取り巻きC ともふもふの日 前編
取り巻きC・エリアル視点
高等部一年秋
ハロウィーンネタの回です
前編です次話に続きますm(__)m
この世界は、わたしの前世にあったゲームに似ている。
日本産の、乙女ゲーム。
乙女ゲームだけあって、ゲーム内にはいろいろなイベントがあった。
西洋風な世界なのに、日本の学校であるようなイベントごとも多々混じっていた。
ゲームにあったイベントや、ゲームの世界での設定。
すべてが忠実なわけではないけれど、類似点も多々ある。
その中で、中途半端にゲームに忠実なイベントもあって。
そのひとつ、それが、ハロウィーンだ。
秋めく陽気でこんにちは。小さなことからこつこつと、絶賛草の根活動中の取り巻きCことエリアル・サヴァンです。
ただいま困った顔のピアに、見上げられているところ。
この学院にある変わった行事、ハロウィーンについての相談受けているのだ。
この国のハロウィーンはゲームであった日本風コスプレパーティーとも、前世のキリスト教圏の宗教行事とも、ちょっと異なる謎行事。
由来としては、本場のハロウィーン、あるいは日本のお盆に近い、だろうか。
この時期に死者の魂が帰って来るので、それに対する弔いの行事、らしい。やらないと死者が悪霊になってしまうのだそうだ。
だが、化け物のコスプレをするのは大人の役目で、子供は一律で聖職者や天使の格好をする。聖者に扮した子供たちが死者に扮した大人たちに浄化のお札(を模したクッキー)を渡して弔いをし、そのお礼として大人が子供にお菓子をあげると言う行事だ。
誰も、“Trick or Treat!”なんて言わない。交わされる言葉は、“安らかな永眠りを”“ありがとう”、だ。
この国では十六歳を成人とするので、学院内では高等部より上の生徒と、中等部より下の生徒で役割が変わることになる。
中等部以下の生徒は一律白いスモックを羽織ってクッキーを籠に詰めて歩き回るのに対し、高等部以上の生徒は自前でコスプレして自前でお菓子を用意して配る。小中学生の手持ちクッキーはひとり五枚と決まっているのだが、誰にあげるかは自由なので、露骨に人気が判明すると言う、実はえげつない行事だ。
ピアの出身国であるエスパルミナ帝国では信教が異なるため、ハロウィーンは存在しておらず、用意する衣装やお菓子に困って、わたしに相談して来たらしい。
「任意参加の行事ですから、無理に参加する必要はないのですが…」
せっかくのお祭りごとなのだから、参加した方が楽しいだろう。
「あまり、こう、と言う決まりはないですよ。悪魔や魔女、吸血鬼、妖精などに扮する生徒もいれば、動物のような格好をする生徒もいます。要は、天使や聖職者に見えない、普段と違った格好をすれば良いのです」
「それが、難しいです…」
「ですよね」
何でも良い、と言われるのが、いちばん困る、という話だ。
「衣装はともかくお菓子に関しては、エスパルミナ帝国のお菓子が喜ばれると思いますよ。珍しいですから」
「お菓子も、なんでも良いんですね」
「はい。みなさま思い思いに用意していらっしゃいますよ」
美味しかったり珍しかったりするお菓子を配ると、口コミでたくさんひとが集まる。人気を集めたいなら苦心するみたいだけれど、ピアの場合は祖国のお菓子で十分美味しいし珍しい。
だから、問題は衣装、なのだけれど。
「どんなものでも良ければ、わたしが用意しましょうか?」
「え?」
「自分と、お嬢さま、リリアの分を用意しますから、ピアの分くらいついでに用意しますよ。自分で選ぶよりその方が安心でしたら、わたしに任せてみませんか?」
ピアは可愛い。
可愛い子に可愛い服を着せるのは楽しい。
完全に自分の趣味での申し出だったのだけれど、ピアは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「それは、助かります、けど、でも、」
「わたしの見立てでは不安ですか?」
「い、いえっ!そんなこと、ないです!」
「では、任せて頂けますか?」
「い、いいん、です、か?」
ぷるぷると震える小動物のような反応が可愛らしい。
微笑んで、頷いて見せた。
「もちろんです」
「じゃ、じゃあ、お願い、します」
「喜んで」
にこにこ笑って頭をなでると、か細い声でありがとうございますと返された。
うん。可愛いは、正義だ。
「アロンソ嬢の衣装を請け負ったんだって?」
「耳が早いですね」
ピアの相談を受けた日の放課後、サロンでクロッキー帳を広げていると殿下に声を掛けられた。
普通に校舎内の食堂で話していたし、誰かから聞いていてもおかしくはないと思うけれど、それにしたって早過ぎやしないだろうか。
「ピアだけでなく、お嬢さまとリリアからも頼まれていますよ」
リリアは元々自分で準備するつもりだったらしいのだけれど、ツェリとわたしがハロウィーンの計画を立てているときに居合わせて、会話の流れでわたしが衣装を作ることになったのだ。
ちなみに、報酬ありのアルバイト扱いでゲイツ。ピアも、材料費と手間賃は払うと言っていたから、正直、ありがたい臨時収入だ。小物ならともかく、服なんて素人が作っても買って貰えないからね。
「殿下は、王宮のお針子さんの手のものですか?それとも、王家御用達の仕立て屋さんで注文を?」
「そうなるかな。あまり、おおごとにはしたくないんだけどね。出来ることなら私もエリアル嬢に頼みたいくらいだよ。せっかくの学生行事なんだから、普通の学生みたいに楽しみたい」
なるほど同級生の手作り服なんて、学生行事の醍醐味かもしれない。
前世でも、行事ごとに作ったお揃いのクラスTシャツとか、少しくすぐったいけどすごく嬉しくて、楽しかった。
…せっかくの学生行事だと、言うのなら。
「許可が下りるのでしたら、お作りしましょうか?」
「え?」
「王家御用達の仕立て屋さんには遠く及ばない腕ですし、お嬢さまたちとお揃いになりますから可愛らしい見た目になるかと思いますが、それでもよろしいのでしたら、殿下の分も用意いたしますよ」
いくら王太子殿下とは言え、学生の間に少しハメを外すくらい、許されても良いのではないだろうか。
若いうちに馬鹿やった思い出は、きっと大人になってからの宝物になる。
やらなかったことを悔いるなら、やってみた方が良い。
殿下は面喰らった顔をして、小さく首を傾げた。
「良いの?」
「殿下が王宮から許可を得た上で、材料費と手間賃をお支払いして下さるなら喜んで」
営利目的じゃないよ。ほかの面々からもお代をちょうだいするから、殿下も特別扱いしないと言うだけでゲイt…おっと、だけだからね。
「…ちょっと待ってね」
殿下が腕にはめた通信石を耳に当てる。それ、そうやって使うんですね。初めて見たわ。なるほど、耳に当てる石で通話相手を変えられるってことなのかな。
「−よし。許可は下りたから、お願いしても良い?」
え、許可早!
と言うか、即決ですか。いや、別に構わないけれど。
「良いのですか?」
わたし、全力で遊ぶ気だけれど。
「良いも悪いも、エリアル嬢に作って貰いたいから」
「身に余る光栄ですね。わかりました、お受けします」
「ありがとう。よろしくね」
「はい。意匠は、わたしが勝手に決めてよろしいですか?」
お嬢さま方はその条件で受けているけれど、もし希望があるのなら聞くつもりだ。
当日サプライズもおもしろいけれど、せっかく作ってもイメージと違ってがっかりだと、悲しいからね。
わたしの問いに、殿下は微笑んで答えた。
「うん。任せるよ。楽しみにしているよ」
「…後悔しても、知りませんよ?」
繰り返すが、全力で、存分に、遊ぶ気なのだ。
王太子殿下だからと言って、遠慮はしない。
イベントごとは、はっちゃけてこそ楽しいのだから。
露骨な脅しだったのに、殿下は涼しい顔で流した。
殿下の美貌ならばどんな服だろうと着こなせる、と言う自信から来る余裕かもしれない。…バニーガールにしてやろうか。
「きみが作るものならなんだろうと喜んで。どうせなら、テオも巻き込もうか。ああでも、人数が増えるとエリアル嬢に負担かな」
「テオドアさまの分くらいでしたら追加しても問題ありませんが、本人に了解は取って下さいね?」
「大丈夫。テオは私の側近だからね」
断言した殿下の笑みはいと爽やかにもかかわらず、どこか黒い気がするのは気のせいだろうか。
「金銭も関わることですから、きちんと確認して下さい」
とりあえず、そう言って肩をすくめた。
しつけ縫いをした生地を、ミシンでざくざくと縫って行く。
無論、と言って良いのかはわからないが、電動ミシンではない。昔懐かし足踏み式のミシンだ。ゾフィーさんのお店の秘蔵っ子で、彼女の好意で使わせて貰っている。
使い始めは慣れなくていろいろと失敗していたが、慣れてからは使い心地の良さにはまった。もうきっと、電動ミシンには戻れな…いや、電動ミシンには電動ミシンの良さがあるから、あるなら確実に使う。足踏み式ミシンも便利だけれど、機能は直線縫いに限定されているからね。
あのあとテオドアさまが殿下の申し出を受け入れたため、六人分の衣装を用意することになった。
もともと自分とツェリとリリアのデザインは決めてあって、すでに作り始めてたところだったから、間に合わないと焦ることはなかったけれど、男性陣の衣装と言うことでデザインに迷った。
ピアの衣装は作ると決まって即思い付いたのに、殿下とテオドアさまの服は、なかなか浮かばなかったのだ。どうもわたしに紳士服のデザイナーは向かないらしい。
格好良い服と言う概念を捨て、とことん悪ノリしようと決めてからは、すぐ決まったのだけれどね。
許可は得たのだ。ハロウィーンはふたりにとことん可愛い格好をして貰おう。
「…アンタそれ、毛布じゃないのかい?」
「毛布ですね」
少し呆れの混じったゾフィーさんの問い掛けに、しれっと頷く。
わたしがミシンに掛けているのはふっかふかの起毛生地。柔らかな毛で織られたそれは、紛う方なき毛布である。この世界では、ほとんど衣類には用いられない生地だ。
それをわたしは、衣装に使おうとしている。
前世ではパイル地の服だって着る毛布だってフリースだってあったのだから、毛布を衣類に用いても許されるはずだ。寝具や敷布だけにしか使わないなんて、そんなの毛布の可能性の否定でしかない。
「目立つ方々に着せますから、反応を見て、好感触なら売り出しましょうよ。新しい文化が、生まれるかもしれませんよ?」
「毛布を、服にかい?」
「革に比べて安価で軽くて温かい。良い素材だと思いませんか?」
衣類に用いる起毛素材がベロアのような高級生地だけでは、勿体ないじゃないか。
「少し変わった毛織物だと思えば、そうおかしくもないでしょう」
「まあ、売りもんじゃないんだから、あんたの好きにすれば良いけどね」
ゾフィーさんはため息を吐くと、自分の作業に戻って行った。
わたしがミシンを使っている間、ゾフィーさんはミシンがいらない作業をやってくれているのだ。
「出来るだけ急いで終わらせますね」
「急ぎのもんはないから、数日の間は好きに使ってて構わないさ」
「ありがとうございます」
ゾフィーさんの好意はたいへんありがたいけれど、わたしの方も時間がない。
ミシンでは無理な部分も多々あるし、衣装作りだけにかまけていて良いわけでもないので、出来れば今日中にミシン掛けは終えてしまいたいのだ。
衣装自作のコスプレイヤーさんとか、こんな気持ちなのかな。まだ学生の身だから、社会人コスプレイヤーさんに比べれば自由度は高いと思うけれど。
衣装代が収入になるので、内職の時間を衣装作りに回している。話し合いの結果一律の衣装代を貰うことになっていて、結構な収入になるのだ。こんなには取らないと言ったのだけれど、くれると言うので貰うことにした。
今回の場合は収入よりも完成品への反応が楽しみなので、作る作業もより楽しい。
とことん遊ばせて貰った。とくに、殿下の衣装は。はっきり言って、普通ならば不敬罪だと思う。
前もって警告はしておいたから、許されると良いのだけれど。
まあ、最悪の場合の逃げ道はあるようにデザインしたので、駄目だと言うなら問題のある箇所を省いて着れば良い。
でも、どうせならフルで着て、周囲に阿鼻叫喚を作り上げて欲しい。
トータルコーディネートで六着はなかなかに骨だけれど、その先の楽しみを思えば少しも苦ではなくて、わたしは鼻歌でも歌いたい気持ちでミシンを動かし続けた。
そんなこんなで、ハロウィーン当日。
今日は授業が午前中で終わり、午後はイベント準備、夕方からイベント開始になる。
衣装の入った箱とお菓子を台車に乗せて、向かった先はいつものサロン。
ちなみにお菓子は、某安価なお菓子で有名なお店の餡子入りパイをさらに小型化しつつ模してみた。美味しいよね、あれ。餡子入りだけれど適度に洋風なので、この世界で見せても、なんだこれは!?とならないのも嬉しいところだ。
サロンの扉を開ければそこには、簡易の更衣室が作り上げられていた。
…さすが未来の王さまとその側近候補たち。やることがえげつない。
「申し訳ありません、お待たせ致しました」
すでにピアも含めて全員揃っていて、謝罪を口にする。
「大丈夫。衣装を運んだのだから、私たちより時間が掛かるのは当然だろう?」
殿下は微笑んで、取りなしてくれた。
その微笑みは、衣装を見ても保たれるだろうか…。
「変わった服ですのでわたしが着替えを手伝いたいのですが、みなさまそれで大丈夫ですか?」
「、」
「良いわよ」
「構わないよ」
「大丈夫です」
恐らく“は!?”と言おうとしたテオドアさまの言葉を喰って、ツェリと殿下とリリアが答える。
ピアはテオドアさまを気にしながらも、ボクも大丈夫です、と言った。
「ありがとうございます。では、ピアから」
殿下が良いと言っているのだから文句は言えまいと、テオドアさまの意見は黙殺。
台車を引きつつふたりで更衣室に入る。
恐らく午前中に突貫されたであろう更衣室なのに、ついたてで区切っただけとかではなく、しっかり壁と扉がある。
…どうやって作ったんだこれ。
ピアの反応で見せる前に知られてもおもしろくないので、防音をかけてからピアの衣装を取り出した。
「下衣の丈が短いのですが、大丈夫ですか?」
「え、あ…」
更衣室内には姿見はもちろん、トルソーやハンガー、テーブルまで用意されていたのでありがたく利用して衣装を広げると、ピアは明らかに戸惑った顔をした。
「これだと恥ずかしいようでしたら、制服の上から、」
「だ、大丈夫です!せっかく作って貰ったんです、ぜんぶ、ちゃんと、着ます」
ピアが慌てた顔でぱたぱたと手を振る。
とても可愛らしい動きなのだが、だからこそ無理はさせたくない。
「タイツは用意しましたが、無理なら無理で良いんですよ?仮装だから許されますが、普通ではない格好ですから」
「良いんです!可愛い、です、すごく」
ピアが必死な様子で、わたしの袖を掴んだ。
その目に、衣装への嫌悪は見えない。
微笑んで、ピアの頭をなでた。
「ありがとうございます。では、着替えましょうね」
ピアに衣装を着付けて、
「これを被って完成です」
「か、可愛いです…」
「着ている方が可愛らしいですからね」
なにが可愛いって、ほにゃんと笑ったピアに衣装が似合い過ぎて可愛い。
ぐっじょぶ、自分。
顔を赤くしたピアから被りものを外し、代わりに薄手で丈長のポンチョを、すっぽりと着せ掛けた。
くるぶし近くまで届く布地で、衣装が完全に隠れる。
「ふぇ?」
「せっかくですから、みなさんで一気にお披露目した方が、楽しいでしょう?」
にこっと微笑み掛けると、こくこくと頷きが返される。
個々でデザインは変えているけれど、大筋は同じなのだ。
自分の衣装を予測されてしまうと、楽しめない。誰がって、わたしが。
ポンチョなピアを伴って更衣室を出れば、待ち構えたような注目のあと、あれ?と言う顔をされた。
「見せるのは一斉ですよ。覗きは厳禁です」
「ああ、そう言うことね」
わたしのひとことで、納得したようにツェリが頷く。
そんなツェリに頷きを返し、リリアに目を向けた。
「リリア、来て頂いてよろしいですか?」
「はい」
更衣室にリリアと入って、同じように衣装を広げる。
「可愛いですが、これは…」
「もし、中身が嫌でしたら制服で、」
「あっ、いえ!嫌じゃありません!」
リリアの衣装はピアと違って丈長なのだが、別の問題がある。
ご令嬢なら拒絶してもおかしくないのけれど、
「ですが、気になりませんか?」
「大丈夫です。着せて下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
優しいが意思はしっかり伝えるリリアなので、本当に嫌なら言うだろうと判断し、衣装を着せる。
すらっとした体型のリリアに、用意した衣装は良く似合った。
「良くお似合いです」
「ありがとうございます。見た目より、動きやすいですね」
「それは良かったです。では、一度頭を外して貰えますか?」
「ええ」
ピアを見ているのですんなりとリリアは従い、ポンチョを羽織った。
ポンチョなのはわかっているだろうに、更衣室を出ると注目される。
条件反射だろうか。
「お嬢さま、こちらへ」
ツェリを呼び、衣装を見せれば絶句された。
「…よく、こんな色の布見つけたわね」
「世の中には変わった嗜好の方もいますから」
「そう」
ツェリがため息を吐いて、制服を脱ぐ。
「中身は着なくても良いのですよ?」
「その分の布代を払っているのに?」
「…公爵令嬢らしからぬ発言ですね」
「あなたに言われたくないわ」
「デスヨネー」
元々ツェリは断らないと思っていたので、肩をすくめて着替えを手伝う。
「リボンじゃないのね」
「この方がすっきりしているでしょう?」
「色が少しもすっきりしていないわよ」
「化け物らしくて良いじゃないですか」
仕上げに被りものを付けて、想像以上の出来栄えに内心ガッツポーズ。
完璧だ。パーフェクトですお嬢さま。さすがです。
「なにか言いなさいよ」
「っ、申し訳ありません。あまりにお似合いなので、言葉が出ませんでした。とても良くお似合いですよ。今度、その色でドレスを仕立ててみてはいかがでしょう」
「ないわ」
「デスヨネー」
うん。言ってはみたけど断られると思っていた。
お嬢さまはあまり、どぎつい色を好まない。
「テオドアさまを呼んで貰えますか?」
「出入りするのが面倒になったのね」
衣装にポンチョを被せて言うと、白い目で見返された。
ふるふると首を振って否定する。
「違いますよ」
「違うの?」
「女性陣より男性陣の方が、衣装の難度が高いのです」
「どんな意味で」
どんな意味って、それを言ってしまったら楽しくないじゃないか。もちろん、わたしが。
「ご想像にお任せします。どうやってお着せするか考えたいので、出入りの時間くらい下さい」
「と言うか、本当にテオやヴィックまで着替えを手伝うつもりなのね」
「え?」
おかしなことを言っているだろうか。
首を傾げるが、なにが駄目なのかわからない。
「侍女や使用人に説明して任せるより、その方が確実で手っ取り早いでしょう?」
「あなたがそれで良いなら良いわ。テオを呼べば良いのね」
「お願いします」
ツェリに呆れた顔をされたが、気にしないことにした。
どうやってテオドアさまに着せるか…うん、プランBにしよう。
入って来たテオドアさまに笑みを向ける。
黙って衣装を広げ、当然のように着替えを開、
「待て待て待て待て」
着替えを開始しようとしたのに、すごい勢いで止められた。
「自分で脱げる。じゃなくて、お前、それを着せるつもりか?」
「え?着ないのですか?」
きょとん、とした表情を心掛けて、テオドアさまを見上げる。
「ピアもリリアもお嬢さまも文句ひとつ言わずに着て下さったので、テオドアさまも着て下さるだろうと思っていたのですが」
「同じ服を、か?」
「同じではありませんが、ご令嬢には勇気の要る服装ですよ」
ツェリはともかくピアとリリアは、明らかにためらっていた。
「それでもせっかく作ってくれたものだからと、嫌がらず着て下さいました」
はっきりと、着なくても良いと伝えたのに、三人とも着ると言ってくれたのだ。
着るのをためらうような服を作っておいてアレだが、嬉しかった。
今のテオドアさまみたいに、こんなもの着られるかと、打ち捨てられてもおかしくなかったのだ。
「…着るよ」
「いえ、ご無理なさらなくて、」
「着るから!お前がせっかく作ってくれたもんに、ケチ付けて悪かった」
がしがしと自分の頭を掻き回して、テオドアさまが言った。
「では、お手伝いを、」
「いや」
手伝おうとすると片手を出して止められ、腕に掛けていた衣装を取られる。
「これは普通に着れば良いんだろ?自分で着るから、向こう向いててくれ」
「後ろボタンですけど?」
着替えを見られたくないって、女子か。
心の中で突っ込みつつ指摘すれば、うっと詰まられた。
困るテオドアさまに配慮して、妥協案を提案した。
「ボタンだけわたしが留めます。そこまでは向こうを向いていますので、なにか困ったら言って下さいね」
「ああ」
ほっとしたように頷くテオドアさまを見届けてから、背を向けた。
ごそごそと、衣擦れの音が響く。
見られていないのを良いことにほくそ笑む。プランB、え、みんなやってるのにお前やんないの作戦が、綺麗にはまってくれたみたいだ。先に女性陣が勇気を出したのに、男子が拒否するのかと言う、紳士のプライドへの圧力も同時に掛けているところがポイントだ。
「アル、これで良いか?」
呼ばれて振り向けば、ボタンが留まっていない以外はきちんと着られていた。
「はい、大丈夫です。では、後ろ少し失礼しますね」
ボタンを留め、装飾やら被りものやらを取り付けて行く。
うん。似合う似合う。
「これで完成です。お似合いですよ」
「…似合ってるのか?これ?」
「仮装なのですから、中途半端にやるよりこれくらいやってしまった方が、楽しいですよ」
「まあ、そうか」
ため息を吐いて被りものを取ったテオドアさまに、ポンチョを手渡す。
「ヴィックを呼べば良いのか?」
「え?ああ、お願いします。ありがとうございます」
「いや、こっちこそ、これ全部お前の手作りなんだろ?」
「まあ、そうですね」
「ありがとな」
ふかふかと、頭をなでられた。
うん。諸事情により、効果音は、ふかふか、だ。
「どういたしまして。素敵に着こなして頂けたので、作った方としても満足です。あとは見た方の感想ですね」
ぎりぎりを攻めている。拒絶されるか、肯定されるか。
反応は、両極端になるのではないかと思う。
「良く出来てるとは思うよ。ヴィック呼んで来る」
テオドアさまはもう一度ふかっと頭をなでてから、更衣室を出て行った。
さほど時間もなく、殿下が入って来る。
問題の、殿下だ。
「………」
わたしが広げた衣装を見て、殿下は絶句した。
まさに、言葉もない、と言った体だ。
信じられないものを見たみたいに、うつむいて額を押さえた。
「………これ、誰かの衣装と取り違えたわけじゃ、ないんだよね」
「間違いなく殿下のために用意したものですよ」
やっとのことで絞り出された問いを、即答で切って捨てる。
そもそも体型の違いから、他の五人にこの服は着られない。
にこ、と微笑んで、殿下を促す。
「みなさんお待ちかねですよ?早く着替えてしまいましょう?絶対に似合いますよ」
「いや、これは、似合うとか似合わないとかの話じゃ…」
殿下が怒らなかったのを良いことに、笑顔で圧すことにする。
「わたしが作ったものならば、なんであろうと喜んで受け入れて下さるとおっしゃいましたよね?」
後悔する可能性を指摘した上での言質は、取ってあるのだ。
むろん王族権限を発動されれば逆らえないけれど、殿下はそんな野暮はしない、はずだ。
「お嫌でしたら、こちらだけでも構いませんが…」
しょんぼりとした顔を作って見せれば、お優しい殿下は覚悟を決めたようにわたしを見た。
「いや、着るよ」
「ありがとうございます。では、お手伝いしますね」
やっぱり嫌だと言われる前に、ちゃきちゃき着替えに取り掛かる。
見込んでいた通り、それはもうお似合いだった。
被りものを被せながら、にこにこと褒め称える。
「良いです良いです。とてもお似合いですよ」
「…喜んで良いのかな、それ」
「こんな格好が堂々と出来るのも、今だけでしょうから」
殿下が学生でいられるのは、高等部までだ。
高等部を卒業してしまえば、今以上に次期国王として雁字搦めにされるだろう。
彼の一挙手一投足に国中が注目し、周り中からとやかく言われるようになる。
多少なりとも自由が許されるのはいま、学院と言う隔離された空間にいる間だけ。
「エリアル嬢…」
殿下がもふっと、わたしの頬に触れる。
「…奇抜な仮装は確かに貴重な経験だけれど、ここまでやる必要はあったのかな?」
瞬間感動した顔をした殿下だったが、自分の格好を思い出して遠い目になった。
あり得ないくらいの仮装の方がいっそ楽しめるのに。
「これでもかなり自重した結果ですよ?」
わたしはすごく自重した。それはもう妥協に妥協を重ねた上で、これなのだ。
殿下が再度絶句して、もふっと、頭を抱えた。
「これ以上奇抜な仮装って…」
「ご想像にお任せします」
ホットパンツにへそ出しのチューブトップで女性が外を出歩け、国技のユニフォームは褌一丁な国で前世を過ごしたのだ。過激な衣装などいくらでも思い付く。
それに比べれば今の殿下の格好なんて、生温いにもほどがあるレベルだろう。
「うん。確認しなかった私が悪いね」
「ご理解頂けて幸いです」
殿下にもポンチョを着せて、台車と共に更衣室をあとに、
「エリアル嬢は着替えないのかい?」
しようとしたところで殿下に問い掛けられた。
「え?」
「え?」
「殿下、わたしの着替えを見たいのですか?」
「え!?いや、そう言うことじゃなくて」
「さすがに、殿下に着替えを手伝わせたりはしませんよ」
苦笑して、殿下を扉へ促す。
思わぬ切り返しに動揺したらしい殿下は、大人しく誘導に乗ってくれた。
そのまま台車と外に出て、サロン内を見回す。
謎のポンチョ集団。いっそこの格好でも、仮装と言える気もする。
殿下のようにわたしの衣装へ言及されないために、先手必勝を狙う。
「では、お披露目と行きましょう!」
にっこり笑って、わたしは宣言した。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
続きも読んで頂けると嬉しいです




