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パラレル808  作者: 五十鈴 りく
肆・不夜城
17/46

肆 ~一~

「え? 青畝(せいほ)ちゃん、いないの!?」


 朝一番に支度をして部屋を出ると、百匹頭狸の青畝がいなくなったと聞き及び、莉々(りり)はがっかりした。(てん)が言うには、夜中に用を足しに行き、そのまま戻らなかったそうだ。

 砕花(さいか)は怒り心頭。鳴雪(めいせつ)はやれやれといった様子でぼやいた。


「やはり、青畝を繋ぎ止めるには、普羅(ふら)がいないと駄目だな」

「普羅?」


 天が訊ねると、林火(りんか)が苦笑しながら教えてくれた。


「百匹頭の一匹だよ。青畝の父親さ」

「なるほど。そっちを先に探さないと、また糸の切れた凧状態でキリがないわけか」


 せっかく見つけたというのに、厄介な仔狸だ。けれど、可愛かった。また会いたい、と莉々は思う。


「その普羅さんはどこにいるのかな? 次はどうする?」


 砕花はため息をついてようやく怒りを押しやると、ボソリと言った。


「とりあえずえつの国へ行くか。残りのやつらの誰かしらに会えるかもしれん」

「まあ、どちらが正解かもわからぬことだ。とにかく動くか」


 と、鳴雪も賛同した。

 越の国に抜けるためには、虫獲りをした山を越えなければならないらしい。

 莉々はあの山で縊鬼(いつき)と呼ばれる幽霊に出会った。もとは美しい女性で、彼女は自分が生まれ変わる身代わりとして莉々をとり殺そうとした。憐れな女性ではあったけれど、莉々はあの時のことを思い出してブルリと一人身震いする。

 そのことを知っているのは鳴雪だけである。天には心配をかけてしまうから語らなかった。



 莉々は山の麓にあった社に、今度こそしっかりと無事を祈った。天はそんな莉々を不思議そうに眺めている。

 天は莉々とは違い、怪異を退けることができるほどの霊力を持つ。神頼みの必要もない。それは莉々にとっても頼もしい限りではあるけれど。

 これから山越えをするとしても、皆が一緒だと思うと怖さは幾分和らいだ。皆がいれば大丈夫だと。


 山へ踏み入って、ふと、ある地点で鳴雪が莉々の手を取った。そこはあの縊鬼の()()に出会った場所が近かった。莉々が首をくくるところだった木が見えた。キュッと目を瞑った莉々の手を鳴雪は握り締めた。

 あの時、鳴雪は本気で怒っていた。心底、莉々がいなくなることに怯えた。


 その想いに、莉々もほんのりとあたたかな気持ちになった。

 大きな手に、不安が落ち着く。けれど――

 どれくらいか経って気づいた天が、鳴雪の手を叩き落とした。ぎゃん、と騒いで手を離した鳴雪に、莉々は苦笑する。


「油断も隙もない……」


 そう言って青筋を浮かべた天には、莉々の気持ちが読めるわけではなかった。



     ❖



 無理をせず、休み休み山を越えた。それは体力のない莉々のためである。

 丸一日かけて、そうして越の国側の麓で夜を明かし、関所を抜ける。関所を抜けるための手形など、鳴雪たちには不要である。鳴雪が名乗りさえすればそれでよかった。鳴雪は妖怪であるけれど、害をもたらす妖怪ではないのか、大妖としてむしろ敬意を払った対応をされた。


 国をまたいだとは言っても、すぐに劇的な変化があるわけではない。ゆったりとしたのどかな辻が延びているばかりだった。

 せつはりの国よりも、やや旅人が多かったかもしれない。荷車を()いていたり、物流も盛んな様子だ。旅装の子供もおり、莉々はそうした風景を眺めながらのんびりと言った。


「賑やかな国なんだね」


 すると、砕花は淡々と言った。


「ん、まあそうだな。よそからわざわざここまで遠出するやつもいるんじゃないか」

「そうなの?」


 田舎から町までショッピングに出かけるようなものか。莉々の認識としてはそれだったのだが――

 鳴雪が砕花に何か言いたげな視線を向けていた。


 そうして、一行はそのまま辻を歩いてい緋原ひばらという町に辿り着いた。その名のごとく、緋色が建物の多くを彩る。

 町のいたるところに吊り下げられた提灯や灯篭は、昼には無用なものである。この町は、昼と夜とでは違う顔を持つのかもしれない。

 何故か鳴雪は、ここへ来てから落ち着かない様子だった。


「鳴雪さん、どうしたの?」


 莉々が思わず訊くと、鳴雪はぎこちなく首を振った。


「いや、どうもしないっ。こ、この町は早く抜けてしまった方がいいと思うのだ」


 そんな鳴雪に、林火が陰で忍び笑いをしていた。天も莉々も顔を見合わせるばかりである。砕花は懐手のまま嘆息した。


「まあ、別に用もないことだしな。いいんじゃないのか?」

「そうそう、砕花にはあたしがいるし」


 そのひと言を砕花が流した瞬間に、カラカラカラと車輪の音が遠くから響いた。

 それは大きな屋根つきの人力車だった。二人がかりでこちらに向かってやってくる。漆で塗り固められ、頑丈そうな作りをしていた。

 艶やかな車体には金糸の房がいくつもついており、それが激しく揺れている。どう見ても身分が高い者の乗り物だった。


 人力車は莉々たちの横を抜けるのではなく、手前の道を直角に折れた。その時、小さな窓――物見から乗り合わせている人物の顔が見えた。

 莉々はその人物が意外すぎて驚いた。


 それは、少女だった。涼しげに整った目元から、美しい少女であることがわかる。時代劇で観たような、頭巾を被った悪代官が乗っていそうに思えたので、少女であったことが予想外だった。

 人力車はそんなことなどお構いなしに去りゆくのだが、莉々の隣で動いたのは鳴雪だった。


水巴すいは!!」


 鳴雪が叫んだのは、彼女の名前だったのかもしれない。車を追おうとした鳴雪の袖を砕花が引き止める。


「鳴雪、下手に動くな!」


 その時、鳴雪は一瞬牙を剥くように歯を食いしばった。それから、意識して自分を落ち着けたように見えた。林火も眉尻を下げてつぶやく。


「あの車、とんでもない霊力で覆われてましたよ。いくら水巴でも、あれじゃあ身動きが取れやしません。鳴雪様のもとに駆けつけてこられないはずです……」


 狸たちの会話に、天が呆然と割り込む。


「その名前、前に聞いたな。百匹頭のうちの一匹だ。それが誰かに捕らえられたってことか?」


 鳴雪はグッ、と言葉を飲み込む。


「そうなるのか。けれど、一体誰が……」


 砕花も首をかしげた。


「わからん。狐の仕業でもなさそうだし、あの霊力からして、相手はヒトか?」

「ねえ、この先の道に入っていったよ? 追いかけなくちゃ」


 百匹頭の水巴が捕らえられたというなら、助けに向かうしかない。焦った莉々が車の去った方を指さすと、鳴雪は急に怯んだ。


「莉々殿、莉々殿は林火と待っていてほしいのだが」


 そう言われて莉々は悄然とした。鳴雪は莉々が足手まといだと言いたいのだろう。


「役に立たないのはわかってるけど……」

「そ、そういうことではない」


 妙に鳴雪の歯切れが悪い。莉々がじっと鳴雪を見つめると、砕花が横から言うのだった。


「鳴雪、別行動は危険だ。一緒に動く方がいい」

「え!?」

「遊里とは言っても、特に疚しいこともないだろう?」


 あっさりと言った砕花に鳴雪は慌てたけれど、莉々にはあまりよく伝わらなかった。天はある程度察したようだが、莉々に噛み砕いて説明するつもりはない様子だった。


「おい、とりあえず急ぐぞ」


 砕花が苛立った。ここで押し問答をしている場合ではないのだ。

 林火も水巴が心配なのか、不安げに胸の前で手を握り締めた。



     ❖



 車が去った先は坂道になっていた。

 急なその坂を車を牽いて走るのは大変だったのではないかと、莉々はなんとなく思った。

 その坂の上には大きな緋色の門があった。莉々が高い門を見上げていると、狸たちはそろって顔をしかめた。


「くっ……」


 一瞬にして林火の顔色が蒼白になる。莉々は突然のことに驚いた。


「林火さん?」


 今にも倒れそうな林火に寄り添うと、同じように顔色を失くした砕花が、莉々だけでは支えきれない林火の腕を取る。

 しかし、砕花も気力で立っているように見えた。鳴雪はまだましな方で、鋭い目をして門の先を見据えていた。


「どうしたんだ?」


 天も莉々と同じく何も感じていないふうだった。そんな二人に、鳴雪は言う。


「結界が張られておる。これはヒト以外の進入を防ぐもののようだ」

「でも、あの水巴って娘は中に入ったんだろ?」

「そうだ。あの車からしてそうだった。結界の中に閉じ込められておるのだ」


 林火や砕花の様子からして、その結界は強力なものらしい。莉々が気遣わしげに二匹を見遣ると、砕花は血の気の失せた唇で言った。


「細かい話はここから離れてからにしてくれ」


 林火も朦朧としているようだった。莉々と天で林火を支える。砕花は鳴雪の手を断ってなんとか歩いた。


 とりあえずは旅籠に泊まることにした。金子は心配するなと言う。

 案内された大部屋で林火を休ませると、しばらくして少しは楽になったらしい。林火は畳の上で苦笑いする。


「ごめんなさいねぇ。ちょっと結界の霊気にあてられちゃったのよぅ」

「そんなに強かったのか? 俺たちにはさっぱりわからなかったけどな」


 あぐらをかいた天が言うと、砕花は嘆息した。


「お前自身が強い霊力を持ってるからな。そりゃあわからんだろう。あれは意思を持って、俺たちあやかしを排斥している」


 蚊取り線香のようだと、莉々は内心で失礼なことを思った。もちろん口には出さない。


「しかし、中に水巴が捕らわれている以上、入らぬわけにもいかぬな。砕花と林火はここで待つといい。私が行く」


 鳴雪がいつになく真面目にそう言うと、二匹は難しい顔をした。


「あの結界を張った者がいるのだ。お前もあの霊気に参っていないわけではないくせに。水巴と一緒に捕らえられるのがオチだ」

「そうですよぅ。それじゃあ水巴も困ってしまいます」


 そこで天は大きくため息をついた。


「要するに、俺が行けばいいんだろ?」


 すると、三匹はいっせいに天の方を向いた。


「天殿が!?」

「天が遊里に?」

「あらヤダ」

「――変な言い方するなっ!」


 すっかり怒ってしまった天に、林火は口元に手を当ててコロコロと笑った。


「確かに天くんが行ってくれると助かるんだけど、水巴がねぇ」


 砕花も目をスッと細めてから首を振った。


「あいつは頑固だからな。天みたいに霊力の高い人間が鳴雪の使いで来たなんて言っても、まず信じないだろう。中に入ることはできても、水巴を連れ出せるかどうか……」


 けれど、そんなことを言っている場合でないと、誰もが承知していた。そばに近づいただけで狸たちが疲弊する結界の中にいるのだ。早く助けなければ、水巴の体が持たないだろう。

 莉々はそっと言った。


「じゃあ、わたしもお兄ちゃんと一緒に行くね。女の子だったし、わたしが話した方がいいのかも」


 すると、その場の全員が固まった。林火が苦笑する。


「え? 莉々ちゃんにあそこはちょっとねぇ」


 そして、珍しく鳴雪と天の息が合った。


「駄目だ」


 と、異口同音に短く言う。


「水巴のことは心配だが、莉々殿を危険にさらしたくない」

「俺がなんとかするから、お前は留守番だ」


 莉々は恨めしげに二人を見た。


「ここでもめてる場合じゃないでしょ? お兄ちゃん、失敗したらチャンスはもうないかもしれないんだよ」


 そのひと言に天は押し黙った。砕花はふぅ、と息をつく。


「俺は、莉々にも頼みたい」

「砕花!」


 鳴雪が驚いて砕花を見た。砕花の顔に表情はない。


「莉々の身は天が護るだろう。なあ、鳴雪、水巴が苦しんでいる。早く助けてやりたい」

「それは……」


 しょんぼりとした鳴雪の様子に、莉々は困惑した。林火は抑えた声音で言う。


「莉々ちゃん、水巴をお願いできる?」

「うん!」


 力強くうなずいた莉々に、天は苦々しい面持ちだった。


「絶対に俺から離れるなよ」


 そうして、莉々と天は遊里に潜入することになった。

 

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