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死天使

「さぁ、機械仕掛けの死天使(サリエル)のお目覚めだ」


「時間切れですか…ッ!」


「システムオールグリーン、メモリーインストール完了。殲滅対象、マスター及び系列機体を除く全生命体。……全武装装填……発射(ファイア)


「ヤバッ…みんな隠れろ!」


長い休眠期間を経てついに起動したレムナントを両手を広げて歓迎するトツカ、間髪入れずレムナントは全身の銃器から夥しい数の弾丸を零葉たちに向けてばら撒く。

咄嗟に物陰に隠れたものの尽きることの無い弾幕の嵐は盾にしている遮蔽物をあっという間に削っていき、4、5人が隠れていても問題なかったはずのサイズがあっという間に1人2人が隠れるのがやっとなほどにまで破壊されてしまう。


「大丈夫か⁉︎」


終わりの見えないけたたましい発砲音に掻き消されそうになりながらも通信用に展開した魔法陣に向かって声を張り上げて全員の無事を確認しようとする零葉。


「これが無事に見えるならアンタの目は節穴よ…」


「零葉、前言撤回します…。この体たらくでは…ッ…他人の事を言えませんね…」


真っ先に帰ってきたのは彼のすぐ近くに避難していた狩葉と斬葉である。

狩葉は今も鮮血の滲む脇腹を痛みを堪えながら押さえ、斬葉は全身に突き刺さったガラスの内、破片の大きなものを自力で引き抜いている。

やはり流している血の量が量なのか2人とも普段から白い肌が更に血の気を失っている。


「クソッ…このままじゃ全滅する…」


「レムナント、撃ち方止め。クソガキどもがどんな足掻きをするか待ってやろうじゃねぇか」


「弾倉空き有り、再装填します。……イエス、マイマスター」


零葉は持てる知識を総動員してこの窮地を脱する策を模索するが、神が一柱、神滅兵器が一機、そのレプリカが無数、対してこちらは己と重傷の2人の姉、龍人が1人、半人半鬼の少女と獣人の少女が1人づつ。

どう考えても戦力の差は絶望的である。

仮に零葉がトツカかレムナントのどちらかを相手するにしても誰かにそのどちらかを相手取らせる必要がある上、残ったメンバーでレプリカたちの相手もしなければならない。


「トツカは…私が相手しましょう…」


当然と言うべきか、真っ先に名乗りを上げたのは斬葉だった。

狩葉に比べ傷の浅い彼女は何処から取り出したのか包帯を妹の腹に巻き終え、零葉の足元に魔法陣を作るとそこから狙撃銃を出して持たせる。


「コレってドラグノフ?」


「普通の銃器が効かないことは重々承知していますが、牽制程度には使えると思います…やはりレムナントの相手は貴方がするんでしょう?」


斬葉の問い掛けに力強く頷く零葉はイヅルを手招きで呼び寄せると耳打ちする。


「悪いけどフィーナと狩葉姉さんの護衛頼めるか?フィーナは無茶しないだろうから姉さんだけ警戒してくれ、あの人見かけによらず無茶しいだから」


「承知したでごさる」


「ちょっと、零葉何勝手に決めてんのよ…ゴハッ⁉︎」


零葉の勝手な決定にすぐさま反論しようとする狩葉だが、傍にいた斬葉が軽く脇腹を小突くと悶絶して蹲る。


「そんな大怪我で貴女こそ何を言ってるんですか、今は治療に専念しなさい。ヴァル、貴方にレプリカたちの相手を頼みたいのですが良いですか?」


「任せとけ、あの程度なら俺1人で十分だ」


「じゃあ俺が最初にレムナントの注意を引く、姉様たちはその後の援護を頼みます。イヅル、フィーナ、姉さんのこと頼んだぞ」


そう言って真っ先に飛び出していった零葉、レムナントが彼を目で追うもののトツカの命令を受けているためか手は出さずにいる。

しかし、レプリカたちは御構い無しに突っ込んでくるがヴァルが龍化させた腕で薙ぎ払う。


「レムナント、あの小僧の相手はお前に任せる。どうやらクソガキが懲りずに挑みに来たみたいだからな」


「承知、捕捉対象の追跡を開始」


トツカの指示でバーニアを吹かして零葉を追うレムナント、そしてトツカは目の前に立つ傷だらけの斬葉を見て鼻で笑う。


「天下の黒姫が無様なもんだな。その程度の力で魔神相手に生き残れるとでも思ってんのか?」


「さぁどうでしょうか。それは運命が決める事です…が、私たちは負けませんよ」


一瞬の静寂、次の瞬間両者の打ち合う音が研究所の一室に反響した。



「何とかトツカと引き離せたか。さてと、レムナント起きて早々悪いがまた眠ってもらうぜ、セレナを返して欲しいからな」


「笑止、確率上貴方が私に勝てる可能性は0%、諦めた方が楽になります」


「ナメんじゃねえよ、さっきのトツカの挑発で吹っ切れたわ。俺が弱かろうがお前らの方が何十倍も強かろうが知ったこっちゃねぇ、俺は俺自身が選んだセレネを取り戻すっていう選択を間違ったとは思わない。だからこそ死ぬ気でお前を倒す」


「そうですか、投降した方が身の為と思い提案しましたが無駄でしたね。全武装展開、ターゲットをロック。殲滅シーケンスに移行します」


下ろしたバイザーを怪しく発光させて全ての砲門から遠慮無く砲弾をばら撒き、対する零葉もすぐにその場から跳躍して離脱すると永劫のスロットルを吹かして攻撃に備えている。

いくらレムナントの弾幕が怒涛の勢いとはいえ無尽蔵に吐き出せる訳ではない事を先程までの戦闘で把握していた零葉。

彼女が再装填(リロード)する僅かな隙を物陰に隠れて待っている。


「残弾数20%まで減少、再装填(リロード)します」


「唸れ永劫……ッ⁉︎」


弾丸の雨が止む、この瞬間を待っていた零葉は迷わず物陰から飛び出しレムナントに斬りかかろうとする。

しかし、それを予測していたレムナントもレーザーブレイドを腕部ユニットに形成し零葉に斬りかかって来ていてお互いの刃が空中で交差した。

着地しても尚鍔迫り合いをする2人、レムナントも零葉との距離が近過ぎるせいで砲門の可動範囲を超えてしまっていることと仮に撃てたとしても自身も巻き込んでしまうことを即座に判断、肉弾戦に縺れ込む。


「どうやらご自慢の遠距離攻撃はこれじゃ出来ないみたいだな!」


「貴方の発言の通り、よって不要なユニットを接続解除(パージ)。近接格闘形態に変更」


零葉の言葉を受け砲門を外したレムナントは力を込めて永劫を弾き上げるとその直後に彼の死角から蹴りを放ち、不覚にも側頭部を蹴り抜かれてしまった零葉は堪らず後退りしてしまう。


「ガッ…!グゥ…ッ」


対してレムナントは砲撃装備が外れた事で俊敏性が増したのか素早い動きで接近すると、後退りした零葉にレーザーブレイドで刺突を繰り出して追撃する。

零葉は反射的に横飛びで回避すると行き場を失ったレーザーブレイドの切っ先が壁に突き刺さるが、すぐにレーザーブレイドの刃を納め壁際から離れたため零葉は隙を突くことができない。


「どうしました?私を機能停止させるのではなかったのですか?」


「うるせぇ、まだまだこれからだ!」


そう言うと同時に飛び掛かる零葉、永劫を振り回しながら拳や蹴りを交えつつレムナントに迫るものの、彼女も予めある程度の格闘術を会得しているのか攻撃を次々と去なしながら零葉の肉体へ一発、また一発と確実に叩き込んで来る。

彼の体力は確実に削がれ、目に見えて疲弊していくが何かに取り憑かれたかのように剣と拳を振るい続けていた。


「身体能力の高さは認めましょう。ですが所詮は常人の域、その程度の次元ではマスターはおろか本機に傷を付ける事さえ夢物語でしょう」


「痛ぅ…」


蓄積したダメージは零葉の体力を着実に奪っていき、ついには大きく仰け反るまでに追い詰められてしまう。

大きな隙だったがレムナントはそこに攻め入る事なく落胆した様子でゆっくりと歩み寄ってくる。


「本当にその程度でよく魔神を相手にして生き残ることが出来ましたね」


その言葉に奥歯を噛み締める零葉だがふとある考えが頭を過ぎる。

だが、その考えが纏まる前に彼女の拳が零葉の横っ面を打ち抜く。


「…俺が弱い事は俺が一番分かってるっつーの…俺なんかじゃ姉様たちや母さんの足元にも及ばない事ぐらい…それでもな…男には逃げちゃいけない戦いがあるんだよ」


重い一撃をマトモに受け、フラフラになりながらもなんとか立ち上がった零葉、口の中には鉄の味が広がり視界の半分は切れた瞼から流れる血で赤く染まってしまいその上、出血のせいか先程から意識も朦朧としハッキリしなくなっている。

そんな状態ながらもレムナントを見据える瞳は鋭く気迫は全く衰える気配を見せていない。


「…そうですか、でしたらその泥臭い戦いもそろそろ終わりにしましょうか…なっ⁉︎」


眼前にレーザーブレードの切っ先が向けられるが立っている事もやっとな程に満身創痍の零葉には指一本動かすことも出来ない。

窮地に立たされた零葉、しかし突如としてレムナントの死角から瓦礫が飛来し彼女のバイザーの一部を破壊する。

その意識外の一発はレムナントの体勢を大きく崩し、その隙に零葉は何者かに抱えられてその場を離脱する。


「零葉さん、大丈夫ですか!」


その声に零葉はハッとする、彼を抱きかかえていたのは狩葉の介抱をしているはずのフィーナであったからだ。

彼女がこの場に来るという事を予想していなかったのか目を丸くして驚いている。


「フィーナ、お前何でここに…ッ」


「ごめんなさい…零葉さんが一人で行ってしまったのを見て居ても立ってもいられなくなって…」


1秒でも早くフィーナをこの場から遠ざけようと慌てて上半身を起こすが身体を襲う激痛に悶絶してしまう。

この様子では打撲どころか数箇所は骨折しているかもしれない。

それでも自分の身より何よりもフィーナの安全を確保する事が先決だと痛みを堪えながら再び立ち上がろうとする零葉、彼の浮かべる苦悶に満ちた表情を言いつけに背いた事を怒っていると勘違いしたのか申し訳なさそうに眉尻を下げるフィーナ。


「いや…ぶっちゃけ助かった…サンキューな…」


「こんなにボロボロに…」


彼女の謝罪を受けた零葉は気にするなと首を振るが、フィーナはその傷だらけで血塗れの姿を見て胸の奥にざわめくものを感じる。

そして何かを決意したようにレムナントを睨んで彼女の前に立ちはだかった。


「獣人の姫君、貴女もマスターの邪魔をするという事ですか?」


「知りません、アナタのマスターの事なんてどうでも良い」


「「⁉︎」」


先程と同じようにフィーナの目と鼻の先にレーザーブレードの刃先を突きつけたレムナントの質問をフィーナはバッサリと切り捨てるように即答する。

普段の温厚な彼女からは想像も出来ない突き放すような言葉に零葉だけでなくレムナントでさえ面食らったような顔をする。

呆気にとられるレムナントを差し置いてフィーナは言葉を続ける。


「ですけどアナタは私の大切な人を傷付けた…それだけで私にはアナタに立ち向かう理由になる。これから先、零葉さんには指一本触れさせません」


「……そうですか…その心意気は認めましょう。ですからせめて苦しまずに逝かせて差し上げます。命令(オーダー)砲撃形態(バスターフォーム)。胸部プロテクトロック解除」


強い意志を携えた瞳でそう言い放ったフィーナ、蛮勇とも言える覚悟をか弱い筈の獣人の姫君の立ち姿に見たレムナントは彼女を排除対象、己とマスターに仇為す者として認識した。

レムナントの命令に反応して先程パージした背部ユニットが再度ドッキングする。

胸部が音を立てて開きコアが剥き出しになると、時空間を歪ませるほどの魔力が3つのコアに収束、その魔力量はスヴァンシーグの破壊光線に匹敵するほど濃密なものでフィーナだけでなく零葉やこの施設内にいる全員が消し飛ばされることは誰もが容易に想像できた。


「消えなさい、レグ=ゼルゲド」


「フィーナ逃げろ!」


「逃げません、絶対にアナタを守りますから!」


間髪入れず放たれる閃光、フィーナに手を伸ばそうとする零葉だがボロボロの肉体は指一本動かす事さえ拒否しフィーナの身体は一瞬で閃光の中へ呑み込まれてしまう。


「……?」


「一体何が…」


しかし、次の瞬間レムナントと零葉は異変に気付く。

フィーナだけでなく背後の零葉ですら無事では済まないはずの威力で放った必滅の一撃がフィーナの立っていた場所を中心に留まっているのである。

その光は徐々に縮小していき、終いには何事もなかったかのように消失、その場に残ったのは金色の光に包まれているフィーナの姿だった。


「リフィナス・クロムシェイドの魔力値増大、これはまさか…」


「この力、アナタを倒す為ではなく私の大切な人たちを守る為に使います…守る事こそが真獣スヴァンシーグの本当の力。私は覇獣化…神獣化を超えてゆく!」


「成る程…ネールスでの戦いが貴女の中に眠る真獣の血を完全に目覚めさせたというワケですか」


彼女の纏うオーラ。

幾分か縮小しているものの、それは間違いなくネールスで零葉たちが相対したスヴァンシーグのそれと同じものだった。

あの時の一戦がキッカケとなりフィーナの血に流れるスヴァンシーグの力とフィーナの魂の間に強い繋がりが生まれたのだろう、それにより彼女はスヴァンシーグの力をほんの一部とはいえ引き出せるようになったのだ。


「…いつの間に…」


「いつまでも守られるだけの足手まといは嫌なんです!」


元は茶色だった彼女の髪は今、獅子の獣人であり彼女の父であるライゾットの姿を彷彿とさせる金色に染まっており、瞳は覇獣化の際の殺意に満ちた澱んだ青ではなく透き通るような蒼に変貌している。


「真獣の力を得たとはいえ、それも全てでは無い…ならば私が負ける道理はありません」


「その言葉そっくりそのままお返しします…私がアナタに負けることはないっ!」


「⁉︎」


そう言いつつも警戒を強めるレムナントだったが、次の瞬間には彼女の右肩の砲門がへし折られていた。

フィーナの爆発的に向上した瞬発力と腕力でレムナントが視認する暇もなく砲門を破壊したのだ。

始めのうちは何が起きたのか、事態の把握が追いついていなかったレムナントもフィーナの危険性をようやく実感し、初めて表情を険しくして後退りする。


「バカな…私の動体検知でも処理が追い付かないスピードとでも言うのですか」


「まだ力に振り回されるような雑な使い方しかできませんが、それでもアナタを倒してみせる!」


「ナメるなッ!」


お世辞にも戦い慣れているとは言えない素人感を丸出しにした構えを取られレムナントのプライドにキズが付いたのか激昂した様子でフィーナに向けて大量の弾丸をばら撒く。

残弾など気にすることのない文字通りの一斉掃射、避ける隙間などない破壊の嵐に対してフィーナは息を吸い込み大きく拳を振りかぶる。


「覇ッ!」


気合いと共に全力で腕を振り抜くと拳圧から生じた衝撃波が壁となり降り注ぐ銃弾を全て弾き返した。


「なっ…⁉︎くっ…防御障壁lv.4!」


これには流石のレムナントも予想外だったのか、咄嗟の判断で自分の目の前にバリアを張って返ってきた弾丸を防ぐことしか出来ない。

機甲人種特有の対象を破壊することに特化した弾丸の為、レムナントの出力で発生させることのできる限界一歩手前の障壁がものの数秒で決壊寸前にまでヒビ割れる。


「このッ!」


しかしその直後のフィーナの突進で容易く破られ、弾丸に気を取られていたのかレムナントの胸部に頭突きが直撃、吹き飛ばされ勢い良く壁に激突する。


「ゴハッ…」


「まだまだ!」


大きく損傷した胸を押さえて初めて苦悶の表情を見せたレムナントがよろめきながら立ち上がる。

それを見逃さなかったフィーナは走って肉薄すると再度頭突きを胸に打ち込む。


「メインコア損傷率18%、サブコア1損傷率47%、サブコア2損傷軽微…何故…何故、私より脆弱な獣人族(ビーストール)に追い込まれなければならない…解析不能、理論立証不能、理解不能!」


とうとう胸部パーツが破壊されコアが剥き出しになる。

フィーナの二度の頭突きでダメージを受けているのかコアが傷付いていて、これには流石のレムナントも半狂乱で頭を掻き毟り始めた。

神獣の力を発揮しているとしても彼女が自我を保つことが出来ている以上、その実力は贔屓目に見ても己と互角かそれ以下…それが何故一方的に追い詰められているのかがレムナントにはどうしてもその原理が理解できない。

否、自分の中にあるコアを以前搭載していた機体はそれを理解しかけていたが、完璧な存在である彼女の意識下ではそれは非論理的で不要なものとしてメモリーの奥深くに沈めていたからだ。

それを見透かしたかのようにフィーナの蒼い瞳が真っ直ぐとレムナントを見つめる。


「いいえ、アナタは知っているはずです。私にあってレムナントである今のアナタに欠けているもの、この勝負の明暗を分ける決定的な存在の事を」


「ふざけるな…愛などというどうしようもなく不確定で揺らいでしまえばすぐに崩れ去るものが力になるとでも…?それが私を今追い詰めているものの正体だと…?」


フィーナの一言にこれまでに無いほどの動揺を見せるレムナント。

彼女の言葉を真っ向から否定したいはずなのにそれは嘘だという簡単な一言が吐き出せないでいる。

そう、嘘で片付けられる事象ではないと知っているからである。


「レムナント…遺物と呼ばれるアナタは過去の"レムナントとしてのアナタ"の記憶に囚われて何よりも大切だった"セレネさんとしてのアナタ"の記憶を非論理的だと決め付けて消してしまおうとしている…それは忘却ではなく本当に大切なことを求めようとする事からの逃避に過ぎません」


「黙れ…黙れ黙れ黙れェェェェェッ!」


フィーナの核心を突く一言はレムナントの思考回路を粉々に打ち砕き様々な場面がフラッシュバックする。

扉が自分と愛しいと思った人を引き裂く寸前、彼のくれた言葉が間違いなく彼女にあの場を戦い抜くための力を与えた。

それが"セレネ"としての自分の最後の記憶。

しかし、そんないくつかの場面の中にノイズ混じりの記憶があった。


-いつかお前が命を賭けても守りたい相手に出逢った時、その相手の敵が我であったらお前は我に向けてその銃口を突きつけ引き金を引けるか?-


-愚問です我が主よ、貴方様こそが私の守りたい相手。それ以外の者が貴方様以上に大切だと思うことなどあり得ません-


記憶の中の誰かの不可思議な問いに真っ向からその前提を否定する誰か。

しかし、問い掛けた誰かは深い溜息を吐くとゆっくりと首を横に振った。


-そうか…だが万が一そのような事になった時は胸に手を当てろ、お前は1人の生命として選択する権利がある。心の奥に少しでも違和感を感じたならばそちらを選ぶのだ、お前の選択がどのような結果に導こうとも我は咎めぬ-


意味が分からなかった、存在しない者の為に己に刃向かうことは構わないと彼は確かにそう言ったのだ。

主人の真意は定かではないが、この時の彼女にそれを理解する(すべ)は存在しなかった。



「私が…負ける………?……否……否…否、否否否否否!機甲人は神の剣であり盾、敗北する事などあってはならないッ!故に私の全魔力を以って慢心せず、完膚無きまでに貴方たちを殲滅する!この身滅びようとも主人に付き従うことこそ私の生き甲斐!リフィナス・クロムシェイド、早々に私を破壊しなかった事を後悔するがいい!」」


そんな場面を振り払うようにこれまでとはケタ違いの銃身を全身から出現させるレムナント、吼えるように叫び全ての銃口を眼前の2人の少年少女に突きつけた。

零葉は額に汗を浮かべる。

逃げ場は無い、何故なら文字通り彼女が残りの魔力全てを使って攻撃してくるというなら神獣の力を発現させているフィーナでさえもひとたまり無いと2人とも理解しているからだ。


「クソ…これでもダメなのか…?」


何か出来ることはないか、引き千切られるのではないかと錯覚するほどの全身の痛みを無理矢理抑え付けながらもがく零葉の指先に何かがぶつかる。


「サヨウナラ………⁉︎」


少しの沈黙の後、銃声が鳴り響く。

しかし鳴ったのは僅か一発分の銃声、そしてその銃弾を受けたのは。


「メインコア機能低下…一体何が…?」


「姉さんのドラグノフがこんなタイミングで役に立つだなんて思ってもなかったけど十分過ぎる仕事してくれたぜ…フィーナ決めてくれ!」


零葉の護身用として斬葉から受け取っていた狙撃銃がレムナントの胸部を撃ち抜いたのだ。

数メートルの距離で予想だにしていない狙撃銃の一撃を受けたことで大きく仰け反るレムナント。

ここでケリをつけなければ後はない、そう判断した零葉が声を上げそれに反応したフィーナがレムナントとの距離を一気に詰めて加減無く拳を握り締める。


「歯ぁ喰いしばれ、この頭でっかちがぁぁぁっ!」


神獣の力により極限まで高められた豪腕の一撃、その拳はヒビ割れていたレムナントのメインコアを捉えて粉々に砕いた。

何度もバウンドしながら壁に激突するレムナント、最古にして最後の機甲人種はついにそこから起き上がることはなかった。


「やったんですかね…?」


「フィーナ、それ起き上がるフラグ…」


神獣の力を解いて満身創痍の零葉に肩を貸してフィーナはレムナントの傍に歩み寄る。

そんな中、フィーナが不穏な一言を漏らし零葉がツッコむとそれを待っていたかのようにゆっくりと起き上がるレムナント。


「……メインコア…修復不能…サブコア1損傷率76%…サブコア2損傷率24%…サブコア2をメインコアの代替として使用します」


「……おはようセレネ」


攻撃の意思が感じられないレムナントに零葉はよく知っている機甲人種の少女の名を呼ぶとレムナントは目を見開いて彼を見上げた。


「旦那さま…?」


「お前の自我が残ってなかったらとっくに塵になってたよ…ありがとうな」


呆気に取られているセレネの頭を零葉は笑みを浮かべてクシャクシャと強めに撫でる。

彼の言葉にセレネは更に驚いたように口を押さえた。

実はレムナントが目覚めてからというもの、記憶や記録の共有をしたレムナント、プロト・Ⅰ、セレネの3機の自我が主導権を握ろうとデータ上の出来事ながら必死に戦っていたのだ。


「いつから気付いていらしたんですか?」


「何となくそうじゃないかって思ったのは途中からかな。魔神と戦った事をセレネが知ってるとは思えないし、つまりトツカは最初から俺たちを見てたんじゃないかって思ってさ」


「それがどのようにその結論に…?」


レムナント…セレネは成立していない零葉の説明に首を傾げるが彼はそれでも気にした様子もなく話を続ける。


「だけどそれだとしたら変なんだよ、トツカがその場面さえも記憶としてレムナントにインプットしてたならともかく、あの性格からしてそんな些細な出来事をインプットさせるとは到底思えないワケ、可能性としてはあの場を見ていたのがトツカ以外にも居るって考えが浮かぶだろ?」


「それが私…という考えに至ったワケですね」


「でもまぁ、お前の意識があるって事を確信したのは最後の最後だよ」


そう言ってフィーナに肩を借りつつしゃがみこんだ零葉はセレネの頬を指でそっと撫でる。


「お前、撃つ前に泣いてたんだよ」


その言葉にようやくセレネは自分の頬が微かに濡れていることに気付いた。

どうやらレムナントの意識の中で必死に彼女を抑え込もうとしている間、セレネの記憶の一部がレムナントの身体に影響を与えたらしかったのだ。


「そうだとしたらレムナントを完全に停止させなくてもコアが剥き出しの今ならコアを破壊すればセレネを取り戻せる可能性があったからな、その可能性に賭けてみた」


「相変わらず…とんでもない博打をする人ですね…もし私のコアも殆どがレムナントに支配されてたらどうするつもりだったんですか?」


「んー、分かんね。けどお前なら絶対帰って来るって思ってたから何の心配もしてなかった」


「ホント…バカな人です…でもそんな旦那さまが私は大好きです」


メチャクチャな論理を自慢する零葉にセレネは呆れ顔を浮かべるが、そこには笑顔が混じっていた。


「セレネ、これからトツカを倒す…つまり俺たちはお前のマスターの敵だ、力尽くで止めても構わない。お前が選びたい方を選んでくれ」


その一言にセレネはレムナントの記憶の中で垣間見た彼女と彼女の主人との会話を思い出す。

-お前は1人の生命として選択する権利がある-

その言葉を何度も頭の中で繰り返しながら、今は自分の奥底に眠るレムナントの残滓に語りかけるように呟く。


「貴女の疑問…この人の為だったら私はいくらでも罪を背負うよ」


「何か言ったか?」


「いいえ…旦那さま、私の心は既に決まっています。この身朽ちるまであなたを慕い続ける…それが今の私の存在理由です」


跪き胸に手を当てて零葉を見上げるセレネ。

彼女の瞳には迷いは無く、「愛する人の為に戦う」その揺るがない信念だけが真剣な眼差しとなって現れていた。



「オラオラオラ!もう付いてくることさえやっとじゃねーか!」


「五月蝿い!無限(エンドレス)武器庫(アーセナル)、グングニール!ゲイボルグ!」


「ウチの下位互換に過ぎねぇ能力でどうにかなるとでも思ってんのか、草薙剣!」


一方その頃、トツカに単身挑んでいた斬葉は苦戦を強いられていた。

能力(スキル)で出現させた神槍を二本立て続けに投げ放つが、トツカの召喚した霊剣の一閃でいとも簡単に薙ぎ払われてしまう。


「はぁ…はぁ…」


「ケケッ、中途半端な小娘にゃレプリカとはいえ神器の連発は辛いみたいだな」


「この程度なんて事ない…それに当たらなければ当たるまで続けるだけ!」


トツカの言う通り余裕がないのか、普段の畏まった口調では無い斬葉は未だ本気を見せないトツカに苛立ちを見せながらもそれを爆発させるように幾多もの魔法陣を出現させる。


「こんな状況でまだそれだけやれるとは驚いた。敬意を表して少しだけお望み通り本気でやってやるよ。神格顕現、日本武尊(やまとたけるのみこと)


圧倒的な劣勢においてなお、闘争心を失わない斬葉に感服したトツカはこれまでの巫山戯た雰囲気を引っ込めて心の底から笑みを浮かべる。

霊剣の付喪神とは思えないほどのその邪悪な笑みに流石の斬葉も身構えざるを得ない。

そしてトツカが喚び出したのは鎧兜を身に付けた4メートル以上はあろうかという大男、彼女の呼んだ名が正しければ、日本武尊…(すなわ)ち日本神話で有名な神の一柱である。

これにより神が二柱となり、斬葉も予想していなかった最悪の展開となってしまう。


「ウチは霊剣の繋がりを使って縁のある神の力を操れる。お前はおろか、呪創主ですら再現不可能な神の擬似降臨だ。さぁ、これで王手だな!」


「くっ…黒椿、村正!」


振り下ろされるトツカの十握剣と日本武尊の草薙剣、それを迎え撃たんと黒椿と妖刀 村正のレプリカを頭上に掲げて交差させる斬葉だったが寸前で後ろに跳んで大きく距離を取る。

普段であれば避ける選択などしないものの、彼女の中で何かがあの霊剣たちに近付くことを拒むように身体が勝手に動いたのだ。


「逃がすかよ、ヤマト!」


先程まで斬葉の居た場所に十握剣が深々と突き刺さる。

咄嗟の判断でトツカによる初撃は免れたものの、彼女の命令に反応した日本武尊がその巨体からは想像できないスピードで距離をあっという間に詰めて二撃目を放つ。

今度は回避が間に合わない、斬葉は覚悟を決めて刀を構える。


「火氷双連斬!」


しかしそこに割って入ったのは他でもなく、傷口の治療を終えたばかりでまだ青白い顔をした狩葉だった。

彼女は両手の刀を日本武尊の腕を挟み込むように添えると一撃で切断する。

その隙に2人は無事に離脱して間合いの外に逃げた。


「助けに来るのが遅い!」


「何よー、そこは素直にありがとうって言ってくれても良いんじゃないの?」


「………別に感謝してないとは言ってないわよ。……ありがと……」


すぐに狩葉に対して悪態を吐いた斬葉だったが、狩葉が唇を尖らせて拗ねるので感謝の言葉を小さく口にして目を逸らす。

ガラにもない事を言ったからか彼女の顔は耳まで真っ赤になっており、まさかの反応に狩葉でさえ頰に赤みが差してしまう。


「ちょ…我が家のクール姉のデレが可愛すぎるんだが誰か助けて」


「何バカなこと言ってんのよ、しばき倒すわよ」


「おーおー、姉妹愛たぁ最高じゃねぇか……最ッ高に反吐が出る。ヤマトそいつらの首仲良くすっ飛ばしてやれ!」


トツカの命令を受けた日本武尊、すると切断された傷口から新しく腕を生やし地面に突き刺さっていた草薙剣を再び手にした。


「ヒトデやトカゲ以上の再生能力とか埒が明かないじゃない」


「お姉ちゃん、あと1分トツカの気を逸らしてくれってあのバカが」


「無茶言うわね、こちとらギリギリでやってるってのに更に気を逸らせなんて…迦楼羅に着いたら飯奢らせましょ」


「さーんせー」


日本武尊の再生能力の高さに苛立ちを隠し切れず舌打ちする斬葉の耳元で狩葉が伝言を伝える。

恐らくこちらに乱入する直前、通信用魔法陣で伝えるよう頼まれたのだろう、何をするのかは彼女の知るところではないが今の状態でギリギリ可能か不可能かといった頼み事をしてくるあたり何か勝算があるのか。

故に斬葉にはそれが成功する事を祈りつつ、弟のムチャぶりに答えるしかない。


「兎に角、死なない事。それを第一優先で」


「もちのろん、お姉ちゃんこそ気を付けてね」


「最期の相談は終わったかー?んじゃ、この退屈な時間を終わらせようぜ」


2人の会話が終わるまで律儀に待っていたトツカは待ちくたびれたと言わんばかりに伸びをして欠伸を噛み殺しながら嗤った。

幾度目かの静寂、先に動いたのは日本武尊とトツカ。


「ガァァァァッ!」


「「雷火二閃!」」


日本武尊は巨体を存分に使い一気に接近すると草薙剣を振り下ろすが、当然その一撃は2人の斬撃で弾かれる。


「面白いくらいにガラ空きだぜ!」


しかしそれだけでは終わらず巨体の影に隠れていたトツカが日本武尊を草薙剣だけの状態に戻し、一撃目を弾いて未だ構えることの出来ない2人目掛けて両腕を変化させ刃の付いた巨大な鉄塊と化して振り下ろす。


「この程度予想してないワケが…」


「無いっつーの!凍てつけ、蒼菫"氷華狂咲(ひょうかきょうしょう)"!」


「貫き砕けトリシューラ!」


しかし当然これを予期していた2人、狩葉が左手に持っていた蒼菫を塊に向かって投擲して深々と突き刺し一瞬で凍りつかせた。

続けざまに三又の槍を魔法陣から取り出した斬葉はそれを槍投げの要領で投げ放つと氷の塊を貫いてバラバラに砕け散った。


「チィッ!針山にしてやる、集え千刃!」


当然冷気はトツカの体にまで及ぶが、すぐに切り離して事なきを得る。

すぐに立て直したトツカは元に戻した手を握り締めると砕け散ったはずの刀の破片たちが一斉に斬葉と狩葉に殺到し始めた。


「お姉ちゃん!」


「カラドボルグ、天雷絶閃(てんらいぜっせん)!」


4つ目の神器である雷に覆われた長剣を振り翳し黒椿にも雷電を纏わせて一閃。

荒れ狂う雷撃は飛来する欠片を一瞬にして消し炭にしていき、ついに彼女たちへ到達する欠片は存在しなくなった。


「う…っ…」


狩葉の参戦で互角になったかと思えた勝負だったが、とうとう斬葉が膝をついてしまう。


「どうやら体力も限界みたいだな。王手、ウチの勝ちだ」


「まだよ!」


「お前1人なんざ問題にもなりゃしねぇ!」


「きゃあ⁉︎」


ピンチの斬葉を守ろうと高速でトツカの背後に回った狩葉が斬り掛かろうとするが魔力の塊を叩きつけられて吹き飛ばされてしまう。


「さてと、人として死ねる事を幸運に思うんだな」


「!…それってどういう…」


目の前で霊剣を振り上げるトツカの一言に引っ掛かりを感じて睨みつける斬葉だったが、問いを投げかける前に空間が歪む。

応急処置だった為かまた傷口の開いてしまった狩葉が腹部を押さえながらその歪みを目にすると立ち上がり笑い始めた。


「痛たた…トツカ、残念だったわねチェックメイトよ。お姉ちゃんが最初に言ったでしょ、"私たち"は負けないって」


その瞬間狩葉の真横の壁が崩壊しトツカへと魔力砲撃が一直線に伸びていき、トツカが認識した時にはそれが眼前に迫っている。


「なるほど…黒姫はあくまでも囮、本命はこっちか…」


完全にコントロールできたと思っていた神滅兵器からの反逆の一撃、不意をつかれたトツカに防ぐ術はなくその光の奔流と共に消え去った。



「あー…死ぬかと思った…つーか、既に筋繊維ズタズタなんだけど」


「姉さん達のお陰で何とかなったよ、ありがとう」


グッタリした様子で文句を垂れながら横たわっている狩葉。

それには理由があり、セレネの砲撃がトツカに直撃する寸前のこと同じく射線上にいた斬葉を救出する為にボロボロの身体に鞭打って身体能力を無理やり跳ね上げさせた結果、負荷に耐えきれなくなった彼女は動けなくなるほどに体力を消耗してしまったのだ。


「3回くらい死ぬかと思ったんですけど、これは夕飯を奢らせるのは勿論他にも何かやってもらわなければ割に合いませんね」


狩葉と同様に疲弊しきった斬葉が零葉へ恨み節をぶつける。


「斬葉姉さんも悪かったって…とりあえずここから出ようぜ。まずは迦楼羅に着いてからにしてくれないか?」


「仕方ありませんね、ヴァルおぶって行ってください」


「零葉はアタシねー」


「しゃーねーなー」


「俺とばっちりじゃねーか!」



誰も居なくなった研究所、静寂が包み込む中光の粒子の様なものが一点に集まり形作っていく。


「ハァ…あんのクソガキども、遠慮無しにブッ放してくれやがって。流石のウチでも現界に時間食っちまった」


何事もなかったかの様にトツカが再び現れたのだ。

実は先程まで斬葉たちと死闘を繰り広げていた彼女は分霊体、つまり本体である今の彼女から切り離された模造品であり、彼女が消滅したからといって本物のトツカには特段影響は無く、敢えて言うならば分霊に分け与えた力がしばらくの間本体から失われる程度のリスクなのだ。


「…律儀にプロトのコアだけは返していきやがった…逆にムカつく」


デスクに置かれていたプロト・Ⅰのコアを予備電力が切れ壁にもたれかかるように昨日停止していたボディに戻すトツカ。

不満をぶちまけながらコンソールを弄る彼女の白衣のポケットが微かに震える。

振動の元は彼女のスマホ、表示は非通知になっていることに苛立ちながらも通話ボタンを押した。


「あー?……誰かと思えばテメェかド腐れネコ女」


「あらあら、久し振りなのに随分な呼び方ねトツカちゃん」


電話の相手が分かるや否や目つきをキツくして罵声を浴びせるものの、向こうはさして気にした様子もなくクスクスと笑みを零している。


「何の用だ」


「用って程のものじゃないのよ、ただセレネちゃんの修理ご苦労様って言いたかっただけ」


「…全部テメェの狙った通りに事が運んでやがるってワケか…。それよりも、何企んでやがる……魔猫(キャット)


電話越しでさえトツカの言葉に対して相手が笑みを浮かべているのが手に取るように分かった。

彼女は全て知っているのだ、トツカがセレネを差し向けた張本人である事やレムナントの再起動を狙っていたこと、そしてそれが零葉たちによって阻止されることまで。


「別に何も企んでなんかいないわよ、ワタシはあの子達に早く強くなってもらいたいだけ。今回の件も良い経験になったんじゃないかしら?」


「……質問を変える、お前どこまで知ってやがる」


一度大きく息を吐いたトツカ、冷静になった頭で次の質問を投げかけると電話の向こうで少し空気が変わったのを感じることができた。


「さぁ、何処までかしらね。全て知っていると言えば嘘になるし、何も知らないと言えば嘘になる…とでも言っておこうかしら。とにかく、"気を付けてね"」


意味深な一言を残して切れた通話、その意味を考えるよりも先に軽い衝撃が彼女の背中を襲った。


「キヘヘ、やーぁっと見つけたぜぇ異界の神サンよぉ」


その声に気付いた時にはトツカの腹部から刃が顔を覗かせていた。

それに対して考えるよりも早く逆水平に刀と化した腕を振り抜いたトツカだったが声の主には当たる事なく空を切ってしまう。


「キヘヘェ、あぶねーあぶねー」


「グッ…誰だテメェ、どっから入ってきやがった…」


トツカの問い掛けに不気味な声の主は戯ける様に答える。


「誰だってか?またまたぁ知ってるクセによぉ…とは言え聞かれたからには答えてやんよぅ。今日も狂とて(クール)レディ、絶断の魔神ヘブラムちゃんだぜぃ」


紫髪の魔神、ヘブラムは中指を立てながら名乗り不気味に笑う。


「…チッ…さっきまでのドンパチでバレたか。仕方ねぇ…消す」


舌打ちをしたトツカ、魔神が現れた原因を即座に理解して神格顕現を使い日本武尊と素戔嗚尊(すさのおのみこと)を召喚する。


「のこのこ現れやがって、だが好都合だ。草薙剣、大蛇斬り!」


振り下ろされた3本の霊剣、魔神といえどタダでは済まない三撃を前にして呆気に取られるそぶりを見せるヘブラム。


「ありゃ、もしかしてもしかしなくてもヘブラムちゃん大ピンチ?……………なーんちゃって」


しかし、次の瞬間トツカの動きが止まり、それと同時に何かが砕けるパリンッという音が部屋に谺する。


「⁉︎……貴様、何をした…」


ガックリと膝から崩れ落ちるトツカ、胸を押さえて蹲ると日本武尊と素戔嗚尊も消えてしまう。

同時に彼女の身体も光に包まれ粒子となって消滅し始めた。

状況の理解出来ないトツカは目を丸くしてヘブラムを見やると、紫髪の魔神は口元を吊り上げてニンマリと笑っていた。


「言っただろぉ、ヘブラムちゃんは絶断の魔神、この世に断てないものは無いのさ。最初の一撃でお前の神核にはヘブラムちゃんの魔力を刻印済み、あとはヘブラムちゃんのお好きなタイミングでズッパリチョッキリってワケ…さーてとネズミの始末も終わったしかーえろ」


「クソが…あのアバズレ、まさか"コレ"も計画の内ってことか。つまりアイツは…」


トツカの消滅を見届ける事なく闇の中へ姿を消したヘブラム。

-"彼女"の狙い-その核心に迫り悪態と共に漏らした一言はトツカの姿と同様に消えて跡形も残らなかった。

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