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愛する者

-むかしむかしあるところに、エルフィーの王女様がいました。

とても強く美しい王女には当然何人もの貴族や王族の男性が結婚を申し込んできましたが、王女はそれを全て断り続けていました。

何故なら彼女はヒトを愛することが出来なかったのです。

戦争の度に屈強な男たちよりも先に前線に立ち、幾多もの功績を挙げる事こそ他者の上に君臨する者の姿だと父である皇帝に幼い頃から教え込まれてきたので、他の事にうつつを抜かす事は愚かだと考えていたのです。

そしていつからかそんな彼女はこう揶揄されるようになりました、"鉄血王女"と。

戦いに明け暮れる日々、エルフィーの国では彼女を花嫁に迎え入れようとする男性がいなくなった頃、彼女にある転機が訪れます。

戦場で出逢ったとある男性が突然彼女に求婚してきたのです。

当然彼女はその申し入れをキッパリと断りましたが、男性は諦める事なく王女と再会する度に結婚を申し込みました。

初めは男性の言葉を己を拐かし欺く為のウソだと勘繰り、気にも留めていなかった王女でしたがしばらくそれが繰り返されると疑心が疑問に変わっていきました。


「何故、貴様は性懲りも無く我に求婚し続ける?」


男性は迷いなき瞳で答えました。


「君の隣に居たい、それだけかな」


その言葉は王女の心境に大きな変化をもたらす事になりました。

そう、彼の事が好きになってしまったのです。

ですが、これまで人を好きになった事の無い彼女にその気持ちが恋であることを知る術はありません。

感じた事の無い不思議な気持ちを幻術か何かと勘違いした王女は男性を手にしていた剣で斬りつけてしまいました。

その後も事あるごとに男性の顔が浮かぶようになってしまった王女様は呪いか何かに掛けられたと思い、何とかその幻を振り払おうと侍女に相談します。


「姫様、それは恋というものですよ」


笑顔を浮かべる侍女に彼女はまさかと疑ってしまいます。

それも無理のない事です。

これまで知識として恋の事は知っていても、いざ自分の身に降りかかると信じられないという気持ちの方が大きくなり、疑ってしまうのが生き物の性というものです。

しかし、畳み掛けるような出来事が起こります。

戦場で斬ってしまったはずの男性が再び彼女の前に現れまた求婚してきたのです。

これには王女も驚きを通り越して呆れるほど。


「貴様は正真正銘の莫迦者か。斬られた相手に結婚を申し込むなど最早、気が触れているとしか思えん」


男性はまるで斬られたことを忘れているかのようにあっけらかんと答えます。


「眠っている間もずっと君の事が頭に過ってたんだ。これは神様が君から離れちゃいけないって言ってるような気がしてさ。だから今日も俺は言うよ、結婚してください」


王女は気付くと自分が笑みを浮かべていることに気付きました。


「そうか…これが恋か…どうやらワタシは貴様の事がいつの間にか好きで好きで堪らなくなっていたようだ…ワタシも他人の事は言えないな」


幾度と無く断られ続けながらも決して諦めなかった男性の恋はここでようやく実を結びました。

ですが2人の間にはどうしても越えられない大きく厚い壁が立ちはだかっていたのです。


「とはいえ、エルフィーの王女がヒューマンに惚れるなど…本国のヤツらに知れればワタシ共々2人で死罪だな」


そう、エルフィーの王女様はヒューマンの騎士に恋してしまったのです。

王位継承権の第1位に座する王女と一介の騎士の恋愛など許されるはずも無く、本来であれば王女は王族や貴族と結婚するのが当たり前の時代、それだけでなく相手が敵対勢力の者だと周囲に知られれば、お互い無事では済まないことは容易に想像することができます。


「そんな事今考えなくても良いんじゃないかな?」


王女の不安をよそに騎士はあっけらかんとした様子で笑っていました。

それから2人は隠れて逢瀬を重ねて誰にも知られてはいけない秘密の愛を育んでいきました。

そして季節が三度巡った頃、とある森の中で2人は小さな結婚式を2人きりで挙げていました。

この日の為に用意した揃いの指輪を交換した2人は、短いキスの後照れたように笑いました。


「この指輪に誓って死ぬまで君を守るよ」


「莫迦者、お前がワタシを守るのではない。ワタシがお前の事を死ぬまで守るのだ。どうせお前の方が先に死んでしまうのだからな、異論は認めないぞ」


一生添い遂げる事を誓ったとは言え、2人は別々の種族、老いの速さも違えば寿命も違うのです。

それでも今この時は彼を最期の瞬間まで愛し続けたい、彼女は騎士に伝える事はしませんがそう決めていました。

結婚してしばらくしたある日の事です、王女は皇帝に呼び出され首都エル・フィオナにある皇帝宮に出向いていました。


「お父様、只今参りました……これは…弟たちだけでなく大臣たちまでも揃ってどういう事でしょうか?」


王女様が玉座の間に辿り着くとそこには既に皇帝である父親と王女の弟である王子たちや国の政治を任された大臣たち、王族や貴族が勢揃いしていたのです。

玉座の間に漂う異様な雰囲気に目を細める王女でしたが、考える間も無く皇帝が口を開きました。


「娘よ、お前が下等生物の男と密会しているという話を聞いたがそれは(まこと)か?」


王女はその質問に動揺が隠せません。

それもそのはず、騎士と会う時には必ず1人きりで従者も連れずに人目のない所で会っていたのです。


「何の事か分かり兼ねますお父様、ワタシが下等生物と逢瀬を?そんな事よりも鍛錬の方が大切だと教えて下さったのは他でもないお父様ではありませんか」


極力平常心を装い王女は答えました。

しかし、それも次の瞬間には崩れ去ってしまいます。


「例の輩をここへ」


皇帝の言いつけで連れて来られたのはボロボロになった騎士でした。

それを見た瞬間、王女の頭の中は真っ白になり思わず口を開いてしまいます。


「そんな…どうして…ッ…」


「ほぅ…娘よやはりお前はこの輩を知っているのだな」


気付いた時にはもう遅く皇帝は静かに、そして寒気がするほどの低いトーンで王女を問い詰めました。


「エルフィーの王よ、何度も言ったように自分にはてんで身に覚えのない話なのです」


「誰が発言を許可した口を慎め!」


「ガハッ⁉︎」


「止めろ!」


皇帝の問いに答えたのは騎士でしたが、拘束している兵士が勝手に声を上げた彼の背中に槍の柄を振り下ろして叩きつけました。

あまりにも酷い仕打ちに王女は騎士の元へ駆け寄ろうとしますが他の兵士がその先を阻み近付くことすらできません。


「もう一度問うぞ、娘よお前はこの輩を知っているな?」


騎士の話には耳も傾けない皇帝は再度王女を真っ直ぐ見据え問いました。

王女は一瞬だけ騎士の方に視線を移すと、騎士は誰にも気付かれないよう目だけで「何も言わなくて良い」と訴えているようでした。


「………お父様、確かにこの者はワタシの伴侶となる男です。彼の種族とは敵対している事も重々承知しています。ですがワタシは彼が愛おしくて愛おしくて堪りません、ようやく生涯の伴侶に巡り会えたのです。お父様勝手を承知でお願い致します、どうか彼の事は不問にして頂けぬでしょうか?」


「そうか…」


しかし王女は迷う事なく皇帝に自身と騎士の関係を詳らかに説明します。

ここで関係無いといえば他種族である彼は問答無用に斬り捨てられるかもしれない、そう判断した故の嘘偽りない言葉でした。

王女様の言葉に静かに目を閉じて考え込む皇帝からは先程までの恐ろしい雰囲気は消え失せており、説得は成功かと思われ王女も安堵した様子で騎士の方を見ました。


「えっ?」


ですが次の瞬間、彼女の目の前で騎士の首は皇帝の一閃によって呆気なく落とされてしまいました。

あまりの出来事に絶句する王女に皇帝は静かに告げます。


「愚か者め、お前には愛など必要ないとあれほど必要ないと教えたはずだ。世継ぎならばお前の弟たちがその役目を担ってくれる。その事も分からぬほど落ちぶれたか」


最早、皇帝の言葉など一切耳に入らない王女。

必死に状況を整理しようとしますが、目の前に転がってきた数十秒前まで確かに愛していたはずの騎士の首が目に入った瞬間、思考は止まり頭の中は真っ白になりました。


「あ…あぁ…あぁぁぁぁぁ⁉︎そんな…嘘だ、嘘だ、嘘だ!」


錯乱した様子の王女は騎士の首を抱きかかえるとヨロヨロと立ち上がりました。


「ふん、その程度で喚きおって。そこの愚か者は牢に閉じ込めて頭を冷やさせるが良い。死体はハウンドにでも食わせ、首は書状と共にあの凡愚どもの国に送り返せ」


皇帝の命を受け王女を拘束しようと兵士たちが動いた瞬間に彼女は剣を抜き放ち皇帝へと斬り掛かりましたが、目前で2人の王子に押さえつけられてしまい、その弾みで持ち主の手を離れた剣がカラカラと音を立てて床を滑っていきました。


「グッ…退け、邪魔をするな!」


「姉上、いくら貴女と言えど父上に刃向かう者は容赦しませんぞ」


「少し冷静になった方が良いかと、貴女はあの男によって操られていたのです」


「黙れ!貴様らは彼の何を知っていた!」


王子たちの言葉に王女が激昂するものの男相手に2対1では当然分が悪く、身動きが取れなくなってしまい兵士に引き渡され拘束されてしまいました。


「その程度で取り乱すなど…軟弱者が」


縄で縛られ地下牢へと連行される王女に皇帝が追い打ちの一言を零しましたが、これが決定打となり彼女の中で何かが壊れる音がしました。


「その程度…?フザケるな…ワタシの命以上に大切な婚約者をその程度呼ばわりだと⁉︎」


縄を掴んでいた兵士を体当たりで突き飛ばした王女は皇帝の目の前にまで迫り、その喉笛を咬み千切らんと言わんばかりに歯を剥き出しにして激怒し怨嗟の言葉を吐き出しました。


「お父様…いいや、貴様は必ず私の手で殺してやる…貴様だけじゃない!この場にいる全員、子々孫々まで必ず殺し尽くす‼︎」


そして叛逆者として地下牢に閉じ込められてしまった王女でしたが、次に見回りの兵士がやってきた時には牢屋の中はもぬけの殻になっており、それを境に王女忽然と姿を消してしまいました。

以来彼女の姿を見た者は誰一人いなかったと言います。

これは1人のエルフィーと1人のヒューマンの哀しい愛の物語。-


「愛というのは時として人々を狂わせる、それはいつの時代も同じ事なのかもしれませんね」


語り部の男性はそう締めくくり、手にしていた本を閉じた。

ここは迦楼羅国(かるらのくに)

その城下町で一際目立つ人だかりができていたので、気になった零葉とイヅルは覗いてみたのだ。


「それにしても悲劇モノだったとは最初の流れからじゃ想像もつかなかったな」


「後味の悪さは否定出来ぬでござるな。しかしながらあの話は何度も演劇化された人気の演目であるのもまた事実…拙はあまり好きでは無いでござるが」


その後、街中を歩きながら話していた2人に1人の町人が近寄ってきてイヅルに対して何か耳打ちした。


「…!それは真でござるか?」


イヅルは目を見開いて問い掛けると肯定の意だろう深く頷く町人。

そんなやりとりを見ていた零葉は何となく2人の会話の内容を察する。


「何かトラブルか?」


「この街は城壁に囲われているのは先日ご覧になったでござろう?あの上には警備の騎士や侍たちが大勢居たのでござるが、昨晩警備にあたっていた者たち50人近くが今朝になって姿を消していることが分かったとの部下からの報告でござる」


「…イヤな予感がする…とりあえず、現場行ってみるか。案内してくれイヅル」


現状ではあまりにも情報不足な為、直接現地に赴くことを決めた零葉にイヅルも頷いて賛同した。

向かう道中、集団失踪事件となれば普通であればその話題で持ちきりになるはずだが、今現在賑やかながらも活気溢れるだけの平和な街を見ていた零葉は首を傾げる。


「それにしても、そんだけのトラブルが起きてまたで騒ぎになってないみたいだけど?」


「流石に大事過ぎる故、情報統制は済ませているようでござるな。しかしながら失踪した者たちの痕跡すら残っていないとなると…」


「50人を相手しても何の騒ぎにもならないまま全員始末できるレベルのバケモノの仕業か…」


そう言った零葉の脳裏に過るのは紫髪の魔神、これほどの事件を起こす理由が彼女たちを除いて他の種族には考えられないのだ。


「只でさえ内輪揉めで基盤が揺らいでいるというのに外部からも敵とは…」


イヅルには魔神の事は伏せておくことにした。

彼女たちが関わっているという決定的な証拠もないまま余計な不安を煽るのは得策ではないと判断したからである。

何か手掛かりはないか、そう思い目を配っていた零葉にレンガの一角が留まった。


「イヅル、これ血じゃないか?」


「確かに…乾いてはいるもののこれは間違いなく血痕、しかも最近のものでござろう。となると兵士たちは何者かに襲撃されたと考えるのが妥当でござるな…しかし一体どこの誰が…」


僅かながらも手掛かりが見つかったことで考え込むイヅルの横顔を見ながらこの事はフィーナ、ヴァル、セレネを含める家族たちには伝えようと決めた零葉。

未だ魔神が関わっているという決定的な証拠は無いものの、それを疑うには十分過ぎる規模の事件だからだ。



「んで、確証は無いけど万が一と思ってアタシたちを集めたってワケね」


シュラの屋敷に戻った零葉とイヅルはそれぞれ事件のことを報告するべく別れていて、今は狩葉たちを居間に呼びここまでで気付いたことを伝えていた。


「…血が付いていた、というだけではあまりにも説得力が欠けますが警戒するに越した事はないでしょう。この事をあの2人は?」


「伝えてないよ、さっきも言ったように内側が固まってないのに外から余計な刺激を加えるべきじゃないし」


零葉の機転を効かせた判断に肩を竦めて賛成する狩葉はこれからの行動を口にする。


「まぁ当然の判断ね、分かったわ一応情報収集くらいは手伝ってあげる。でもあんまり期待しない事、アンタが言ってる事が正しければ周囲に情報なんてないんだから。集められるモノもほんの僅かなはずよ」


「それでもやってもらえるだけ御の字さ。だけどそれが事実だとしたらアイツはもうこの街のどっかにいるはずだからなるべく複数人で行動した方が良さそうだな」


その後の話し合いで戦力的な釣り合いを取る為に行動時の組み合わせは零葉・ヴァルペア、狩葉・セレネペア、斬葉・フィーナペアとなりイヅルやシュラに同行する際は各ペアが対応することになった。



「何だかんだで斬葉さんと2人きりって初めてですね…」


「普段は喧しい妹たちが居ますからね」


「…きっ…斬葉さんって好きな食べ物とかあったりするんですか?」


「別段好き嫌いはありませんよ、昔から牛乳は好きですが」


「(食べ…物?っていうか会話が続かないよぉ…助けて零葉さぁん!)じゃっ…じゃあ好きな人は?」


「………」


街中を歩くと誰もが振り返る美貌の持ち主である斬葉とフィーナ、慣れない2人きりという状況で無理やり間を持たせようと質問し続けるフィーナだがその悉くが一言で片付けられてしまう。

半分泣きが入っている状態の彼女は今まで聞いたことない恋愛系の質問を投げかけてみると途端に時が止まったかのように会話が途切れてしまう。


「(あ…これマズかったかも…)えぇっとじゃあ…」


「居ますよ」


「へっ…⁉︎」


凍りついた空気を察したフィーナは慌てて別の話題を振ろうとするがその前に斬葉が口を開き、予想していなかったタイミングでの返答に素っ頓狂な声を上げてしまう。


「へっ…へぇ〜。どっ…どんな人なんですか?」


「一言で表すならば最強…ですかね」


「…っ…⁉︎もっと詳しく聞きたいです!」


その言葉に息を呑むフィーナ、詳しくは知らないものの零葉たちの元いた世界では最強の一角と呼ばれていたはずの斬葉、その彼女が「最強」と呼ぶのは一体どんな男性(ヒト)なのだろうと俄然興味が湧いてきた。


「元々は敵同士だったんですよ私たち、でもいつの間にかお互い傍にいてって感じですかね」


「スゴい、大恋愛じゃないですか!」


「そんな大層なものじゃありませんよ、でも真っ直ぐでどこかおっちょこちょいだけど間違いなく私の大切な(ヒト)です…」


「ほぁぁ…素敵…ん?」


トキメクような恋愛話に目を輝かせていたフィーナだったが、とある一部のニュアンスに違和感を覚える。


「斬葉さん…大切な人ってもしかしなくても女の子…」


「何言ってるんです?女の子以外あり得ないでしょう?」


さも当然のように答えた斬葉との価値観の違いに眩暈がするフィーナ、以前零葉や狩葉に彼女の恋人が同性だと言うのを聞いたような覚えがあった。


「あ…そうですよね!(やっぱりこの人とは話が合わないよぉ!)」


と、終始内心でベソをかきっぱなしのフィーナだった。

一方、所変わってこちらは男子コンビ。

零葉はなかなか有力な情報が集まらないことに焦燥感を覚えながらも同じように情報収集に出ているフィーナを心配していた。


「フィーナのヤツ、姉様と2人で大丈夫かな」


「お前が心配しても仕方ないだろ。斬葉のヤツ、戦闘面は文句無いし」


「そうじゃなくてだな、あの2人の組み合わせって殆ど初めてだろうから気疲れがハンパないだろうなって。現に俺らも姉様の相手は疲れるんだよ」


「あぁ、そっちか。つーかアイツが聞いたらブチ殺されるな。そもそも俺はお前ら姉弟の相手するのが何より疲れるわ」


零葉がポロッと零してしまった斬葉への愚痴を聞きながら乾いた笑顔を浮かべて皮肉ったヴァル。

これまで幾度となく彼らに振り回されてきたことを考えると無理もないことである。


「それも心配だが零葉くんよぃ、失踪事件について何の情報も無いんじゃ手詰まりじゃね?」


「ま、情報統制してるんじゃ無理もないか。ぶっちゃけあまりアテにはしてなかったけど、こうも収穫が無いと精神的にキツイなぁ…城壁周辺だったら何かしらの目撃情報でもあるかと思ったけど見当違いだったかな」


「零葉お前は今回の事件、仮に魔神が絡んでるとしたら何が目的だと思う?」


不気味な事件の全容も掴めないまま不安に煽られ考え込む零葉を見ながらその考えから遠ざけようとヴァルが例え話を切り出す。

ヴァルの問い掛けに片眉を吊り上げて頰を掻く零葉はあの狂人であればどう動くかを口にする。


「んー、やっぱ通り魔的発想なのかな。アイツなら目に映るもの全部にケンカ売る気がする」


「それもそうかもしれねーが、まず大前提としてアイツらにお前らが狙われてるんだ。だとしたらお前らをおびき寄せる餌を撒いたって考えんのが一番妥当だろ」


「あぁ、確かに」


その推理に納得がいったのかポンッと手を打って頷く零葉にヴァルは呆れ顔を浮かべ、最近彼に不足している危機感に警鐘を鳴らす。


「忘れんなよ、この世界じゃお前は異物扱いだ。俺やフィーナ、セレネ、これまで関わってきたヤツらはたまたま他種族に寛容だっただけ。お前らの存在を煩わしく感じるヤツは少なからず必ず存在するんだ、何でもかんでも鵜呑みにして他人を信用するな、少しは警戒しろ。その甘さはいつかお前だけじゃなく俺ら全員を殺す」


「………そうだな、ちょっと甘えが出てたかもしれない、サンキューヴァル。よし、もう一回気を引き締め直すとするか」


ヴァル自身、何故このタイミングで彼にキツい一言を放ったのか分からないが、この先何か良くないことが起こるという確信だけはあった。

それ故の咄嗟に出てしまった一言だったが、零葉は真摯に受け止め自身の両頬を強めに叩いて気合を入れるのだった。


「アンタたち見ない顔だね、こんな町外れに何か用かい?」


そんなやりとりを見ていたのか訝しげな表情をした女性が2人に声を掛けた。


「昨日この辺りで何か不審な事がなかったか調べてるんですよ」


昨夜の事件のことはなるべく伏せつつ嘘偽りなく答える零葉に、女性はキョトンとして返答する。


「別に何も起こっちゃいないよ、平和そのものさ」


「そうですか…お手数お掛けしました」


当然何の情報も得られるはずも無く意気消沈して頭を下げる零葉がその場を去ろうとすると、女性が何かを思い出したように2人を呼び止めた。


「あぁ、そうだ。そう言えばウチの旦那が昨日の夜おかしなものを見たって言ってたね」


「旦那さんは今どちらに⁉︎」


「おいコラ、バカ零葉。んな勢いじゃその人も驚くだろうが」


ようやく有力な情報が手に入りそうなこともあって食い気味に女性へ詰め寄る零葉をヴァルが諌める。


「あ、すみません。ここまで収穫ゼロだったもので…それで旦那さんは…?」


「そうかい、これが欲しがってる話とは限らないだろうけど聞きたけりゃいくらでも聞いてやってくれよ。旦那なら今日は非番でウチにいるからさ。アンタ、お客さんだよ」


「あんだよ…こんな日くらいゆっくりさせてくれや…誰だアンタら」


女性に呼ばれて平屋から出てきたのは、寝起きなのか欠伸を噛み殺しながら頭を掻いている30代くらいの男性だった。

男性は零葉とヴァルを見ると眉を顰めて首を傾げる。

無理もない話だ、見ず知らずの人間を自分への客人だと言われれば不審がるのは当然の反応である。

そんな男性に2人は軽く会釈すると本題を切り出す。


「お休みのところ、突然押し掛けて申し訳ありません。先程奥様から旦那様が昨晩妙なものを見たと言うのを聞いてお話を聞きたいと思いお声がけして頂いたんです」


相変わらず別人のような丁寧な口調で対応する零葉に、ヴァルは夫婦に気付かれないように苦笑いを浮かべる。

男性はというと物腰柔らかな零葉の言葉にすぐに警戒を解いた様子で口を開く。


「それのことかい、何別段面白い話でもねぇよ?昨日の夜城壁下の見回りをしてたんだ。そしたら丁度上を見た時、人影が飛び出すのが見えてな。こいつは飛び降りかと思ってすぐに落下地点の方に追い掛けてったんだ。ところがいつの間にやらそんな影なんて無くなっててな…ほれ、聞いたところで意味不明だろ?」


「どんな感じの人影だったか覚えてますか?」


「うーん、ここからだとあんまり分からなかったが、多分1人は長髪、もう1人は鎧姿だったかな。何せこの距離だからな保証はしないぞ?とは言えこんな幻みたいな話信じろってのが無茶だわな。悪いな無駄な時間取らせて」


「いえ、こちらこそ貴重なお休みのひと時をお邪魔して申し訳ありませんでした。有益なお話を聞かせて頂けたこと感謝します」


夫婦に別れを告げ再び中心街に戻ってきた零葉、何か考えていたのかここまでの移動中ずっと黙り込んでいたがようやく考えが纏まったようでヴァルに尋ねる。


「ヴァル、この世界に住む種族の中で空間転移、飛行術、透明化、このいずれかが出来るもしくは複数個を同時展開出来る種族ってのはどれくらい居る?」


「空間転移ならエルフィーの得意分野だろうし、飛行なら俺ら龍種(ドラグール)機甲人種(マキナ・ドール)辺りが代表的か。種族によるが獣人種(ビーストール)魔族種(デモニア)も可能だな。透明化ならそれなりの魔術を使える種族なら可能だな」


その言葉にいよいよ魔神の関与を本格的に疑い始め再び考え込む零葉は自身の背中を何者かが息を潜めて見つめている事に気付けずにいるのだった。

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