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パラレル808  作者: 五十鈴 りく
弐・辻神
12/46

弐 ~四~

 莉々(りり)鳴雪(めいせつ)のおかげで辻神の試練を越えることができた。出てきた妖怪は首のない馬で、あまりの不気味さに莉々が悲鳴を上げて鳴雪にしがみつくと、鳴雪はデレデレと嬉しそうだった。

 首のない暴れ馬の蹄が二人に迫ると、鳴雪は一瞬だけうっとうしそうに表情を変えた。莉々を抱き締めて、チッと短い舌打ちをする。


 莉々が腕の中で震えていている間、鳴雪はこれといって動かなかった。

 馬の蹄はどうなったのか。それなりに長く感じられたけれど、実際は短い時間だったのだろうか。

 莉々にはもう、よくわからなかった。


 あまりにも何もないので、莉々が締めつける鳴雪の腕からなんとか顔を上げて辺りを見ると、首のない馬は消えていた。


「め、鳴雪さん、あの馬は?」

「ああ、もう心配は要らぬよ」


 優しい声で答える。けれど、莉々は恐ろしくてあの馬をどうしたのかとは訊けなかった。

 心配要らないと言うわりに抱きすくめられているのは何故か。鳴雪はいつまでも莉々の背を撫でている。

 莉々が困っていると、いつからそこにいたのか砕花さいかが呆れたような目をして言った。


(てん)がいないからって調子に乗っていると、あとでうるさいんじゃないのか?」


 懐手で涼しげな砕花は、妖怪に遭遇しなかったのかもしれない。


「砕花さん!」


 莉々は慌てて鳴雪を押しのけると、鳴雪は名残惜しそうに離れた。そうして、拗ねた顔を砕花に向ける。


「そういえば天殿はまだだな。まあ、天殿ならば首切れ馬くらいでそう不覚を取ることもなかろうが」

「首切れ馬? 俺のところは()()()が出たぞ。道によって用意してある妖怪も違うんじゃないか?」

「そうなのか。まあ、大丈夫だろうよ」


 楽観的なのは天を見込んでいるからか、ただの性格か。多分、両方だろう。


「だといいんだけどな」


 むしろ砕花は少し心配そうにつぶやいた。そんな時、道の端にさっきまでいなかった人影がある。

 噂をすればということなのか、天その人だった。


「お兄ちゃん!」


 莉々が安堵から声を上げると、天もほっとしたように表情をゆるめた。

 そんな天の隣に一人の女性がいる。丸い眼鏡をかけ、やや長身に和装が映える。簪で止めた髪も莉々には大人っぽく感じられた。

 その女性は莉々たちの方に気づくと、パッと顔を輝かせた。その嬉しそうな様子は、大人の女性というよりもむしろ少女のように無邪気だった。

 鳴雪は驚いて彼女を呼ぶ。


林火(りんか)ではないか!」


 着物の合わせ目を押えながら駆けてくる彼女の髪が揺れ、フサフサとした耳が垣間見えた。莉々はあっ、と思わず声を漏らす。

 あの耳は、狸の耳。彼女も鳴雪の手下(てか)なのだろう。

 砕花は不意に一歩下がった。けれど、彼女は鳴雪の横をすり抜け、一歩下がった砕花の首にしがみついた。


「砕花! 会いたかったよ!」


 感動の再会なのかどうなのか。砕花は懐手のまま顔をしかめている。

 嬉しそうにはしゃぐ女性と、やや迷惑そうな砕花。二人の微妙な距離感よりも気になることがひとつ。


「……お前、本当に偉いのか?」


 砕花にも敬われていないが、この林火の目にも鳴雪は入っていない。天が思わずつぶやいたのも無理はなかった。

 密かに傷ついた様子の鳴雪に、林火はようやく気づいた。砕花から離れると、着物の裾をさっとそろえ、それから改めて照れ笑いを向けた。


「あら、鳴雪様、申し訳ございませんねぇ。決して無視したわけじゃあないんですよ? ただちょっと目に入らなかっただけで」

「眼鏡が合わぬのではないか? 作り直してはどうだ」


 拗ねてしまった総帥に、林火は困惑していた。


「えぇと、ですねぇ。では、改めて――」


 すらりとした体を折り、林火は鳴雪の前にひざまずく。そうして頭を垂れ、凛と響く声で言った。


「御許を離れてしまいましたこと、お詫び申し上げます、鳴雪様」


 鳴雪はようやく機嫌を直した。


「うむ。けれどあの状況では仕方あるまい。林火はどこまで世界の異変に気づいておる?」


 すると、林火は知的な眼差しで鳴雪を見上げた。


「どうやら封印が解け、境界が曖昧になったということだけは……」


 林火はちらりと天を見遣ると、それから言った。


「時に鳴雪様、こっちの彼とこの娘さんは鳴雪様のお供なのでしょうか? 実はあたし、鳴雪様の許可なく彼に伝膏を使ってしまいました。牛鬼の毒にやられて死にかけていたんですよ」


 莉々はハッと口元を押える。天は苦笑した。


「この林火さんに助けてもらったから、もうどこも痛くない。大丈夫だ」

「本当に?」


 胸を撫で下ろすと、莉々は林火に深々と頭を下げた。


「ありがとうございました!」

「いや、いいんだよ。気にしないどくれ」


 と、林火は朗らかに笑っている。

 それとは対照的に、鳴雪は軽く顔をしかめる。


「牛鬼とは……天殿の道は悲惨であった。よく判断してくれたな、林火。そこの天殿に万が一のことがあっては、私も困るのだ」

「はい、天くんと言うのですね……彼は強い霊力を持っています。ここで死ぬべきではない、そんな気がしたんですよ」


 林火がそう言うと、鳴雪は首をかしげた。


「えっと、そうではなくてな、天殿は私の兄上になるのだ」

「は?」


 鳴雪の発言に林火が唖然としたのも無理はない。当の天もイラッとした面持ちである。

 空気を読まない鳴雪は、堂々と莉々の肩を抱き寄せた。


「こちらは莉々殿。私が伴侶にと決めた女性なのだ。天殿はその兄上だ」

「あ、や、それは……」


 承諾したことはないんですけど、と莉々が慌てていても鳴雪はお構いなしである。天は鳴雪の手下である林火に命を救われたせいか、イライラとしながらも今は口を挟まずに押し黙っていた。砕花は我関せずといった様子で目を閉じている。


「それはまた……」


 林火は言葉をなくして砕花を見遣るけれど、砕花はなんのリアクションもしない。

 鳴雪は嬉しそうに言った。


「そうなのだ。早く皆に会わねばな。会って、莉々殿を紹介したい」


 皆を集めて世界をあるべき姿に戻すことよりも、そちらの方が重要であると言いたげだ。目的が摩り替わっている。

 けれど、誰も突っ込めなかった。


「……そういえば林火、この辺りに青畝(せいほ)がいなかったか?」


 鳴雪に構わず、砕花が訊ねる。思えば、その青畝という百匹頭狸を探すためにこの(せつ)の国に来たのだった。

 結果として林火に会えたので無駄足ではなかったものの、青畝はどこに行ったのだろうか。

 林火は小首をかしげた。


「青畝? うぅん、会わなかったよ」


 その返答に、砕花は疲れた様子で嘆息した。


「あいつ、この非常時にかこつけて好き勝手しすぎじゃないか?」


 そんな砕花の心労を鳴雪は笑い飛ばす。


「まあ、そのうちやってくるだろう」


 のほほんとした総帥に砕花は鋭く視線を飛ばした。それから少し考え込む。今後の行き先を思案しているのだろう。

 本当に、彼の方が苦労が多いのではないだろうか。



     ❖



 辻神の辻を抜け、一行は野宿できそうな野原に落ち着いた。


「そろそろ日も暮れますねぇ。ここいらでちょいと休みましょうか」


 林火がニコニコと提案する。疲れたという顔ではないけれど、そうは見えないだけで疲れたのだろうか。

 一番疲れていてもおかしくないのは天だ。莉々も天のことが心配でその提案に大きくうなずいた。


「うん、休みたい!」


 お兄ちゃんが心配だから、などと言ったなら天は素直に休まない。だから莉々は自分が疲れたということにした。莉々がそう言えば、天も鳴雪も反対することはない。


「よし、ではこの辺りで夜を明かすか」


 また砕花が小屋を出してくれる様子だ。集中している砕花に、林火は平然と言う。


「部屋割りはどうなるのさ? 鳴雪様と莉々ちゃんでしょ? あたしは砕花と一緒でいいんだよ」


 鳴雪が嬉しそうに顔を輝かせたけれど、喜んだのは鳴雪だけであった。


「男女ふた部屋しか用意しない。林火は莉々と一緒だ。天、それでよいな?」


 砕花がテキパキと決める。天もうなずいた。

 林火は残念そうにぼやいていたけれど、莉々はありがたかった。林火がいてくれれば、鳴雪が忍んでくることもなくなるはずだ。天もきっと同じように思ったのだろう。


 そんなわけで、賑やかな林火が加わった一行は急に華やかになった。女性が増えたのは、莉々にとってもありがたいことである。

 楽しく食事を済ませ、莉々は林火と一緒に風呂に入った。林火は肌が艶やかになるというぬか袋を出してくれた。こうしたことは男の鳴雪や砕花には思いつかない。


 湯上りにもあれやこれやと世話を焼いてくれた。林火は面倒見のいいお姉さんである。

 出してくれた浴衣はヤグルマギクの柄。二人は砕花の用意してくれた部屋でくつろぐ。

 眼鏡を外し、髪を下ろした林火が鏡台の前で櫛を通していると、フサフサとした狸の耳が覗く。莉々がそれに目を留めると、林火はコロコロと笑った。


「鳴雪様ったらひどいのよぅ」

「え?」

「狸型になるのは禁止とか言うんだからねぇ」


 砕花にも同じことを言っていた。その理由というのも――


「そ、それって、わたしのせい?」


 莉々が焦ると、林火は優しく笑った。


「莉々ちゃんのじゃなくて、鳴雪様のわがままでしょ。まったく、女のあたしにまで妬かなくったっていいのにねぇ」


 狸型になると莉々が可愛がるから駄目だと言う。非常に横暴な理由だが、手下の狸たちは逆らえないようだ。

 どこまで本気なのかわからない鳴雪の言動に、莉々がほんのりと赤面すると、林火は鏡台の上に櫛を置き、それから莉々が座っていた布団の上に来た。そうして、ちょこりと正座して向き合う。


「ねえ、莉々ちゃん」

「はい?」

「鳴雪様はどこまでも本気だからね」

「う……」


 林火がそう言うなら、そうなのだろうか。莉々が戸惑うと、林火は微笑んだ。


「あたしたち狸はねぇ、一途な生き物なのさ」


 莉々の眼をまっすぐ見据え、林火は優しい声音で言う。


「これと決めた伴侶とは一生添い遂げるの。どちらかが死ぬまでね。だから、中途半端な気持ちでは伴侶になんて、とても言えやしないんだよ」


 生涯変わらぬ想い。

 この世にそんなものがあるのだろうか。

 莉々はまだ、自分は子供だと思う。そんな気持ちはわからない。


「じゃ、じゃあ、林火さんは砕花さんと一生添い遂げたいんですか?」


 話をそらすわけではないけれど、訊ねてみた。すると、林火はうっとりとするような美しさでうなずいた。


「もちろん。他は考えられないねぇ」


 砕花は、気持ちをはっきりと示すことをしてくれないタイプのような気がする。頼りになるけれど、林火の気持ちに報いてくれるだろうか。

 心配そうな莉々の様子に気づいたのか、林火は明るく笑った。


「大丈夫よ。ああ見えて砕花は情に厚いから、そのうちほだされてくれるんじゃないかしら。ま、いざとなったら奥の手でも何でも使うから」


 彼女の逞しさに莉々も笑った。砕花の方が逃げ切れないと諦める日も近いのかもしれない。


「ねえ、莉々ちゃん。莉々ちゃんは人間で、鳴雪様とは異種族と言ってしまえばそうだけど、少ぅしだけ真剣に考えてあげておくれよ」


 悪戯っぽく唇に人差し指を当ててウィンクしてみせる林火に、莉々は苦笑した。

 そうして、二人は床に就いた。

 色々なことが頭を駆け巡り、莉々はなかなか眠れなかったけれど。


     【 弐・辻神 ―了― 】

狸ってパートナーが死ぬまでペアを解消しないらしいですよ。

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