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パラレル808  作者: 五十鈴 りく
漆・傀儡子
30/46

漆 ~一~*

 傀儡子くぐつしと読みます。くぐつこじゃないです(笑)

 たんの国の船着場から出航した船は、途中で海の怪異に遭遇した。海はあやかしの住処なのだ。

 海から覗く黄色の大きな眼は、海坊主だった。急に海面が盛り上がり、水が山ほどもある人型になると、船が大きく揺れた。けれど、海坊主は鳴雪の存在に気づき、鳴雪(めいせつ)とひと言ふた言言葉を交わすと、そのまま立ち去った。

 鳴雪の性格はのん気だが、一目置かれている大妖なのだ。


 潮風を受けながら、一行は島を目指す。この船に漕ぎ手はおらず、鳴雪たちの神通力で動かしている。

 最初、神通力で船そのものを出すということも考えたらしいが、もし何かあった時、途中で力が途切れてしまえば船が脆くなる恐れがある。大きなものを出すという行為は、それなりにリスクもあるようだ。海の真っ只中で船が消えるなどとは考えたくもない。


 莉々(りり)は船べりから島を見遣った。

 ――鬱蒼としていて気味が悪い。

 樹海だとは聞いていたけれど、それにしても薄暗さが漂う。少しもよい印象は持てなかった。


「そろそろ上陸だな」


 砕花(さいか)が気を引き締めるよう促しているのか、そう言った。

 船に乗っていたのは、精々二時間くらいだった。酔わずに済んでよかったと莉々はほっと胸を撫で下ろした。そばにいた(てん)を見上げると、潮風に黒髪と袴の裾をなびかせ、いつも以上の厳しい面持ちで島を睨みつけている。

 幼なじみの紫緑(しろく)もこの世界に迷い込んでいると判明し、心配事も多いのだ。


 浜に誰かがいるわけでもない。船はそのまま浜へ突っ込む形で乗り上げた。多少の衝撃はあったものの、莉々も心構えをして船べりにしがみついていたので、転がることはなかった。


「さて、降りようか」


 林火(りんか)はこの薄暗い島に臆した様子もなく、着物の裾ひとつ乱さず軽やかに島に降りた。それに水巴と秀真も続く。砕花はちらりと鳴雪を見遣り、それから降りる。皆、船べりから飛び降りている。

 少しの高さがあった。天はともかく、莉々には少しつらい。


「莉々、行けるか?」

「う、うん」


 天にはそう返事をしたものの、不安はある。下は砂浜だから、着地に失敗しても大怪我はしないだろう。ここは思いきって――


「俺が先に降りて受け止める」


 そう言うと、天は船べりを飛び越え、砂浜に降りた。振り返る天を莉々が見下ろしていると、莉々の上に影が落ちた。鳴雪が急に莉々を横抱きに抱える。莉々が悲鳴を上げてもお構いなしであった。


「莉々殿は私が運ぼう」

「あ、そ、その――」


 重たくない? という言葉が出るより先に、鳴雪は上機嫌で莉々を抱き上げたままふわりと跳んだ。それは重力など感じさせない緩慢な落下だった。そっと、莉々を気遣いながら着地すると、鳴雪は再び微笑みながら莉々を下ろした。


「あ、ありがとう」

「礼には及ばぬよ」


 そんな鳴雪をギロリと睨む天の方を向かず、鳴雪は慌てて話題を変えた。


「し、しかし、ここへ着いて確信した。私の妖力が増しておる」


 そのひと言に、天は表情をゆるめた。


「それって、お前の手下の誰かがいるってことだな?」

「そうだ。この気配はやはり月斗(げっと)だ」


 それを聞き、莉々は安堵した。

 この不気味な島に長居はしたくないというのが本音である。すぐに月斗が見つかったのは幸いだった。


「すぐに出てくるといいんだけどな」


 何故か砕花がそんなことをぼやいたけれど。

 鳴雪もなんとなく困った顔をして、それでも深く息を吸い込んで声を発した。


「月斗、私だ。出てこい」


 張り上げているわけではないけれど、よく通る声だ。拡張機でも使ったかのような音の広がりは、神通力のなせる技だろうか。

 けれど――


 シーン、と静まり返った場に、潮騒と鳥の声だけがある。

 天が疑わしげな目を鳴雪に向けた。


「おい」

「い、いや、いるにはいるのだ」


 と、鳴雪は慌てた。水巴(すいは)が深いため息をつく。


「月斗は――人見知りなのだ」

「へ?」

「要するに、天と莉々、見ず知らずのお前たちがいると出てこない」


 二人は呆然と立ち尽くした。


「そんなこと言われてもな……」


 天と共に困惑する莉々に、秀真が健気にフォローする。


「私も最初はそうでしたが、莉々様ならば大丈夫。月斗もすぐにわかってくれるはずです」

「ありがとう、秀真くん」


 莉々に笑顔を向けられ照れる秀真を放置し、天は不機嫌な顔で言った。


「で、どうするんだ?」

「うむ、とりあえず私だけ離れて接触してくる」


 ため息交じりに言った鳴雪を皆は見送り、浜で待つ。



     ❖



「月斗、こら、出てこーい」


 鳴雪は密林に足を踏み入れながら手下の一匹に呼びかける。

 あまり深く入り込むつもりはないのだが、月斗は莉々と天から姿を視認できるような位置では寄ってこない。それがわかるから、少しばかり踏み込むしかなかった。

 すると、近くでザッと音が鳴り、気配がした。獣の立てる音だ。


「月斗、ここにいるのは私だけだ。いい加減に姿を見せろ」


 鳴雪が嘆息すると、苔の生えた湿った木の根辺りから、一匹の狸が顔を見せた。小さな熊かと思うほど黒に近い、濃い毛色をした雄狸だ。


「うむ、無事だな? 姿を見て安心したぞ」


 狸はキューンと鳴く。


「狸型では話せぬだろう? 早く人型になってくれ」


 大まかな意思の疎通はできても、細かな状況の説明まではできない。そのため、人型である方が融通は利くのだが、月斗は人型が嫌いなのである。

 けれど、総帥である鳴雪の言いつけとあらば渋々ながらにポン、と音を立てて変化へんげする。

 その姿は、黒い衣に覆われていた。頭の先からつま先までを覆い隠し、その暗い中に眼だけがキラリと光る。細身ながらに、シャンとすれば背は高いのだが、背中を丸めて立っている。


「鳴雪様、お久しゅう」


 ボソ、と低く細い声で言う。鳴雪は苦笑した。


「ここで落ち着いている場合か。封印が破られた衝撃で散り散りになったからといって、私を捜す気はなかったのか?」

「ここはよいところです。ヒトも厄介な妖怪もおりませぬ。心が落ち着きまする」


 もともとつき合いのよい方ではないのだが、何か引きこもりに拍車がかかった気がしないでもない。


「砕花たち同胞はらからもおるのだ。そう警戒せずともよかろうに」


 鳴雪が呆れて言うと、月斗はブルブルとかぶりを振りながら震えた。


「ヒ、ヒトがおるではないですか。ワ、ワタシは化けるのが苦手なのです。ヒトの前なんぞに出てしまったら――」


 と、ただ震える。

 月斗は百匹頭の中で一番、変化が苦手なのだ。上手く化けられず、醜い姿をさらしたくない、とこうして黒い衣をまとっている。青畝せいほも耳や尻尾は上手く隠せていないのだが、月斗はもっと中途半端だと自分で感じるらしい。


 それは、月斗がしっかりと人間を観察し、特徴を知らずに化けようとするからだ。月斗の妖力そのものは決して弱くはない。百匹頭になるほどなのだから、むしろ強い。

 けれど、苦手意識を一度持ってしまうとなかなか克服はできないらしい。


「そも、あのヒトたちはなんなのですか? あの二人がいては、ワタシもオチオチ近づけませぬ」


 ボソボソとぼやく月斗に、鳴雪はその質問を待っていたかのように満面の笑顔で言う。


「莉々殿とその兄の天殿だ。莉々殿には私の生涯の伴侶となってもらいたいと思うておる」


 いつかの秀真のように、拒否反応を示すだろうと鳴雪は思った。けれど今は、秀真も必要以上に莉々に懐いたことだし、月斗もそのうちに馴染むだろうと鳴雪は楽観的に考えた。

 ただ、月斗は小首をかしげるような仕草をした。鳴雪は苦笑する。


「なんだ、彼女は人間だとでも言いたいのか?」

「はい。それからもうひとつ」

「ん?」

「なってもらいたい、なのですか? 伴侶にすると断言されませぬのは、あの娘がそれを承諾していないかのように聞こえるのですが」


 グッ、と鳴雪は言葉に詰まった。月斗はおかしなところで鋭い。

 黒衣の奥からじぃっと探るような目をする月斗に、鳴雪は仕方なく言うのだった。


「ま、まあ、そうだな、まだ確約はない。種族の隔たりもある。それを超えて私の伴侶になってもよいとは簡単に言えぬのだろう」

「あの娘の気持ちはどうなのです? 鳴雪様をお慕いしていると言われたことはあるのですか?」


 痛いところを突いてくる月斗に、鳴雪の方が落ち込みそうだった。


「あ、いや……それは……」

「ないのですね?」


 心がえぐられるひと言である。


「う……うむ」


 重たい空気を背負い出した鳴雪に、月斗はあっさりと言うのだった。


「でしたら、何もあの娘でなくともよいではござりませぬか。鳴雪様の伴侶となりたいメスは掃いて捨てるほどおりますよ」

「や、それは駄目だ。莉々殿と出会ってしまった以上、他など考えられぬ」


 そんな鳴雪の熱弁を、月斗はゆっくりとうなずいて聞いていた。


「そうですか。では仕方がありませぬ。惚れ薬でもお作り致しましょうか?」


 どうして会話がこうなったのか。鳴雪は月斗を連れに来ただけである。

 疲れを感じて鳴雪はかぶりを振った。


「そうしたもので莉々殿の心を操っても虚しいだけだ」

「左様ですか?」


 月斗なりに鳴雪を思ってのことなのだが、そんなことを頼めるはずもない。

 ふと、そこで月斗は言った。


「時に、あの兄はどうなのですか? 妹を鳴雪様の伴侶にするつもりはあるのですか?」


 それもまた痛い質問である。


「いや……」

「でしょうな」


 その木々の隙間から、月斗は莉々や天のいる方向に体を向ける。木々に阻まれ、見えてはいないのだろうけれど、何かを感じ取っているようだ。


「しかし、あの兄、尋常ならざる霊力を宿しておりますな。我らと相性がよいとは申せませぬ」


 月斗の声には怯えが混ざり、棘を持っていた。鳴雪は取り成すようにささやく。


「天殿はあの封印を施した()の末裔だ。今は封印の霊力をその身に宿している。再び封印を張り直すためには協力が不可欠だ」

「張り直す――そうでしたか。では、あの兄も繋ぎ止めておかねばなりませぬな」


 ザワ、と枝葉が揺れる。どこか含みのある声だった。


「……月斗、とりあえず戻るぞ。まだ利玄(りげん)普羅(ふら)青畝(せいほ)を探さねばならないのだ。狐の横槍もある。早く力を取り戻さねば」


 という鳴雪の言葉をすでに聞いていなかったのか、月斗はふたたび音を立てて狸の姿に戻った。

 そうして、手を振るように前足を高く上げて密林の奥へ消えた。


「こら! 月斗!!」


 鳴雪が叫んでも、月斗は振り返らなかった。

 最後に見せたあの仕草は、『畏まりました』ということであったように思われるだが。

 仕方がないので、また間を置いてから探すかと鳴雪は嘆息した。

挿絵(By みてみん)


船から降りる時、莉々に梯子を出してあげれば済むのに出さなかったのは狸たちの配慮ですね(え?)

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