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取り巻きCと黒いアレ 後日談

取り巻きC・エリアル視点/三人称視点


うああ投稿に間が空いてしまってすみませんーm(__)m


連続投稿後に一か月近く投稿なしとか

エタったかと思うよまるで屍のようだよー(ノД`)


エリアルが和食をご馳走するお話です

 

 

 

 エリアル・サヴァンは男装令嬢である。

 その男装姿は生来の整った顔立ちもあいまって、老若男女問わず魅了する、魔性の魅力を放っているのだが、本人にその自覚はない。

 珍しい双黒の彼女は黒服を好み、持ち物も黒いものを好むのだが、好物も黒、と言うか茶色、なことは、一部の人間にしか知られていなかった。


 そしてこれも、あまり知られていない一面。

 エリアル・サヴァンは男装令嬢ながら、実用的な料理や手芸と言った、あまり貴族らしくはないが女性らしい特技を持ち合わせている。




 手に持ったバスケットが揺れて、ちゃぷん、と音がした。

 うっかり中の瓶を割らないように、バスケットをしっかりと抱えなおす。


 瓶の中身をこぼしてしまうとまずいので、持ち運びには細心の注意が必要だ。


 お出かけ中にこんにちは。バスケット抱えてお使い中の赤ずきんちゃんならぬ、黒ずくめな取り巻きC、エリアル・サヴァンです。

 今日は三ヶ月にいちどの封印更新日にして、先日頂いた食材でわんちゃんにお礼の手料理を振る舞う日つもりの日です。


 バスケットの中には念願のめんつゆさま(手作り)に、おうどん(手打ち)、天ぷら用の粉と下拵えを済ませた食材に、薬味類を詰めてきた。わんちゃんの所でキッチンを借りられれば、豪華天ぷらうどんが振る舞える算段だ。

 感謝の気持ちを込めて、奮発したよ!なんと天ぷらのためにえびちゃんを入手しました!天ぷらと言えばえびちゃん。でも、入手は難しいんだこれが…。


 わんちゃんのためとか言って、自分が食べたいだけじゃないかって?

 否定は、しない。


 おうどんもめんつゆも貰った次の日に作って食べたけど、思わず泣いたからね、ちょっと。ちなみに、海苔を巻いたおにぎりを作って食べたときにも泣いた。梅干しに昆布、おかかって、前世でコンビニ入ったらまず選ばない中身だったけど、泣くほど美味しく感じた。

 やっぱり、おうどんにはめんつゆ、おにぎりには焼き海苔だよ。変わり種も美味しいけれど、オーソドックスなものがあってこそだ。


 いちど手に入ると欲張りになるもので、今度は高野じゃないお豆腐とか、油揚げとか、練り物系が欲しくなって来ている。焼き魚やお刺身も恋しい。

 もし、ツェリに幸せが訪れたとき、わたしにもまだ自由があるなら、わんちゃんの知り合いがいると言う、遠い異国を訪ねてみたいとは、思うけど。

 …さすがに国外旅行は許されないかな。残念だ。


 と言うわけでかくなる上は、わんちゃんに頼ってみよう和食材。

 わんちゃんがわたしの料理を気に入ってくれたら、和食材も手に入りやすくなるのではないかなと言う打算だ。

 ゆえに、奮発のえびちゃんだ。


 頼むよえびちゃん。さっくさくの海老天に揚がってくれたまえ…!


 まだ見ぬ海老天うどんに思いを馳せていたわたしは、そんなわたしを見ている存在がいることに、気づいていなかった。




「行った、わね」

「嬉しそうな顔して、な」


 寮の一室から、るんたったと効果音付きでご機嫌に歩き去るエリアル・サヴァンを、見下ろす一団がいた。

 彼らはエリアルがなぜご機嫌なのかも知らずに、ぎりりと歯を噛み締めている。


 言わずもがな、エリアル抜きの悪役サイド一同だ。


 ツェツィーリアの呟きに答えたテオドアが、椅子に身を投げ出して溜め息を吐いた。


「アルがグローデ導師とあんなに親しいとか、初耳だぜ?」

「知らぬ仲じゃないのは、予測出来たけどね」


 ヴィクトリカが、とんとん、と首元を叩いて言った。

 エリアルに首輪をはめたのは、かの筆頭宮廷魔導師だと言いたいのだろう。


「…父上から、交流はある、と聞いていましたよ」


 思案げな顔立ちのアーサーがそれを受け、


「定期的に通っているのは知っていたわ。親しくしている、とまでは思っていなかったけれど」


 ツェツィーリアが難しい顔をして言った。

 自分の体験を振り返ったのか、いちどゆっくりとまばたきしてから言葉を継ぐ。


「私も何度か会っているけれど、他人に興味を持つような方ではないと思ったから、てっきりアル相手にもそうだとばかり」

「それは私も同感だよ。口調こそ気安いが決して心は許さない方だと、父からも聞いていたのだけどね」


 ツェツィーリアとヴィクトリカの言葉を聞いたリリアンヌが眉尻を下げ、おっとりと首を傾げた。


「わたくしも、ローザ叔母さま…正妃さまからグローデウロウス導師の話は聞いていましたが、その話から想像していた姿とエリアルと接する姿には、だいぶ乖離がありますね」

「ねぇ、なんでみんな意図的に話題を逸らしてるの?」


 オーレリアが、呆れ顔で肩をすくめた。


「素直に言えば良いじゃない。抜け駆けしやがってあの若作りジジイって」


 場の空気が一瞬、凍り付いた。


「レリィ…」

「あら?そうでしょ?」


 苦笑して突っ込んだアーサーを振り向き、オーレリアがあっけらかんと言った。


「いくら思い掛けない贈り物が嬉しかったからって、アルねぇさまがあんな風にべったり甘える?ツェリにだってあんなに心を許してると思えないけど?今日だって、昨日から料理の材料を集めたり下拵えしたり、ツェリ以外にアルねぇさまがそんなことするの、想像出来た?」


 無言が、間違いない肯定だった。


「ほら、否定出来ないじゃない。あの若作りジジイは、ツェリですら知らない間に、アルねぇさまを誑かしてたのよ!」


 拳を握って、オーレリアは力説した。

 オーレリアの正直過ぎる主張に、まずツェツィーリアが折れた。


「…確かに、私のアルをかっさらわれて、良い気はしないわね」

「でしょう!?って、アルねぇさまはツェリのものじゃないのだから!れりぃのねぇさまだもの!!」

「あら、わたくしの可愛いエリアルでもありますわ。間違えないで下さいな」


 ふわりと微笑んだリリアンヌの後ろに、黒い陰の幻影が見えた。


「ですからエリアルにああも甘えられるグローデウロウス導師は憎々し…いえ、こほん、羨ましく思いますわね。エリアルに服の裾を掴まれるなんて…っ」

「リリアから抱き締めることはあっても、アルねぇさまから抱き付かれることはないですもんね」

「アーサーさまからキスすることはあっても、エリアルからキスすることはありませんもの」

「ちょっと、アーサーにリリアンヌ嬢、オーレリア嬢にツェツィーリア嬢も。今は私たちで争う場合じゃないだろう?」


 黒い笑みで見つめ合ったアーサーとリリアンヌの間に、ヴィクトリカが割って入る。

 テオドアが髪を掻き混ぜて、アーサーに目をやった。


「お前の親父はなんて言ってるんだ。アルが誰と観劇に行くか、伝えたんだろ?」

「アルねぇさまとグローデウロウス導師が同時に国を棄てるなら、さすがにまずいって言ってましたね。義姉上あねうえに頑張って欲しいとも。ただ…」


 何かを思い出したように、アーサーが言いよどむ。


「何かあるのかい?」

「いえ…」


 ヴィクトリカに問われてそれでも言葉に迷い、眉尻を下げてアーサーはうつむいた。

 小さな声で、答える。


「父上も、おそらく国王陛下も、何か隠しているのでしょうね。逃げられたとしても、仕方ないだろうと。守ってやれない自分たちでは、棄てられても文句を言えないと」

「「ああ…」」


 そろったのは、ツェツィーリアとヴィクトリカの声だった。

 お互いに顔を見合わせ、


「知っていたのね」

「知っていたのかい?」


 同時に声を上げた。


 数秒口を閉ざし、ツェツィーリアから開く。


「私は何も。ただ、アルの身体を見たことがあるだけよ」

「私も、詳しい話は聞かされていない。ただ、たぶん、そう言うことだろうね」

「ちょっと、ふたりだけで納得しないでよ!」


 何かは明言せずに会話したツェツィーリアとヴィクトリカに、オーレリアが物申す。


「…あまり、大っぴらにすることじゃないから」


 ヴィクトリカが宥めるように、オーレリアの頭をなでた。


「アルから言わない限り、私からは訊かないつもりでいるわ」


 ツェツィーリアが目を閉じて言い、


「…それも導師は知っていたのかと思うと、心安こころやすくはないけれど」


 低い声で続けた。


 目を開けてから、でも、と続ける。


「アルが私にすべてを話さないのは、アルが望むならと、黙ってお嬢さまとして守られる立ち位置を受け入れている、私の責任でもあるのでしょうね。私たちの誰ひとりとして、アルにそこまで心を許して貰えていない。導師がどうこうじゃなく、私たちそれぞれの自業自得だわ」


 反論の余地のない言葉に、部屋を沈黙が覆った。


 自嘲混じりにくすっと笑ったツェツィーリアが、肩をすくめる。


「まあ、他より気を許されているからなんて油断していると、どこから不意打ちで奪われるかわからない、と、わかったことは収穫じゃないかしら?」


 この中では私がいちばんアルに想われていると言う事実は、少しも揺らいでいないしね。


 最後に付け足された悪戯たっぷりの台詞は、再度その場を荒らした。




「どうぞ、わんちゃん」


 どんぶりサイズの陶器のボウルに天ぷらうどん。お供に並べた食器はフォークとスプーン。

 違和感半端ない食器のチョイスだが、ないものはないのだから仕方がない。


 洋食器で生活しているわんちゃん相手にお箸を渡しても、使えないだろうしね。


「…なにがどうしてこうなったのかわからねぇが、まぁ、食えそうではあるな」


 ちょっと失礼な感想を述べるわんちゃんの前に、おにぎりと切り干し大根の煮付けも並べる。

 わんちゃんがどんな量食べるのかわからなかったので、おにぎりは保険だ。

 海苔の安定供給が欲しいと言う気持ちが大半だけれど。


 机の対面にも同じもの(ただし、量は少なめ)を並べて、わたしが席に着く。小さめの机なため、対面に座っても余裕で手が届く距離。近い。

 料理は同じだけれど、お供の食器だけ自作のお箸だ。頑張って作りました。


 満足行く出来に仕上がった天ぷらに、頬が弛む。

 えびちゃんだよえびちゃん。いやっふぅ!


 いただきますと手を合わせ、毒見代わりとわんちゃんより先に食べ始める。


 くぅー、美味しいです。さすがですめんつゆさま。


 わたしが口に運ぶのを見てからわんちゃんがおうどんに口を付ける。

 毒くらいなら見ただけでわかるだろうから、味的な毒見だな、間違いなく。


 わたしの食べ方を見たからか、パスタみたいにはせずに麺をすすったわんちゃんが、目を見開いた後で細めた。

 手が止まらないので、壊滅的に口に合わなかった、と言うことはないみたいだ。


 やはり、めんつゆさまは偉大である。


 お食事中は喋らないのがマナーなので黙って食べつつ、わんちゃんの反応を窺う。


 えびちゃんの天ぷらも、おうどんも、おにぎりも、煮付けも、問題なく食べてくれていた。

 わんちゃんは社交辞令なしのひとなので、不味いけど食べてますと言うことはないはずだ。つまり、食べられるレベルには達していると言うこと。


 最低ランククリアに安堵して、えび天うどんに本腰を入れる。

 さくっぷりっとした食感と、かすかに染み込んだつゆとのハーモニーがたまらない。

 我ながら良い出来だ。舌の肥えた宮殿魔導師さまにお出ししても、許されるレベル。

 おにぎりも塩加減・握り加減ともに良い感じだし、お米もふっくら炊けている。

 切り干し大根はザ・おふくろの味って感じで、ほっこりする。


 途中から食べる方に夢中になり、完食してひと息吐いてやっと、わたしより先に食べ終えていたわんちゃんに観察されていたことに気付く。


「ごちそぉさん」

「あ、えと、お粗末さまでした」

「いや?旨かったぞ?」


 日本食につられて飛び出した謙遜の言葉に、わんちゃんが首を傾げて答える。


 お世辞を言わないひとの褒め言葉、しかも好みの声。

 …こちらこそごちそうさまです。


 嬉しい言葉に顔を弛めさせて、わんちゃんの食器を覗く。

 わんちゃんに出したお料理は、つゆまで完食されていた。


「本当ですか?食べつけないものですし、味付けも変わっていますから、口に合うか不安だったのですが」


 わたしが料理をすると癖で薄味になる。

 めんつゆも煮付けも、ほぼお出汁のみで味付けしたようなものなので、和風出汁に慣れないわんちゃんの口に合うかが心配だったのだ。


「お前に世辞言ってどうする。これくらいの薄味の方が好きだ。味自体も、と言うか、料理自体もさっぱりしてて好みだな。アレが、こんなに旨くなるとは思ってなかった」


 …おじいちゃんだから、とは言わないでおこう。


「気に入って頂けたなら、嬉しいです」

「ああ。暇なときにでもまた作ってくれ」

「喜んで。あの食材でほかにもいろいろ作れますから、食材のお礼にご馳走しますね」

「楽しみにしてる」


 少し微笑んで頷くあたり、本当に気に入ってくれたようだ。


 和食材ゲットに一歩近付いたことも嬉しいが、大切なひとに自分の好きなものを好きになって貰えたことが、純粋に嬉しい。


 猫だったらきっと、しっぽがピーンと立っていただろう。


 ふふふと笑うわたしの頭をわんちゃんが手を伸ばしなでて、ふと気付いたようにお箸を指差す。


「ところで、これ、なんだ?」


 なにも考えずお箸ですと答えようとして、この国でなんと言えば良いのかわからないことに気付く。


「あ、えっと…」


 気分は英語面接で単語が出て来ない受験生だ。

 日本語だったら言えるのに!と全力で叫びたい。


「ゆ、輸入品の、食器なのですが、わたしは名前を知らなくて…」


 苦し紛れの応答を、どうにか吐き出す。

 和食材があったのだから、きっとどこかにお箸だってあるはずだ!


「ほぉーお…」


 やべぇよわんちゃん信じてないよ…。


 ぬいぐるみのふりをした某宅配魔女の黒猫並みに冷や汗を垂れ流しながら、わんちゃんの疑いの眼差しへ笑顔を返す。


 女は愛嬌!困ったときは笑っとけ!とは、前世のお祖母ちゃんの言葉だ。

 お祖母ちゃん、今わたし男装なのだけれど、通じるかな…?


「それにしては、ずいぶんと器用に使うもんだがなぁ?」

「…この食器、指先を使うので頭を鍛えるのに良いそうです」


 前世で小耳にはさんだ話だ。真偽のほどは知らない。


「なるほどな。これ、ちょっと借りても良いか?」

「え?」


 それ、作るの結構大変だったのですが!


 思っても言えるわけはなく、困った顔で首を傾げる。


「えっと、きちんと無傷で返して貰えて、短期間だけなら、まあ…」

「ああ。心配しなくても、お前にやった食材送り付けて来たやつに、話を聞きたいだけだ。名前がわかんねぇのは気になるだろ。見せるだけで、壊したりしねぇよ」


 なんだ。わたしに和食材をもたらした神との交流のためか。

 それなら全力で推奨しますとも。


「それでしたら大丈夫です。お話しするなら、お礼を伝えておいて頂けますか?貴重なものを大量に頂いてしまいましたから」

「やつに礼なんかいらねぇよ」

「いえ、とても嬉しかったので」


 今後も食材を送って欲しいのだ。心象は大事である。


 わんちゃんが目をすがめて頭を掻く。


「…サヴァンは極東と関わりでも持ってたか?」

「極東ですか?関わりはなかったと記憶していますよ。元々、バルキアよりはるかに北西の国の家系ですから」

「じゃあなんで、お前はそう極東の食材に関心があるんだ?」


 前世が、とは、言えなかった。


 この手は使いたくなかったけれど、ひとつ切り札を明かすことにする。


「…とりさんが」

「鳥?」

「いえ、鳥ではなくて、あの、トリシアが」

「トリシア?」

「邪竜です。わたしに封印された」


 姓はなく、ただのトリシアだと、彼、あるいは彼女、は名乗った。


 わんちゃんが閉口して、わたしを見下ろした。

 額を押さえて、問いを投げて来る。


「竜がどうした」

「今まで食べた中でいちばん美味しいと思ったのは、極東の食事だと」

「会話、出来るのか」


 絞り出すような声に慌てて、ぱたぱたと手を振る。


「あっと、あの、封印に手を加えたとか、そう言うことはしていないですよ?魔力は相殺され続けていますし、とりさんも、わたしと脳内で意志疎通するだけで精一杯だと」


 わんちゃんの手が、わたしの頬に触れた。


「ああ。確かに封印が弛んでるとかはねぇみてぇだな。しかし、竜と話せるたぁな…よほど、波長が合ったのか」

「たっ」


 頬をなでたあとなぜか軽くだが頭をはたかれる。


「で、竜が極東の飯が旨いっつったから、お前は興味を持ったのか」


 恨みがましい視線などものともせずに、わんちゃんがわたしを見据えた。

 唇を尖らせつつ、頷く。


「極東と言う地名は出されませんでしたけれど、そうですね。とりさんの記憶を体験させて貰って、とても美味しかったので、実際に食べてみたいなと思っていましたが、実現するとは思っていませんでした」

「まあ、一応の筋は通った説明だな。調理法も、竜からか?」

「はい」

「こいつも?」


 わんちゃんがお箸を取り上げて問う。

 察しのよろしいことで。


「はい。とりさんの記憶を元に自分で作りました。…嘘を吐いてごめんなさい」

「いや。不用意にペラペラなんでも喋るのも問題だからな。自分に不利なことは黙っとくのが、定石だろ」


 頷きながらもデコピンして来るあたり、怒ってはいるようだけれど。


「ただ、封印関連はお前の命にも関わる。なんか変わったことかあったんなら、出来るだけ隠さずすぐに報告しろ」

「はい」


 頷けば乱暴に頭をなでられる。

 うん。嘘を吐いたからじゃなく、危険なことを黙っていたから怒っているらしいね。


 おかんって呼んでも良いですか。

 …殺されそうだからやめておこう。


 少し考えるそぶりを見せたわんちゃんは、おもむろに立ち上がりごそごそと部屋のすみの棚をあさると、わたしに歩み寄って耳元に手を伸ばした。


「だっ!?」


 突然右耳に走った痛みに、叫声を上げる。

 ちりん、と首輪の鈴が鳴った。


 痛みは瞬間で消えたが、驚きで暴れ出した心臓は治まらない。

 ちりんちりんと存在を主張する鈴の音を、深呼吸して止めようと焦る。


「あー、わりぃ。予告すべきだったな」


 頭を掻いて申しわけなさそうに呟いたわんちゃんが、わたしを抱き寄せて背中をなでた。

 ようよう落ち着きを取り戻し、わんちゃんを見上げる。


「なん、ですか…?ピアス…?」


 恐る恐る右耳に触れれば、もたらされたのは冷たい石の感触で。


「通信石だ」


 わんちゃんが取り出したのは、真っ赤なピアス。色や質感的には、赤珊瑚が近いだろうか。


 通信石はいわゆる魔動のトランシーバーみたいなもので、装着すると対の石を装着した相手との遠距離通話が可能になる、魔道具マジックアイテムだ。

 通信系の魔法を持たなくても通信が出来るようになる画期的な魔道具なのだが、いかんせん流通量が少な過ぎて、たいへんお高い。


 わんちゃんが鏡も見ないまま自分の左耳に、わたしに付けたのと対であろう通信石をぶっ刺す。

 わんちゃんはプロフェッショナルな治癒魔法の使い手かつ、攻撃魔法にも精通しているので、瞬時にピアスホールを完成させるくらい朝飯前だ。


 朝飯前、だけど。

 …事前に了承くらい取ってよわんちゃん。


 アウターコンクに容赦なく刺されたピアスをなでつつ、恨めしさを込めてわんちゃんを見る。

 耳朶イヤーロブにさえ空けていないのに、まさかの軟骨ピアス。


 勝手に不良にされたと嘆くべきか、軟骨ピアスのホールが一瞬で完成することに感動するべきか。


「…通信石って、高いですよね?」

「余ってんだから問題ないだろ。俺が昔作ったもんだしな」


 とりあえずお値段を気にしてみたけれど、よく考えれば目の前のひとは筆頭宮廷魔導師なわけで。

 例えるなら最高裁判所の長官くらいのレベルのエライヒトだ。

 疑いようもなくお金持ちです。ハイ。


 しかも、わんちゃん通信石まで作れるのですね。


「なんかあったらそれで連絡しろ」

「え、でも、報告なら…」


 わんちゃんのペットの蝙蝠くんが、常にわたしに張り付いていますけれども。


「アレは記録しか出来ねぇだろ。緊急の連絡には、役立たねぇ」

「わたしに何かあれば、首輪でわかるでしょう」

「そこまで行く前に連絡しろっつってんだよ。別に報告でなくても良い。相談でも、雑談でも、八つ当たりでも、なんかあったらいつでも俺に言え」


 わしわしと、大きな手が頭をなでた。

 身長は伸びたけれど、わんちゃんの手は変わらず大きく感じる。


「友だちが出来ても言えないことや、友だちだからこそ言えないことだってあるだろ。溜め込まず、俺に言えば良い」


 叶わないなあ、と思う。


 ツェリに言えないこと、ツェリだから言えないことが、数えきれないほどある。

 ほとんどがツェリと共通した知り合いだから、ツェリに伝えたくないことはほかの誰にも伝えない。


 ここだけの話が出来るほどの信頼は、わんちゃんにくらいしか置いていない。

 そのわんちゃんにさえ、話していないことが山のようにある。


 共有出来ないものは、重い。

 秘密を持ち続けることは、精神を削る。


 その秘密の捌け口を、話を共有する相手を、人間にしろ、とわんちゃんは言っているのだろう。

 わたしの中から出ることも出来ない、哀れな竜に吐き出すのではなくて。


「…タダでくれると言うなら、遠慮なく貰います。でも、無言でピアスぶっ刺すのはやめて下さいよ」

「ああ。それは本当に悪かったよ。すまん」


 ハイとは言わずに、ただ、与えられたものだけ受け入れた。


−言わないの?前世であなたが好きでしたって。


 不意に頭の中で、くすくすと笑う声が響いた。


−言わないよ。それに、別に好きじゃないし。

−強がっちゃって。素直に助けを求めれば良いのに。

−…わんちゃんには十分、助けて貰っているよ。


 ほんとうに望むのはどうしようもないことだ。

 たとえわんちゃんでも、過去には戻れないのだから。


−言うだけでも楽になるでしょう?大好きな声で、慰めて貰えば良いじゃない。ずっと、そうして来たのでしょう?


 普段は夢でしか喋らないくせに、嫌なときだけ饒舌になる相手を、睨んでやれないのが忌々しい。


−弱々しく守られるなんて、もううんざり。

−守られて生きることが、弱さとは限らないよ。


 だとしても。


−強く守られていられるほど、わたしは強くない。


 肩肘張っていなければ、立っていることすら出来ないのだ。


 だから。


−不必要に同情なんて、買わなくて良いの。


 前世があるなんて言って、なんの意味がある?

 信じて貰えてもなんの得もないし、信じて貰えなければ嘘吐きか気違いと思われて終わりだ。

 なにか専門知識があるならともかく、わたしが持っているのは趣味レベルの料理と手芸の知識だけ。価値ある知識なんて何ひとつ持っていない。


 話して同情を買うだけの記憶なんて、話さない方が良い。


−そう言う、やり場のないことこそ、彼は話して欲しいのだと思うけど?

−やり場のないことは、とりさんが聞いてくれるのだから、良い。


 それをやめろと言われているのは理解しているけれど、従う気にはなれなかった。


 わんちゃんでも、ううん、もしかしたらわんちゃんだからこそ、前世の話なんて、出来ない。


「まあ次から気を付けて頂ければ良いですけれど、筆頭宮廷魔導師さまが相談役だなど、とても贅沢な待遇ですね」

「…お前だけの特別待遇だ。好きなだけ活用しろ」

「もちろん。“好きなだけ”活用させて頂きます」


 “好きなだけ”ならば、少なくても良いと言うこと。


 わんちゃんの好意をあえて歪曲わいきょくさせて受け取ったわたしを、哀れな竜が笑った。


−まあ、エリがそれで良いって言うなら、わーはそれで構わないけどね。わーはいつだって、暇で暇でしようがないんだから。




 この後、エリアルのピアスが目ざとく発見されたときと、そのピアスが宮廷魔導師と対であることが判明したときに、とある集団が騒然となったのは、言うまでもない。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


つ、次はもう少し早くお届け出来る予定ですので

続きも読んで頂けると嬉しいです


あ、

エタる場合はきちんと割烹かあとがきでエタります宣言するか

打ち切りばりの尻切れトンボ加減で完結マーク付けますので(マテ

無言なうちはエタっていないと思って頂いて大丈夫です( `・ω・´)b


って、不穏なこと書いていますが現状エタる予定はないです!

時間は掛かると思いますが目指せハッピーエンドで頑張りますー(≧Д≦)b

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