天災発明家
「なーんでアンタは周りに相談無しでいきなり目的地変えんのよ!」
夜盗の襲撃を受けていた最中にどこからともなく現れたプロトⅠがそれを撃退してからおよそ二時間後。
零葉は起き抜けなせいで普段より10割増しで超絶不機嫌な狩葉から情け容赦ない全力のコブラツイストを掛けられていた。
ここ最近幾度となく周りを振り回してきた弟に対して溜まりに溜まったストレスを叩きつけるように骨が軋むほどギリギリと締め上げている。
「ギブギブギブ!つーか、前からセレネを直すのが最優先事項って言ってただろ⁉︎」
「狩葉殿、落ち着かれよ!そもそも拙が寄り道程度なら構わないと言ってしまったのが事の始まり、罰するなれば拙を!」
「零葉さんも考えての事だと思いますし、ここは一度話をちゃんと聞いてあげてください!」
悶絶しながらも零葉は必死の弁明を述べるが肝心の次姉は全くもって聞く耳を持たない。
余程今回の勝手な進路変更に対して腹の虫が収まらないのか締め上げる腕に更に力を込める狩葉。
それを涙目で必死に宥めようとするイヅルとフィーナ、美少女2人の説得も虚しく彼女は一向に弟に技をかける事を止めようとはせず状況は膠着状態である。
「朝から無駄に元気だな…「なんか言った?」
「……なんでもないでーす」
昨晩からどこかに行ってしまっていた時と同様にどこからともなく現れたヴァルがご機嫌斜めの狩葉を見て苦笑交じりに諭そうとするが怒りの矛先が自分に向きそうな気配を感じてすぐに視線を逸らす。
「はぁ…これ以上アンタのことシメても決まっちゃった事だし変わらないもんね、仕方ないか」
そう言ってからようやく零葉は解放され、"じゃあハナからやるなよ"と心の中で悪態を吐く零葉だったが、「あァッ?」と殺意をダダ漏れにしながら額に青筋を浮かべた狩葉に睨まれ表情が強張る。
「それにしても昨夜のあの体たらくは何だったのですか?」
ようやく一息ついたのもつかの間、斬葉に早速痛いところを突かれ口籠る。
彼女の言う「体たらく」とは昨晩の夜盗の頭領との一幕のことだろう。
ほんの僅かな隙を突かれ死の瀬戸際まで追い詰められていたという彼からすれば一刻も早く忘れたい出来事。
本来ならば恐れるに足りない相手であることは確かなのだが、あの場では高を括って慢心していたことは否めず、プロトⅠの乱入がなければ危険な状況であった事は誰よりも零葉自身がよく理解していた。
「ちょっと油断しただけだし…」
「皆様お揃いの様で、これから創造主の研究所へご案内させていただきます」
自分で理解している事を他人に言われる事はやはり癪に触るようで、斬葉からの指摘にバツの悪そうな表情を見せる零葉だったがここで助け舟を出すようにプロトⅠが深々と一礼して会話に割り込んでくる。
しかし、プロトⅠの言葉に被せるように斬葉が口を挟む。
昨晩のまるでタイミングを見計らったかのように現れた彼女、最近は姿を現さないながらも頭の片隅にある魔神と名乗る者たちの存在がチラついてしまい、彼女を疑わざるを得ない。
「その研究所とは何処にあるのですか?」
「申し訳ありません、それについては極秘とさせて頂いております」
「それじゃこれから案内するって事と矛盾してないかしら?」
プロトⅠの返答に首を傾げたのは姉同様、彼女をイマイチ信用出来ずにいる狩葉だった。
その証拠に、普段であれば脊髄反射の如く美少女を視認した時点でハグをして撫で回すが、現在は不信感の方が優っているのかそれすらもしていない。
「問題ありません、本機には空間転移機能が備わっています。これにより皆様を安全かつ確実にマスターの元へとお連れすることが可能です」
そう言い終えるや否やプロトⅠは背中の三対のスラスターを展開し魔力を噴出し始めると、霧状に散布された魔力が意思を持つかのように零葉たちの周囲を覆い始めた。
「ちょっ…なんだこれ⁉︎」
立ち込める濃密な魔力に酔いそうになりながら突然の事に慌てる零葉。
そんな彼を宥めるのは腕から空中に浮き出るホログラムを忙しなく操作しているプロトⅠ。
そうこうしているうちにも魔力の霧は濃さを増してゆく。
「ご安心を空間転移の前の下準備のようなものです、密度が増す魔力により多少の酩酊感が生じる可能性がありますがそれ以外には人体に影響は及ぼしませんので」
「念の為バラバラにならないように手でも繋いでおきましょうか」
この提案はまさかの斬葉からだった。
本心ははぐれた際に探すのが面倒だというところから来るものだとは思われるが、それでも手を繋ぐという一匹狼のような性格の彼女から出て来るとは到底思えない言葉にその場の全員が耳を疑ったのは言うまでもない。
「現在の座標……シフト座標……シフト先をラボ正面に設定。
対象区域の生命体を一斉シフトします。シフトシークエンス開始まで3.2.1…開始」
「あっ…ちょっ…」
瞬間、僅かな浮遊感と共に景色が歪み、何処かに引きずり込まれるような感覚に襲われる。
次にブレーカーが落ちたかのように視界が突如として真っ暗になり、気付いた時には全員仄暗い洞窟の中に立っていた。
「ここが…」
「お疲れ様でした、無事マスターのラボに到着いたしました。これより内部にご案内させていただきます」
魔力を多大に消費したはずでありながら先ほどと変わらずケロリとした様子のプロトⅠが一同の背後に聳え立っていた大きな門に歩み寄り、その側に備え付けられたインターホンのチャイムを鳴らす。
「………へーい」
鳴らされたチャイムから数拍おいてインターホンから特有のくぐもった声が聞こえてくる。
その声がどことなく気だるそうに感じられたのは零葉だけでは無いはず。
「マスター、マアヤメ様をお連れ致しました、このままマスターの元へお連れしてもよろしいでしょうか?」
「……今開けるからちょい待ってろ」
マスターと呼ばれる人物がボタンを押したのか大きな門がゆっくりと開いていく。
その先の光景に一同は驚いた。
そこからは世界が変わったかのように金属で覆われた通路が奥の闇へとずっと続いているのである。
「…姉様、俺どっかで似たような光景見たことあるんだけど気のせいかな」
「奇遇ですね、私も全く同じ事を考えていました…恐らくネールスの城の地下で見たあの研究所に似ているんだと」
その光景を見て真っ先に思い浮かんだことを零葉は口にすると、斬葉も同じ事を思っていたようで彼の言葉に対して首を縦に振った。
そう、彼らは先日この場所に似た光景をフィーナの実家、ネールス合衆国にある城の地下で目にしていたのである。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
門をくぐるとまた深々と頭を下げたプロトⅠの案内で舗装された通路を進み始めた。
200mほど進んだだろうか、唐突にソレは現れた。
彼らの眼前に今あるのは先ほどの門とは違い重厚感漂うシャッターで仕切られた入口だった。
プロトⅠは再度その脇へ歩み寄るとパスコードを入力する。
モーターの駆動音が聞こえシャッターがゆっくりと開かれる。
その部屋には幾多ものコンピュータとモニター、そして培養槽が所狭しと並べられ、その中央にはメインコンピュータらしきコンソールと椅子。
備え付けられていた椅子がくるりと回って機甲人に創造主と呼ばれていた人物が姿を現わす。
「よく来たな、待ってたぜクソガキども」
創造主、天才発明家、様々な異名を持つ謎の人物の正体はまさかの女性であった。
鈍色の髪は腰まで伸びて顔の半分を覆い隠し、その隙間から覗く黒い瞳は零葉たちを視認するとギラリと輝く。
そして、何よりも零葉の視線を釘付けにしたのは白衣を着てお陰で辛うじて研究者として見受けられるその姿である。
「零葉さん見ちゃダメです‼︎」
彼女の姿を見て茹でダコのように顔が真っ赤になってしまったフィーナがガバッと彼の目を覆うが脳裏に焼き付いてしまったその奇抜な格好はそう簡単に振り払えるものではなかった。
何故なら白衣の下には服を一切身につけておらず、辛うじて黒のショーツのみ穿いており、ラフという言葉を三周ほど通り越して最早ただの痴女としか形容できぬあられもない姿だったのである。
絶世の美女と言っても過言ではない程の美貌の持ち主でありながら、そんな風紀的に乱れきった容姿と口の悪さでマイナス数値を叩き出すほど台無しになっていた。
痴…ではなく、創造主と呼ばれる女性は戦慄している狩葉を見ると口端を吊り上げて目を細める。
「どうして……?」
絶句している狩葉だが、彼女が次の言葉を紡ぐよりも早く女性へと斬葉が黒椿を振り翳して斬り掛かっていた。
突然の強襲にも女性は一切焦る様子はなく、それどころか椅子に座ったままビーチサンダルしか履いていない足で手加減無しの斬葉の斬撃を受け止めた。
「斬葉さん⁉︎」
「おぅおぅ、随分なご挨拶じゃねーかクソガキ。戦う術を与えてやった恩人にひでー仕打ちしやがるね」
斬葉の予想外の行動に零葉の目を覆っていた手を外してしまうフィーナと、いつの間にか目の前の女性に対して姉が殺意全開で切りかかっている光景に零葉は頭が混乱し始める。
「姉様⁉︎つーか、相手の人も姉様をビーサンで止めてるし⁉︎」
「何故貴女が此処に居るのでしょうか?……初めは魔神たちの関連を疑いましたが、貴女が絡んでいるとなるとその数倍は厄介ですね」
何か斬葉と女性の間には因縁があるらしく斬葉には珍しく憎悪にも似た感情を瞳に宿らせながら押し合いを繰り広げている。
一方、女性の方は相変わらず涼しい顔で激昂している斬葉を滑稽だと一蹴して脚に力を込める。
「カハハ、オマエのそんな表情を見るなんて何年振りかねぇ。そんな事よりまずはウチの話くらい聞いたらどーよ。せっかちなヤツは嫁にも嫌われるぜ」
斬葉を吹き飛ばし、女性はそのまま脚を組み直すと零葉たち一行を順繰りにまるで品定めをするように視線を動かす。
斬葉も一頻り怒りをぶつけた事で冷静さを取り戻してきたのか受け身を取って壁に激突するのを防ぐと黒椿を鞘に収めた。
2人の姉の反応と女性の言葉で零葉の脳内にある可能性が生まれる。
それに気付いたのか女性と零葉の視線がぶつかる。
「それで良い、まずはようこそウチの研究所…いんや、今更だな。まずは自己紹介といこうか、ウチの名前はトツカ。そこのボウズの察した通り元々あっちの世界のモンだ」
未だ女性に対して警戒をし続けている斬葉がサラリととんでもない爆弾発言をする。
「こんなナリでも一応神ですよ彼女は」
「は?神って…」
「比喩でも何でもなくて正真正銘紛う事なき神様、正確には付喪神だけどね」
神、予想だにしていなかった単語が出てきたことに零葉は己の耳を疑うが、時折ふざけて戯ける狩葉は兎も角、あの斬葉がそう言ったということは先ほどの一言が真であることを裏付けるには充分すぎる要素だ。
しかしながら想定外の角度からのアプローチに全く状況の整理が追いつかない狩葉と斬葉を除く3人。
特にフィーナとイヅルは顕著で彼女たちの会話の内容がさっぱり通じていない。
「あのー…付喪神って何ですか?」
「あっちの世界とは…?」
「あちゃーイヅルちゃんは兎も角、2人ともそこからかぁ」
そんな2人に狩葉が優しく一から説明している間、残された零葉、斬葉の2人で話を進める。
「トツカさん…でしたっけ?一体何の付喪神なんです?」
「呼び捨てで構わねぇよ、つーか名前が答えに決まってんだろ」
「……?」
「オイ、クソガキ。お前のとこの小僧察し悪すぎねーか?」
「すみません、バカなもので」
他人を貶すことになると先ほどまでの険悪なムードは何処へやら、一転して息ピッタリのトツカと斬葉に理不尽な罵倒を受けて軽くヘコむ。
「…………十握剣…?でもあれってその型の霊剣の総称じゃ…」
詰られながらようやく答えに行き着いた零葉。
彼の言う通り、十握剣とは元来日本神話においてある種類の霊剣の総称であり、有名な物であれば天羽々斬剣や布都御魂剣が挙げられる。
つまり十握剣という名の剣は現実には存在しないはずなのであるが、それを踏まえた上で零葉は一つの結論に辿り着く。
「まさか…」
「そうさ、ウチの神核は十握剣に分類されるあらゆる霊剣。その概念が永い時間をかけて産み出した十握剣という一振りの霊剣の付喪神…まぁそれを付喪神にカテゴライズして良いのかウチとしても謎なとこなんだけど…「で、この世界に何の用があるんです?」
「早い話がボウズの持ってるプロトⅡの核を渡して貰いたい、ありゃ元々ウチが見つけたものなんでね」
トツカがこのレイドラルにやって来た目的が未だに見えないことで不機嫌な斬葉が彼女の話を遮るように割り込む。
トツカも話を中断させられたことで一瞬だけ眉が動き不快感を露わにするものの、すぐに平静を装って放った一言に零葉の表情が険しくなる。
彼女がプロトⅡ、つまりセレネのコアを持っていることを知っているという事は彼女が機甲人を零葉たちの元に差し向けた張本人であるという事の裏付けになる。
その持ち主が返還を求めているということは本来であれば断る道理もないのだが、どうしても嫌な予感が頭を付いて回る。
「渡したらどうするつもりだ…?」
「別に新しい機体に組み込むだけさ、いや新しいってのはちょいと違うな。まぁ実際に見てもらった方が説明はし易いか。おい、魔殺のお嬢に獣人の姫さん、迦楼羅の忍オマエらも付いて来な」
そう言ってトツカはコンソールを少し弄るとコンソール正面のモニターが中央から真っ二つに割れる。
その奥には零葉たちの歩いてきたような通路が再び続いており奥の方で仄暗い明かりを灯していた。
「……この培養槽は…全てマキナ・ドールですか」
奥の部屋に案内された一行の目をまず惹いたのは培養槽に収められた人型の何か。
それらは全て身体のあちこちがコードに繋がれており生きているのか死んでいるのかも一目では判断できないが斬葉は即座にそれらがマキナ・ドールであることに気付く。
「正確にはウチの造ったレプリカさ、とはいえ色々と欠けてるもんで動こうとはしないがな」
起動不可のマキナ・ドールたちの入った培養槽が並ぶ更に一番奥、一際巨大な培養槽を見た一行は息を呑む。
「これもトツカの造ったマキナ・ドールなのか…?」
「バカ言え…見て分かんだろ、今は休眠状態だっつーのに触れた瞬間に細切れにされそうな威圧感。これこそ太古の神滅兵器であるマキナ・ドール、そのオリジナルだ。ウチはコイツを遺物と名付けた」
レムナント、そう呼ばれたマキナ・ドールは静かに眠り続けている。
しかし、そこから放たれる殺気は彼らがこれまで感じてきたモノとは次元が違った。
神さえ殺す古代の兵器がガラス一枚隔てて眠っているのだ、コレが目を覚ませばこの場の全員が束になっても敵わないだろう。
展開されたままの武装はどれも見たことのないものばかり、その一つ一つの殺傷性を考えるとこのマキナ・ドール一体でどれだけの命を一瞬で散らすことが出来るか想像に難くなかった。
「とはいえ安心しろ、動力源であるコアは抜いてある。今すぐには起きないさ」
「…そのコア…今どこにあるんだ?」
トツカの含みある一言に零葉はある事を察する。
トツカもそれに気付いたのかニヤリと笑って零葉を指差す。
「流石あのバカ男の息子だな、察しだけは良いみたいだ。オマエの言う通りその手に持ってるプロトⅡのコアは元々レムナントのコアの一部だ」
「一部って事は他にもあるのか、つまりプロトⅠのそれも同じなんだな」
「おー、そこに考えが至るか。ご明察、プロトⅠにもコイツのコアを使ってる。あの真獣をぶった斬るだけの脳筋だと思っていたが考えを改めよう」
それを聞いて口を開きかけていた零葉は更に表情を険しくしてトツカを睨む。
ここで思い起こされたのは以前ネールスで見た研究所、その中央に鎮座していた台座の不自然な何もない空間。
彼女の言葉を掻き集め繋ぎ合わせ、確信に近いものを得たのかようやく至った推論を投げ掛ける。
「成る程、つまりここがネールスの城の地下研究所に似ているんじゃなくて、あっちがここに似てたワケか。あの時、エデルフォンを始末したのはアンタ、もしくはその命令に従う者か。そしてあそこから持ち去ったのは3つ目のコア。多分この推理は間違ってないよな?」
トツカも零葉にここまでの推理力があるとは思っていなかったのか少しの間目を丸くしていたが、すぐに感心したように手を叩く。
「お見事。確かにあのトラ公をハチの巣にしたのはウチさね、正確にはプロトⅡを遠隔操作してだがな。だがまさか、その直前にプロトⅡ自らコアをお前らに預けていたのは誤算だった」
指を鳴らすと一つの培養槽が列の中からトツカの後ろに出てくる。
そこに入っていたのは。
「セレネ…」
ボロボロのまま眠ったように機能停止しているセレネがそこに収められていた。
恐らく先のネールスでの戦闘以来修理されていなかったのだろう、むき出しの配線や関節が痛々しく見える。
「とはいえ、オマエらがネールスに潜り込んでくれたお陰で楽に3つ目のコアを回収できた。それに関しては礼を言うぜ」
彼女はレムナントのコアをセレネたちプロトシリーズのコアとして使用していたと言う、それを再び回収している事を踏まえると彼女の目的が自ずと見えてくる。
「彼女の再起動、それが貴女の最終目的という事ですか」
「カハハハ!クソガキ、相変わらず考えの詰めが甘いな。そんなモン通過点でしかねーさ。さ、ソイツを寄越しな」
「断る…アンタが何を考えてるのか知らないがこれを渡したらロクなことにならなさそうだからな」
高笑いして手を差し出すトツカの要求をキッパリと断る零葉、僅かに表情が不快なものに変わったトツカと零葉の間で視線がぶつかり合い火花を散らす。
「だろうな、オマエらがウチの言葉に耳を貸すワケないわな。……仕方なし、ならば強引にでも奪わせてもらうとしようか」
手で顔を覆い天を仰ぐトツカだったが次の瞬間、彼女の雰囲気が一変する。
鋭く全身を突き刺すような殺気を放ち始め、顔を覆った指の隙間から覗く黒曜石のように怪しく輝く瞳に獣のような獰猛さを潜ませている、その姿はまさしく研ぎ澄まされた剣。
「神相手に一対一などつまらん事は言わない…何人でも相手にしてやる!」
「零葉、屈みなさい!」
床を踏み抜き一気に零葉へ肉薄するトツカ、右腕を刀に変化させ縦一文字に振り抜く。
そんなトツカの急襲に唯一反応出来たのは斬葉だけで、彼女の声に反応して咄嗟にしゃがんだ零葉を体当たりで突き飛ばすと黒椿を抜いて振り下ろされた一撃を受け止める。
「流石だな黒姫、ウチの思考を読めていなければ反応だけでは間に合わない、伊達に長い付き合いというわけではないな」
「えぇ、出来れば早い内に願い下げたかった付き合いでしたが今回ばかりはその縁に感謝せざるを得ません…ねッ!」
力ずくでトツカを押し返した斬葉は間髪入れず追撃する。
「逃しません!」
「ナメんな‼︎」
トツカも空中で器用に体を捻ると走ってくる斬葉に蹴りを放つ。
当然彼女の右脚は刃物のように変化しており、風を切って斬葉に迫る。
「させるかぁ‼︎」
しかし、そこに乱入した狩葉。
彼女は既に緋翠の瞳を発動しており、大幅に強化された瞬発力でトツカの更に上へと移動、紅蓮華と蒼菫をこれまた強化した腕力で思い切り振り下ろす。
「甘いッ‼︎」
完全に捉えたかと思えた死角からの一撃だったが、トツカはまるで予期していたかの如く左腕を刃に変えて狩葉の斬撃を受け止める。
それだけに終わらず、滑らせるように受け流すと力の行き場を失った狩葉が体勢を崩しほんの一瞬だけ無防備になってしまう。
「しまっ…⁉︎」
「クッ…ガッ…‼︎」
一方、斬葉は右脚の一撃を受け止めるが、空中で放ったとは思えない重い斬撃に弾き飛ばされてしまい、いくつかの培養槽を破壊しながら壁まで吹き飛ばされてしまった。
また斬葉の受け止めた一撃を軸にして繰り出したトツカの右拳は狩葉のガラ空きになった脇腹を抉り血飛沫を上げる。
10秒に満たない攻防にも関わらず斬葉は身体のあちこちにガラスの破片や瓦礫が突き刺さり、狩葉は辛うじて致命傷は避けたが脇腹から鮮血が溢れ、白い巫女装束を真っ赤に染め上げていた。
「弱いな、その程度でウチを倒せるとでも?だとしたら随分とナメられたもんだな」
既にボロボロの姉妹とは対照的に傷一つ負っていないトツカは退屈そうに2人を見やる。
圧倒的な実力差を見せつけられた零葉は永劫を握り締めているもののなかなか踏み出せずにいた。
その姿を見たトツカはとあることに気付く。
「…なるほど、ボウズお前には"何も無い"のか」
その一言に零葉が僅かに動揺してしまう。
が、零葉が口を開くよりも先に斬葉が再度トツカの背後から斬りかかる。
「邪魔すんな」
だが、その刃が届く前にトツカの裏拳が彼女の横っ面を撃ち抜き、再度壁に叩きつけた。
アウトルーラーの中でも五本の指に入るほどの実力者である筈の斬葉をまるで赤子扱いするトツカ。
更に零葉の精神を追い込むように畳み掛けてくる。
「確かに常人離れした身体能力と永劫による術式破壊は脅威だ……が、それだけだ。お前は永劫の本来の力、その10%程度しか使いこなせていない。オマケに能力も未覚醒…あの小僧の息子がコレとは…無様だな」
「うるせぇ!」
「駄々捏ねるガキみてえな攻撃が当たるとでも?」
挑発を受け居ても立っても居られなくなった零葉は永劫を振り翳して飛び掛かるが容易く受け流されてしまう。
苦虫を噛み潰したような表情の零葉は彼女が指先で遊ばせているモノを見て絶句する。
「更に脇も甘い」
そこには零葉の持っていた筈のセレネのコアがくるくると回転していた。
恐らく零葉と接触したあの一瞬の内にポケットから掠め盗ったのだろう、しばらくコアを眺めていたが満足したのかプロトⅠに投げ渡した。
「本機の動力を予備動力にシフト、レムナントの起動を開始します」
-起動シーケンスに移行、各コアとの同調開始、起動までの所要時間3分-
プロトⅠはセレネのコアを受け取るとトツカに一礼、胸部を開き自身のコアを取り出すと手にしていた3つのコアをレムナントの胸部に組み込むと彼女から駆動音と機械的なアナウンスが聞こえ始め、起動まで時間が無いことを告げる。
「させないっ…!」
「阻止する!」
「させるかよ、レプリカ共足止めしな!」
それを阻止しようと飛び掛かる狩葉と斬葉だが、その動向を察知したトツカが右手を振り上げる。
すると、並んでいた培養槽を破壊して出てきたレプリカたちが2人の前に立ちはだかる。
「コイツら動かないんじゃなかったの⁉︎」
「おっと、言い忘れてた。コイツらは命令が無い限り自発行動が出来なくてな。その代わり、命令を一度受ければこの通りだ。それ以外はプロトⅠやⅡと同等の性能だと思ってもらって構わない。レムナントの起動までの時間稼ぎには持って来いってわけだ」
「クッ…姉さん!」
「零葉殿、フィーナ殿の護衛は拙にお任せを!」
戦闘になったことでフィーナを守る必要性があり、苦戦必至な狩葉と斬葉との間でどちらに付くべきか迷うがイヅルの一言に背を押され姉たちの助太刀に行く。
「アホ零葉、分かってると思うけど時間が無い。アタシと姉様でトツカとレプリカたちの相手するからアンタはレムナントを止めなさい!」
「相手の実力と数が数ですから殲滅は期待せず、漏れたのは自分でどうにかするように…良いですね?トツカやレプリカの妨害も考えるとチャンスは恐らく多くても二回、彼女が目を覚ました瞬間ゲームオーバーだと思ってください」
「分かった、姉様たちも危ないと思ったら自分たちの命を優先してくれ。最悪俺1人ででも何とかするから…姉様、姉さん毎度毎度巻き込んでゴメン」
今回もまたトラブルを呼び込んでしまい自責の念に苛まれているのか悔しそうな表情を浮かべて永劫を構える零葉の後頭部に2人の姉のチョップが綺麗に同時に振り下ろされた。
「あだっ⁉︎」
「今更すぎるっての、つーかアタシは早いとこセレネちゃんを直してスリスリしたいだけ」
「私はトツカの顔を先ほど殴られた分、殴り返さないと腹の虫が収まらないだけなので」
「「別にアンタ(貴方)の為じゃない」」
各々飛び出すがすぐにレプリカたちが殺到して先に進めない。
更にはトツカの攻撃も重なり防戦一方の3人、狭い室内の為無闇に本気を出せば同じ部屋にいるイヅルとフィーナを巻き込んでしまう可能性があるので攻めあぐねていた。
-同期完了、起動まであと15秒-
「あーもうっ!埒が明かない、何か方法ないの⁉︎」
「そんなものがあるなら、とうの昔に使ってますよ!それよりも手を動かしなさい!」
「チクショウ、時間がないッ…!」
想像以上の物量によりレムナントに近づく事はおろか徐々に押されつつある3人。
タイムリミットも迫る中、突如目の前を横切った黒い塊が群がっていたレプリカたちを全て薙ぎ払う。
「ダァラァァァ!」
「…チッ…このタイミングで余計な邪魔が入ったか…」
忌々しげな表情のトツカが見つめる先には龍人化したヴァルが肩で息をしながら彼女を睨み返していた。
「ヴァル、そう言えば今までどこに⁉︎」
「あの人形に置いてかれたんだよ。お前らとの分断を狙っていたようだがこれで目論見は外れたな」
「どうやってここが?」
「あの人形の転移魔力を追ってきた」
どうやらプロトⅠが転移した際、ヴァルだけをあの場に残してきたようだったのである。
しかし一方でヴァルも出し抜かれた事を恨んでいるのか行き先の手掛かりが無い中でプロトⅠの残した微量の魔力を辿ってきたのだという。
「テメェの存在だけが不安要素だったから残してきたものを…まさか魔力痕を辿れるとは思ってもいなかった…犬かっつーの」
「悪いな、龍族ってのはあらゆるエネルギーを糧にする生き物でな、ちっとばかりの魔力を辿る事ぐらいワケねーんだわ」
しかしここで培養槽のガラスがヒビ割れ、粉々に砕け散る。
その欠片がキラキラと舞い落ち、行き場の無くなった培養液が床一面に流れ出る中、その場にいた零葉たち一行はそこから目が離せなくなっていた。
「しまった、間に合わなかった…!」
「残念、時間切れ…死天使のお目覚めだ」
表情に悔しさを滲ませる零葉、対照的に楽しそうに笑みを浮かべるトツカの声と共に培養槽から歩み出てきたレムナント。
彼女は己の放つケタ違いの存在感に圧倒されている零葉たちの目の前まで来てゆっくりと瞼を開く。
セレネによく似た金色の双眸で標的を捉えると既に展開していた無数の武装、その矛先を彼らへと向けるのであった。
3ヶ月もお待たせして申し訳ありませんでした!
今後は更新ペースが若干落ちるかもしれませんが気長にお待ちいただけたらと思います!