか。
「味見するー」
「やめた方が良いわ」
「お勧めしません」
手を伸ばすレリィへ、ツェリと同時に忠告する。
「ちょっとだけだからー」
わたしから上半身としっぽを失った猫飴を取って、レリィがぺろりと舐めた。
「うわー、なにこれなにこれー!ちょと、アーサーも舐めてみてー!すっごく不味ーいの!!」
笑いながら、アーサーさまに勧める。…大物だ。
「不味いものを勧めるんですか?」
アーサーさまが苦笑しつつ受け取り、舐める。
「うわ…。テオ」
顔をしかめたアーサーさまの手から、猫飴がテオドアさまに渡る。
「俺に回すのかよ。…っごっほ、うぇ…げほごほっ」
テオドアさまはツェリと同じく咳き込み、無言で突き出された猫飴を殿下が受け取った。
「これは、私も舐める流れかな?」
周囲の使用人が止めようとするのを、微笑んで制して殿下が飴を口にする。
微かに目は見開いたがそれ以外表情が崩れないのは、さすが王族、だろうか。
「あー、うん。これは、食べられない、かな」
「えっと、」
「リリアンヌ嬢はやめた方が…」
「いえ、頂きます」
恐る恐ると飴を舐めたリリアが、無言で口許を抑える。
さり気なくピアが猫飴を保護し、ジュースを手渡した。
「ああ、これ」
そのまま飴を舐めたピアが、納得したように小さく微笑んた。
「ラドゥニア以西で食べられている飴、ですね。エスパルミナでも、ごくまれに出回りますが、死ぬほど不味いと、評判です」
好きなひとはとことん好きで、出回ると買い占めるみたいですが。
隣り合うラドゥニア帝国とバルキア王国より、間に緩衝材のあるラドゥニア帝国とエスパルミナ帝国の方が、国交が盛んだ。お隣同士の国が険悪になりやすいのは、世界が変わっても変わらないのだね。
「珍しいから選んだのかもしれませんが、ひとにあげるのは、あまり…」
そうだね。向かないよね。
苦笑して頷き、ピアから猫飴を受け取った。
「これをくれたご令嬢にクッキーを渡した下級生が、少ないと良いですね」
わたしが呟いた言葉に、全員一致で真剣に頷いた。
五個しか貰えないお菓子のひとつがコレなんて、あんまりだ。
その後はお菓子に劇物が混入していることもなく、和やかな雰囲気でお菓子パーティーが進んだ。
こうして、高等部で初めてのハロウィーンイベントは無事終了し、
「…これ、何枚あるのですか?」
「1013枚、ですね」
一気圧ですね。
後日、モーナさまからわたしへ、広辞苑みたいに分厚い写真の束が手渡された。
…いっぱい撮ってるなとは思ったけれど、まさかの一気圧。
「エリアルさんには無料で差し上げますから」
「こんなに貰って、良いのですか?」
フィルム代やらなにやら、かなりの値段になるはずだ。
「良いからあなたは早く目を通して、どれなら売って良いか決めなさい。あなたの写真はいつ売り出されるのかって、すごい量の問い合わせが来ているのよ」
色んなひとと記念写真撮ったからなぁ。
せっかくの仮装の思い出だ、早く欲しいよね。
頷いて、写真に目を通、
「あ、あくび撮られてる!?寝ているところも…」
して、激写された思わぬ状況に声を漏らす。
「寝ている写真は、絶対に売るわよ」
「ど、どうしてですか」
「顔が見えていないから。あくびは売らないけれど、寝てるのは外さないわ」
無情な発言をしたツェリが説明する。
「あなたの場合、顔がよく見える写真は売らないようにって、宰相さまから通達が来ているの。あなたの仮装が、顔がよく見えないもので良かったわ。基本的に、あまり近くからはっきり顔を写している写真は販売しないわ」
そういう約束だったわよね、モーナ?
ツェリに声を掛けられて、モーナさまが頷く。
「前もって忠告されていましたから、販売可能な写真が多くなるように撮りました」
ここにプロがいるよ。
頭を抱えたくなりつつ、写真に目を通す。
いつ取ったの!?と言う写真もままあるが、なるほど、わたしを知らないひとが受け取っても、わたしの目印にはなりにくそうな写真ばかりだった。
知ってるひとが見れば明らかにわたしだけれど、指名手配には使えないような、絶妙な写真たちだ。
悩みつつも、ため息を吐いて答える。
「では、あくびだけ抜いて貰えますか?」
「わかりました。ご協力、感謝します」
どうせ、大した枚数は売れないだろう。
思って安請け合いしたわたしは、後日渡された配当金に、絶句することになる。
「…どんな値段で売ったのですか」
「フィルム代と現像代に、四割上乗せ、ね」
プロに頼んだ記念写真より、少し割高くらいの値段だ。
ぼったくり感はあるが、法外な値段ではない。
その儲けの、二割でこの金額?
「…どれだけ売れたのですか」
「万単位、ですね」
初等部から専科まで足しても、生徒数は万に達しないけど!?
何人が、ひとり頭何枚買ったのですか!?
「…みなさま、着ぐるみ、好きなのですね」
来年も衣装を頼まれたら、今度は全員着ぐるみにしようか…。
わたしは額を押さえつつ、予想外過ぎる高額臨時収入を受け取った。
エリアルさんに伝えられずに消えた言葉たち
「ツェリさまではなくエリアルさんのことだったのですけど。ああでも、無自覚もイイ!ああもう可愛いです可愛過ぎですさすがワタクシの萌えの塊ぃっ!!」
「着ぐるみじゃなく、アルと写真が撮りたかったんだろ」
「黒猫が猫飴…!モーナ!なんでモーナはいないの!」
「ツェリさま、エリアルさんに真実は伝えないんですか?」
「アルは無自覚だから良いのよ。これからも、写真お願いね?」
「一生付いて行きます!」
モーナさんはすごいひと、と言うお話
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
続きも読んで頂けると嬉しいです




