表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/42

魔殺さんちの非日常

「「ごちそうさまでした」」


「はい、お粗末さまでした」


零葉(ぜろは)たちが朝食を食べ終えて手を合わせると、百葉(ももは)は食後のコーヒーに息を吹きかけて冷ましながら満足そうに可愛い笑顔を見せて応える。

どこからどう見ても幼い少女にしか見えないその笑顔ももはや見慣れたものである。

ところが客観的に見ると彼女の容姿は最早若いなどという次元ではなく、本当に歳を取っていないのではと思わせるほど。

しかし自分たちの年齢を当てはめてみると、少なくとも40歳前後であること気付いた零葉。

その美魔女も裸足で逃げ出す不老ぶりに眉間にシワを寄せつつ首を(かし)げることしかできない。


「若いだなんて、やーねー零君ってば、褒めてもお小遣いアップなんてしないわよっ!」


そんな零葉からの視線に気付いた百葉は照れ笑いしながら右手を野球選手のバットのように勢いのある風切り音を立てて振り抜く。

いきなりの強襲に死を直感した零葉は「人間が死ぬ前になると世界がスローモーションに見えるってのは本当なんだな…」と何の救いにもならない考えを巡らせているうちに頭部にとんでもない衝撃が走る。


「ばっ!?」


百葉はその幼い容姿に全く釣り合わない怪力を発揮して零葉の後頭部をバシィンッと叩くと、その瞬間テレビの電源が消されるようにからの意識はブラックアウト。ゴッという鈍い音と共に勢い良くテーブルに打ちつけられてバスケットボールのように3回ほどバウンドした後ピクリとも動かなくなった。


「お母さんやり過ぎ…一般人だとそれやったら即死プラスαで頭が爆発四散するわよ。しかもそこのバカ全く別のこと考えてたし」


「あらそうなの?テヘッ、またやっちゃった」


零葉の頭が激しく打ちつけられた際にテーブルへ入ったヒビを指でなぞる狩葉は「自業自得よ」と口にしつつも弟の哀れな姿を横目に見ながら相変わらずの母の怪力に口元を引き攣らせてツッコむ。

こんな事が日常茶飯事であるにも関わらずよく生きてるなぁ…と狩葉は口にこそしないが自分たちの悪運と身体の頑強さに苦笑いをしながら頬を掻く。

余談だが、百葉の怪力による伝説は数知れなく、子供の頃にサッカーをして遊んでいた際にはボールを強めに蹴っただけでボールがゴールポストに激しくめり込んだ後に爆発四散しただの、昔付き合っていた彼氏が浮気したことを知り、激怒した百葉が彼氏と喧嘩をした際、あまりの怒りにビンタをしてしまい相手の頰と顎の骨を粉砕骨折させて全治3ヶ月の大怪我を負わせたという、本当か嘘かも分からない伝説が幾つもあるのだが当の本人に聞いてみても言葉を濁すばかりで答えようとはしなかったため真相は闇の中である。

そんなバカが付くほどの怪力を持つ母はというと、娘のツッコミにペロッと舌を出しながらお茶目な表情を見せるのみで反省の色は全く見えない。

いつも通りの母の表情を見て、狩葉はやれやれと呆れ顔で首を振っていたが、次の瞬間にはその首が凍りついたように固まり、顔中から冷や汗が噴き出す。

正確には、彼女だけでなくリビングにいる全員に対して思わず表情が凍りつくほどの殺気が向けられていたのである。


「お母様…それから狩葉と零葉も…朝から騒がしいです。(わたくし)、今日は久しぶりの休日だったので出来ることならばもう少しゆっくり寝かせて欲しかったのですけど?」


突然、零葉と狩葉それに百葉の中の誰のものでもない凛と澄んだ若い女性の声が響く。

その声は一瞬にしてリビングの空気を変え、外で(さえず)っていた鳥たちすら口を(つぐ)んでしまったように辺りを静けさに包み込ませる。

正に絶対零度とも呼べるその声色は、聴いた者を全て凍りつかせ息をすることも許さない一片の感情も宿さない冷めきった声。

そこから滲み出る異様な威圧感が空間を埋め尽くし、気圧(けお)された狩葉はというと緊張で背筋を伸ばして姿勢を正す。

もちろん零葉も例外ではなく、百葉に叩きつけられた状態のままテーブルに突っ伏していたが、意識を取り戻した次の瞬間には腰を痛めるのではないかという勢いでガバッと上体を起こして狩葉同様に姿勢を正した。

いつからそこに居たのかリビングの入り口側、ちょうど零葉と狩葉が背を向けている位置に1人の女性が立っていた。


「あっ、斬ちゃん起こしちゃったならゴメンなさいね。朝ご飯どうするのかしら、良かったらラップでもかけておく?」


しかし、2人のそんな緊迫した空気も知ったこっちゃないといった様子で呑気に口を開く百葉だが、さすがに零葉と狩葉越しに立つ女性の安眠を邪魔してしまったとあってか、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら手を顔の前で合わせて眉と頭を下げる。

彼女の名前は斬葉(きるは)、魔殺家の長女であり、年齢は20歳。

容姿端麗(ようしたんれい)頭脳明晰(ずのうめいせき)、運動神経抜群、まさに完璧という言葉が人の姿を成していると呼べるような女性である。

しかし妹の狩葉以上に、自他共に認める超が付くほどの変わり者である。

特にその変わり者ぶりに拍車をかけているのは、異性に対しての興味や必要性を一切感じられないらしく、同性の恋人がいるらしい。

いわゆる百合、レズビアンというワケだ。

因みに、らしい。というのは家族の中でも誰一人として彼女の恋人との面識が無いので、最近ではその存在すら疑われているためだ。

しかしそんな変人ぶりを遺憾なく発揮しながらも、昔からクールな立ち振る舞いと己の容姿や才能を鼻に掛けない姿が男女問わず人気で、密かに彼女のファンクラブまで設立されているらしい。


「朝食ですか…どなたかのお陰ですっかり目も覚めてしまいましたので、着替えてくることにします。ですから、そのままにしておいてください」


百葉の謝罪を聞きながらも、明らかに不機嫌そうな声色で皮肉交じりの返事をする斬葉。

その不機嫌さが周囲にさらにプレッシャーを与える。

そんな彼女の容姿は、狩葉とよく似た端整な顔立ちでありながらその翡翠色の瞳はメガネ越しでも見つめられれば寒気がするほどの冷酷さと鋭い眼光を携え、枝毛一つないであろう綺麗な黒髪は惜しむ事なく肩より少し上でバッサリとカットされている。

身長は狩葉より少し高いくらいで細身ながら妹よりも更に凹凸の目立つ魅惑的な身体を持ち合わせていた。

斬葉は短くため息をついて軽く肩を(すく)ませると、視線をズラしてガッチガチに強張(こわば)った様子の零葉と狩葉へ向けると掛けているメガネを指で押し上げながら一瞥(いちべつ)する。

斬葉からの冷たい視線が向けられた事が気配で察知できた零葉と狩葉は、何があっても指一つ動かすまいと言わんばかりに、全身を石膏(せっこう)で固めたように硬直させていた。

そんな弟と妹の姿を見て、少女は短く息を吐いてからキッチンに向かう。

そして冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐと、斬葉はそれを片手に二階に戻っていった。


「ぷはっ…こっ…殺されるかと思ったわ…」


「はぁー…寝起きの姉様(ねえさま)の前にいたら命が何個あっても足りないな…本当にあの人に睨まれるのは何度経験しても心臓に悪いぜ」


自分たちの姉の気配が完全に一階から無くなったことを確認して、全身を縛り付けていた緊張の糸を解いた。

短い間にもかなり神経をすり減らしたのか、ゲンナリした様子で2人揃ってバタンとテーブルに突っ伏すと大きくため息をつく。

そしてふと、狩葉が斬葉の毎朝の行動について疑問を持ったのか百葉に何か知っているかと尋ねる。


「お母さん、ところでいつも思うんだけど、何で姉様って毎日着替える前に1回降りてきて牛乳持って部屋に戻るの?」


「あーそれ?あの子ってば昔から部屋で朝の街の景色眺めながら牛乳飲むのを日課にしてるのよ」


「あの冷徹な姉様にしては可愛い日課だな。恋人の為にギャップ萌えでも狙ってるのかねぇ」


冷徹な雰囲気の姉に似つかわしくない日課に零葉が少し引き攣った笑みを浮かべると、聞こえるはずもないのに2階から明らかな殺気が自分にのみ向けられたような気がしたが嫌な予感がするのでスルーすることにした。

その後はしばらく3人で雑談をしていたが、ふと時計を見た百葉が零葉に忠告する。


「あ…零君、もう8時15分よ、このままじゃ間に合わなくなっちゃうんじゃない?」


「もうそんな時間か…って…ヤベェ…アイツのこと、すっかり忘れてた…じゃ、行って来ます!!」


ふと時計を見た百葉の言葉に最初はボーッとしていた零葉だったが、今日は平日。

のんびり話していたせいで忘れそうになっていたが、遅刻すればどんなヤンキーでも恐れる鬼教師のお仕置きが待っている上に、いつも家の前で待ち構えている幼馴染の存在を思い出して教師と幼馴染の憤怒の形相を想像し、ブルッと身震いして荒々しくバックを掴む。

猛ダッシュで玄関に向かいながら脳内で残り時間を計算する。

学校までは走って約15分、最短距離で行けば10分で行けるのだが、最短距離を使うのはあくまでも最終手段で、普段はあまりにも迷惑な行為のため自重するように家族に釘を刺されていた。

しかも、最近は幼馴染が登校時には待ち構えているために最短ルートは使用できないでいたので、間に合うかという焦りよりもまず先に、玄関先で待っているであろう幼馴染のお説教を食らうと思い、急いで靴に足を突っ込む。


「いってらっしゃい。急ぐのは構わないけどあれは使わないのよ~」


「どっちにしろ使えねーよ…だーっ、急いでる時に限って!!」


そして、このままでは遅刻するという焦りからか、なかなか履けない靴を仕方なしに中途半端に引っ掛けて零葉は扉を開く。

ふとそこで零葉は、遅刻ギリギリの時間なのにいつものようにインターホンを鳴らさなかった幼馴染に疑問を持った。

しかし、切迫した状況だったのでとりあえずその疑問は頭の片隅に置いておくことにして顔を上げる。


「へっ…なっ…何じゃこりゃー!!」


しかし、出発しようと視線を前方に向けた零葉は、目の前に広がる光景に思わず、某刑事ドラマの名シーンが如く叫び声を上げる。

そして、その声に驚いた家族が玄関先に集まってくる。


「どったの零葉、今度こそ姉様がキレるわよ」


「零君どうしたの?」


「何これ…」


ギギギッと音がしそうな程にぎこちなく振り向いた零葉が指差す先に広がっていたのは、見たこともない植物の生い茂る森だった。

鬱蒼とした木々は高く聳え、ほんの数分では育てることなど不可能な巨木ばかりで、零葉たちの家はそんな木々が開けた原っぱに(たたず)んでいた。

そして、零葉の声に窓から顔を出した斬葉は大して驚いた様子もなく玄関先の3人を睨み付けるように鋭い眼光をメガネの奥から飛ばして見下ろす。


五月蝿(うるさ)いんですよ、貴方たちは朝っぱらから。騒がなきゃ死ぬんですか?たかだか別世界に飛ばされたくらいでギャアギャアと声を上げないでください。出来ないのならば口が開かないように唇を縫い合わせましょうか?」


「「「はい?」」」


斬葉の言葉に、3人は思わず素っ頓狂な声を出し、零葉は目を点にして、目の前の木々と斬葉を交互に見る。

狩葉と百葉は目の前の森と斬葉に加えて零葉の大声のせいで巻き込まれたのが不服なのか、斬葉に目配せで今騒いだのは零葉だけだ。という視線を向けた。

その後は斬葉の提案を否定するように3人揃ってブンブンと首を横に振ると、糸と縫い針を持った斬葉が残念そうに肩を(すく)めていた。

どうやら本気でやるつもりだったらしい。

そんな事より重要なのは、目覚めた時には確かにいつも通りの平和な住宅街の風景が窓から窺えたはずが、たった1時間半の間に、いつの間にか巨木が生い茂る森に変貌していたことである。

だが斬葉は至って冷静に周囲を見回して状況把握に努めながらメガネを指で押し上げる。


「それに2人はまだしも、お母様ならば気付いていたでしょう?」


そして暫く周囲を見回した後、斬葉が百葉を呆れ顔で見下ろす。

普段、彼女は感情の起伏が乏しい分、彼女が表情を変えるのは珍しく、家族でも彼女の笑顔や泣き顔は見たことがないというほどのポーカーフェイスなのである。

そんな斬葉に思わぬツッコミを喰らった百葉は一瞬苦笑いを浮かべて、どうにかやり過ごそうと思考を巡らせていたようだが、結局無駄だと悟ったのか「バレてたかぁ…」と頭を掻いて頷く。

なぜ一度嘘を吐こうとしたのかを言及したい零葉と狩葉だったが、とりあえずその問題は現状後回しにすべきだろうと判断して母と姉の会話に耳を傾ける。


「まぁ…朝食を食べ終えた辺りから魔力の気配はあったけど…まさか、家ごと転移させることのできるような大規模な魔術っていうのには気が付かなかったわ」


さすがの百葉も家の周囲に発動した魔術がここまでのものとは察知出来なかったらしい。

先の様子から考えると彼女が今言ったことすら疑わしいが、とりあえず保留にしておくしかない百葉以外の3人だった。

斬葉曰わく、どうやら彼女たちの家は丸ごと異世界へ飛ばされたらしく、普通の人間の感性ならば驚くような奇想天外な展開だったが、この一家にはこんなのは焦るほどのことではない言わんばかりにそれぞれ冷静さをあっという間に取り戻し、零葉も「アイツ、怒ってんだろうな…」と、意外と能天気にまったく関係無いような家のあった場所で唖然とする幼馴染の表情を思い浮かべて小さく噴き出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ