拝啓 暗雲
旅は順調その物だった。
最初の町へ付き、宿屋を取る。
ちなみに、宿屋では1部屋であったが、宿屋の主人の『昨日はお楽しみでしたね。』的なイベントは一切起こらなかった。
だって相手は猫だもん。
積んできた物を売り、次の町で売る為に品物を購入。
二晩泊まり準備を整えて次の町へ。
あとは馬に乗るだけである。
あとはそれの繰り返しである。
ゲームの様に町に着くたびに、子供が居なくなった。胡椒を取って来い。レジスタンスとの協同など、普通に旅をしていれば何も起こらなかった。
確かに、海外へ行ったときもそんなイベントは無かったもんなーと思い拍子抜けする。
これといった魔物も襲って来なく準備し過ぎたんじゃないか?と思うほどだ。
エイミー曰く『そんな物騒な事は本格的な冒険者でもない限りしないわね。』との事。
旅の途中で教えてもらったが、冒険者というのは基本何でも屋。その日限りの生活をしている人も多いらしく、表も居れば裏もあるが『職業冒険者です。』なんて言う者が居たら、名前が売れてない限り白い目で見られるらしい。
今回の俺の手形も、最初の町。マニホマ在住のトキサダになっている。いわゆる旅行人だ。
もう慣れたもんで旅も最後の休憩地点と次の日に魔道協会へ向かうだけとなってしまった。
あと1日で、明日の夕方には、この世界とも終りか。
明日からは朝起きて、学校へいって、帰る。その繰り返しの日々に戻る。
考えてもしょうがないのだろうか、自分で決めた『帰る』という選択を悔やみだす。
行動にも出ていたのだろうか馬のスピードも人が歩くぐらいにしか出ていない。
エイミーもそれには何も言わず、珍しく人の姿になり手綱を引いて歩いてる。
「どうでした?勇者時貞。この世界は?」
「勇者って急に言われても何もしてないよ」
「だって、トッキーの世界じゃ異世界に行った人は勇者なんでしょ」
「ああいうのは、お話の中だけってのがよくわかりました。魔王を倒して姫を助けて、結婚して、子供を作って民から慕われる王様になる。って俺には到底無理とわかったよ」
「あら、子供を作るぐらいは今からでも出来るわよ」
「また、からかって……」
エイミーを見ると真剣な顔で此方を見ている。
俺のほうも無言で見詰める。
「これでも結構勇気出して言ってるのよ?私は好きなんだけど時貞はどうかな?」
なんて答えて良いか、ぐるぐる回る。
出会ってまた半月、この世界では当たり前なのか?
お互いをまだ良く知らないし、いや四六時中一緒にいるから濃度は高いんだけど。
俺はエイミーの事は好きだとおもう。いや、好きだ、でも。
彼女居ない暦十二年で、好きな女性から逆に告白を受ける。
こんな事現実では無かった。
しかも。
デートなどをすっとばして、一夜限りのゴールインへの誘い。
「そっかー、私じゃだめかー」
あまりに返事をしないでいたのか振られたと思い、話を打ち切るエイミー。
「ちが!まって!」
「え?」
「なんていうか、あまりに彼女いなかったせいで慣れてないというか。正直嬉しい」
「お……俺もエイミーが好きだし。でも!でもなんで俺?」
声が段々高くなっていく。
「そうねぇ。容姿は……中よね」
さらっと酷い事を言ってくる。
「魂が惹かれあったっていうのかしら、解かりやすく言うと。知らない間に好きになってたわ」
笑顔がまぶしい。
「で……でも!明日帰るような俺なんかで良いわけが……」
最後のほうは声が小さくなっていく。
うな垂れる俺の姿を見て小さく微笑むエイミー
「異邦人は馬鹿なのかしらね。居なくなるからこそ絆がほしいのよ」
「もしかして、トッキーって不能者?」
ジト目で見てくるエイミー。
「違う!」
「なら、最後の晩は私と絆をつけてほしいの。それともはしたない女はいやかしら?」
言葉に詰った俺は『お願いします』しか言えなかったのであった。
それを聴いたエイミーは小さく『約束ね』と言うのであった。
無言のまま、最後の野営地を目指し進む俺達。
俺はというと、頭の中は夜のことを思うばかりそわそわしている。
お父さん!俺は今日こそ、漢になって見せます。
そんな俺をよそに急に真剣な目をして前方にある森を睨みつけるエイミー。
「襲撃者?魔物だわ!」
俺の顔と前方を交互にみて、この場に置いておくのは危険と判断したのだろう。
「ちょっと前に乗るわよ」
言うなり俺のすぐ前に滑り込み、乗り込んでるエイミー。
「腰に手を回して! 強く!」
返事を待たずに手綱を引き一気に駆け上がるスピード。
俺といえばあまりの速さに腰にしがみ付くだけだった。
前方では2人の人間に対し人間もどきっぽいのが大勢で棍棒などを振りかざしてる。
一人は筋肉質の体に大きな剣を持ち、迫って繰る敵目掛けて振りかざしている。頭は少し薄い。
その男の背中を守るようにロンゲ頭の細身の男がショートソードで的確に敵を狙っている。
後で聞いたのだが、顔がしわくちゃで人間っぽいのはゴブリンらしい。
壊れた馬車や瀕死の馬。
血まみれのまま倒れた女性らしき人も見える。
その横では血まみれの剣を持ち此方をみて驚いている顔をしている軽装の男の顔も見えた。
エイミーはそのまま馬車を飛び越えるように馬を操り一人馬から踊りだす。
既に乗りながら詠唱していたのだろう、男の前に着地するやいなや、胸のほうに手をかざし何やらつぶやく。
その瞬間。男の体は後方に派手に吹っ飛ぶ。馬から下りる時に抜いたのだろう、小さな油壺をゴブリンめがけて投げ、すぐさま小さな火を唱える。
吹っ飛ばした相手が気絶したのをチラ見し、落ちていた剣を拾い襲撃者にかかっていく。
たった数十秒の事が、映画のワンシーンのようにスローモーションで目に焼きついていく。
「馬からロープを出してそこの男を縛って!口にも布を!それにそこの女性の傷も」
その声でハっとなった俺は直ぐ馬を下りて言われたとおりに男を縛り上げる。
急いで医療品を手に女性の下へいくときには、司令塔と失った為なのか敵はチリチリに逃げ、エイミーと筋肉男とロンゲの3人が一緒に戻ってきた。
女性の遺体を前に無言になる4人。
「まずは、助かった、俺はゲオルク。んで眼鏡野郎のあっちがルーペント見ての通り血まみれになっちまったが、護衛を受けた冒険者だ」
「自己紹介は片付けながらしよう。まず傷や馬車をなんとかしないと」
顎でさされたルーペントが動く。
「そうね、私は一応協会下っ端のエルミー。あっちは観光目的で旅をしてるトッキーというものよ」
「よろしく……」
一人場違いな場所にいるような感じで口数も減っていく。
自ら傷の手当てをしながら的確に指示を出してくれる。
知ってか知らずかゲオルクは笑顔でよく話しかけてくれるのでこちらも暗い気分が晴れてくる。
時折腕の筋肉がピクピク動いている。
「よーし、にいちゃん。馬車に繋がれてる馬の紐を切って、次に馬車の中身を出してくれ」
「そうそう良い感じだ、予備の車輪も積んであるからそれも頼む」
エルミーとルーペントは魔物の死体をまとめたり、少し離れた所に焚き火を起したりしてるのをみると、今夜はこの付近で野営らしい。
甘い一夜もなくなりそうだ。
「よう兄ちゃん、浮かない顔だなー。あれか? 恋人との夜を邪魔されたからか」
「ち……ちがうし。きのせいだよ。こんな時にナニイッテルノ」
「そうだな」
真顔になるゲオルク。そう人が死んでるんだ、俺は何を優先して思っていたんだ。
元は立派な馬車だったのだろうか、壊れた部分は燃やす事に、女性の遺体もエイミーが綺麗に血をふき取り今は眠っているだけのように見える。
俺がゲオルクと一緒に馬車を動かせるの用になったときには、野営の準備をすませた二人が戻ってきた。
「さて、言いたくないならいいけど、事情を聴きましょうか?」
「助けてもらったんだ、それぐらいの恩義はある」
白い歯を見せてエイミーに答えるゲオルク。
告白に襲撃、神様も急にイベントを積み込みしなくてもいいじゃないですか、と思うも夜はまだまだ更けそうになかった。