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目覚めしケモノ

「コゼット、コゼット!何処だ!」


「コゼット、どこですのー!」


城下にも敵兵が侵攻してきたのだろう、街のいたるところで爆発や火の手が上がっている。

そんな中を馬型の魔物に跨り駆け抜けながら、レオナとリリアナは飛び出していったコゼットを探し回っている。


「思った以上に賊の侵攻速度が速い…まだ民たちの避難も終えていないというのに…」


燃え盛る民家を横目にレオナが苦い表情を浮かべる。

彼女の脳裏に過ぎったのは10年前、自分たちの家を焼き払った灼熱の業火、あの時感じた己の無力さが今に重なる。


「離せよ!」


トラウマにも似た光景のフラッシュバックに無意識の内に血が滲むほど強く唇を噛み締めていたレオナが裏路地の曲がり角に差し掛かった時である。

彼女の耳に聞き覚えのある声が飛び込んで来て意識を引き戻される。

リリアナも同じ考えだったようで顔を見合わせて頷くと曲がり角を飛び出す。


「クソッ、コイツらタフ過ぎ!何発殴っても倒れないとかどんな鍛え方してるんだよ!」


そこにいたのは5人の獣人兵に囲まれながらも捕まるまいとボロボロになりながら必死に奮戦しているコゼットだった。

彼女の後ろには逃げ遅れた親子と思わしき2人の獣人が怯えていた。

母親らしき獣人は怯えながら子供だけでも守ろうとして少女の獣人を強く抱き締めていた。

コゼットはレオナから教わった格闘術で必死に応戦しているものの、恐ろしく頑丈な敵兵たちには殆ど通用せず、肉体的にも精神的にも疲弊しきっていることは目に見えて明らかだった。


「ッ…!コゼットから離れろこの下郎が!」


捜索途中に拾った角材を棒術の要領で器用に振り回し、レオナが敵兵を力づくで薙ぎ払う。

歩けなくなっても尚、王国最強の騎士団長の名は伊達ではなく、角材一つで獣人兵の鎧を粉々に粉砕する。

すぐさまコゼットの元に駆けつけたレオナは乱れた息を整えながら獣人兵とコゼットの間に入って壁になる。


「しっ…師匠…?」


思っていなかった救援に顔がほころびそうになるが、家を飛び出してきたこともあってそれを素直に喜べないコゼット。

レオナも無事に再会出来たことを喜ぶ暇もなく木材を再び起き上がる敵兵に向けて突きつける。


「リリアナ、コゼットと2人を連れてここから離れろ。ワタシがこの場を食い止めている間にできるだけ遠くまで。やれるか?」


「ですが、レオナ様…」


「これは王妃ではなく、コゼットの師匠であるワタシから弟子の友人への頼みだ…どうか聞いて欲しい」


レオナの願いに一度は首を横に振るリリアナだが、彼女の真剣な眼差しに押され渋々承知するが、当然そんな事を1人で勝手に決めたレオナにコゼットは反発する。


「何を言ってるんですか師匠!アタシならまだ戦える…」


「嘘を言うな、そんなボロボロの身体で戦えるワケが無いだろう!頼む、お前に嘘をつき続けてきたワタシのせめてもの罪滅ぼしだ…」


コゼットは猛反対するものの、悲しそうに微笑むレオナに何も言えなくなってしまう。

実のところレオナの言う通り、今のコゼットは立っているのもやっとの状態でいつ倒れてもおかしくないほど疲弊していた。

それだけ倒れない相手と対峙した際の消耗は激しいのである。


「…何で…何で師匠はいつもいつもアタシを置いて1人でやろうとするんですか…アタシが未熟だからですか?恩人の娘だからですか?どうして……どうして…ですか…?」


しかし、自分の未熟さとこのままではレオナの足手まといになるという悔しさから、堪えきれなくなった瞳から大粒の涙が溢れ出すコゼット。

両親を失い独りぼっちになってしまった彼女の傍に居て本当の子供同然に接し育ててくれたレオナが再び自分を独りぼっちにするのではないかと思ったコゼットは居ても立ってもいられなくなり嗚咽交じりに訴えかける。


「コゼット…」


「師匠危ない!」


そんな彼女の言葉の真意を読み取ったレオナの決心が鈍る。

死んでも彼女を生き延びさせるというのは間違いなのではないか、そう考えてしまったのである。

一瞬でも過ぎった死への躊躇はレオナの反応を遅れさせ獣人兵たちがレオナを八つ裂きにするには充分過ぎる時間だった。

彼女の手が止まった一瞬の隙を逃さなかった獣人兵たちが一斉に襲いかかる。

レオナは角材を構えてなんとか防ごうとするが、彼らの持つサーベルの一撃でいとも容易く角材はへし折られてしまう。

間髪入れず他の兵たちの爪や牙が彼女の喉元に迫る。


「クッ…ここまでか…!」


「師匠!」


誰もが万事休すかと思ったその時、白い閃光と黒い疾風がレオナと兵の間に割って入った。

どこからともなく現れたソレは群がっていた兵たちを瞬く間に吹き飛ばし、再起不能になるほど完膚無きまで斬り刻む。

この間、僅か数秒の出来事である。


「んーと、取り敢えず襲われてる方を助けたけど…間違いじゃないよね?」


「まったく、行き当たりばったりで対応するのは止めなさいと道中厳しく言ってきたでしょう?」


「うっ…耳が痛い……じゃなくて、アナタたち無事かな、怪我はない?」


レオナたちの目の前に突然現れた白と黒の2人の少女。

そのうちの1人である白を基調とした巫女装束と呼ばれる衣装を纏い、緋翠(ひすい)の異色の双眸を持った少女が心配そうにレオナたちの顔を覗き込んでくる。

はじめは突然の出来事に口をポカンと開けたまま呆然としていたレオナだったが少女の話しかけた相手が自分であることに気付きハッと我に帰る。


「あ…あぁ、無事だ…助かったよ」


「助けていただいてありがとうございます」


「気にしないで、それより早くここから避難した方が良いんじゃない?今の騒ぎ聞きつけてコイツらのお仲間がゾロゾロ集まって来てるわ」


目を閉じている白の少女が眉間にシワを寄せながらポケットから小さな機械を取り出して思い切り遠くへ放り投げた。

するとその落下地点と思われる方角からけたたましい音が鳴っているのが燃え盛る炎の音に紛れて薄っすらと聞こえた。


「これで逃げる時間稼ぎぐらいにはなるっしょ、まさか何気無く持ってきた防犯ブザーがこんな形で役に立つなんて思ってもなかったけど」


「無駄に用意周到ですね、貴女の迷子対策にこんな使い道があったのは予想外でしたけど」


白の少女が苦笑していると黒で全身が統一された服を纏う少女に容赦無い毒を吐かれ軽く涙目になる。


「ちょ…なんかさっきから酷くない⁉︎」


「とはいえ、時間もあまり残されてませんから早く逃げた方が賢明かと」


「それもそうだな。リリアナはあの親子をスラム街まで避難させてくれるか、幸いにもあの辺りはあまり被害が出ていないから安全だろう。ワタシは逃げ遅れた者がいないかもう少し見回ってから後を追う」


「分かりましたわ」


「あんな事を言った直後に覆すようで申し訳ないのですが二、三ほどお聞きしたい事があるのですが宜しいでしょうか?」


助けた親子をリリアナの道案内でスラムに避難させることにしてその場を後にしようとするレオナを呼び止めたのは黒の少女である。

彼女は白の少女とは対照的に丁寧な言葉でレオナに尋ねてきた。


「構わないさ、ワタシたちに答えられることなら何でも答えよう」


助けてもらった恩もあるのでレオナは彼女たちの満足いく答えが用意できるか分からないもののそれに快く応じる。


「では一つ目、今現在、この国で何が起きているんです?見たところ内乱のように見えますが」


「概ねその解釈で間違ってはいない。我々獣人種は元来、様々な半人半獣の種族の集まりでな、内乱はそれほど珍しくもなかったのだが今の王が即位してからはこれが初めてだ」


すっかり滅茶苦茶になってしまった街並みに心を痛めながらレオナは気丈に振る舞う。

黒の少女はそれを察したのか話を早々に切り上げ次の話題に移った。


「なるほど、では二つ目。この辺りで私たちのような人類(ヒューマン)を見かけませんでしたか?」


「何となく居場所の見当はついてるんだけど情報も無しに突貫して、いませんでしたー。なんて無駄骨になるのもダルいからね」


レオナは2人の話を聞いて唸りながら首を捻る。

初対面であるはずの2人の少女、その雰囲気に既視感を覚えたからである。

違うとは頭では理解しつつも、思わず疑問が口をついて出てしまった。


「君たちどこかで会ったことがあるか?」


「他人の空似じゃないかしら、アタシたちこの国に来るの初めてだし」


「そうか、妙なことを聞いてすまない」


白の少女から帰ってきたのはやはりかという答え、しかしレオナにはどうしても引っ掛かるものがあって更に首を捻った。


「それで、どこに行ったのかなんだけど…」


「あ…あのバカ男」


「ほえ?」


唐突に呟いたコゼットの一言でキョトンとしている白の少女を他所にレオナはようやく合点がいく。

少女たちに会ったことがあるのではなく、つい最近会ったばかりの少年にどことなく面影が似ていたのである。


「そうか、そういう事か…」


無意識にフッと笑みが溢れたレオナを不審に思った白い少女は眉をひそめて、今度は彼女が首を傾げる番になってしまっていた。


「どうやら私たちの家族がご迷惑をおかけしたようで」


「いやいや、迷惑どころかお陰で何よりも大切なことに気付かせてもらえた。本当に感謝している」


一方で黒の少女は何となく察したのかレオナに頭を下げるが彼女はそれを首を振って否定すると同じように頭を下げた。


「ここで君たちに会えたのも何かの運命なのだろうな…そうだ、君たちの探している者なら城に向かったはずだ」


「ありがとうございます。早速向かうことにしましょう」


「それから…」


レオナは得た情報を基に急いで出立しようとする2人の少女を呼び止める。


「何か嫌な予感がする、急いだ方が良いかもしれない。それから彼に言伝を…“コゼットと合流できた。あとは頼む、娘を助けてくれ”と」


「分かりました。狩葉、これからやる事が山積みになりそうですから先を急ぎますよ」


「承知しました、姉様」


黒の少女はその言伝で確信を得たのか、先ほどまで殆ど無表情だった顔に微かに笑みを浮かべていた。

そして白の少女に声を掛けると吹き抜ける風の如くその場を走り去った。



「ようやく玉座の間か…こりゃ魔術的な結界が張られてんな…」


道中、度重なる妨害を受けながらもようやく玉座の間の前に辿り着いた零葉たち。

しかし、その重厚な扉には紋様が浮かび上がり押しても引いてもビクともせず固く閉ざされていた。

その扉の紋様を二、三度ペタペタと触っていた零葉だったが、ある一点に触れた時手が止まり口角がニッとつり上がる。


「みぃーつけたっと。2人とも、ちょっとだけ後ろ行ってくれ」


そう言った零葉はいつも通り手元に魔法陣を創るとその中に手を突っ込む。

そして、別空間から永劫を取り出すと、その鋭い切っ先で先ほど触っていた場所を軽く小突く。

すると、扉に張り巡らされていた結界が割れたガラスのようにいとも容易く砕け散った。

あまりにも鮮やかな手際にヴァルは目を(しばた)かせて呆気にとられていた。


「え、お前今何やったんだ?」


「あのな、どんな魔法だろうが魔術だろうが、呪術だろうがそういうモンには九割がた繋ぎ目があんだよ。だからそれを永劫の術式破壊で解いてやったってワケ」


永劫の正式名称は術式破壊特化型駆動大剣、剣そのものに術式破壊を搭載し、柄と一体化しているスロットルを回すことで刀身内で破壊力を増幅させ強化させることができる。

零葉たちの元いた世界でも数本しか存在しない魔刃の一振りなのである。

この後のことを警戒してか、永劫はしまわずに扉を開ける零葉。

広い玉座の間、その中央に奇妙なオブジェが建っており、そこには…


「フィーナ!」


意識が無いのか(はりつけ)られた状態でグッタリと(うな)垂れているフィーナがいた。

すぐに駆け寄ろうとする零葉たちの前に1人の人物が立ちはだかる。


「おや、誰かと思えば親愛なる人類(ヒューマン)諸君。よくここが分かったね」


「やっぱりアンタが黒幕か、エデルフォン卿」


柱の陰から現れたのはここネールスの国防大臣、エデルフォン卿だった。

彼は笑みを浮かべて腕を大きく広げると零葉たちの登場を歓迎する。

しかし、零葉はそれには応えず剣を構えて意思表示をした。


「黒幕、一体何のことだね?私は姫様が捕まったと聞きここに来ただけだが、証拠はあるのかね」


当然の如くシラを切るエデルフォンに零葉は証拠を突きつける。


「まず、一つ目。どうしてアンタがここにいる?」


「何、今も言ったが姫様が捕まったと…」


「ほい、ダウト」


「ぬ?」


零葉の問いに口を開いたエデルフォンに彼はニヤリと笑みを浮かべて指を立てる。


「それだよ、アンタはなぜフィーナが捕まったことを知ってる?」


「それは、城の者たちがこぞって探していて…」


「それなら行方不明なだけだろ。それなのにアンタは捕まったと言い切った。フィーナの状態を知っているヤツしか知り得ない情報だ」


その言葉にエデルフォンは目を細めるがすぐに反論する。


「それはここに辿り着いて姫様の状態を見たから言ったまでだ」


「…んじゃ二つ目、仮にここに辿り着いたとして、どうやってここに入った?」


「それはそこの扉から…」


そう言ってエデルフォンは王族の通る扉を指差す。

零葉が改めて確認すると、そこだけなぜか結界が張られておらず、それどころかその痕跡すらなかった。


「チッ…今度は引っかからなかったか…」


小さく舌打ちした零葉の言葉を聞いて、エデルフォンが勝ち誇った顔を浮かべる。


「小僧如きが私を出し抜けると思ったなら大間違いだぞ」


そこまで言ってエデルフォンはしまったという顔をした。

一方零葉は満面の笑みで振り向いた。

カマをかけた上に更にもう一つトラップを仕込んだのだ。

なぜ、そんな回りくどいことをしたのか。

理由は至極単純、このトラップにエデルフォンは間違い無く掛かると踏んでいたからである。

実はレオナの家を出る直前、零葉は彼女にあることを訊ねていた。


「レオナさん、最後に一つだけ聞いてもいいっすか?」


「何だ?」


「現王体制に関わってる貴族たちに獣人至上主義のヤツはいんすか?」


「唐突だな…10年も前の記憶だが、私の知る限り数名いる。その中でも筆頭はティグルス・エデルフォン卿だ。彼は根っからの至上主義者でな。ゆえに現王とは昔からソリが合わなかった…今は国防大臣で収まっているのが不思議なくらいだ。それから…」


「あ、すんません。もう充分っす、それだけ聞ければ」


「つまり、そういう事か?」


「そういう事っす」


そんな会話が行われていたのだ。


「それがアンタの本性か。そうやって最初から俺たちの事を見下してたんだろ?」


「何を馬鹿な事を。私は君たちと友好的に…」


「もう誤魔化すのもその位にしとけよ」


そして零葉は紙束を突きつけた。

それは零葉が徹夜で解読をした計画案。

零葉はその中のある部分を指差した。


「三つ目の証拠…真獣計画、発案者…ティグルス・T・エデルフォン。アンタの名前だ」


「…⁉︎何故それを持っている」


零葉の持っている計画案に目を見開くエデルフォン。

計画案をパラパラと捲っていた零葉が最後のページを開き見せる。


「最後の証拠、計画再始動。リフィナス皇女を素体とし真獣計画を発動。第一段階として予てより結託していた蟲人種(インセクトル)鳥人種(ハーピー)と共に内乱を皮切りとし行動開始。ここの一番下にあるのもアンタのサインだ」


「ふん…そこまで知られていたのなら仕方ないな。いかにも、全て私の計画だ。10年前の事件も、王族の連続失踪も全てこの日の為に重ねてきたものだ。だが一つ誤算だったのは10年も先延ばしになった事だな…あの女が余計な手出しをしなければ…」


とうとう観念したのか、先ほどまでの表情とはうって変わって鋭い眼差しを零葉たちに向けるエデルフォンは、ゆったりと歩きながらフィーナが磔られているオブジェを触る。


「しかし、それも今日まで!私こそがこの国の王となり真獣の力をもって低俗な他種族どもを根絶やしにするのだ!」


目を見開き、自己陶酔に陥っているエデルフォンの後ろでフィーナの体に異変が起こる。

初めは目が覚めたのかと思いきや、耳をつんざくような叫び声を上げながら拘束を破壊する。

そこからの変化は劇的だった。

下半身が不自然に動いたかと思えば彼女の身体を突き破るように巨大な狼の顔が現れる。

狼の頭部はフィーナの身体を取り込みながら己の全身を形創っていく。

やがてフィーナの身体が狼の額に埋め込まれている宝玉の中に完全に取り込まれてしまう。

そして、噛まれれば一瞬でバラバラに引き裂かれそうな巨大な牙の生え揃った口を開いた大狼はまるで産まれたばかりの赤子が上げる泣き声のように神秘的な、それでいて荒々しく圧倒的な己の力を誇示するようにビリビリと大気を震わせる程の咆哮を上げる。


「おぉ…素晴らしい…なんと美しい姿だ…これこそ我ら獣人族の頂点に君臨する者の姿だ」


エデルフォンはフィーナだったはずの大狼の姿に見惚れて既に零葉たちの事は眼中に無かった。

目の前で異形に変貌してしまったかつての仲間。

その荘厳な雰囲気と神々しいまでのその姿に零葉は絶句してしまう。


「これが真獣(スヴァンシーグ)…始まりの獣…なんつー威圧感だよ。神気が目に見えるレベルのバケモノだなんて聞いてねーんだけど」


神気とは一定の神格を得た者が纏うオーラのようなもので、その者の持つ力そのもの。

普通は視覚できないはずの神気が可視化できるという事が何を意味するか、この量の神気を持つ者は零葉が知る限りでも数名、いずれも神クラスのバケモノばかりである。

つまりこの大狼は少なくとも神に匹敵する力を持つことになる。


「さて、まずは試運転がてらこの国を滅亡に導く反乱分子を排除してもらうとしようか。行け、真獣(スヴァンシーグ)よ」


命令を受けた大狼はそれに応じるように再度高らかに咆哮すると、その場で零葉に向かって跳躍する。

一気に距離を詰めた大狼は、零葉すら簡単に踏み潰せるような巨大な前足を振り下ろす。

巨体に似つかわしくない素早い動作に不意を突かれた零葉は、咄嗟に永劫を前方に掲げ防御しようとするが、重過ぎる一撃に彼の身体は容易く吹き飛ばされ、柱に勢い良く叩きつけられる。

叩きつけられたことで呼吸困難に陥ったのか声も上げられず苦悶の表情のまま倒れた零葉の口内にジワッと血の味が滲む。

そして大狼は仕留めた獲物(ぜろは)に向かってゆっくりと迫る。


「零葉!」


「零くん!」


「邪魔はさせん」


「残念ながら通行止よん」


零葉を助けようと動くヴァルと百葉の目の前に巨大な斧が振り下ろされる。

すんでのところで左右に回避した2人の前に現れたのは先日の謁見でも見かけた甲冑のような黒の甲殻を纏ったカブトムシの男の蟲人(インセクトル)と、美しい純白のドレスのような白い羽をもつ白鳥の女鳥人(ハーピー)

2人の獣人はヴァルと百葉に斧とレイピアを向ける。


「よりによってこのタイミングで族長どものお出ましかよ」


「ほう…小僧、このガイザ知っているか。ならば話は早い、今すぐ立ち去れ。されば命までは取らぬ」


「逃げるなら早くした方が良いわよん。このオッサン、ちょー短気だから」


「年甲斐も無いそのような言葉遣い。見ていて痛々しいにも程があるぞババアめ」


そう言いながら互いに火花を散らすガイザと女鳥人だが、そこに割って入ったのは意外にも百葉だった。


「ご忠告とってもありがたいんだけど、その言葉そっくりそのままお返しするわ。逃げるなら今のうちだけど?私たちにはやる事があるの、アンタらみたいなクソガキどもの低俗コントに付き合ってる暇なんてこれっぽっちもねーんだよ」


喋っていくにつれてどんどん口調と表情が険しくなっていく百葉に隣にいたヴァルを含めた3人はフリーズする。

しまいには2人の獣人をヤンキーがガンを飛ばすような鋭い目つきで睨んでいた。

まるで視線だけで殺そうとしているのか露骨に殺気を漏れさせ、いつの間にやら愛用のトンファーブレイド、“魔拳 ツヴァイヘイル”を装着していた。


「えーっとお嬢ちゃん…?今なんて言ったのかなーって、ベアお姉さん聞き直しちゃうんだけど…」


「だーかーらー、低脳な動物モドキに構ってる暇ねーつってんだよ。こちとら息子が死にかけてんの、んでアンタらが超絶邪魔なワケ、あんだすたん?」


あまりの言葉に思わず聞き直すベアだが、百葉から帰ってきたのは先ほどより苛烈になった罵倒だった。

そして、百葉の暴言は息子である零葉にも向けられる。


「んの…バカ息子がぁ!いつまで寝てやがる、ンな程度のことでぶっ倒れてんじゃねーよ、どアホ!どんな状況でもひっくり返す、そうやって死ぬほど頭と身体に叩き込んできただろうが!」


その言葉にハッとした零葉は目前に迫った大狼が振り下ろす前足の一撃を転がりながら避ける。

それだけで地面がパックリと裂けるように抉れていた。

その威力に零葉の背中はじっとりと汗ばむが、百葉の一喝で気合が入ったのか何とか立ち上がる。


「ったく心配させんじゃねーよ」


「ヌンッ!」


息を吐く百葉の脳天めがけて斧が振り下ろされるが、それを予期していたかのように斧にツヴァイヘイルを掠らせズラして回避する。

百葉の言葉が引き金となり激怒したガイザが全力で斧を振り下ろしたのだ。

大狼の一撃とまでいかないものの、それでも一撃もらえば致命傷は免れない程の威力である。


「我らが気高き種族を貶める言葉。小娘、貴様は万死に値する!」


「ちょーっとおイタが過ぎるわよ、ちんちくりん!」


激昂するガイザが再び斧を振り下ろしてきたので百葉は距離を取ろうと避けるが、その先を予測していたベアが既に刺突を繰り出していた。

が、その切っ先は百葉の身体に到達する前にヴァルの巨腕に受け止められる。


「ホントにアンタら家族全員、頭おかしいぜ…こんなケンカの売り方あるかよ」


レイピアの刀身を握ったままベアごと投げ飛ばすが、彼女は空中で態勢を立て直してそのまま停滞飛行し始めた。

一方、ガイザはヴァルの変化した腕に興味をもったのか目元を笑みに歪ませる。


「その腕…貴様、龍族(ドラグール)か。これは面白い、是非手合わせ願おうか」


「ったく、虫ケラと戯れる趣味はねーんだがな。けど文句も言ってらんないよな」


蟲人族(インセクトル)族長、剛殻のガイザ参る!」


「ガッ⁉︎」


名乗り口上と共に勢い良く床を蹴って飛び出してくるガイザ、その重厚な甲殻からは想像できないスピードでタックルを繰り出す。

予想外のスピードに反応が遅れたヴァルの身体はガイザの巨体に跳ね飛ばされ、まるで丸められた紙クズのように軽々と宙に舞い、更にガイザが追い撃ちを掛けるべく空中に飛び上がる。


「何でデカブツに限ってこんな速いんだよ…!」


「ゴライアスハンマー!」


「‼︎」


彼は両手を組むと頭上に振り上げて力任せに振り下ろす。

その重過ぎる一撃はヴァルの腹部に深々とめり込み地面に叩き落とす。

床に身体が叩きつけられる激しい衝撃と共に全身が千切れそうなほどの痛みを訴える。

何とか立ち上がるヴァルだが身体中の骨が砕けそうなほど軋み、頭も強く打ち付けたことで起こった脳震盪で足がふらつく。


「んぐっ…はぁ…うぐぉぉぉ…痛ぇ…」


ぐわんぐわんと歪む視界に吐き気を催して、せり上がってきた胃液を何とか飲み込みながらも激痛に悶絶するヴァル。

何とか立ち上がった彼の姿にガイザは感嘆の声を漏らす。


「ほう、今のを受けて立ち上がれるか。流石は龍族、頑丈だな…だが次はどうかな?…伍本正拳!」


再び肉薄してくるガイザ、今度は両腕を龍化させ構えるヴァル、しかしガイザはそのガードの上から5連続で正拳突きを叩き込む。

ガードが崩れたところに次は横腹に強烈なミドルキックが放たれる。


「蟷螂鎌脚!」


「ウグッ…!」


「ヘルクレスアッパー!」


「しまっ…」


ガクッと体勢が崩れたヴァルにトドメの一撃が迫る。

既に肉体は度重なるダメージでピクリとも動かず、アゴが砕ける音と共に凄まじい威力のアッパーカットで打ち抜かれる。

天高く舞い上がったその身体は再度激しく床に叩きつけられるともう一度起き上がる素振りはなくなった。

僅か10秒足らずの出来事である。


「…呆気なかったな…久方ぶりに我を熱くさせてくれるかとも思ったが…期待はずれだったようだな」


「ヴァル!」


「よそ見してる場合じゃないわよ」


ハーピーと戦っていた百葉、ヴァルがあっという間に倒されたことで意識がそちらに向いてしまう。

ハーピーは間髪入れずに羽をダーツのように彼女めがけ無数に飛ばすが、視線が戻るよりも先に身体が反応、バク転をしてその場を離れると床に羽が突き刺さりタイルを粉々に砕く。


「あんなの食らったらあっという間にミンチにされるな」


舌打ちしながらも少し冷静さを取り戻したのか武器を構え直す百葉。

一方ハーピーの方は余裕そうにゆらゆらと体を揺らす。


「自己紹介がまだだったわね、アタシはベアリート・ヘンネル。これでも鳥人(ハーピー)の族長をやらせてもらってるわ」


魔殺(まあやめ) 百葉(ももは)、しがない専業主婦、以上!」


笑みを浮かべて名乗るベアリートに百葉は短く名乗ると同時に跳躍し殴りかかる。

しかし、ベアリートは力強く羽ばたくと飛び上がって彼女の一撃を避ける。


「攻撃は当てなきゃ意味無いのよん」


ベアリートが後ろに回り込みガラ空きの背中にまた羽を撃ち込むが、百葉はすぐに振り向くとトンファーブレイドの薙ぎ払いで羽を全て撃ち落とす。


「全くもって同感だな」


ジャキッとトンファーブレイドを持ち直して笑みを浮かべる百葉だが、ベアリートも表情を崩さない。


「良いわぁ、楽しくなってきたわよん。フォーリングフェザー!」


高く飛び上がったベアリートは下に向けて豪雨のように羽を降らせる。


「チッ…魔殺式拳闘術、乱れ月華!」


広範囲に降り注ぐ羽の雨に対して、百葉は舌打ちをするとトンファーブレイドを縦横無尽に振り回して弾き続ける。

ようやく攻撃が止み、百葉が上を見るとそこにいたはずのベアリートの姿は無く、


「どこだ⁉︎」


「はいドーン!」


「グッ⁉︎」


先ほどの攻撃に紛れて降下していたのだろう、降り積もっていた羽の山の中から飛び出してきたベアリートの鋭い脚の鉤爪に脇腹を抉られる。


「あーら残念、真っ二つにしてあげるつもりだったのによく反応できたわね」


「ファ◯チキ如きに殺されるほどヤワな生き方しちゃいねーの、予想してたよりもお前の動きが早かっただけだ。勘違いすんなボケ」


すっかり普段の口調をどこかに置いてきてしまった乱暴な物言いでベアリートを睨みつけるが、傷が深いのだろう脇腹からは絶えず鮮血が溢れ出していた。


「なーんかよく分からないけどバカにされてるのは分かったわ。それじゃ今度こそ仕留めてあげる」


再び舞い上がったベアリートは百葉の頭上を旋回しながら隙を窺う。

その様子はまさに、獲物が衰弱するのを待っている狩人の姿だった。


「母さんとヴァルが苦戦するなんてアイツらどんだけのバケモンだよ」


「他人の心配をする前にまずは自分の命の心配をしたらどうかね?」


「んなこた言われなくても分かってるってーの‼︎」


スヴァンシーグの攻撃を受けぬよう慎重に立ち回りながら百葉とヴァルの苦戦に表情が強張る零葉。

そうこうしている間にもスヴァンシーグは新たなカラダに慣れてきたのか攻撃のスパンが短くなってくる。

それを防ごうと動き回り、永劫を振るう度全身が激痛を訴えて少しでも気を抜けば剣を取り落としてしまいそうな程に満身創痍の状態だった。

"何か打開策は無いのか。"

思考回路を可能な限り稼働させこの状況をどうにかしようとする零葉の背後で突如として爆発が起こった。

否、それは比喩的な表現で実際には膨大な魔力が噴出することで巻き起こる精霊の乱れ。

あまりにも激しいそれに全員が手を止めてそちらに目を向ける。


「久々にカチンときたぜ、この俺がここまでボロボロにされるとは思ってもなかった。それは素直に褒めてやるよ、でもな虫風情が龍の上に立てると本気で思ってんのか?」


そこには血塗れのヴァルが幽鬼の様に立っていた。

しかし、先程までと明らかに違うのは彼の纏う膨大な魔力、ガイザの知る龍族を遥かに凌ぐそれは、まさに天災に匹敵する魔力量。

スヴァンシーグの神気にも一切引けを取らない力にその場にいる者全てが戦慄する。


「貴様…何者だ…?」


「俺か?俺はヴァルディヘイト、只のドラグールだよ」


次の瞬間、あれほど荒れ狂っていたヴァルの魔力が彼の身体に集約され彼の肉体に劇的な変化を及ぼす。

人に近い姿が漆黒の鱗に覆われる。

その姿は以前零葉の見た龍形態を人型に変えたものに似ていた。

まさに龍人と化したヴァルは口元を笑みに歪めガイザに歩み寄る。

名前を何度か反芻して何かを考えていたガイザの仮説はその姿を見て確信に変わった。


「そんなまさか…ヴァルディヘイト…貴様は…」


「意外と"俺ら"の名前を覚えてる奴がいるもんだな。それはそうと、今度はこっちの番だ…覚悟は良いか?」


先ほどとは打って変わって目元に焦りの色が浮かんでいるガイザを金色の双眸がしっかりと捉えていた。

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