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取り巻きCは月を想う

取り巻きC・エリアル視点


長々とすみませんでした

剣術模擬試合のお話完結編です

前三話と一連のお話ですので

未読の方はそちらを先にどうぞ


試合の描写で痛そうな箇所があります

苦手な方はご注意下さい

 

 

 

「エリアルさん、応援しておりますわ」

「他校の生徒に負けるクルタス生ではないのだと、証明して下さいませ」


 白魚のような手に手を掴まれると、ああ、わたしはまともな令嬢じゃないのだなと実感する。

 簡単に壊れてしまうであろう弱々しい手を、そっと握り返して微笑んだ。


「ありがとうございます。精一杯、戦わせて頂きますね」




 両手に花からこんにちは。お嬢さまのためならたとえ火の中水の中。戦う執事ならぬ取り巻きC、エリアル・サヴァンです。


 模擬試合のあった日から数日。やはり四強に一年がふたりと言うのは話題になるらしく、すっかり校内で知れ渡っていた。

 そして、なぜか同時に流布される、わたしからのラース・キューバーへの宣戦布告。


 誰だ、余計な噂を流したやつは。


 みんな微笑みの貴公子を応援するんじゃないかと予想したが、意外にわたしを応援してくれる方々もいて。


 たまにこうして呼び止められては、激励を貰っている。

 しかも女生徒からだけでなく、男子生徒からまで。


 どうやら意図的に噂が操作され、内部生VS外部生と言う図式として、広められているらしい。


 中等部時代にヴィクトリカ殿下も気にしていた通り、外部生と呼ばれる高等部編入生、特に王都の王立学院出身の生徒と、中等部からクルタス王立学院に通う内部生との間には、隔たりがある。

 その隔たりが、今年の高等部一年生では、極めて顕著だ。


 内部生の結束が原因かと思っていたのだがそんなことはなく、亀裂を生んだ主な原因は王都の王立学院から来た外部生にあった。

 やたらと馬鹿にするのだ、クルタス生を。


 同じバルキアの王立学院なのだから優劣もないと思うのだが、王都の王立学院に通っていた生徒は出身校にプライドを持っているらしく、なにかと両校を比較しクルタスを貶す。

 なら編入して来るなよと言いたいところなのだが、王太子殿下がいらっしゃる上に第二王子殿下も編入予定なので、コネ作りとして来たのだろう。このため今年は、王都の王立学院からの外部生が例年に比べはるかに多い。


 内部生、中でも小中とクルタスで育った生徒とすれば、母校を貶されれば嫌に思うわけで。

 結果、内部生と外部生の対立が発生してしまっていた。


 中等部におけるわたしたちの学年では、ヴィクトリカ殿下にテオドアさまと言う、外部生内の筆頭権力者がクルタスの方針を認め、ほかの外部生も殿下の意向に従っていたから荒れなかった、と言うことらしい。

 また、例年ならば外部生は基本的に郊外の学校に通っていた生徒が主なので、ここまで荒れることもなかったそうだ。


 …高校生にもなって、ガキか。


 そんな中、初等部からの純粋培養クルタス生であるエリアル・サヴァンが、外部生であるラース・キューバーへ、真っ向から宣戦布告したと言うのは、好い加減無礼過ぎる外部生に辟易していた内部生としては、喝采すべき行動だった。


 たとえそれが化け物令嬢でも内部生には変わりない。むしろ化け物令嬢だからこそ、宣戦布告した相手を完膚なきまでに叩き潰してくれようと、内部生たちの多くがリアル・サヴァンの味方に付いたのだ。




「別に、外部生への宣戦布告したつもりも、内部生を代表するつもりも、ない、のですけれどね」


 女生徒を見送りながら呟くと、隣を歩いていた殿下が苦笑した。


「エリアル嬢だから応援している、と言う生徒もかなりいると思うよ。あるいは、私とフェルデナントの力比べと見ての意見や、女性が男性に勝負を挑んだと考えての応援も、あるかもしれないね」

「ああ、それはあり得ますね」


 ミュラー公爵は王太子推しだ。その娘であるツェリに付き従う私が、王太子派の勢力と見られるのは順当な意見だろう。対するラース・キューバーは、第二王子派の人間。

 また、どうしても男性より立場や発言力で劣る扱いを受けてしまう女性としては、男装とは言え一応は女であるわたしが、目上の男に対して喰って掛かったことに、励まされる面もあるかもしれない。


「庇ってやったはずのアルに暴言吐いたってのも、あるだろ」


 斜め後ろを歩いていたテオドアさまが肩をすくめる。


「お前さ、やっぱりもう少し自分の評価気にしろよ。お前に対して暴言とか、内部生の地雷だぜ?」

「地雷、ですか?」


 初等部時代の恐怖政治が、まだ尾を引いているだろうか。

 アイツ、怒らせたらヤバイ、的な。


「あのっ」


 不意に呼び留められて、振り向く。

 小柄な女生徒が、頬を上気させてわたしを見上げていた。


「わたしですか?」


 問い掛ければこくこくと頷かれたので、殿下たちに断ってそちらへ向かう。

 この子はどこかで…ああ。


「こんにちは。今日は顔色が良いみたいですね。無理はいけませんよ?」


 ダンスの授業のときに顔色が悪かったので、声を掛けて医務室に連れて行った子だ。

 珍しい、他国からの留学生で、名前はピア・アロンソ。バルキア王国の東に位置するエスパルミナ帝国の貴族だったはずだ。

 具合が悪くなっても、まだ慣れない中授業を抜け出す勇気が出なかったらしい。

 無理をしていたために途中で貧血を起こしてしまい、抱えて医務室まで運んだ。


「お、覚えて…」

「ええ、もちろん。可愛らしい方だと思っておりましたが、顔色が良くなるといっそう可愛らしいですね。どうか、体調には気を付けて下さい。慣れない土地で、お困りのことはありませんか?」


 同じクラスのリリアや数人のご令嬢に、少し気に掛けてあげて欲しいとお願いしたのだけれど、上手く行っているだろうか。


「あ、あの、リリアンヌ、さんたちに、とても良くして頂いて…!リリアンヌさんから、さ、サヴァンさんが、気に掛けて、下さっていたと」

「そうですか。リリアたちとは、仲良くなれそうですか?」

「はいっ。あの、ありがとうございます。ひとりで、留学、とても、不安で…、サヴァンさんがいて下さって、良かったです。良かったら、あの、これ…」


 林檎のような赤い頬でつたなくも必死に話す姿は、とても愛らしかった。

 差し出された可愛らしい包みを、受け取る。


「下さるのですか?」

「はい。お礼、を、伝えたくて」

「ありがとうございます、ピアさま」

「にゃっ、な、名前…」


 あ、突然下の名前はダメだっただろうか。


「申し訳ありません、馴れ馴れしかったですか?」

「い、いえ、あの、さま、なくて、良いです。呼び捨てで」

「では、ピア。わたしのことも、どうぞ名前で呼んで下さいね」

「あ、はいっ、えと、え、エリアル」

「はい。これ、開けて見ても良いですか?」


 訊けば、こくこくと頷かれた。

 開けて見ると、五家宝ごかぼうくらいのサイズの、チュロスに似たお菓子が入っていた。


「ボクの国の、お菓子、なんです。あの、ボクの、手作り、なんですけど、ごめんなさい、嫌だったら」


 …ボクっ子だ。すごい。

 めっちゃ可愛い子の口から出るボクに、こんなに破壊力があると思わなかった。

 前回は一人称を聞かなかったから気付かなかったけれど、たぶん、言葉を覚えるときに間違ったんだろうなー…。


 慌てる本人がまったく意図していないだろうときめきを覚えながら、ひょいとお菓子をつまんだ。

 食感は見た目通りチュロスに似ているけれど、シナモンではなくココナッツに似た風味が付いている。


「あっ」

「美味しい」


 控えめでしつこさのない甘さが絶妙で、油で揚げたお菓子のようなのに重たく感じない。

 自然と弛む表情をそのままに、ピアを見下ろした。


 心配そうな目で、こちらを見上げている。

 小動物系って、こう言う子のことを言うのだろうな。


「とても美味しいです。ありがとうございます。ピアはお料理が上手なのですね」

「ほ、本当ですかっ!?まずく、ないです!?」

「美味しいですよ」


 証拠代わりにもうひとつ口に入れて微笑んで見せる。

 ピアが、ほっとしたように微笑んだ。


 可愛い。


 ちょうどなでやすい位置にある頭を、ついなでてしまう。あ、もちろんお菓子つまんでない方の手でね!

 くりくりとウェーブしたふわふわの栗毛で、とてもさわり心地が良かった。

 バルキア王国の貴族令嬢ではほぼあり得ない、まるっとしたショートカットも新鮮だ。両耳に揺れる耳飾りは、通信石だろうか?ペリドットに良く似た色合いの石は彼女の瞳の色ともそっくりで、似合っていた。


 とても可愛らしい方だけれど、短髪の上にピアスだと、令嬢に敬遠されてしまうかもしれないな。

 早めに気付いて、手を打てて良かった。

 わたしやツェリに対する偏見が比較的少なくて、面倒見の良いご令嬢を選んで声を掛けたから、愛らしい彼女の味方になってくれるはずだ。


 なでなで。


「困ったことがあれば、わたしにでもリリアにでも、遠慮なく相談して下さい。せっかく来て頂いたのです、充実した、楽しい留学期間をお過ごし下さいね」

「ひゃ、は、はい。ありがとうございます…」


 あれ?なんだかやけに、ピアの頭が熱いような?


「ピア?もしかして熱がありますか?」


 なでていた手で、そのまま頬に触れる。

 やっぱり熱い。


「体調が悪いのでしたら、」

「いえ!だっ、だだ、だいじょーぶです!」


 顔を近付けて覗き込もうとしたら、素早いバックステップで逃げられてしまった。

 こちらを見上げる顔は、真っ赤だ。


「ですが、やはり顔が、」

「だいじょぶですから!あの、ほんとに、ありがとうございました。ま、また、お話させて、貰えますか?」

「喜んで。ピアのように可愛らしい方でしたら、いつでも大歓迎しますよ」

「あう、あ、じゃ、じゃあ、また今度っ」

「ええ、またお話ししましょうね」


 ぱたぱたと歩き去るピアを見送り、振り向く。

 てっきり置いて行かれたと思ったのに、殿下とテオドアさまが待っていた。


「申し訳ありません、お待たせして」

「いや。あの子、今年入った留学生だよね?なにかしたの?」

「少し前のダンスの授業のときに具合が悪そうだったので、声を掛けて医務室までお連れしました。まだ学校に慣れていらっしゃらない様子でしたので、少し気に掛けてあげて欲しいと、リリアや親しくしてくれそうなご令嬢にお願いしていたのですが、仲良く出来ているようなので良かったです。見知らぬ国での留学中は、心細いでしょうから」


 ピアから貰ったお菓子をしまいながら答える。


「ほぼ初対面の相手から受け取った菓子を、食べたのか」

「毒なんて混ぜるような子には見えないでしょう?」

「いや、だからって、」

「食べないことで得られる安全よりも、食べることで得られる彼女の笑顔を優先したのです」


 答えれば、テオドアさまは額を押さえてため息を吐いた。


「これで素だもんな…」

「この上、計算して落とそうとまでするんだよ?」

「そのくせ、自分が地雷だって自覚ないんだぜ?」


 えっと、なんで呆れられているのでしょうか。

 防犯意識の低さが、問題?


「たいていの毒には耐性を持っていますし、わたしになにかあればわんちゃん…ヴァンデルシュナイツ導師に伝わりますから、そこまでひどい事態にはならないはずですよ」


 わたしの場合、毒入りかもしれないものを食べることよりも、無防備な昼寝の方が、防犯意識としてよほど迂闊だ。


 わたしが毒を飲まされても、意識を失うことはまずない。むしろ毒を飲まされたことで、敵への警戒が強まり、意識が研ぎ澄まされるだろう。

 魔力は体調に影響されないし、魔力を打ち消せるような毒は存在しないので、エリアル・サヴァンの最大の牙である魔法は潰せない。


 あえて言うなら防衛反応としての暴走が心配だが、暴走すればわんちゃんに首輪から伝わるし、蝙蝠くんもいる。通信石まで着けられて、防犯対策はばっちりだ。プライバシー保護の欠片もない警備だからね!


 首を傾げて心配は要らないと説明すると、


「あー、うん、そうだね」

「もういいよ、お前はそのままでいろ」


 なぜかますます呆れられた気がするのは、気のせいかな?


「アロンソ嬢に関しては、私からもお礼を言わせて貰うよ。ありがとう。留学生は国の賓客だから、目が届かないところを気遣って貰えるのはとても助かる。留学を受け入れて悪印象を与えて返しては、まずいからね」

「お礼でしたら、リリアたちにして下さい。わたしはなにもしていませんよ」

「うん。リリアンヌ嬢たちにもあとでお礼を言わないとね。でも、始めに気付いて声を掛けたのは、エリアル嬢だから、きみにもお礼を言わせて欲しい」


 殿下が淡く微笑んで、ありがとう、と繰り返した。

 こう言うところが、ヴィクトリカ殿下の求心力なんだろうな。

 母国の王族に褒められて、嬉しくない国民はそうそういないだろうから。


「どういたしまして。殿下のお役に立てたのでしたら、なによりです」


 やっぱりこのひとにも、没落なんてして欲しくないな。

 改めて思いながら、わたしは殿下に笑みを返した。




 その後もたびたび激励を受けて、とうとう模擬試合の当日になった。

 授業前に顔を合わせた剣術の先生に、軽く小突かれる。


「おおごとにしやがって」

「わたしは一切言い触らしていないですよ」

「そもそも模擬試合如きで宣戦布告すんなあほ」


 罵り言葉こそ投げられるが、怒っている雰囲気は感じられない。


「若々しくて微笑ましいじゃないですか」

「お前が言うな。しかも決勝じゃなくて準決勝とか」

「組み合わせ上そうなったのですから、仕方ないでしょう?」

「まあ、良いけどな」


 溜め息のあとで頭を掻き混ぜられる。


「ヴィクトリカ殿下からの提案で、お前たちの試合だけ一年生全員が見学することになった」

「は…?」


 寝耳に水の情報に、ぽかんと口を開ける。

 ツェリからもリリアからも、もちろん殿下からだって、そんな話は聞いていない。


「かなりストレスを貯め込んでいる生徒もいるから発散させた方が良いし、気になって授業に身が入らないくらいなら、いっそとことんおおごとにしてしまった方がおもしろいんじゃないかと提案されて、学年主任が乗った」


 主任…っ。


 内心、膝からおもいっきり崩れ落ちた。

 策略だよ絶対策略だよもう疑いようがないよ。悪役どもにはめられたんだよわたしはっ。


「と言うわけで、頑張れよ。お前はクルタス代表だ」


 ばしんと背中を叩かれて、ああ、外部生に苛立っていたのは生徒だけじゃなかったのだな、と理解した。


「…勝つ気しかないことは、否定しませんけどね。着替えて来ます」

「はっ、頼もしいこって。行って来い」


 もう一度ばしんと叩かれながら、歩き出す。

 必ず勝つ。どんな状況であろうとも、それだけは揺らがない気持ちだった。




 着替えを終えてグラウンドに行けば、すでに普通科の一年生たちが集まっていた。

 ツェリの姿を見付ければ、にこっと微笑まれた。隣のリリアは申し訳なさそうな顔を、さらに隣のピアは心配そうな顔をしているのを見ると、そう言うところは本当に悪役令嬢らしいなと思う。

 ひらひらと手を振って、アップを始めた。


 この観衆の中負ければ、大恥だろう。

 ラース・キューバーを負かしたとき、果たしてどのような影響が出るのか。


 魔力を持たない生徒が不利になる状況には、したくない。


「エリアル嬢、体調は万全かな?」

「殿下…」


 ヴィクトリカ殿下に声を掛けられて、思わず視線を落としてしまう。


「どうかした?具合が悪いなら無理は、」

「いえ、体調は万全です。必ず勝って見せますよ」


 そこは大丈夫だと笑って見せる。


「ただ、勝った場合の影響が気になって」

「影響?」

「ええ。魔法を使わないとは言え、わたしは魔法能力保持者ですから」


 ラース・キューバーを貶めるために、宣戦布告したわけではない。

 ラース・キューバーに勝った上で、ラース・キューバーの実力を認めさせる方法は、なにか--。


「…殿下、ひとつお願いがあるのですが」

「私に出来る範囲なら」

「少し耳を、」


 殿下に耳を寄せて貰って、思い付いた方策を耳打ちする。


「--と言うことは、可能でしょうか」

「私の一存ではなんとも言えないけれど、うん、提案はしてみるよ」

「ありがとうございます」


 わたしから提案するより、殿下から提案した方が、意見は通りやすい。

 虎の威を借るようで心苦しいが、悪い提案ではないはずだから。


「いや。現状を憂いているのは、私も同じだ。良い案を出してくれて、ありがとう」


 さっそく提案してくれるのだろう、殿下はわたしに笑みを向けたあとで、わたしから離れて歩み去った。


 …良かった。ご令嬢方の視線が好い加減痛かったから。


 うん?追い払うために用事を頼んだんじゃないかって?

 それは、誤解デスヨ。


 じっくりと時間を掛けて、身体をほぐし温める。

 じくりと視線を感じて目を向けると、ラース・キューバーがこちらを見ていた。

 顔だけは微笑ませたまま睨む相手に睨み返したりはせず、微笑む。


 前世も今も、笑顔がわたしの武器だった。


「全員集合!」


 ラース・キューバーの表情を確認する前に先生からの号令が掛かってそちらに意識を奪われる。


 ちらりと目をやったラース・キューバーもすでにこちらを見ていなくて、わたしは先生の号令に従った。




 かんっ


 模擬刀が硬い音を立てる。


 ラース・キューバーの太刀筋は鋭く、正確だった。きっと、数えきれないほど素振りを繰り返したのだろう。素早く、無駄のない動き。剣を振る肩にも腕にも余計な力は入っておらず、まるで剣が腕の一部であるかのような自然さがある。


 身長こそ同じだが、腕力や握力ならば明らかにラース・キューバーが上だろう。残念ながら男女差を乗り越えられるほどの筋力は、望めなかった。


 よく訓練された、努力の上の強さを持った剣術。

 鍛錬を怠った鈍刀なまくらがたなでは、太刀打ち出来なくて当然。


 でも、それだけだった。


 弱い、とは感じない。明らかに、強い部類の人間だろう。

 けれど、負ける、とも思わない。


 スー先輩とはまったく違う。スー先輩相手に感じた畏れのようなもの、あわや負けるかと思うような恐さを、ラース・キューバーからは感じない。


 わたしに対する敵意や憎悪は感じる。気迫も十分。

 なのに、怖くないのだ。


 ひゅ、とラース・キューバーの剣が鼻先をかすめる。間一髪での回避。

 恐怖は、感じない。

 スー先輩が相手だったならば、間違いなく背筋が粟立ったであろう状況だ。


 なぜ、と、考えながら戦う余裕すらある自分に、余計疑問が湧く。


 体格の差?年齢の差?


 跳びすさって間合いを取って、気付く。


 ラース・キューバーの動きに、スー先輩が重なるのだ。

 そして、重ねてしまうと、ラース・キューバーが劣る。


 当然だろう。

 スー先輩はラース・キューバーの速さと正確さに加えて、力と大きさでも秀でているのだから。


 そして、意図的に重ねてみればさらにわかる、明らかな違い。


 雨夜あまよで月が見えぬなら、雨音や足元の蛙を愛でれば良いものなのに。

 なぜ雨天に身を晒し、見えぬ月を睨むのか。


 魔法がない、身長が低い、筋肉がない、力が不足する。

 確かにその一面のみを見れば、さぞ劣って見えるだろう。

 なぜわざわざ、劣る部分に目を向けるのか。


 魔法がないならないなりの、身長が低いなら低いなりの、重さがないならないなりの、力がないならないなりの、戦い方はいくらでもあるのに、なぜないものを追い求め、月が見えぬと嘆くのか。

 ないならばないと認め、あるものを掴めば良い話なのに。


 なんて、無茶を承知でツェリを幸せにと誓ったわたしに、言えたことではないのかもしれないけれど。


 身を屈めて走り寄り、ラース・キューバーの剣を下から叩き上げる。

 空いた胴に、剣を叩き込んだ。


「ぐっ…」


 鈍い音と共に、ラース・キューバーが呻きを漏らす。


 雨夜の月が見たくて、わたしは崖を登ったのだ。

 空の上、雨降らす雲のその上に。


 痛みから立ち直るその前に、追撃を掛ける。

 頭に落とされようとする剣を気にせず胴を狙えば、すぐ前に感じた痛みからとっさに庇う行動が出る。


 覚悟の、違いだ。


 スー先輩は、月を諦め蛙に目を向けた。

 わたしは月を諦めず、断崖絶壁に挑んだ。


 形は違えど、どちらも覚悟だ。


 月を諦めることも諦めず身を危険にさらすことも出来ないラース・キューバーとは、違って当然なのだ。


 振り下ろされる剣を下に避け、振り抜いたわたしの剣が薙いだのは、


「っ!」


 ラース・キューバーの、足元。


 前に倒れるのを留まろうとする動きを嘲笑うかの如く、ラース・キューバーを背中から蹴倒し、倒れ伏す相手を踏み付けて項に剣先を突き付けた。


 身体の小ささを活かした戦い方なんて、いくらでもある。

 上に届かないなら下を狙えば良い。それでも上を狙いたいなら、高い位置に立てば良いのだ。


 とあるバスケ選手は言ったと言う。

 身長が足りないならその分跳べば良い、と。

 背が低くとも力が弱くとも、こうしてわたしの剣はラース・キューバーの頭に届く。


 勝者と敗者が明らかな状況に、瞬間、しん、と場が静まった。

 隣の試合場の剣戟と土を蹴る音だけが、響く。


「先生」

「、そこまで、勝者サヴァン」


 ラース・キューバーから目を離さないまま審判に声を掛ければ、はっとしたように勝利判定が落とされた。

 息を吐いて、足を退ける。


「大丈夫ですか?」


 自分で倒した相手だが、ひとが倒れていれば手を差し伸べたくなるのが人情。


 差し出された手に驚いた顔をし、じっと見つめたあと、ラース・キューバーは手を無視して立ち上がった。


 ガン見からの無視って。非道いや。


 と言っても慣れたことなので気にもせず手を引っ込める。


 所定の位置に戻り、礼をする。


 歓声を上げたのは、内部生たちだろうか。

 ときを同じくして、隣の試合場も勝敗が決したらしい。


 殿下を目で探せば、見つけた殿下はわたしと視線を合わせて頷いた。殿下の隣にツェリと、テオドアさまが立っている。


 高く手を伸ばせば、いっせいの注目を浴びた。


「せっかくですので、少し余興をしましょう。良いですね、先生」

「ああ。全員、サヴァンの指示に従え」


 頷いた先生が、重たげな黒いポールを、ずしんとグラウンドの真ん中に設置した。

 そのポールへ、殿下、ツェリ、テオドアさまが歩み寄る。


「ツェツィーリア・ミュラー公爵令嬢さまの魔法は水による防御、テオドア・アクス公爵子息さまの魔法は肉体強化です。みなさま、話としてはご存じですね」


 わたしの説明に合わせてツェリがポールの前に防御壁を張り、殿下が真剣でその防御壁に切り掛かった。

 防御壁はふるりと揺れるも危なげなく剣戟を受け止める。


「ツェツィーリアさまの防御壁は強く、真剣でも止めてしまいます。しかし、肉体強化の魔法を使用すれば、」


 ざぱん

 きぃ…ん


 テオドアさまの剣戟を受けて防御壁が弾け、剣を受け止めたポールが数秒の間白く光った。

 攻撃を受けると力に応じて光る。剣技秤けんぎしょうと呼ばれる、剣の稽古のための魔道具だ。


「こうして防御壁を切ることも可能です。ただ、ツェツィーリアさまは極めて能力の高い魔法の使い手ですので、」


 再度ツェリが、ポールの前に防御壁を張る。

 同じようにテオドアさまが切り掛かり、防御壁が崩れる、が、その先にも防御壁が現れる。さらに一枚は切り捨てられたが、次の防御壁によって剣は止められた。


「たとえ肉体強化した相手による剣戟であっても、このように防ぐことが出来ます。これは、魔法の強さの違いによるものです。では、魔力で劣るものは魔力で勝るものに勝てないのか。スターク・ビスマルク伯爵子息さま、ひと太刀で剣技秤を切ってみて頂けますか?」

「ああ」


 スー先輩が真剣を構え、切った。

 三枚目の防御壁まで破られたが、その先の防御壁に阻まれ、惜しくも剣技秤には届かなかった。


「騎士科の方ならわかったと思いますが、いま、スタークさまは三枚目の防御壁まで破りました。テオドアさまと異なり、スタークさまは魔法を使えません。それでも、剣術を鍛えることで、魔法の壁を打ち破ることが可能になるのです。ツェツィーリアさまは四枚の防御壁を張っていますから、ツェツィーリアさまが防御壁を張り直す時間を与えずに二回剣を振るえれば、スタークさまは剣技秤を切ることが出来ます」


 騎士科の生徒を、ゆっくりと見回す。


「みなさまも一度ずつ、剣を振るって自分の力を試してみて下さい」


 騎士科の生徒たちに戸惑いが走るが、


「任せとけ。スーには負けねぇからな?」


 わたしとラース・キューバーの隣で試合し、勝ちを収めた三年生が、にっと笑って進み出てくれた。

 続くように、敗北した方の三年生も歩み出る。


「こいつに出来なくて私に出来たら、さっきのこいつの勝ちはまぐれだったってことだな?」

「てっめ、魔法が切れるかと試合の勝敗は関係ねぇだろ!」

「やる前から負け惜しみか?」

「言ってろ」


 吐き捨てて切り掛かった結果は、スー先輩と同じく三枚。悔しげな彼に続いた先輩も、結果は同じだった。


「ちくしょ、引き分けかよ。おら、全員続けよ。切れたら俺たちより上ってことになるぞ」


 三年生に睨まれて、慌てた一、二年生が続くが、一年生は誰も壁を切れず、二年生も数人が一枚切れただけだった。

 継いで残りの三年生たちが挑むも、八強で敗退したひとりが二枚切れたのみで、ほかは切れても一枚だった。


「さて、ラース・キューバー公爵子息さま、お願いします」


 さり気なく服の背中を掴んで引き留めておいたラース・キューバーを、ようやく解放して行かせる。

 ラース・キューバーはわたしをひと睨みしてから、剣技秤に向かった。


 彼が切った防御壁は、二枚。

 上出来だ。


 微笑んで頷いたあとで、自分も剣技秤に向かう。


「ご覧の通りツェツィーリアさまの防御壁はたいへん強固ですが、」


 鞘に入れ腰に挿したままの剣に、手を掛ける。


「っ!」


 きぃぃん


 ごとんっごんっ


「あ、」


 勢い余って両断された剣技秤に、瞬間茫然自失に陥る。

 つい泳いだ目が見留めた剣術の先生も、唖然とした顔で剣技秤を見ている。


 …事故だ。事故。


「剣術を極めれば魔法に頼らずとも打ち破れます。魔法がなければ魔法使いには敵わない。そんなことはないのです」


 両断された剣技秤から目を逸らして剣を納め、こちらを見る生徒たちを見回す。


「たとえ魔法を持っていたとしてもツェツィーリアさまほどの使い手でなければ、魔法を持つから持たないものよりも優れる、などと言うべきではありませんし、今日はわたしに敗れたラース・キューバー公爵子息さまですが、魔法を切れるほどの確かな実力をお持ちです。魔法を持たなくとも騎士科で真面目に鍛錬をすれば、魔法の壁に打ち勝てるようになることも、証明されましたね」


 にっこりと微笑んで、首を傾げて見せる。


「下らない貶し合いや足の引き合いをするよりも、お互い認め合い高め合った方が、賢いと思いませんか?ひとを貶める姿は醜く哀しいですが、ひとと支え合い努力する姿は、とても気高く魅力的ですよ」


 言い切ってから、ゆったりと一礼する。


「これにて、余興を終わります。授業中にお時間を頂いてしまい、申し訳ありませんでした。また、ご協力頂いたツェツィーリアさま、騎士科のみなさま、ありがとうございました」

「すげぇ…見ろよ、綺麗にまっぷたつ」

「次に戦うお前も、まっぷたつにされないと良いな」


 なにごともなかったかのように締めようとしたわたしの後ろで、先輩たちが余計な会話を交わしている。


 あーあーあー、聞こえない聞こえない。


「サぁヴァぁンんー?」

「いやだっておかしいでしょう剣の稽古用の魔道具が剣当てられて切れるとか。これが不良品なのですよわたしのせいではありません」


 ぞわりとする怒気が流れて来る方向から目を逸らし、ひと息に吐き出す。


 逃げようとした襟首を、がしっと掴まれた。


「に゛ゃっ」


 しっぽを踏まれた猫のような声が漏れる。


「あー、とりあえず普通科は授業に戻れ。騎士科は決勝やるぞ。お前の沙汰はそれからだサヴァン」

「やー、スー先輩助けて下さいー」

「…俺も、まだまだだな」


 おーぅ、スー先輩ったら剣技秤見下ろしてマイワールドに入っちゃってるよ。

 あーにーきぃー、へるぅーぷ。


「つか、まだ光ってんぞこれ、やばくねぇ?」

「防御壁を切った上で、この威力か」


 剣技秤から目を移した先輩たちが、校舎へ戻ろうとしていたツェリへと目を向ける。


「防御壁の強度を変えるような不正は…あ、」


 不正はしていないと言いかけたツェリが言葉を止め、困ったように頬へ手を当てた。


「なにかしたのか?」

「やっぱり防御壁を切った上て剣技秤をたたっ切るなんて、」

「強度、上げたんだったわ」

「は?」


 ぽかんとする先輩たちの後ろで、ツェリの言葉に耳を澄ませていた生徒たちが、ざわりとざわめく。


 わたしも、首を傾げた。


 強度を上げたって、


「いつも通りの強度でしたよね?」

「テオの初撃に合わせていつもより弱くしてあったのよ。でも、あなたを前にしたらついついいつもの強度に戻しちゃって、枚数も、六枚まで増やしてあったわ」


 慣れって怖いわね。


 にっこりと笑うツェリの後ろに悪魔が見えた。


 強度変えて壁増やすとか、切れなかったらどうするつもりだったのだ。

 ほら、ほかの生徒もツェリの外道っぷりに騒いでいるじゃないか。


「でも、あなたはただの水の防御壁くらい切り慣れているもの、それくらいのハンデがあっても、良いわよね」

「…たかだか壁四枚と手抜きしなくて良かったです」

「そうね。あなたがあまりにも本気で切り掛かるから、壁の温度を変えそうになったけれど」


 くすくすと笑ってツェリは肩をすくめた。

 わたしに目を向けて、立ち去りながら言う。


「じゃあ、アル、決勝戦、頑張ってね。−−−」


 声には出さなかったが、ツェリの唇が“おこめ”と動いた。


 あなたは鬼か。


 額を押さえて、敗北の先に待つ地獄を頭から追いやった。


 勝てば良い話だ、勝てば。


「先生、剣技秤の件、優勝したら不問にして頂けませんか?」

「…勝てば、な」

「ちょ、待った待った先生、サヴァンの気合いがやべぇっすよ」

「冥福を祈る」


 お米愛により120%の実力を発揮し、わたしは模擬試合で優勝を果たした。

 わたしの相手をした先輩がちょっと涙目だったとか、気のせいだ、うん。


 わたしの模擬試合優勝と、剣技秤の騒動はその日のうちに学校中に知れ渡った。

 ツェツィーリア・ミュラーとエリアル・サヴァンに逆らうべからず。

 クルタス王立学院に新たな不文律が出来た日だった。




 その後、王都の王立学院の生徒が不必要にえばりくさることは極めて少なくなり、爆発寸前だった内部生の不満は綺麗に解消された。

 騎士科の生徒は先輩方を尊敬し、積極的に教えを乞うさまが見られるようになった。普通科の生徒も女生徒を中心に熱心に授業を受けるようになり、学内はたいへん平和で過ごしやすくなったと言えるだろう。


 ラース・キューバーは相変わらずわたしへ敵意を向けるが、面と向かってどうこうと言うことはない。

 中等部で一時ほぼなくなったものだから気になっただけで、思い返せばエリアル・サヴァンが悪意を向けられるなんて、今に始まったことではなかったからだ。

 もう、慣れたこと。実害がないなら、無視すれば良い。

 わたしはもうなにも、彼にしてやるつもりはない。


 それでもいつか、ラース・キューバーが雨夜の美しさを知れれば良いと、戯れみたいに神に祈った。

 彼自身が気付くのか、いずれ来るゲームヒロインに教えられるのか、はたまた別の理由でかは、想像も着かないけれど。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです


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