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領主たる故

「誰にも見つからずに城の前まで来られたな」


物陰から様子を伺う零葉、見つめる先には迦楼羅城の城門。

月明かりすら無い夜闇の中、松明を持った侍たちが城主であるシュラを護衛する為に門前の守りを固めており、魔神捜索をしている零葉たちの妨げになってしまっていた。

刀や槍を携え、如何にも厳戒態勢といった様子の物々しい雰囲気を漂わせている。


「あの侍衆を纏めてる奴、確かソウゼン…とかいうヤツじゃなかったか?」


零葉の頭越しから顔を出したヴァルが指差したのは慌ただしく動き回る侍たちに指示を出しているシュラの側近、初老の武者のソウゼンだった。


「すぐに準備を整えろ!時間はないぞ、明日の日暮れまでにあの余所者たちを討つのだ!マトイ、お前は東門の応援に向かえ。ムツカ、西門の警備は任せる」


「「承りました」」


ソウゼンは2人の部下に命令して散開させると自身も兜を被り迎撃の用意を進める。


「殺気立っちゃってまぁ…とはいえ無理もないか、俺がヒューマンでも同じ選択するだろうし」


ヘブラムのデスゲーム開始から未だ追跡の手掛かりも掴めぬまま早くも5時間が経過しようとしていた。


「それより、どうやって忍び込む?正門があの様子じゃ他の門も似たり寄ったりだろ」


ヴァルの一言に零葉はしばらく考え込んだ後、頭を掻きながら顔を上げニカッと笑う。


「作戦とか面倒なもんは無し!正面突破あるのみだ」


「はぁ…お前は多少なりともマトモなんだろうと信じてたが姉弟よく似てやっぱり完璧なる脳筋だな」


「んなこと言っても入り口があんだけ厳重に警備されてるんだ、これが最善策だろ。つーわけでヴァル、一丁派手にやろうぜ」


考え無し過ぎる零葉のプランだったが、ヴァルは彼らに付き合い始めてからすっかり癖になってしまった胃の痛みを堪えて渋々賛同する。


「仕方ねーな、他に案も無い以上はノってやるが手加減すんなよ?彼方(あちら)さんは殺す気でやってくるんだ、そんな事やってたら命がいくつあっても足らねぇ」


ゴキゴキと首を鳴らすヴァル。

彼の言う通り、零葉たちに侍たちと敵対する意思は無くとも向こうには零葉たちを殺さなければ自分たちが危険に晒されるという理由がある以上、命を懸けた衝突は必至である。

それも零葉は重々承知の上で言い放つ。


「当たり前だ。だからこそ全力で戦って全力で手を抜く」


「………お前俺の話聞いてた?」


「とりあえず、あそこの侍たちを蹴散らして短時間で城門を突破、後は天守閣まで追っ手さんと鬼ごっこだ」


「了解っと、その後は?」


「どうにか説得してシュラに協力を持ちかける。それさえ出来れば仮にヘブラムが城内で見つからなくても人海戦術でも何でもできるからな」


最早隠れる気もないのか会話を交わしながら堂々と城門に接近する零葉たちにいち早く気付いた衛兵の1人が大声で周囲に知らせる。


「奴らだ、こっちにいるぞ!」


「悪いけどここで時間食ってる暇は無いんだよ」


零葉たちを見つけ走り迫ってきた1人の衛兵が繰り出した槍を横ステップで躱した零葉。

逆の足で地面を踏み抜くとそのまま肉薄して永劫の柄だけを魔法陣から伸ばしガラ空きの鳩尾に甲冑まで砕くほどの勢いでめり込ませる。


「ゲフッ⁉︎」


急所へ強烈な一打を受けた衛兵は呻き声を漏らすとそのまま膝から崩れ落ち倒れ伏した。

一方でヴァルはというと遅れてやってきた集団の中に飛び込んで龍化させた腕を振り回し相手の攻撃も防御も御構い無しに吹き飛ばす。


「門は任せな、あら…よっと!」


巨腕を大きく振りかぶり頑丈そうな鉄製の城門を力任せにぶち抜いたヴァル。

それに続いて中に飛び込んだ零葉は庭先に突入する。


「早速お出迎えか、随分と用意が良いな」


突入した矢先、城内で待ち伏せしていたのか30人ほどの兵士たちに行先を阻まれ進めなくなってしまった。


「鼠どもがノコノコとやって来たか、者共気を抜くんじゃ無いぞ、袋の鼠は何をするか分からんからな」


兵士たちの間を割って現れたソウゼンは不敵に笑むと兵士たちに武器をいつでも突き立てられるように構えさせて待機させる。


「シュラ様は貴様らを過大に評価していたようだが、所詮は戦も知らぬ若造よ。自ら首を差し出しにやってくるとはな」


「んじゃ、この首取れるもんなら取ってみなよ…っと!」


「何ッ⁉︎」


ソウゼンの挑発も言葉半分に聞き流していた零葉だったが、突如永劫を振り翳して地面を叩き割った。

その衝撃は凄まじく、地面が波打つように大きく揺れるとソウゼンや兵士たちも突然の事に足を取られてしまう。

その隙にヴァルの巨腕が城の前に集まっていた兵士たちをあっという間に薙ぎ倒した。


「ヴァル行くぞ!」


「あいよ」


薙ぎ倒した兵士たちの上を飛び越えて城内へと侵入を果たす零葉。

すぐにソウゼン達も追いかけて来るが、甲冑を着込んでいる彼らの移動速度は言うまでもなく、天守に繋がる最後の大階段に辿り着く頃には姿も見えなくなっていた。


「さてと、さっさとシュラの協力を取り付けるとしますか」


「ッ!零葉下がれ!」


軽く伸びをした零葉が大階段に一歩足を掛けようとした瞬間、ヴァルが何かに気付いて叫んだ為その場から飛び退くとクナイが突き刺さる。


「やっぱりお前はこの辺りで来るだろうとは思ってたぜ、イヅル」


「やはりヴァル殿の勘の鋭さには敵いませぬな…ですが此方も簡単には引けぬ身。ゼロハ殿、我が主君シュラ様の命により貴殿の御首頂戴致す」


流石は忍者といったところか、零葉の不意を突こうと気配を殺して天井に張り付き待ち構えていたのだ。

しかしクナイを投げる直前、僅かに漏れた殺気にヴァルが気付いた事で零葉はギリギリのところで避けることができたのである。

ヴァルに気付かれた事により気配を殺す必要が無くなったイヅルは音も無く床に降り立つと忍刀を抜く。


「悪いがお前の相手は俺がさせて貰うぜ、ウチの大将はその主君様に用があるんでな。つーわけだ、さっさと行って話まとめて来い」


一刻を争うこの状況、零葉の足が動き出すのにそれ以上の言葉は必要なく、彼は一言「頼む」と言い残して階段を駆け上がっていった。


「待ちなさい!」


すぐに後を追おうとするイヅルの前に巨腕が振り下ろされた。

階段の数段を木っ端微塵に破壊した巨腕の持ち主、ヴァルディヘイトは彼女の前に立ち塞がるとニコッと笑みを浮かべる。


「クッ…ヴァル殿、拙の邪魔をするおつもりですか?」


「悪いがここは通行止めだぜ。通りたきゃ俺をブッた斬ってみな」


「言われずとも…参る!」


既に覚悟は決めきっているのかイヅルは刀を構え直すと一言言い終える前にヴァルの前から姿を消し、瞬く間に背後に現れると彼のうなじを狙って刀を振り抜く。

しかし、その一刀は彼の皮膚に浮き上がった黒い鱗でいとも容易く受け止められる。


「早いな、だがそれだけだ!」


振り向きざまに裏拳を放つヴァルだが、イヅルはこれを咄嗟の後方宙返りで回避、再度距離を取り落ち着いてタイミングを見計らう。


「流石、ドラグールの鱗でござるな。この国二番目の業物ですら傷一つ入らずに跳ね返せるとは…いやはや分が悪い」


「こちとら伊達に場数踏んでないんでな、そう簡単にこの首をくれてやるワケにはいかないさ」


一通り会話を終えた2人は再び打ち合い始める。

正確にはイヅルがスピードでヴァルを翻弄、彼の死角から斬りかかるが、その刃が到達するよりも先に堅牢な鱗が守る腕に阻まれる。


「出し惜しみして何とかなると思ってるならその甘い考えはさっさと捨てな!」


「ヴァル殿の仰る通りでござるな、貴方は拙が本気で挑もうと到底勝てぬ相手…しかし!」


幾度目かの斬撃を同じように腕で受け止めたヴァルだったが、今回は少し違っていた。


-ズッ-


「ッ!?」


腕に鋭い痛みが走り驚いたヴァルがこの時初めて後退したのだ。

何が起きたのか理解が追いついていなかったヴァルだったが自身の腕を見てさらに目を丸くする。


「鱗が砕けてる…」


そう、ヴァルの腕に生えている鱗がたった一枚だけ砕け肌が露出、そこにイヅルの付けた刀の一撃が傷を作っていたのだ。


「先程から闇雲に打ち続けていた訳では無いでござる、例え一撃がどれだけ軽くてもひたすら一点に集中して当てれば硬い石ですら穴を開けられる!」


「何つーセンスだよ、あのスピードで打ち続けて1箇所だけ狙うなんてあの姉弟(きょうだい)でも出来なさそうなことを…」


思わぬ一撃を受けたことでヴァルは彼女に対する認識を改め構え直した。


「悪い、ヒューマンだと思って少し侮ってた。撤回する、お前とお前の姉さんは間違いなく英雄クラスの強さだ」


「お褒め頂き光栄にござる。ならばそれに恥じぬ力を見せなければなりませんな」


互いに構え直し、一瞬の静寂の後再び打ち合い始めるのだった。



「ようやく天守まで登ってこれたな」


広間の前の襖まで辿り着いた零葉。

その気配を察してか中から声が掛けられる。


「待っていたぞゼロハ。礼儀作法は構わん、入るが良い」


シュラの言葉に従い、襖を開け広間に足を踏み入れる零葉、その前に堂々と腰を据えたシュラが静かに瞑目して待ち構えていた。


「貴様であればここまで難なくやって来ると分かっていたよ。だがまずは座れ、話したいことが山ほどあるのだろうが全てはそれからだ」


彼女の放つプレッシャーは間違いなく一国の主人のそれで、昨夜の年相応の女性の姿は鳴りを潜めていた。

零葉ですら気を抜けばあっという間に呑まれてしまうであろう圧倒的な存在感は斬葉と互角、下手をすればそれ以上の印象を彼に与えている。


「別にこの国と戦争をやりたいって訳じゃないんだよ、そのくらいシュラだって分かってるハズだ」


腰を下ろしながら話を切り出す零葉だが、シュラは眉一つ動かさない。


「当然その程度分かっている、だが儂も貴様も人類(ヒューマン)だ。言葉にせねば其の者の真意を測ることはできぬ」


「そりゃそうだな…だから協力してくれ、みんなでヘブラムを見つけ出して倒すんだ」


本題を告げる零葉に未だ瞑目していたシュラはゆっくりと瞼を開けると静かに告げる。


「断る」


「それは俺らが余所者だからか?」


「否、貴様らであれば万に一つでも勝ち目があろう」


「だったら…「その万が一に賭けて(おの)が民たちを危険に晒せと?」


「それは…」


その返答は想定していた、寧ろ確信に近いものがあった零葉だったがいざ面と向かって拒否されると食い下がらずにはいられなかったが、次も彼が思っていた通りの答えが返ってきてしまい言い淀んでしまう。

日は沈み周囲は闇に包まれ始めていた。

蝋燭に火を灯そうと立ち上がったシュラが言葉を続ける。


「故に災いの種は刈り取らねばならぬ……剣を取れゼロハ」


火を灯し終えたシュラが備えてあった太刀を手にして零葉に向けて抜き放った。


「…ヘブラムが…魔神族が約束を守ると本気で思ってるのか?」


「…そうかもしれないな…己の選択を間違いだったかもしれないと思う民たちも少なからず居るだろう。それでも儂は少しでも確率の高い方に賭けなくてはならない」


「…シュラならそういうと思ってたよ。分かった、お互い遠慮は無し。俺は俺の我が儘を通させてもらう」


「フッ…その切り替えの速さ見習いたいものだな」


その言葉を最後にお互い武器を構える。

一瞬の静寂の後、シュラが間合いを詰め逆袈裟に刀を振るう。


「チッ!」


想定以上の彼女の速さに驚きながらも迫る刃を咄嗟に永劫で受け止める。


「甘い!」


「なっ⁉︎」


しかし、シュラもすぐさま柄を両手で握ると力任せに振り抜く。

当然その細腕からは予測など出来ない怪力で吹き飛ばされた零葉は激しく壁に叩きつけられる。


「ガハッ…」


「まだだッ!」


間髪入れず床へと落ちる途中の零葉へと刺突を繰り出すシュラ。


「流石は一国の主…ステータスも桁違いってか。だけど!」


苦痛に顔を歪めながらも器用に身体を捻って刺突を躱すが、脇腹に激痛が走り今度は天井に打ち上げられる。


「避けようとすることなど想定済み。だったら刺突と見せかけて峰で殴れば良いだけだ」


「ッ…ッ…!」


脇腹の痛みで受け身を取ることもできずに床へと落下してしまった零葉は声すら上げられないまま悶え苦しむ。


「甘いな、その程度で儂を倒すなどナメてくれるな」


「…それでも…俺は俺の選択を曲げない…可能性が1%以下ならそれを掴み取る…脚が千切れようが腕がもげようが何度だってぶつかってやる!」


込み上げる胃液を無理やり飲み下して構え直す零葉。


「口だけならどうとでも言える。貴様にそれを実現できる力があるのかと聞いているのだ!」


絶え間なく繰り出される乱撃をいなす事で精一杯の零葉にシュラは容赦無く問い詰める。


「俺1人じゃ絶対に無理だ、だけど俺たち家族ならやってやれないことなんてない!」


「結局、一人では何も出来ぬのではないか!世の理不尽も分からぬ(わらべ)の分際で理想夢想を語るな!」


「ガキが夢を見て何が悪い!見てねぇ夢はいつまで経っても叶えられないだろうが!」


「黙れぇぇぇッ!」


一瞬零葉の気迫に押されたシュラの手元にほんの僅かだが動揺が見え、その隙を逃すまいと刀を弾き返す。

零葉の言葉がよほど癪に触ったのか、冷静さを欠いた無駄な力が籠もった一刀は永劫と勢い良くぶつかりお互いの手から離れ床に深々と突き刺さった。


「俺の決意、受けてみろ!」


「その程度の一撃避けるまでもない!」


天守にゴシャッという鈍い破砕音が鳴り響く。


「バ…カな…お前のその身…何を宿らせた…?」


それはシュラの鎧が零葉の拳に砕かれる音だった。

しかし、シュラの驚いたのは鎧が砕けたことでは無く、寸前に零葉の身体から放たれた金色の輝きだった。

その言葉を最後にシュラは膝から崩れ落ち倒れ込んだ。


「コレ…何だ…?」


当の零葉も分からないようで己から漏れ出す輝きに戸惑いを隠せなかった。

そんな矢先、脳内に声が響いた。


-小僧、何故貴様が我を呼べた?-


聞き覚えの無いはずの声だったが零葉はその声の主を知っているような気がした。


「お前は…?それより、この光ってまさか神気か…?」


-人の身で我を呼ぶ者がいるなど聞いた事が無いがこうして貴様の面を観るのは二度目か-


「やっぱり、お前はスヴァンシーグか?一体何がどうなって…」


声の主はフィーナの身に宿る神獣スヴァンシーグだった。

何故彼の声が聞こえるのか、彼の神気が自身から漏れているのか、皆目見当もつかない零葉は動揺しきっている。


「ゼロハ、何ぶつくさ言ってんの…?」


その声にハッとして振り向くとシュラが痛むであろう腹部を押さえながら訝しげにこちらを見ていた。


「え⁉︎あ、そのー….「シュラ様、ご無事でござるか⁉︎」


言い訳をしようとする零葉を遮るように階段を駆け上がってきたイヅルが声を上げる。

そしてボロボロになったシュラの姿を見るや否や慌てて駆け寄ると肩を貸して寄り添う。


「ゼロハ、姉上も聞いて欲しい。我々、迦楼羅国は魔神捜索に全面的に協力する。零葉、何かして欲しいことがあったら言って頂戴」


「ありがとうシュラ。…そういえばイヅル、ヴァルはどうしたんだ?」


ようやく本格的な魔神捜索に乗り出せる事に安堵した零葉はふとイヅルと戦っていたはずの仲間のことを思い出し尋ねる。

と同時に再び階段から、今度は爆発音にも似た轟音が鳴る。

何事かとそちらに顔を向けた3人の目に飛び込んできたのはシュラ以上にズタボロになったヴァルだった。


「ヴァル、何があったんだ⁉︎」


すぐに彼の傍に向かった零葉ではなくシュラに向けて精一杯声を張り上げるヴァル。


「ソイツ…から…離…れろ…!」


指を差した先にはイヅルがおり、何のことか分からない零葉とシュラはキョトンとしていた。


「ホント、バカばっかりで助かるぜ」


「姉…上…?」


イヅルの言葉に耳を疑ったシュラが目を見開く。

その背には赤い血に塗れた刃が天に向かって突き立っていた。

正確にはイヅルが手に持つシュラの刀が彼女の胸を貫き背中から突き抜けていたのだ。


「イヅル…お前何してんだよ…」


零葉は目の前で起きている光景が信じられずにいた。

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