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帰る場所

「誇り高き騎士たちよ、今こそ我らが持てる力を示せ!逆賊の徒に堕ちし者たちへ正義の鉄槌を!そして彼らを必ずや真獣の元へ!」


「前衛部隊は中央に群がる敵を左右の壁際に追い込み、後衛部隊と弓部隊が中央に残存する敵を殲滅しなさい!盾兵は槍兵と協力して彼らが進めるように血路を切り開いて!後ろには救護部隊が控えてるわ、危なくなったら必ず後退すること。命を懸ける戦いだとしても本当に死ぬなんて許されないわよ!」


吠えるように叫ぶエレメイラの一声で騎士たちが雄叫びを上げる、その魂の叫びは大広間を揺るがす。

その後ろからはシャーレが的確な指示を飛ばし、流石は騎士団といったところでそのチームワークには目を見張るものがあり、与えられた指示に忠実に動く。

弓が効かない甲殻類型や虫型の神獣を殴り飛ばしているエレメイラ率いる第一部隊が中心となり、スヴァンシーグの前に立ち塞がる神獣たちを左右へ追い込んで抑えてゆく。

徐々にではあるがスヴァンシーグに向かって一直線の道が出来上がりつつあった。


「そろそろ、私たちも進みましょうか。んじゃ、アタシが先頭行くわ。姉様は殿(しんがり)を、零葉はアタシたちの間に入ってあのバケモノにブチ込む用のどデカイ一撃溜めておきなさい」


「分かった。狙うのはあそこの宝玉だ、あの中に多分フィーナがいる」


グルルッと喉を鳴らすスヴァンシーグを見上げて零葉がその額にある宝玉を指差す。

それに静かに頷いた斬葉と狩葉と共に走り出す。


「シャーレ隊長、この数では抑えられる敵にも限りがあります!」


しかし、すでに消耗しきっていた騎士たちの包囲を搔い潜った神獣たちが飛び出してくるが、巨大なドラゴンの腕と弾丸のような蹴りを放つ人影に阻まれる。


「溢れたケモノ共は俺たちが相手してやる。零葉、とっととケリつけてこい!」


「お母さんらしくあの子達の邪魔をする障害はある程度取っ払ってあげなきゃ。斬ちゃん、狩ちゃん、零くんをよろしくね」


ヴァルと連携を取る百葉が肩越しに振り返り、声を掛けられた斬葉と狩葉は肩を竦める。


「言われなくとも…」


「そのつもりよ!」


「行こう、姉さん、姉様」


再び走り出した3人の前に巨大なワニが現れその大きな顎門(あぎと)を開く。

それを見た狩葉は二振りの刀その一つ「蒼菫」を構えると、床を力強く蹴って一気に加速する。

そのままワニの眼前まで迫ると勢いを殺すことなく飛び上がり、クルッと一回転して縦一文字に刀を振り抜く。


「邪・魔・すんじゃ…無いわよ!」


スパンッという切断音の後、ワニの体がアジの開きのように左右に分かれた。

重々しい音と共に舞い上がる砂埃、その着地した狩葉は真っ二つになった死骸を足蹴にしながらその先のエデルフォンを睨みつける。


「可愛い女の子を悪事に利用するなんて万死に値するわ。つーか、一万回死んだとしても足りないくらいよ」


「姉さん上だ!」


そんな狩葉の立っている辺りが不意に巨大な影に覆われる。

零葉の声に頭上を見上げた彼女の視界に飛び込んできたのは一直線に急降下してくる巨大な猛禽類だった。

猛禽は狩葉の華奢な身体など簡単に引き裂けそうな鋭い鉤爪を不気味に光らせながら迫っていた。

回避行動は間に合わない、誰もがそう思った瞬間である。


竜咆(ドラグーンハウル)!」


頭上数メートルのところを高熱のレーザーが猛禽の巨体を消し飛ばした。

砲撃の主が誰なのかすぐに理解した狩葉は砲撃の始点の方を向き親指を立てる。


「お姉ちゃんナイスアシスト!」


「人前でその呼び方は止めなさいと言いませんでしたか、消し飛ばしますよ?」


「それは洒落にならないのでヤメテクダサイ」


狩葉の自分への呼び方が気に食わなかった様子の斬葉は、うっすらと額に青筋を浮かべてその腕に装着していた竜の頭部を模した粒子砲を真顔で向ける。

その威力を目の当たりにしていた狩葉はすぐに土下座して謝っているが、当然間髪入れず敵の妨害が次から次へと飛んでくる。


「というか、アレはなんで動かないわけ?」


ふと顔を上げた狩葉がスヴァンシーグを指差して首を傾げる。

見ると眼前まで排除すべき相手(零葉たち)がいるにも関わらず見向きもしていなかった。

そこで零葉もスヴァンシーグの行動を思い返す。


「…エデルフォンの傍から離れてない…?」


そう、スヴァンシーグは先程から零葉が攻めかかった時だけ迎撃するものの、自分から攻撃を仕掛けてくることはしなくなっていた。

エデルフォンの命令でそうしているかもしれなかったが、ひょっとすれば"動かない"のではなく"動けない"のでは、そんな零葉の思考を遮断するように更に敵の攻撃が過激化する。


「何か考える暇があるなら手伝ってもらえると楽なのですが?」


新しく現れた巨大な鷹の鋭い爪と鍔迫り合いをしながら塾考していた2人を睨みつける斬葉。



玉座の間にて大乱戦が行われている最中、城の地下に存在する近代的な様相の長い廊下。


「なるほど地下に研究所とは大それた事をやってるな、道理でなかなか見つからんワケだ」


廊下の最奥、厳重にロックされた大きな鉄の扉の前で一つの影が感心したように独りごちていた。

その影は身体から伸びるコードを一本掴むと扉の脇に備え付けられていた機械の端子にそれを接続した。

数秒後、ピピッという電子音と共に鉄の扉がその口を開いた。

影が扉の内側に入り込むとその存在を感知したのか部屋の明かりが一斉に灯る。


「こりゃ随分と趣味の悪いコレクションだな……人の事言えないか」


扉の奥、研究室のような空間の壁際にズラリと並んでいたのは、気味の悪い緑色の液体で満たされたカプセルの中に沈められている幾人もの獣人たちだった。

彼らの性別や年齢はバラバラで老人や果ては赤子まで一様にカプセルに閉じ込められていた。


「消えた王族たちの謎の真相はこういう事か…非人道的どころの騒ぎじゃねえなコレは」


そして影は部屋の中央に配置されているコンソールを弄り始める。

幾つかのファイルを開いた時、その指が止まった。


「…上のバケモノはそういう事か、んじゃ折角だし上のガキンチョ共の手助けでもしてやるか…これで貸し二つだぜ」


ニヤリと笑みを浮かべた影は右腕を砲身に換装して頭上に掲げる。

そして一撃、天井に描かれていた魔法陣を力技でブチ抜いた。

場面は再び玉座の間に戻る。

倒しても倒しても際限なくスヴァンシーグの身体から新たに産み出される神獣たちに苦戦を余儀なくされている零葉たち、目の前まで辿り着いているにも関わらずそれを守るように猛獣の姿を模した神獣たちに邪魔され攻めあぐねていた。


「どんだけ湧いてくんのよコイツら、キリがないし、いい加減アタシも限界なんだけど!」


三度目となる巨大猛禽を三分割した狩葉が軽く涙目で訴える、常にリミッターを解除している状態の彼女の身体は悲鳴を上げ始めていた。


「どうやら倒される度に学習して対応できる神獣を産み出せるようですね、同じ武器が通用しなくなってます。それだけならまだしも、類似した武器も使えなくなりますからね、いかにほぼ無尽蔵とはいえ、いつかは底が見えますから…ジリ貧ですね」


コヨーテ型の神獣を追尾型のミサイルで吹き飛ばしながら担いでいたミサイルランチャーを投げ捨てる斬葉、額にはうっすらと汗が滲み狩葉同様体力を消耗しているのが見てとれた。


「どうやってあんな無限に等しい力を供給してるんだ?」


零葉の呟きに狩葉が反応する。


「そりゃアンタ、フィーナちゃんから…あれ?」


「それは変じゃないですか?」


狩葉の頭に浮かんだ疑問符に斬葉が賛同する。


「魂一つあたりの魔力の総量は元より決まっていますし、仮にフィーナさんの身体にあれ程の魔力が内包されているとするならば普通肉体の維持は不可能」


「周囲の精霊を取り込んで巨大化してるんだとしたら今頃この辺り一帯の精霊は枯渇してアタシたちが魔法を使うことはできない」


炎魔法で蝶型神獣を焼き尽くす零葉を見ながら狩葉が言う。

燃え盛る炎ごと神獣を真っ二つにした零葉も着地しながら口を開く。


「つまり、残った考えられる可能性は外部からの供給ってことか?」


「ということは、あの魔法陣はそれを補助するアダプタってところですかね」


「スヴァンシーグは動けなかった、力を蓄える為に。そうと分かりゃアイツが動き出す前に魔法陣を破壊すべきだけど、さすがに簡単にはさせてくれないか」


スヴァンシーグの足下を指差した斬葉と『永劫』を構え直した零葉だったが、そうしている間にもどんどん増える神獣を前に苦笑を浮かべる。

そんな時、不意に地面が大きく揺れた。


「地震か⁉︎」


下から突き上げるような衝撃にバランスを崩して膝をつく零葉だが、すぐに揺れの正体が姿を見せる。


「グガアァァァ⁉︎」


「スヴァンシーグ、何が起きた⁉︎」


スヴァンシーグが大きく悲鳴を上げる。

地中から突如生じた光に胴体を貫かれたからだ。

予期せぬ事態にエデルフォンも目を見開いた。

それもそのはず、先ほどまでどんな傷を負っても瞬時に再生させていたスヴァンシーグの身体が再生しなくなっていたのだ。


「今しかない‼︎」


何故突然再生能力が発動しなくなったのか、疑問は尽きないがこの好機を逃すまいと駆け出す零葉、ワンテンポ遅れて飛び出した2人の姉もすぐに追いつく。


「何が何だかよく分からないけど、この大チャンス逃すつもりはないわ…雑魚は退きなさい!穿氷炎(うがつひょうえん)!」


狩葉が『紅蓮華』と『蒼菫』を頭上に掲げドリルのように回転しながら道を塞ぐ神獣を一直線に貫く。


「恐らくこれが本当にフィーナさんを助ける最後のチャンスだと思います。確実に決めてきなさい…黒旋風(くろめぐるかぜ)!」


『黒椿』を横薙ぎに猛烈な勢いで振るう。

それによって生じた旋風で零葉を打ち上げた。

それを阻もうと空を飛ぶ神獣たちが何度も飛来するが旋風の外側が防御壁のようになってからを守っており、零葉はあっという間にスヴァンシーグの目線の高さまで舞い上がった。


「よぉ、スヴァンシーグ。やっとテメェにマトモな一撃をブチ込めるぜ」


『永劫』を高々と振り上げた零葉、その刀身が極大のオーラを纏う。


「させるか、人類如きがワタシの崇高な目的の邪魔をするな!」


狂乱気味のエデルフォンがスヴァンシーグの身体を伝って零葉の目の前に躍り出てきた。

今もなお膨らみ続ける『永劫』のオーラ、それを零葉が振り下ろすよりも早くエデルフォンの鋭い牙が喉元に迫る。


「ガッ⁉︎」


しかし、どこからともなく飛んできた木の棒がエデルフォンの側頭部にめり込むように激突する。

意識の外から飛んできた強烈な一撃に狂乱の大臣の頭部はボグッと嫌な音を立てた。

そのまま耐え切れず失神し落下していった。


「終わりだァァァァ!極覇剛断閃(きょくはごうだんせん)!」


「ギギャアァァァァ!」


「フィーナ、待たせたな…一緒に帰るぞ」


城の内装を破壊しながら振り下ろされた零葉の一閃はスヴァンシーグの身体を一刀両断した。

降り注ぐ瓦礫を足場にしながら額の宝玉まで辿り着くと再び一閃して破壊。

中からフィーナを引きずり出す。


「やった!」


誰かがそんな声を上げるが、まだ終わってはいなかった。

宿主と制御者を失ったスヴァンシーグが暴走し始めたのだ。


「ゴガァァァァァァ!」


所構わず前足を振り下ろし、身体を打ち付け魔弾を撒き散らす。

その姿に神々しさは微塵も無く、ただ破壊の限りを尽くす一匹の魔獣がそこにはいた。


「さて、後始末といきましょう」


「零葉、これで今度こそ終わりにするわよ」


スヴァンシーグの足元で前足を避けながら零葉を待っていた姉たちが刀を構える。

フィーナを抱えて地面に降り立った零葉は彼女をそっと床に横たわらせると2人の姉同様に大剣を構える。


「まずは大人しくさせるとしましょうか。『グレイプニル=レプリカ』!」


無限(インフィニット)武器庫(アーセナル)』の一つであろう魔力を帯びた鎖が地面に浮かび上がった魔法陣から何百という数で放たれスヴァンシーグを縛り上げた。


「所詮レプリカですから効果は10秒が限度ですが…」


「あのバケモノをぶった斬るには…」


「充分過ぎるぜ!」


同時に地面を蹴った3人、残った力全てをそれぞれの刀剣に注ぎ込む。


「黒キ(いばら)ノ刻印!」


「奏デルハ氷焔ノ調!」


「魔断ノ(いなな)キ!」


3人の斬撃はスヴァンシーグ巨体を斬り裂き、破壊をもたらす獣はようやく実体を維持できなくなったのか光の粒子になって消滅した。

同様に玉座の間に溢れ返っていた神獣たちが土塊のように崩れて消滅した。


「やった…のか?」


「倒した…やったぁぁぁぁ!」


突然消えた神獣を目の前にしてしばらく状況が飲み込めなかったエレメイラだったが、シャーレの上げた歓声に騎士たちもようやく勝利の実感が湧いてきたのか拳や剣を掲げ始めた。


「「「ウォォォォ!」」」


大歓声の中、フィーナを抱えて戻った零葉の元に家族や仲間、ライゾットが駆け寄る。


「まったく、ヒヤヒヤさせないでよね」


「スマートさの欠片もありませんでしたが、とりあえずギリギリ合格点といったところですね」


「これでようやくゆっくり羽休めが出来るな」


「お母さん早くお風呂入りたいんだけどー」


若干2名ほどマイペースぶりを遺憾なく発揮しているが、ライゾットが口を開くと一斉に静まり返った。


「まずは父としてありがとう、君なら娘を必ず救ってくれると信じていた。それからこの国を救ってくれたこと、国を統べる者として本当に感謝している」


ライゾットからの賛辞に零葉は静かに首を横に振った。

そして口を開くとこう答えた。


「俺は…俺たちはライゾットさんの願い、それからあるヒトの頼み事を依頼として請け負っただけですから」


「あるヒトとは…?」


「ワタクシです、陛下」


誰ともない声が首を傾げたライゾットの問いかけを返した。

一斉にそちらに振り向く玉座の間にいた一同の視線の先にいたのは馬型の魔物に跨った茶色の髪を一括りに縛った女性の獣人だった。

彼女を見て真っ先に声を上げたのはエレメイラだった。


「奥様、何故こちらに⁉︎」


「エレメイラ、苦労を掛けたな…城に巨獣が現れたのを見て、居ても立ってもいられなくなってな」


奥様…レオナ・クロムシェイドは昔の部下であるエレメイラに申し訳なさそうに眉を下げると再びライゾットの方へ顔を向ける。


「レオナさん、やっぱりさっきの木の棒は貴女でしたか」


「そんな…こんな事が起こるのか…?」


地面に落ちていた木の棒、彼らの勝利の立役者の一つであるそれを拾い上げた零葉はポンポンと手先で遊ばせながら笑う。

ライゾットは信じられないといった様子で言葉に困っていた。

それも無理はない、10年も行方不明だった娘が突然帰ってきただけでなく死んだと思っていた自分の最愛の女性が生きていたのだ、これが驚かずにいられるだろうか?

そんな中、零葉に抱きかかえられたフィーナが身じろぎした。


「フィーナ、分かるか?」


「…んっ…ぜろ…は…さん…?」


「おう、迎えにきたぞ…待たせて悪かったな」


「っ…零葉さん…」


零葉が目の前にいる、その事に安堵したのか目から大粒の涙を零しながら抱きつくフィーナ。

零葉は少し驚いた顔をしたもののすぐに表情をやわらげると優しく頭を撫で始めた。


「リフィナス、無事で良かった…」


「お父様…」


「フィーナ、大きくなったわね」


「えっ……お母…様…?」


「フィーナ…今まで辛く寂しい思いをさせて本当にゴメンね…でも生きていてくれて良かった…ありがとう…本当にありがとう…」


徐々に意識がハッキリしてきた様子のフィーナの傍らに、ライゾットと彼に抱きかかえられたレオナが腰を下ろした。

レオナを見た瞬間、キョトンとした顔になるフィーナだったがすぐに誰なのか気付いたようで口元を押さえた。

瞳からは止まりかけていた涙が再び溢れ出した。

レオナも彼女につられて堪えていたものが溢れ出していた。

ここからは親子水入らずの方が良いだろう、そう判断した零葉はフィーナを2人に預けて自身の家族の元に歩み寄った。


「ねー、零葉これどう思う?」


狩葉が彼の顔を見ずして床を指差した。

そこは先ほどスヴァンシーグを貫いた光が噴き出した場所であり、今は底の見えないほど深い大穴がポッカリと口を開けていた。


「あのトラの獣人の姿も見えませんし、おそらくここに逃げ込んだのかと」


斬葉の言葉にハッとして周りを見回した零葉だったが、気絶していたはずのエデルフォンの姿が消えていた。

場面は再度地下へ。


「クソッ…ガキどもが…よくもワタシの計画を…まぁいい、計画書とデータさえあれば…」


側頭部から流れる血を拭いながら悪態を吐くエデルフォン。

コンソールを動かしながら目的のファイルを探す。


「何故消えている…?」


どこを探しても見つからないファイルに唖然としているといきなり背後から声をかけられる。


「それなら復元不可能になるまで破壊したよ」


「……貴様はあのガキが従えていた人形(マキナ・ドール)か」


声の主はセレネだった。

しかし、ところどころ配線や基盤が剥き出しになっていて時折ショートしているのか火花が散り、どう見ても動ける状態でないのは明白だった。


「何故貴様がここにいる」


「決まってんだろ、それを見つけるのが目的だったんだからな」


そう言ってコンソールを指差したセレネの様子でエデルフォンはある事に気が付いた。


「まさかお前は…」


「ご明察ぅ、いやーアイツらにコイツを預けたのは正解だったな。まさかこんなにトントン拍子で事が進むとは」


「やはりこれが目的か」


エデルフォンは部屋の中央、魔法陣の真下に設置された玉虫色に輝く結晶体に目を向ける。

セレネは目を細めてそれを見やるが、すぐに視線を彼に戻した。


「そいつはお前を始末した後にゆっくり回収させてもらうさ。とはいえ、コイツのカラダもそう長くは動けなさそうなんでな。さっさと用事済ませるぞ、盗っ人には制裁を」


結晶体(それ)を何に使うつもりだ…」


「お前に教える道理はないさ、どうせ死ぬんだしな」


右腕を機関銃に換装させたセレネが不気味な笑みを浮かべると、部屋中にエデルフォンの断末魔が響き渡った。

地上からロープを垂らして地下に降りてきた零葉たち、そこに広がっていたのは、玉座の間と同じくらいの敷地を持つ研究施設らしき謎の設備の並んだ部屋だった。

つい最近まで人の出入りがあったのか、天井に大穴が開けられたことで周辺には瓦礫などが散乱しているものの、それ以外は綺麗なものだった。


「まさか城の地下にこんな空間があるなんてな」


「零葉、これを見てください」


同じく部屋を見回っていた斬葉が何かを見つけたのか零葉を呼び寄せる。

彼女が指差していたのは赤黒い肉塊だった。

ところどころに縞模様の覗いているそれに見覚えのある零葉は、頭の中ですぐに繋がったのか答えを出す。


「エデルフォンか…」


「どうやら私たち以外にも彼を追っている者が居たようですね。今回は先を越されてしまいましたが」


既に息絶えているエデルフォンから目を離し部屋の中央にあるコンソールを弄っている狩葉を見る。

コンピュータを操作している時の彼女は真剣そのもので獣人語で表記された読むことのできないファイルのタイトルを零葉の持っていた神獣計画のデータと照らし合わせながら原本を探していた。


「ダメね、コンソール内にはデータのカケラも残ってないわ」


「復元は?」


「出来るならもうやってるわよ。そもそもこのコンソール内にデータそのものが存在しなかったとしか思えないのよ。無いものは復元しようが無いわ」


「とりあえずこれ以上長居していても収穫はなさそうですね。ライゾット氏に報告してここに居る王族の方々の回収部隊を向けてもらった方が良いでしょう」


城での決戦から数日後、破壊された家屋や城の復旧作業が着々と進められる中、ライゾットの呼び掛けで城門前にある広場には大勢の獣人が集められていた。


「親愛なる国民よ、先の内乱をよくぞ生き抜いてくれた。此度の戦い、皆失うものが多かったろう。我も幾人もの優秀な騎士と大切な友を失った。平穏を保つためにはあまりにも高過ぎる代償だった」


ライゾットの語りに一部からは啜り泣く声が聞こえてくる。

彼の言った通り、この戦いには多過ぎる犠牲を払ってしまった。


「この中にも友や家族、恋人を失った者もいるだろう。今すぐにでもその者たちの元へ行きたいと願う者も少なくない事はよく分かっている。だが、決してそのような理由で死んではならぬ。それが今日を生きることができなかった者たちに送る、今日を生きている我々からの餞けだ。諸君らの力が必要な者がいる、この国をもう一度以前のような活気ある国に蘇らせるには何よりも君たちの力が必要だ。今一度、力を貸してはくれぬだろうか」


そう問いかけてスピーチを締めくくったライゾット、演説台を去る彼の背に民たちから割れんばかりの拍手で答えが返ってきた。

その夜、今でも激しい戦いの爪痕が残るボロボロの城内ではささやかながら食事会が行われていた。


「すまないな、本来であれば君たちの功績を称えて豪勢にやるべきなのだが」


「いいんですよ、勝手に首突っ込んだだけですから、俺たちの食事が増えるくらいなら国民に分け与えた方が良いですよ」


「そう言ってもらえるなら幸いだ」


テレビなどでよく見た長いテーブルを囲みながらライゾットと零葉が談笑している。


「うぅ…なんかスースーしてて気持ち悪りぃ…リリイ、アタシ脱ぎたいんだけど」


「その辺りは耐えてくださいな」


スラム街に住むチーターの獣人少女、コゼットがげんなりとした様子で自分の姿をキョロキョロと見ていた。

今彼女の姿はボロボロのいかにも盗賊です感丸出しの服ではなく深紅のロングドレスを身に纏っていた。

化粧もしているのか顔の血色も良く、黙っていればどこかの令嬢と言われても遜色ないだろう。

しかし、ドレスなど滅多に着ることはないのだろう、落ち着かないのかしきりにソワソワと体を揺らしながらリリアナに着替えたいと訴えかけていた。


「皆、今日は集まってくれて感謝する。まずは今回の主賓であるゼロハくんとそのご家族と仲間に礼を述べさせてもらう、ありがとう君たちのお陰で国は救われ、我は家族ともう一度抱きしめ合うことができた」


コホンと一つ咳払いをしたライゾット、これからの事を察した各々がシンと静まり返る中、英雄とも呼べる4人の人類(ヒューマン)と一頭の龍族(ドラグール)に対して謝辞を述べた。


「それからリリアナ・ゴルディエール嬢とコゼット・チェルト嬢にも感謝を」


「お褒めに預かり光栄です陛下」


「いや、アタシは何もしてないし…むしろ師匠には嫌われてもおかしくない立場だし…」


次に2人の少女に感謝の念を伝えると、ドレスの裾を摘んで一礼する。

一方、コゼットは数日前家を飛び出す際のレオナに浴びせてしまった一言を悔いているのかばつが悪そうに伏し目がちに答える。


「コゼット、それは違うぞ」


その言葉に真っ先に反応したのは他でもないレオナだった。

彼女は首を振ると優しげに目を細める。


「お前の両親があの時、私を助けてくれたから今の私はここにいる。何もかもを失った時、家族のように接してくれたお前がいたから生きる意味を見つけられた。今ではお前も私の大切な家族なんだ」


その言葉に涙が溢れてくるコゼット、そんな光景を見ながらライゾットが静かに頷いていた。


「そこでだ。我としてはコゼット嬢、君を養女として迎え入れたいのだがどうだろうか?」


思ってもいなかった王からの提案に目を丸くするものの、答えは決まっているのかすぐに答えるコゼット。


「その申し出はありがたいんだけど、所詮アタシは盗っ人かぶれのスラムの住民さ。夢見たいな成り上がり人生も悪くないけどアソコには大切なもんがたくさんあるんだ、だからアタシは今の生活でじゅーぶん幸せさ」


コゼットの答えにやっぱりかと言わんばかりの表情を浮かべたレオナはライゾットに進言する。


「陛下、自分勝手な願いと承知して進言させていただきます。できる事なら、これからも彼女と一緒に暮らしたいと思っているのですがお許しいただけますでしょうか」


予想外の言葉にコゼットは慌てふためく。


「ちょ、師匠何言ってるんですか⁉︎せっかく元の生活に戻る良い機会なのに!」


「今じゃあの家の方が落ち着くんだ、そもそも昔の家はとっくに灰になってしまっているからな」


「そうか、分かった。ならばスラムの者たちが今のような生活を送らずに済むほどには支援できるよう大臣たちに掛け合ってみるとしよう。スラムという場所がなくなり皆が平等に笑顔になれる国を目指そう」


ライゾットはやれやれと呟きながらスラムの生活基準向上に力添えすると公言した。

コゼットたちの要件が済み、再びライゾットは零葉の方へと向き直った。


「それで、ゼロハくんたちはこれからどうするつもりかね?」


「とりあえずセレネを直してくれそうなヒトを探そうと思います。コイツが居たから俺はフィーナを助けることが出来たんで、今度は俺がコイツを助けないと」


ライゾットの質問に零葉はポケットから玉虫色の結晶体を取り出す。

それは狩葉から渡されたセレネの動力源だった核、力尽きる前にアリシエラに託され、ようやく彼の手元に届いたのである。


「それならば1人心当たりが。迦楼羅国(かるらのくに)の近くに発明家が住んでいるという噂を聞いた事がある。何でも異界の技術を使った発明をしているとか」


その言葉に顔を見合わせる零葉含めた三姉弟、異界というキーワードが引っ掛かり、行く価値があると判断したようだ。


「ところで、ゼロハくん。これからもリフィナスを任せても構わないかな?」


突然の話題転換にキョトンとする零葉にライゾットが続ける。


「どうやらあの娘は君をえらく気に入っているようだ、恐らく君たちが旅立つ時には周囲の反対さえ押し切ってついて行くだろう。先も見た通り母親が頑固者でな、一度決めた事は他者には決して揺るがせられない。ならばいっその事快く送り出すのが良いと思ってな」


「別に断る理由もありませんよ、ライゾットさんとレオナさん、何よりもフィーナが望むなら受け入れるだけですよ」


「そうか、それを聞いて安心した。そうだ、良かったら嫁に貰ってやってくれないか…」


ライゾットと零葉が会話する中、2人の間を何かが物凄い勢いで通過していった。

ズガンッという音が気になり壁を見るとフォークが深々と壁に突き刺さっていた、慌ててそれが放たれたであろう方向を見ると真っ赤な顔で瞳に涙を溜めた半泣き顔のフィーナがプルプルと震えてナイフを握り締めていた。


「お父様、何をしれっと零葉さんに吹き込んでるんですか⁉︎」


「我はお前の身を案じて…」


「嘘ですよね、半分以上面白半分ですよね⁉︎」


「フィーナ、ゼロハくんとそんな関係だったなんてお母さん知りませんよ?」


「ほんじゃま、アタシが代わりに言っちゃお。カンパーイ!」


「何故貴女が仕切り出すんでしょうか?」


「あー狩ちゃんずるーい、お母さんがその役やりたかったのにー」


「あぁ、久しぶりの騒がしさだ…」


零葉は感慨深くそんな事を思いながら目の前で始まろうとしている親子ゲンカ、勝手に乾杯の音頭を取って食べ始める狩葉とそれをツッコむ斬葉、悪ノリする百葉を苦笑混じりに眺めるのだった。


「本当にもう行ってしまうのかい?」


「もう少しゆっくりしていけば良いのよ?」


「そうも言ってらんないっす、早いとこみんな揃わなくちゃ本当の勝ちにはならないんです」


城門の前、ライゾットやレオナ、エレメイラたちなどの騎士たちも総出で零葉たちの出立を見送りに来ている。

名残惜しそうな王と王妃にポケットから取り出した淡く光る結晶体を見せる。


「皆さん…本当にお世話になりました…どれだけお礼の言葉を並べても足りないくらいです。このご恩、一生忘れません」


王女らしい装飾の施された豪奢なドレスを身に纏ったフィーナが深々と頭を下げた。

周囲の従者たちもそれに倣い、跪く者や剣を天高く掲げる者もいる中ライゾットが進み出てくる。


「我らネールス合衆国民一同、其方の助けとなれるならば地の果てまでも駆け付けよう。人類(ヒューマン)親友(とも)よ、再び逢える日を心待ちにしている」


差し出された手を零葉が強く握り返すと腰を曲げて耳打ちしてくる。


「いずれはこの国の王を継いでくれても構わんぞ、もちろんリフィナスを嫁にしてくれても…」


「お父様‼︎」


やはり獣人の聴覚は鋭いようで食事の席と同様に顔を真っ赤にしたフィーナが悲鳴にも似た声を上げた。


「んじゃ、行きます。お世話になりました」


手を振りながらも小さくなってゆく英雄たちの姿を見送りながらライゾットがフィーナの頭に優しく手を置く。


「一緒に行かなくて良いのか?」


その一言に黙って頷くフィーナ。


「だったらその涙はどういう意味かな?」


視線を移したライゾットの見ていたものは、声を上げぬように両手で漏れそうになる嗚咽を必死に抑え込みながらも大きな瞳から大粒の涙を溢れさせている娘の姿だった。

そんな彼女の背中をさするレオナが優しく問う。


「本当は行きたかったんでしょう?」


その問いかけに静かに首を縦に振ったフィーナ。

それを見て微笑みを浮かべて視線を交わした父と母が口を開く。


「ならば(だったら)、もう答えは出ているだろう(でしょう)?」


その言葉に両親の顔を交互に見るフィーナ。


「でも…いいの…?」


「良いも何も…それがリフィナス、お前の決めた事ならば」


「ワタシたちがする事はアナタの背中を押してあげる事よ」


「次に帰ってくる時までにこの国をより良い国にしておこう」


「その準備の為にお母さんたちに少しだけ時間を頂戴?」


その言葉に合わせてかエレメイラが大きめのトランクを抱えて現れた。


「姫様、お戻りになられた際のお召し物はこちらの中に入っております。もちろん新品同様に修繕は済ませてあります」


あまりの手際の良さに呆気にとられるフィーナだが、2人は前以てこうなると分かっていたのだろう。

危険が伴うかもしれない、そんな旅に大切な娘を送り出すなど生半可な覚悟では出来ないだろう、それを快く許してくれた両親に心の底から感謝しつつ、トランクを受け取った。


「それじゃあ、行ってきます!」


「彼らに付いて行くという選択…お前を更に成長させるものだと信じているぞ」


「この旅がアナタを強くしてくれることを信じてるわ…真獣の導きのあらん事を」


涙はもう止まっていた。

ようやく再会出来た両親との別れはもちろん寂しくないと言えば嘘になる。

それでも彼女は走り出した、憧れる人の背を追って。

これからどんな困難が待ち受けているかは分からない、それでも後悔はしていなかった、今の彼女の心は朝日が照らすこの青空のように澄み渡っていた。

煉獄です。

「獣人国編」これにて幕引きとなります。

初投稿から約2年半かかってようやくこの『アウトルーラーズ』も1つの大きな区切りを迎えることができました。

零葉たちの冒険はまだまだ始まったばかりですが、今後ともお付き合い願えたらと思います。

月1ペースでの遅い更新ですが1日平均20人ほどの方がこちらに来てくださるというだけでも励みになります。

次からは閑話休題がてら回想編に繋がり、その後には作中でもある通り迦楼羅国へ向かう事になると思います。

くどいようですが、まだまだ始まったばかりの『アウトルーラーズ』今後とも何卒よろしくお願いいたします。

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