拝啓 恋
後頭部に痛みを残しつつ目が覚める。
昨日の桃源郷を思い出しながら体を見ると、もちろん服を着ている。
「俺の人生終った……」
隅から隅まで見られたに違いない。
「どんな顔して会えばいいんだ、二人旅だぞ」
「別に普通の顔で良いわよ」
驚いて横をみると、そこには最初に出会った時の黒猫のエイミーが座っていた。
「エ! エイミー! 」
「はい、おはよう」
「私も見られたし、トッキーも見られた、お相子って事で忘れましょうね」
「ハイ。オレ。ワスレル」
「なんで片言なのよ」
「まぁいいわ、今日から忙しくなるから早く起きてね」
黒猫の姿でも、相変わらず優しい言葉をかけてくれるエイミー。
「所で、今日は猫なんだ」
「『今日は』と言うようりは旅の途中はこの姿のほうが良いと思ってね」
「簡単にいうと」
「言うと?」
「節約ね。馬一頭維持するだけでも、結構な金額になるのよ」
「さ、急いだ、急いだ」
「うっす」
エイミーが部屋から出てくのを見て急いで支度をし庭に出る。
既に見送りのベスと黒猫のエイミーは馬の傍でまってくれてた。
俺の格好はというと。
上は黒い長袖の上に革の軽鎧。腰にはショートソード。その上に小物を入れるウエストポーチ。
ポーチの中身はお金、手形、非常用の果実酒と食料
生地の厚めのズボンにお尻の所は表面は硬いのに裏地は柔らかい。
ズボンにもいくつかのポケットが付いていて、こちらにも緊急時のお金や薬を入れてある。
その上から体がすっぽり入る布をマント代わりに羽織り、口元まで隠す。
「孫にも衣装ね」
「……とっきー、かっこいい……」
「動きにくい」
ちらりと繋いである馬を見ると、こちらもそうそうなもんだ。
6日分の食料にエイミーが入る特注品のかご。ラーメンのオカモチみたいな感じで振動に強いらしい。 左右には途中の町で売る為の薬まで積んである。
それでもエイミーが探してきた馬らしく、初心者でも簡単に乗れて馬力がある奴を選んでもらった。
「さぁ乗って」
「乗ってと言われても、俺初めてなんだけど」
「最初は優しくしてあげるから」
「……そうろーでも……だいじょうぶ」
一人変な事を喋っているが突っ込む余裕なぞ俺にはない。
馬のほうは大人しく俺が乗るのを待ってくれてる。
アブミに片足を乗せて前屈みになる。
鞍にまたがりベスを見ると物凄い高さから見てるように思える。
「どう~景色は?」
「高い、想像してたより怖い」
「そうねー落馬で命落とす事もあるから気をつけてね」
心配してるのかからかってるのか笑いながら言うエイミー。
「手綱さえしっかり握っていれば大丈夫、気性は穏やかな子選んできたからね」
「それじゃいこっか。ベスお留守番頼んだわよ」
「……はい……」
器用にジャンプしてかごに収まるエイミー。そこから指示が飛ぶ。
「まずはゆっくり手綱を握って町の門までいこっか」
「あ、そうそう町の中は通らないで迂回する道を使って」
指示された通りの道を進む。
乗って数十分。初めての乗馬なんだけど、この馬は凄い。
思ったとおりに動いてくれる、完全な初心者な俺でも安心して乗っていられる。
俺の思った事が解かったのか、こちらを向いてニカッと笑う顔がかわ……うーん。ちょっと怖い。
それでも数時間の事なのに腰には剣を装備し、高い視線から道を見ると俺が勇者になった気分だ。
「剣も魔法も使えない勇者じゃ頼りないわよ」
思わずビクっとなって横についてるカゴをみる。
「顔に出てるんだもん」
「そんなこと思ってないよ」
冷や汗を出しながら、町の詰め所により。青年団に見送られて街道を出る。
「ここからは基本一本道よ。この辺は整備されているし夜営といっても一定の場所に開けた場所があるのでそこで夜をすごしましょ」
「了解」
「エイミー」
横にくくり付けているカゴを見る。
「なーに?」
「この辺ってスライムとか出ないの?」
「スライムって……トッキー勝てるの?」
「殴って倒せないのかなーって、俺が知ってるゲームは主人公の街の周りは雑魚モンスターしか出なくて、そこで基礎のレベルを上げるのが基本でさー」
「スライムの弱点は火だし、殴って倒すのは根気がいるわね。それに」
「それに、レベルなら上がってるじゃない。一週間前に比べると馬にも乗れる、剣も使える……かは怪しいけどお肉は捌ける、知識も増えた、それの積み重ねよ」
「確かになー、でも パッパと強く慣れたら面白いんだけどなー」
「過ぎた力は身を滅ぼすだけよ」
何となく質問してはいけない空気になり無言で馬を駆る。
ふと景色をみると綺麗な黄昏が広がっている。
もう二度と見れない景色なのかとおもうと、寂しい気持ちになる。
「今日はあの広場で野営ね」
「うい」
返事もそこそこに野営の準備に取り掛かる。
乗ってきた馬から焚き火用の木材を組んで、エイミーが火の魔法で火の球を出す。
黒猫のままでも使えるのか。関心しながら干し肉とパンを取り出す。
焚き火を囲い早めの夕食にいそしむ二人。
俺の小さな頃の話などをせがまれ食事をしていたのが、あくびが出る。
「今日は速めに寝ときましょうか」
大き目の布を体にまとい地面に横になる。
エイミーのほうを見てると、見詰め返してきたので恥ずかしさで焚き火に背を向ける。
日数が立つ度に俺はエイミーの事を好きなってるんだと思う。
でも俺は帰る者。
ここまで来て帰らないって言えるわけもないし、帰らないと旅の意味もない。
エイミーは俺の事をどう思ってるのが怖くて聞けない。
お風呂場で聞いた『結構すきよ。』を思い出し、考え始めた時には俺は既に眠りに落ちていた。
「やっと寝たか……」
「このまま旅を続けて、二人で逃げちゃうっても手もあるのよね~」
「時貞の何か良いか解からないけど、どうも私っては惚れっぽいわね」
星空を見ながら一人つぶやく黒猫を焚き火の炎が照らしている。