取り巻きCと貴公子の裏側
取り巻きC・エリアル視点
前二話から続いた話になっています
未読の方は前の話からどうぞ
シリアス
と見せかけた
シリアル
ごめんなさい
見なかった振りをしても、良かっただろう。
けれどわたしはツェリに連絡を入れた。
−申し訳ありません。わたしを待たずに昼食を摂ってください
−なにかあったの?
はいともいいえとも返さず、ツェリが疑問を呈す。
なんと説明するか迷って、最低限のみを答えた。
−少しばかり、喧嘩の仲裁を
−私が食べ終える前に、来なさいよ
−ゆっくりよく噛んで食べて下さいね
通信を切って、状況を伺う。
さて、どのタイミングで、突入しようか。
木の陰からこんにちは、闇に身を潜める黒猫、取り巻きCことエリアル・サヴァンです。
なんでこんなとこにいるかと言うと、ここから中庭を突っ切って端の木を登って窓から入るのが、更衣室からいつものサロンへの最短経路だからなのだけれど、え、その経路はおかしい?でも、この経路が最もマルク・レングナーに捕まりにくい経路なんだ。
大丈夫。この中庭は校舎に囲まれた袋小路になっている上に日当たりも悪くて、人目を気にする呼び出しでもない限り、まず使われないから。
見られなければ良いって話じゃないと、ツェリには怒られたけれど、マルク・レングナーに捕まりたくないのです!と主張したら諦めてくれた。お嬢さま優しい。
ゆえにとっとと中庭を突っ切って愛しのお嬢さまのところに行きたいのだけれど、残念ながら珍しく、中庭に先客がいたのだ。
通れないなら迂回すれば良い話だったのだが、話の内容が耳に入って迂回をやめた。
…突然だけれど、ラース・キューバーと言うキャラクターについて、もう少し詳しく話そう。
この世界で微笑みの貴公子と呼ばれるラース・キューバー公爵家子息ではなく、前世でゲームの攻略対象だった、ラース・キューバーと言うキャラクターについて。
乙女ゲームのキャラクターには、たいていなんらかのキャラ付けがされている。爽やか、無口、ドS、などなど、簡潔でわかりやすい個性が付いていることが多いと思う。と言うか、そうでないとシナリオを作る方も、書き分けが難しいだろう。主人公は変えずに同じ舞台での恋愛ストーリーを描くのだ。攻略対象に個性がないと金太郎飴になってしまう。
この世界に類似した乙女ゲームの攻略対象たちの場合、王子が俺様、武門公爵が体育会系、マルク・レングナーが遊び人、教皇子息が不思議ちゃんだ。
なんと言うか、うん、なんの捻りもないありがちなキャラ設定だと思う。うん。
敵方に正統派王子と冷酷騎士に、ショタっ子まで取り揃えているので、王道キャラクター見本市が出来そうだ。
ここまでありがちで来ると、ラース・キューバーのキャラクター設定にも予想が付くのではないだろうか。
勿体ぶらずに言ってしまえば、敬語の二重人格キャラ、だ。
表向き微笑みの貴公子なラース・キューバーだが、素の性格はとんでもない毒舌家。偶然裏の顔を知ってしまったヒロインは、素敵な笑顔に丁寧な敬語で痛烈な毒舌を吐かれるようになる、と言う、やっぱりありがちな設定だ。
ここまでだと一部被虐嗜好な乙女たちにしか需要ないじゃないかと言われそうなので、武士の情けで補足すると、好感度を上げて彼の悩みを解決してあげることで、控えめながら甘い言葉や甘い行動を見せてくれるようになる。
変則的クーデレキャラなのだ、一応。
で、肝心なのは彼の悩みについてだ。
ラース・キューバーは、魔法が使えない。
本人は決して認めないが、それをコンプレックスに思っている。
誤解のないように言っておくと、この世界の大半の人間が、魔法を使えない。
悪役男子三人は使えるが、悪役女子のうちリリアとレリィは使えない。攻略対象に関しても、ラース・キューバーを含む公爵家子息ズは魔法を使えない。
…と言うか、ゲーム内だとアーサーさまも使えなかったはずなのだけれどね、わたしと言うイレギュラーも存在するし、すべてが同じではない、みたいだ。
魔法の使い手を積極的に家系に入れたからか、貴族には比較的使える者も多いようだが、サヴァンのような特殊な家系でない限り、必ずしも遺伝すると言うことはない。
魔法重視の貴族学校であるクルタス王立学院ですら、魔法の使える生徒は四分の一に満たないのだから、魔法使いの稀少さは、わかって貰えると思う。
しかも、魔法が使える生徒と言っても、大半は実戦で役に立たないレベルだ。
にもかかわらずなぜラース・キューバーが魔法を持たないことをコンプレックスに思うのか。
理由は、家系にある。
キューバー公爵家は数ある貴族の中でも異質なほど、魔法至上主義の家なのだ。
ほとんどの貴族家、特に文門系貴族の間で魔法が重視される傾向はあるのだが、キューバー公爵家の場合それが徹底している。
ラースの両親も、兄も魔法の使い手だし、親族一同ほぼ全員が魔法を使える。当主はもちろんのこと、配偶者も魔法持ちであることが必須だ。
なんというか、うん、一族総東大出の官僚一家で、ひとりだけ早慶しか受からなかった、みたいな。あるいは大病院の院長務める医者一家で親族一同医師の中ひとりだけ理学療法士、みたいな。
普通に考えて早慶すごいよと思うし、理学療法士さんはすごく重要なひとなのに、彼やその家族にとっては東大や医師じゃなきゃ意味がない、って状況だ。
わたしは前世でそんな家の出ではなかったし、今世ではむしろサヴァン家らしさを発揮し過ぎて首輪少女になっているので、ラースの気持ちは想像しか出来ないけれど、腐ってグレて当然だと思う。
だって、魔法なんて本人の努力じゃどうにもならないのだ。
それなのに、魔法を持たないせいでまるで異端児扱いされるなんて、性格歪んでも仕方がないのではないだろうか。
ラース・キューバーのすごいところは、性格は歪んでも行動は腐らなかったことだ。
魔法がないならと勉学と武術に打ち込み、剣術の模擬試合で四強に、学科試験でも五位に食い込んでいる。
腹の中がどんなに罵詈雑言で満ち溢れていようとそれを面に出さず、常ににこやかで紳士な対応を心掛け、微笑みの貴公子の二つ名を勝ち得ている。
それは、魔法が使えるからと勉学や武術を怠ったり、魔法の使えないひとたちを馬鹿にする人間に比べて、なんと立派なことだろうか。
同じように自分ではどうしようもないことで虐げられてきた愛しい女の子を知っているだけに、理不尽な扱いを受けながらも努力するラース・キューバーを、わたしは少し認めている。
と言っても、わたしに対して敵意がギンギンなのは、やめて欲しいけれどね。
まあ、わたしに対する敵意も、彼が欲しくて欲しくて堪らない魔力を余るほど持ち、魔法使いの証とも言えるピアスを隠しもしないわたしへの、妬みの現れだろうから、理由は理解出来なくもない。
ただし、理解出来たら許すなんて寛大さは、あいにくと持ち合わせていない。
で、どうして唐突にこんな話をしたかと言えば。
噂のラース・キューバーが、中庭で男子生徒七人に囲まれていたからだ。
ラース・キューバーはゲームの攻略対象としては、わんちゃん、ヴァンデルシュナイツ・グローデウロウスに次いで背が低く、華奢で冷たげだが綺麗めな顔立ちの美青年だった。髪も菫色で癖のない、美しい長髪。ゲーム時空より前だからだろうか。ゲーム内よりさらに背が低く華奢で、顔立ちも少し幼く見える。
彼の外見を描写してなにが言いたいかと言えば、見方によっては婦女暴行現場にも見えなくもないってことだ。
ラース・キューバーは美女に見えなくもない外見で、彼を囲む男子生徒はみなラースより背が高く体格も良い。
あれは、二年生かな?いや、一年生もいるか。
みんな模擬試合の初戦やその次くらいには負けた、雑魚たちだ。
確か全員魔法が使えたはずだけれど、対した魔力じゃない。
一応王太子派の貴族家の子息たちだが、ああ言う輩はいても邪魔にしかならないから、いっそ切り捨てたいね。
と言うかいちばん上でも侯爵子息なのに、次男とは言え公爵家の息子に喧嘩売るとか、馬鹿なのだろうか。
ヴィクトリカ殿下が庇ってくれるとでも思ってる?
告げ口する気は満々だけど、絶対に庇っては貰えないと思うよ?
負けた腹いせか知らないが、吐く内容も幼稚で馬鹿馬鹿しい。
魔法が使えないそのことが、ラース・キューバーのなにを貶めると言うのだろう。
ラース・キューバーは困ったような笑みで罵詈雑言を受け流しているが、内心どう思っているのか。
はらわた煮えくり返っているのか、心ない言葉に傷付いているのか、愚かなガキに呆れかえっているのか。
「出来損ないがいくら頑張っても、一族の恥晒しに変わりはない」
うん。お前らがな。
これ以上のさばらせるのは、王太子派の恥晒しだと、木陰から踏み出したときだった。
「なにをしている」
「ふっにゃああぁぁぁぁあっ!?」
突然伸びて来た腕に、背後からひょいっと抱え上げられたのは。
「…猫か」
「猫ではないです」
反射的に上がった叫びに対する感想に、速攻で否定を返す。
いつの間に忍び寄ったのか、スー先輩がわたしのお腹を抱えて持ち上げていた。片手でお腹周りを抱える、いわゆるハンドバッグ持ちだ。
足が地面に着かなくなって、ぷらんと揺れる。
スー先輩との会話をこなしてから視線を戻せば、中庭にいた全員の視線が、見事わたしへ集まっていた。
「…エリアル・サヴァン?」
瞬間ラース・キューバーの眉が寄り、すぐに笑顔の仮面で隠される。
それでもその瞳には、隠しきれない憎悪が滲んでいた。
今さら、端からどう見えるかに気付いたのだろう。ラース・キューバーを囲んでいた男子生徒たちは、一様に気まずげな顔をしていた。
「それで、お前はこんなところでなにをしているんだ?」
かすかに不快をにじませて男子生徒たちを一瞥してから、スー先輩がわたしに問う。
「通り道にひとが溜まっていたのでどうしようか考えていたところ、聞くに耐えない言葉が聞こえたため諌めようとしたところです」
「通り道?」
「あそこの木を登ると近道なのです」
「猫か」
「猫ではないです」
「扉を使え」
「善処します」
答えはいいえです。
猫ではないですが窓も使います。
スー先輩はわたしへ、じとっとした視線を向けたが、ため息を吐いて話を続けた。
…そろそろわたしのこと、降ろしませんか?
「聞くに耐えない言葉と言うのは?」
「魔法を持たない方への差別ならびに、貴族としての品格を疑う言葉、ですね」
「具体的には」
「魔法も使えないくせに模擬試合で勝ったからと調子に乗るな、出来損ないがいくら努力しようと一族の恥晒しに変わりはない、などですね。魔法が使える程度で慢心し、王国貴族としての品格を貶めているのはどちらかと、怒鳴り付けたくなりました」
馬鹿が反論する前にと手を伸ばせば、どこからともなく灰色斑の蝙蝠が舞い降りる。
「彼が記録してくれているはずですが、ご覧になりますか?」
「…グローデウロウス導師の、使い魔か」
「ご存知でしたか。わたしは監視対象ですので、常に彼に記録を取られております。先ほどの様子程度でしたらお見せしても問題ないでしょうからお見せ出来ますが、いかがなさいますか?」
男子生徒たちを見やったスー先輩は、呆れ顔で首を振った。
おお、綺麗に血の気を失っている。
「いや。お前の意見が間違っていないのは、あれを見れば明らかだ。が、覗き見は感心しないな」
「国王陛下と学長の許可は、」
「蝙蝠じゃない。お前の話だ」
デスヨネー。
「申し訳ありません。声が聞こえた時点ですぐ立ち去ろうと思ったのですが、ちらりと見えた光景が、その、」
自然に見えるように良い淀み、視線を泳がせる。
「なんだ?」
「いえ、あの、言わないといけませんか?」
「覗き見の理由なのだろう。言え」
よし。言質ゲット。
ラース・キューバーも馬鹿な男子たちも一挙に抉る攻撃の、使用許可が下りた。
「あの、ですね、キューバー公爵子息さまには、大変申し訳ないのですが、とっさに女性と見間違えて、しまいまして」
その場に、沈黙が広がった。
全員の瞳がラース・キューバーに向かい、ああ、と言う空気が広がった。
ラース・キューバーが呆然としている間に、続きを言ってしまう。
「女生徒が乱暴されているならば助けなければとよくよく様子を確認して、囲まれているのはキューバー公爵子息さまと気付いたのですが、それでも小柄な男性を背の高い男性が囲んでいると言うのは、穏やかな状況ではありませんし、止めるべきか迷って様子を確認している間に聞こえた言葉に耳を疑い、立ち去ることを忘れてしまいました」
「そうか…」
わたしのトンデモ発言に、スー先輩まで気まずげな顔をしている。
ラース・キューバーはびっくりするくらい完成された笑みで、こちらを見ていた。うん、怒り心頭ってやつだ。
まあ普通、高校生にもなって女に間違われたら怒るよね。
誰もなにも言わないのを良いことに、微笑んで発言を続ける。
「わたし、生まれにあぐらをかいている人間が、好きではないのです。魔力に性別、両親に容姿、財力、年齢差。個人の力でどうしようもないことで差別されて、どうしろと言うのですか?生まれに恵まれたからとえばる人間、生まれに恵まれないからと腐る人間、どちらも嫌いです」
にこやかに、穏やかな声で。
顔と声の印象だけを受け取ったら、毒を吐いているなんて思われないだろう。
ラース・キューバーのお家芸だが、エリアル・サヴァンの常套手段でもある。
「確かにキューバー公爵子息さまは魔法をお持ちでありません。ですがそれを補って余りある、剣術の腕と知識をお持ちです。魔法を持たぬからと諦めたりせず、自分を磨いた結果でしょう。どうして、あなた方に貶されなければならないのですか?魔法を持っても有効に使えないのならば価値はありません。魔法を持たなくてもほかに秀でたものを持つならば、使えない魔法よりもよほど価値があります。努力して自らの価値を生み出したキューバー公爵子息さま、ラース・キューバーさまと、努力を怠り他人を貶めるあなた方、恥晒しは、果たしてどちらですか」
…格好付けて言ったは良いけど、スー先輩に抱えられているからね、今。
格好付かないよ!降ろしてよ兄貴!
もぞりと身じろいだら、ようやく降ろして貰えた。
しかし代わりにぽすぽすと、頭をなでられる。
「魔法は、価値ではない。と言うことか?」
「魔法の価値を否定する気はありません。しかし、魔法だけが価値でもありません。魔法は確かに便利です。いち個人の魔法が、国を滅ぼすこともあります。しかし国の大部分を形作るのは、魔法を持たないもの。王侯貴族だけでは国が成り立たないように、魔法使いだけでも国は成り立ちません。それを理解出来ないものに、ひとの上に立つ資格、貴族を名乗る資格はありません」
ほかの誰でもない、ラース・キューバーを見つめて、わたしは言った。
「魔法を持たないからこそ、出来ることがあります。痛みを知るからこそ、わかることがあります。魔法を持たないことは恥ではありませんし、自らの手で勝ち取ったものを否定される理由にもなりません」
ラース・キューバーから、笑顔が消えた。
おもむろに歩き出したラース・キューバーを、誰も止めない。
ただ、わたしだけ、スー先輩の手を抜け出して一歩踏み出した。
秀麗な顔に似合わず武骨な手が、わたしの胸ぐらを掴む。
ラース・キューバーの憎悪に溢れた眼差しよりも、乱暴に掴まれた胸ぐらよりも、その武骨な手に意識が向いた。
わたしの手も、小さくはあるが令嬢らしからぬ硬い皮膚を持つ。
守られるためではなく戦うために使われる、武器を持つ手だ。
ラース・キューバーが武人顔負けの強さを持てるほどに、努力した証だ。
これだけの努力をしたのに、どうして自分を認めてあげられないのか。
成長途中だからか、わたしとラース・キューバーは目線の高さが同じだった。
ゲームでラース・キューバーとエリアル・サヴァンが並ぶスチルはないが、立ち絵で比べた限りラース・キューバーが拳ひとつは高かったと思う。
…ゲームやアニメのイケメンキャラって、やたら背が高くて足が長いよね。低身長短足コンプレックスな日本人の、悲しき性か…。
「国を滅ぼすほどの魔力を持つあなたに、なにがわかるのですか」
見かねたスー先輩が止めようとしてくれたが、魔法でこっそり押し留めた。
兄貴には悪いが、これはわたしに売られた喧嘩だ。
必死の努力が認められない価値観なんて、叩き潰してやる。
にっこりと微笑んで、当然とでも言うが如く、言い放つ。
「なにも?」
「なっ」
「逆に問いましょうか」
目を見開くラース・キューバーの手に、手を添える。
「国を滅ぼすほどの魔力を持ったことのないあなたに、わたしのなにがわかるとおっしゃるのですか?」
すとん、と、ラース・キューバーが崩折れる。
なにが起きたかは、倒された本人もわかっていないだろう。
ラース・キューバーから手を離して乱れた服を直しながら、地に座り込む彼を見下ろす。
「魔力さえあればすべてが上手く行くとでも、お思いですか?国を滅ぼす魔力があればなんでも出来るとでも、お思いですか?わたしがなにひとつ努力せずこの場に立っているとでも、お思いですか?」
ラース・キューバーを、ラース・キューバーに言い掛かりを付けた男子生徒たちを、ゆっくりと見回す。
「魔力があっても鍛錬を怠れば武術は身に付きません。魔力があっても鍛錬を真剣に行えば魔力を使わずとも戦えます」
ラース・キューバーをひたと見据えて、宣戦布告を述べる。
「わたしが憎いならばその気持ちを試合にぶつければ良いでしょう。自分はエリアル・サヴァンより優れるのだと、みなの前で証明すれば良いでしょう。けれど、甘く見ないことです。わたしは魔力だけに頼ってほかを蔑ろにする、愚者ではありません」
ため息を吐いて、ラース・キューバーの横を擦り抜ける。
そろそろ移動しなければ、ツェリがお昼を食べ終えてしまう、と言うか。
さっきから思いっきり、サロンの窓が開いているのですけれどね!
やばいよばれてるどころじゃないよ。てか殿下まで窓にいるからね。うわぁいつから聞いてるのだろう終わったな馬鹿貴族ども!
もはや憐憫すら込めて、自爆した男子生徒たちを見上げる。
「あなた方の言動はすべて、王太子殿下にお伝えさせて頂きます。あまり、不用意な行動を、取るものではありませんよ」
きみたちに現実を教えてやろうとばかりに、上を示す。
窓を見上げた彼らは、真っ青通り越して土気色の顔になった。
ご愁傷さまですざまぁ。
見られても良いかと最短距離を行こうとしたところで、スー先輩に腕を掴まれた。
あ、窓からの出入りを注意されたばかりでしたね。しくったわー。
「ちゃんと、扉から回りますよ?」
「その話はい、いや、良くはないな。扉を使え。ではなく、礼と謝罪をさせてくれ」
「え?」
スー先輩になにかしたりされたりしただろうか?
さっき、勝手に抱き上げられたことかな?
首を傾げてスー先輩を見返すと、潔く頭を下げられた。
え?は?
「すまなかった」
目を白黒させるわたしに、顔を上げないままスー先輩がきっぱりと言う。
いや、謝られても、理由が、
「な、なにに対する謝罪ですか?」
「お前を誤解していた」
「誤解?」
「…俺も、魔法は持たないからな。魔法を持つ女が、なぜ騎士科にと、思った。剣など使えず魔法ですべてこなし、魔力を持たない者を下卑していると、勝手に偏見を持っていた。騎士についてなにもわかっていないくせに、愚弄し馬鹿にしているのではないかと、邪推していた。けれどお前は魔法を使わずとも俺に勝ち、魔力を持たぬ者の努力を肯定した。わかっていないのは、俺の方だった。なにも知らずお前に偏見を持って、すまなかった。そして、誰より魔法を持つお前が、俺たちの価値を認めてくれたことに、感謝する。ありがとう」
偏見を持たれていたと暴露されても、スー先輩を軽蔑したりは、出来ない。
デフォルトでヘイトを貯め込んでいる。それがエリアル・サヴァンと言う人間だ。
悪役サイドの面子のように、エリアル・サヴァンに始めから好意を持っている相手の方が珍しい。
「顔を、上げて下さい」
スー先輩の肩に触れて、言う。
上げられた顔を見据えて、微笑んだ。
どんな感情も抑え込んで、微笑む。
わたしとラース・キューバーは、似ているのかもしれない。
「知らぬ相手のことを持ち得た情報から推測するくらい、誰でもやります。謝るようなことではありません。わたしが周囲からどう思われているかは理解していますから、気に病む必要もないですよ」
「だが、」
反論しようとした言葉を、首を振ることで留める。
「男装の上、騎士科を選択するなどと言う、わたしの行動にも大いに問題がありますし、たとえ始め偏見を持っていたとしても、スー先輩はわたし自身を見て、考えを変えて下さったのでしょう?それだけで、十分です。むしろ、スー先輩の寛大な対応に、こちらからお礼を言いたいくらいですよ。ありがとうございます、スー先輩」
スー先輩が痛みを堪えるように目を細め、なにか言いたげに口を開いた。
「わっ…」
だが結局なにも言わずに口を結び、わたしの頭をわしわしと乱暴に掻き混ぜた。
大きな手に頭を下げられて、スー先輩の顔が見えない。
「ちょ、力、強、」
「困ったことがあったら、俺に言え」
「へ?あ、はい、あ、りがとう、ございま、す」
ひとしきりぐりぐりとわたしの頭をいじめるとスー先輩は手を離し、わたしに背を向けた。
「腐ったやつの性根は俺が叩き直しておく。王太子殿下にも、そうお伝えしてくれ」
「はい」
頷いて、ツェリの方へ、
「窓は入り口じゃないからな」
…ばっちり、釘を刺されました。ちっ。
「はい」
兄貴の言うことはー、ぜったーい!
大人しく迂回して、扉から校舎に入った。
え?舌打ち?
嫌だなわたしがそんなことするわけないじゃないですかー。
サロンに入るなり、食事を終えたツェリさまの白い目に歓迎されました。
「遅くなってしまい申し訳ございません、お嬢さま」
とりあえずその場でひざまずいて謝罪。
「謝れば済むと思ってるの?」
「いかなる罰も受ける所存です」
「あなたに返せるもの程度で、あなたが私から離れることが許されるとでも言うつもりかしら?」
思わぬ言葉に、許しも得ないまま顔が上がる。
むくれた顔を見つめて、首を振る。
彼女は果たして、なにに対して最も怒っているのか。
「わたしはあなたから離れません」
「私より、男を優先したのに?」
「それは、」
やばい。浮気がばれた夫の心境。もしくは必殺、わたしと仕事どっちが大事なの!?を発動された気分。
「…目の前の理不尽を、見捨てられないわたしはお嫌いですか?」
「困ってるひとを見捨てるあなたはあなたじゃないわ。でも、」
「最優先がお嬢さまである限り」
ツェリの言葉の先を、自分から口にする。
「わたしの最上位はツェツィーリア・ミュラーさまのほかに存在致しません。お嬢さまこそ、わたしの最上にしてすべてです」
「嘘吐き」
「嘘ではありません」
「それなら、約束して」
立ち上がったツェリが、わたしに右手を差し出した。
その手を取って、額に押し抱く。
「たとえ死がふたりを分かとうとも、あなたがわたしを望む限り、わたしの魂は、あなたと共に」
「絶対よ」
「ええ、必ず」
見上げて頷けば、手を引かれた。
「茶番はこれくらいにして、早くお昼を食べなさい。時間なくなるわよ?」
「はい」
本来はお茶のためのテーブルに着けば、ツェリはわたしの左横に椅子を引き寄せた。
腕が触れるほどの距離で腰掛けて、くたりと懐かれる。
「私はちゃんと、あなたの努力も苦労も知っているわ」
ぼそりと呟かれた言葉に、やはり聞かれていたのかと苦笑する。
手作りのお弁当を取り出すと、前に殿下とテオドアさまが座った。
リリアが手ずから、紅茶を入れてくれる。
「お前、いつでもどこでも劇を始めるのやめろよな」
「スターク先輩はああ言ったけど、私の方でも彼らについては警戒しておくよ。ラースについてもね」
「どうぞ、エリアル」
「ありがとうございます」
お茶を置いたリリアがわたしの横に座る。
甘やかされているな。そう思った。
馴れ合いは心地良いけれど、それだけでは駄目だ。
ラース・キューバーの視野の狭さは、わたしにそう気付かせた。
「わたしの評価は、わたしが変えます。まずは、エリアル・サヴァンが魔法だけの人間でないことを、証明して見せますよ」
笑ってお弁当箱を開け、黄色い幸せにスプーンをぶっ指した。
今日のお昼は、冷めても美味しい薄皮のオムライスだ。
うまうま。
「これ以上信者を増やしてどうするのよ」
「スー兄に勝った時点でだいぶ見直されてるからな、お前」
「父上とアクス将軍が女性騎士を真剣に検討し始めてるらしいよ?」
「エリアル、それ、美味しそうですね」
…やばいリリアが癒し過ぎる。
ひとり方向性の違うリリアに癒されながら、自分の手元を見下ろす。
オムライスも、この世界にないもののひとつだったなんて、信じられる?
基本的に欧米風文化なこの国では、米は主食扱いされていない。
どう言えばわかるかな、扱いとしては、日本でのじゃがいもくらいの扱いだ。
むしろ、野菜?みたいな。
主食はむしろ肉で、パンよりもおかず重視。日の丸弁当や塩むすびを食事として許しちゃう日本とは、ひと味違う感性の持ち主たちなのだ。
あ、と言っても朝食に関するパッションは格段に薄いので、朝はオートミールですみたいなひとは存在する。ベジタリアンや胃弱さんも。
そんな食文化だから、米料理と言うとスープやリゾット。頑張ってパエリア。白いご飯、どころか、米を炊く、と言う概念からなかった。衝撃的過ぎる。
なので白米はもちろん、チャーハンやチキンライスみたいなものもなく。
チキンライスやバターライスを薄焼き卵でくるむなんて料理も、存在するはずがなかった。
もともとオムライスって、日本発祥の洋食と言う、和製英語的な存在だったはずだから、なくてもおかしくはない、のかな。
輸入後の改造ももはや習性だよね、日本人。
存在しない料理をみだりに見せるのはやめようと、前までは努力していたのだけれど、わんちゃんに和食材を貰って以来は、開き直ることにした。悪役サイド限定で。
もう、趣味:創作料理で押し通そうと思います。わんちゃんに対しては、とりさん由来で誤魔化すし。
それでももちろん気は遣っていて、わんちゃん以外に見せるのは基本的に洋食に見えるもののみにしている。ただし白米とおやつは別だけれど。
悪役サイドの方々はまず料理をしない生活をしているので、見た目さえそれっぽければ、創意工夫を凝らしました!で納得してくれる。無知ってありがたい。
リリアが全員にお茶を出してくれたので、ひとり飲食ではないのだけれど、誰も食事していないところでごはんも気まずくて、リリアの話題に乗る。
「ひとくち食べますか?」
「え!あ、そ、そんなつもりでは…」
ありませんでしたわ、と尻すぼみに呟きながらも、リリアの視線はわたしの手元に向かう。
控えめにオムライスをすくって、リリアに差し出してみた。
「はい、あーん」
「あむ」
乗ってくれる辺り、リリアも大概ノリが良い。
「美味しいですか?」
無言でこくこくと頷くリリアを見ていたら、腕を引かれた。
「あーん」
「ん…」
無言の訴えに従って、ツェリの口にもオムライスを入れる。
左右に美少女侍らせて食べさせ合いって、犯罪の香りがするね。
気まずさをごまかすための行為だったのに面映くなってしまって、視線をオムライスに向ける。
うん、美味しい。
「これ、外は卵でしょう?中はなあに?」
オムライスを飲み込んだツェリが、わたしの腕を抱いて問う。
くっつきたい気分らしい。
口の中身を片付けてから、答える。
「トマトを下地に味付けしたお米です。お米の他に、玉ねぎ、マッシュルーム、鶏肉、人参も混ぜてあります」
「お米好きね」
「大好きです」
パンも麺類も好きだけれど、MVPはやっぱり白いご飯だ。
「私とお米、どっちが好き?」
…それ、聞いちゃいますか。
さっき頭に浮かんだ二拓と、似て非なる問いを投げられて、言葉に詰まった。
幸いオムライスをほおばったところだったので、咀嚼で時間を稼ぐ。
ソウルフードと至上のひと、どちらが好きかと。
それはもう、“水と空気どっちが好き?”と問われたようなものだ。
好きとか嫌いとかじゃなく、必要不可欠なものなのである。
もし、この先ひとくちでもお米を食べたならば、ツェリが死んでしまうとしたならば…。
こくり、と口の中のオムライスを飲み込む。
もし、この先お米が食べられないとしても、
「お嬢さま、以上に、愛しい、ものなど、ありません」
ツェリのためならお米を棄てる。
「…そんなに好きなのね、お米」
決断に伴う苦渋が、表情に出てしまっていたのだろう。
ぶに、とツェリに頬をつつかれた。
前世では、お米を食べない日は体調を崩していた。
お米中毒と言っても、過言ではなかったのかもしれない。
自由に食事を摂れなかった幼少期を思い出して、遠い目になる。
たまに出るお米入りのスープが、生きる支えだった。
「お嬢さまとわんちゃんの次くらいには、わたしに必要な存在です」
お米がある幸せを噛み締めながら、オムライスを食べる。
ツェリは存在意義。わんちゃんは精神安定剤で、お米は魂だ。ソウルフードだ。
この世にお米があると知った以上は、食べないなんて耐えられない。
それでもツェリと引き換えなら、ツェリを取るけれど。
うっ、想像しただけでも、胸が痛む。
「…アルへの罰則はお米禁止がいちばん効くのかしら」
「−っ!?」
そんな、まさか…っ。
信じられない気持ちでツェリを振り向く。
想像だけでも断腸の思いだったのに、お米禁止、なんてっ。
「そう」
猫のような金色の瞳が、すっと細められた。
にいっと嗤うその表情は、まさに悪役令嬢。
「“いかなる罰も受ける”って、言ったわね?」
「………」
「言ったわね?」
「…言い、ました」
呻くように答えれば、満足げな頷きを返される。
「二ヶ月間、お米禁止」
無慈悲な罰が、愛らしい唇から落とされた。
絶望に打ちひしがれるわたしに、悪役令嬢ツェツィーリアは慈悲深い微笑みを向けた。
「私も、鬼じゃないわ。剣術の模擬試合で優勝出来たら、今回に限り罰なしで許してあげる。優勝出来なかったら、その日から二ヶ月、お米は禁止よ」
なんとしても、勝つ。
今まででいちばん、わたしが強く決意した瞬間だった。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
食事ネタをやり過ぎているような…(‥;)
引き出しの少ない作者ですみません
続きも読んで頂けると嬉しいです