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パラレル808  作者: 五十鈴 りく
漆・傀儡子
33/46

漆 ~四~

 莉々(りり)はその翌朝、身支度を整えつつもぼうっとしてしまっていた。

 考えるのは昨晩のこと。鳴雪めいせつのことだ。

 そんな莉々を、林火りんか水巴すいはは訳知り顔で眺めていた。


 気持ちがもう少し落ち着いたら、ちゃんとてんに話そうと思う。馬鹿だと呆れられてしまいそうだけれど、鳴雪の存在が次第に莉々の中で大きくなっているのは事実だ。

 ふう、と息をついて立ち上がる。莉々たちは部屋の外へ出た。


 部屋から出ると、囲炉裏を囲んで複雑な面持ちの男性陣がいた。そうして、見慣れない黒い塊がある。


「おや、月斗げっとじゃないか」


 林火が陽気に声をかけるけれど、月斗は突っ伏したまま顔を上げなかった。返事もしない。

 水巴はというと、冷たい目つきであった。莉々はとりあえず挨拶すべきかと思い、月斗のそばに膝をついた。

 その気配を感じたのか、月斗がビクリと体をさらに縮ませた。


「あ、びっくりさせてごめんなさい。初めまして月斗さん、西原さいばら莉々です」


 本当は初めましてでもないのだろうけれど、皆の前で昨日のことは言えない。


「すまぬな、月斗が馴染むのには時がかかるのだ」


 鳴雪が、ニコニコニコニコと莉々を見つめる。視線が無駄に甘くて、皆が変に思うのではないかと莉々は気が気ではなかった。


「月斗はヒトに化けるのが苦手でな。そこはあまり指摘するなよ」


 と、砕花さいかがそんなことを言う。


「そうなの? むしろ、皆が上手すぎるんじゃないかな?」


 莉々としては青畝せいほみたいに尻尾でも出ていた方が可愛いと思う。月斗はそんな莉々の柔らかな言葉に安堵したのか、そろりと顔を上げた。とは言っても、衣の奥で目が光っているくらいのことしかわからないのだが。


「……ひとまず、昨晩の非礼をお詫び致しまする」


 ボソボソとそうつぶやいた。


「昨晩の?」


 天がピリリと過敏な反応を見せたので、莉々は慌てた。


「あ、そ、そう? うん、これからよろしくね」


 これ以上、その話題に触れたくない。月斗はうなずくような仕草をした。

 そこで会話は終わるかと思いきや、意外にも月斗はさらに続けた。


「時に、あなた方は封印を施した稲生武太夫(いのうぶだゆう)殿の末だとか」


 その名を、莉々はここへ来て初めて耳にした。天も同じである。呆然と目を見張った。


「おい、月斗……」


 秀真ほずまが少し狼狽えていた。勝手に話してもいいものかと迷っているように見えた。

 鳴雪は静かに聞き、特に何かを口にするでもなかった。止めるつもりはないらしい。


「俺も莉々も、そのことには詳しくない。そう濃い血でもないのか、昔過ぎてわからないのか……。名前も知らなかった」

「直系も傍系もない。その血のどこに天殿のような力が出るのかわからぬからな」


 月斗はそこで鳴雪を見遣った。この先を話すべきなのかどうかの判断を仰いでいるのだろう。


「なあ、一度ちゃんと話を聞かないといけないとは思ってたんだ。俺たちの祖先と、封印、それからお前たちとの関わりを」


 天がそう言うのも無理からぬことだった。二人には、鳴雪たちから与えられた情報しかない。

 封印を張り直せば、混ざり合った世界はもとに戻る。迷い込んだ二人はもとの日常に帰れると信じて、その言葉のみを頼りにここまで来たといってもいい。


「武太夫殿……懐かしい名だ」


 クスリ、と鳴雪は笑った。

 その先を、莉々と天は静かに待った。鳴雪は遠い昔に思いを馳せるようにして語るのだった。


「武太夫殿はな、私の父、先代の友人であった」


 鳴雪の父。先代の隠神刑部狸いぬがみぎょうぶだぬきであったその狸が、遠い昔、莉々たちの祖先と友人であったと言う。

 ヒトとあやかし。

 その異種間にも友情は存在するのだ。


「まあ、私も武太夫殿をよく覚えているわけではないのだが、豪胆なお人だったよ」

「……どうしてその『友達』がお前たちを封じるんだ?」


 天の問いに、鳴雪は苦笑した。


「封じることで護ってくれた。少なくとも、武太夫殿はそのつもりであったのだ」


 小首をかしげた莉々にうなずいて、鳴雪は続ける。


「『刑部(ぎょうぶ)』というのは、当時の藩主より賜った位のこと。我らはヒトと密接に関わり、生きてきた。望まれれば神通力も使ってヒトの救いとなった。けれどな、ヒトには過ぎたる我らの力は、時にヒトの暮らしを歪めてしまう。我らの力を己の都合のよいように利用する輩も出てくるのだ。先代はヒトの助けになりたいという思いと、自らの力が民を苦しめることになる現実に、いつも悩んでおったよ――」


 ヒトはあやかしさえも利用する。何よりも欲深いのは人間だ。

 そのことが、莉々は純粋に悲しかった。


「武太夫殿はそうした先代を思いやり、我らの妖狸の眷属を封印の中へ閉じ込めた。我らの神通力を惜しむ藩主や家老たちには刑部狸が謀反を企んだので封じたと言って無暗に触れぬよう納得させる、と。ヒトが好きで寂しがりの先代だったのでな、ヒトがまるでいない世界も悲しい。だから、刑部狸を一国の主とし、上にヒトを立たせない世界を作った。こちらの世界は、先代とその眷属のために作られたのだ」

「封印が解かれなければ、ここはお前たちの理想郷だったんだな……」


 天がそんなことを言った。それを安易に破ってしまったことに罪悪感を覚えたのは、天も同じであったのだろう。

 末裔のはずの二人が、武太夫の思いを踏みにじるようなことをしてしまった。

 しかし、鳴雪はかぶりを振る。


「よいのだ。先代はこの封印を破ると決めていた」

「え?」

「中からは、それは強固な封印だった。結局、何もできぬままに先代は私に家督を譲って退いてしまったが……」


 先代である父を懐かしく思い出しているのか、目を伏せた鳴雪に、天は訊ねる。


「なんでだ? せっかくの先代を護るための結界を、なんで先代自身が破ろうとする?」


 理想郷――平和で、あたたかな世界のはず。

 けれど、微笑んだ鳴雪の答えは単純なことであった。


「友である武太夫殿に会えぬからだ」


 莉々たちの祖先の武太夫は、結界の外に。二人はそこで別れた。

 己のためにと言っても、大切な友人に二度と会えぬのなら、そんなものは要らない。

 苦しくても、そばで話を聞いていてほしかった。もう一度会いたかった。

 ただ、それだけなのか。


「だから、先代が去った後、残された私たちも結界を破る術を探していた。いかに強大な力を持っていたとはいえ、ヒトであった武太夫殿はもう生きてはおられぬだろう。けれど、せめて天界で先代と会えるように封印を解いてやれたならと」


 鳴雪たちは封印をもとに戻すために天と莉々と共にいる。そう信じていた。

 けれど、事実は逆で、鳴雪たちの目的は封印を破り、世界をひとつにすることだった。

 呆然とする二人に、鳴雪はしっかりとした口調で告げる。


「……ただ、私にも時折わからなくなっていたのだ。武太夫殿の用意してくれたこの世界を壊してまで封印を解く意味は、本当にあるのかと。こうなってみて、やはりこの世界を存続させたいと私は改めて思う。幸いなことに、同化はゆるやかだ。今のうちに封印を張り直せば間に合う。少しばかり形は変わってしまうやもしれぬが、私たちと天殿の力があればそれも可能だ」


 莉々は武太夫に会いたいと願った先代のことを考える。

 大好きな相手に会えないというのは、身を切られるように苦しいことだ。莉々も、安寧より再会を願ってしまうかもしれない。


「封印は一度解けた。それで先代の魂は納得したのか?」


 天が神妙な面持ちで問うと、鳴雪はゆっくりとうなずいた。


「おそらくは。まあ、直接訊ねてみたわけではないから憶測に過ぎぬが」

「そうか」


 そんなやり取りを無言で聴いていた百匹頭たちであったが、不意に砕花が口を挟んだ。


「……天と莉々が封印を解くに至った時の鳴き声とやらは、一体何者の声であったのだろう?」


 二人が聞いた獣の声。それに導かれて二人は封印のもとへやってきた。

 あの声は――

 そこで月斗から小さな声が聞こえた。


「鳴き声?」

「うん。動物の鳴き声がして、それに誘われてわたしたちは封印のある場所まで来たの」


 莉々がそう説明すると、月斗はしばらく無言だった。それから、またしても聞き取りにくい声で言う。


「封印に触れたのは自らの意志なので?」

「え?」

「その声が、私が使う傀儡子くぐつしの術のような技であったのやもしれませぬ」


 月斗の言葉に、莉々と天は顔を見合わせた。操られたという認識はなかった。自らの意志であったように思う。

 けれど、どうしてもそこに触れなければならないような気持ちにはなったことは確かだ。

 その言葉に、鳴雪が眉を顰めた。


「そうした術が天殿にかかるとは――」

「封印の霊力をその身に宿されたというお話ですが、それならば封印を解く前は多少の霊力があるという程度だったのでしょう」


 皆がハッとした。天自身が誰よりもそのことに驚いている。


「それに、ワタシよりも強い神通力の持ち主もおります故、絶対にそうした暗示にかからぬとは言えませぬ」


 暗示――だったのだろうか。

 誰もが近寄らない場所だった。最寄りの学校で話題にすら上がらないのは、何故であったのか。

 場が静まり返った。皆がそれぞれに思案する。

 そこから導き出せる答えは――


「莉々殿と天殿に封印を解かせたのは狐であったのやもしれぬな」


 狐。

 紫緑しろくに化けていた、あの狐か。


「狐の神通力は我らに匹敵する。暗示や操作ならお手のものだ」

「狐も封印を解かせたかった。だから、封印の中から天と莉々に働きかけたということですか?」


 水巴が困惑の色を見せた。けれど、それが正解なのだろう。


「何故なのでしょう? 我らと違い、封印を解かんとする理由はないはずです」


 秀真も不安げである。


「さあ、わからぬよ。そこは狐に訊くよりない。ただ、前のこともある。狐は封印を戻したくはないようだったな」


 鳴雪は嘆息し、再び口を閉ざして思案する。そんな中、林火が言った。


「ここから先は考えてわかることじゃあありませんね。とりあえず、残りの仲間をちゃっちゃと集めましょうか」


 正論だった。皆がうなずく。


「そうだな。五匹が集まり、私の力も強まって来たことだ。近い二匹の居場所なら漠然とながらに感じるよ」

「よかったね、鳴雪さん」


 にこ、と莉々が微笑むと、鳴雪も笑って返した。


「どうやら普羅ふらと青畝の居場所は近い。二匹まとめて捕まえよう」

「どの辺りだ?」


 砕花が訊ねる。


あわの国の辺りだ」

「そうか。少し戻らねばな」

「ああ。だが、世界の混一化も進んでいる。それも感じるのだ。地形が変わっておるだろう」


 鳴雪の言葉に、莉々と天は顔を見合わせた。

 世界が混ざった場合、平和に慣れた莉々たちの世界のか弱い人間はあやかしに虐げられるのだろうか。

 鳴雪たちのようなあやかしもいる。すべてのあやかしが敵とは言わないけれど、危険なことに変わりはない。


「じゃあ、急がないと」


 気持ちだけが急く。そんな莉々を落ち着けるように、鳴雪は言った。


「大丈夫だ。莉々殿との幸せな新婚生活がかかっていると思えば、私も必死だからな」


 動機が不純なのか、真っ当なのか、もうすでによくわからない。

 いつもならばここで厳しく睨むはずの天が、今日は無反応だった。莉々はちらりと天を見たけれど、天は思案顔である。

 考えなければならないことが多すぎて、今はそれどころではないのかもしれない。


 そのうちにちゃんと話したい。けれど、その前に安否不明の紫緑のことなど、色々と問題もある。もう少し落ち着いたら、と考えながら莉々は想いを胸の奥に秘めた。


     【 漆・傀儡子 ―了― 】

 

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