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パラレル808  作者: 五十鈴 りく
参・鬼求代
13/46

参 ~一~

 今、八百八狸の長、隠神刑部狸いぬがみぎょうぶだぬき鳴雪(めいせつ)手下(てか)の百匹頭狸、砕花さいか林火りんかと共にいるのは、せつの国という土地であった。

 鳴雪たちと行動を共にするのは、西原(さいばら)莉々(りり)(てん)の人間の兄妹だ。皆ではぐれた百匹頭狸を探し出す旅を続けている。


 摂の国は、一見するとのどかな青田の広がる国ではあるけれど、その実、安全ではない。この世界は妖怪の跋扈する地。危険はどこにでも存在する。

 人間でありながらも霊力の強い天とは違い、莉々には身を護る術がない。しかし、莉々を伴侶にと望む鳴雪の手前、狸たちも莉々を護るのだった。

 しかし、当の莉々は鳴雪に嫁ぎたいわけではない。兄妹の願いはこの歪な世界を元に戻し、普通の日常を取り戻すことである。そのためには狸たちの力が必要であり、当座は行動を共にしている。


「――青畝せいほの行方はつかめそうか?」


 そう手下に訊ねる鳴雪は、袴の似合う優しげな青年にしか見えない。耳も人間のものと変わりなく、尻尾もない。

 今いる二匹の手下、砕花と林火は、尻尾は隠せているものの、耳だけがフサフサとした狸の耳である。それを思うと、鳴雪の化け方は完璧だった。

 砕花はその耳を除けば中性的な美少年であり、狸というよりはむしろ狐に見える。それを言うと怒られるのだが。

 砕花はゆるくかぶりを振った。


「いや。近くにいる気配はないな」


 林火はふぅ、とため息をついた。林火は、やや上背のある美女の姿をした雌狸で、縁の丸い眼鏡をかけている。その眼鏡が知的な印象を強めていることから、眼鏡は人間に化ける時のコスチュームのひとつなのかもしれない。


「青畝を追いかけるより、他の仲間を捜した方が早かったりしてね」

「……そんなに気ままなんて、その青畝ってどんなやつなんだ?」


 和装がすでに板についている天は、そう言って癖のない黒髪を揺らした。

 砕花と林火は顔を見合わせた。そして、砕花はため息交じりに言う。


「まあ、仔狸だな」

「え!」


 莉々は思わず顔を輝かせた。林火が通力で新たに出してくれた蝶柄の着物を着て、髪もひとまとめに結ってもらっている。鳴雪からは似合うと大絶賛された。

 莉々は動物好きで、鳴雪が狸の姿でいる方が喜ぶくらいである。仔狸と聞いては期待しないはずもない。


 ただ、鳴雪は自分以外が莉々に抱き締められたり撫でられたりするのが気に入らないので、手下の二匹には狸型になることを禁じている。そんな横暴なことを言い出すほどには気に入らないのである。


「早く会いたいな」


 嬉しそうに言った莉々に、鳴雪は微笑む。ただ、笑顔を保つものの、無言で返事をしなかった。何かを考えているとして、他の者にはその考えが透けて見えただろう。

 その時、砕花は考え込むような仕草をした。


「しかし、他のやつらも遅すぎる。いくらあの時の衝撃が強かったとしても、動けぬほど負傷する程度の狸はいなかった。いい加減に向こうから来てもいいだろう? 他はともかく、あの真面目な二匹が遅いというのも気になる」

水巴(すいは)秀真(ほずま)かい?」


 林火も表情を険しくした。


「そうだけど、どこまで飛ばされたのかわからないしね。鳴雪様の領地のの国で、大人しく待ってるとは限らないか……」


 鳴雪には領地まであるらしい。狸なのに領主だ。


「鳴雪が留守なんだ。じっと待っているとは考え難いな」

「まあ、最終的にはそこを目指すとして――って、あのさ、ところではりの国から急に摂の国まで来ちまったんだろ? もしかするとそのせいで播の国で鳴雪様を見失って立ち往生してるかもしれないよ」

「かと言って、確信もなく播の国まで戻るのもな。さて、どうするか……」


 二匹の狸が考え込む。けれど、莉々としてはその青畝を早く探してほしかった。


「じっとしているっていう選択肢もあるのか?」


 天がポツリと言った。先日、辻神の悪戯で散々な目に遭ったのだ。できることならば動かずに他の百匹頭狸が来てくれる方がありがたいのだろう。

 けれど、鳴雪は苦笑した。


「なくはないが、急ぐならば探した方が良いな」

「急がないと世界が完全に混ざるからか?」


 天が訊ね返すと、砕花が小さく嘆息して言った。


「それもあるけれどな、俺たちが散り散りになっている状況は、言わば弱体化しているのだ。他の妖怪につけ込まれる。俺たちにもそれなりに天敵が、な」

「狸の天敵――狐か?」


 それくらいしか思いつかなかったのか、天が問いかける。

 あながち間違いでもなかったようで、そろって三匹の表情がなくなった。


「それだけとも言わぬが、まあ、それもだな」


 そうつぶやき、鳴雪は苦笑した。


「なあ、その青畝って仔狸がフラフラして、狩られでもしたらどうするんだ? 鳴雪の力は戻らないのか?」


 縁起でもないことを天は口にした。複雑そうに顔をしかめ、砕花は言う。


「すべて狩り尽くされたら話は別だがな、一匹二匹のことなら配下から代表を選ぶ。新たに野狸から加えもするしな。規定以上の通力さえあれば問題ない」 


 なかなかシビアな世界だ。組織の中で代替が利く、それは人の世でも狸の世でも同じなのだけれど。

 ただ、その時、鳴雪が突然砕花に抱きついた。砕花は目を白黒させるばかりである。


「砕花、私は八百八の手下のすべてを大切に思うておる。手下は友であり家族であるのだ。問題ないなどと切ないことを言ってくれるな」

「あ、鳴雪様ずるいですよぅ」


 と、林火も競うように砕花に抱きつく。二人に暑苦しく抱き締められてもがいている砕花の表情は見えないけれど、莉々と天は顔を見合わせて笑った。狸とは情が深い生き物である。



     ❖



「――青畝を釣るにはまず、餌が必要だ」


 砕花が突然そんなことを言った。


「餌? ご飯?」


 莉々は小首をかしげる。相手は仔狸だ。お菓子でもあればいいのだろうか。


「なんだ、罠でも仕掛けるのか?」


 天の言葉に林火は明るく笑った。


「青畝はね、好奇心が旺盛で、じっとしていられないのさ。だから、その好奇心を満たしてやれば、きっと喜んでやってくるよ」

「好奇心なぁ。例えばなんだ?」


 狸の興味を引けるものとはなんなのか、莉々や天にはピンと来ない。

 そこで三匹は何を想像したのか、嫌な顔をした。


「……あいつは無類の虫好きだ。珍しい虫を集めればいい」

「む、虫っ?」


 愕然としたのは莉々である。虫好きな女子の方が圧倒的に少ないだろう。

 あの、なんとも言えないグロテスクな腹と細く不気味に動く脚。特に仰向けになった虫が莉々は大の苦手である。ゴキブリが出た日には我を忘れて取り乱してしまう。仔狸には会いたいけれど、虫は嫌だ。

 そんな事情を知る天は少し心配そうに莉々を見遣った。三匹の狸は相談を続けている。


「手分けして探すか? 数を集めておかないとすぐに飽きるだろう?」

「そうねぇ、それか大きな虫の方がいいのかしらねぇ」

「うむ。二人一組になって探そう」

「では、一人あぶれるな。俺だけ単独でいい」

「あたしは砕花と行きたかったのに、仕方ないねぇ。じゃあ、あたしは莉々ちゃんと行くよ」


 林火が残念そうにぼやくと、鳴雪が慌てた。


「あ、莉々殿とは私が! 林火は天殿と……」


 二人一組と言い出したのは鳴雪だ。その慌て具合に下心が透けて見える。

 天はイラッとしながら言った。


「莉々とは俺が行く」

「天、お前たち兄妹だけでは、どれが青畝の好きな珍しい虫が判断できないだろう? だからその組み合わせはなしだ」


 砕花にもっともなことを言われ、天も反論できなかった。恨めしげに鳴雪を睨むと、鳴雪は疚しいせいかビクリと肩を跳ね上げた。天は通常よりも一段低い声で言う。


「仕方ない。莉々は林火に任せて俺はお前と組む」

「え、あ、まあ、そぅ、だな」


 歯切れ悪く、鳴雪は渋々答えると項垂れた。そんな様子を見て林火は苦笑する。


「別にあたしも単独でいいんですよぅ? 単独とは言っても、妖狸たちがいてくれますからねぇ。莉々ちゃんは鳴雪様と天くんと一緒に行ったらいかがで?」


 莉々は他の皆と違って一人と数えるのもおこがましいほど、なんの力もない。林火に同行したところでただのお荷物だ。それなら天と共にいた方がいい。


「いいのか?」


 念のために天が訊ねると、林火はにこりと笑った。大人の余裕である。


「あたしは平気さ。ちゃんと何かしら捕まえてくるからね」

「でも、気をつけて」


 莉々が言うと、林火はうなずいた。それから、砕花に顔を向ける。


「さて、虫を探すなら野か山か林ってところかねぇ。そうだね、珍しい虫を狙うなら山がいいかしら。麓と中腹辺りを探してみようか」

「では、俺が中腹に行く。林火は麓。三人はその間でどうだ?」

「あまり離れるのもよくないし、鳴雪様があたしたちの間にいた方がいいものね」

「うむ。そうしてくれるとありがたい」


 手下の二匹が離れすぎると、鳴雪は弱体化してしまう。そこを考えての配置だった。

 そうして、一行は行動に移る。この摂の国の辻を抜けた先にあったのは、小さな集落と小さな山だ。この山を越えて行けば隣のえつの国だという。集落に寄る必要もなく通過し、その山を目指すことになった。


 山の手前には小さな社が建てられていた。無事に山越えできるようにと、ここで祈願して行くのだろう。

 そんなことを莉々は考えていたけれど、狸たちはそろってその社に見向きもしなかった。神仏など、彼らには関わりがないのか。気休めに頼らずとも、彼らには山越えを確実にこなせる力があるからだろう。

 天も特に気にした様子はない。だから、莉々もそれ以上は気にしなかった。

 ――ただ、お供え物の中に缶コーヒーがあった気がする。



 まず、麓で林火と別れ、四人は山へと分け入る。


「この世界は、俺たちの国の数百年前の時代に似ているみたいだ」


 天が何気なくつぶやくと、先を歩いていた鳴雪が振り向いた。


「封印に閉じ込められるまでは同じであったのだ。それも当然だろう」

「……封印されたのは、妖怪たち? 少なくとも俺たちの世界に妖怪は実在しないからな」

「まあ、そう思ってもらって間違いではないな。こちらにはヒトもおるのだが」


 天と莉々の先祖がその封印を施した術者であると鳴雪は言った。

 そんな時代の先祖のことなどよく知らないけれど、その先祖は人間の暮らしを護りたかったのだろうか。

 それなら何故、すべての人間を封印の外に出さなかったのだろう。この世界には一定数の人間もいるのだ。


 封印は、一体何のためのものであったのだろう。

 その答えを出せるほど、二人には情報がなかった。だから今は深く考えないことにした。

 とりあえずは鳴雪の手下を集めきるべきだろう。



 木々が青く茂る様は生命力に溢れている。小さくとも豊かな山だった。木漏れ日が差し、鳥のさえずりが聞こえる。莉々は眩しい光に手をかざして上を見上げた。

 山道を慣れない草履で登るのだ。天と莉々にはそれなりの負担だった。


「莉々殿、疲れたらいつでも言ってくれ。私がおぶ――」

「黙れ」


 そんなやり取りが途中で何度か繰り返されたが、苦笑いする莉々と立ち入らない砕花だった。

 この先は獣道といった場所まで来ると、そこで砕花は振り向いて告げた。


「ここからは俺だけで行く。じゃあな、この辺りで虫を生け捕りにしろよ」


 あっさりと背を向け、俊敏にその先の茂みに身を投じる。砕花の姿は瞬く間に見えなくなった。

 もしかすると、たまには狸型に戻りたくて単独で行くと言ったのもしれない。莉々は砕花が狸の姿になっているところを想像して心が弾んだ。

 けれど――


「よし、では私たちも虫捕りだ」


 その鳴雪のひと言に、莉々のテンションは著しく下がった。

 

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