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取り巻きCと幼き日の思い出

取り巻きC・エリアル視点/取り巻きB・オーレリア視点


エリアル小1→中等部卒業ちょい前


 

 

 

 母は、手芸全般、特に、編み物が得意だった。


 指編み鍵編み棒編みとなんでもこなし、繊細なレースから極太毛糸のマフラーまで編み上げる母のおかげで、わたしの持つ布製品の多くは手作りの品だった。

 ベッドわきに並ぶ数々のぬいぐるみたちに、ひとつとして既製品はない。


 デフォルメした動物も人気のキャラクターも、布や糸から鮮やかに作り出す母をいつも、魔法使いみたいだと思っていた。


 母に憧れて手芸を学び、同じようにぬいぐるみや服が作れるようになっても、母の作ってくれるものは、いつまでも特別で。


 だからあのとき、布切れと綿になっても大切に抱き締められていた特別なぬいぐるみを見て、手を貸さずにはいられなかったのだ。




「初めまして、エリアル・サヴァンと申します」


 ミュラー公爵家でツェツィーリア・シュバルツ、のちのツェツィーリア・ミュラーとともに私と顔を合わせたとき、アルねぇさまは私にそう言った。


 だけどそれが初めましてじゃないこと、アルねぇさまは気付いていないのかな?


 学校が同じだとか、そう言うことを言っているんじゃないの。

 私とアルねぇさまは、その前に出会っているのよ。


 それはミュラー公爵家でアルねぇさまと顔を合わせる五年前。私がまだクルタス王立学院初等部に上がる前、アルねぇさまが初等部一年生のときの話。

 あの日はめったにパーティーに参加しないアルねぇさまが、珍しく下のおにぃさまのエスコートで、私のお家、ミュラー侯爵家主催のパーティーに来ていたの。




 主催の家の者として、私もパーティーの挨拶に顔を見せたけれど、すぐに抜け出してお庭に隠れてたのよ。だって、パーティー会場で泣いていたら、おとぉさまたちに迷惑がかかるもの。


 そう。私はお庭で泣いていたの。


 その日の昼間、パーティーに参加するためにいらしていた第二王子フェルデナント殿下に、大事なぬいぐるみを、壊されたからよ。




 両手で抱えるくらいの、真っ黒な猫のぬいぐるみ。首には赤いリボン。

 第二王子殿下は不吉だと言って、ぬいぐるみをびりびりに破いてだめにしたの。


 あとにして思えば婚約者候補としての顔合わせだったのだろうけれど、第一印象は最悪ね。第二王子殿下とだけは、絶対に結婚したくないわ。不吉だからと話も聞かず、ひとの大切なものをぶち壊しにするんだもの。


 第二王子殿下相手に強く止めることも怒ることも出来なくて、私は大事なお友だちがめちゃくちゃにされて行くのを、見ているしかなかった。

 第二王子殿下がいなくなってから辺りに散らばった布と綿を全部拾い集めて、おかぁさまに泣き付いたけど、屋敷の誰もそんなぼろぼろのぬいぐるみは直せなくて、同じものを作らせるからって、私をなだめるだけだった。


 新たしく作ったって意味がないのよ。壊された、これでないと。

 そのぬいぐるみは、流行病で早逝してしまった私の乳母が、私のために作ってくれたぬいぐるみだったのだから。

 黒猫を拾って飼いたいって言ったのを、不吉だからだめだって言われて泣く私に、黒猫は不吉だって言われるけど、大事に可愛がれば不幸を追い払ってくれるのよって、代わりに作ってくれたぬいぐるみなの。


 これが良いのと泣く私に、おかぁさまは困り果てておとぉさまに相談したの。

 おとぉさまは私を抱っこして、パーティーがあるから今はあまり泣いてはいけないよ、って言ったのよ。パーティーが終わったあとに、おとぉさまが好きなだけ泣かせてあげるからって。

 酷い顔でパーティーに出ておとぉさまに恥をかかせられないから、ご挨拶の時まで我慢しますって、涙を堪えたの。

 おとぉさまが、ほんとは好きなだけ泣いて良いよって言いたいのも、わかってたわ。

 おとぉさまは末っ子のひとり娘を、それはそれは可愛がって下さっているもの。


 パーティーには四つの公爵家の子息息女たちと三人の王子と王女さま、侯爵家や主だった伯爵家の子息息女たちが来ていた。

 位は低くても重要な貴族家や他国の王侯貴族の子息息女たちもちらほらと見られた。


 確実に、未来の婚約者候補たちの顔合わせだったわ。

 六つしかない公爵家の、四つは子息たちまで呼ばれて残り二つは当主もいないなんて、おかしいもの。


 年の近い子供のいる家同士で、子供を集めて会わせたんだわ。


 落ち込む私を気遣ってか、おとぉさまは王子たちと公爵家の方々への挨拶だけで解放してくれた。


 アーサーが私の様子がおかしいのに気付いて心配してくれたのが嬉しかったし、王太子殿下が元気がないねと気遣って下さり、彼に連れられた王女さまと第三王子殿下が大丈夫?と手を握って下さったのには驚いた。アクス公爵家次男のテオドアさまが泣いたのかと頭を撫でてくれて、不器用な手付きだったけど、とても温かい気持ちになった。

 昼間の第二王子殿下で年の近い男の子も王族も怖くなりかけてた私だったけど、彼らのおかげで男嫌いや王族嫌いにならずに済んだわ。


 だけどやっぱりパーティーにずっとはいたくなくて、解放されるなり私はパーティー会場から抜け出して、かわいそうな姿になった黒猫を抱えて庭の端に座り込んだのよ。




 遠くから、パーティーの喧騒が聞こえる。

 パーティー会場から離れたこの庭に、ひとの気配はない。


「…っく、…ふぇ…」


 膝の上に抱えたバスケットに、ぽたぽたとしずくが落ちる。

 落とさないようにバスケットに入れたぬいぐるみを見れば、幾重も幾重も、涙は枯れることくあふれて来た。

 ひとに見つかりたくなくて、必死に鳴き声を堪えたわ。


 だから、さくさくと草を踏む足音に、すぐ気が付いた。

 足音の主も、すぐ私に気付いたみたいだった。


 足音の主の姿を見て、私は驚いたわ。


 真っ黒な髪に真っ黒な目。真っ黒な服に、真っ赤な首輪。

 まるでぬいぐるみが人間になったみたいな女の子が、立っていたんだもの。


 女の子はちらりと私を見て、私の腕の中を見て、ぱちりとまばたきをした。

 大きな目を見開いてまばたく様子は、まるで好奇心旺盛な子猫のようだったわ。


 少し迷うそぶりを見せてから、女の子は私に近付いて、ちょこんと目の前にしゃがみ込んだ。


「どうして泣いているのですか?」


 少し低めの耳に優しい声が、私に掛けられる。女の子の指が伸びて、私の頬を伝う涙をすくった。


「ぬ、いぐるみ、壊…され…ひっく、ふぇ…」


 優しい声に引かれるように漏れた声。嗚咽混じりの説明を、女の子はきちんと理解してくれたようだった。


「ぬいぐるみを壊されてしまって、泣いていたのですね」

「だ、じな…ふっく、でも、直らっ、って…」


 暖かい手が、私の頭をなでる。

 少し考えるように首を傾げたあとで、女の子はわたしに笑みを見せた。


「少し、待っていて下さいね」


 立ち上がり、私の頭をもう一度なでると、女の子はどこかへ消えたわ。でも、そんなに時間を掛けずに戻って来て、私の横に座ったの。


 そのときには私、その女の子が“エリアル・サヴァン”だって気付いていたの。

 だけど、不思議と怖いとは思わなかった。


 乳母が教えてくれたことは、黒猫だけに当てはまる話じゃないもの。なんだって一緒よ。黒猫と同じで、エリアル・サヴァンだってこちらの対応次第で恐ろしくも優しくもなるの。


 戻って来たエリアル・サヴァンは、黒糸がたくさん巻かれた糸巻きひとつと、小さな縫い針を一本持っていたわ。

 そうして私からバスケットを取ると、柔らかい笑顔で言ったの。


「わたしは、魔法使いなのですよ」


 って。


 そこから先に起きたことは、本当に魔法みたいだったわ。エリアル・サヴァンは黒い糸と縫い針一本だけで、ばらばらのぬいぐるみを直してしまったの。

 気付いたときには少し小さくなった黒猫が、バスケットの中に座っていたわ。


 白い綺麗な手が、器用に赤いリボンを結んで、バスケットを私に差し出した。


「どうぞ」


 手に取ったぬいぐるみは、よく見ないとびりびりのボロボロから繋ぎ合わせられたなんてわからないくらい、綺麗に直されていて、


「すごい…」


 すっかり涙を引っ込めた私は、ぽかんと口を開けてぬいぐるみを見つめたわ。


「とても、良いぬいぐるみですね」


 ぬいぐるみを直した魔法使いさんは、そう言って笑った。


「あなたに大切にされて、この子はきっと幸せですよ」


 微笑んで立ち上がったエリアル・サヴァンが立ち去ろうとしたので、私は黒猫を抱き締め、慌てて立ち上がった。


「ありがとう!!」


 エリアル・サヴァンは立ち止まって振り向くと、もう一度微笑んだの。

 見惚れるような、素敵な笑顔だったわ。


「こちらこそ、可愛い笑顔を見せて下さってありがとうございます。では」


 今思えば、この時点でアルねぇさまはタラシの素質を発揮していたわね。


 この日から黒猫のぬいぐるみは、前以上に大切になったわ。




 校舎が離れてしまう前に女子会をしよう、と言う誘いを受けて案内された宿舎のオーレリアさまの部屋で、見覚えのあるぬいぐるみを見つけて、わたしは目を見開いた。

 わたしの視線を追ったオーレリアさまが、ぱっと愛らしい笑みを浮かべる。


「このぬいぐるみね、れりぃの宝物なのよ!」


 駆け寄って抱き上げるのは、赤いリボンを首に結わえ付けられた、真っ黒な猫のぬいぐるみ。

 遠目には単なる珍しいモチーフのぬいぐるみだが、近付けば細切れの布をつなぎ合わせたつぎはぎ猫なことがわかるはずだ。


 悪戯っぽい笑みから考えるに、オーレリアさまはとっくに気付いていたのだろう。

 そのぬいぐるみを細切れからぬいぐるみにつなぎ合わせたのが、幼いわたしだったことに。


 まさか、泣いていた女の子がオーレリアさまだったなんて、わたしは少しも気付いていなかったのだけどな。


「まあ、黒猫ですか?」

「黒猫のぬいぐるみだなんて、珍しいわね」


 過去のエピソードなんて知らないリリアとツェリが、ごくごく一般的な感想を口にする。

 黒猫は基本的に不吉の象徴なので、子供に与えるぬいぐるみのモチーフにはまず選ばれない。

 幼いわたしも直したあとで、これは黒猫で良いのかと疑問に思ったくらいだ。細切れの中から、長いしっぽに三角の耳が判別出来たので、無意識に猫と判断して縫い合わせてしまったのだけれど。


 にこにこと笑うオーレリアさまが、わたしにぬいぐるみを手渡す。

 直したのは、わたしが初等部一年生のときだったはずだ。あれから八年も経っているのに、ぬいぐるみが埃をかぶった様子はない。

 ところどころほつれて直された跡は、それだけこの子が大事にされた証だろう。


 あのときと変わらず大切にされている、幸せな子だ。


「あら?ずいぶん細かい布を継ぎ合わせてるのね?」

「本当。目立たないけれど、あちこちつぎはぎされて…。この子を作った方は、とても器用な方なのですね」


 わたしの手元を覗き込んだツェリとリリアの言葉に、くすっと笑ってオーレリアさまが答える。


「そのぬいぐるみね、いちどびりびりに破かれたのよ。つぎはぎは、そのせいなの」

「びりびりの状態から、こんなに綺麗に直せたのですか?」


 本人が手芸を嗜むからだろう。リリアが驚いた顔をした。

 オーレリアさまが、とても良い笑顔で頷く。


「ええ。とーっても素敵な魔法使いさんが、魔法で直してくれたのよ。ね、魔法使いさん?」

「…その台詞は忘れていて欲しかったです」


 魔法使い、なんて。

 感傷混じりの黒歴史だ。声を抑えて泣く幼女を泣き止ませたかったからとは言え、非常に厨二臭いイタい台詞を吐いてしまったものである。

 穴があったら埋まりたい。わりと本気で。


 リリアとツェリが目を丸めて、わたしを振り向いた。


「エリアルが直したのですか?」

「アル、あなたって本当…」


 目を丸めて振り向いたのは同じなのだが、浮かべる感情が違い過ぎる。

 リリアは純粋な驚きと尊敬で、ツェリは完全に呆れ混じりだった。


 …あー、リリアは本当に癒やしだわ。


「無駄に多才と言うか多芸と言うか。尊敬するわ、本当に」

「口調と表情が全然尊敬していません、お嬢さま」


 尊敬通り越して呆れかえった表情だそれは。


「いえ、いつの話か知らないけれど、見境のないタラシは昔からだったのかと思うと、どうしてもこんな表情しか出来ないのよ。あなたの表情を見るに、オーリィと気付いてなかったのでしょう?」

「昔も昔、初等部一年のときの話です。普通に女児用の夜会服を着ていましたし、たらし込んだつもりはありませんよ」


 そのときはまだ女装だったんだから、タラシもなにもないはずだ。


「初等部一年ですか?」


 リリアが驚きの声を上げて、わたしの手からぬいぐるみを取る。


「この、綺麗な縫い目がエリアルの手ですよね?初等部一年でこの腕前…」

「凄いでしょう!?針と糸だけで、あっと言う間に直しちゃったの!本当に、魔法みたいだったのよ!!」


 オーレリアさまがきらきらと輝く瞳で言って、


「あんなにぼろぼろなところを見たのに、大切にされていて幸せなぬいぐるみねって褒めてくれたし、お礼を言ったら、こちらこそ可愛い笑顔を見せてくれてありがとうって、ぬいぐるみを壊されて最悪の日だったけど、一瞬で最高の日になったわ!!」


 リリアの手からぬいぐるみを受け取り、幸せそうに抱き締める。


「もともと、大切なひとに作って貰ったものだったから、とても大切なぬいぐるみだったのだけど、その日から、もっと、もーっと大切なものになったのよ!」


 幸せそうな笑顔はとても可愛らしい。可愛らしいのだけれど、ツェリから、ついでにリリアからまで送られた、ああ、やっぱりタラシなのですね的な視線が痛過ぎる。


 いや別に、どこもタラシ要素ないじゃないですか。

 純粋にぬいぐるみへの感想言って、泣き止んで良かったわーって伝えただけですよ。


 反論して火傷しても嫌なので、話題を変えることにする。


「それにしてもオーレリアさま、いつから気付いていたのですか?直したときには、気付いていませんでしたよね?」


 ぬいぐるみを直したとき、相手の女の子にわたしへの恐怖は感じられなかった。

 だからわたしがエリアル・サヴァンだとは気付いていないと思って、名乗りもしなかったのだけれど。


「気付いていたわ。アルねぇさま、いちど針と糸を取りに離れたでしょう?そのときには気付いていたのよ」


 あっさりと返答されて、驚く。


「でもあのとき、わたしを怖がる様子は、」

「怖くなかったもの」


 あっけらかんと、オーレリアさまは言い放つ。


「れりぃを助けてくれようとする相手を、どうして怖がらなきゃならないの?」

「ですがわたしは、」


 恐ろしい、化け物なのに。


 オーレリアさまはぬいぐるみごとわたしの腰に抱き付いて、わたしの顔を見上げた。


「黒猫は不吉だって言われるけど、大事に可愛がれば不幸を追い払ってくれるの。このぬいぐるみを作ってくれた、れりぃの乳母の言葉よ。乳母は黒猫について言ったけど、他の動物や、ひとにだって当てはまる言葉でしょ?自分が悪意を持って接すれば悪意を返されやすくなるし、好意を持って接すれば好意を返して貰えやすくなる。ちゃんと向き合わずに何かを恐れるのは、間違ってるわ」


 オーレリアさまが言う言葉は確かに、一面では正論なのだろう。

 けれど恐怖は自己防衛のための警告であって、自分でコントロール出来る感情じゃないから。


「恐怖は、生存に必要な防御反応ですよ」


 自分の命を脅かしかねないものに恐怖するのは、ごく自然な感情なのだ。それを咎めるつもりは、わたしにはない。

 かく言うわたしも“エリアル・サヴァン”が怖かったし、実の親さえわたしを恐れていた。


 わたしが周囲から怖がられるのは、仕方のないことだ。


「…そうね。じゃあ、言い方を変えるわ。あのときアルねぇさまはれりぃに、好意でもって接してくれたわ。そうでしょ?アルねぇさまは、れりぃにとって、“エリアル・サヴァン”であるより先に、“れりぃに優しくしてくれたおねぇさま”だったのよ。だから、アルねぇさまがエリアル・サヴァンだと気付いても、怖いと思えなかったの。だって、れりぃの中ではアルねぇさまが、優しいおねぇさまって理解されていたのだもの」


 オーレリアさまが、優しい笑みをわたしに向ける。


 ああ、なんて出来たひとなのだろうと、思った。


 自分が見たものだけを、純粋に信じるのは意外に難しい。

 他人ひとから聞いた評判や噂に、ついつい足を引っ張られてしまうからだ。

 信頼は、築くには難しく壊すにはたやすい。ひとを信じるよりも、疑う方がずっとたやすいのだ。


 エリアル・サヴァンについての評判や噂は最悪で、それを知った上でごく普通に対応してくれる相手は、とても少ない。


 だからわたしはそのとても狭い世界を、ひどく貴重に思ってしまうのだ。


「…ありがとう、ございます」


 微笑んで呟いたわたしの周りには、優しい目があふれていた。

 手を伸ばせば握り返してくれる手。“エリアル・サヴァン”ではなく、“わたし”を見てくれる、掛け替えのない友人と、支え合ってきた親友ツェリ


 守りたい。そう思った。


 オーレリアさまはわたしの手を引くと、ティーセットの置かれたテーブルへと誘導した。


「続きはお茶にしてからにしましょ!ねぇ、アルねぇさま?珍しいお菓子を作って来てくれたのよね?れりぃ、楽しみにしてたのよ!」


 楽しみにされるほどのものかはわからないけれど、お団子を作って来ていた。

 誕生日にわんちゃんから貰った和食材に、オーレリアさまが興味を示したからだ。


 やけに女子会を強調していたけれど、なにか理由があったのだろうか。


「ご期待に沿えるかはわかりませんが…」


 手にしていた小ぶりのバスケットを置くと、オーレリアさまが嬉しそうに歓声を上げた。

 バスケットの中にお団子。違和感あり余る光景だけれど、残念ながら同じ気持ちを共感してくれるひとはここにいない。


 遠慮なくバスケットをオープンしたオーレリアさまが、中身を見て固まる。


「え?これ、お菓子…?」


 あー、うん。まあ、そうなるよね、普通に。


 用意したのは定番の餡団子とみたらし団子。独特のもたっとした質感は、焼き菓子やチョコレートに慣れた目にはお菓子と見えにくいだろう。

 やっぱりはじめは、どら焼きや今川焼きと言った、焼き菓子から作るべきだっ、


「なんだか果物みたいね」

「え」


 ぱちりと目をまたたいたオーレリアさまが、なんのためらいもなくみたらし団子にフォークをぶっ刺してぱくりと食べた。

 躊躇ちゅうちょゼロ。しかも立ち食い。そしてひとくち。


「あ、喉に詰まりやすいのでよく噛んで下さいね」


 お餅やお団子を食べるときの注意点を、慌てて伝える。十四歳でお団子を喉に詰まらせて死亡はアウト感が半端ない。お団子を喉にが監督者の不注意で本人お咎めなしなのは、お年寄りと幼児にのみ許された特権だ。


 予想外の食感だったらしく、オーレリアさまが目を丸くしている。

 リアクション的には、はじめてタピオカ飲料を飲んだひと辺りをイメージすると近いと思う。“…!?”と言う反応だ。

 ちなみに今回のお団子は、上新粉と白玉粉と片栗粉をブレンドしてもちもちさを追求した、こだわりの品である。…オーレリアさまのお父上、ミュラー侯爵は、外交関係に強い方だからね。


 わたしの忠告に大人しく従ったオーレリアさまが、んむんむとよく噛んでからお団子を飲み込み、


「なにこの変なお菓子!」


 感想(?)を言うと餡団子を刺しに行った。

 これまた豪快にひとくちで頬張り、あむあむと噛み締める。


 …いや、白玉ひとくち大で丸めてあるし、ひとくちで行けるサイズではあるのだけどね。ご令嬢ならひとくちでは行かないサイズだと思うよ。せめて二等分。下手打てば四等分で食べるひともいると思う。


「あ、れりぃはこっちが好き」


 うん。オーレリアさま向けにあんこはかなり甘く炊いたからね。対して、ツェリ向けでみたらしのタレは甘さ控えめにしてある。オーレリアさまなら、餡団子の方を好むだろう。


「…結構に怪しい食べ物だと思うのですが、ためらわないのですね」

「アルねぇさまがおいしくないものを出すなんて思えないもの」


 どうやら気に入って頂けたらしく、三個目に行こうとしたオーレリアさまを椅子に座らせながら言えば、当然だと言いたげに答えられた。

 料理の腕に対する信頼は、嬉しくあるけれど。


「そうだとしても、毒見させるくらいはして下さい」


 バスケットのお団子を直接刺しに行くオーレリアさまを留めて、お皿に盛って渡す。濃いめに淹れた紅茶も添え、内心で日本茶がないことを嘆く。

 お団子に紅茶もまあ良いけれど、やっぱりベストパートナーは緑茶だろう。


「アルねぇさまの目をかいくぐって毒を入れられる人間なんて、そうそういないでしょ」


 確かにわたしの部屋に、忍び込む人間はいないと思うけれど。

 ツェリとリリアにもお団子と紅茶を出しながら、問いかける。


「わたしが毒を入れる、とは、思わないのですか」

「アルねぇさまがれりぃを殺したいと思うなら、れりぃはそれで構わないわ」


 返す言葉が、見つからなかった。


 なんと言う、殺し文句だろうか。


「…わたしは、オーレリアさまを殺したりしませんよ」

「どうかしら?」


 不穏な話題なのに、オーレリアさまは笑っていた。


「アルねぇさまもリリアも、れりぃをオーレリアさまとしか呼ばないでしょ?」


 穏やかに微笑んで会話を聞いていたリリアが、ぴくりと顔を強ばらせた。


 …おそらく、だけれど。

 リリアは、と言うか、ヴルンヌ侯爵家は、ミュラー侯爵家に対し全幅の信頼を持ってはいないのだろう。

 ミュラー()爵はミュラ()ー公爵()さえいなければ、公爵にも宰相にもなれていたひとだから。


 正妃の親族として王太子と第二王子、兄弟同士の争いを間近で眺めて来たからこそ、権力が家族を割る危険性を、見逃せなかったのだ。


 かく言うわたしも、そこを警戒していなかったかと言えば、嘘になる。

 と言うか、ミュラー公爵を追い落とせる人間が、ミュラー侯爵以外に思い当たらなかったのだ。

 血筋もあるとは言え、ミュラー公爵が宰相位に着いているのはそれなりの実力があってのことだから。


 守りたい、殺さない、と言う言葉には、“ツェリを害さない限り”と言う但し書きが付いている。


 同い年の侯爵令嬢リリアを愛称で呼び、年下の侯爵令嬢オーレリアさまに敬称を付けるのは、その警戒の現れだったと、指摘されれば否定出来なかった。


 敬称は礼儀であると同時に、壁だ。

 わたしはオーレリアさまに対して、無意識に壁を作っていたのだろうか。


「…アルなら私のことも、殿下たちのことも敬称で呼んでいるじゃない。リリアなんて、アルのことは呼び捨てなのに私のことはツェツィーリアさまだし」


 ツェリが肩をすくめて、取りなすように口を挟んだ。


「アルは基本的に誰に対しても敬語だし下手したてに出るわ。リリアも敬語は癖みたいだし、別にオーリィに特別壁を作ってるってわけでもないでしょう」

「その他大勢よりははるかに優遇されているのはわかってるのよ。でも、れりぃだってアルねぇさまともっと仲良くなりたいの。恩人なのよ!」


 抱えたままだったぬいぐるみを、オーレリアさまが示す。


 むうっと拗ねたような表情は幼く愛らしいけれど、オーレリアさまは外面通りの無邪気なお嬢さまではない。


 無邪気さ愛らしさが彼女の武器。幼く無垢な存在と侮れば、足元を掬われかねない。


「オーレリアさま、わたしは、」

「オーレリアさま、わたくしは、」


 揃った声は同時。しかもどちらも“オーレリアさま”への呼び掛けで。


 一瞬オーレリアさまの瞳に走った悲しみの色が、確かに目に入って。


 顔を見合わせたリリアと、呼び捨てで呼び合うようになったのは、なにがきっかけだっただろう?


 中等部一年の、半ば過ぎくらいの話だったはずだ。

 その頃からオーレリアさまは、呼称を気にしていたのだろうか?


 夜会で、声を殺して泣いていた幼女を思い出す。


 オーレリアさまは天真爛漫を装ってはいるが、本当はとてもよく周りに気を遣っている方だ。

 理不尽なわがままは口にしないし、いたずらに他人を困らせるようなこともない。


 家のために、自分を押し殺してしまう。そう言う、聞き分けの良過ぎる一面も持つ方なのだ。


 彼女をこんなに悲しませてまで、敬称にこだわる必要があるだろうか?


 リリアと目を合わせて、頷き合った。


「レリィ」

「オーリィ」


 開いた口は同時だったが、選んだ呼称は別々で。


 くすっと笑みを漏らして、オーレリアさま…レリィに手を伸ばした。

 柔らかい蜂蜜色の髪を、そっとなでる。


「では、わたしはレリィと呼ばせて頂きますね。リリアはオーリィですか?」

「ええ。わたくしはオーリィと呼びますわ。よろしいですか?」

「アルねぇさま、リリア…」


 わたしたちを見てレリィはじわりと目を潤ませ、ぱっと満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう!」

「ねぇ、オーリィの呼び名を変えるなら、私の呼び名もどうにかして欲しいのだけど」


 レリィのお礼に続けて、ツェリが要望を口にする。


 リリアが口許に手をやり、


「では、ツェリさまと呼んでも?」


 と言った。さすがに公爵令嬢を呼び捨てには出来ないらしい。


「出来ればさまも取って欲しいのだけど…まあ、それは追々の課題にしましょうか。それで?アルは?」


 ツェリの呼び掛けで、わたしに視線が集まった。


 いと爽やかな笑みを心掛けて、口を開く。


「もちろん、わたしの大切なツェツィーリアお嬢さまのことは、これからも愛情を込めて、お嬢さま、と呼ばせて頂きますとも」


 “エリアル・サヴァン”は悪役令嬢ツェツィーリアのことを、ツェリさまと呼んでいた。

 だからこれは、運命へのささやかな反抗だ。


 そんなことを知る由もないツェリは愛らしい顔をしかめたし、そんなやりとりを見たリリアとレリィは思いっきり笑い出したけれど。


 穏やかなお茶会だ。

 とても、とても穏やかな。


 けれど、この平穏はすぐに終わりを告げる。


 高等部に進学すれば、攻略対象が入学して来ることになる。

 まずは文門公爵家のラース・キューバーと豪商伯爵の息子マルク・レングナー。

 二年に上がれば第二王子に、武門公爵家のグレゴール・ボルツマン。

 そして、三年は、ゲーム時空だ。


 どうなるかわからないことに気を揉んでも仕方ないとは思うが、少なくとも純血クルタス生に編入者が混ざれば、今の平和は崩される。


「アルねぇさま?」

「あ、すみません、少し、考え事をしてしまって」


 レリィに声を掛けられて、慌てて笑みを取り繕う。


「お嬢さま、リリアも、わたしの手作りお菓子は口に合いましたか?」


 出したときからいっこうに減っていないツェリとリリアのお皿を示し、わざとらしく首を傾げた。

 食わず嫌いはいかんよ、食わず嫌いは。


「あれ?食べないの?美味しいのに」


 わたしが盛った分を平らげたレリィが、不思議そうに言う。

 巧く話題を逸らせたみたいだ。


 自分でおかわりしようとしたレリィのお皿を受け取って控えめに盛り付けながら、少し寂しげな顔を造った。


「…わたしの手料理なんて、怪しくて食べられませんよね。すみません、子爵家の娘如きが、目上のお嬢さま方に手料理などと…」

「アルねぇさまがせっかく作ってくれたのに。ふたりが食べないなら、アーサーたちを呼んで食べて貰いま、」

「食べるわよ!」

「食べますわ!」


 レリィの言葉の語尾を喰って、ツェリとリリアが宣言した。

 宣言は勢いがあったが、お団子に目を向けるととたんに減速する。


 うん。黒光るあんこにてらてらとろとろのみたらし、謎の白い物体は、受け入れられなかったかな。

 無理に食べなくてもと言おうとしたわたしの肩を、レリィがちょんちょんとつついた。


 こそこそと耳打ちされて、半信半疑ながら実行に移す。


 フォークの先に、四等分したお団子(みたらし)を刺してと。


「リリア」

「な、んでしょう?」

「はい、あーん」

「え!?え、エリア、むぐっ」


 にこっと笑ってフォークを差し出し、リリアの口に差し込んだ。

 …未使用だ。許せ。


 リリアの口にお団子を設置する役目を終えたフォークを回収し、経過を観察する。


 口許を押さえたリリアは真っ赤な顔で涙目になっており、それを見たレリィは愉しげに笑っていた。


 あー、口に合わなかったかな?


 味見はしたからおかしな味ではないはずなのだけれどと、リリアに渡したお団子の残りを口に運ぶ。

 うん。みたらし団子だ。ちょっと焼いたから芳ばしい。


 って、ちょ、なんでリリアもっと涙目になってるの!?


「も、申し訳ありません、そこまで口に合わなかったですか?」

「だ、大丈夫です。とても美味しかったですわ」


 口、と言うか鼻?を押さえながらリリアが言う。

 ツェリが深々とため息を吐いて額を押さえた。


「レリィ、アルには理解出来ないのだから、アルを使ってリリアをからかうんじゃないの」

「えー?だってせっかくアルねぇさまの手作りなのに食べないのだものー」


 …えっと、リリアは大丈夫なのかな?


 リリアを心配する様子のないツェリとレリィに、困りつつリリアを見つめる。


「すみません。わたくしならば、本当に大丈夫ですから」


 ふーっと深く息を吐いてから、リリアが笑みを作る。

 大丈夫、と言うことを示すためか、小さく切ったお団子を口にして見せた。


 無理して食べている様子はないし、本当に大丈夫みたいだ。

 …半信半疑だったのに、リリアにお団子を食べさせることに成功してしまった。


「美味しいです。エリアルは、縫い物だけでなくお料理も得意なのですね」

「いえ、どちらも趣味程度ですが」


 リリアが食べたのだからとツェリに目を向ける。


「…食べるわよ。食べれば良いんでしょう」


 今更だけど、悪役令嬢にお団子って、シュール。

 ツェリが丸のままのお団子をフォークに刺して、一口では行けなかったのか半分くらいを口に含んだ。


 もちもちごくんと食べて、感心した顔をした。


「見た目の割に、さっぱりした味付けなのね。美味しいわ」

「ありがとうございます」

「…はじめ見たときは、嫌がらせかと思ったわよ」

「こう言う食べ物なのですよ」


 せっかく醤油が手に入ったから、みたらし団子が食べたかったのだ。


「どのように作るものなのですか?」

「興味がおありでしたら、今度一緒に作ってみますか?」

「え?ええ!ぜひ!」

「レリィもやってみたーい!」

「私も興味があるわ」

「では、皆さまの予定が合うときに」


 漂う空気は和やかで、ゲームの悪役令嬢たちだなんて、とても思えなかった。


 このまま平穏に、高等部卒業までを過ごしたい。


 つい、信じてもいない神に祈った。




 そしてわたしたちは、高等部に入学する。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


言えません

前話と同時進行で書いていたから前話の投稿が遅くなったなんて…(ノД`)←

と言うかこちらに行き詰まって後日談に逃げたと言いますか…(‥;)


続きも読んで頂けると嬉しいです

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