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取り巻きCは泥をかぶる

閲覧ありがとうございます


短編で上げていた内容とほぼ同じですが

連載用にいくつか設定が変更されています


いじめに類する描写が出てきます

苦手な方はご注意下さい

 

 

 

 ちりん、と首元で鈴が鳴った。

 漆黒の髪と白過ぎると感じるほど白い肌に映える、赤い首輪に真鍮の鈴。

 魔女の飼い猫にでもなった気分で、わたしはご主人さまならぬ、お嬢さまを探した。




 首輪なんて付けているけれど、別に誰かに飼われているわけではない…わけではないと言えなくもない…が、ともかくわたしはれっきとした人間だ。奴隷でもない。首輪なんか付けられているけれど、いちおう子爵令嬢と言う身分も持っている。

 なんで首輪なんて付けられているかと言うのにはもろもろの理由があるのだけれど、今は関係ないのでまたの機会に。


 わたしが今探しているのは、乙女ゲームヒロインのライバルキャラである悪役令嬢で、わたしは彼女の取り巻きをやっている。


 …ん?聞こえなかった?


 乙女ゲームのライバル悪役令嬢の取り巻きとして、敬うべきお嬢さまたる悪役令嬢を探している。


 そう。乙女ゲーム。でもって、悪役サイド。


 ここまで聞いて察しの良い、と言うか、この辺のジャンルに詳しいひとなら理解してくれると思うけれど、いわゆる、乙ゲー転生ってやつだ。しかも、悪役サイドに。

 わたしは記憶持ちの状態で前世やった乙女ゲームそっくりの世界に転生し、そこで悪役令嬢の取り巻き、立場としては取り巻きCくらい、として生きている。ちなみに、ゲーム時空が始まってから思い出した!とかではなくて、あろうことかたぶん母さまのお腹にいたあたりから前世の記憶をはっきり持っていた。…よく無事育った、と思う。

 いや、わたしのキャラの立ち位置的に、むしろそれは幸いしていたかもしれないけれど。


 乙ゲー転生ものとしてありがちなように、悪役サイドは没落フラグや処刑フラグが乱立している。今はまだゲーム時空前だからそんな不穏な気配はないけれど、ゲーム時空が始まり、シナリオに乗ってしまうなら、悪役令嬢はヒロインを邪魔した報復に貶められ、取り巻きCであるわたしともども転落人生を送ることになるだろう。

 あるいは、わたしにとってはもっと恐ろしいことも、起こるかもしれない。


 生まれる前から記憶があったなら、なんで危機回避しなかったのかって?それは…っと、緊急事態っぽいから続きはあとで。




 同性なら誰もが劣等感を覚えるような美貌の少女に振りかかろうとした泥水を、間一髪滑り込んで身代わりにかぶる。


 …泥水かと思ったら、ヘドロか、これ?臭いがやばい…。


 泥水から漂う悪臭に内心顔をしかめつつ、外面は取り澄まして腕の中に庇った少女を見下ろす。


「お嬢さま、お怪我は?」


 泥をかぶった心配はしない。そんなへまはしていない。


 悪役令嬢はわたしを見上げ、顔をしかめてなにか言いたげな顔をするも、首を振って答えた。鮮やかな紅茶色の巻き毛が、ふわりと揺れる。


「ないわ」

「そうですか。それなら良かったです。助けが遅れて申し訳ありません」

「…大丈夫よ。ありがとう」


 わたしに言いたいことを全力で呑み込んだ顔を見せてから、表情を取り繕って悪役令嬢はわたしから離れた。

 彼女に微笑みかけてから、顔にへばり付く泥まみれの髪を払って振り向く。


「これはどう言ったことでしょう。まさか公爵令嬢に、危害を加えようなさったわけではありませんよね」


 眉尻を下げて見下ろすと、泥が入っていたのであろうバケツを持った少年少女たちは、気まずげに視線を泳がせた。


「あ、えっと、あの、その…」

「お嬢さまは過日、正式にミュラー公爵家の養女になられたお方。お嬢さまが公爵家に引き取られたことは国王陛下のご意向であり、ミュラー公爵さまもお望みになられてのことです。万一にも危害を加えようとなさったのであれば、陛下や公爵閣下に叛意をお持ちと思われても否定できませんよ」


 口ごもる令嬢にたたみかけるように言い募れば、思い出したように青ざめる。


 まったく中等部にもなって、なぜその程度の想像力すら働かないのか。


 ため息を吐きたい気持ちを押し込めて、丁寧な口調を心がける。長年の習い性で染み付いた口調は、さして考えずにも流れ出てくれた。


「わたしは国王陛下と公爵閣下から、お嬢さまをお守りするようにと言いつかっております。有事の際は実力行使も咎めない、と。それが、陛下と閣下の判断です。しかし、ともに学ぶ仲間であるあなたがたを疑うこと、まして傷付けることなど、わたしはしたくありません。お嬢さまはいま、環境の変化に戸惑っておいでです。手を差し伸べて下さることこそあれど、危害を加えようとなさるなどあり得ませんよね?」


 捨て猫のようだとよく言われる表情を作って、特に令嬢を狙って視線を向ける。


 令嬢の頬に朱が走るのを見て、勝った、と思った。令嬢たちが頬を紅潮させて、我先にとハンカチを差し出して来る。


「も、もちろんですわエリアルさま!申し訳ありません。よろけてツェツィーリアさまに泥水をかけそうになるなんて…」

「エリアルさまにはご迷惑をおかけしてしまいましたが、間に入ってツェツィーリアさまを守って頂き、感謝しておりますわ」

「どうぞこちらをお使いになって。汚してしまったお洋服は新品で弁償致しますわ」

「ツェツィーリアさまも大変な時ですものね。なにかあれば遠慮なくわたくしたちに言って下さいませ」


 囲まれそうになるのをさり気なく防ぎつつ、わたしは笑みを作った。


「やはり、みなさまお優しいですね。直ぐに湯浴みをしますので、せっかくのご厚意ですがハンカチは結構です。泥をかぶったのはわたしの落ち度ですから弁償も結構ですよ。代わりと言ってはなんですが、どうかみなさまのご聡明さやお優しさで、お嬢さまにご助力下さいませ」

「「「もちろんですわ!」」」


 チョロい…おっと、素直なご令嬢たちに心の内でほくそ笑みながら、顔は申し訳なさそうな表情を作り上げた。


 令嬢たちの後ろで苦虫を噛み潰したような顔をしている令息たちは、華麗にスルーした。


「ありがとうございます。みなさまのご慈愛に、なんとお礼を言って良いか…。ほんとうに、ありがとうございます。では、わたしは湯浴みをして着替えて参りますので、お暇してもよろしいですか」

「ええ。ほんとうに、申し訳ありませんでしたわ」

「どうか、お身体にお気を付けて」

「風邪など召されませんよう」

「ありがとうございます。では」


 自分の身体でお嬢さまを庇いつつ歩き去るわたしの背に、小さな罵りが投げられた。


「化け物が」

「男女の下僕令嬢」


 声は耳に届いたが、聞こえない振りで通した。男のやっかみにいちいち付き合ってやるほど暇じゃない。

 わたしに悪意を向けるとか、良い度胸だとは思うけれど。


「…まったく、あなたは」


 十分離れたところで悪役令嬢ツェツィーリアさまが呟いて、わたしの身体を光が覆った。不快な泥の感触も臭いも、瞬時に浄化される。


「ありがとうございます。ツェリ」

「あなたなら泥をかぶらずとも対処できたでしょうに」

「それでは、証拠が残らないでしょう」


 はたはたと飛んで来た灰色(まだら)蝙蝠こうもりを片手で迎えながら言う。

 彼がきちんと、一部始終を映像に収めてくれたはずだ。


「…つまり許す気なんてないと」

「わたしは報告するだけですよ。それが義務ですから」


 ツェリが猫のような金眼に呆れを乗せてわたしを見上げる。


「完璧な紳士なんてあなたに夢見る令嬢たちに、本性を教え歩いてあげたいわ。あなたも出会った頃はもっと…いえ、あなたは出会った頃からこうだったわね。あなたが間に入るのがいちばんすんなり解決するのに、どうも納得行かないのはなぜかしら」


 わたしは肩をすくめて、ツェリの問いかけをはぐらかした。


 悪役令嬢の取り巻きCが男子制服を着た男装令嬢になっていて、一部、いや、結構な人数の令嬢を誑し込んでいるなんて、前世のゲームプレイヤーが聞いたらなんと思うだろうか。


 そして、ゲーム時空ではここ、バルキア王国首都から馬車で一時間ほど離れた街にある、クルタス王立学院を牛耳る女王さまとして君臨しているはずの悪役令嬢ツェツィーリアさまが、時に泥をかけられ時に水を掛けられ私物を隠され足を引っかけられロッカーに刃物を仕掛けられ等々、多種多様な嫌がらせの被害者になっているなんて。




 緊急事態は去ったので、さきほどの続きを話そうか。


 状況を見てくれたからわかるかもしれないけれど、悪役令嬢ツェツィーリアはいじめの対象に、取り巻きCたる子爵令嬢エリアルは、取り巻きと言うよりお嬢さまことツェリの執事に近いような立場になっている。


 なぜか。


 ゲーム時空だけ切り取るとわからないことだったのだが、悪役令嬢ツェツィーリア・ミュラー公爵令嬢、旧名ツェツィーリア・シュバルツ元伯爵令嬢は、むしろ彼女主人公で本が書けるくらいの波乱万丈人生を送るひとであったのである。


 もう、ゲームヒロインが薄っぺらのぺらっぺらに思えるくらいの苦労人なのだ。


 どう言うことかと言えば、まず彼女が生まれてすぐに彼女の伯父にあたる人物が親族を巻き込み大々的なクーデターを引き起こし、首謀者の伯父は逃亡行方不明に。幼い彼女は関わりなしとは言え連座および逃げた伯父に対する人質扱いで投獄。幼少期を檻の中で過ごしている。

 それだけならまだしも数年後伯父が捕らえられ一族の処刑が決定、当時五歳だった彼女さえ、ギロチンにかけられることになる。


 ここで、死んでいたほうが幸せだったかは、わたしにはわからない。が、彼女は襲い来るギロチンの刃への恐怖で、若くして魔法の才能を開花させた。それも、百年にひとりと言われるレベルの才能を。

 国は彼女の有用性を認め、貴族身分剥奪の上でクルタス王立学院に通わせることにした。


 そこからの彼女の待遇は、先ほどご覧の通りである。

 平民のくせにと爪弾きにされ、罪人の娘と謗られ、化け物めと嫌がらせを受ける。彼女に手を差し伸べたのは、別の理由ながら同じく化け物と恐れられ、腫れ物扱いを受けていた、とある子爵令嬢ただひとり。

 しかしそんな逆境にもめげず、彼女は血の滲むような努力を続け、ついに国王にまで実力を認めさせ、公爵家の養女として迎え入れられたのだ。裏をばらせば、優秀な能力者の囲い込みなのだが、公爵家を使っても囲い込むべき人材と認められたのだから、凄まじい実力である。


 …とある子爵令嬢?わたしですが何か。


 関わらないと言う手段もあったのだが、残念ながら黙って見ていられなかったのだ。ツェリへの酷い扱いもそうだが、のちの公爵令嬢の心象をいきいきと下げていく子供たちの愚行を。

 そのためわたしがツェリの味方に付くことで、彼女が他人に絶望しないよう努めた。


 つまり、ツェリとわたしは長年の友であり、幼なじみ兼相棒とでも言うべき間柄になっているのだ。取り巻きCなのに。


 そうしてずっとそばにいれば情も湧く。手を取り、信頼を向けられれば嬉しくもなる。

 何より、気付いてしまったのだ。


 ゲーム内での悪役令嬢ツェツィーリアさまの行動、ゲームプレイヤーから見れば邪魔者悪役でしかないのだが、視点を変えればどれひとつ取ってもまともなことしかない。ツェリの生い立ちや立場からして当然の意見しか言っていないし、行わざるを得ないことしかやっていないのである。悪役令嬢にありがちな、陰湿ないじめや妨害、嫌がらせを、何ひとつ行わない。ただ、王国貴族の義務として諫言を口にし、愚かな行為を止めようとするだけなのだ。


 にもかかわらず、彼女に待つのは破滅。理不尽過ぎる。

 なぜヒロイン補正でヌルゲー状態のヒロインが幸せになって、地獄を見ながら己が身ひとつでムリゲーを耐え忍んだツェリが、破滅しなければいけないのか。


 わたしは誓った。必ずこの手で、ツェリにまともな人生を送らせて見せると。

 平たく言えば自分の危機回避より、ツェリの救済に重きを置いてしまうほど絆された、と言う話だ。

 長年の情とか言い訳してるけれど、本当はたぶん、ツェリがわたしの手を取ってくれた、あの日にすでに、わたしはツェリに心酔していたのだと思う。


 ツェリのためなら泥を被ろうと構わない。そう思ってしまうのが情なのか、はたまた植え付けられた取り巻き根性なのかはわからないが。




 はぐらかしついでに話題を変えようと、わたしは首を傾げた。


「それよりツェリ、わたしは再三あなたに、ひとりでは行動しないようにとお願いしたはずですが?」


 にこ。と微笑んで顔を覗き込めば、ツェリはあからさまに顔を背けた。人差し指で頬を押して、顔を戻させる。


「ツェリ?リリアさまはどうしたのですか?」


 わたしがそばにいられない間、取り巻きAに当たる侯爵令嬢リリアンヌ・ヴルンヌさまに、ツェリのお供を頼んだはずなのだが。


 顔を固定されながらも、目線だけは強固に背けるツェリに、溜め息を吐く。

 取り巻きAのリリアさまは生粋の侯爵令嬢、すなわち高位貴族であり、ミュラー公爵から付けられたお目付役なのである。分別のある方なのでツェリいびりには加担していなかったのだが、ツェリとしては心を許せる相手でないのだろう。

 高位貴族との繋ぎは、のちのちの役立つと言うのに。


「リリアさまとは誠心誠意真心込めて、これ以上なく仲良くするようにと、お伝えしましたよね?」

「だって」

「もう、あなたは平民ではないのですよ?貴族として、人付き合いは義務です」


 今は男装令嬢とは言え、わたしも貴族令嬢の端くれ、貴族としての生活を送っていなかったツェリに、礼儀作法やマナーは教え込めた。鼻持ちならない馬鹿貴族ども相手には、そう言う厄介なルールを押さえて置くことも、大きな力になるから。

 けれどわたしでは、ツェリの後ろ盾にはなれない。


 むくれるツェリは悪役令嬢とは思えない愛らしさだが、わたしは心を鬼にして、その前に膝を突いた。


「ツェリ、わたしは、あなたを守りたいのです」


 小さく華奢な手を取り、ツェリの顔を真摯に見つめる。


「わたしがそばにいるときに、嫌がらせを受けたならいくらでも身代わりになりましょう。泥をかぶろうと、矢を射かけられようと、剣で斬り付けられようと、この身を盾にあなたをお守りいたします。けれど、わたしには、力がない」


 いくら記憶と言う武器があろうとも、とある理由により国王を脅…こほん、国王陛下とお話が可能でも、所詮は子爵令嬢いち個人。運命に翻弄されてしまえば、ひとたまりもないのだ。


 白く細く、しかし令嬢の手にしては少し荒れたツェリの手を撫でる。


「わたしのいない所でツェリが受ける攻撃からあなたを守る力も、権力者の横暴に対抗する力もない。わたしは、無力なのです、ツェリ。わたしだけでは、あなたを守りきれない。それゆえあなたに、あなた自身を守る力を付けて頂きたいのです。ミュラー公爵さまも、リリアさまも、親しくなれたならばあなたを守る力となって下さるでしょう」


 優秀とは言え中学生相手に、なんて汚い要求をするのかと、自分でも思う。

 それでも取り巻きAであるリリアさまと、取り巻きBであるミュラー公爵の姪、オーレリアさまとは、親しくなっておく必要があるのだ。

 高位貴族の後ろ盾は、いざと言う時ツェリを守るはずだし、親しくしておけば、彼女らの行動を抑えることも出来る。取り巻きが暴走してその尻拭いがツェリに…なんてことになったら、シャレにならないのだ。


 いちばん暴走が怖い取り巻きが、わたしかもしれないことが、泣けるところだけれど。


「あなたは、」

「ツェツィーリアさま!」


 わたしを見下ろしたツェリが言葉を発する前に、くだんの侯爵令嬢、リリアさまの声が割り込んだ。


「お前はまた、こんな所で劇の一幕を繰り広げて…」

「その様子を見る限り、無事だったようだね」


 リリアさまの後ろに付いて来ていた少年二人が、呆れ顔でわたしたちを見た。


「劇の一幕なんて…わたしはただ、お嬢さまに御身の大切さを説いていただけです」

「リリアさまから離れたことを、叱られていただけですわ」


 わたしが立ち上がって答え、ツェリさまが補足した。


「相変わらず、過保護だな」

「まぁ、大したことがなかったようで、良かったよ」

「…アルは、派手に汚泥をかけられましたけれど」


 …なんで余計なことを言うかな、このお嬢は。


 無事な姿に安堵していたはずの三人が、三者三様にわたしを見る。


「まあ、エリアルさん、お怪我は?」

「エリアル嬢に、汚泥ね…」

「アル、お前、避けなかったな」


 上から順に、心配、怒り、呆れ。

 そっと取られた手を、握り返す。リリアさま、あなたはわたしの癒やしです。


「大丈夫ですよ、リリアさま。単なる水ですし、お嬢さまがすぐに浄化して下さいましたから」


 よく手入れされた茶髪を風に揺らし、紺色の瞳でわたしを心配そうに見上げるリリアさまは、お嬢さまほどではないにしろお美しい。

 癒しの天使に微笑みかけたわたしの肩を、少年そのいち、緋色の目に穏やかな笑みを浮かべた少年が掴んだ。


「私も、ツェツィーリア嬢をお守りするよう言いつかっているからね、困った生徒たちについて把握しておかないと。それで、エリアル嬢?きみに汚泥なんかかけた不届き者は、どこのどいつかな?」

「いえ、殿下のお手を煩わせることではございませんから」


 淡い金髪も優しげで、見た目は物腰柔らかな王子さまなくせに、発言が怖いぞ。

 横暴、ダメ、絶対。


 権力にもの言わせそうな少年の手から笑顔ですり抜けると、少年そのに、焦げ茶の髪に青目で少しきつめの顔立ちをした少年に捕まった。


「お前さ、そんなでも一応女なんだから、あんま無茶すんなよな」

「無茶なんてしていません。わたしは、お嬢さまをお守りしただけです」


 泥程度だからまともに喰らったのだ。攻撃魔法とかだったら…いや、うん、よほどじゃなければ受けてたな。


 にしても、うーん、惜しい。あと二人で…


「「アルねぇさま!」」


 噂をすれば、影だろうか。


 わたしの背中に二つばかり、何かが体当たりした。


「オーレリアさま、アーサーさま」


 振り向けば蜂蜜色の髪と瞳の少女と、アッシュブラウンの髪に緑の目の少年がわたしに抱き付いていた。ミュラー公爵の弟君の娘であるオーレリア・ミュラー侯爵令嬢と、ミュラー公爵家の末っ子、アーサー・ミュラー公爵子息だ。


 ツェリとわたし、リリアさま、オーレリアさま、アーサーさまに、今目の前にいるヴィクトリカ・ルイ・バルキア王太子殿下と、その側近候補であるテオドア・アクス公爵子息。この七人合わせて、ゲームの悪役とその取り巻きーズである。

 悪役令嬢がツェツィーリアさまだとしたら、その男版が第一王子であり王太子でもある、ヴィクトリカ殿下なのだ。そして、その取り巻きと言うか側付きが、テオドアさまとアーサーさま。


 ゲームだと、細かい説明のない取り巻きABだから気付かなかったけど、まさかの公爵子息たちだった。王太子の側近候補なのだから、当たり前なのかも知れないけど。

 ちなみに、ゲーム上悪役扱いだし、ゲームだとなんだかんだで追い落とされるヴィクトリカ殿下だが、よくよく思い返してみれば、悪役令嬢ツェツィーリアと同じく、悪事には手を染めていない。なのに、追い落とされる。理不尽。


 わたしとしてはとばっちりで追い落とされても嫌だから、関わり合いになりたくなかったんだけど、アーサーさまはツェリの義弟になっちゃうし、中等部から同じ学校で学年も同じなヴィクトリカ殿下とテオドアさまは、至極まともな方なのだ。

 なんてったって、ツェリを差別しない。これ、重要。とても、重要。


 と言うわけで、絆されつつある。くぅっ。


 と言うか、悪役サイドで関わってみてわかったけど、ゲームで悪役扱いされる全員(わたしは除くけど)、悪人がいないのだ。ツェリの取り巻きは現在徹底的虐げられ中のツェリを、虐げない面子だし、ヴィクトリカ殿下サイドもそれは同じで、むしろこうして気遣ってくれるし。


 ツェリが悪役ポジションにされるのは攻略対象たちの婚約者候補だからなんだけど、そんなやつらより悪役サイドの男性陣と婚約した方が、絶対幸せになれると思う。なぜなら、攻略対象たちは婚約者候補のツェリを毛嫌いして、悪し様に罵る馬鹿野郎どもだから。今思えば、罪人の親族と言う色眼鏡があったに違いないのだ。クズ過ぎる。


 そんな馬鹿どもより、ツェリにはテオドアさまと結婚して欲しい。さすがに生い立ちから王太子妃は無理でも、公爵夫人なら行けるはずだ。養子とは言えツェリは公爵令嬢だし、次男のテオドアさまなら、身分的にありなんじゃないかと思う。それで、悪役サイドで結託して没落を阻むのだ。


 わたしがそんな野心に燃えていると、背中から回ったオーレリアさまとアーサーさまが、ぽふんとわたしの胸に顔を埋める。ひとつ年下のオーレリアさまとふたつ年下のアーサーさまのおふたりはまだ初等部で、なぜかわたしをねぇさまと呼んで慕っている。


「お二人とも、いかがなさいました?ここは、中等部の敷地ですよ」

「ねぇさまに会いたかったんですもの」

「野外実習で木の実を摘んだんです。アルねぇさま、一緒に食べましょう?」


 この年頃の一歳差は大きい。そうでなくとも身も心も早熟なわたしなので、ちまく純粋なお二人、特に二歳差のアーサーさまには、心臓をとすっと行かれる。


「わたしはまだ授業がありますので…授業が終わるまで、お待ち頂けますか?」


 屈んで視線を揃え、断ろうとして、出来なかった。

 だって、断ろうとした瞬間、某チワワみたいな顔をされたんだ…!


 愛らしいお顔が、ぱぁっと輝く。


「ええ!サロンで待っていますわ!」

「絶対ですよ」


 ちゅ


 アーサーさまの唇が、わたしの頬を吸う。


「約束です」

「ええ、約束致します」


 照れもせずさり気なくほっぺにキス。アーサーさまがこのまま成長したら、タラシに…なってたわ、ゲーム時空で。悪役サイドだけどヒロインと良い感じになって、嫉妬イベントの当て馬役で活躍してたわ。

 思い出した未来(仮)の姿に、ちょっとアーサーさまの将来が不安になりながら、わたしに手を振りつつ走り去るまだ可愛らしい後ろ姿を見送る。


 横でツェリが、遠い目になっていた。


「義理とは言え、姉を差し置いて他人を姉と慕うって、どうなのかしら…」


 呟かれた言葉に、アーサーさまがツェリに一言も声を掛けずに去ったことに気付く。いやでも、兄弟仲は、悪くない、はず。


「照れていらっしゃるだけでは?わたしには、新しいお姉さまが出来て嬉しいとお話して下さいましたよ?」

「それ、お前と話す口実じゃないのか?あの腹黒」


 テオドアさまが懐から取り出したハンカチで、わたしの頬を拭う。

 ごみでも付いていましたか?


 ツェリさまがわたしを見て、溜め息を吐いた。


「義兄上さまたちも、口を開けば話題はアルなのよね…」

「それは、養子縁組みのお話の際に何度も付き添い致しましたし、共通の話題として手頃だったのでしょう」

「…あんな妹が欲しいって、城で話してたのを聞いたけどね」


 ヴィクトリカ殿下の呟きにうんうんと頷く。


 悪役令嬢でもヒロインのライバルだけあって、ツェリは超絶美少女ですからね。

 俺の妹可愛ええ!ってなりますよね。


「義父上さまも、アルを気に入っていらっしゃるようでしたし…」

「気に入って、と言うか、気にしていらっしゃるだけでしょう。わたしは、要注意人物ですから」

「ミュラー公爵閣下でしたら、わたくしにも、エリアルさんにくれぐれも悪い虫が付かないようにと、おっしゃっておいででしたわ」


 悪い虫?


 リリアさまの言葉に首を傾げ、眉尻を下げた。


「わたしはツェツィーリアお嬢さまさえご無事なら、悪事を企むつもりなどございませんが…」


 やはり、疑われているのだろうか。


 無意識に、首もとの鈴に触る。


 ツェリの不利になるようなことを、やるつもりはないのだけれど。


「私に何かあったら、国家転覆すら企みそうな言い方ね」

「まさか。…ばれるような犯罪は犯しませんよ」

「ばれないような犯罪なら犯すのね」

「とんでもない」


 ふるりと首を振って、淡く微笑んだ。


「馬鹿な真似が必要ないようお嬢さまをお守りすることが、わたしの役目です。何か、など、起こってはいけません」

「そう祈るわ」

「何かが起きたとしても、お嬢さまだけはお守り致しますが」


 この命に、代えても。


 心の中で付け加えた言葉に、気付いたか、否か。


「私を守りたいなら、あなた自身も守りなさいな」


 ツェリがわたしに手を伸ばす。


「あなたは、私の心の支えなのだから」


 頬を撫でた手は、まるで縋るようで。


「大丈夫ですよ、お嬢さま。怖いことは何も起こりません」


 その手を握って、わたしはきっぱりと言った。


 怖いことは、起こさせない。


 そのために、わたしが精一杯動くのだから。






「…同性相手には自分の魅力を最大限活かすくせに、どうして異性からの好意には、あんなに鈍いのかしら」

「エリアルさん、あんなに愛らしいのにご自覚がありませんね…」

「アーサー、年下で可愛がられているのを良いことに、調子に乗り過ぎじゃないかな?」

「アルのやつ、無自覚にいろいろたらし込むなよな…」


拙いお話をお読み頂きありがとうございます


無自覚に悪役サイドで逆ハーレムを作り上げる鈍感主人公は果たしてどうなるのか


本日18時にツェツィーリア視点のお話をアップしますので

そちらもお読み頂けると嬉しいです

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