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アウトルーラーズ『チート家族の異世界英雄譚』  作者: 煉獄
一章【はるばる来たぜ異世界】
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異世界に飛ばされちゃいました

「ところで、話は変わりますがお母様はお気付きになられていますか?(わたくし)たち、いつの間にか包囲されているようです。私ですらこんな距離になるまで気付かないとは…相手は相当な手練れでしょうか?まぁ、何にせよ攻撃してくるようならば迎え撃つだけですけど」


2階から周囲を見回している斬葉(きるは)が木陰に気配を感じ取り、3人に注意を促しながら掛けていたメガネを外す。

そして顔にかかっていた前髪を掻き上げ、露わになった翡翠色の双眸。

味方である零葉たちですら怖気のするほどの殺気を放ちながら戦闘準備を整えているのだ。

軽く置いてけぼり状態の零葉たちはというと斬葉に忠告された通りに注意深く森を見渡し、そこでようやく彼女の言ったように木々の間に敵意に満ちた視線があることに気付いた。

それは一つではなく複数の視線。

その(ぬし)の姿さえ確認できず、突き刺さるような無数の敵意だけが森の中から零葉たちに向けて注がれているのだ。

相手の姿が確認できない理由は彼らの家を囲むように生い茂る森にある。

家の建っている場所を中心に大小様々な木々で創られた鬱蒼(うっそう)とした森があり、昼間だというのにも関わらず日の光は(ほとん)ど遮られて数メートル先は暗闇となっている上、明暗の差で森の中は全く見ることができない。


「ええ、もちろんよ。こんなにたくさんの殺気を一斉に向けられたのなんて何年振りかしら…ワクワクしてきちゃう。久しぶりにこっちの世界に帰って来たって感じで思わず5歳くらい若返っちゃうかもしれないわねぇ」


「母さん」


「お母さん」


「「それはないでしょ…ッ⁉︎」」


そんな中、無数の視線を浴び過去のことを思い出したのか百葉(ももは)が嬉しそうに答える。

そんな彼女の言葉に対して後ろを向いた零葉(ぜろは)狩葉(かるは)は母の表情を見て喉元まで出かかっていた言葉を無理やり呑み込んだ。

そこに居たのは森の中から向けられている何者かの殺気を遙かに凌駕する圧倒的なオーラを纏う一匹の獣。

小柄な身体から放たれる餓えた肉食獣のような獰猛さと狂気。

驚く2人を他所に斬葉はそんな百葉の豹変を大して気に留めるようなこともせず、それ以上に気掛かりな周囲の動きから目を離すまいと、木々の間で時折煌めく監視者たちの持つ瞳の微かな光を注視していた。


「ただ、この視線の数と雰囲気…森に住んでいる原住民というわけではなさそうですね。風に乗って獣の臭いもしますし。一応ですが、それなりの準備はしておくべきだとは思います…あくまでも最悪の状況に備えて念の為にですが。狩葉、いつも通りに周囲の状況を読み取れますか?」


そして斬葉は一階の玄関前に立っている狩葉に向かって指示を飛ばす。

狩葉は零葉たち三姉弟の中で最も五感の鋭さが(ひい)出ており、彼女は姉からの指示に無言で頷くと、そっと(まぶた)を閉じて聴覚に全神経を集中させる。

彼女は意識を身体の特定の部位に集中させる事によって、その器官の持つ能力を人体の限界以上に引き出すことのできる特異体質を持っていた。

人間の物理限界を超えた彼女の聴覚は、相手の足音や息遣いの数から、敵意を向けてきている者のある程度の正体、その正確な数を(あば)き出すことさえできるのである。


「呼吸と鼓動からして獣、足音がほぼ聞こえませんから蹄ではなく肉球のある動物…猫のような小型の足音ではなく、熊のような大型獣の重みのある足音でもありませんから…この二つを合わせて考えると中型の獣、最も近いのは犬や狼でしょうか。それに結構な数がいるようです、56…もしかしたらもう少し多いかもしれません。元の世界じゃ犬型の獣がこんなに大規模な群れを作るなんてあまり聞きません。それと姉様(ねえさま)、一応は確認してみたのですが半径200m圏内に人の気配はありません、何者かが直接指示を出している可能性は低いかと。」


「狩葉、ご苦労様です。ところで貴女が敵の数を断定できないとは珍しい事もあるものですね」


斬葉の問いかけに僅かに動揺を見せて目を泳がせる狩葉。

本来、彼女の能力をもってすれば相手の様子や数など一切が筒抜けになるほどの力であるはずだが、珍しく不確定な情報を狩葉が斬葉に伝えたため、何となくそれが引っ掛かったのである。


「関係があるのかは分かりませんが、妙なノイズのような雑音がここら一帯に流れてるみたいです。それに邪魔されて正確な情報や数が読み取れなくて…すみません…姉様たちの情報担当(オペレーター)失格です…」


「そうですか。そんなことはありませんよ、こんな突飛な状況の中でも良くやってくれました。ですが妙ですね、野生の動物にしては妙に統率が取れすぎている…それなのに的確な命令を飛ばすような存在もない。周囲には謎のノイズ音…仮説に過ぎませんが、ここの一帯に走るノイズが獣達に指示を出していると私は考えています。ですが、所詮は仮説…立証しようとしても、ノイズの正体を掴めなければ意味がありませんね」


尻窄(しりすぼ)みに声の小さくなる狩葉の話を聞いて、首を傾げる斬葉。

斬葉が困惑しているということは余程に今の状況には謎が多いということなのであろう。

この世界の生き物が一体どのような習性を持つか未だ不明だが、零葉たちへの包囲を崩すことなく木々の奥で様子を伺いながら隠れる様から野生の獣というよりかは訓練された獣であることが容易に想像できる。

しかし、狩葉の言ったように周囲に人間はおらず、斬葉が判断したように指揮を取ることなど出来ないはず。

それでも、獣たちは警戒はしているにも関わらず、こちらに出て襲いかかってくる気配は一向に無いのだが徐々にその包囲網を狭めてきていた。

そんないつ相手が襲い掛かってきてもおかしくない一触即発の状況を打破しようと、狩葉はすぐさま臨戦態勢を整えるが、彼女の目の前を百葉の華奢な腕が制した。

そして、先程と同じ様な恍惚に頬を染めた、ウットリとした表情で身体を震わせる百葉がゆっくりと、それでありながら一歩踏み出す度に周囲の者を殺しそうな殺意を撒き散らしながら彼女たちの家と森の間に歩み出た。


「もう我慢できない。こんなゾクゾクするような熱い視線向けられてジッとしてるなんて出来るわけ無いわ」


そう言うと、百葉はどこから持ってきたのか、トンファーの様な武器を取り出す。

しかし、普通のトンファーと違うのは、その両端に彼女の身の丈の半分もある長い刃の付いていることだろう。

俗に言うトンファーブレイドという武具だが、百葉はそれに「魔拳 ツヴァイヘイル」と名付けて愛用している。

そのまま、いまだ姿を現さない敵へと対峙するが、そんな百葉に触発されたのか2階の自室の窓から顔を出していた斬葉が口元だけに笑みを浮かべて窓の淵に足を掛けて身を乗り出す。


「お母様、私にやらせてくださいな。昨日の標的はA級と聞いていたのに、思った以上に斬り甲斐が無くて退屈だったんです。そのくらいのワガママ、許していただけますよね?」


そう言って窓から飛び出してきた斬葉は音もなく、臨戦態勢に入っていた百葉の目の前に着地する。

そしてチラリと見えた斬葉の口元だけの笑みに零葉と狩葉は思わず後退りする。

彼女が笑みを浮かべる時には大抵ロクなことにはならない、これは零葉たちだけではなく斬葉を見たことのある人間には共通の認識であった。

敵を殲滅するだけには収まらず、周囲にまで被害が及ぶほど見境なしになるのである。

抑えの効かなくなった彼女の危険性は彼らの中でもズバ抜けており、普段から無表情で何を考えているのかわからない分、己の衝動に従って動く彼女は余計にタチが悪かった。


「この世界に私達を飛ばした存在が何なのか分かりませんが、嬉しい限りですね…。だって見たこともない玩具(おもちゃ)がたくさんあるんですから」


斬葉はそう言って、ゆらりと不気味に立ち上がると、部屋から持ち出してきた刀をゆっくりと鞘から引き抜く。

抜き放たれた刀は、楽しげな持ち主の感情に同調するように闇夜の様な漆黒の刀身を怪しく煌めかせている。


「母さん、取り敢えず後ろに下がろう。姉さんも、ここは姉様だけで充分だ。ここに居ても巻き添え食らう可能性のが高いけど…」


零葉がようやく口を開いて狩葉と百葉に対して退くように促すと、狩葉は身震いしながらウンザリしたような視線を零葉に投げかける。

そんな間にも斬葉の持つ刀は漆黒の輝きを増していく。

間合いの外にいてもその輝きを目にすると恐怖を感じてしまう。


「分かってるわ…アタシは姉様の恐ろしさをアンタより長く見てるのよ?」


今にも戦闘衝動が爆発しそうな斬葉に対して百葉はというと普段の温厚さなど微塵も感じさせない乱暴な口調で獲物を横取りしようとする娘に牙を剥きながら牽制する。

彼女の様子の変わり方に、零葉と狩葉は更に表情を引き攣らせる。


(きる)…お前、アタシの獲物横取りすんのか?いい度胸してるな…お望みならまずはお前からブチのめしてやろうか?」


「あら?あらあらあら?これはこれは、お母様ほどの人でさえ勘違いなされることがあるんですね。己の力量も分からず強者に食ってかかるのはあまり利口とは思えませんよ?」


母からの牽制に、振り向いて口元だけの笑みを更に歪ませて答える斬葉とそれを冷たい視線で睨みつける百葉。

その様子を零葉と狩葉の二人はいつ自分たちに飛び火するか気が気ではない様子でビクビクとしながら目の前で火花を散らす母姉の間で視線を行ったり来たりさせていた。


「斬、いつからお前はアタシより上に立ったのかね?何だ、アタシが衰えただと?……傑作だ、お前さんいつの間に面白い冗談も言えるようになったんだ?いいか、お前とは踏んできた場数が違うんだよ。それにアタシの半分も生きてない小娘が戯れ言をほざくなんざ百年早え。いいか、これが最後通告だ…さっさとそこを退け…じゃなきゃお前のそのツラから消し飛ばす」


「ウフフ…15年近くも現場から離れた身でありながら、そんな貴女の現在の力に私の実力が劣ると?"魔猫女帝(エンプレス・キャット)"、残念ながら貴女の時代は終わったんですよ。手荒な真似はしたくなかったのですが仕方ありませんね、私のこの手で貴女へ直接引導を渡して差し上げましょう。その身を以って己がいかに衰えたかを実感してくださいな」


百葉と斬葉が、常人がその場にいるならばすぐに失神してしまいそうな程の殺気を放ち、ぶつけ合う中で森の中から零葉たちを見ていたモノがようやく正体を明かした。

怪物、そう呼ぶに相応しい姿をした異形の者たちが次から次へと、森の中からゾロゾロと現れる。

その外見は犬のようでありながら、口は首の辺りまで大きく裂けて、そこには不気味に光る牙がビッシリと並んで瞳はなく、その代わり目のある辺りからは、前方へと捻じ曲がり鋭く尖った一対(いっつい)の角が生えた奇妙な姿。

嗅覚は見た目通り犬並みなのか、瞳の無い顔を零葉たちの方へと向けていた。

そんな怪物たちは、零葉たちを追い詰めるように扇型に陣取って低く唸っていた。


「母さん、姉様も今は言い争ってる場合じゃねーよ、来るぞ!」


零葉の言葉に百葉が舌打ちしながら怪物の群れの方へ向く。

怪物たちは既に彼女の眼中には無かったらしく、斬葉との対決に水を差した邪魔者として認識したよう。

その一方で横目で忌々しげに斬葉を睨みつけると噛みつくように言い放つ。


「斬、お前との決着は後回しだ。先にコイツらを始末するぞ。寝ボケたお前の目にアタシの力を二度と忘れねーように焼き付けてやんよ。遅れんじゃねーぞ」


「その言葉、そっくりそのままお返しいたします。はぁ…仕方ありませんね、貴女の時代の終わりを告げる良い機会だと思ったのですが、無粋な犬には即刻退場願うとしましょう」


そして、魔殺家最強の母はトンファーブレードを、最狂の長女は漆黒の日本刀を怪物の群れに向けて構えた。

その後ろ姿を見ていた零葉と狩葉は狩人と獲物の立場が最初から揺らぐことなくこちらが狩人だったこと、これから起こるであろう惨劇に、敵であるはずの怪物に対して思わず同情せずにはいられない2人だった。

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