迦楼羅国
紆余曲折や寄り道もありながらようやく迦楼羅国に最初の予定通り到達した零葉たち、イヅルの同行もあり難なく入国する。
しかし、そんな彼らを追うように怪しい影が…物語も大きく動き出す迦楼羅国編、いよいよ開幕!
「これ、迦楼羅国でしょ?意外と近かったわね」
「……近いなんてものじゃ無いでござる、まさか研究所の場所が拙たちの国の遥か地下にあっただなんて」
「迦楼羅を囲うようにあるメルニア湖の畔に出るなんてな、そりゃ自分の領土内に謎の研究所があるなんて考えもしないし探しもしない、結果見つからないワケだ」
研究所から何事も無く脱出した零葉たち、普段は船小屋として使われているのだろう人気の無い建物の屋内に出た一行が窓から外を覗くと堂々と聳える日本式の城と城下町が飛び込んできて驚愕する。
「というかどうやって対岸まで渡るのですか?見たところこの小屋には船などは無いように見えますし、外にも船が通っている様子もないですし」
外の様子と船屋の内観に目を向けていた斬葉が気付いたことを述べるとイヅルがたった今思い出したように答える。
「それならば心配ご無用でごさる。皆様一度外に出てもらってもよろしいでござるか?」
そう言って一行を外へと促す。
適当な場所を見つけて落ちていた枝を組み始めたので零葉たちにはイヅルがこれから何をしようとしているのか何となく予想出来た。
「もしかして狼煙か?」
「ご存知であられるか、いかにもある程度の距離であれば手っ取り早い連絡手段でござるよ」
もっと早い手段があるような、というツッコミを飲み込んだイヅルを除く一同。
それを他所に慣れた手つきで火まで着け終えたイヅルは焚き火から煙が出るのを見計らって布でバッサバッサと扇ぎ始める。
「こうすれば対岸の見張りが気付いてくれるはず…あ、気付いたでござるな」
通信手段は原始的だったものの、そこからは目を見張るものがあった。
湖から突然柱が無数に飛び出してきたのだ。
橋脚と思われる柱は真っ直ぐ迦楼羅国に向かって整列していて、続けて向こう岸の迦楼羅から橋板と橋桁が橋杭の上を伝うように伸びてきて零葉たちの目の前にものの1分ほどで立派な橋を架けた。
「こりゃスゲェ…」
流石の零葉もこれには驚いたようで一言だけ発するとそれ以降は予想外過ぎる技術力に言葉も出なかった。
「この湖には肉食魚を大量に放っている故、間違っても落ちること無きようお気を付け下され。落ちればあっという間に骨だけですぞ」
「ぴぃっ⁉︎」
橋の中腹に差し掛かった時、風に揺れる水面を覗き込んでいたフィーナにイヅルがからかい半分で脅す。
研究所での勇ましい姿は何処へやら跳び上がるように欄干から離れたフィーナは零葉にしがみついてプルプルと震える。
「なーんて冗談でござるよ、まぁ肉食魚がいるのは本当でござるが」
「やっぱり本当なんじゃないですか!」
そんなフィーナを見て流石にやり過ぎたと思ったのか冗談だと否定するが、肝心な部分は真実だと告げるものだから結局フィーナは零葉にしばらくの間しがみついたままだった。
その後、昔の城下町に似た賑わいの中をイヅルの案内で移動していき街の中心、城の門前までやって来た。
「待て、何用だ」
「我らが殿、シュラ様のお客人をお連れした。書状ならばここにある」
当然、本来隠密部隊であるイヅルの顔など知るはずも無い門番が行く手を遮るが、イヅルが懐から取り出した書状を見せると納得したように頷いた。
「承知致した、ならば何も問題は無い。開門しろー!」
門番が叫ぶと大きな城門がゆっくりと開いていく。
その様を眺めてネールスの事を思い出したのは零葉だけでは無いようで。
「「何か最近デカイ門をよく通るな」」
ヴァルと揃って同じ事を言ったことが可笑しかったのか顔を見合わせて苦笑する。
そしてイヅルに案内されるまま城の天守閣に向かって登っていくと一行の目の前に一際目立つ朱塗りの襖が姿を現した。
恐らくこの先に城主である零葉たちをここに呼んだ張本人、シュラが待っているのだろう異様なまでの覇気が漏れ出して来ており、これまで幾度となく強敵と見えてきた零葉たちでさえも息を呑むほど。
「これより先は殿の御前、皆さま宜しいでござるか?」
一同に同意を求めるイヅル、反論がないのを是と捉えたのか襖を開け促した。
中に入ってまず驚いたのは上座の手前に家臣と思わしき着物姿の男性や女性がズラリと並んでいたからである。
その数20人ほどだが、その誰もが零葉たちを品定めするように見ている。
この世界に来てからというものそんな視線がよく向けられるがいまだに慣れないと感じる零葉。
「殿、お客人…マアヤメ ゼロハ殿以下お仲間の皆さまをお連れ致しました」
再びイヅルが前に進み出て零葉たちを紹介するとヒソヒソと小声で家臣たちが話し合い始めた。
一方イヅルが頭を下げたのでそれに倣って頭を下げた一行だが、零葉は周りの話が気になるのか視線だけ動かしながら独り言ちる。
「…大方ウワサとの違いに動揺してんだろうな…」
「おい、お前ら客人の前でヒソヒソ話なんかしてるんじゃない、不躾だろうが。こんなもん街のチビ共でも分かるぞ」
そんな中、一番奥の人物が声を上げると家臣たちが一斉に口を噤み、その声にハッとした零葉たちは思わず顔を上げてしまう。
「ほぉ、イヅルからある程度の報告は受けていたが…中々どうして良い面構えしてるじゃないか」
上座に腰掛けていたのは羽織袴を身に付けた女性だった。
そして女性は零葉たちの顔を見て心情を見透かしたように告げる。
「その様子だと領主が女だってのは意外だったようだな。如何にもワシがこの迦楼羅の領主、アカテトリ・シュラだ」
シュラは愉快そうに笑いながら名乗った。
人類の国の女領主、元いた世界…戦国時代にはそんな人物が存在したと学んだ零葉だったが、まさか異世界の大国の一角のトップが女性なのはあまりにも意外であった。
「シュラ様、遅くなりましたこと謹んでお詫び申し上げまする」
「構わん、ほんの半日程度待っていただけだ…おっと、それは家臣たちだけか。まぁ良い、何か理由があっての事だろう?さて、家臣たちへの面通しも済んだ事だ、ソウゼン以下イヅルを除く者たちは全員下がれ」
トツカの件の事だろう、遅刻した事を深々と頭を垂れて謝罪するイヅルにさして気にした様子のないシュラ。
彼女は家臣たちに退室を促すが、当然主人を見ず知らずの連中と一対一にすることに関して家臣たちは反対する。
「殿それは危険ですぞ。いくらイヅル殿がいるとは言え得体の知れない者の中に主を1人きりになど出来るはずが…いざという時にはこの場の全員で取り押さえなければならないかと」
「お主なら彼らを取り押さえられる…か…冗談抜かせ。忘れたのか、今お主がこの程度の人数と侮っている相手に対してエル・フィオナの住人たちは軍隊を引っ張り出してきたのだぞ?ワシやイヅルでさえ一対一ならば幾分か対抗はできるが、お主らではこの場にいる全員で彼ら全員を相手にしても簡単に返り討ちにされるぞ。まぁ彼らに手を出すならばその前にワシが相手をしようか」
その言葉に全員が凍り付く、シュラの実力はこの場の迦楼羅の住民の誰より強いのだろう。
彼らの反応を見ていればそれは明白で、初めは退出する事を拒んでいた家臣たちだったがそれ以上主の命に背く者はなく渋々と出ていき最後には零葉たちとイヅルとシュラだけになった。
「待たせたな、と言うわけでまずはエルフィーの副官、守護者.ゼノン襲撃の件についてだ」
これが領主の器たる者の度胸だろうか、シュラは多勢に無勢の状況であるにも関わらず臆する事なく真っ先に零葉たちを呼んだ要因であろう本題を切り出す。
ネールスのライゾットと同じ一国の王であるが彼女にはあちらとは違う有無を言わさぬ何かがあり、零葉は彼女の一挙手一投足を注視している。
「……良くやった、とでも言っておこう」
「「「……へ?」」」
これから零葉たちへの処断を言い渡すのであろう、そしてその際この場をどうやって切り抜けるべきかと考えを巡らせていた零葉たちはシュラから言い渡された思わぬ一言に目を丸くする。
同盟関係を結んでいる相手の血縁が襲撃されたのだ、普通であれば打ち首などになってもおかしくない程の重罪であるはずが、許されるどころか賞賛さえされたのだ。
予想だにしていなかった言葉に逆に動揺してしまう零葉。
「え…あ…それってどういう…?」
「早い話が頑固者のクソジジイをボコってくれてサンキューってこと」
「何か…先程までとまるで別人のようですね」
突然フランクな喋りに変わったシュラ。
あまりの変貌に斬葉ですら眉をひそめてしまうが当のシュラはやはり気にした様子も無く喋り続ける。
「いやさ、あのジジイどもアタシらが弱いと思ってバカみたいな不平等条約押し付けて来やがってさ。確かにいくらアタシが強いって言っても他のヤツらは一般的なワケじゃん?だから渋々呑むしかなかったんだよねー」
「アタシたちが言うのもなんだけど、イヅルちゃんのご主人って…少し…いや、かなり変わってるわね」
「面目無い…」
先程までとガラリと様子の変わったシュラに困惑し、イヅルが申し訳なさそうに眉を下げると、それを聞いていたシュラがクスクスと笑いながら答える。
「あくまでもアイツらの前では形式っていうの?そういうのなんかあるじゃん、こっちが素のアタシ。つーか羽織袴とか蒸れて暑いしダサ過ぎてあんまり着たくないんだけど、イヅルもう脱いでいい?」
「ダメです姫様、というかその喋り方も極力なさらぬようにお願いしたはずですよ?」
胸元をはだけさせダラけぶりを遺憾なく発揮するシュラに対してキツく咎めるイヅル、先程までの威厳は何処へやらすっかりダメ人間と化したシュラの暴走は止まらない。
「……っ…」
「あれー、もしかしてゼロっち照れてるのー?可愛いなぁ」
僅かに顔を覗かせる汗の滲む谷間に思わず顔を逸らす零葉だがその反応を見つけたシュラが面白がって近寄って来る。
「ほれほれー、可愛い女の子のおっぱいだぞー…触ってみ"っ⁉︎」
「はしたない真似するなって言ってんのが分かんないかなこのダメ当主!」
遂に堪忍袋の尾が切れたのかシュラの脳天にゲンコツを落とすイヅル。
いつの間にかすっかり逆転している主従関係に目を白黒させる一同の視線を受けてハッと我に返ったイヅルがポロッと衝撃の事実を漏らす。
「失礼しました、うちの愚妹がとんだ下品な真似を…あ」
「「「妹⁉︎」」」
「ちょっ…イヅルちゃん何歳なの⁉︎」
イヅルの爆弾発言に真っ先に食い付いたのは狩葉、彼女は周囲とは違う理由で驚きどこかズレを感じる問いを投げかける。
「拙は今年で22でござる」
「まさかの姉様より年上!」
容姿から年下だとすっかり思い込んでいた狩葉は背景に稲光が見える気がするほど頭を抱えてあからさまにショックを受けている。
「………でも…可愛いしどっからどう見てもロリっ娘忍者だからいっかぁ」
「流石ロリコン…ブレないな」
「なんか言った?」
「いいえ」
流石特殊性癖持ちといった具合にすぐに立ち直った狩葉はイヅルを抱き寄せ撫で回し始める。
「それはそうと俺たちを呼んだ理由をいい加減聞かせてくれても良いんじゃないか?その様子だとコイツらがゼノビアをぶっ飛ばしたのは本題の一つに過ぎないみたいだが」
一向に進まない本題に口を開いたのはヴァル、すっかり零葉たちのマイペースには慣れたのか軽く流しながらシュラと話す。
彼女もヴァルの正体になんとなく気付いたのか居住まいを直すと答える。
「あー、アナタがゼロっちたちに協力してるっていう龍人族…流石の風格ね。見た目はゼロっちなんかと大差ないように見せてるけどアナタの隠し切れない圧倒的な威圧感は龍王クラス…いやもっと言えば…」
「それ以上は言わぬが花だぜ迦楼羅の姫さんよ」
「姫様なんて止めてよ、アタシはただの領主。そこに性別はないわ」
僅かに敬うような姿勢を見せるシュラに対し指を自分の口元に当てて笑うヴァル。
明らかに自分よりも格上の存在である龍人の少年、彼のお世辞に肩を竦めるシュラ。
その会話は周りで騒いでいる零葉たちには届かず、2人はそんな彼らを見て顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「つーか五月蝿えよ零葉、城の天守閣なんかで何ギャアギャア騒いでんだよ」
「ハハッ、あんな楽しそうな姉上久しぶりに見たかもしんないよ…うん決めた。まずは食事にしよう、難しい話はそれから!」
何かを決めた様子のシュラはパンッと手を叩くと心底楽しそうに笑いながら零葉たちへの歓迎の宴の準備を始めるのだった。
「んー、お腹いっぱい。フィーナちゃん、セレネちゃんはどうだった?」
「肯定します。ワタシの消費したエネルギーも8割ほど回復しました」
「はい!でも狩葉さん凄いですね、普段からあんなに食べるんですか?」
あの後、シュラの屋敷に招待された零葉たちは歓迎の意を込めた宴にてたくさんのご馳走に舌鼓をうち、今は狩葉、フィーナ、セレネの3人で食後の散歩と称して夜の庭を散策していた。
「別にいつもああってワケじゃないのよ?アタシの目って知っての通り特殊じゃない?その分消費する体力と魔力も凄まじくてね、その時だけはドカ食いしないと保たないのよ」
問い掛けに目元を触りながら答える狩葉、強すぎる力に相応の代償。
フィーナの知らぬ世界でアウトルーラーと呼ばれる彼女たちは力を行使するために皆何かしらの代償を払っているのかもしれないと、知らないなりに考えてはみるものの、この世界にはそういった類の禁忌にも等しい力を目にすることはそう多くないからか想像で終わってしまう。
「それにしてもこの世界ってホント星空が綺麗よね、やっぱり排気ガスとかが無いだけで変わるモノねー」
「ですが、この空も500年前には暗く淀み陽の光さえ届かないほどでしたよ?」
「そうなの⁉︎…って500年も前ってことは戦乱真っ只中ね。何となく察しはつくわ」
そんな他愛のない話に華を咲かせていた3人だが不意に狩葉だけ夜闇の中を注視し始めた。
「2人とも動けるかしら?どうやらお客さんみたい」
「えっ…ホントだ全然気付かなかった…あ、大丈夫です。行けます!」
「敵性反応8、いずれも人型」
3人が構えた瞬間、闇の中から8つの人影が飛び出して襲い掛かってきた。
狩葉がいち早く気付いてなければ不意を突かれていたかもしれなかったが、既に察知していた3人はその場を飛び退いてやり過ごす。
「何者よアンタたち」
狩葉の問い掛けに影たちは答えず、返事の代わりに刀を抜き放ち斬りかかる。
ようやく相手の姿が視認、襲撃者は髷を結った侍と甲冑を着た騎士で彼らは無言のまま狩葉たちに刀や剣を振り下ろしてきた。
「誰の差し金が知らないけど、この程度で対抗できるとでも?」
「賛同、我々に対抗するならば軍であっても足らないくらいです」
素早く拳を繰り出した狩葉、長物相手に徒手格闘のみで薙ぎ払っていく彼女と同様にセレネも強化されたパワーで襲撃者たちを全く寄せ付けない。
「ひゃあ⁉︎来ないでぇ!」
フィーナも先の戦いで自信がついたのか弱音を吐きながらも持ち前の腕力で侍を吹き飛ばす。
そんな乱戦を繰り広げる中、狩葉は冷静に素性を探っていた。
「家紋…はアカテトリ家のものとは違うか…今までの流れから考えて対抗勢力かなんかってとこかしらね」
「どこも内情は荒れてるものなのですね」
狩葉の推理に耳を傾けていたフィーナも自分の故郷を思い出したのか苦い顔をしながら慣れてきた近接戦闘で昏倒させる。
「とは言え、本機の見立てでは今回は少し毛色が違うかと」
最後の侍を腹部に打ち込んだ打拳で失神させたセレネが何かが違うと訴えるものの確証があるわけでは無いので控え目なものである。
「兎に角、シュラさんに聞かない事には始まりそうもないわね」
謎の侍による襲撃から10分後、畳張りの広間にて狩葉、フィーナ、セレネを含む屋敷にいた全員が集められていた。
狩葉からある程度の顛末を聞かされたシュラは広間の隅に縛られた状態の侍と騎士たちを見て唸りながら頬杖をつく。
「イヅル、此奴らはあちらの刺客と見て相違無さそうか??」
「恐らくはそうかと、エルフィーに与するコウザキ家、ラカナ家、トウマサ家を中心にした維持派が零葉殿たちを亡き者にしようとしたのでござろう。家紋や紋章などはありませんが容易に想像できますな」
刺客とはいえ元は領民である彼らを前に雰囲気を改め領主としての顔でイヅルと話し合っているシュラ。
2人の話を聞くに、やはりこの国も内情は安定していないようでそれを黙って聞いていた零葉がようやく口を開く。
「その様子だとシュラさん、皆さんとは別派閥のヒューマンが俺たちを狙ってるって事なのか?」
「当然だ、ワシらならばわざわざ始末する相手を屋敷まで招いてもてなしたりせんよ。そんな回りくどい事はせずに城で切り掛かっとるわい」
零葉のキツめの追及に苦笑いを浮かべるシュラ、急遽呼び寄せた家臣たちに刺客を引き渡し再び零葉たちだけとなった屋敷で着物をはだけさせて素の口調で話し始めた。
「うん、説明を後回しにしてたのは謝るよ。とりあえずアタシがゼロっちたちを呼んだ理由を聞いてくれるかな?その前にこの国の実情から話さないとね」
そう言って彼女は袖の中から巻物を取り出して広げるとその端の方を指差した。
「まずはこれ見て、ウチの家系図なんだけど。これが先代の領主、姉上やアタシの父上。まぁそれは置いといて母上のとこ見てよ塗り潰されてるでしょ、これが今の迦楼羅が二つに割れてる原因でもあるかな」
「どういう意味だ?」
「零葉殿も既にご覧になっているはず、拙たちの身体に流れる血の正体を」
シュラの遠回しな説明に未だ話が見えて来ず首をかしげる零葉にイヅルが答え、そこでようやくシュラの言葉の意味を理解する。
「イヅルの言ってた鬼の血か…」
「ご明察、アタシたち姉妹は鬼族の母上とヒューマンの父上の間にできた混血なの」
「セレネ、オーガって聞いた事ない種族だけど?」
「回答、オーガとは大きくは魔族に分類される武闘派の一族の呼称とされています。その一方で礼儀、礼節、縁や義理を重んじる種族であり、先の大戦では己が欲望で動く他の魔族に対して反旗を翻しヒューマンたちと共に戦ったとされる種族と言われています」
「それなのにどうしてシュラちゃんやイヅルちゃんが疎まれるワケ?」
説明に食って掛かったのは狩葉で、彼女は共に戦った仲間のはずのオーガの血が入っている2人が何故疎まれているのかと声を荒げるが、それに答えたのは他でもないシュラだった。
「どこの国も同じような理由よ、混血だから。ただそれだけ」
そう言って肩をすくめるシュラは何処か悲しそうな雰囲気を漂わせている。
確かに零葉たちの世界でも、外見が違う、どこかの血が入っているというだけで弾圧、誹謗中傷、イジメの対象になるという事は嫌という程目にしてきた。
「とにかくアタシみたいな混血児が領主になったことが気に食わない連中が裏でコソコソやってるの、その手段の一つがさっきの刺客たちってワケ」
「で、詰まるところ私たちに何を求めるのですか?」
朧げに全体の概要が掴めてきた斬葉が痺れを切らして本当の理由を問い詰める。
「難しい話じゃないよ、アタシと一緒にさっき言った三家が主犯である証拠を掴んで必要ならば掃討して欲しい」
早い話が反乱分子の弾圧、つまり同じ人間と争う事を示していた。
「ロクな話にはならないと思っていたが…斬葉はどう思う?」
シュラによる大まかな説明が終わり各自解散になった零葉たち、縁側に腰掛けている斬葉の隣にヴァルが座って庭を眺める。
「どうもこうも私たちのやる事は変わりませんよ、依頼されれば報酬に見合った働きをするだけ、それ以上の話でもそれ以下の話でもありません」
「さすが斬葉、割り切ってんな」
「ですがこの国はもしかしたら他の国以上に厄介ごとを溜め込んでいるような気がするんですよね」
「?」
ボソリと漏らした一言、ヴァルが聴き直そうとするもののそれ以降斬葉は空を見上げたまま口を開く事はなかった。
一方その頃零葉はシュラに呼ばれて夜の城下町を徘徊しており、ふと目に留まった呑み屋の暖簾をくぐっていた。
「いやー付き合ってもらっちゃって悪いね、ゼロっちも呑むかい?」
「いや、呑めないんで大丈夫です」
「んだよー、美少女領主にお酌してもらうなんてそうそう無いのに無碍にするかいフツー」
そう言いながら彼女が差し出していたのはお猪口に注がれた酒である、当然元の世界では未成年であるためキッパリと断る零葉にノリが悪いと口を尖らせるシュラ。
こういう姿を目にすると一国の長とは到底思えない。
しかし最初はヘラヘラと笑っていたシュラだったが不意に表情を暗くする。
「でもさ、ホントごめんねゼロっち。勝手に呼んだ上にいきなり巻き込んで、迷惑だってのは分かってる。でも姉上の為にもアタシが領主としてこの国を守りたいんだ」
「さっきから疑問に思ってたけど何でシュラさんが領主なんです?イヅルが居るのに」
零葉の疑問に口籠るシュラ、しばらく2人の間を沈黙が支配するが大きく息を吐いた彼女によってそれは破られる。
「……ゼロっちは見たことある?姉上の鬼の力」
彼女の言う鬼の力とは先日の夜盗と争っていた際に見せた姿のことであろうか。
零葉の記憶が正しければ彼女が変化していた時間はものの3分程度だったが、並みの武器では傷一つ付けることのできない強固な外皮と並外れたパワーを見せつけてくれた。
「姉上の力は不完全なの、アタシであれば状況に合わせて鬼化させる部位を選べるんだけど姉上はそれが出来ない。それだけじゃなくて変化出来る時間も短い。そんな中途半端な力を持つ長女じゃ領主になんてなれないって姉上は自ら領主の座をアタシに譲ったの」
「でもそれって体良くシュラさんに押し付けただけにも感じられますけど」
「ハハッ、姉上をあんまり知らない人からしたらそうだよね。自分は命を狙われるかもしれない領主っていう存在から安全圏に逃げたようなもんにしか見えない。でも姉上はそういう事はあんまり考えてないと思う。だってアタシのお姉ちゃんなんだよ?」
そう言って可笑しそうに笑うシュラを見て思わず顔を綻ばせる零葉。
「シュラさんはイヅルが大好きなんですね」
「とーぜん、だってたった1人の家族なんだもん。姉上がどう思ってるかは分からないけど少なくともアタシは大好き。ってゆーか、ずっと気になってたんだけど何でアタシはシュラさんで敬語なのに姉上は呼び捨てでタメ口なの⁉︎」
「うぉ⁉︎ごめん、やっぱり領主のお姉さんに呼び捨てはマズかったよな!」
暗い雰囲気を振り払い和やかな空気の中笑っていたシュラだったが、突然カウンターを叩いて立ち上がると零葉の目と鼻の先まで接近して自分たちの呼称について問い詰める。
あまりの剣幕にすぐに頭を下げる零葉だがシュラは納得のいかない様子で首を振った。
「そーじゃなくて、何でアタシだけさん付けで敬語なの⁉︎」
「そっちかよッ!」
まさかのシュラ自身の呼称に不満があるという事が分かり思わず突っ込んでしまう零葉。
すると今度は急に伏し目がちになり、頰を染めながらモジモジと指先を遊ばせ始める。
「だって呼び捨てとか父上と母上と姉上にされるくらいで家族以外の人にされた事ないから羨ましいんだもん…」
人差し指をツンツンと突き合わせて恥ずかしそうに理由を述べるシュラに、セリフはさて置き不覚にもドキッとしてしまう。
「わぁーったよ、じゃあ今度から呼び捨てするからそれで良いか、シュラ?」
「はぅっ⁉︎急に呼ぶな!」
「じゃあどうしろってんだよ⁉︎つーか完全に酔っ払ってるだろ!」
「酔ってませーん、これが素なんですー!」
「素でこれとか情緒不安定過ぎるだろ!」
明らかに酔っ払っている様子のシュラとその厄介過ぎる絡みに巻き込まれる零葉。
そうやって夜が更けていく中、不穏な気配は着実に彼らの近くまで迫っているのだった。
「ヒッ…たっ…助けてくれッ、俺には嫁と産まれたばかりの娘がギャッ⁉︎」
「安心しなよ、2人ともそう遠くないうちにそっちに送ってやるからさぁ」
城壁の上、本来見回りの兵士たちが何人もいる筈のこの場所、今現在息をしているのはただ1人。
返り血で全身を染め上げた不気味な女である。
その周囲には真っ赤な血溜まりと無数の手足、胴体、首が転がっており、先程まで命乞いしていた兵士もその一部と成り果ててしまっていた。
「随分と散らかしたな。大事になったら計画がおじゃんになるぜ、少しは自重しなよ」
「五月蝿え、テメェはさっさと後片付けしてろ」
「へいへい」
女の背後にいつからそこに居たのか漆黒の鎧を纏った大男が立っており、周囲の惨状を目にしながらも気にした様子もなく女の行動を嗜める。
しかし女はそれが不服なのか殺気を大男に向けて睨みつけてきた為、これ以上は何を言っても無駄だと知っている大男は肩を竦めてつま先で地面を二度蹴る。
「さーて、エサの時間だぞ」
すると大男の足元の影が突如蠢いて触手のようにバラバラに転がっている死体へ向けて四方八方に広がっていく。
そして死体を捉えた影はまるでヘビのようにそれらを呑み込み、数秒後には城壁の上には血液一滴すら残っていなかった。
「キッヘヘェ、ひっさしぶりの迦楼羅だなぁ。最ッ高の不幸が起きるヨ・カ・ン♡」
「ヘブラム、あくまでも今回の目的は迦楼羅を内側から崩壊させる事だぜー」
「んな事分かってんだよ、黙ってろサージェリオ。テメェはお情けと後片付け用で連れて来てやってんだから口出すなや」
月と星の明かりだけの闇夜に浮かび上がる城と城下町、それを城壁の上から眺めながらいがみ合う2つの影、邪悪の化身であるそれはこの国で何か良からぬ事が起こる前触れに過ぎない。