家族がみんな最終兵器
「クソッ…ならば力ずくで退けるのみ。ハウンド、侵入者共の喉笛を食い千切れ!!容赦はするな!」
人間でも森精族でも内面的な部分は変わらないのか、追い詰められた男は青い顔をして、慌てて魔犬の屍たちへと掌を翳す。
彼の掌に複雑な記号と共に魔法陣が浮き上がると、同様の物が魔犬の体に浮かび上がり、斬葉と百葉の手で完膚無きまで叩きのめされバラバラに切り刻まれていたはずの魔犬たちが、ゆっくりと起き上がると再び低く唸り声を上げ始めた。
しかし魔犬たちの姿は胴体から切断され前半分のみで這いずり回るモノや、あるモノは頭が斬り飛ばされ失っている状態にも関わらず何事もなかったように立ち上がっており、まさに異形そのものだった。
「あら、確実に仕留めた筈だったのですが、狙いが甘かったのでしょうか?」
「ふ…ふん…残念だったな。ハウンドを形成するのは姿を持たぬ精霊、そして我らの作り上げた魔法陣と精霊が存在する限り、何度でも復活するぞ」
流石の斬葉もこれは予想外だったのか、首を傾げながら再度切り刻むべく魔犬に漆黒の刃を向ける。
そんな彼女の驚いたように見える様子にようやく男も落ち着きを取り戻してきたのか、鼻を鳴らしニヤリと笑う。
「そうですか、やはり魔法で創られた生き物でしたか。すると指示を出していたのも魔法…ノイズの正体は範囲魔法の残滓だったようですね。カラクリが分かってしまえば驚きも何もありません。こちらの世界では割と存在のみなれば知られている技術ですから。まぁ、別にこの程度ならば分からなかったところで何の支障もありませんし、ハッキリと言うならば私たちからすれば子供騙しの手品より酷いものです」
「何を言うかと思えば…森精族の召喚術を子供騙し呼ばわりとはさすが人類だな…徹底的にフザけている。負け惜しみにしか聞こえぬわ…今更命乞いしたところでもう遅いぞ、貴様らを肉片にしてくれる!」
斬葉の言葉を自分たち森精族への侮辱と受け取った男は声に僅かな怒気を混じえながら吼える。
そして、そんな召喚者の感情に感化されたのか、切り刻まれ、バラバラとなっていた魔犬たちはそれぞれのパーツが結合して、斬葉や百葉にバラバラにされる前の元の姿へと戻っていった。
「姉様と言えど、この数をお一人で捌くのは少々骨が折れるかと…ですから俺に魔犬たちの相手をさせていただけないでしょうか?こういった乱戦や多数の相手の場合であれば姉様の「黒椿」よりも、俺たちの方が適していると思います。こちらよりも姉様はゴーレムの相手をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「そうですか、別にこの程度の数であったら私一人でも何も支障はありませんが、零葉が珍しく口を挟んできましたからね、その提案を呑んでそちらは任せる事にしましょうか。では、私はあの土塊にこの身体を傷付けた代償がどれほど高くつくのか身を以て教え込むことにしましょう」
初めは魔犬とゴーレムの相手を一挙にしようと刃を構えながら両方を視線で威圧し、牽制していた斬葉だったが、彼女の隣に進み出てきた零葉が魔犬たちと正面から対峙した。
それを見た斬葉は、別段横入りしてきたのを咎めることもなく、自ら魔犬の相手を買って出た零葉に珍しくそれをアッサリと任せ、自分はゴーレムの相手をすることに集中するため短く息を吐いてから、目の前にいる岩の巨人を翡翠色の瞳をギラつかせながら見つめる。
「零君一人で大丈夫?お母さんが加勢しようか?」
「2人なら大丈夫だし、お母さんはさっき好きなだけ暴れたんだから、ここは子供の好きなようにさせてよ。」
「えー…」
「アタシもホントは戦って、偉そうなアイツの顔面を思いっきり殴り飛ばしたいのよ?寝不足のせいで調子悪いからパスしとくけど。そもそも、今のアタシが出たところで、あの2人の暴れてる中じゃムダに巻き添え食らうだけだし」
そんな零葉を心配するような言葉、もとい暴れ足りなかったのかウズウズした表情で嬉しそうに言う百葉と、不調の自分が戦闘に参加する必要は無いと判断した狩葉は、本調子でないことを告げ、傲岸不遜な男に自分の手で一矢報いることが出来ないことを悔やみながら戦うことを辞退した。
そして、2人のやりとりを背中で聞いていた零葉は「相変わらずマイペースだな…」と苦笑混じりに呟いてから振り向かずに軽く返事をする。
「問題ないよ母さん。俺もコイツも最近、依頼が無くてヒマだったから、ずっと暴れたくてウズウズしてたんだ」
そう言って、零葉は持っていた大剣の刀身を手の甲で軽く叩き、その柄をギリッと力を込めて握り締める。
百葉はそんな彼の後ろ姿に、今も愛するヒト、その若き日の後ろ姿を重ねて目を細める。
「あらあら…零君ってば、後ろ姿がますますあの人に似てきたわね」
「殺せ」
森精族の男が短く命令するとハウンド達が一斉に零葉たちに向かって走り出し、それとほぼ同時に零葉も迎え撃とうと、地面が陥没する程に踏み込んで走り出す。
そして、大剣を担いでいるとは思えないスピードで大地を疾走すると、魔犬との間合いをあっという間に詰める。
「さーて久しぶりの乱戦だ…思う存分に暴れていいぞ…唸れ「永劫」」
零君が大剣「永劫」の名を呼ぶと、それをトリガーにして刃に搭載された術式が発動する。
同時にその刀身から「オオオオオオッ!」という、地面や空気を震わせる程の唸り声のような爆音が轟く。
その唸りにハウンド達は僅かに警戒を露わにして一時、零葉に向かって動かしていた脚を止める。
どうやら、命令に従うだけではなく、異様な雰囲気を察知する程度の知能はあるようで、固まって零葉に迫っていたハウンド達は進行方向を変えて散開すると、彼をグルッと囲むようにして間合いを取り始めた。
一方、それを眺めている百葉や狩葉はというと、永劫の唸りが苦手なのか、2人とも両耳を手でしっかりと塞いでいた。
当の零葉は平然とした様子で構え、その間にも永劫の唸りはますます大きくなり、震わされた大気が不規則な流れを作り出して彼の周囲を包み込むように吹き荒れ始めた。
「何をやっている、構わず噛み殺せ!!」
「悪いな…俺の永劫とアンタの犬っころの相性は最悪なんだよ」
男の命令に再び零葉に襲いかかるハウンドだったが、その瞬間、キッと目つき鋭くなり雰囲気の変わった零葉に、男は自分の判断が誤っていたことを思い知らされる。
零葉は向かってきた一匹の魔犬の飛びかかりをサイドステップで避け脇腹に回り込むと下から斬り上げて、その肉体を形成する魔法陣ごと一刀両断、その後宙に舞いながら縦に真っ二つになった魔犬の肢体は跡形も残らず空気に溶けるようにして消滅した。
表向きには普通の高校生である零葉。
しかし仕事となれば対魔戦闘を生業とする魔殺家の長男、そして世界の均衡を崩しかねない者…「理外者」として魔導犯罪者の確保や殲滅の依頼を請け負い、墜魔導師を相手にたった1人でも互角に渡り合える規格外の存在であることを男は知らない。
彼の専門分野は対魔導器、魔獣戦闘であり、魔法で召喚された生物や、魔法回路を埋め込まれた武器、そういった類のものを破壊することを得意としているので、彼が男に言ったように魔法によって生まれた存在である魔犬も例外ではない。
「バカな!!人類如きに我らの魔法陣がこんなにも容易く破壊されただと!?」
零葉に魔獣をけしかけたところで既に結末は目に見えていた。
その戦いの始まりの様子を少し見ていた斬葉は視線を岩の巨人に戻すと瞼を閉じて数回ほど深呼吸をしてゆっくりと瞼を開ける。
「あちらも始まったことですし、こちらもそろそろ始めましょうか」
そして刀を鞘に納めると地面に置き、脚を前後に開いて腰を落とし、右腕を懐に引き寄せ左手を突き出す武術のような独特の構えを見せる。
「貴方には「黒椿」を抜く必要もありませんね…この拳だけで十分過ぎるくらいです」
そう言い放った次の瞬間、強烈な力で踏み抜かれたのか彼女のいたはずの場所を中心に蜘蛛の巣のように地面がヒビ割れ、当の本人はいつの間にかゴーレムの懐に潜り込むと強烈な正拳突きを放つ。
すると、数トンはありそうなその巨体を地面を抉りながら再び数メートル後ろに吹き飛ばす。
「敵カラノ攻撃確認、応戦シマス」
攻撃を受けたゴーレムは機械音声のような声を出すと肩の辺りがガコンッと開き鋭く尖った石の礫を無数に放ってきた。
「最近の土人形はこんな芸当も出来るのですか…面白いですね。ですが、下手な鉄砲を数打ったところで私には一切当たりませんよ?」
さすがに遠距離攻撃をしてきたことには驚いたのか、僅かに感心した様子を見せながら大量の礫を最低限の動きで的確に避けると、ゴーレムとの距離を確実に詰めていく斬葉。
「対象健在ニツキ、目標ヲ捕縛ニ変更」
礫の射出を中断したゴーレムは突然、地面に両腕を突き立てた。
そして、斬葉のいる地面がいきなり変形して巨大なゴーレムの両手となり彼女を包み込んで閉じ込めた。
「相手を閉じ込めるだけの檻のようなものですか。まぁ、このくらい予想外のことをして貰わなければ面白くありませんからね。次はどうするのかお手並み拝見と参りましょうか」
岩の壁に取り囲まれて真っ暗な空間にいる斬葉は壁を触りながら壁を壊そうともせずゴーレムの出方を伺うことにした。
するとゴーレムは陸上選手のクラウチングスタートのような前傾姿勢をとる。
「目標、破壊ニ変更」
そして、ゴーレムがそう言った瞬間、その巨躯からは想像も出来ないスピードで斬葉を閉じ込めた岩の塊に向かって猛進していく。
「なるほど、対象を閉じ込め逃げ場を無くした上で自身の最大の武器である巨体を使った攻撃ですか。創られた土人形の割にはそれなりに優秀な思考を持っているようですね。ですが…」
外から猛スピードで近付いてくる轟音と自分の置かれた状況から外の様子を察知し、その割には冷静に判断する斬葉だが、次の瞬間凄まじい衝撃と共に正面の壁が彼女を押し潰そうと迫ってきた。
最後の魔犬を息をするように斬り裂き、あれ程の動きをした上に身の丈ほどもある大剣を振り回したにも関わらず、無傷のまま息一つ切らしていない零葉の正面で爆発にも似た轟音が地響きと共に轟く。
「ハウンドは全滅したがゴーレムは勝ったようだな…あの生意気な小娘め…フハハハハッ!」
男も魔犬が全滅した事には激しく動揺したのか額に汗を滲ませていたがゴーレムの方の決着がついたことに気付き、あれ程の事を言っておきながら敗北した少女の不敵な笑みを思い出して高笑いする。
「姉様が負けるとかありえねーよな、姉さん」
「当たり前でしょ、あの人がそう簡単に死ぬはず無いわよ」
「2人とも少しは斬ちゃんのこと心配してあげなさいな」
「「心配なんてあの人にはするだけ無駄でしょ」」
そんな男を他所にイヤイヤイヤと首を振りながら話す零葉と狩葉と百葉を見た男は再び寒気を覚える。
そして次の瞬間、男の悪夢は現実となる。
「エラー発生、エラー発生。対象健在」
そのゴーレムの声に震えながら振り向くと、ただでさえゴーレムの拳の一撃を貰った際にボロボロになってしまっていた斬葉の身体は、今度は強烈なタックルを受け止めた衝撃で全身の血管が破裂した上に度重なる無茶で限界なのかあちこちから血を噴出させたり皮膚が裂けかかり、肉体が崩壊する寸前の状態にまでなっていた。
側から見れば明らかな満身創痍であるにも関わらず、相変わらずの無表情を全く変えることのない少女がゴーレムの突進を片手で真正面から受け止めていた。
「私でなければ今頃、ペシャンコに潰れていましたよ?」
そう言って男の方へとゆっくりと、今だに光を灯す翡翠の瞳を向ける。
その視線の冷たさに男は再び恐怖を感じ、歯をガチガチと鳴らして震え出す。
「何が…どうなって…」
「いい加減コレと遊ぶのにも飽きましたね。それでは用済みということで。魔殺式拳技、塵壊荊」
鼻からツーっと流れ出した血を舐め取った斬葉はニヤリと笑う。
しかし、すぐにいつもの無表情に戻って嘆息しながら退屈そうにゴーレムを一瞥すると、地面を踏み抜いて天高く跳び上がり、ゴーレムの脳天に一撃叩き込む。
すると、その全身が瞬く間にヒビ割れ、次の瞬間には跡形も無くバラバラに吹き飛んだ。
「どれほど魔法技術が優れているからといっても所詮は心も無い土人形…こうなってしまえばただの瓦礫ですね。さて、自信満々だった割に呆気なかったのですが、次は貴方が相手になってくださるのでしょうか?」
「バカな…これほどあっさりゴーレムが敗れるなど有り得ない…貴様ら本当に人類なのか…?」
音も無く地面に着地した斬葉は歩きながらつまらなそうに呟き、男の方へと歩み寄っていく。
斬葉の化け物じみた身体能力に戦慄した男は彼女が近付いてくる度に、一歩また一歩と後ずさりをする。
「失礼なおっさんだな…俺らは歴とした人間だぜ?確かにそんじょそこらのヤツとは少しばかり違うけどな」
零葉は男の言葉に半眼で答えると何かを示すように男の背後に向けて顎をクイっと突き出す。
その瞬間ハッとする男。
零葉の言葉を聞いて後ずさる足を止めていたが、歩み寄ってきていたはずの斬葉もその歩みを止め、自分に向けて哀れみの目を向けていたことに。
そして男が振り向いた視線の先にはいつの間に移動したのか、小柄な人影があった。
それは零葉たちの母、百葉。
彼女は男がこちらへ振り向いたのを確認すると、ニコッと微笑み、労いの言葉を掛ける。
「アタシの大切な娘に手を出して無傷で帰れると思ってた?」
「いつの間に…ぐふっ…⁉︎…小癪なぁっ!」
百葉はその小さな拳を不可視の速度で男の腹部を抉るように打ち出す。
するとドンッという鈍い音と共に、彼女との体格差は2倍はあるかという程の男の巨躯が軽々と宙に浮く。
強烈な一撃を受けた男は形振りなど構っていられないといった様子で拳を繰り出すが、百葉はその拳をまるで踊り舞うように避けながら、直撃しそうな拳は鮮やかな手つきで全て去なす。
「小娘がナメやがってぇぇぇぇっ!」
「往生際の悪い男はみっともないわよ…魔殺式脚術、凍蓮華!」
すると、男は泡を食って腰からナイフを抜き百葉に向けて繰り出す。
迫るナイフの刃先を見て百葉はギャッと踵で回ると、刃先の先端目掛けて強烈な回し蹴りを叩き込む。
その蹴りはナイフの刃を容易く粉砕し、今だに先ほどの彼女の拳の跡がクッキリと残る男の腹部まで到達する。
「グホッ…⁉︎」
「魔殺式脚術、猛藤!」
百葉の回し蹴りでよろけた男に間髪入れず、懐に潜り込んだ百葉はその顎目掛けて足を全力で振り上げて美しい弧を描く。
彼女の渾身のサマーソルトを防ぐことも出来ずに顎を蹴り抜かれた男は高々と舞い上がると、ドカンッと地面に叩きつけられそのままピクリとも動かなくなった。
そんな母の見た目にそぐわぬ規格外の力の一部始終を傍観していた子供たちは斬葉を除いて、唖然とすると同時にこの人には逆立ちしても一生勝つことはできないと確信したのであった。