迦楼羅からの使者
始まりました新章「迦楼羅国編」ここから物語は大きく動くことになっていく(はず)です!
「この店に帰ってくるのがひっさしぶりに感じるのは俺だけか?」
ここはラグ・バルにあるクロムシェイド魔具店。
フィーナが営むその店先で暫くぶりに佇まいを見ると不思議と安心してしまう零葉は「こっちの世界にもすっかり慣れちまったな」と苦笑を浮かべている。
「ネールスに予定してたよりも長いこと居たものねぇ。そもそも零葉が面倒ごとに首突っ込んだのが始まりだけど」
人通りの多いメインストリートから一本路地に入ったところに建っている店先はしばらく留守にしていたせいか落ち葉やゴミがちらほらと散らばっていて閑散としていた。
そんな様相を見て、狩葉も軒下に散らばっている落ち葉が気になるのか足で少しかき集めながらこれまでの弟の無計画さをぼやいている。
「ただいま…長い事留守にしててごめんなさい…今日からまた宜しくね?お待たせしました、どうぞ…あ、狩葉さん掃除は後でやっておくので大丈夫ですよ」
カチャカチャと鍵を外しながら店に謝っているのだろう、独り言を呟いているフィーナは錠前を外すと皆を招き入れる。
「やーっと息抜きできるぜ、やっぱり慣れた場所が一番だよなー……」
一番乗りに入った零葉が立ち止まった。
店内に僅かに漂う不穏な気配を感じ取ったからである。
「とりあえず、そこに隠れてる奴出てこいよ」
「…拙の隠形を看破するとはお見事でありまする。拙に戦うつもりは微塵も無い故、警戒は無用にござる」
指差した暗がりから1人の小柄な人影が頭巾を脱ぎ去りながら現れたのは、零葉たちの世界では忍装束と呼ぶ衣装を身に纏った少女だった。
古風な喋り方が特徴的な少女は両手を挙げながら戦意が無いことを示す。
「なになにー?いやーん、美少女はっけーん!」
そんな緊迫した空気をぶち壊したのは少女に迷わず飛びついた狩葉、彼女は少女を頬ずりしながら抱き締める。
「姉さん、今大事なとこだからちょっと控えて…」
「アタシに死ねと⁉︎」
相変わらずの破天荒な姉の行動を自重するように諭す零葉だが、それをワケの分からない極論で返す狩葉は少女を更に抱き寄せた。
「まぁいいか、その状態だと何も出来ないだろうし。アンタ何者?」
「申し遅れました。拙者は迦楼羅国隠密第二部隊副隊長、イヅルと申す者」
「迦楼羅の隠密が俺たちに何の用だ?」
むにむにと狩葉に頬ずりをされながらも動じず丁寧な名乗りを上げるイヅルにヴァルが訝しげな表情で用件を聞こうとする。
「それは…」
「あー、別に言わなくていいよ分かってるから。エルフィーの件についてだろ?」
ヴァルの問いに口を開こうとするイヅルを手で制した零葉、彼の口から出たのはこの世界に来た初めの頃にエルフィーと起こしてしまった一悶着についてだった。
その件については一応の決着が着いていたと思っていた零葉や他の家族は目を細める。
「その通りでありまする。あの件、エルフィーから即日抗議の魔鏡伝令が届いて迦楼羅でも調査をしていたのでござるが、結局目立った成果が上がらず諦めかけていたのでござるが、先日偶然にもエルフィーに連行される貴殿らを目にしたのでござる」
「成る程ね、その直後に接触してこなかった理由は?」
零葉の言葉を肯定したイヅル、どうやら彼女はグラードとの一件についても知っていたらしく、さすがに戦意はないと言ってはいたが警戒の色を濃くするイヅル以外の一同。
「我が主君に貴殿らの存在を報告しに国へ帰っていたのでござる……そんなに警戒しなさるな。真に拙には戦う意思はござらんよ、そもそもこの多勢に無勢の状況で抗う術など持っているはずなどなかろうて……信じられぬというならば証拠として我が主君からの書状がここにあるでごさるよ」
空気が張り詰めてきたのを感じ取ったのか、先ほどの自身の言葉がイマイチ信用されていないと悟って眉尻を少し下げると、懐から零葉たち宛だという書状を取り出し渡してきた。
「悪いな職業柄他人を疑うことも多くてな、あんまり気にしないでくれ。読んでもいいのか?」
「もちろんでござる、それを渡すためにここまでやって来た次第」
書状を開くと筆で書きなぐられた一文だけが添えられていた。
-会いにこい!-
その文を読んだ零葉は目頭を押さえながらイヅルの方へ文面を見せる。
「随分と単純明快な主君さんだな」
「………返す言葉もござらん…」
書状の内容など一切知らなかったイヅルもこれには驚いたようで返答に困っている様子だったが、そんな彼女に助け舟を出したのは意外にもここまで黙り込んでいた斬葉だった。
「別に良いじゃありませんか。元々迦楼羅の方へ用事があったわけですし、それ込みで行きませんか?」
「あら意外、斬ちゃんからそんなこと言うなんて」
乗り気な斬葉を他所に決めあぐねている零葉はフィーナに視線を向ける。
そう、彼がイヅルや迦楼羅の主の誘いに乗らない理由は彼女にある。
「とはいえ、フィーナに何日も店休ませちゃってるしなぁ…」
「え…あ、私の事は気にしないでください。それよりもセレネさんを直してもらう方が大事ですから…どうせでしたら今回はここに残りますし…」
そんな視線に気付いたフィーナは忙しなくあちこちに赴く想い人に今回は同行できそうにないことで少し残念そうにはにかむが、そんな彼女の肩を叩いた百葉が微笑む。
「それならフィーナちゃんは零くんと一緒に行ってあげて?」
「そんな、でも…」
彼女の提案に戸惑うフィーナだが、百葉は言葉を続ける。
「お店の心配なら大丈夫、今回はアタシが留守番してあげるから」
予想外の一言に全員が目を丸くするが、意に介した様子もない百葉はイヅルに尋ねる。
「イヅルちゃん、別にこれは連行じゃなく任意の同行よね、だったら1人くらい欠けても構わないかしら?」
「イヅル…ちゃん……あ、えっと…それは構わぬでござる。我が主君も無理に連れてくるようにとは言ってはござらぬ故、全員揃ってということが叶わないのが少し残念でありますが特に問題はありませぬ」
すぐに距離を詰めてきた百葉のくだけた呼び方にペースを乱されそうになるイヅルだが、すぐに持ち直して彼女の要求を受け入れる。
「母さん、本当に良いのか?」
零葉が申し訳なさそうな表情を浮かべるが、対照的にあっけらかんとした百葉は首を振る。
「別に良いのよ、ちょっとばっかり1人で調べたい事があるからちょうど良いの」
「調べ事?」
母の気になる一言に目を細めた狩葉に百葉は自分の唇に指を当てて答えた。
「内緒、そのうち話すわ」
含みある言い方に物言いたげな表情を浮かべた斬葉だがイヅルがそれを遮ってしまい結局この話題は終わりを迎えてしまう。
「そうと決まれば善は急げ、思い立ったが吉日でござりまする。早速出立の用意を…」
30分後、荷物を抱えた百葉以外の全員は店の前に集まっていた。
「んじゃ、母さん後のことは頼んます」
「平気よー、子供の留守番じゃあるまいし心配いらないわ」
相変わらず表情を崩さない百葉はエプロンを着け既に接客する態勢は万全でそのやる気に満ちた姿勢が逆に不安になってくる一同。
「あのさ…やる気になるのは良いんだけど程々にね?お母さんが本気出すと大抵ロクなことにならないから」
「失礼ねぇ狩ちゃんてば、お母さんがそんなミスすると思ってるの?」
「いや、間違いなく空回りしてトラブルを起こすから前以て言っておくんですよ」
「にゃ⁉︎斬ちゃん辛辣すぎ…」
娘たちからの信用の薄さにガックリと項垂れる百葉。
「あの…百葉さんよろしくお願いします」
しかし、フィーナが頭を下げるや否やガバッと顔を上げて満面の笑みを浮かべると彼女を抱き締めた。
とはいえ当然フィーナの方が身長が高いわけで必然的に彼女の胸に百葉の顔が挟まれる形になる。
「いーのよ、他でもないフィーナちゃんの為だもの。未来のお嫁さんになる子の為ならお母さんは一肌でも二肌でも脱いじゃうわよ♪」
胸に挟まれながらも周りに聞こえない程度の声量で語り掛ける百葉にフィーナが顔を真っ赤にしていると更に百葉は手を招いて彼女の耳元で囁く。
「チャンスがあったら押し倒しちゃいなさい、あの子父親に似てニブチンさんだから。振り向いて貰いたいならそのくらいのアタックはしなきゃ」
その一言でフィーナの脳内容量が限界を迎えたのかボフンッと音を立てて爆発する。
「フィーナ⁉︎母さん何言ったんだよ!」
「べっつに何もー?」
突然膝から崩れ落ちたフィーナを抱き止めると慌てているのか目を白黒させている零葉は、恐らく原因であるだろうニコニコと笑っている百葉を問い詰めるのだがいつも通りのらりくらりと躱されてしまう。
こうなった時の百葉の口の硬さはどうやっても開かないビンの蓋も真っ青のそれの為、諦めるしかなかった。
「それでは行ってきます、再三言っていますがフィーナさんの留守の間にトラブルを起こさないように"くれぐれも!"用心してください」
「…本当に、帰ってきたら寝る場所が無くなってるとかは勘弁ね」
迦楼羅の国に向かう一同を代表して百葉に挨拶するのは斬葉、彼女は言葉の一部分を異様に強調して母に伝えた。
それ程彼女を1人にする事が心配なのだろうかと思いきや、狩葉の言う様に本気で自分たちの拠点の心配しかしていないようである。
「そろそろ参りましょう」
「いってらっしゃーい」
イヅルの一声でその場を離れ一路迦楼羅の国に向かう一同を百葉はその背が見えなくなるまで手を振り見送っていた。
「さてと、ちょっとだけ忙しくなるわね!」
エプロンの紐を締め直してヨシッと意気込む百葉。
暫く店を閉めていたので、最優先事項は離れてしまった客を集め直すことである、そう思い前以て作っておいたチラシを抱え大通りに赴くのであった。
「ところでなんでエルフィーみたいに捕まえに来なかったんだ?」
道中、ふと疑問の浮かんだ零葉がイヅルに訊ねると彼女は肩を竦めながら答えた。
「鬼剣のグラード、あの男を退けたという噂を耳にしたのでござる。その噂は我々が貴殿らを拘束しようとしても無駄だと判断し、味方に引き入れようと動く理由には十分過ぎたのでござるよ」
「しかしながら、どうしてお前らはこんなにも次から次へと面倒ごとに巻き込まれるんだ。エルフィーの件といい、ネールスでの件といい…命がいくつあっても足りない修羅場ばっかりじゃねーか」
呆れた様子のヴァルが狩葉の顔を覗き込みながら、すっかり振り回される側になってしまった自身の現状を嘆く。
そんな嘆きを聞いていた狩葉が白目を向きながら前方を歩く零葉を指差した。
「そんなのあそこにいる主人公体質のバカに聞きなさいよ…楽しくないって言ったら嘘になるけど、一回一回のスパンが短過ぎて羽伸ばす暇もないのよ」
そんな愚痴を後ろで零す2人の様子を知ってか知らずか笑顔を浮かべながら何の気無しに振り返った零葉を見てほんのりと殺意が湧いたのは言うまでもない。
「ところでイヅルは迦楼羅の近くに住んでるっていう天才発明家の噂聞いた事あるか?」
肩に掛けた荷物を背負い直しながらネールスの王、ライゾットから聞いた天才発明家の話題を出してみると心当たりがあるようで片眉を上げるイヅル。
「知っているでござるよ、しかしながら其の者は人前には滅多に姿を現さない故どんな人物なのかを知る者も少ないという噂もあるでござる」
そう言ったイヅルだが零葉たちの様子を見てさらに言葉を付け加える。
「付け加えると其の者の住む場所は我ら隠密部隊の総力を以ってしても見つけられなかった事もあり、今ではその存在すら疑われている眉唾のような話でござる」
「そうか…」
「零葉殿はその発明家を探しているので?」
「まぁね、ちょっくら直してもらいたいヤツがいてさ」
零葉の反応で事情を何となく察するイヅルはこれ以上彼らの期待値を下げるべきではないと思ったのか口を噤む。
そうこうしているうちにも日が傾いてきて一行の後ろに長い影が落ち始めていた。
「そろそろ、野営の場所を探すべきでござるな。ここら一帯は比較的治安は良いのでござるが用心するに越したことはござらぬな」
道のりはまだ半分ほど残っているが、夜盗などを警戒してか歩を止めるイヅルに倣って街道の脇で野営の準備を進める。
もちろん、この一行に夜盗が襲いかかったところで歯が立たないのは明白なのだが、以前のように魔神が来ることも考慮してである。
「何でござるかこの食べ物は⁉︎」
そして夕食、紙皿に綺麗に盛り付けられたカレーライスを目の前にしてイヅルは目を瞬かせて驚いている。
出会ったばかりの頃のフィーナも同じような反応をしていたので零葉はスプーンを渡しながら苦笑した。
「そりゃカレーライスつって…まぁ食べてみりゃ分かるよ」
一応念の為に甘口のレトルトを渡してみるとすぐにがっつき始める。
「んむんむ…ふぉぉ、ほどよい辛さがクセになる味…美味でござる!」
「気に入ってもらえたなら何よりだよ」
「ハッ…うぅ…」
あっという間にカレーを平らげ、それを見て苦笑する零葉の反応に気付いて顔を真っ赤にするイヅルを見て笑いが起こる。
異世界にいるということを除けばなんて事ない平和なひと時。
「お頭、こんな所で夜営してるヤツらが居ますぜ」
一行が寝静まり間も無く夜明けといった頃、彼らのテントに迫る不穏な影。
その中の1人がお頭と呼んだ大男が不敵な笑みを浮かべる。
「ククク…街道沿いに見張りも立てずに呑気に寝ているたぁとんだ田舎者みたいだな。よし、テメェら静かにこの周りを囲め。男は皆殺し、女子供は捕まえて奴隷商に売っ払ういつも通りのプランだ。金目の物も忘れず掻っ攫え」
大男は漏れそうになる笑い声を抑えながら手下にテントを包囲するよう仕向ける。
慣れた様子の盗賊たちはものの数十秒で目標を取り囲み、今か今かとお頭の合図を待っていた。
「よし…や…「寝込みを襲うとは感心できたものでは無いでござるな」
襲撃開始の合図である右手を下ろそうとしたまさにその時、盗賊たちの背後から声がする。
男たちがその声のする方へ視線を向けると、小柄な人影が忍刀を手に立っていた。
「この方々は我々の客人。できれば即刻お引き取り願いたいところでござるが、それが叶うならば夜盗などに落ちぶれる筈もありませぬな」
イヅルの挑発的な言葉に男たちの殺気が膨れ上がったのは言うまでもなく、ナイフやサーベルを抜き放ち始めた。
「ふむ、そうは言ったものの拙の本分は暗殺ゆえ多人数相手には不向き、どうしたものでござるかなぁ…」
ぞろぞろと集まってきた男たちにやってしまったと言わんばかりの表情を浮かべるイヅルは顔を手で覆うが、夜盗にはそんなことは関係も無いわけで一斉に飛び掛かってくる。
「あまり使うなと釘を刺されているのでござるが、やむなし…少しばかり本気を出そう」
その刹那、男たちの前からイヅルの姿が搔き消える。
次に聞こえたのはバキッという破砕音、音のする方へ振り向いた男たちの目に入ったのは胸当てを破壊され宙に舞う仲間の1人だった。
「さてと、暴走する前に片付けなければお客人にも被害が及ぶ…覚悟はよろしいか?」
闇の中から現れたのはイヅル、しかし彼女の右腕は今異形と化しており普段の彼女の腕より二回りほど巨大に、そして額には特徴的な鋭い角が2本生えていた。
「化け物め、怯むな一気に斬り殺せ!」
お頭の発破に躊躇いながらもイヅルに斬り掛かる男たちだったが、彼女が変形した巨腕を盾にすると突き立てられたサーベルやナイフの先端をパキンッという高音と共に悉くへし折ってしまう。
「その程度の鈍では拙に傷1つ付けられぬ」
「ヒィッ⁉︎」
「ばっ…化け物!」
ギラリと目を光らせて凄むイヅルに男たちは不気味なものを感じ蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
その場に残ったのは数名の男とそれを纏めるお頭、そして右目を押さえているイヅルである。
彼女の様子を見たお頭はニヤリと笑うと巨大な鉈を頭上に振り翳す。
「どうやらその姿も長持ちしねぇみたいだな!」
疼く右目に気を取られていたのか僅かに反応が遅れるイヅルだが、紙一重でその重々しい一撃を避ける。
容易く地面を叩き割った破壊力、イヅルの右腕でも受け止めることが出来るか怪しいほどの一撃である。
いつの間にか再度包囲されてしまったイヅルは明らかに疲弊しているようで膝をついてしまっている。
「とりあえず、その気味の悪い右腕を叩き切って奴隷商にでも売っ払うか」
一歩、また一歩と包囲が狭まってくる。
お頭に右腕を掴まれたイヅルは必死に抵抗するが既に腕は元の細腕へと戻ってしまっていてビクともしなかった。
「触るな…この腕は母上の…」
「寄ってたかって大の男がみっともないったらありゃしねーな」
男たちがその声に気付いた時には何者かによってお頭の手がイヅルから剥がされていた。
突然の乱入者に苛立ちを覚えるお頭は額に青筋を浮かべながら問い掛ける。
「何者だテメェ」
「何者ってかソイツのツレ」
「零葉殿…?」
お頭の手を力づくで押し返していたのは他でもない零葉である。
彼は男たちを視線で殺せそうなほどの殺気を放ちながらイヅルを庇うように立ちはだかる。
その姿を見て声を上げたのは男たちの中にいたいつぞやの三人組の盗賊。
「あっ、テメェ!」
「あん時の⁉︎」
「お頭、このガキです!」
それを聞いたお頭は眉間に皺を寄せて三人組を睨み付ける。
どうやら怒りの矛先が次に向いたのは部下たちのようである。
「こんなガキ1人にやられただぁ?役立たず共が…ヌッ⁉︎」
「タダのガキかお前の身体で感じてみな!」
視線が外れた隙を突いてお頭を掴んでいた手から力を抜く。
拮抗していた力が行き場を無くしたことでよろけたお頭のこめかみに零葉は遠慮なく膝蹴りを叩き込んだ。
「「「お頭ァァァッ⁉︎」」」
「…ッ⁉︎」
しかし零葉の放った渾身の膝蹴りはバランスを崩しながらも出されたもう一方の手で受け止められてしまう。
すぐに離脱しようとする零葉だったがガッチリとホールドされた足を抜くことができない。
「次はこっちの番だな!」
「かはっ…⁉︎」
軽々と片手で身体ごと頭上に持ち上げられた零葉は咄嗟に受け身を取ろうとするが巨大な鉈で地面を割るような怪力の持ち主であるお頭は御構い無しに彼の身体を激しく地面に叩きつける。
想定を遥かに超える背中の激痛に受け身を取ったにも関わらず呼吸困難に陥る零葉。
「威勢良く出てきた割には大したことねぇな」
悶絶して立ち上がることもままならない状態の零葉に盗賊のお頭は一度は置いた鉈を手にしてゆっくり振り上げる。
「アバヨ哀れな勇者くんよぉ!」
ドガンッという音と共に僅かな衝撃、零葉だけではない。
その場の全員がたった今目の前で起きた状況を理解出来ずにいた。
盗賊のお頭の背中が突如として爆発したのだ。
「一体…何が起きた…⁉︎」
ズズンッと土煙を上げて倒れ伏したお頭にようやく立ち上がった零葉も動揺が隠せずにいる。
そんな中、頭上から声が聞こえた。
「対象を目視にて確認、敵性反応多数、殲滅許可を申請………承認。全武装展開、殲滅シークエンスへ移行」
一斉に頭上を見上げた彼らの目に入ったのは、登り始めた朝日が後光となり照らされた三対の翅を持つ天使の姿。
天使は地上に舞い降りると一瞬にして大量の武装を身に纏った。
零葉はその姿に見覚えがある、それはまさしく…
「まさか…間違いねぇ、機甲人だ!」
「古代兵器がなんでこんな所にいるんだ⁉︎」
「ボッとしてんな、逃げろ殺される!」
天使の姿をした死神は男たちに銃口を向けると低い駆動音を響かせながら魔力を収束させていく。
それを見た男たちはお頭を引きずりながら一目散に逃げ去っていった。
「敵性反応の消失を確認、殲滅シークエンスを終了。全武装解除」
男たちの背中を見送った機甲人の少女は武装を外すと零葉に歩み寄る。
唖然としていた零葉は自分より幾分か小柄なその姿に思わず知っている名前を呼んでしまう。
「セレネ?」
「セレネ…あぁ、番外個体…プロトⅡ(ツー)の固有名詞ですね。残念ながらその認識は否であると本機は回答します。本機のことはプロトⅠ(ワン)とお呼び下さい。マアヤメ ゼロハ様、創造主の命により貴方様方を創造主の元へお連れ致します」
「マスター?それってこの辺りに住んでるっていう噂の発明家のことか?」
恭しく頭を下げた緑髪紫眼の機甲人に警戒を解く零葉は例の噂と繋がると判断して問い掛ける。
「肯定、皆様の予定に多少の遅れが生じることは重々承知しておりますが、ご足労頂きたいのです」
「…そういうワケらしいがイヅルは構わないか?」
零葉の質問に是と答えたプロトⅠ、しかし流石に迦楼羅国に向かっている途中であるため彼女への同行に関しては零葉の一存で決めることは出来ず判断をイヅルに委ねる。
「別に良いのではないでしょうか?我が主君も日を指定していたわけではござらぬ故、寄り道程度なら問題は無いかと」
その一言を聞いて決意が固まったのか零葉は頷くと手を差し出す。
「ん、つーわけで案内よろしくな」
「承知しました」
零葉の差し出した手には応じず深々と再度頭を下げたプロトⅠだった。