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取り巻きCと微笑みの貴公子

取り巻きC・エリアル視点

高等部進学後のお話


すみません

なぜか脱線しまくってしまい

四話(予定)が一連の出来事のお話になっています

切り良くは切ったつもりですし

極力早めの更新を目指しますが

待つのがストレスな方は四話アップされてから読むことをお勧めします

 

 

 

「やー」


 にこやかに微笑んだヴィクトリカ殿下が軽い口調で言う。


「今日も睨まれているね」

「いえ…笑いごとではないのですが」


 わたしは額を押さえて、深くため息を吐いた。




 こんにちは。悪役令嬢ツェツィーリアさまの取り巻きCことエリアル・サヴァンですが、ただいまは騎士科の授業中のため我らがお嬢さまは不在です。


 え?好い加減自己紹介いらない?


 嫌だな様式美ってやつですよ。某戦うパンだって毎度毎度元気百倍!するように、某宇宙人だって三分ぎりぎりにならないと必殺技を出さないように、エリアル・サヴァンだってにこやかにご挨拶するのが様式美。

 気にしたら負け!だ。


 騎士科の花形(?)授業である剣術の時間です。

 この授業の特徴は、高等部三学年が合同でやるところかな。そのほかも、実技系の授業は基本的に三学年合同なことが多い。上級生に習え!と言うことと、


 二学年に編入して来るゲームヒロインが、他学年の攻略対象と関わりやすいように、かな?


 ああ、ゲーム基準で考えなくても、きちんと理由は説明出来るよ?

 せっかく同世代の貴族の子どもを集めたのだから、交流してコネを作らせたい、ってね。

 魔法が使えない令嬢たちは、旦那探しに来ているようなものだろうから。

 でなければ普通科の、家庭教師で事足りるような授業をわざわざ寄宿して受けようとは思わないだろう。


 …実際、嫌な話ではあるけれど、王太子殿下がクルタス王立学院に通い始めたことで中高からクルタス王立学院に編入させられる令嬢が増えた、と言う話だから。

 あわよくば見初められて側妃にでも、って魂胆だろうな。嫌な話だ。


 そんな方々は、騎士科に女生徒がと言う話で騒然となったらしい。

 王太子殿下も公爵子息たちも、騎士科在籍を選択していたからだ。


 まあ、その心配も騎士科の女生徒が男装の化け物令嬢エリアル・サヴァンと聞いて、杞憂だったと笑ったそうだけれどね。

 男装に首輪、みっともないほど短い髪で、公爵令嬢にかしずく執事令嬢。

 そんな女に王太子殿下や公爵子息さまも、なびくはずがないと安堵したのだろう。


 ありがたい話だ。

 こっちだって騎士科に入ったのは、男漁り目的なんかじゃないのだから。


 騎士は、守るために戦う存在。

 わたしはただ、守りたかっただけなのだ。




 だから、睨まれる謂われなんかないのだけれど。


 にこやかな笑みのままわたしを睨み付けるラース・キューバー公爵子息。


 ああうん、この学年にふたりきりの公爵子息の片割れにして、第二王子の取り巻きBな、攻略対象さまだ。

 文門二番手の公爵家出身の彼は、痩せた身体に菫色の長髪と濃い紫の瞳の、クール系美青年で、いつもにこやな笑みをたたえて慇懃な言葉遣いをする、微笑みの貴公子と語られる人物だ。


 語られる、人物なのだが。


 今日はトーナメント式の模擬試合なので、待ち時間が大いにある。

 と言うかこの人数なのに試合場が二面のみって、さぼれと言われているとしか思えない。

 教師の目がこちらに向いていないのを良いことに、グラウンドの端に座って殿下とテオドアさまと雑談に興じることにした。


「わたしはなにか、彼にしたでしょうか」

「俺の見ている範囲ではしていないな」

「デスヨネー」


 微笑みの貴公子のはずのラース・キューバーが、なぜか、わたしに対してだけ、凄まじい憎悪の視線を向けて来る。


 恨まれるようなことは、していない、はずなのだけれど。


「あえて言うなら、入学直後の実力試験で、ラースのひとつ前の順位だったね」

「お嬢さま、殿下、テオドアさま、わたし、キューバー公爵子息さまの順番だったはずですよ。わたしだけ恨むのはおかしいでしょう」


 四位までは中等部時代の鉄板順位だ。ちなみにリリアが五位なのが中等部時代。レリィとアーサーさまも、それぞれその学年の首席だったはずだ。

 頭が良くなきゃ悪役なんかやってらんねぇ!と言うわけではなく、単純に幼少からの教育の差だろう。王家公爵侯爵の息女に付く家庭教師と、同じ貴族でも伯爵以下の息女に付く家庭教師では、質が異なる。


 あー、子爵令嬢如きが、と言う恨まれ方ならあり得るのか。

 今まで試験結果で因縁付けられたことなんてなかったから、思い当たらなかった。


 試験結果如きでみみっち、


「…あ」


 ふと思い付いて、そのまま声に出る。


「どうした?」

「あ、いえ」


 思い付いたことは口に出来ずに、耳に触れる。

 左耳、耳たぶに付いた黒い石。


「ピアスが、気に入らないのかもしれないな、と」


 右に赤い石、左に黒い石が、わたしの耳にはそれぞれ付いている。クルタスでは禁止されていないが、王都の学院では禁止されていたはずだ。

 ピアス禁止、なんて、日本の学校みたいだけれど、この国ではあまり、ピアスが歓迎されていないのだ。付けているのは、魔術師くらい。


 魔法強化のクルタスでは禁止されていないが、それでもピアスを付けている生徒はあまり見かけない。と言うか、専科にでも行かないと、ピアスを付けている生徒なんてほぼ皆無だ。

 令嬢の場合嫁ぎ先に忌避される原因にもなるからだろう。


 わんちゃんは、了承もなくわたしの耳にぶっ刺したけどね。

 しかもひと目でピアスとばれる、アウターコンクのど真ん中にぐっさりと。


 テオドアさまはわたしの右耳を見て、ああ、と頷いた。


「確かラースは前の学校で風点ふうてんの役職だったからな。気になっても仕方ないか」

「よくご存じですね」

「一応、公爵家同士交流があるからな」


 言われてみれは名前呼び捨てだし、知らぬ仲ではないのだろう。

 ちなみに風点とは風紀点検の略。平たく言えば風紀委員のことだ。


「お嬢さまの分をピアスにしなくて良かったです」


 右耳はわんちゃんとの、左耳はツェリとの連絡のための、通信石だ。

 騎士科と普通科で学科が分かれることを気にしていたら、わんちゃんがくれた。

 買ったら高いのに、あっさりと。


 さすがに貰い過ぎな気がして、ここのところ暇が出来るとわんちゃんに料理を作って届けている。

 料理くらいしか返せるお礼がないのが申し訳ないが、わんちゃんはわたしの料理を気に入ってくれているのがせめてもの救いだろうか。


 わんちゃんがくれた通信石は元々一対のピアスだったけれど、別に身体に触れてさえいれば装着部位は関係ないそうなので、ツェリの石に関してはチョーカーに作り替えて渡した。

 大事なお嬢さまを、傷物になんて出来ないからね。


 ラース・キューバーを見て、ピアスも嫌いなのだろうな、と思う。

 魔術師がピアスを付けるのは、ピアスが魔道具として使いやすいからだ。指輪だと着けられる数に限界があるし、腕輪や首輪をじゃらじゃら付けていたら邪魔くさい。その点ピアスなら、小さいし穴さえ開ければ身体中どこでも付けられる。たくさんの魔道具を身に着けたい魔術師にとって、ピアスはちょうど良い形なのだ。


 だが、魔術師ではない、魔力を放出出来ない人間だと、ピアスは非常に使い勝手が悪い。

 小さなピアスでは、貯め込める魔力が少ないからだ。

 だから魔術師以外が魔道具を使う場合、ピアスよりもっと大きなもので作らせる。小さくても首輪や腕輪だ。


 つまりピアスの着用がそのまま、魔法を使えることを証明しているようなもので。


 天災レベルの能力者がこれ見よがしにピアスなんか着けていたら、それは目障りだろう。


 彼は欲しくて欲しくて、それなのに、魔法の能力を得られなかったひとなのだから。


 …恨みじゃなくて、妬みってことか。


「通信石、ね。そんなに容易たやすく入手出来る物でもないはずなんだけど」

「製作者から貰っていますから」

「正当な理由があるし、私も貰っていないわけじゃないから、文句が言えないのが悔しいね」


 殿下が目を細めてわたしの右耳に触れた。

 わんちゃんに優遇されている自覚はあるので、少し申し訳なくなる。


 殿下の身に着けている腕輪はやはり通信石で、しかも複数の石を用いた意匠だから複数人と会話が出来る。より進化したトランシーバーなのだ。

 口振りから予想するに恐らくわんちゃん作成の魔道具で、王族に魔道具を作るような魔導師さま直々にお手製の魔導師を譲り受ける、しかもタダで、と言うのはすごく、分不相応な話だろう。


「申し訳ありません、わたし如きがわんちゃ…ヴァンデルシュナイツ導師さまから魔道具を頂いてしまって…」


 ラース・キューバーに妬まれてもうざったいだけだが、ヴィクトリカ殿下に厭われるのは寂しいので、謝罪する。


 殿下は目を見開いてわたしを見下ろしたあとで、苦笑した。


「あ、いや、きみが貰うのはいっこうに構わないんだよ。必要な物は、遠慮なく貰ってくれて良い。きみやツェツィーリア嬢は、我が国の宝だからね。替えの利く私なんかより、何倍も大事に守られるべきだ」

「かえが、きく…?」


 今度はわたしが、目を見開く番だった。


「殿下はただおひとりしかいらっしゃらないのですから、代わりなんて誰にも不可能です」

「え…?」

「お嬢さまの大切なご学友で、中等部の三年間を共に過ごした、ヴィクトリカ・ルイ・バルキアさまは、今わたしの目の前にいらっしゃる殿下だけ。代わりなど、存在いたしません」


 替えが利く。代わりがいる。

 誰もがそんな存在だったとしたならば。


 病弱で他人の助けなしには生きられず、お金ばかり喰う人間なんて、別の健康な人間にすげ替えてしまった方が、周囲は幸せだと言うことになってしまう。


 そんなこと、ない。

 そんなことないと、そう信じたかった。


 ただ、生きて、死ぬ。

 それだけじゃない意味が、きっと、ひとの一生にはあるはずだ。


 言葉を失った殿下の手を、取り、ぎゅっと握り締めた。


「替えの利く存在など誰ひとりとしておりません。だからこそ、命は大切で、誰かと共にあれる時間が、掛け替えなく尊いのです」


 自分は替えが利く人間だとか、自分はいらない人間だとか、誰にだって思って欲しくない。


 生きて、そこにいる。

 それがどれほど奇跡的で、幸せなことか。


 どんなに望んだって、願ったって、呆気なく奪われてしまうものなのだ。


 真剣に力説してから、状況と相手を思い出して慌てて手を離す。


 け、剣術の時間で良かった。

 王太子妃の座を狙うお嬢サマ方に見られていたら、さっくり行かれるところだった。


 珍しくも間の抜けた表情で、わたしを見つめる殿下へ、目を泳がせて言い訳のように口にする。


「申し訳ありません、許しも得ずに。しかも、殿下に物申すなんて…」


 軽い雑談にマジレスしてどうする。KYちゃんか。


 殿下はわたしの言葉にはっとして、焦ったように笑顔を見せた。


「大丈夫。学園にいる間は私もいち生徒だからね、素のエリアル嬢で接してくれると嬉しい。と言うか、親しい相手に畏まられるのは、哀しいな」

「親しい相手、ですか?」


 どうやらヴィクトリカ殿下は、ツェリのおまけにまで親愛を示してくれるらしい。

 寛大な方だ。


 驚いたわたしを、殿下が見下ろす。


「私と親しくは、したくないかな?」


 出会ったころのわたしなら、辞退していた申し出かもしれない。

 …下手に悪役王太子と関わって共倒れは、とか考えていたからね。


 でも、今わたしと仲良くしたいと言ってくれているのは、悪役王太子ではなく、ヴィクトリカ・ルイ・バルキアと言うひとりの同級生だから。


「いいえ。お友達として仲良くして頂けるのでしたら、とても嬉しいです」

「お友達…お友達、ね」

「あ、も、申し訳ありません。殿下とお友達などと、おこがましいことを、」

「いや、良いんだよ。友人でも親友でもそれ以上でも、きみと親しくなれるなら、どんな呼称でも私は歓迎する」


 …親友の上ってなんだ?大親友?心の友?

 一瞬、劇場版になるとやたら性格イケメンに変身するとある小学生の声が、頭の中で響いた。


 気にはなったがまあ良いかとスルーして、懐の深い殿下に笑顔を向けた。


「ありがとうございます。では、僭越ながらご友人と名乗らせて頂きますね」

「うん。よろしく」


 殿下はにこやかに微笑むと、私の手を取って握手した。


 ラース・キューバーなんかより、殿下の方がよっぽど微笑みの貴公子に相応しいな。

 まあ、殿下の場合は中等部からクルタスにいて、ヴィクトリカ殿下として慕われているし、二つ名なんて必要ないってことなのだろうけどね。

 親しみやすく紳士的で、男女ともに人気のあるお方だ。中等部では二期連続(一期は一年間)で生徒会長も務めたくらいなので、人気のほどは理解出来ると思う。ちなみにテオドアさまが副会長、ツェリが会計、わたしが書記だった。

 …え?不正はしていないよ?愛らしいお嬢サマ方に、ちょっとスキンシップ過多でお願いしただけだ。


()()を確認し終わったところ悪いが、出番みたいだぞ、ヴィック」


 テオドアさまが模擬戦用の試合場を指差す。

 友情にやたら強意が置かれていた気がするが、気のせいだろうか。


「ああうん、ありがとう。行って来るよ」

「いってらっしゃいませ」


 ひらひらと手を振って見送る。

 殿下は優しげな見た目に反して剣術の腕が高い。大怪我の心配はないだろう。


「そこは、頑張って、じゃないのか?」

「相手は上級生ですから、負けても問題はないと思いますよ?」


 女子ならともかく多くの男子の場合、高校生はまだ成長期真っ只中だ。三年生と一年生では、身体の完成度が異なる。


「やる気をくじくようなこと言うなよ」

「戦意喪失させるつもりはありませんよ。上級生相手にも果敢に立ち向かう心意気は大事です。ですが」


 かく言うわたしは、勝つつもりだけれど。

 ツェリの守護者が弱いなんて、思わせるつもりはない。


 でも、


「殿下のように上に立つ方が、武力に長ける必要はありません」


 上が足りないならば下のものが補えば良いのだ。上に立つからと言って、万能である必要はない。

 もちろん、なんの資質も持たないものが上に立ったら悲惨だけれど。


 殿下は苦戦したようだが、無事に勝ちを収めた。テオドアさまは次の次に試合だったはずだ。


「テオドアさまには、勝って欲しいですけどね」

「アル…?」


 彼は、ヴィクトリカ殿下の剣だ。

 彼の武力がそのまま、殿下の武力に見られる。


 わたしの力が、ツェリの力として見られるように。


「実力を出し切って下さいね、テオドアさま」

「ア、」

「お帰りなさいませ。上級生相手に勝たれるとは、さすがですね」


 テオドアさまとの会話はぶった切って、殿下をねぎらった。


「ありがとう」


 微笑む殿下にタオルを差し出す。


 外見も言動も正統派王子さまなヴィクトリカ殿下だが、二次元と異なり汗もかくし汚れもする。食事も取ればくしゃみもするし、トイレにも行けばムダ毛も生える。いまはまだみたいだけど、そのうちひげも生えるだろう。

 そう言うところを見ると、ああ、ここはゲームじゃない現実なんだと、よくわかる。


 二次元に夢見るひとだと夢が壊れて許せないのかもしれないけれど、わたしは逆に好感を持った。ああ、彼はゲームの王子さまじゃなく、生身のいち個人なのだなとわかって、親近感が湧く。

 同じことを、ツェリが初潮になったときや、リリアがすっ転んで怪我したときとかにも思った。


 呼吸をし、代謝をし、成長する。病気になることもあれば、怪我をすることもある。

 些細なことで悩んだり、笑ったり。端から見れば下らないことで言い争ってみたり。

 単なる脇役じゃない等身大の個人だから、わたしは彼らを好きになったのだ。


 殿下はためらうそぶりもなく、わたしからタオルを受け取った。


「助かるよ、ありがとう。アルは気が利くね。侍女に欲しいくらいだ」

「勿体ないお言葉です。王宮の侍女には敵いませんよ。それに、わたしが尽くす相手はすでに決めておりますから」

「ツェツィーリア嬢?」

「ええ」

「はあ…強敵だな。敵う気がしない」


 殿下はおどけたように笑って、肩をすくめた。

 だからわたしも笑って、軽く返す。


「殿下よりお嬢さまが優れていると言っているわけではありませんよ。ほかにどれほど素晴らしい方がいたとしても、わたしはツェツィーリアさまの隣にいたいと言うだけなのです」

「それは、どうして?」

「偶然ですね。わたしがひとの手を欲していたときに、掴んだ手がお嬢さまの手だったのです。身も蓋もない言い方をすれば、刷り込みですね」


 殿下が少し困ったような顔をして、テオドアさまが呆れ顔を作った。


「…お前、アヒルじゃないんだから」

「犬三日飼えば三年恩を忘れず、と言いますし」

「猫は三年の恩を三日で忘れる、とも言うな」

「わたしは猫ではありません。ほら、テオドアさま、試合ですよ。いってらっしゃいませ」


 しっしと追い払うように手を振る。

 いくら猫好きだからって、なんでも猫にたとえるのはどうかと思う。


「ああ。行って来る」


 …なんで、お前なにを言ってるんだみたいな顔で見返されたんだ。

 黒猫はあだ名であって、わたしは猫じゃ、


「猫だって、恩は返すよね」


 確かにそんな題名の映画ありましたけども、フォローの方向性が違いますよ殿下!


「ですから、わたしは猫では、」


 なんで殿下までそんな残念な子を見るみたいな顔をするんだ。


「ごめんごめん。ツェツィーリア嬢ときみが並ぶと猫の兄弟みたいでとても微笑ましいから、ついね」

「毛色がだいぶ違いますが」

「そうだね。どちらも血統書付きではあるだろうけれど、ツェツィーリア嬢は飼い慣らされた長毛種で、エリアル嬢は野性味が残る短毛種だ。兄弟と言うより、子猫のときから一緒に育った同居人って感じかな?」


 言い得て妙だと思ってしまった敗北感…っ。


「お嬢さまが猫に似ていると言うことには同意しますが、わたしに関してはそこまで猫に似ていると思いません」

「まあ、エリアル嬢に関しては首輪の印象が大きいだろうね。あと、案外どこでも昼寝してるところとか?」

「うっ、べ、別にいつでもどこでも寝ているわけではないですよ」


 三月に一度、首輪の更新直後の数日は、眠気に襲われやすくなるのだ。

 たとえ強度を変えなくても魔法を掛けられれば身体は反発するので体力も魔力も消耗すると、わんちゃんには説明された。回復のための、睡眠だそうだ。


 どこでもと言っても、地べたに寝ころんだりはしないし、授業中の居眠りもしない。授業を受けながら居眠りするくらいなら、そもそも授業に出ないでしっかりうたた寝する。

 基本的に眠るのは人目に付かないところで、危険を排除して寝る。

 …たまに図書館やサロンで、読書中に寝落ちしていることもあるけれど。た、たまにだから。たまに。


「そう?エリアル嬢のお昼寝癖って、結構有名だけど?」

「え」


 なんだと。

 そんな話は、聞いていないぞ。


 ぎょっとして固まるわたしとは対照的に、殿下はにこやかだ。


「中等部のころの話だけれど、図書館とかバラ園で昼寝している写真が撮られて、出回っていたよ?」

「…そんなばかな」


 写真機も当然ながら魔導具で、日本よりはるかに高価な品だ。

 高価な品で、わざわざわたしの写真を撮る意味がわからない。


「貰って誰が喜ぶのですか、そんな写真」

「本人に未承諾な盗撮写真だったから、生徒会と風点で全回収したけれど、凄い枚数だったよ。全校生徒の半数は持っていたね」


 あれ?

 わたしも生徒会役員だったはずなのですけれども。


「その話、聞いていないです」

「きみには伝わらないようにしたからね。心配しなくても、原画から回収したからもう出回ることは…まあ、出回っても微笑ましいだけの写真だから良いよね」


 そこはきちんと否定して欲しいです殿下。


「寝顔写真とか恥じゃないですかやだー」

「そう思うなら、誰に見られるかわからないところで寝ないことだね」


 殿下の笑顔に凄みが出ている。

 さすがに男装だろうが令嬢が外でお昼寝は、顰蹙かな。


「すみません、わたしの不注意でご迷惑をおかけしたようで…」

「いや、勝手に写真を撮って売り歩いた生徒が悪いんだよ。エリアル嬢のうたた寝は、見ると癒される光景として人気だしね」

「…出回ったって、販売ですか」

「売り上げはツェツィーリア嬢が没収して予算に回していたよ」


 出所不明の予算があると思ったらそれか!

 え、結構な額だったぞアレ。


「総利益で没収したのですか」

「純利益のはずだよ」

「わたし以外の写真も売られていたのですね」

「いや?エリアル嬢の写真だけだったよ?」


 …いくらで売って誰が買ったんだ。

 頭を抱えるわたしに、殿下がフォローするように言った。


「そんな落ち込むようなおかしな写真じゃなかったよ。どちらも少し、離れて撮った写真だったしね」


 それはそうだ。さすがに外で寝てて誰か近付いて来たら起きる。

 そもそもバラ園で寝てたなら、他人が近付けないように魔法でなにかしていたはずだし。


 この世界に、望遠レンズがなくて、本当に良かった。


「殿下も見たのですね」

「写真回収を指示したのは私だしね。でも、エリアル嬢の寝顔なら何度も見ているでしょう?」

「…ソーデスネ」


 サロンで寝ているところを見られたことが、何回かある。

 と言うか一度など、畏れ多くも殿下のお膝を借りて寝ていた。ご令嬢たちにばれたら死ぬ。


 サロンは親しいひとしか入らないとは言え、どれだけ気を抜いているのだろう、わたしは。


「以後、気を付けます…」


 顔を上げられないまま悄然と呟くと、ぽんぽんと頭をなでられた。


「事情があってどうしても眠くなってしまうのでしょう?いつものサロンで寝てしまうくらいなら咎めるつもりはないよ。私の膝で良ければいつでも使えば良い。でも、誰が来るかわからないところで無防備に眠るのは、危ないからね」


 対策は取ってあるとは言え、危険なのは確かだ。

 わたしは兵器として、価値のある人間なのだから。


「ありがとうございます。気を付けます」

「うん。言ってくれれば私の膝だろうと腕だろうと貸すから、ひとりで外で寝るなんて、もうやめてね」

「…俺の試合無視でなんの話してるんだよ」


 殿下のお優しい言葉に続いたのは、テオドアさまの呆れた声だった。

 顔を上げると額に汗を浮かべたテオドアさまが、こちらを見下ろしていた。


 少し乱れた焦げ茶の髪を、鬱陶うっとうしそうに掻き上げている。

 うん。殿下と違って汗や少し乱暴な動作がよく似合うひとだ。


「お疲れさまです。負けました?」

「勝ったよ」

「そうですか。おめでとうございます」

「ん。ありがと」


 タオルを差し出しながら問えば、むっとして返答された。

 むっとしててもお礼が口に出るところは、さすが良い育ちだと思う。武門系の家は礼儀に厳しいだろうからね。


「お疲れさま。エリアル嬢のお昼寝好きは猫っぽくて可愛いねって話をしてたんだ」


 …そんな話でしたっけ。


「猫っぽいと言うか、猫だな。たまにバラ園で猫に混じって寝てるし」

「ああ、写真の?」

「いや、実際に見かける。猫枕は正直羨ましい」


 ここにも目撃者が…!

 たまに寝てる間にパンが置かれているのは、やっぱりあなたのしわざだったか!


 再び頭を抱えて、唸る。


「うー…」

「唸るな唸るな。猫が寝るのは自然の摂理だ。恥ずべきことじゃない」

「わたしは猫ではありませんー」

「アル、説得力、ってわかるか?」


 わたしの主張に説得力がないと言うのか。


 …


 …、


 …。


 やばい、ないかもしれない。


 うん。この話題はやめよう。


 わたしは顔を上げると、すっくと立ち上がった。


「もうすぐ試合なので、少し身体をほぐして来ますね」


 女性が男性に勝とうとする場合、筋肉量で敵わないことをまず理解する必要がある。

 女性と男性では、身体の造りからして違うのだ。


 筋肉量を補う、スピードや柔軟性、しなやかさ。相手の力をいかに利用するか。

 自分より力の強い相手を想定した戦い方で万全を期するためには、冷えて固まった身体では駄目だ。


 魔法を使わず勝つためには、アップ必須。


「うん。いってらっしゃい」

「勝つ気なのか。ま、頑張れよ」


 立ち上がったわたしを、殿下は微笑ましげに、テオドアさまは苦笑で送り出してくれた。


 殿下たちから離れたわたしに、再び憎悪の視線が届く。


 試合場のB面で試合するわたしが、A面で試合の殿下たちと当たるとすれば決勝戦。同じくB面だがトーナメント上の離れた位置に名前のあるラース・キューバーと当たるとすれば、そのひとつ前だ。


 直接対決の機会は、もうけてあげましょう。

 わたしが狙うのは、トップだから。


 自分を睨む相手と一度だけ視線を合わせ、にっこりと微笑む。

 相手が目を見開くのを確認してから、完全に背を向けた。


 だから、上がって来れば良い。

 あなたにはその力が、あるでしょう?






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


Q.ラース・キューバーのお話のはずなのに殿下がでしゃばっているのはなぜ

A.作者が無計画だからですごめんなさい


プロットなにそれおいしいの状態の作者が書いている

行き当たりばったりな作品のため

至らない部分も多々あるかと思いますが

続きも読んで頂けると嬉しいです

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