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取り巻きCとハチワレ子猫

取り巻きC・エリアル視点

エリアル高等部二年五月

 

 

 

 生き物を保護すると言うことは、責任と義務が生じる、覚悟の必要なことだ。


「いえ!このこはわたしが保護します。アテが、ありますから」


 間違っても、同情や勢いだけでやって良いことではない。


「ですから、お気になさらず」


 どんな事情があったとしても、覚悟なく生き物を保護するなんてこと、してはいけないのだ。




 みなさまこんにちは。いつもニコニコあなたの後ろに這い寄る混沌、このくらいでやめておこうか。取り巻きCことエリアル・サヴァンです。


 新学期早々のピリピリした空気もどうにか落ち着いて、前世であれば鯉が空を泳ぐ時期。


 突然ですが、子供が生まれました。


 元気な五つ子です。


 父親はわかりませんが、女手ひとつ、わんぱくでもたくましく育てばと、うん、そんな顔しないで。


 当然ながら、わたしの子ではないよ。


 中等部から入り浸っている薔薇園に、住み着く黒猫の子供だ。ウニのような真っ黒な毛並みの金目の子猫が四匹と、白黒ハチワレに金目銀目の子猫が一匹。


 黒猫は不吉の象徴なので、普通に考えれば白黒ハチワレの方が生きやすくはある、のだろうけれど。


 どうやらこの子は、聴覚に問題があるようだ。もしかすると、視力も弱いかもしれない。


 金目銀目は先天性の異常。たとえば飼い猫であるならば、その珍しく神秘的な見た目がもてはやされるだろうが、野良で生きるなら聴覚の異常が足を引く。


 実際、この子は兄弟猫より、身体が小柄だ。


 長くは、生きられないかもしれない。


 だからと言って、先の人生が保障されないわたしでは保護することも出来ない。


 せめてこの学園にいるあいだだけは、たまに様子を見に来ようと思うけれど、さて。




「お前、大きくならないね」


 よたよたと寄って来たハチワレ子猫を拾い上げて膝に乗せ、その痩せた身体にそう呟く。


 明らかに、兄弟より痩せているし、弱っている。


 親猫はこの子を、見捨てることにしたのかもしれない。


 それを、非情だと責めるつもりはない。弱い子を育てても、生き残れない。ならば、強い子をより強く育てて血を残そうとするのは、生き物として植え付けられた反応だ。


 生き残れないこの子を憐れに思うのは、人間の勝手な感傷。


 助けることも、エサを与えることもしない。ただ、わたしのことまで兄弟かなにかと思っているらしいこの子猫が、寄って来たら抱き上げてなでるだけ。


 クルタス王立学院には野良猫だけでなく、肉食の鳥類も住み着いていて、猫と違って完全に野生の彼らはわたしに近付かない。わたしの匂いが付いている、猫たちにもだ。


 飢えて弱って死ぬのと、鴉にでも食べられて死ぬの、どちらがマシかは知れたことではないけれど。


 もし、この子が死ぬその時に居合わせたなら、せめて抱いていてやろうとは思う。


 それで慰められるのは、わたしの罪悪感だけだとしても。


「猫、ですか」


 掛けられた声に顔を上げる。


 近付いて来ているのは気付いていた。話し掛けて欲しくなかったから、気付かない振りをしていただけで。


「ボルツマン公爵子息さま」

「野良猫など抱いては、汚れませんか」


 わたしを見下ろす、長身で筋肉質な少年。鉄紺の髪は短く刈り込まれ、瞳は鉄色。彼の仕える王子が燃える鉄だとすれば、こちらは冷えきった、硬質な鋼のような印象を与える男だ。


 声も、低く硬質だ。声変わりはとうに過ぎているのだろう。


 グレゴール・ボルツマン公爵子息。第二王子派の家の三男で、ゲームの攻略対象。


「野良と言っても学院に住み着いている猫ですから、そう汚れてはいませんよ。汚れたとしても、洗えば良い話ですし」

「そう、ですか。ですが、どんな病気を持っているかわかりませんし、不用意に触れるのは危険では」

「身体は丈夫なので問題ありません。触った手をそのまま口に入れたりしませんから」


 前世であれば猫アレルギーもあったし、ちょっとした感染症でも大事だったので、野良猫や野鳥には触らないようにしていたけれど、今は健康体だ。好きに生き物に触れるし、山に登ったり川を泳いだりも出来る。生き物は、近付いて来てくれなかったり、逆に獲物として襲われたりするから、触れ合いは別の意味で難しいけれど。


「……」

「嫌いですか、猫」


 そう言えば、テオドアさまがそんなことを言っていた気がする。


 ゲームでは、どうだっただろうか。

 彼のルートは作業的にやったので、よく覚えていない。


 いや、ほかの攻略対象のルートだって、しっかり覚えてはいないのだけれど。プレイした数あるゲームのひとつで、思い入れがあるわけでもない。ただ、エリアル・サヴァンが怖過ぎることと、目当ての声優さんのキャラクターが攻略出来なかった心残りで、印象に残っているだけの。


 転生ってもっと、思い入れのある子がするものではないのだろうか。


「いえ、嫌いと言うわけでは」


 グレゴール・ボルツマンは首を振った。


 それが、本当なのか嘘なのか、わたしには判別がつかない。


 第二王子と同い年で、ずっとそばにいたこの少年とは、第二王子を避けていたために交流がない。


 だから、こうして個人的に話し掛けられると思っていなかった。


「そうですか」


 答えて、視線をハチワレ子猫に戻す。カリカリと耳許を掻いてやれば、くたりとわたしの膝に身を預けてゴロゴロと喉を鳴らした。


 もう、あまり長くないのかもしれない。


「ずいぶんと、痩せていますね。その猫」

「猫の話を、しに来たのですか?」


 ハチワレ子猫から目を上げないまま返す。


 救ってあげられるなら、そうしたい。が、わたしにはその余力がない。


 それでも。だからこそ。


 この子を膝に乗せて、この子は親兄弟に見捨てられたのだなんて、言いたくなかった。


「いえ。姿が見えたので、なにをしているのかと」

「わたしに何か用事ですか?」

「ミュラー公爵令嬢のそばにいないのかと」


 つまりは、偵察に来た、と言うことだろうか。そんなこと、ラース・キューバーにでも訊けばわかることだろうに。


「常に一緒にいるわけではありませんよ。学科も違いますから」


 話を膨らませたくないので、端的に訊かれたことだけ答える。グレゴール・ボルツマンの声は苦手だ。あまり長く話したい相手ではない。それに、ただでさえ弱っている子猫のそばに、猫が嫌いな人間はいて欲しくない。


「ミュラー公爵令嬢と言い、その猫と言い、はぐれものの世話がお好きなんですね」


 それは非常に。


「ツェツィーリアさまは」


 失礼なことを言う。


「誰かの世話が必要な方ではありませんよ」


 そうなるように、わたしが学ばせた。もちろん、公爵令嬢となった今は、使用人に世話を任せてはいるだろうけれど。


「このこも」


 わたしはエサを与えたこともなければ、なにかを教えたこともない。ただ会ったときに寄って来ればなでているだけだ。


「わたしは世話していません」


 それでもこのこは生きている。痩せて、弱ってはいても。

 誰かがエサを与えているのかもしれないし、このこ自身がどこかで調達しているのかもしれない。


 なんにせよ、このこが生きる意志を失っていないから、生きているのだ。


「それに、はぐれてなどいませんから」


 昔はどうあれ今のツェリは、親しく付き合う相手も多くいる。このこだって、痩せてはいるが怪我はない。いじめられたり追い出されたりはしていないのだ。


 みぃと呼ばう子猫に、胸へと抱き上げ顔を寄せる。


「世話をしていないと言う割には、やけに懐いているようですが」

「このこの親と知り合いですから、仲間と思われているのでしょうね」


 この会話は、いつまで続くのだろう。


 グレゴール・ボルツマンの方は見ないまま、鼻を差し出す子猫へ鼻を寄せ、


「女性に許可もなく触れるのは無礼ですよ」

「野良猫に顔を付けるなど不衛生です」


 ずいぶんと、潔癖症なことで。


「さきほども言いましたが、身体は丈夫なので」

「好きなのですか、猫」

「ええ。好きですね」


 可愛いと思うし、身体能力の高さは羨ましくもある。


「痩せた猫に、エサも与えず?」

「わたしはこの学院にずっといるわけではありませんから」


 来年を、生き延びられるかもわからない。生き延びたとして、いずれ卒業して去る。


「最後まで世話する覚悟もなく手出しするのは、無責任でしょう」

「なでて可愛がるのは良いと?」


 痛いところを突く。


「あなたが来なくなれば、その猫は悲しむのでは?」

「ここは学院ですから」


 子猫がちろりとわたしの頬を舐める。


「ここで暮らすならば、別れがあることに慣れなければ」

「あなたがいなくなる前に、その猫は死ぬかもしれないからですか」


 いちいち、嫌な言い方をするのは、わざとなのだろうか。


 ゲームのグレゴール・ボルツマンは、こんな人柄だっただろうか。


 断定出来るほどには、わたしの記憶は定かでない。


「野良猫ですから、予期せぬことで死んでしまう可能性もありますね」

「そう言う意味で言ったわけではありませんが、そうですね。意地の悪い生徒に、殺されることもあるでしょう」


 グレゴール・ボルツマンが、子猫を見下ろす。


「野良猫で、誰かが飼っているわけではないのですよね?」

「そうですね」

「ではその猫は、おれが連れ帰っても?」


 は?


 思わず、子猫からグレゴール・ボルツマンへと、視線を上げた。


「なぜ、そのようなことを?」

「あなたが」


 鉄色の瞳がわたしを見る。ただでさえ相手は長身の上に、わたしは座っているので、見上げると首が痛い。


「面倒を見きれないから救えないと言うので」


 見上げれば首が痛いほどの距離に、グレゴール・ボルツマンが立っている。


「それなら、その猫はおれが救おうかと」


 それが慈悲だと思えたなら、確かにありがたい言葉だっただろう。


「いえ!」


 けれどわたしの口から出たのは、否定の言葉だった。


 ハチワレ子猫を掻き抱き、早口に宣言する。


「このこはわたしが保護します。アテが、ありますから」


 アテなんて、どこにもないのに、無責任に。


「ですから、お気になさらず」


 ああ、なんてことを言ってしまったのか。


「ああ、やっぱりアルに頼んで良かったな」


 内心で自己嫌悪に陥りかけたわたしの横に、何気なく座る人影。


「捕まえていてくれたのか。助かる」

「テオドア、さま」

「テオ」


 手を伸ばし、微笑んで、わたしの腕のなかの子猫を指先でくすぐる、テオドア・アクス公爵子息。


 子猫が怯える様子はない。それどころか、みぃと嬉しそうに鳴いた。


 テオドアさまは学院の野良猫を餌付けしている。このこに餌をあげたこともあるのかもしれない。


「こいつ、警戒心が強くてなかなか見付からないんだよな」

「わたしには、寄って来ますが」

「アルは猫だから警戒しないんだよ」

「わたしは猫ではありません」


 笑って流さないで貰えますか?大事なことですよ??


「怪我でもさせたらと思うと罠や無理矢理は避けたかったからな。平和に捕まえられて良かった。これで、伯母上のところに連れて行ける」


 これ、は。


「ほんとうに、このこで良いのですか?」

「こいつが良いんだよ。伯母上がずっと大事にしてた愛猫に、そっくりなんだ」


 さく、と子猫の首元に指を埋めながら、テオドアさまは笑う。


「だからグレッグには悪いが、こいつは俺が貰う」

「そう言うことでしたら、引き下がりましょう」

「ありがとな。あ、アル、悪いけどもう少し、そいつ抱っこしてここにいてくれるか?今カゴ持って来て貰ってるから」

「わかりました」

「助かる」


 浮かべられたとろける笑みは、テオドアさま狙いの令嬢が見れば悲鳴を上げるものだろう、猫相手限定の笑顔だ。見ているのがわたしなのが惜しい。


 その笑顔を消して、テオドアさまは顔を上げた。


「グレッグとアルに交流があるなんて知らなかったな、アル?」

「いえ、まともに話したのは今日が初めてでしたが」

「へぇ?なんかアルに用事だったのか、グレッグ」


 目を細めたテオドアさまは、わたしがグレゴール・ボルツマンに関わるはずがないとでも、確信しているような口振りだ。


「いえ。ひとりでいるのが気になっただけで。お邪魔のようですのでおれはこれで」

「ん。なんか追い払ったみたいになって悪いな」

「とんでもない。では、失礼します」


 歩み去るグレゴール・ボルツマンを見送って、十二分に離れるのを待ってから、音魔法で盗み聞きを遮断してため息を吐く。


「苦手か?グレッグ」

「そう見えましたか?」

「猫は聡いからな。猫嫌いはわかるだろう」

「わたしは猫ではありません」


 労わるように、子猫が顔を舐めて来る。弱っているのは、自分の方だろうに。


「このこ、引き取るって」

「ああ、口から出まかせじゃないからな。安心しろ。声を掛けたのはお前が困ってそうだったからだが、伯母上に話は通ってる。このまま連れて行っても受け入れて貰えるよ」


 テオドアさまが笑う。ゲームでは冷酷なんて設定だったが、猫相手には笑顔の大盤振る舞いだ。


「黒い、猫を?それも、」

「さっきも言ったが、去年死んだ伯母上の愛猫にそっくりなんだ。毛色も目の色も一緒で」


 テオドアさまの大きな手を、ハチワレ子猫は怖がらない。グレゴール・ボルツマンがいる間は、ずっと緊張していたのに。


「野良では生きられないだろう、こいつは。だから、どこか預けられるところを探してたんだ」

「テオドアさまが飼うのではなく?」

「俺は騎士だからな。いつ死ぬとも知れないのに俺なしで生きられない生きものは作れない」


 アルもだろ?


 何気なく続けられた言葉に、瞬間答えに詰まって、それがなによりの答えになってしまった。


「ツェリは嫌うだろうけどな、そう言う考え方。でも、命を惜しんで刃を曇らせるわけには行かないし、俺のいちばんは俺自身じゃない。ヴィックだ」


 ああ、そうだ、思い出した。


 グレゴール・ボルツマンのルートでは、彼が悪役王子の取り巻きAを、寝返らせようとするシーンがある。


 けれど彼は、決してその誘いに乗らない。


 己が信じ、剣を捧げるのは、王太子ヴィクトリカただひとりだからと。


 顔見えないモブキャラだが、その一途さがすごいと思っていた。


「まあ、飼えないからって野良猫にエサをやるなんて、本当は褒められたことじゃないんだけどな」

「……そうですね」


 そこは否定出来ない。テオドアさまの行いは、無責任だ。


「結婚して家族を持って、あなたが死んでも猫を守れるように、なれば良いのでは?」

「ははっ、痛いことを言う」


 テオドアさまは笑って立ち上がると、わたしの腕から子猫を抱き上げた。


「そう簡単な話でもないんだけどな。とにかく、まずは一匹だ」


 子猫はテオドアさまの腕で、大人しくしている。その腕が自分を傷付けはしないと、理解しているのだろう。


「あ……」


 近いうちに死ぬと覚悟していたのだから、保護されるなら良いことだ。けれど、お別れは、寂しく思う。


「会いに行けば良い」

「え?」

「伯母上の住まいはそう遠くないからな。学院から日帰り出来る。アルのことは話しておくから、会いに行けば良い。こいつに」


 にゃあと鳴いて、子猫がわたしを見下ろす。


「兄弟と離れ離れになるんだ。アルくらい、会いに行ってやれ」

「ご迷惑では?」

「あのひとは猫好きだから、大丈夫だ」


 なぜそれが根拠になると思ったのか。


「心配なら俺と行くか?それなら、身内とその友人だから、問題ないだろう?」


 みぃと、子猫が鳴く。まるで、会話がわかっているように。


「ほら、こいつも来て欲しいって言ってる」


 猫の言葉なんて、わからないだろうに。


「テオドアさまと、伯母上のご迷惑にならないなら」

「ああ。こいつを預けるときに、伯母上の予定を聞いておく。そのあとで、お前と俺の予定を合わせよう」


 じゃあ、こいつ捕まえてくれてありがとな。


 にこりと爽やかに微笑んで、長い足でテオドアさまは立ち去った。


「あ、お礼……」


 無責任の責任を肩代わりして貰ったお礼をし忘れたと、気付いたのは見送ってから。


「次に会ったときに、言えば良いか」


 子猫に会いに行く約束もしたのだ。そのときになにか、食べものでもあげても良い。


 そんな風にぼんやりと考えたわたしが、いつものサロンの面子に、テオドアさまとデートの約束をしたと聞いたと詰め寄られるのは、次の日のこと。


 テオドアさま、どんな説明をしたのですか。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


昔懐かしの初期話『取り巻きCは猫に襲われる』を意識したお話です、って

投稿2015年……まじか……え……はちねんまえ……?

攻略対象全員登場させるのに八年も掛けたの……?

亀通り越して粘菌かな?


非常に、速度のとろい更新で申し訳ありませんが

続きも読んで頂けると嬉しいです

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[一言] ここまで1日で一気読みしましたけど、9年もかけてたんですねえ。違和感さん行方不明すぎて全然気づかなかった。
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