表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/103

取り巻きCと黒いアレ 解答編

取り巻きC・エリアル視点/三人称視点


前話とセットのお話です

ネタ回です

 

 

 

 日溜まりの中で、穏やかに微笑む彼が、手を広げる。

 温かい腕が、わたしを抱き締めた。


「生まれて来てくれてありがとう。一年、頑張ってくれてありがとう」


 頑張っているのは、わたしじゃない。


 そう言ってもきっと否定されるから、わたしは黙って腕を伸ばす。


 愛しているのだと、言葉なしにも伝わるように。




 目が覚めて、頬を伝う涙を拭った。


「…ああ」


 カレンダーを確認して、気付く。


「今日、誕生日か」


 エリアル・サヴァンが生まれた日。そして、前世のわたしが生まれた日でもある。


 前世では毎年欠かさず祝われていたけれど、エリアル・サヴァンになってからは一度もまともなお祝いはされず、せいぜい次兄が手紙をよこしてくれる程度なので、大して気にも留めない日だった。


 気にも留めていないと、思っていたが、あんな夢を見たのは、きっと気にしていたからなのだろうな。


 溜め息を吐いて、ベッドを抜け出す。


 目が腫れる前に、顔を洗ってしまわないと。


 なぜここに居るのか、なぜあそこに居続けられなかったのか、そんなこと、考えたって仕方がない。

 いくら戻りたいと願っても、戻ることは不可能だし、戻りたいと願うのは、エリアル・サヴァンにも今までエリアル・サヴァンとして関わって来たひとたちにも、失礼だ。


 そう、理性では思っても感情は言うことを聞かないから、なんて自分は浅ましいのかと、思ってしまうのだけれど。




「アル、お願いがあるのだけど」


 泣いたことは、幸い誰にも気付かれなかったらしい。

 何事もなく放課後を迎えたわたしに、ツェリが声をかけて来た。


 わんちゃんは涙も武器にしろと言うけれど、弱々しく泣く子では、きっとツェリを守りきれない。

 わたしは令嬢として鳥籠に入れられることではなく、わたしとして、立ち向かうことを選んだから。弱さはあまり、見せたくない。それはたとえ、ともに戦う仲間が相手だったとしても。


 それでも幼いときからのもはや親代わりにも近いわんちゃんの前では、弛んで弱っちい子供に戻されてしまうのだけれど。


 そんな姿はわんちゃんの前だけでいいと、わたしはツェリへ笑みを向ける。


「はい。なんでしょうか、お嬢さま」

「本の返却と、貸出を代行して欲しいの。期限が今日までなのだけれど、私は先生に呼ばれてしまって」

「構いませんよ。お探しの本の名前を、教えて頂けますか?」


 返す本と、借りる本のリストを手渡される。…数が多いな。


「借りられたら、いつもの部屋に持って来て貰える?先生の用事が終わったら、私もすぐに向かうから」

「寮のお部屋までお持ちしますよ?」

「いえ、あの部屋が良いの。授業の課題に使う予定の本なのだけれど、二人一組で行う課題なのよ。殿下と同じ組で、今日一緒にやるつもりなの」

「わかりました。では、そちらにお持ちしますね」

「ありがとう。殿下も用事をこなしてから行くそうだから、あまり急がなくても良いわよ」


 いつもの部屋とは、いつの間にか悪役たちのたまり場と化していた、小さなサロンのことだ。元々は、わたしとツェリがお茶を飲むのに利用する場所だったのだが、ツェリのお目付役としてリリアさまやオーレリアさまが訪れるようになり、何が気に入ったのか殿下たちも頻繁に利用するようになり、と、どうも他の生徒が使いにくい場所になってしまった部屋だ。

 こじんまりとした部屋に質素だが質の良い調度が置かれた居心地の良い部屋なので、独占するのは少し勿体ない気持ちになる。


 ツェリの気遣いに笑顔で返し、図書館に向かいながら本のリストに目を通す。


「童話と歴史書、図鑑に…、貴族名鑑…?いったいなんの課題に使う本だ…?」


 この内容だと、図書館ひとつでは集められないだろう。


 とりあえず返却のために第二図書館へ向かいながら、わたしは頬を掻いた。


 クルタス王立学院には、図書館が四つ存在する。初等部、中等部、高等部、専科と別れた敷地の、それぞれに存在するからだ。

 それぞれの図書館で共通する蔵書もあるが、初等部の図書館には絵本や童話、初心者向けのマナー教本などが多く、専科の図書館には専門書や学術書が多いと言った、各図書館ごとの特色が見られる。

 返却や本の検索はどの館でもすべての図書館の蔵書について行えるが、貸出の場合は蔵書を持つ図書館に赴かなければならない。


 中等部の第二図書館から初等部の第一図書館に行くくらいなら大した距離でもないし、高等部の第三図書館くらいなら、足をのばすのもそこまで苦ではないのだけれど。


「…これ、かなり高度な学術書だよな」


 リストのいちばん下に書かれた本の題名に、少し遠い目になる。


 専科は学舎まなびやではなく研究機関で、子どもたちの起こす喧騒が届かないよう、少し離れた敷地に存在する。


 この学術書が、第三図書館に蔵書されていると良いのだけれど。




「…もしかして、遠回しな嫌がらせなのかな」


 学院の四つの図書館、すべて回って入手した本を抱え、わたしは小さく呟いた。

 ツェリが貸出を頼んで来た本は、四つの図書館に分散して蔵書されていた、だけでなく、同じ図書館内にあるものでも階が離れていたり、地下倉庫に蔵書された本だったり、それはもう、探し集めるのが面倒な本たちだったのだ。


「何か怒らせるようなことしたっけ…。この前、本を頭に乗せたままでカーテシーを三時間キープさせたから?それとも、ちょっと前の昼食で、美容に良いからってツェリの嫌いな野菜を山盛りにして食べさせたのがだめだった?この前のダンスの授業で、普段よりワンサイズ小さいコルセットを付けさせて、太った?って訊いたのもいけなかったかな…。でも、ああでもしないとツェリはすぐお菓子を食べ過ぎるから…」


 男装は女装より動きやすいし、鍛えているので疲れはしないけれど、さすがにそんなに歩き回らされるとネガティブにもなる。


 何か悪いことをしたかと自分の行動を振り返ると、まあ、うん、ないとは言えない…かな?

 甘やかすのだけが愛情じゃない!の観念で、指導に関しては手を抜かずにやって来たけれど、少し、厳し過ぎただろうか。


 考え込みながらも足を急がせ、部屋の扉を叩く。

 思ったよりも時間がかかってしまったが、ツェリは待ちくたびれていないだろうか。




 エリアルを見送ったツェツィーリアは、教師の許、ではなく、エリアルとの待ち合わせをした部屋へと向かった。


 普段は質素な部屋だが、今は大輪の花やシルクのリボン、美味しそうな料理で彩られている。


 扉の開く音で焦燥の混じった視線が一斉に入り口へと向かい、入って来たのがツェツィーリアであると見て取ると安堵に変わった。


「エリアル嬢は?」

「お使いを頼んで遠ざけたわ。終わったらここに来るはずよ」

「そう。急いで準備しないといけないね」


 ヴィクトリカが頷いて、使用人たちへ新たな指示を出す。


「そうね。エリアルだもの、第四図書館までのお使いだって、さくさくこなして帰って来てしまうわ」


 ツェツィーリアの呟きに、部屋の空気が止まる。


「第四図書館…?」


 みなの気持ちを代弁するように、テオドアが問いかけた。


 クルタス王立学院は、王立だけあって広大な敷地を持つ。

 中等部だけでも横断すればそれなりの距離になるのだ。

 第四図書館は専科にある図書館で、専科と言えば中等部からは馬車で向かうような僻地。

 間違っても、軽いお使いで行く距離ではない。


「ええ。本を借りて来て欲しいと頼んだのよ」

「いくら時間稼ぎだからと言って、第四図書館は…」

「あら、誰が第四図書館なんて言ったかしら?」


 お前が言ったんだろ!?


 と言う視線の中で、ツェツィーリアがたおやかに微笑む。


「私がお願いしたのは、学院の四つの図書館、すべてから本を借りて来ることよ」

「…義姉上、非道です」


 静まり返った部屋の中で、アーサーの突っ込みが虚しく響いた。

 心外だと言いたげに、ツェツィーリアがアーサーを見返す。


「相手はアルだもの。それくらいしないと時間稼ぎにならないわ。あの子、すごく穏やかな表情のまま私の全力疾走より早く歩けるのよ?」

「それは…怖いな」

「ええ。だから急がないと。出来るだけ時間を稼げるように、借りる本も面倒なものを指定したけれど、大した時間稼ぎにはならないと思うわ」


 ツェツィーリアに急かされて、みな準備の手を早めた。

 そうしてようやく、準備が終了した、そのとき、


「エリアルです。お嬢さま、いらっしゃいますか?」


 室内に、扉を叩く音が響いた。


 唖然とした顔を向けられたツェツィーリアが、肩をすくめる。


「だから言ったでしょう?」




 ツェリの返事を待って扉を開けると、いつもは質素で落ち着く部屋が、賑やかに飾りたてられていた。

 豪華な料理まで、準備されている。


「?」


 何かあるのだろうかと首を傾げつつ、ツェリに歩み寄って本を差し出す。


「お待たせして申し訳ありません、お嬢さま」

「いえ、ぴったりよ。ありがとう。確かに、全部揃っているわ」


 ぴったりって、なんの話だろう。


「どういたしまして。では、わたしは帰、」

「…この状況に一言くらい疑問を挟みなさいよ」

「え?ああ、図書館の本ですから汚さないように気を付けて下さいね。課題は、別の部屋でやることをお勧めします」


 さすがに料理が並んだ場所で本を広げるのは関心出来ない。


 わたしの返答に、ツェリは額を押さえた。


「あなた、今日がなんの日かわかってる?」


 今日…?なにか、あっただろうか…。

 えっと…、ああ、


「そう言えば、先日やった遊戯の答え合わせの日で、」

「あなたの誕生日よ!!」


 言葉を遮ってツェリに怒鳴られた。


 ああ、そうか、そんな日だった。

 けど、


「あれ、わたし、お嬢さまに誕生日をお伝えしましたか?」


 ツェリに誕生日を祝われたことはない。

 教えていなかったからだ。


 自分の誕生日なんて、祝うほどのものでもないと思っていた。

 あ、ツェリの誕生日には毎年何か渡していたし、親しくなってからはリリアやオーレリアさま、アーサーさまにもささやかながら贈り物をしている。殿下とテオドアさまは、貰い過ぎても困るかとお祝いの言葉だけ伝えていた。


 貴族、それも高位の貴族の誕生日なら、別に調べなくても知れる。毎年、それなりの規模でお祝いが行われるから。


 でも、わたしは子爵令嬢でしかないし、家族とは極めて疎遠だ。父母はわたしを恐れ、長兄はわたしを厭い、妹に至っては憎んですらいるかもしれない。辛うじて次兄はわたしに家族の情を持ってくれているが、次兄だけの力で誕生日を盛大に祝うことは不可能だ。結果的に、家にいたころは口で、学院に来てからは手紙で、次兄が祝ってくれる程度の日だった。

 だから、わたしの誕生日はあえて調べでもしないとわからな…あ、わんちゃんだけはなぜか知っていて、誕生日過ぎて初めて会ったときにお菓子をくれるけれど。


 と言うわけで、ツェリはわたしの誕生日を知らないはずなのだけれど、覚えていないだけでわたしが伝えていたのだろうか。


「言われてないわ」


 ツェリが肩をすくめる。


「私も馬鹿よね。義父上さまに言われて、初めてあなたの誕生日を知らないと気付くなんて」

「わたくしも含め、みなさんエリアルにお誕生日を祝って貰っているのに、誰も知りませんでしたわ」


 普通は聞かずに知っている、と言うか、誕生祝いに招待されて祝うものだから、失念したのだろうな。人付き合いの多い高位貴族にもなると誕生祝いなんて年がら年中行われていて、わけがわからなくなるだろうし。


「一方的に知られてるのも、祝われるのも、不公平でしょ?だから、こっそり調べて祝うことにしたのよ!」

「…わざわざ調べて下さったのですか?」

「ああ。貴族名鑑見れば、記載されてるからな」

「つい最近気付いたことで焦ったけど、きみの誕生日が比較的遅い時期で良かったよ」


 部屋を見渡す。


 えーっと、つまり、


「もしかしてこれ、わたしの誕生祝い、ですか?」

「そうです。こっそり用意して、驚かそうと思ったんですよ」

「…じゃあ、お嬢さまのご用事と言うのも」

「嘘よ。準備のために、わざと時間がかかるお使いを頼んだの」


 いわゆる、サプライズパーティーと言うやつ、らしい。


 悪意を感じかねないお願いも、悪意ではなかったようだ。


「こそこそしなくても、訊かれれば誕生日くらい教えましたし、お祝いなんて別に」

「そう言うと思ったから、黙って準備したのよ」


 ツェリがわたしの手を取り、テーブルへ導く。


「私にとってかけがえのないひとが生まれた、大切な記念日なのよ。今まで、祝えなかった分も含めて、大人しく、祝われなさい」


 テーブルの上には大きなケーキ。ろうそくは、15本。


「わたしなんかのために、こんな、」

「なんかとか、言うな。俺の友人だ」

「わたくしの大切なお友達ですわ」

「大好きなアルねぇさまですよ?」

「アルねぇさま?大好きなアルねぇさまのために、みんなで用意したんだから喜んで欲しいわ!」

「みんな、きみの喜ぶ顔が見たかったんだよ」


 重ねられる言葉に、泣きそうになる。

 こんなに、わたしの存在を受け入れてくれるひとがいる。


「ありがとう、ございます」


 深呼吸して、わたしはとびきりの笑顔を返した。




 用意された料理に舌鼓を打ったあと、使用人たちの手でテーブルが調えられ、食後のお茶の時間になった。


 なぜか漂う緊張感に、首を傾げる。


 目線で会話するような間のあと、ツェリがおもむろに口火を切った。


「あのね、義父上さまから、あなたにって、贈り物を預かっているのよ」

「ミュラー公爵閣下から?」

「そう。これよ。開けてくれる?」


 それはまた、畏れ多いことだ。

 と言っても、断るわけにも行かず、ツェリが差し出す封筒を受け取って、封を切る。


「歌劇の招待券、ですか?」

「そう。ふたり分の招待券よ。あなたが音楽を好きだからと言うことで、懇意の劇団の鑑賞券を手配してくれたみたい」


 畏れ多いが、嬉しいのも事実だ。

 歌劇は好きだけれど、チケットが高くて自分からは行かないから。


「ミュラー公爵閣下に、お礼をお伝えして頂けますか?とても、嬉しいですと。あ、せっかくですからお嬢さまも一緒に、」

「その、一緒に行くの相手で、お願いがあるのよ」


 どうせならツェリとと誘おうとした言葉を遮り、なぜか苦虫を噛み潰した顔でツェリが言う。


「えっと、なんでしょう?」

「賭をしたの」

「賭?」

「ええ。あなたがいちばん喜ぶ贈り物をしたひとが、あなたと観劇に行ける権利を得られることにしようって」


 賭なんてなければ私が行けたのに。とツェリがぼやく。ああ、それでそんな顔なのですね。


「これは、鑑賞券を下さった義父上の意向よ。良いかしら?」

「わたしは構いません。と言うか、お祝いの上に贈り物まで用意して下さったのですか?」

「好きでやってるのだから許容しなさい」


 集まる面々を見回す。上は王子、下でも侯爵令嬢だ。


 あんまり、高価なものじゃないと良いなぁ…。

 高いものを貰っても、何も返せない。


 にしても、欲しいものについての話って、


「まさか、この前の遊戯は…」

「あなたの喜ぶものを探ろうとしていたのよ」


 …この世に存在しなさそうなもので答えてしまいましたが。


 わかっていればもっと無難なものにしたのにと、後悔しても時すでに遅し。


 戦々兢々としながら、机に出された贈り物を見回す。

 あまり巨大な包みがないことに、とりあえず安堵する。


「この場で開けて、感想を言ってね」


 ツェリさま、それはどんな罰ゲームですか。

 遠い目になりそうになった気持ちに喝を入れて、笑顔を固める。


 喜ばせようと思ってやってくれているのだから、真剣に応えないと。


 にしても、そんなにみんな気合い入れて、よほど歌劇が見たいのか。まあ、ミュラー公爵が手に入れてくれたチケットだから、たぶん最高の席なのだろうけど。…わたしが貰って、本当に良いのかな。


「れりぃがいちばーん!はい、アルねぇさま、お誕生日おめでとう!」

「ありがとうございます」


 オーレリアさまが差し出したのは、片手で持てるくらいの紙袋だった。

 持ってみると、そこまで重さはない。


「開けて開けて!」


 にこにこと急かされて、結ばれたリボンを引く。

 中に入っていたのは、


「クッキーと、チョコレート?」


 ハーブを練り込んだクッキーと、意匠を凝らされた固形のチョコレートだった。


「アルねぇさまの欲しいものはわからなかったから、れりぃが欲しいものにしたの。でも、黒くて、良い香りで、ひとを幸せにするものでしょう?」


 …どうしよう良い線行ってますとか言えない。


 オーレリアさまは自分の欲しいものと言ったけれど、ハーブ入りのクッキーもほろ苦いチョコレートも、わたしの好きなお菓子だ。オーレリアさまはもっと、甘味の強いお菓子を好む。

 その気遣いが、嬉しかった。


「ありがとうございます、オーレリアさま。大事に食べますね」

「どういたしまして。アルねぇさま、大好きよ」

「わたしもです」


 手を伸ばして来たオーレリアさまに、抱き締めて答える。


 あれ?今誰か舌打ちした?いや、まさかそんな…。


「オーリィ、いちゃいちゃは後でね」


 ツェリがさり気なく、オーレリアさまを回収して行く。

 オーレリアさまのくれた包みをテーブルに置くと、わたしの前に寄ったリリアが袋を差し出して来た。

 両手で抱えるくらいの布袋で、こちらもあまり重くない。


「エリアル、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 受け取れば期待のこもった目で見つめられて、膝に乗せた袋を開く。


「これ、手編みですか?」


 出て来たのは黒い毛糸で編まれたショールだった。

 とても手触りの良い毛糸が使われていて、暖かそうだ。


「はい。わたくしが編んだものですわ。少し、時期遅れではありますし、エリアルが欲しいと言ったものとは違いますが、エリアル、いつも膝掛けを使っていますでしょう?肩に掛けるものも、あったら使ってくれるのではないかと思って」


 広げたショールはひと目ひと目丁寧に編まれていて、売り物と言われても信じられる出来ばえだった。

 こんなに大きなもの、編むのは大変だったろうに。


 広げたショールを、肩に掛けてみる。とても、暖かかった。


「すごく、暖かいです。リリア、ありがとうございます」


 微笑んで見上げると、柔らかい笑みを浮かべたリリアが、抱き締めて頭をなでてくれた。


「エリアルに出会えたことを、感謝いたしますわ」


 優しくなでられるのが心地良くて、目を細める。

 前世の母も編み物が得意で、良くこうしてなでてくれた。


 なでなでを堪能したところで、袖を引かれる。


「アルねぇさま、僕からも貰って下さい」


 アーサーさまが差し出したのは両手に乗るサイズの箱。

 受け取って、破かないように包装を解く。


 木彫りの黒猫に、ネジ。これは、


「オルゴール?」

「はい。ネジを巻いてみてくれますか?」


 促されて、ネジを回す。

 溢れ出す、愛らしい音色と、魔力。


「良い夢が見られる、おまじないをかけたんです」

「アーサーさまの、手作りですか?」

「はい。アルねぇさまに喜んで欲しくて、頑張りました」


 オルゴールの穏やかな音色は心を安らげてくれて、確かにこれをかけて眠ったら、良い夢が見られそうだ。


「ありがとうございます。さっそく今晩から、使わせて貰いますね」

「良い夢を、見て下さいね」


 アーサーさまの唇が、額に当たって離れた。


 テオドアさまが、ガタッと椅子を蹴立てる。公爵子息ともあろうお方が、珍しい。


 アーサーさまの襟首を掴んで下がらせたテオドアさまが、わたしに箱を突き出した。


「誕生日おめでとう、アル」

「ありがとうございます」


 でもちょっと、乱暴だと思いますよ。


 差し出された小箱を手に取り、開く。


「…ブローチ、ですか?」


 猫をかたどった黒い石の付いた、安全ピンタイプのブローチだった。


「黒い加工品で、お前が今使ってないものって考えて、思い付いたのがそれだったんだよ。それなら、男装でも女装でも使えるだろ」

「いや、でもこれ、高いんじゃ…」

「既製品だ。そんなに高いものじゃない。…お前に似合うと思ったんだ。貰ってくれ」


 ブローチを取り上げると、猫の横に付いていた紺の石が輝いた。キャツアイ効果のある石みたいだ。

 肩に掛けっぱなしだったショールの合わせを、ブローチで留める。


 シンプルなデザインだし、確かにユニセックスで使えるだろう。


「似合いますか?」

「…ああ」


 …その間はなんですか。

 やっぱり似合わなかったとか、言う?


「やっぱり、エリアル嬢は着飾っても似合うね」


 プレゼントした本人よりもスマートに、割って入った殿下が褒める。

 割って入られたテオドアさまが戻ろうとするのを、手を掴んで引き留める。


「お礼くらい言わせて下さいよ…。ありがとうございます、テオドアさま。大切にします」

「あ、ああ、どういたしまして。趣味に合わなかったなら悪いが、出来れば使って貰えると嬉しい」

「いえ、気に入りましたから、ちゃんと使いますよ」

「そうか」


 猫なのは確実にテオドアさまの趣味だろうとは、思ったけれどね。

 中等部の制服はポーラー・タイだが、高等部の制服はクラヴァットだ。このブローチを使っても、構わないだろう。


 にしても、プレゼントに喜んだことを喜ばれるって、少しくすぐったいな。


「次は私からの贈り物を受け取って貰えるかな?誕生日おめでとう、エリアル嬢」

「ありがとうございます」


 王太子から贈り物とか、各方面から恨まれそうな気が…。

 思わず周囲を伺ってしまうが、当然のようにわたしたち以外の生徒はいない。


 殿下の贈り物は少し大きめの箱に入れられていて、開けるとふわりと薔薇の香りが漂った。


「誕生日に黒薔薇を贈るのはどうなのかなとも思ったけれど、エリアル嬢には黒が似合うから。それに、黒くて綺麗で良い香り、でしょう?」


 入っていたのは黒薔薇メインのブーケだった。触れると、魔法の気配を感じる。


「これ、殿下の魔法を…?」

「うん。少しだけ、時を止めて貰ってる。ずっとは無理だけど、ふた月くらいなら、保つと思うよ」

「ありがとうございます」


 お礼を言うと、殿下に頭をなでられた。


「後で花言葉を調べて貰えると嬉しいな。本数も、数えてね」


 ブーケに使われているのは、黒薔薇に赤薔薇、カスミソウだ。数は、薔薇が11本。

 薔薇11本の意味は最愛で、花言葉で共通する意味は、永遠の愛…?


「…え?」

「ああ、花言葉も押さえてるんだ。さすがだね」


 殿下の顔が近付いて、頬に柔らかい感触が触れた。


「大好きだよ。生まれて来てくれて、ありがとう」

「え、いや、あの」


 なんの冗談ですか?


 思考停止しかけたわたしを、ツェリが救ってくれる。


「…殿下、茶番ならあとにして。と言うか、誕生日に困らせるようなことするの、やめてちょうだい」

「ツェリ…!」


 だよね、茶番だよね?良かった冗談かー。まじで焦ったわー。


 救いの手を即座に掴んで、ツェリからの贈り物を受け取る。

 ごく軽い、小さな箱だった。


 開けば、薔薇とは異なる甘い香り。


「これ…」

「好きだって言っていたでしょう?誕生日おめでとう。あなたの生まれた日を、心から祝福するわ」


 ツェリがくれたのは、白檀に似た香りの、あの匂い袋だった。


「ありがとう、ございます…嬉しいです…」


 この香りが好きだと言ったのは、かなり前の話だと思う。

 そんな昔のことを、覚えていて、贈り物に選んでくれたのだ。


「まだ好きだったみたいで、良かったわ。あなた、自分の好き嫌いを全然言わないのだもの」

「…いつも言ってるじゃないですか。わたしはツェリが好きですって」

「残念ながら私はあなたのものにはなれないのよ。あなたが私のものなのだから」


 ツェリの腕が、わたしを抱き締める。


「あなたがいてくれて、本当に感謝しているの。大好きよ」

「わたしも、ツェリが大好きです」


 ぎゅっと抱き合って、離れる。

 顔を上げ、みんなの顔を見回して、微笑んだ。


「でも、遊戯はわたしの勝ちですね。全員外れです」

「あら、あなたは全員の欲しいものを当てている自信があるの?」

「ありますよ。答え合わせしますか?」

「ええ。良いわ。言ってちょうだい」


 ツェリに命じられて、三日前の予測を答える。


「正確だね」

「正解ですわ」

「合っているわ」

「当たっているな」

「すごーい。当ったりー」

「合ってます」


 あれ?そんなに驚くようなことかな?


「で、結局アルは何が欲しかったの?」

「いえ、みなさまに貰ったものでもう十分、」


 がちゃ


「お、いたいた。よぉ、エリアル」

「え、わんちゃん?」


 唐突に姿を現したわんちゃんに、目を見開いて駆け寄る。


「どうかしましたか?もしかして、わたしが何か…」

「いや。ちげぇよ。ちょっと、渡したいもんがあってな」


 わたしを引き連れてテーブルに近寄ったわんちゃんが、なにやらどさどさとテーブルの上に、って、こ、これは!?


「東の帝国の東の海の、さらに向こうに住んでる知り合いが送り付けて来たんだが、使い道がわからねぇんだ。どうも料理に使うものらしいんだけどよ、王宮の料理人でもわからねぇっつうし。で、お前が料理趣味だったの思い出して、良かったら貰ってくれねぇかと」

「くれるの、ですか?」


 目の前のものに釘付けになりながら、訊ねる。


「ああ。俺が持ってても仕方ねぇし、お前が使うんならやるよ。なんか旨いもん作れたら食わせてくれ」

「良いのですか?本当に?全部?」

「あ?良いって。ああ、お前今日誕生日だったな。気に入ったんなら、追加で送らせても、」


 わんちゃんの言葉が止まったのは、わたしが抱き付いたからだ。


「わんちゃん愛してます!!」

「んあっ!?なんだ突然、どうした」


 驚きつつも抱き締め返して頭をなでてくれるわんちゃんへ、あふれ来る愛しさが止まらない。


「これが、ずっと、欲しかったのです!!」


 わんちゃんが取り出したのは、大量の和食材だった。

 各種調味料に昆布に海苔、鰹節に煮干し、寒天や小豆、梅干しに高野豆腐や干し椎茸、切り干し大根まである。


 まさかここで再会できるとは思っていなかった、愛しの食材たちだ。


「あ?そうなのか?なら、定期的に送るように頼んどいてやる」

「い、良いのですか!?」

「代わりにそれで旨いもん作って食わせろ」

「ああもうわんちゃん大好き!キスしたい!!」


 叫んだら屈んでくれたので、遠慮なく両頬と唇を啄む。


「用途不明の食材で、お前がそんなに喜ぶと思わなかった」

「ツェリとわんちゃんに出会えたことを除けば、人生最高の贈り物です!感謝してもしきれません!!」

「えっと…アル?」


 わんちゃんにしがみ付いて興奮もあらわなわたしに、ツェリが控え目に話しかけて来た。


「これがアルの欲しかったものの、答えなの?」

「いえ。答えそのものではありません」


 ツェリのちょっと引いた態度にようやく少し落ち着きを取り戻して、わんちゃんから離れる、と見せかけて片手はわんちゃんの服を掴んでいる。


「これは、材料です」


 並んだ食材の中から、醤油、みりん、鰹節に昆布を選び取る。


「これと水と砂糖で、わたしの欲しかったものが作れます」


 我らが愛しの黒いアレ!うどんにもそばにもそうめんにも使えて、煮物にも親子丼にも炊き込みご飯にもTKG(たまごかけごはん)にも使える万能調味料、めんつゆさまがね!!


 めんつゆ!めんつゆ!

 小麦粉でうどんは作れたのに、めんつゆがなくて泣いたあの日はもう来ない!

 仕方なくコンソメスープでうどんを食べて、これじゃないのだよぉぉお!と叫ぶ必要はもうない!


 ああもうわたしの誕生日とかどうでも良いから、今日というこの日をめんつゆさま降臨記念日として制定したい!


「材料、植物ってこれとこれ?」

「え?いえ、黒い方は海藻ですが、その茶色いものは魚ですよ?」


 昆布と鰹節を指差した殿下に、訂正を入れる。


「魚?これが?」

「魚を乾燥させたものですよ。植物由来なのはこれとこれです」


 醤油とみりんを指差す。


「植物?」

「こちらの黒いものが、豆と小麦を発酵させて作られた調味料で、こちらの黄みがかった透明なものは、お米を発酵させた甘いお酒です」


 どちらも麹菌の入手が出来なかったことと、製造過程が難し過ぎることで断念した調味料だ。


「…アルはどこからその知識を得たの?」

「内緒です」


 まさか前世とは思うまい。


 と言っても追求されるのは嫌なので、話を逸らす。


「でも、これだと賭けの勝者は誰になるのでしょうね」

「賭け?」

「わたしのいちばん喜ぶ贈り物を渡したひとが、わたしと観劇に行くことになっていたのです」


 首を傾げたわんちゃんに、チケットを見せる。


「…私たちの渡した贈り物以上に、アルは導師の贈り物に喜んでいたので」

「俺がエリアルと観劇に行って良いってことか?」

「いえでも、忙しいわんちゃんにそんな…」

「劇見に行く余裕くらいあるぞ。だが、エリアルは俺で良いのか?」

「わんちゃんが良いなら喜んで」


 なんだかそれが、いちばん平和な気がするし。

 正直、誰のプレゼントも嬉しかったから、どれがいちばんとか決めたくない。


「んじゃ、決まりな。あとで日程教えろ。…なんか乱入していいとこ取りしたみてぇで、悪かったな」


 ぽんとわたしの頭をなでて、わんちゃんが出て行く。


 まあ、確かに、最後にディープインパクトでかっさらった感は否めないけど、助かったよわんちゃん。


 わんちゃんを見送り、振り向く。

 興奮し過ぎて奇行を見せた自覚はある。


「えっと…」

「エリアル嬢、グローデウロウス導師と親しかったんだね」

「ええ、幼いころからお世話になっているので…」


 殿下の優しい目が痛いよ!


「グローデ導師相手にわんちゃんとか、お前末恐ろしいわ」

「本人に許可は得ていますよ。と言うか、幼少からずっとそう呼んでいるのでもう変えられないのです」


 零歳児からの仲なのだ。今さら矯正不可である。


「もー!本当に良いとこ取りしてったー!!」


 オーレリアさまが、だー!と叫ぶ。


 そんなオーレリアさまを、他の面々を見回して、わたしは、でも、と言った。


「わんちゃんの贈り物にあれだけはしゃいだ手前、信じて貰えないかもしれないですけれど、みなさまの贈り物も、今日こうしてお祝いして下さったことも、すごく、嬉しかったです。みなさまのような素敵な方々と仲良くなれて、良かったです」


 悪役サイドに生まれなければ、きっと彼らがこんなに素敵なことなんて、気付かなかった。だから、わたしはエリアル・サヴァンに生まれたことを感謝したい。


「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」


 まだ、前世は忘れられないし、恋しいけれど。

 エリアル・サヴァンとして、前を向いて生きよう。

 そう、決意した日。


 笑顔で頭を下げ、頭を戻せば、優しい笑顔が、わたしを囲んでいた。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


コメディ乙タグの本領発揮!

そしてスルーされる殿下の告白!

エリアルェ…


転生orトリップもので一度はやりたい和食ネタでした

予測は当たっていたでしょうか?


申し訳ないのですが

連日投稿はここまでです

以降は不定期連載になりますが

続きも読んで頂けると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ