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集いし英雄

《シャーレ第三部隊長!第一部隊副長、ミレヤ・エンテスリーから報告致します!王都内の非戦闘民及び負傷者の避難、搬送が完了しました!》


「ご苦労様、街に溢れ出した覇獣個体に十分注意して戻ってきて頂戴」


《承知しました!》


大本営である大広間で通信手段である魔鏡で帝都内に散らばった軍の各部隊長や副隊長と連絡を取りつつ指揮を執るのは王都守護騎士団と特別部隊、通称メイド部隊で編成された特殊軍、その第三部隊長を任されたシャーレ・パピメル。

彼女は陽の光を浴びて煌めく蝶の羽をフワフワとはためかせているが、表情には好転しない戦況のせいで焦りの色が垣間見えていた。

そんな彼女に追い討ちをかけるように血相を変えた獣人兵が駆け寄ってくる。


「城内にて防衛線を張りつつ戦闘継続している第四・第五部隊ですが、現在戦況は芳しくなく破られるのも時間の問題かと」


「何としてでも防衛線を破られる事だけは避けなくてはダメ。賊なんて危険分子を我らが王に近付けるような失態だけは命を懸けてでも避けなくてはならないわ…たとえこの場に軍団長とアルが居なくても…ってゆーか何で重要ポストのヒトが2人も不在なのよ、あり得ないわ!軍団長はいっつも勝手だけどほっといても帰ってくるからいいとして…アルのヤツ〜連絡も無いってどういうことなのよ!帰ってきたらこの貸しは万倍で返させちゃる…」


本来であれば不在の第一部隊長と軍団長のどちらかが執るはずの指揮を代わりに執っていた事で疲れたのか、口調が不安定になってきていた。

そんな彼女の肩が不意に叩かれ、振り返るとそこにいたのは血塗れで真っ赤に染まったエレメイラだった。

その姿にギョッとするが、どうやら殆ど返り血らしく当人はピンピンしていた。

"なんてタイミングでこのヒトは現れるのだろう。"

安堵から涙が溢れそうになるシャーレだったが、すぐに目つきを鋭くして自由奔放過ぎる軍団長を詰問する。


「軍団長、こんな時にどこ行ってたんですか!大変だったんですよ…何で同じ獣人(なかま)同士で殺し合って…そのせいでウチの子達も何人も倒れて…アルだってこんな状況でいきなり連絡が途絶えるし…軍団長ももしかしたら何かあったんじゃないかって…心配で…」


余程不安だったのだろう、問い詰めながらもボロボロと涙を零して子供のように泣きじゃくるシャーレ。

否、子供のようにではなく実際に彼女はまだ16歳の子どもなのだ。

幼い頃から周りの子どもより飛び抜けて優秀だった彼女はそれを買われ僅か14歳で特殊部隊に参謀として招き入れられた。

そこから2年は戦争も無く平和な毎日だったものの、今になって突如として内輪揉めに巻き込まれた彼女にとってこの戦いはあまりにも非情な初陣だったのだ。

同じ部隊の仲間が倒れ、何度か面識のある騎士や兵士たちは敵として襲い来る。

度重なる辛い報告や戦況に幼い彼女の心はとっくに限界を超えていたのだろう、一度決壊した涙腺はそう簡単には止まってくれなかった。


「すまなかった…妃殿下の存命を知る唯一の者として何としても最優先で避難させなければならなかったんだ」


「妃殿下…って姫様のお母様ですか…?」


その言葉に目を丸くしたシャーレは自身の投げかけた質問に黙って頷いたエレメイラを見て、あれ程止まらなかった涙さえピタリと止んで開いた口が塞がらなくなった。

驚くのも無理はない、10年前のレオリオン邸襲撃事件は幼かったシャーレでも覚えている未解決事件だ。

皇妃の死に加えて皇女は消息不明、犯人は結局捕まらず真相は闇の中に葬り去られた事件。

今になり皇妃と皇女、その2人ともが生きていたというのだ、これが驚かずにいられるだろうか。

その時、再びシャーレとエレメイラの元に伝令の兵士が先ほどよりも焦った様子で駆け寄ってくる。


「伝令、第四・第五部隊がほぼ壊滅。防衛線突破されました、間も無く会敵します!」


「軍団長、どうしましょうか…」


「シャーレ、避難誘導に向かっていた第一・第二部隊は?」


「城に向けて帰還中です、急がせたとしても戻るまでには最低でも10分は掛かるかと」


「我々だけで迎え撃つしかない…か」


2人の会話の間にも戦況が更に悪くなり、とうとう負傷したライゾットを護るのはシャーレたちの第三部隊だけとなってしまった。

救援も見込めない絶望的な状況に苦渋の表情を浮かべるエレメイラにシャーレも拳をキツく握り締める。

文字通りライゾットを守る為の最後の砦となってしまった自分たちにエレメイラは覚悟を決めて指示を飛ばす。


「シャーレ、我々はここを死守する。守ってばかりではいずれガタが来る。ヤツらに対抗できそうな作戦は立てられそうか?」


「無理…と言っても彼らは待ってはくれませんよね…分かりました何か考えてみます」


エレメイラの言葉に苦笑するシャーレは城内の見取り図を見直しながら作戦を立て始める。

ピンでマークしてある自分たちの居場所と周囲の通路を何度も見返しながら考えを巡らせている。

第一・第二部隊の帰還まで耐え抜く、真っ先に考えついた策はコレだが、急がせても10分は掛かるであろうそれは彼女たちの部隊が押し切られ、王を危険に晒すには十分過ぎる時間だった。

いくら軍団長であるエレメイラが優れた騎士と謳われていようと、シャーレが優れた参謀であったとしても所詮は個の力、敵の圧倒的な物量の前には何の意味も持たない。

どうにか被害を最小限に抑えようと様々な手を考えるが、いずれも決定打に欠けていた。

そうこうしている内に彼女たちの視界に大量の獣たちが姿を現した。


「違う…そうじゃない…落ち着けシャーレ・パピメル…考えて…ダメなら別の案を…もう誰も犠牲にならない作戦を…私がやらなきゃ…」


脳がショートしそうなほど頭を働かせるシャーレ、その急激な負荷に耐えきれなくなったのか鼻からは赤い血がタラリと流れ出る。

その時、彼女の頭にフワリと優しく手が置かれる。

シャーレはなぜかエレメイラが帰ってきた時よりも、たった今触れられただけのその手に無意識に安堵している自分に気付く。


「どれも悪くない案だけどちょっと惜しいかな…戦争や戦いってね、誰も犠牲にならない最高の一手なんて存在しないのよゲームやマンガでもない限りね。でもその気概は大切よ。だからお姉さんたちが手を貸してあげる」


シャーレがその声に顔を上げると、見覚えの無い紅白の巫女服に身を包んだ少女が優しい微笑みをシャーレに向けていた。

どこからともなく現れた少女はその視線を迫り来る獣たちに向けると雰囲気が一変する。

先ほどまで暖かいと錯覚するような大らかな雰囲気が、肌を突き刺すような凍てつく雰囲気になり、その殺気を向けられていないはずのシャーレすら身震いしてしまう。


「貴女は一体何者なの…?」


「通りすがりの優しくて美人なお姉さんよ。……流石にあんな下品なヤツらの方には居ないわよね」


少女はそう呟くと腰に携えていた二振りの刀を抜き放ち戦闘に備える。

彼女の持つ紅と蒼の刀は、持ち主の感情を読み取ったのか力強い煌めきを放っていた。

そして兵たちが土嚢を積み上げ築いた防御壁に獣たちが激突する瞬間、突然最前列にいた獣たちがバラバラに斬り刻まれる。

唐突な出来事に何人かが恐る恐る壁から顔を出すと、獣たちと土嚢の間に黒のレザージャケットを羽織った少女が立っていた。


「狩葉、一々面倒な考えをするのは止めたらどうですか?取り敢えず、自分に向けて牙を剥くのは全て敵だと考えればいいんです」


「あのですねぇ、アタシは姉様と違って慎重派なんですぅ。でも今回はそれに賛成、この状況じゃ細かいことなんて言ってらんないものね」


黒い少女はその手に漆黒のオーラを放つ一振りの刀を握りしめ獣たちと対峙している。

彼女の放つプレッシャーはシャーレの隣にいる白い少女の比ではなく、純粋な闘争心のみの威圧を感じて、本能が相手にするのは得策ではないと判断したのか獣たちはその場に留まっていた。

そんな中、盾を構えて獣たちの進行を防ごうとしていた兵たちの間を割って、狩葉と呼ばれた白い少女が黒い少女の隣に立った。

彼女たちは姉妹のように顔立ちがよく似ており、姉らしき黒い少女の脇腹を肘でグリグリと小突く白い少女。

一瞬だけ白い少女に向けられた黒い少女の視線に明確な殺意が篭っていたような気がしたが、下手にツッコんで巻き添えを食らいたくはないシャーレは見て見ぬ振りをすることにした。

ただ、彼女たちはこの戦況を一変させる何かを持っている、そうシャーレの本能が告げていた。

それは他の者たちも同じ思いなのか、突然現れたこの正体不明の2人に自分たちの運命を賭けてみる事にしたのか彼女たちの一挙手一投足に注目していた。


「困ってるヒトはほっとけない性分なのよねー」


「実に非生産的でしょうもない性分ですね、優しさだけではお金は稼げませんよ?とはいえ乗りかかった船というヤツですし、さっさと目の前に立つ邪魔者は殲滅して合流しましょう」


白い少女の言葉に黒の少女が口では辛辣な評価を下すものの、ワリと乗り気なのか獣たちに向けて刀を先を突きつける。

そして言い終わるや否や2人が同時に一歩踏み込むと獣人たちの目でやっと追えるほどのスピードで群れの中心に移動する。


「焼き尽くせ紅蓮華(べにれんげ)、凍て尽くせ蒼菫(あおすみれ)!」


「全てを闇へと葬れ、黒椿」


凍焔之白光(とうえんのびゃっこう)!」


黒閃葬送(こくせんそうそう)


すぐにお互いの背中を合わせた2人の少女は獣の群れに向けてそれぞれの刀に力を込めて振り抜いた。

刀身から生じた斬撃は白い閃光と黒い疾風となり、まるで爆発に巻き込むように何体もの獣を軽々と宙を舞い上げ斬り刻んでゆく。

自分たちが束になっても抑え込むことに苦戦していた神獣たちが、たった2人の少女によって僅か数秒で次々と屠られていく光景に目を丸くする特殊軍の面々。


「この程度ですか。あちらの世界に呼ばれるケルベロスやクラーケンの方がよっぽど苦戦しましたよ、神獣と聞いて期待していたのですが拍子抜けですね」


「確かにー。でもなーんか引っかかるのよね」


相手の脆さに落胆した様子の2人の少女だが、獣たちは次から次へと彼女たちの周りに殺到し再び取り囲むが、すでに彼らの存在は眼中にないのか白の少女が何か別のことを考え始める。

そうしている間にも獣たちが続々と飛び掛かってくるが、その爪や牙は白の少女に届く前に黒の少女に叩き斬られる。


「残念ですがあなた方の相手はこの私です。どうぞ細切れにされたかったら前に出てきてくださいな」


「そもそも何で零葉(あのバカ)はこんなお城にいるのかしら。それにクーデターが起きたタイミングもアイツがこの国に来てすぐだし…でもフィーナちゃんくらいしかこの国に関係あるのって…え、そういう事なの…?」


「何ですか、今頃気付いたんですか?」


ブツブツと呟きながら状況を整理していた白の少女がようやく一つの仮説に辿り着き驚愕の表情を浮かべていると黒の少女が呆れ顔でそれを見やる。

自分だけ気付けていなかったことに更に愕然とする白の少女は辿り着いた仮説を確かめるように口にする。


「フィーナちゃんって、もしかしなくても王族のヒト?」


「えぇ、恐らくそうでしょうね。最初はそれ以外にもこの城に関係する者、従者などという立場の線がありましたが、そもそも年齢と貴女から聞いた彼女の過去を鑑みるにその可能性は薄いでしょう。極め付けは先ほど会った女性、フィーナさんにとても良く似ていた上に、娘を頼むと言っていた事から間違いなく2人は親子関係、城に関係する親子といえば貴族や王族、まぁ先程言ったように可能性が低いとはいえ召使いなどの線は消えきりませんが、あの女性の雰囲気…どことなく高貴さが滲み出ていましたからね」


「姉様、どうして教えてくれなかったんですか、アタシ1人だけで考えてバカみたいじゃない⁉︎」


「貴女って人は天才ですが、時々バカですよね」


「酷っ‼︎」


すでに答えに辿り着いていた黒の少女に白の少女が食ってかかるが軽くあしらわれる。

そんな中、ズズンッと地鳴りが響く。

何事かと思いそちらに顔を向けたその場にいた全員が唖然とした。

それは通路の壁を破壊しながら凄まじい勢いで迫る巨大な猩々(ゴリラ)だった。


「キングコング⁉︎」


巨大な猩々は足元の獣たちを踏み潰し薙ぎ払いながらこちらへ接近してきており、あまりの迫力に白の少女ですらたじろぐが、黒の少女は逆に笑みを浮かべていた。


「ゴガァァァァ!」


「狩葉、ブッタ斬りますよ」


「えぇ⁉︎あっ…ちょっ…姉様待って!」


そう言って地面を蹴って跳躍した黒の少女の背中を見て慌てて白の少女が追いかける。

そして2人はそれぞれの刀を交差させると、極大のオーラを放ち始めたそれを大きく振りかぶる。


「準備は出来てますか?」


「こうなったら、なる様になれよ!」


「「氷雷絶火(ひょうらいぜっか)花神楽(はなかぐら)‼︎」」


2人の斬撃を受けてなお止まる事ない猩々だったが、刀が鞘に納まる音と共にその巨体が3つに斬り裂かれ、一拍置いて生じた雷と炎に激しく焼かれ炭と化した残骸は更に凍りつくと地面に落ちて粉々に砕け散った。

猩々が大量にいた獣たちを殲滅してくれたお陰でようやく城の中に静寂が訪れ、完全に蚊帳の外になっていたエレメイラやシャーレたち特殊軍の面々も歓声を上げる。


「私たちがあれほど苦戦していた怪物たちをたった2人で…」


「凄い…」


「まるでどっかの怪物狩りね」


「そのセリフ今更でしょう」


大きく息を吐いた2人の少女だったが、すぐにその表情に緊張が走る。

それは周りも同じで歓喜のムードから一転、空気が張り詰めて全員が同じ方向を見る。


「おー、こりゃまたド凄いのがいるわね」


「神クラス…もしくはそれ以上の怪物でしょうか?」


「第三部隊長、軍団長ご無事ですか!」


その時、ようやく帰還した第一・第二部隊が慌てた様子で合流してくる。

統括を任せていたミレヤが涙を浮かべており不安になったシャーレを嫌な胸騒ぎが襲う。


「ミレヤか、みんなも無事な様で何よりだ。……そこの担架はなんだ…?」


第一・第二部隊の面々が全員無事な事を確認して安堵していたエレメイラだったが、その中の数名が担架を開いているのを見つけて表情を険しくする。


「それが…玄関ホールの敵も殲滅されていて様子を伺いに進んだらその中にアリシエラ隊長が…」


担架に横たわっていたのはボロボロになりグッタリとした第一部隊隊長のアルだった。

それを見たエレメイラは目を見開いて駆け寄る。


「アル‼︎しっかりしろ、一体何が⁉︎」


エレメイラの声に反応したのかアルがゆっくりと目を開ける。

どうやら意識はあるようでその瞳がエレメイラを捉えると表情が安堵で緩む。


「へーきですよメイド長…こんなのただの擦り傷と打撲だけですから。私なんかよりこの子を…」


そう言って彼女が右手をエレメイラに向けて何かを差し出す。

それは手のひらサイズの六面体で、光を浴びて玉虫色に煌めいており、傷だらけであちこち欠けているそれは脈打つように輝きが強くなったり弱くなったりしている。


「それは…?」


「彼らと…一緒にいた機甲人(マキナ・ドール)(コア)です…彼女はボロボロになるまで戦って…最後には敵を道連れに…ワタシがもっと強かったら…足手まといにならずに…」


なけなしの魔力を注いで張った結界がアルを護っている事を確認した機甲人の彼女は満足そうに笑うと、このコアを自分の慕う彼の元へ届けて欲しいとアルに託したという。

アルはその目に涙を浮かべて己の力不足を嘆いていた。


「そのコア、アタシたちが預かっても良いかしら?」


そんなアルに優しく声を掛けたのは白の少女、彼女はアルの空いている手をそっと握ると微笑む。


「アナタたちは…?」


「通りすがりのお姉さんよ。その子の帰るべき場所とアタシたちの目的地は多分一緒だから…任せてもらえない?」


狩葉の言葉にアルは静かにゆっくりと頷いた。



「小癪なぁ!」


「ウラァ!」


ガゴンッと拳を打ち合わせて激突するガイザとヴァルディヘイト、両者は一歩も退かず猛烈な肉弾戦を繰り広げている。

その衝撃の凄まじさは床にヒビを入れる程で、お互いを殴り合う鈍い音が響くとそれに伴って大気が震えた。


「降りてこい、腐れチキン!」


「避けるのが精一杯の小娘が図に乗るんじゃないよ!」


機関銃のように放たれる羽のダーツを華麗に避けながら口汚くベアリートを罵る百葉。

対するベアリートもなかなか攻撃が当たらないことに苛立っている上に百葉に影響され始めているのか口調が荒っぽくなっている。


「斬っても斬ってもすぐ再生しやがる、ジリ貧じゃねーか!」


「無駄だ無駄だ、お前如きではスヴァンシーグに勝つことは不可能だとなぜ分からぬ」


零葉もスヴァンシーグの牙と爪を掻い潜りながら一撃、また一撃と体重を乗せた強烈な斬撃を叩き込んでいくが、すぐさま再生して何事も無かったかのように攻撃を再開する真獣に体力の消耗を隠しきれない。

その姿を滑稽と嘲笑っているエデルフォンにも何とか一撃浴びせようと斬りかかるが護るように立ちはだかるスヴァンシーグがそれを許さない。

頑強な爪に阻まれそのまま吹き飛ばされるものの空中で器用に体を捻ると受け身をとってダメージを最小限に抑えている。


「諦めねーよ…フィーナは俺たちの大切な仲間だ。腕がもげようが(はらわた)引きずり出されようが取り返す」


「その失せぬ闘志だけは褒めてやろう、しかしこれで終わりだ。スヴァンシーグ、そこにいる愚か者を消し飛ばせ!」


エデルフォンの命令に顎を大きく開くスヴァンシーグ、寒気のする程の濃密な魔力がそこに圧縮されてゆく。

何をしようとしているか即座に理解した零葉は慌ててスヴァンシーグの正面から離脱する。

その刹那、スヴァンシーグの口から極大の魔力砲撃が数瞬前まで零葉の立っていた場所に向けて一直線に放たれる。

あと少し彼の反応が遅れていたら今頃は塵一つ残さず消し飛ばされていただろう、その証拠にスヴァンシーグの直線上にあった城の内壁や城壁が吹き飛ばされ、遠くの山の一部を深く抉り取っているのが見えた。

その光景にゾッとしながら零葉は再び「永劫」の柄を握り直す。


「あっぶねー、バカげた身体能力に再生能力…オマケに破壊光線までぶっ放せるとか、この世界の化け物の性能壊れ過ぎだろ」


「フフフ…恐れ慄くが良い。神にも等しい力を持つ我らが力の頂点とくと味わえ」


再び濃密な魔力が集約されていく。

再び避けようとした零葉だが、ふと脳裏にこの国で出会ったヒトたちの顔が浮かんだ。

もしこの一撃を避ければ零葉は無傷かもしれないが、その余波が避難している彼女たちにも降りかかってしまうかもしれない。

そう考えた零葉は覚悟を決めると大剣を真っ向から構える。


「そんなちっぽけな剣一本でスヴァンシーグの一撃を耐えられると思っているのか…死ね」


そんなちっぽけ過ぎる人類の姿を目にしたエデルフォンは鼻で笑い、スヴァンシーグの口から必滅の光が放たれる。

しかし、突如横から飛んできた何かがスヴァンシーグの頭に激突しその射線が上に向いた。

圧倒的な暴力の塊である光は玉座の間の天井を射貫き天高く光の柱が伸びていった。


「わりぃな零葉、邪魔したか?」


「いんや、ナイスタイミング」


そこに飛来したのは龍人状態のヴァルで、どうやらガイザとの戦闘中力任せに殴ったところ吹き飛んだガイザがスヴァンシーグの顎にクリーンヒットしたらしく、その証拠にスヴァンシーグのそばで壊れていた壁から飛び出してきたガイザが激しく雄叫びを上げながらヴァルに殴りかかった。


「ぬぅおぉぉぉ!」


「いい加減テメェとの殴り合いにも飽きてきたぜ」


スッとその一撃を避けるヴァルだが、ガイザも負けじと方向転換して拳を振るう。

その拳をガッと片手で受け止めるとヴァルは獰猛な笑みを浮かべてガイザの横っ面を殴り飛ばす。

思わず仰け反るガイザだが、片手をヴァルにしっかりと掴まれているため強引に引き戻され再び殴られる。


「我の鋼が如き甲殻をどれだけ殴ろうが無駄だ…こちらからもいくぞ!」


未だ消えぬ闘志を剥き出しにして超近距離の殴り合いに持ち込もうとするガイザだが、三度ヴァルに横っ面を殴られた瞬間、バキャッという破砕音と共にその頭部が大きく歪み吹き飛ぶ。


「ばっ…馬鹿な…我が甲殻が…」


「獣人が一番だぁ?寝言は寝て言えや、お前ご自慢の鎧も俺たち龍の前じゃ紙装甲も同然に決まってんだろ。上には上がいるつーことを勉強し直してから出直してこいや」


そう言って膝をついていたガイザの首筋に噛み付くと風船を膨らませる時のように大きく息を吸って肺に息を溜め込む。

腹の底から感じられる僅かな熱にガイザはこの龍が何をしようとしているかすぐに察する。


「やっ…やめ…」


「燃え尽きな、『永焔(えいえん)』!」


彼の口から関節部の柔いところに灼熱の炎を吹き込まれ甲殻の節々から炎を上げるガイザ。

あまりにも衝撃的な光景に零葉でさえ言葉を失った。

初めは燃え盛る炎に包まれのたうち回っていた蟲人の長も炎が消える頃には動かなくなっていた。

辛うじて生きてはいるのか胸だけが浅い呼吸に合わせて上下している。


「何て酷い事を…アタシたちはこの腐った世界を変えようとして!」


「酷いだの残虐だの、今までいくらでも浴びせられてきた言葉だ。それに世界に牙を剥くなら自分たちも世界に咬み殺される覚悟はしてきただろう?」


「それは…」


「…どうやらお前を喰う牙は俺じゃねえみたいだな」


ヴァルの圧倒的な蹂躙に声を荒げるベアリートだったが、龍の少年の言葉に返すものもなく口を閉ざした。

そんな彼女の足がズシリと重くなり焦って目を向けると、ニヤッと笑う百葉が彼女の細い足を掴みぶら下がっていた。


「やっと捕まえたぜチキン女」


「はっ…離せ!」


「離すかよ、腹の傷の分返してねーだろうがぁ」


「@/g&/#_k_/&_a#⁉︎」


すぐに振り落とそうとがむしゃらに急上昇や急降下を繰り返すベアリートだが、その姿からは想像もつかないほどの強靭な握力で足を掴んでいる百葉は徐々にベアリートの身体を伝って上半身まで移動してくる。

ゆっくりとしかし確実に迫ってくる幽鬼のような百葉にベアリートはパニックを起こしバランスを崩したのか、声にならない悲鳴を上げながら地面に墜落する。


「ようやく、近くで会話(ボコボコに)できるな」


「ヒィィィッ、お助け…」


「てぃっ」


「ばっ⁉︎」


土煙を上げながら未だパニック状態のベアリートはその中から現れた笑顔の百葉が拳を構えたのを見て再び悲鳴を上げる。

しかし、振りかぶった拳から放たれたのは強烈なデコピン。

ボゴッという骨が陥没しそうな音が鳴る威力のデコピンを受けベアリートは変な断末魔を上げながら意識を彼方に飛ばした。


「拳向けられただけで悲鳴上げるような女をボコる趣味なんてないよ」


すっかりノビてしまったベアリートを見下ろし短く息を吐いた百葉。

彼女は服に付いたホコリをポンポンと払うとエデルフォンに目を向ける。


「その代わりと言っちゃ何だけど、あのおっさんは思う存分殴ってもいいよな零?」


「お…おう…」


「俺も混ぜろよ」


肩をグルグル回す百葉とポキポキと指を鳴らすヴァルがようやく零葉に合流する。

3人はスヴァンシーグの額にある宝玉を見つめそこにいるであろう少女に言葉を投げかける。


「フィーナ、待ってろよすぐにそっから助け出す!」


そして3人は顔を見合わせると三方向から一斉にスヴァンシーグに迫る。

しかし、エデルフォンは下卑た笑みを浮かべると指を鳴らした。


「ふん、所詮は神獣化を拒否した者などこの程度ということか…だが、戦争で大事なのは切り札を土壇場まで隠しておくかだ」


大きく手を広げたエデルフォンの背後でスヴァンシーグの身体が突如として大きく盛り上がり、最初は零葉の数倍程度の大きさだった体躯がさらに巨大化していく。

その様子に3人が絶句している間にも大きくなり続け、ついには玉座の間の天井を突き破り、城の一部を破壊するまでのサイズに変貌した。


「これがスヴァンシーグ本来の姿だ。愚かなる人類(ヒューマン)、民衆たちよ、この大いなる力をその目に焼きつけろ」


更にはスヴァンシーグが鼓膜が破れそうなほどの大音量で咆哮すると、その足元の影から湧き出るように神獣たちが大量に現れる。

エデルフォンの仕込んでいたダメ押しの一手にヴァルや百葉も表情を引き攣らせていた。


「流石に3人でこの量はちとキツくないか?」


「1人頭で100越えってところかねぇ」


「何が何でもフィーナのところまで辿り着く、協力してくれるか?」


ヴァル、百葉に続いて口を開いた零葉の言葉に2人は苦笑を浮かべ答える。



「何を今更、そもそもここに来た時点でそのつもりだったが?」


「やられっぱなしは嫌だからな、1人でやるって言ったとしても手は出させてもらう」


3人が飛び出そうとした瞬間、玉座の間の入り口が開け放たれる。

新手かと思い振り返った3人の視線の先に立っていたのは。


「誇り高き騎士たちよ、今こそ我らが救世主を援護せよ!」


身体に包帯を巻きながらも闘志に燃える瞳で剣を振りかざすライゾットの姿だった。

その後ろにはエレメイラたち国王軍が控えており、王の号令と共に飛び出し、神獣たちを相手に戦い始めた。


「どうやら間に合ったようだな。ゼロハくん、無事か?」


「ライゾットさん、ケガしてたんじゃ⁉︎」


「若者が、臣下や民たちが命を賭して戦っているというのに王が寝てなどいられるか」


思わぬ援軍に顔を綻ばせる零葉にライゾットはニッと口の端を吊り上げる。

しかし、すぐに神妙な面持ちになるとスヴァンシーグに目を向けた。


「我々が道を切り開く、アレを止められるのは恐らく君たちだけなのだろう…すまないが頼む」


「ライゾットォォォ、貴様はまた私の邪魔をするのかァ!」


「エデルフォン卿、いや我が友ティグルス。何故このようなことを」


「この世界は平和では治められぬのだよ、力がなければ他の種族に淘汰されるのみ。ならば誰にも止められぬ力を求めるのは当然だろう?それが我ら獣人(ビーストール)の本能ではないか!」


ここにきて姿を現したライゾットに牙を剥き出しにして睨みつけるエデルフォンだが、王は哀れな者を見る目を狂乱の坩堝にある友に対して向けると悲しそうに呟く。


「これがその本能に従った末の答えというわけか…今でもお主は己の妹のことを悔いて…」


「無用な話はここまでだ。今日で貴様の時代は終わる、スヴァンシーグ!」


興奮するエデルフォンに反応してスヴァンシーグが魔力の塊をライゾットに向けて吐き出す。

先ほどの光とは違って幾分か威力は落ちるものの、それでも命中した相手を消し飛ばすほどの魔力が込められていた。

ライゾットは剣を構えるものの、傷が再び開いてしまったのか顔を歪め包帯には血が滲んで膝をついてしまう。

護衛の騎士たちが盾になろうと進み出るがそれも効果は薄いだろう。

万事休すかと思われた矢先、奇妙な事が起きた。

スヴァンシーグの放った一撃がライゾットたちの目前で突然消滅したのだ。

何が起きたのか分からないライゾットや騎士たちは目を瞬かせていた。

すると、その場にいた者たちの視界に白と黒が現れる。

正確には白の衣と黒の衣を纏った2人の少女が現れたのだ。


「やっぱり手っ取り早く敵減らすにはフレンドリーファイア狙いよね」


「流石狩葉ですね汚い」


「機転が利くって言ってくれないかなぁ⁉︎」


ライゾットの目の前に立つ白の少女と黒の少女、白の少女の方がフフーンと満足げに鼻を鳴らすが、黒の少女の辛辣を超えた罵倒にガーンという効果音が聞こえそうなほど落胆している。

どうやらスヴァンシーグの召喚した神獣の一体をあの数瞬の間に両者の間に投げ込み相殺させたようなのである。

軽く口論になりかけている2人の姿を見て零葉は驚きの声を上げる。


「姉さんに姉様⁉︎」


「やっほーバカ弟、なーんか面白そうな事に巻き込まれてんじゃない。アタシたちも混ぜなさいよー」


白の少女、狩葉が零葉に向けて手を挙げながら背後に忍び寄っていた神獣を回し蹴りで吹き飛ばす。

すでに戦闘を繰り広げてきたのか紅白の巫女服が少し埃で汚れていた。


「零葉、こんなイベントを私たち抜きで楽しむなんて、斬り刻まれたいんですか?」


一方、黒の少女、斬葉が不満そうな表情で「黒椿」を零葉に向けるが狩葉同様どこかで戦ってきたのだろう、その刀身は血を浴びて真紅に染まっていた。


「2人とも思ったより早かったな、それでこそアタシの娘たちだ」


「でしょー?そーゆーワケで零葉、今北産業でヨロー」


「何かと死語混じりなのはツッコまねーぞ、あれフィーナ、あれ黒幕、フィーナ救出中」


「オッケー」


シャーレを含める狩葉と斬葉の戦闘を目の当たりにした者たちは彼女たちの登場で一気に沸き立つが、エデルフォンはそれが気に食わないのか噛み付くように吠える。


「虫ケラがいくら集まったところで無駄だ!」


「虫ケラかどうか試してみるか?アタシの自慢の子供たちは一筋縄じゃいかないんでね、ナメてかかったら痛い目みるよ」


百葉の言葉に強く頷く零葉。

一度は諦めかけた勝利という名のパズル、しかし心強い援軍という最後にして最大のピースが揃った事で不安材料が一気に拭い去られる。

零葉は「永劫」を握り締めスヴァンシーグに囚われるフィーナまで届けと言わんばかりに叫んだ。


「フィーナ、お前の事だから俺たちに傷ついて欲しくない、今すぐ逃げろって言うだろうけどな、そんなの知った事か!俺がお前を救いたい、守りたいと思ったから行動するだけだ。ヒトってのはな、恩着せがましくて自分勝手な生き物かもしれない!だけど…」


そこで彼の頭に過ぎったのはフィーナと出会ってからの数ヶ月の記憶。

成り行きで一緒に行動する事になった彼女だったが、バジリスクや森精族(エルフィー)との一件、日を追うごとにお互いのことを知り信頼し、いつしか大切だと感じ始めていた。

その気持ちが今の零葉を死に物狂いで突き動かす原動力となっている。


「そんな風に思われても良いって割り切って行動しなきゃ何も出来ない!始まらない!だから俺は俺の勝手でお前を助け出す、文句があるなら後からなんとでも言え!」


「まったく…アンタらしいわ」


「いくらなんでもクサすぎるセリフだと思います…が、場合が場合ですし今回は及第点としておきましょうか」


弟の言葉に呆れ半分で苦笑する狩葉と軽く肩を竦める斬葉だが、顔を見合わせてフッと笑みを浮かべると弟の肩に手を置く。


「確かに、唯一無二の超絶ケモミミ美少女たるフィーナちゃんを助けるためだもんね、アタシも休んでた分今回は本気出さなきゃね」


狩葉は瞼を閉じ精神を統一して全身の気の流れを活性化させる。

すると再び瞼を上げた彼女の双眸が翡翠と日緋の色に輝きを放つ。

『緋翠の巫女』彼女が生まれながらに持つ身体機能強化の異能を徹底的に突き詰めた末に目覚めた彼女だけの特殊能力。

体内に蓄積している魔力を解放することで一時的に全ての身体機能を飛躍的に向上させる。

また彼女の能力に合わせて作られた二振りの刀、『紅蓮華』と『蒼菫』は彼女から放出される魔力を刀身に内蔵された魔聖石(ましょうせき)が集約・増幅させて斬撃として繰り出すことができる。

システム的に時間に限りがある能力であるが、発動中の狩葉は神クラスまでとはいかないものの凄まじい力を発揮することが出来る。


「神と同格の存在が相手ですか、不足はありませんね。私も少々本気で行くとしましょうか」


そう言った斬葉は己の魔力をオーラとして可視化できるほどに高め「黒椿」を地面に深々と突き立てる。

それを媒介として高めた魔力を注ぎ込むと彼女を中心として巨大な魔法陣が発現する。

そして、一度だけ指をパチンッと鳴らすとそこから無数の銃や大砲、様々な形状の刀身をもつ剣が召喚された。


「おー、姉様の『理外乃法(アウトルール・スキル)』久し振りに見たわね」


「姉さんは使わないのか?」


「アタシのはアタシ1人対複数で使うのが一番効率的なのよ」


「『無限(エンドレス)武器庫(アーセナル)』さて、貴方にはどの武器が効くのでしょうかねぇ?」


理外乃法(アウトルール・スキル)』。

それは理外者(アウトルーラー)の持つ特殊能力の事でその種類は理外者(アウトルーラー)の数だけ存在するとされ、類似の能力は存在するものの全く同じ能力は存在しないともされている禁忌にも等しい力。

斬葉の『無限(エンドレス)武器庫(アーセナル)』はその中でも更に別格の力とされていて、その本質は彼女の記憶に存在する兵器や武器を全て具現化できることにある。

まだ、どの武装も手にして使用する事や他人に譲渡、武装単体での自律行動が可能であるが、そのどれもがレプリカに近しい存在であるため性能自体は本物には劣る。

しかしながら、使用者である斬葉のスペックがそれを補うので下手すれば本物にも引けを取らなくなるほど。


「よし、準備完了だな」


そして3人の理から外れし者はそれぞれの刀を眼前に映る傲慢な貴族に向けて高らかに宣言する。


「力を求めるあまり外道に身を堕とした獣人の貴族…その愚かさ、身を以て味わいなさい」


「運が悪かったわね、アタシがいる限り可愛い女の子を傷付けるような超絶バカは許さないわよ」


「アンタが貴族だろうが王様だろうが神様だろうがそんなことは関係ない。仲間を傷付けるようなヤツは俺たち姉弟(きょうだい)が問答無用でブッ飛ばす。エデルフォン、今からアンタの野望を全力でブッ壊してやるから覚悟しろよ?」

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